第9話 壊れた魔導ランプを修理したい俺、魔力を流すだけでは動かないと知る
魔導ポンプの設計図を調べた翌朝、俺は自室の机に向かい、『初等魔導工学入門』を開いていた。
窓の外では、小鳥たちが庭木の枝を飛び回っている。まだ朝食まで時間があるらしく、屋敷の中も静かだった。
机には二冊のノートを並べている。一冊は魔導ポンプの研究記録。もう一冊は、いつか完成させたい魔導甲冑オメガの設計ノートだ。
昨日、父上と一緒に調整した小型の駆動装置を思い出す。
歯車を支える金具がほんの少しずれていただけで、回転はひどくぎこちなくなっていた。ところが、位置を調整すると、あれほど引っかかっていた歯車が滑らかに動き始めた。
あの瞬間は、今でも鮮明に覚えている。
自分が見つけた問題を、父上と協力して改善できたのだ。
ただし、あれは魔力を使わない機械的な調整だった。
今度は、魔力そのものについて知りたい。
「……魔力伝達回路、か」
俺は教科書の一節を指でなぞった。
魔導機械は、魔力を供給すれば必ず動くわけではない。
魔導核から供給された魔力を、適切な経路で必要な部分まで届けなければならない。途中の導線が途切れていたり、接続が不十分だったりすれば、装置は正常に作動しない。
説明の横には、小さな魔導ランプの構造図が描かれていた。
魔導核を収める部分から銅製の導線が伸び、発光石を取り囲む回路につながっている。
「……あれ?」
俺はページに顔を近づけた。
この形、どこかで見たことがある。
少し考えて、思い出した。
屋敷の倉庫で見つけた、古い魔導ランプだ。
確か、内部の銅製導線がほんの数ミリ足りず、接点まで届いていなかった。
あのときはどうすればいいのか分からず、元の場所に戻したのだった。
俺は教科書とノートを見比べた。
「……もしかして、あれなら」
魔導ポンプは巨大で、内部の仕組みも複雑だ。
だが、小さなランプなら、魔力がどのように伝わるのかを観察できるかもしれない。
もちろん、勝手に魔法を流すつもりはない。
以前、金属を作ろうとして正体不明の紫色の液体を生み出してしまったことは、まだ忘れていなかった。
あのとき、マルタが止めてくれなかったら、どうなっていたか分からない。
「……よし。まずは父上に相談しよう」
俺はノートに必要なことを書き出し始めた。
◇
朝食を終えたあと、廊下でマルタを見つけた。
彼女は窓際に飾られた花瓶の水を替えているところだった。紺色のメイド服の袖をきちんと整え、白いエプロンの裾には一つの皺もない。
「マルタ!」
俺が呼びかけると、彼女は振り返った。
「おはようございます、レオンハルト様。今日はずいぶん早くからお元気ですね」
「ちょっと調べたいものがあるんだ」
「調べたいもの、ですか?」
「うん。前に倉庫で見つけた古い魔導ランプを覚えてる?」
マルタは少し考え、頷いた。
「ああ、あの小さなランプですね。確か、壊れていて明かりがつかないとおっしゃっていました」
「そう! あれをもう一度見たいんだ」
すると、マルタは花瓶を置き、俺の顔をじっと見た。
「……レオンハルト様」
「な、何?」
「まさか、今度はランプに魔法を流してみようなどとお考えではありませんよね?」
「違うよ! まずは中の仕組みを調べるだけ!」
「本当ですか?」
「本当!」
「旦那様には?」
「これから相談するつもり」
マルタは一瞬驚いた顔をした。
それから、柔らかく微笑んだ。
「それなら、私もお手伝いします」
「いいの?」
「もちろんです。ただし、危険なことをなさらないよう見張る役も兼ねていますけれど」
「……やっぱり信用されてない?」
「信用しておりますよ」
彼女は笑顔のまま続けた。
「ですが、レオンハルト様が夢中になると周りが見えなくなることも、よく存じておりますので」
反論できなかった。
マルタは小さく笑い、花瓶を持ち上げた。
「では、私が仕事を終えるまで、少しお待ちください。倉庫へご一緒しましょう」
「ありがとう!」
俺は頷いた。
以前なら、思いついた瞬間に一人で倉庫へ走っていたかもしれない。
だが、今は違う。
誰かに相談することは、遠回りではない。
少なくとも、そう思えるようになっていた。
◇
倉庫の扉を開けると、乾いた木材と古い金属の匂いが漂ってきた。
