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追放聖女ニーナの下町暮らし【旧題:私は陥れられていたようです】  作者: kae
第3部 新生活編

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第3話 平凡じゃない悩み

 魔術師塔の最上階の窓から見る空は、なぜか普通の空よりも綺麗なのだ。

 なんでだろうな。地面から見るよりも、空との距離が近いからだろうか。

 そういえば幽閉塔にいた時も、小さな四角い窓から見る小さな空と魔術師塔が、ものすごく美しく感じたものだっけ。



 幽閉塔内で誰とも知らない魔術師の仕事を手伝っていた時は、妙にワクワクしたものだ。この書類を作成しているのはどんな奴なんだろうとか。俺が新しい発見をした時は、きっと驚いているだろうなとか。退屈な幽閉生活の後半は、そうやって顔も知らない魔術師とのやりとりが楽しみだった。


 毎日大量に持ち込まれる書類に羅列された文字や数字から、それを書いた魔術師が本当に魔術の研究が大好きで、夢中になって研究している様子が伝わってきた。

 殴り書きなのに、意外と俺が見やすいように気を遣って書かれた文字を見て、きっと生真面目で凝り性で、そして優しい、同年代かそれ以上の年齢の男だろうと予想していた。

 それがまさか子どもみたいな外見の(勤続年数からいって大人だろうが)、可愛らしい女性だとは思わなかった。あとついでに筆頭魔術師だとは思わなかったし、あんなに高圧的で人を犬呼ばわりするような人物だとも思わなかった。

 しかし実際に一緒に働き始めてみたら、やっぱり最初の印象通り生真面目で凝り性で、そして優しいところもあるのだと分かってきたのだけど。



「なにをボーっとしているんだ?」

「いえ、ちょっと気晴らしに空を見ていただけです」

 自分の現状がちょっと現実離れしているので、なんでこんなことになったんだと振り返っていたら、上司である水の魔術師様に変に思われたらしい。


「そうか。私は出かける時間だが、お前は体調が悪いのだったら帰れよ」

「え! あ、大丈夫です。本当にただボーっとしていただけですので。お気遣いありがとうございます」

「……別に。仕事に支障が出たら困るからな」

 どうやらボーっとしていたのを、俺の体調が悪いのではないかと心配してくれたらしい。やはり意外と優しい。

 慌てて体調不良の誤解を解き、お礼を言ったらアイリーンは少し照れ臭そうに、仕事のためだと言う。


 ――やっぱりこれって、そういうことだよなー。


 心の中だけで密かに頭を抱える。

 以前行われた春祭りの日に、唐突に気が付いた。気が付いてしまった。

 春祭りに花冠を買おうかと言った俺の言葉に、嬉しそうに顔を真っ赤にさせた氷の魔女ことアイリーン。

 特に深い意味はなく、ただ春祭りに参加するなら花冠くらい被るものだろうと言っただけだったのに。



 もう午後だったので人気の花屋の花冠は売り切れていた。だから雑貨屋の片隅に売れ残っていた、少し萎れ始めた花冠を買って渡すと、アイリーンはそれを大切な宝物のように嬉しそうに受け取った。

 その様子を見て、外見はお姫様みたいに可愛らしいのに物言いは可愛くないこの水の魔術師が、実は自分のことを好きなんじゃないかという考えが強まった。


 いや、しかしまさかこんな前科持ちで、二度も婚約破棄しているオジサンのことを好きになることなんてあるか? 勘違いだろう、と、何度も考えを打ち消して、数週間様子をうかがっていたけれど、それなりに恋愛を重ねてきた経験からみても、もう間違いなさそうだ。

 好意を持たれるのは嬉しいといえば嬉しいけれど、本音を言えばちょっとやっかいだなと思うところもある。


 二度も婚約破棄をしたばかりで、今はしばらく恋愛から距離を置きたかった。せっかく子爵家を背負うプレッシャーからも解放されて、好きなことを気楽にできる独り身を満喫しているところなのだ。

 ましてや国の筆頭魔術師様とどうこうだなんて、俺には荷が重すぎる。


 前科持ちの俺を雇ってくれた上に、名誉の回復のために手を回してくれたことは心から感謝をしているが、その恩は仕事で返したい。

 アイリーンも特になにも言ってこないし、ここは気が付かないふりが正解だろう。


 と、結局この結論にいきつくのだ。うん、そうしよう。


 さて、そうと決めたら、昼ご飯でも食べにいくか。

 衛兵用の食堂もお気に入りだが、今日は魔術師塔の食堂の、色んなハーブを組み合わせた謎の肉の美味しいスープが食べたい気分だ。


「それじゃあ、出かけてくる」

「はい、いってらっしゃいアイリーン。今日はニーナさんとお約束しているんですよね」

 アイリーンを見送りがてら、自分も食堂へ行こうと立ち上がる。

「お前……付いてくるなよ?」

「え、ああ……はい。見送りがてら食堂に行くだけですから」

「あ、ああ。食堂か」


 このニーナさんのところに付いてくるなというのも、もしかして俺と元婚約者であるニーナさんを会わせたくないということだったりするのだろうか。……それはさすがに自惚れすぎか。

