第10話 壊れた魔導ポンプの代わりに水魔法を使った俺、領地の畑を救うために限界へ挑む
その日の朝、食堂にはいつもと違う空気が流れていた。
父上は朝食にほとんど手をつけず、アルブレヒト兄上が持ってきた報告書を読んでいた。母上のヘレナも、二人の様子を心配そうに見守っている。
「……西側の畑もか」
父上が低い声で呟いた。
「はい。昨日、村の代表から報告がありました。水路の末端にある三つの畑では、土の乾燥がかなり進んでいるそうです」
アルブレヒト兄上は十九歳とは思えない落ち着いた表情で、手元の書類をめくった。
「魔導ポンプの修理に必要な部品は、まだ手配できていません。近隣の町に問い合わせていますが、同じ規格のものがあるかどうかも分からない状況です」
「そうか……」
父上は深く息を吐いた。
俺はパンを持ったまま、二人の会話に耳を傾けていた。
魔導ポンプ。
この数日、ずっと調べている機械だ。
洪水で故障したと思われていたが、古い整備記録には洪水前から異常な振動があったと書かれていた。さらに、魔力伝達部にも問題がある可能性が見つかっている。
昨日は父上と一緒に古い魔導ランプを調べ、導線を交換して小さな光を灯すことができた。
けれど、それで巨大なポンプを直せるようになったわけではない。
「水を運ぶために人を増やすことはできないのか?」
セドリック兄上が尋ねた。
「すでに何人か手配しているよ。ただ、井戸から桶で運べる量には限りがあるんだ」
アルブレヒト兄上が答える。
「畑が広すぎる。それに、作業する人たちにも普段の仕事があるからね」
「……そうか」
セドリック兄上は悔しそうに眉を寄せた。
俺は窓の外を見た。
庭の噴水は、今日も止まったままだ。
この屋敷だけではない。
領地のあちこちで、水を必要としている人たちがいる。
……水。
その言葉が、頭から離れなかった。
俺は自分の手を見つめた。
水の魔法。
今まで何度も練習してきた、四つの基本属性の一つ。
小さな水球を作ることもできるし、短い時間なら水を流し続けることもできる。
ただし、魔力を使いすぎると疲れてしまう。
これまでは、魔法の練習といえば、自分の能力を確かめるためのものだった。
でも……。
「父上」
俺は椅子から少し身を乗り出した。
「どうした、レオン?」
「畑に水が足りないんですよね?」
「ああ」
「だったら……俺の水魔法を使ってみませんか?」
父上の手が止まった。
アルブレヒト兄上も、俺のほうを見た。
「……レオン?」
「ポンプみたいに大量の水は出せません。でも、少しなら作れます。畑の全部は無理でも、何かできるかもしれません」
父上はすぐには答えなかった。
俺の顔を見つめ、しばらく考え込んでいる。
「レオン。お前が水魔法を使えることは知っている。だが、畑に必要な水の量は、普段の練習とは比較にならん」
「分かっています」
「本当に分かっているか? 魔力を使いすぎれば、体調を崩すこともあるんだぞ」
その声は厳しかった。
けれど、怒っているわけではない。
心配してくれているのだ。
俺は以前、無理な実験で頭痛を起こし、マルタに叱られたことを思い出した。
「だから、最初は少しだけ試したいんです。父上が一緒にいてくれるなら」
父上は目を細めた。
「……一人でやるつもりはないんだな?」
「はい」
アルブレヒト兄上が口を開いた。
「父上。小さな区画で試すだけなら、検討する価値はあるかもしれません」
「アルブレヒト?」
「もちろん、レオンの体に負担がかからない範囲で、です。水量を測れば、実際にどれくらい役に立つか判断できます」
兄上は俺に向き直った。
「ただし、途中で疲れたらすぐにやめること。いいね?」
「はい!」
父上は長い息を吐いた。
「……分かった。まずは試験だ。畑を救えると約束するわけではないぞ」
「ありがとうございます、父上!」
「それと、マルタにも同行してもらう」
その名前が出た瞬間、俺は少しだけ肩をすくめた。
……きっと、厳しく見張られるだろうな。
◇
午前中、俺たちは西側の畑へ向かった。
馬車の窓から見える景色は、以前訪れたときよりも乾いて見えた。
土の表面には細かなひびが入り、若い作物の葉が力なく垂れている。
洪水が起きた直後は水が多すぎて困っていたというのに、今度は水が足りない。