高い窓から差し込む日差しの中で、細かな埃がゆっくり舞っている。
壁際には使われなくなった農具や古い魔導部品が並び、奥には祖父の銀色のターボナイトが眠っていた。
俺はその姿をちらりと見た。
壊れた脚部。
欠けた右手の装甲。
失われた魔導核。
いつか、あの機体についても詳しく調べたい。
けれど、今日は別の目的がある。
「確か、この辺りだったと思うんだけど……」
俺は棚の下に置かれた木箱を覗き込んだ。
古い金具、壊れた取っ手、用途の分からない小さな部品。
いくつかの箱を確認したが、目当てのランプは見当たらなかった。
「……あれ?」
「こちらではありませんか?」
マルタが別の棚を指差した。
そこには、布をかぶせられた小さな木箱が置かれている。
俺は近づいて蓋を開けた。
「あった!」
中に収められていたのは、掌より少し大きな魔導ランプだった。
真鍮製の枠には細かな傷があり、透明な覆いの内側には白く曇った発光石が見える。
長い間使われていなかったらしく、取っ手の付け根には薄い錆が浮いていた。
「懐かしいですね」
マルタが隣から覗き込んだ。
「前に見つけたときも、ずいぶん熱心に調べていらっしゃいました」
「でも、あのときは全然分からなかったんだ」
「今日は分かりそうなのですか?」
「少しだけね」
俺はランプを持ち上げた。
見た目以上に重い。
教科書に載っていた構造図と比べると、こちらはかなり古い形式のようだった。
「これを作業台に運びたいんだけど……」
「では、私が運びます」
「えっ、俺でも持てるよ?」
「存じております。でも、足元に部品が散らばっていますから」
マルタはそう言って、ランプを慎重に受け取った。
俺は少しだけ頬を膨らませたが、床を見ると確かに金属片がいくつも転がっていた。
……転んだら大変だな。
俺たちはランプを作業台に置いた。
俺はその横に教科書を広げ、外側から構造を確認する。
「ここに魔導核を入れて……たぶん、この部分を通って魔力が流れるんだ」
「なるほど」
「それで、発光石に魔力が届けば明かりがつくはずなんだけど……」
俺は以前確認した導線の位置を思い出した。
「銅の線が短くて、接点まで届いてないんだよね」
「それでしたら、長い線に交換すればよいのではありませんか?」
「うん。俺もそう思った」
ただし、問題はそこからだった。
適当な金属をつなげればいいわけではない。
教科書には、導線の材質や太さ、接続部分の状態によって魔力の伝わり方が変わると書かれている。
間違った部品を使えば、発光石を傷めたり、魔導核に負担をかけたりする可能性があった。
「……やっぱり、父上に見てもらわないと」
「ええ。そのほうがよろしいと思います」
マルタは安心したように頷いた。
そのあと、俺たちは棚に残っていた古い銅製の部品を探した。
細い金属線の束。
曲がった接続金具。
使い道の分からない小さな端子。
俺は一つずつ形を比べてみたが、どれが使えるのか判断できなかった。
「……思っていたより難しいな」
「機械の修理というのは、部品を見つけるだけでも大変なのですね」
「うん。ゲームなら、素材を選ぶだけで済むのに……」
「ゲーム、ですか?」
「あっ」
俺は慌てて口を閉じた。
危ない。
つい前世のことを口にしてしまった。
「えっと……頭の中で考えていた遊びの話!」
「そうなのですか?」
「うん!」
マルタは少し不思議そうに首を傾げたが、それ以上は尋ねなかった。
「では、その遊びよりも難しい修理を、頑張って覚えなければなりませんね」
「……そうだね」
俺は苦笑した。
この世界でオメガを作るということは、こういうことなのだ。
◇
昼過ぎ、父上が倉庫へ来てくれた。
いつもの執務用の上着ではなく、袖をまくった作業着姿だった。腰には工具を入れた革の袋を下げている。
「レオン。マルタから話は聞いたぞ」
「父上!」
「古いランプを調べたいそうだな」
「はい。魔力がどうやって機械に伝わるのか、勉強したいんです」
父上は作業台のランプと教科書を見比べた。
「なるほど。確かに、基本的な仕組みを学ぶには悪くない」
「じゃあ、修理してもいいですか?」
「まずは状態を確認してからだ」
「はい!」
父上はランプの外側を調べ、魔導核が取り外されていることを確認した。
「魔導核は入っていないな。では、内部を見てみよう」
