第6話 カエルの王子でお買い物
ジャックとオリーブ亭での昼食と観察を終えた私たち三人は、せっかく下町まで来たのだからと魔導具店『カエルの王子』にも足を延ばすことにした。
そこにはアイリーンとリアナさんの同僚であり、国の筆頭魔術師の一人であるグウェンさんがいるはずだ。
「グウェン王子と元火の筆頭魔術師のブレイズ様が営まれている魔導具店ですよね。お噂は以前からうかがっていたのですが、中々お邪魔する機会がなくって。今日はアイリーンやニーナさんとご一緒できて嬉しいです!」
楽しみで仕方ないという風に、足取りも軽くニコニコと笑うリアナさんを見ていると、こちらまでワクワクしてくる。
――可愛らしい人だなー。
内心そんなことを思いながら、見慣れたレンガの店の前で立ち止まる。
「ここが魔導具店『カエルの王子』です」
「わっ、本当だ。気が付かずに通り過ぎるところでした」
「私も初めて来た。研究の道具は、希望を出せば王宮から支給されるからな。認識阻害の魔法が掛けてあるのか」
どうやらお二人とも、お店には初めて来るみたいだ。
店の中に入ると、なんと珍しくブレイズ様がお店に出られていた。
「ブレイズ様! こんにちは」
「おや、こんにちはニーナさん。そちらのお嬢さんたちは……」
相変わらず、見ていてホッとするような穏やかな笑顔だ。
「私は水の筆頭魔術師のアイリーン・グレイシアと申します。元火の筆頭魔術師のブレイズ様ですね」
「私は土の筆頭魔術師のリアナ・ルミナスです。お会いできて光栄です」
「あなた方が……。こんにちは。グウェンがお世話になっております」
二人はどうやら、ブレイズ様とは初対面のようだ。ブレイズ様が引退してから筆頭魔術師になったのだろう。
「今日はなんのご用事で?」
「特に用事はないのだが、一度来てみたかったので」
「そうですか。お客が来ることはほとんどありませんから、ごゆっくりご覧ください」
アイリーンとリアナさんは、嬉しそうに店内の、それぞれ興味のある物を物色し始めた。
「すごいな。私は必要な魔道具は全て揃えているつもりだったが、見たことないような物がいっぱいある」
「うちには変わり者の魔術師が作り出したような一点物も多いですからね。王宮から支給される魔導具とはまた違うでしょう。ああ、その本は魔術師本人が書いたものを、弟子が写して数冊だけ作ったもので、市場には出ていません」
「……もっと早くくるべきだった!」
アイリーンが、魔術書らしき本をパラパラと捲りながら言った。既に何冊か腕に抱えている。もう買うつもりなのだろう。
「本当に、見たことがない物がいっぱいです。こちらの本も。見たこともない素敵な装丁です!」
「ああ。その辺りの棚の本は、実は魔術書ではないんです。古い神話の時代の本と言われていて、内容はフィクションの物語。当時の聖者や魔術師の生活が分かる、どちらかと言えば歴史的な価値のある本です」
「そうなんですね。ちょっと楽しそう」
――へえ。昔の聖者や魔術師の生活か――。
神話の時代ということは、戦で勇者が活躍した200年前よりももっと前。
実家のアンワース家やドレスディア伯爵家の図書室には、聖なる力の使い方や200年前の詳しい記録などが恐らく国で一番あるだろう。それらは読んだことがあるけれど、それ以前の物語というと、興味が出てきた。
今まで魔術書は門外漢だと思って、この店で本を開いたことはなかったのだ。
「ニーナさん。その本が気になるんですか?」
「はい……」
何冊かあるうちの、なんとなく惹かれた一冊を手に取って、パラパラと捲っていると、ブレイズ様に声を掛けられる。
その本は手書きで、一冊ずつ手作りされたもののようだった。200年前の本を沢山読んだことがあるおかげか、頑張ればなんとか読めそうだ。
表紙は丁寧になめした皮で、美しい装飾が施されている。芸術品としての価値も高いだろう。