自然というものは、なかなか人間の都合に合わせてくれないらしい。
「……思っていたよりひどいですね」
俺が呟くと、隣に座っていたマルタが頷いた。
「ええ。村の方々も、ずいぶん苦労なさっているようです」
マルタはいつもの紺色のメイド服の上から、外出用の落ち着いた茶色の上着を羽織っていた。茶色の髪は後ろでまとめられ、頬のそばには見慣れた小さなそばかすがある。
彼女は俺の膝に置かれた水筒を指差した。
「レオンハルト様。今日は水分補給を忘れないでくださいね」
「うん」
「それから、少しでも気分が悪くなったら、必ずおっしゃってください」
「分かってるよ」
「本当に?」
「本当!」
マルタは俺の顔をじっと見つめたあと、ようやく微笑んだ。
「それなら安心です」
……たぶん、まだ完全には信用されていない。
やがて馬車が止まった。
父上とアルブレヒト兄上に続いて降りると、数人の農民たちが集まってきた。
その中には、前に魔導ポンプを見に来たときに会った、白髪交じりの老人もいた。
「領主様!」
老人は深く頭を下げた。
「またお越しいただけるとは……」
「畑の様子を見に来た。水の具合はどうだ?」
父上が尋ねると、老人は困ったように畑を振り返った。
「よくありません。昨日も皆で水を運びましたが、端のほうまではとても……」
その声には疲れが滲んでいた。
俺は老人の手を見た。
指は太く、皮膚はひび割れ、爪の間には土が入り込んでいる。
毎日、ここで働いている手だ。
「……父上」
俺は小さく呼びかけた。
父上は頷いた。
「まずは、あの区画で試してみよう」
◇
試験に使うことになったのは、水路の近くにある小さな畑だった。
周囲の畑と比べれば狭いが、それでも八歳の俺には十分広く見える。
アルブレヒト兄上は手帳を開き、農民たちに水路の状態を確認していた。
「ここから水を流せば、あの溝を通って畑の端まで届きますか?」
「水量があれば届きます。ただ、今は途中で土に吸われてしまうでしょうな」
老人が答える。
兄上は頷き、俺のほうを見た。
「レオン。最初は水路に直接流してみよう。どれくらいの量を出せるか、確かめたい」
「分かりました」
俺は水路のそばに立った。
乾いた土の匂いがする。
風が吹くたび、細かな砂が足元を転がっていった。
俺は両手を前に出し、ゆっくりと魔力を集中させた。
水。
冷たく、柔らかく、形を変えながら流れるもの。
いつもの練習と同じように、魔力を手のひらへ集める。
「《ウォーター》」
指先に透明な水が現れた。
最初は小さな球だったが、意識を向けると形が崩れ、細い流れとなって地面へ落ち始めた。
ぱしゃぱしゃと音を立て、水路の底が濡れていく。
「おお……!」
近くにいた農民が声を上げた。
「坊ちゃんが水を……!」
俺は集中を続けた。
水は途切れず流れている。
だが、思ったほど勢いがない。
水路の底に小さな水溜まりができたものの、その先へ進む前に土へ吸い込まれてしまった。
「……くっ」
俺は少しだけ魔力を強めた。
水の流れが太くなる。
しかし、そのぶん体の奥から力が抜けていくような感覚が強くなった。
額に汗が浮かぶ。
呼吸も少し速くなった。
「レオン、無理をするな」
父上の声が聞こえた。
「……はい」
俺は魔法を止めた。
途端に、腕が少し重くなった。
大きく息を吐く。
……やっぱり、これだけでは足りない。
アルブレヒト兄上が水路を見つめた。
「水は確かに出せている。でも、このままでは大部分が途中で染み込んでしまうね」
俺は悔しくなった。
「……もっと強く出せれば」
「レオン」
父上が俺の肩に手を置いた。
「今は水量を確かめる試験だ。無理に増やす必要はない」
「……はい」
そのとき、老人が水路の底を見ながら呟いた。
「土が乾ききっていますからな。最初の水は、どうしても吸われてしまいます」
俺は顔を上げた。
「じゃあ、水が途中でなくならないようにできれば……」
老人は少し考えた。
「水路の底を踏み固めれば、多少は違うかもしれません。昔は粘土質の土で補修しておりましたが……」
「それだ」
アルブレヒト兄上が言った。
俺たちは兄上を見た。
「今ある材料で、水路の短い区間だけでも整えられないでしょうか。畑全部を一度に潤す必要はありません。まずは、あの小さな区画へ水を届けることを目標にしましょう」