工具を使って固定具を外すと、発光石を収めた部分と、その周囲にある銅製の導線が見えた。
俺は身を乗り出した。
「ここです!」
導線の先端が、接続金具の手前で止まっている。
ほんの数ミリ。
それだけの隙間だった。
父上は小さな定規を当てて確認した。
「ふむ。確かに届いていないな」
「これが原因でしょうか?」
「少なくとも、この状態では正常に魔力が伝わらんだろう。ただ、ほかにも故障があるかもしれない」
「……はい」
父上は俺が集めた銅製の部品を確認した。
その中から、細長い導線を一本選び取る。
「これなら太さが近い。傷みも少ないようだ」
「使えそうですか?」
「加工すればな。ただし、接点にきちんと固定できるか確かめる必要がある」
父上は古い導線を取り外し、新しいものと並べた。
「レオン、見てみなさい」
「はい」
「長さだけではない。接続する部分の形も重要なんだ」
俺は二本の線を見比べた。
確かに、古い導線の先端は少し平たく加工されている。
新しい線は丸いままだ。
「じゃあ、先端を同じ形にすれば……」
「そうだ。ただし、削りすぎれば細くなってしまう」
父上は工具を手に取った。
「まずは私がやってみせよう」
俺は作業台の反対側から、その手元をじっと見つめた。
父上は導線の先端を慎重に加工し、接続金具に合う形へ整えていく。
無駄のない動きだった。
父上は専門の技師ではないと言っていたが、道具の扱いには慣れているようだ。
「父上って、こういう作業が得意なんですね」
「若いころ、祖父にいろいろ教わったからな」
「祖父上に?」
「ああ。あの人は、機械が好きだった。壊れた農具を直したり、古い魔導装置を分解したりして、よく母上に叱られていたものだ」
「……なんだか、俺みたいですね」
父上は手を止めた。
そして、少しだけ笑った。
「そうだな。よく似ているかもしれん」
俺は嬉しくなった。
会ったことのない祖父にも、俺と同じように機械を眺めてわくわくする時間があったのだろうか。
父上は加工した導線をランプへ取り付けた。
「よし。これで接点まで届くようになった」
「……やった!」
「まだ喜ぶのは早いぞ」
父上は接続部分を確認し、軽く固定具を締めた。
「次は、きちんとつながっているかを確かめよう」
◇
父上が用意したのは、小さな検査用の魔導具だった。
木製の台座に二本の細い接触針が取り付けられ、中央には小さな表示石が埋め込まれている。
「これは?」
「魔導回路の接続を確認するための道具だ。内部に蓄えられたごく少量の魔力を流し、経路がつながっていれば表示石が光る」
「そんな便利なものがあるんですか!」
「ただし、回路の状態によっては正しく反応しないこともある。万能ではないぞ」
父上は説明しながら、二本の針をランプの接続部分に当てた。
俺は息を呑んだ。
表示石は――光らなかった。
「……あれ?」
俺は目を瞬かせた。
父上は針を離した。
「まだ、どこかで接続が不十分なのだろう」
「でも、線はちゃんと届いていますよね?」
「届いていることと、確実につながっていることは違う」
父上はランプを横から見せてくれた。
「ここを見てみなさい」
俺は顔を近づけた。
新しい導線の先端が、金具に触れている。
だが、よく見ると、接触しているのは端のほんの一部分だけだった。
「……あっ」
「分かったか?」
「接点が、少し浮いている……?」
「そうだ。固定したつもりでも、十分に押さえられていなかったようだな」
俺は唇を噛んだ。
長さを合わせるだけで直ると思っていた。
だが、それだけでは足りなかったのだ。
「……難しいですね」
「そうだな」
父上はあっさり頷いた。
「だが、失敗したおかげで、次に確かめるべきことが分かった」
俺は父上を見上げた。
「失敗しても、いいんですか?」
「危険を避けるための準備をして、確かめながら進めているのならな。もちろん、同じ失敗を何度も繰り返さないよう学ぶことは必要だ」
「……はい」
父上は工具を置いた。
「どうすればよいと思う?」
俺は接続部分をじっと見つめた。
導線は届いている。
だが、金具に十分接触していない。
ならば、固定する位置を少し変えればいいのではないか。
「……接点を、もう少し奥まで入れられませんか?」
「ほう」
