第4話 ジャックとオリーブ亭で女子会
「ニーナ様。お約束の方々がおいでになりました」
「ありがとうございます、ウォルターさん」
午前中の診療が終わってお昼休みになった途端、ウォルターさんが来客を知らせてくれた。
約束の時間ぴったりだ。
「アイリーン! リアナさん! こんにちは。わざわざ寄っていただいて、ありがとうございます」
「ああ、こんにちは、ニーナ。通り道だからな」
「ニーナさん、こんにちは」
水の筆頭魔術師であるアイリーンは、ジャックとオリーブ亭にいる頃からたまに薬草畑に研究のために通ってきていた。今日はなんと、土の筆頭魔術師であるリアナさんも一緒だ。
リアナさんも薬草畑に以前から興味があったらしくて、今日は予定があったでアイリーンが誘ったのだそうだ。
「それでは行ってきますね、ウォルターさん」
「はい、お気をつけて」
向かう先はジャックとオリーブ亭だ。実は今でもジャックとオリーブ亭の中庭を使わせてもらって薬草畑を続けている。
引っ越すときに、新居に畑を作りなおしたけれど、ジャックとオリーブ亭の中庭のほうも、長い間聖なる光や火の魔石や水の魔石を混ぜてきたので、既に聖域になってしまっていたのだ。
虫や獣も寄ってこないし、他の雑草も生えない。
もちろんそのまま放っておいても支障はないけれど、これほどの聖域を遊ばせておくのももったいない。女将であるベルさんのご厚意もあって、今でも畑をそのまま作らせてもらっているのだ。
薬草畑が二つできたことで、色々と条件を変えて実験もできるので、アイリーンが喜んでいる。
ちなみに以前は毎日聖なる力を注がなければ薬草畑は枯れてしまっていたけれど、その後も改良を重ね、畑が小さいこともあり二~三日に一度注げば大丈夫になっている。
だから二~三日に一度、聖なる力を注ぎに行く口実で、大好きなジャックとオリーブ亭に通えることになっている。
今日はアイリーンとリアナさんも一緒に、ジャックとオリーブ亭に向かった。
宿に着くと、ノックもしないで見慣れた木の扉を開く。
今はランチの時間なので、わざわざノックをして開ける人はいない。
カラン カラン
「ニーナちゃん! いらっしゃい。あら、お友達も」
「こんにちは、ベルさん」
扉を開けて宿に入った途端に、ベルさんが私たちに気が付いて声を掛けてくれる。
「お昼まだなんでしょう? 中庭でいいかい」
「はい! 三人分お願いします」
中庭のテーブルは本来宿泊者用だけれど、元従業員の特権で使わせてもらえる。
人前でフードを取りたがらないアイリーンのことも気遣って、ベルさんは晴れた日は中庭にランチを運んでくれるのだ。
「おや、ニーナちゃんこんにちは。久しぶり……じゃないわねぇ」
「おばあ! こんにちは。二日前も来ました」
「そうかい、そうかい。出て行って寂しくなるかと思ったけど、いつでも顔が見れて嬉しいよ」
おばあと挨拶を交わし、常連さんたちに挨拶をしながら食堂を通り抜ける。
アレフさんは今、厨房の中で一番忙しい時間のはずなので、後で挨拶をすることにしよう。
「わあ、素敵な中庭ですね」
勝手口から外に出ると、リアナさんが歓声を上げる。
そう、この中庭は薬草畑以外にもお花や木が元気に生えていて、なんだかとっても素敵なのだ。
この庭を手入れしてきたおばあやベルさんの人柄そのものみたいだ。
お気に入りの庭が褒められて、なんだか自分が褒められたみたいに嬉しくなってしまう。
「はい! ジャックとオリーブ亭の日替わり定食、三人前。お待たせ!」
「ありがとうございます。わあ、今日も美味しそうですね」
今日はソーセージに、パンにポタージュスープ。メインは皮がパリパリになるまでソテーされた鶏肉だ。デザートにナシまで付いている。
「うわ、このスープ不思議な香りがするけどすごく美味しい! このソーセージ、なにが入っているのかな」
三人で食べすすめていく。アイリーンは何度か食べたことがあるけれど、初めてジャックとオリーブ亭に来たリアナさんが一口食べるごとに感動している。
「庭で採れたハーブです。料理をしているアレフさんは、国中を冒険していた時期があるので、色んな料理に詳しいんですって。パンは近所のパン屋さんが、毎朝届けてくれるんです」
「そうなんですね。王都にこんなに美味しいお店があるなんて知りませんでした」
リアナさんに対して、今は従業員ではないけれど、ついつい得意になって説明してしまう。
「ところでアイリーン。コナーさんって素敵ですよね」