 アイリーンの研究室を出ると、同じフロアにあるもう一つの部屋、土の筆頭魔術師の研究室がちょうど開いた。


「あら、こんにちは。同時でしたねアイリーン。では行きましょうか」

「ああ」

「こんにちはリアナさん。リアナさんも一緒に行くんですか?」

「そうなんです。以前から王都にある薬草園というのが気になっていて。今日はアイリーンに誘っていただんです」


 扉から出てきたのは、土の筆頭魔術師ご本人のリアナ・ルミナス嬢だった。

 いつも笑顔で、筆頭魔術師なのに偉ぶるところもない聡明で優しい女性だ。誤解されて敬遠されがちなうちのお姫様と違って、親しみやすい人柄で多くの人から慕われている。

 今日はニーナさんのところへ行くとしか聞いていなかったが、土の筆頭魔術師であるリアナさんも一緒に行くらしい。


 三人で連れだって階段を降りようとした時、一瞬戸惑う。

 普段は階段を降りる時、アイリーンに手を貸してエスコートをしている。

 これは俺が貴族時代と、それ以前からも上流階級で育ったので、女性をエスコートするのは身に沁みついた習慣だからだった。

 最初に手を差し出した時はアイリーンも戸惑っていたようだけど、俺があまりに当然のことのように振舞ったので、そういうものなのかと、つい手を取ってしまったらしい。

 今では慣れて、アイリーにとっても当然のことになっている。

 魔術師は身分に関わらず個人の能力でなる職業だ。国民のほとんどは平民なので、魔術師も平民出身が多く、階段を昇り降りしていても、男性が女性をエスコートしているところはほとんど見かけない。

 男女問わず、皆書類や道具を抱えて忙しなく行き来している。

 それに気が付いてからも、今までやっていたのに急に止めるのも変かと、階段で一緒になる時にはアイリーンをエスコートし続けていた。



 しかし今日は女性が二人いることだし……それにアイリーンとはこれ以上親しくなりすぎないように、少し線を引いておきたい。

 これを機に、これからはエスコートはしないようにしてはどうかと思ったのだ。他の人もやっていないことだし。

 そう思いながらチラリとアイリーンのほうを見る。

「…………っと」

「うん? どうした」

「いえ」


 そうしたら、あまりにも当然という顔で、アイリーンは俺が手を差し出すのを待っていて、既に片手を持ち上げているではないか。


 こうなったらその手を取らない訳にはいかない。

 アイリーンがエスコートに慣れたのは、誰がどう考えても俺の責任なのだから。

 いつものようにアイリーンの手をとって、階段を降りていく。

 リアナさんがそれを見て、ニコニコと笑っている。

 上のほうの階は筆頭魔術士が広いフロアを独り占めしていて人が少ないが、階を降りていくにつれて階段ですれ違う人の数が増えていく。

 これまでは意識していなかったけれど、すれ違う人たちが、俺とエスコートされているアイリーンをチラチラと見てきているような……。そしてなんだか生ぬるく微笑んでいるような気がするのは気のせいだろうか。


うん、気のせいだな。


 魔術師塔を出ると、いつもの衛兵、フリンとエドが待っていた。

 護衛として、一緒にニーナさんのところまで付いていくのだ。

 その二人が、こっちを見てニヤニヤ笑っている。

 こいつらの視線は気のせいではない。絶対に。

 慌てて俺は、アイリーンの手を離した。

 

 ――以前こいつらが結婚おめでとうとかなんとか、訳の分からないことを言っていたのはこういうことだったのかー……。


 過去の自分の行いを後悔する。

 というか、なぜ俺は一階まで降りてきてしまったんだ。魔術師塔の食堂は二階にあるんだから、二階でサヨナラすれば良かったんじゃないのか⁉ そうすれば少なくとも、こいつらに笑われることはなかっただろうに。


 たった今の自分の行いも後悔する。


「それでは、行ってらっしゃい」

「はい、行ってきますねコナーさん」

 そんな内心を隠しながら、無理やり笑顔を作って見送る。リアナさんがニコニコと手を振ってくれた。

 そのまま全員出掛けていくかと思いきや、友人でもある衛兵のエドが、なぜかサッと俺の横に近づいてくる。


「もしかして、お前やっと気が付いた?」

「……なんのことだ」

「あー、やっぱり気づいてるな。遅い、遅すぎる」

「……」


 自分でもちょうどそう思っていたところだったので、なにも言い返せない。

「言っておくけど、全部お前の責任だから」

「……」


 返す言葉がないとはこのことか。

 ぐぬぬとこぶしを握り締めて黙っていると、なぜだか既に何メートルか先を歩いていたアイリーンが、小走りで引き返してきた。

「コナー。お前今日、なんか変だぞ。本当に大丈夫か?」


 そう言って心配げに俺の顔を見上げてくるアイリーンに、なんだか自分がとんでもない卑怯者に思えて、胸がズキズキと痛む。


「いいえ、本当に、全然、なんでもないです。大丈夫ですから!」

「そうか? 無理するなよ」

 そう言って、何度か心配そうに振り返りながら出かけていくアイリーンと一行を、俺は結局姿が見えなくなるまで見送って。


「はあーーーーーーー」


 完全に姿が見えなくなったのを確認してから、頭を抱えてしゃがみ込んだのだった。


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