「それで、浮かないように固定すれば……」
父上は小さく頷いた。
「試してみよう」
俺たちは導線の位置を調整した。
父上が固定具を緩め、俺が指定された場所から線の向きを確認する。
「もう少し右です」
「このくらいか?」
「……はい。今度は、ちゃんと金具に重なっています」
「よし」
父上が固定具を締め直した。
再び、検査用の魔導具を接続する。
俺は思わず拳を握った。
表示石が、淡い青色に光った。
「……!」
「今度はつながったようだな」
「やった!」
俺は声を上げた。
マルタも隣で微笑んだ。
「おめでとうございます、レオンハルト様」
「ありがとう、マルタ!」
けれど、父上はまだランプを組み立てなかった。
「回路がつながったことは確認できた。だが、発光石が正常に働くかどうかは別だ」
「……そうですね」
俺は頷いた。
昨日、魔導ポンプについて学んだことを思い出す。
一つの問題が解決しても、ほかの部分が正常とは限らない。
だから、一つずつ確かめる必要があるのだ。
◇
父上はランプの内部をもう一度確認し、覆いを元に戻した。
それから、小さな魔導核を取り出した。
透明な青い石で、俺の親指の先ほどの大きさしかない。
「これは?」
「古い照明器具を試すための低出力の魔導核だ。大きな魔力を流さずに済む」
「……なるほど」
「レオン。ここからは私が操作する。お前は少し離れて見ていなさい」
「はい!」
俺は素直に二歩下がった。
マルタも俺の隣に立つ。
父上はランプを金属製の台の上に置き、魔導核を所定の位置へ収めた。
そして、ゆっくりと起動用のつまみを回した。
……。
何も起こらない。
「……あれ?」
俺が呟いた直後だった。
発光石の奥で、小さな青い光が瞬いた。
次の瞬間、ランプの内部に淡い明かりが灯った。
「……ついた!」
俺は思わず叫んだ。
真鍮の枠の中で、青白い光が静かに揺れている。
明るさは決して強くない。
昼間の倉庫では、少し見えにくいほどの光だ。
それでも、確かに光っていた。
「父上! つきました!」
「ああ。どうやら発光石も無事だったようだな」
父上は穏やかに笑った。
俺は嬉しくて、何度もランプを見つめた。
以前は、何をしても光らなかった。
それが今、俺たちの目の前で動いている。
父上がつまみを少し回すと、光がわずかに強くなった。
「……おお」
だが、さらに調整しようとした瞬間、光がちらついた。
明るくなったかと思えば、すぐに暗くなる。
父上はそれ以上つまみを回さず、元の位置へ戻した。
「……まだ安定していないな」
「接続が悪いんでしょうか?」
「その可能性もある。発光石が古くなっているのかもしれんし、魔力を調整する部分に問題があるのかもしれない」
「……なるほど」
父上はランプを停止させ、魔導核を取り外した。
「今日はここまでにしよう」
「えっ、もうですか?」
「動くことは確認できた。これ以上の調整は、別の日に状態を調べてからだ」
俺は少し残念に思った。
もう少しだけ試してみたい。
もっと明るくできるかもしれない。
そう考えたが、すぐに首を振った。
……駄目だ。
ここで無理をしたら、また同じことになる。
「……分かりました」
俺が答えると、父上は満足そうに頷いた。
「よし。今日の成果は十分だ」
マルタも微笑んだ。
「私もそう思います。レオンハルト様、とても嬉しそうでしたもの」
「だって、本当に光ったんだよ!」
「ええ。私も見ていました」
彼女はランプを見つめた。
「小さな明かりですが、綺麗ですね」
俺も頷いた。
あの光は、ただの照明ではなかった。
俺にとっては、この世界で初めて、壊れた魔導装置を動かせた証だった。
◇
道具を片づけていると、俺はふと気になっていたことを父上に尋ねた。
「父上」
「何だ?」
「今日みたいに、導線を交換したら……魔導ポンプも直せるんでしょうか?」
父上は手を止めた。
「可能性はある。だが、同じようにはいかないだろうな」
「……どうしてですか?」
父上は作業台のランプを指差した。
「このランプは、発光石を光らせるだけの小さな装置だ。必要な魔力も少ない」
「はい」
「だが、魔導ポンプは大量の水を汲み上げる。重い機構を動かし続けるためには、ずっと大きな力が必要になる」
父上は続けた。