「はあっ!? ……あっ」
「あ、大丈夫ですかアイリーン」
リアナさんが前触れもなく唐突に言った一言で、アイリーンが食べようと持ち上げていた鶏肉を皿の上に取り落とす。良かった、お皿の上ならセーフだ。
パリパリの香ばしい鶏肉が無駄にならなかったことに胸をなでおろす。
「なっ、なっ、なにを言うんだ唐突に」
「うーん、唐突というか……今日魔術師塔で階段を降りる時、コナーさんがずっとアイリーンをエスコートしていたじゃないですか。あれ素敵だなって、以前から思っていたんです。コナーさんって他の女性たちにも評判いいんですよ」
「あれは……あいつが腐っても元貴族で。今も一応貴族だし……ただの習慣で、誰にでもやるだろう」
「もちろんそうでしょうけれど。今日は私もいたけどアイリーンを優先してエスコートしていましたし、わざわざ見送りにきてくれたのも特別扱い! っていう感じで憧れちゃいますよね」
「特別扱いって……ただ食堂に行くために一緒に出ただけだぞ」
二人の会話を聞いていて、その様子が容易に想像できてしまう。
私がシレジア子爵家に勤めていた時、当然コナーさんは子爵だったので、エスコートは完璧だった。
元々は平民出身なせいかあまり華美な格好はしていないし、あまり気取ったところもない。だからそれほど貴族っぽくないのに、さり気なくスマートにエスコートしてくれるコナーさん。
そのギャップは魔術師塔で働いている今でも健在らしい。
「……あいつ、そんなに人気があるのか……? 犬の分際で……」
「もうっ! そんな言い方しないでくださいアイリーン! 顔も知らないで書類をやり取りしていた頃から『すごい奴がいる!』って嬉しそうにしていたくせに」
「でもあいつ、初めて会った時、私を見た途端逃げようとしたんだぞ?」
思い出したのかムッと唇を尖らせるアイリーン。今ではあんなに仲が良さそうなアイリーンとコナーさんだけど、初対面でそんなことがあったのか。
「それは……なぜでしょう?」
「なぜでしょうね?」
リアナさんが私のほうに顔を向けて、助けを求めるように話を振られ、慌てて首を振る。なぜコナーさんがアイリーンを見て逃げ出そうとしたのかなんて、私に分かるわけがない。
「リアナはあいつのことが好きなのか?」
「それはないです! あくまでアイリーンをエスコートしているのが素敵だなーっていうだけで。他の女性たちもほとんどがそうですよ。……中にはちょっと、本気で狙っている人もいるみたいだけど、あっさり振られているって」
コナーさんて魔術師塔でモテているのか。意外……でもなくて、なるほど。妙に納得してしまう。
「……そうか。まあリアナにはテオドールがいるしな」
「……今の話とテオドールになんの関係が?」
「テオドールさんって、あの風の筆頭魔術師のですか?」
話を聞いていたら、いきなり新たに風の筆頭魔術師の名前が出てきた。守護聖獣の契約者の試験関係で何度か挨拶した程度だけど、コナーさんとは違ってプライドの高そうな、いかにも貴族という感じの人だ。確か身分も相当高かったはず。
高位貴族だと、聖なる力や魔力があっても、聖者や魔術師として働かないことも多いそうだけど、テオドールさんは珍しい風の魔法使いということで、それこそ貴族としての奉仕精神で魔術師をしているのだそうだ。
――それで、今の話とテオドールさん。なんの関係が?
興味津々で、二人の話を聞いてしまう。
「お前たち二人で組んで仕事をしていることが多いから。示し合わせているんじゃないのか?」
「違います‼ たまたまです‼ なにをどう見ているんですか、アイリーン。あの人誰にでも優しいくせに、なぜか私にだけ当たりが厳しいんですよ。なんなんですかあれ?」
「ああ……仲が良いんだなと思って見ていた」
「あ・り・え・ま・せ・ん!」
「お嬢さんたち、お茶のお変わりはいかが?」
「ベルさん! エリックも」
話が盛り上がっていたら、眠るエリックをおんぶ紐で背中に括りつけたベルさんが、お茶のお代わりを持ってきてくれた。
すかさず立ち上がって、お茶のお代わりの載ったトレイを受け取る。
「それにしても、ずいぶん楽しそうだね。何を話していたんだい?」
「ああ、いや。別にそんな楽しい話はしていない」
「そうです、大したことでは……」
ベルさんに聞かれて、途端に口ごもってしまう国最高峰の魔法使い二人。
二人としては真剣に話していたみたいだけど、実は聞いている私は……なんだかとっても楽しかったということは内緒にしようと思った。