「良ければその本、差し上げますよ」
「えっ!? そんな訳には……きちんとお支払いします」
「以前、店の物ならなんでも、好きな物を差し上げるとお約束したでしょう?」
「それにしても……」
無料でもらうにしては、あまりにも高価そうな本にしり込みしてしまう。だけどこの本を読んでみたいという気持ちは確かだ。
「こういう店をやっていると、分かるんです。きっとその本はニーナさんのところへいくためにここにいたんですよ」
「……ありがとうございます」
笑顔でそう言ってくださるブレイズ様の言葉に甘えて、私はその本をいただくことにした。
「それにしてもグウェンの奴。こんなに良い店をやっているのなら、教えてくれてもいいだろうに」
「そうですよね。聞いても『ただの平凡な魔道具屋だよー』とか言ってましたよね。こんなに素敵な魔道具がいっぱいあるなんて聞いてません!」
アイリーンとリアナさんは、それぞれ両手いっぱいに荷物を抱えている。
「そうなんですか? 困った子ですね。……荷物が多くて大変そうだ。一度店でお預かりしますよ。グウェン! いるんでしょう? 出ていらっしゃい」
「……ちょっと師匠。ばらさないでよ」
ブレイズ様がさほど大きくもない声で呼びかけると、思いのほか近くから、グウェンさんの声がする。奥の控室との扉のすぐそこにいたみたいだ。
「なんだグウェン、いたのか。知り合いが来ているというのになんで隠れているんだ」
「ずっといましたよー。なんだか出ていきにくくって。ア、オニモツオアズカリシマスー」
グウェンさんは、なんだかアイリーンとリアナさんのことが苦手みたいだった。
――ううん。苦手っていうのとは少し違うかも。ちょっと気恥ずかしそう?
どちらかというと、クラスメイトに親を見られたくないみたいな感じだろうか。
その考えが妙にしっくりきて、アイリーンやリアナさんに、今までお店に呼ばなかったことを少し責められているグウェンさんが、なんだかちょっと可愛く見えたのだった。
◇◇◇
家に帰り、リビングのソファでさっそくいただいた本を開いてみる。
隣のソファには、聖獣の変化した姿である犬――フェンが気持ちよさそうに目を閉じていた。
本格的に読むのは大変そうだなので、まずはパラパラと捲って全体を流し見する。ところどころに手描きの絵がある。
その中の、とあるページで手が止まった。
――これは、薬草? 違うか、薬草とは少し種類が違って見える。
そのページには、とある植物によって大怪我の人を治療している絵が描かれている。今の物とは少し形が違っているけれど、状況的には薬草としか思えない。
――ものすごい力のある聖者が育てたのかしら?
随分大きな怪我のようなのに、治っている。これほどの威力のある薬草は、見たことがない。
昔はこれほど威力のある薬草があったということか。それともただの作り話なのか――。
「ねえ、フェン」
『なんだ』
声を掛けると、すぐに目を閉じていたフェンから返事が返ってきた。どうやら起きていたみたいだ。
「王様にポーションをかけることができても、浄化の魔法を掛けても、すぐには洗脳が解けないのよね」
『そうだ。私がすぐに回復しないのと同じようにな』
「傷も新しいものならすぐに治るけれど、古い傷はなかなか治らないものね」
『古い傷は、既に傷だけの問題ではなくなっているからな。組織の癒着もあるし、怪我のせいで筋肉が落ちてしまっていたり。そんなダメージが蓄積されていて、ただ治療魔法を一度掛ければ治るものではなくなる。洗脳も同じだ。一度洗脳されただけでなく、長期間に渡って複数回洗脳されると、心も同じように歪みがトラウマとなって蓄積していく』
そう。だからフェンは、一度薬草を食べただけでなく、何度も食べに来ていたのだ。
最近はもう随分よさそうに見えるけど、たまーに畑の薬草が食いちぎられていることがある。