「もし、傷んだ導線に無理な魔力を流せば、途中で熱を持ったり、回路が壊れたりするかもしれん」
「……危ないんですね」
「そうだ。それに、あのポンプは機械的な部分にも問題があるかもしれない。魔力の通り道だけを直しても、正常に動くとは限らん」
俺は昨日の整備記録を思い出した。
洪水前からあった振動。
内部へ入り込んだ土砂。
そして、状態が確認できていない魔力伝達部。
確かに、ランプとは比べものにならないほど複雑だ。
「……じゃあ、まだまだ勉強しないと」
「ああ。だが、今日学んだことは無駄ではないぞ」
父上は俺の頭に手を置いた。
「小さな仕組みを理解できなければ、大きな仕組みも理解できん。焦らず、一つずつ覚えていけばいい」
俺は父上を見上げた。
「……はい!」
父上の手は、大きくて温かかった。
前世の俺は、何かを作ろうとするとき、つい一人で調べて、一人で解決しようとしていた。
仕事でもそうだった。
分からないことがあっても、誰かに尋ねる前に無理をしてしまうことが多かった。
けれど、この世界では違う。
父上が教えてくれる。
兄上が資料を探してくれる。
マルタが危険なことをしないよう見守ってくれる。
……俺は、一人じゃない。
◇
夕食の時間になると、今日のランプの話で食卓が賑やかになった。
「何だって? レオンが魔導ランプを直したのか?」
セドリック兄上が驚いた声を上げた。
「父上と一緒にです! それに、まだ完全には直ってません」
「それでも、明かりがついたんだろ?」
「はい!」
「すごいじゃないか!」
セドリック兄上は嬉しそうに笑った。
「この調子なら、屋敷中の壊れたものを全部レオンに任せられるな!」
「セドリック」
アルブレヒト兄上が静かに口を挟んだ。
「レオンに修理を頼む前に、君が壊した練習用の木剣を片づけてほしいんだけど」
「……あれは事故だ」
「先週も同じことを言っていたよ」
「兄上、細かいことは気にするな!」
「君が言うことじゃないね」
俺は思わず笑ってしまった。
母上も口元を押さえて笑っている。
「でも、レオン。お父様と一緒に頑張ったのね」
「はい!」
「よかったわ。最近、あなたが楽しそうに勉強しているのを見ると、私も嬉しくなるの」
母上は優しく微笑んだ。
その言葉を聞いて、胸が少し温かくなった。
父上は食事の手を止め、俺を見た。
「ただし、今日のランプはまだ調整が必要だ。しばらくは私の許可なく動かしてはいけないぞ」
「はい!」
セドリック兄上がにやりと笑った。
「おお、レオンが素直だ」
「俺だって、ちゃんと反省するんです!」
「ははは! それなら安心だな!」
食卓に笑い声が広がった。
俺は家族の顔を見回した。
この時間が好きだ。
ゲームの中では、レオンハルト・ヴァイスの家族について詳しく描かれることはなかった。
けれど、今の俺には分かる。
この人たちは、ただの背景ではない。
それぞれに考えがあり、悩みがあり、俺を大切にしてくれている。
だからこそ、この暮らしを失いたくなかった。
◇
夜。
俺は自室の机に向かい、今日の出来事をノートにまとめていた。
修理した魔導ランプは、父上が安全を確認するまで起動しないという約束で、魔導核を外した状態のまま机の端に置かれている。
真鍮の枠は古く、透明な覆いにも細かな傷が残っていた。
見た目だけなら、ただの古い道具だ。
けれど、俺には少し特別なものに見えた。
俺はペンを取り、今日学んだことを書き出した。
『魔導ランプの修理記録』
一、導線が接点まで届いていなかった。
二、導線を交換しても、接触が不十分だと魔力は伝わらなかった。
三、接点を調整すると、検査用の魔導具が反応した。
四、低出力の魔導核で発光を確認。
五、明るさを上げると光が不安定になる。原因は未確認。
書き終えると、俺は隣のノートを開いた。
そこには、青と銀の魔導甲冑が描かれている。
オメガ。
四基の背部推進器。
魔導剣と盾。
そして、遠距離攻撃用の銃と砲。
前世では、ゲームの画面を通して何度も眺めた、俺だけの機体だ。
「……魔力の伝達、か」
俺はランプの回路図を描き、その隣にオメガの背部推進器を描いた。
ランプでは、一つの発光石へ魔力を送るだけだった。
だが、オメガには複数の機構がある。
腕。
脚。
武器。
そして、四つの推進器。
もし、すべてを同時に動かすとしたら?
どの部分に、どれだけ魔力を送ればいいのだろう。
四つの推進器に均等に魔力を送れば、安定して飛べるのか。
それとも、方向を変えるときには、それぞれの出力を調整する必要があるのか。
考え始めると、次々に疑問が浮かんできた。
「……うわあ、難しいな」
俺は思わず苦笑した。
ゲームでは、推進器を装備して出力を上げれば、機体は思いどおりに飛んでくれた。
だが、この世界ではそうはいかない。
魔力の流れを考え、機械の構造を理解し、実際に動くものを作らなければならない。
たった一つのランプを光らせるだけでも、これほど時間がかかったのだ。
オメガを完成させるまでには、どれほどの失敗を重ねることになるのだろう。
……それでも。
俺は机の端にあるランプを見つめた。
今日、あのランプは確かに光った。
ほんの小さな、弱々しい光だった。
だが、俺が学んだ知識と、父上の助けによって生まれた光だ。
それは、ゲームの中で装備を強化したときの喜びとは違っていた。
もっと手間がかかって、もっと難しくて。
だからこそ、嬉しかった。
俺はノートに新しい目標を書き加えた。
『次の研究課題――複数の機構へ魔力を安定して分配する方法』
その下に、もう一つ。
『魔導ポンプの魔力伝達部を、設計図と照らし合わせて調べる』
書き終えてから、俺は窓の外を見た。
夜空には、無数の星が輝いていた。
この世界は、乙女ゲーム『ターボナイト ~エターナル・ハーツ~』の舞台だ。
いつか、ソフィア・エヴァーハートと四人の攻略対象たちが、魔導学院でそれぞれの物語を始める。
そして、本来のレオンハルト・ヴァイスは、家の経済的な事情で学院を去ることになる。
その未来が訪れるまで、あと何年あるのだろう。
正確な時期は覚えていない。
それに、俺がこの世界で行動することで、ゲームの展開が変わる可能性もある。
だからといって、何もしないわけにはいかなかった。
父上が守ろうとしている領地。
兄上たちが支えている家。
母上やマルタと過ごす、温かな毎日。
そして、俺自身の夢。
全部を一度に守ることはできない。
けれど、今日のように、一つずつ問題を解決していくことならできるかもしれない。
「……まずは、一つずつだ」
俺は小さく呟いた。
最初は、古い魔導ランプ。
次は、もっと複雑な機械。
そして、いつか――オメガ。
青と銀の装甲をまとい、四基の推進器を輝かせながら空を飛ぶ、自分だけの魔導甲冑。
その姿を想像すると、胸が高鳴った。
だが、今夜はもう勉強を終えることにした。
マルタとの約束もある。
俺はノートを閉じ、ランプをそっと机の奥へ移動させた。
明日も、また新しいことを学ぼう。
焦らず、確実に。
いつか、自分の手であの機体を完成させるために。
そして、ゲームでは変えられなかったレオンハルト・ヴァイスの未来を、この世界では変えるために。
この章を読んでいただき、本当にありがとうございます!
楽しんでいただけたなら幸いです。もしお時間があれば、コメント欄でご感想をお聞かせいただけると嬉しいです。また、もしこの物語が気に入っていただけたら、星評価をいただけると大変励みになります。
お時間とご支援、本当にありがとうございました!