闇の聖者に洗脳されているらしい王様――グウェンさんのおじい様。
フェンの話によれば、長期間に渡って深く洗脳されているようだ。
例え隙をついて一度浄化魔法を掛けられたとしても、すぐにまた元の状態に戻ってしまうだろうというのが、フェンの予想だった。
逆にそれほど深く洗脳を施すのはとても大変らしい。
特に聖獣であるフェンを少しずつ洗脳していくのは大変なことで、恐らくそれ以外にそれほど洗脳できたのは王様だけ。他に洗脳された人がいたとしても一時的なものだろうとも。
――グウェンさんは王子だけど、無事だものね。
「じゃあ、例えばこの大怪我を治している種類の薬草で作ったポーションなら、もっと効果が高いかな?」
言いながら、挿絵のページをフェンのほうへと向ける。
『エリクサーか』
絵を一目見て、すぐにフェンがそう言った。まさかこんなに古い本の物語の中に出てくる草を、フェンが知っているとは思わなかった。
「エリクサー?」
『万能の霊薬だ』
「実際にあるの!?」
『ああ、あった。これなら確かに、ポーションよりは効果が高いだろう。しかしこれは神話の時代、神がもたらした薬だ。今の世にはない』
「……ないの? 本当に」
『ああ、ない。今の世に、存在しない』
「そっか……」
一瞬喜んだだけに、ないと聞いて気分が落ち込む。
――じゃあやっぱり、今まで通りアイリーンたちに協力してもらって、できる限り薬草の力を高めてみるしかないか。
王様をあのまま洗脳状態にはしておけないだろう。
下手に騒ぐと王様が危険に晒されないかが心配だけど、慎重に誰かに相談して、味方を増やしたほうがいいかもしれない。
――グウェンさん……と、アイリーンは大丈夫、だよね?
なんと言ってもグウェンさんは王様の血縁だし、アイリーンには既にかなり手伝ってもらっている。二人に相談したら、薬草以外にもなにか、いいアイデアが思いつくかもしれない。
――この本も全部、読んでみよう。
実家にあった200年前の本と突き合わせながらだったら、読めるだろう。
なんだか希望が見えてきた気がする。
「ただいま」
「ランスロート! お帰り!」
そんなことを考えていたら、ランスロートが帰ってきた。
「ニーナ、なんだか良いことがあったみたいだな」
「うん! 今日はとっても楽しかったし。それに王様の洗脳を解くための方法が……まだ全然分からないけれど。ちょっとだけ希望が見えた気がするんだ」
「そうか」
ランスロートはなぜこんなにも、私の気持ちが分かるんだろうか。笑っていたわけではないのに、良いことがあったと分かるのか。不思議で仕方がない。
他の人にはこんな風に言い当てられたことはないのに。
「良かったな」
そう言って、ポンポンと頭を撫でてくる。
「なんで分かったの? 私が今日良いことがあったって」
「分かるよ」
フッと穏やかに笑うランスロート。とっても機嫌がいい時の表情だ。ううん、機嫌がいいだけじゃなくて愛しくて、可愛くて仕方ないものを見ている時の――。
――ああ、私も分かるかも。
「ずっとずっと、ニーナのことを見ていたからな」
「……そうだね」
ランスが見ている『愛しくて仕方がないもの』が自分であることが気恥ずかしくて、だけどとっても嬉しくて、誤魔化すようにランスの胸に抱き着いた。
私も愛しさが溢れてくる。
――幸せだなー。
この幸せな生活が、いつまでも続きますように。
心の片隅にある不安を吹き飛ばすように。
ランスの胸にギューッと、力いっぱい抱き着いたのだった。
新生活編、最後までお読みいただきありがとうございます。
ニーナやランスロート。下町の皆やグウェン王子や魔術師組。
皆が普段、どんな生活を送っているか、楽しく書きました。いかがでしたでしょうか。
『追放聖女ニーナの下町暮らし』2巻は、本日9月15日に発売です。
こちらもどうぞよろしくお願いいたします。