老人の表情が変わった。
「……それなら、できるかもしれません」
父上も頷いた。
「よし。人手を集めよう。レオンはその間、休んでいなさい」
「はい!」
俺は水筒を受け取り、木陰に腰を下ろした。
マルタが隣にしゃがむ。
「お疲れさまでした」
「……全然足りなかったね」
「最初から全部うまくいくとは限りませんよ」
彼女は穏やかに言った。
「それに、今は皆さんが考えてくださっています。レオンハルト様が一人で何とかしなくてもよいのです」
俺は作業を始めた人たちを見た。
父上が指示を出し、兄上が農民たちと相談している。
皆で土を運び、水路の底を整えていた。
……そうだな。
俺にできることは、水を出すことだけかもしれない。
でも、それを役立てる方法は、皆で考えればいい。
◇
水路の準備が終わったのは、昼を少し過ぎたころだった。
農民たちは短い区間の土を踏み固め、特に水が逃げやすい場所には粘土質の土を詰めていた。
さらに、途中に小さな仕切りを作り、水が一度に広がらないよう工夫している。
アルブレヒト兄上は、整えられた水路を確認してから俺を呼んだ。
「レオン。もう一度試してみようか」
「はい!」
俺は立ち上がった。
十分に休んだおかげで、先ほどの重さはほとんど消えている。
だが、無理はしない。
俺は深呼吸した。
今度は、水を勢いよく出すことだけを考えない。
一定の量を、できるだけ途切れずに流す。
水球を作るときのように、魔力を一気に集める必要はない。
少しずつ、少しずつ。
「《ウォーター》」
透明な水が現れた。
先ほどよりも細い流れだ。
だが、今度は無理に太くしない。
水が水路の底を伝い、ゆっくりと進み始める。
俺は呼吸を整えた。
魔力を強く押し出そうとすると、流れが乱れる。
逆に、少し力を抜いて一定に保つと、水は滑らかに流れた。
……あれ?
俺は不思議に思った。
さっきよりも、体が楽だ。
水の量は少ない。
けれど、必要以上に魔力を使っていないような感覚がある。
「レオン、そのままだ」
父上が声をかけた。
「無理に増やさなくていい」
「はい!」
俺は集中を続けた。
水はゆっくりと水路を進んでいく。
途中で土へ染み込む量も、最初より少なくなっていた。
やがて、細い流れが仕切りを越えた。
「あっ!」
農民の一人が声を上げた。
「届いたぞ!」
俺は顔を上げた。
水路の先で、小さな水の流れが畑へ入り込んでいる。
乾いた土の色が、ゆっくりと濃くなっていった。
「……やった」
思わず声が漏れた。
だが、その瞬間、集中が少し乱れた。
水の勢いが弱まる。
俺は慌てて意識を戻した。
……落ち着け。
焦るな。
一定に。
一定に流すんだ。
しばらくすると、胸の奥に重い疲労感が広がり始めた。
腕も少し震えている。
それでも、最初の試験より長く続けられている気がした。
「レオン、そろそろやめよう」
父上の声がした。
「……あと少しだけ」
「レオン」
今度は少し強い声だった。
俺は唇を結び、魔法を止めた。
水の流れが細くなり、やがて途切れた。
足元が少しふらつく。
父上がすぐに肩を支えてくれた。
「大丈夫か?」
「……はい。ちょっと疲れただけです」
「なら、休みなさい」
俺は頷いた。
マルタが近づき、持ってきた布で俺の額の汗を拭いてくれた。
「頑張りましたね。でも、今日はもう無理をなさらないでください」
「……うん」
俺は素直に答えた。
それから、畑のほうを見た。
水を受けた土が、周囲より濃い色になっている。
ほんの小さな区画だ。
広い畑全体から見れば、わずかな部分にすぎない。
それでも、確かに水が届いた。
白髪の老人が、ゆっくりと畑へ歩いていった。
しゃがみ込み、湿った土に指を触れる。
しばらく、何も言わなかった。
やがて、こちらを振り返った。
「……ありがとうございます」
老人は深く頭を下げた。
「こんな小さな坊ちゃんに、助けていただくとは……」
「い、いえ! 俺だけじゃありません!」
俺は慌てて言った。
「父上も、兄上も、皆さんも水路を直してくれたから……!」
老人は顔を上げ、目尻の皺を深くした。
「ええ。皆でやったことですな」
そして、もう一度、湿った土を見た。
「これだけで畑全部が助かるわけではありません。でも……水が届くところを見られただけでも、ありがたいことです」
俺は何も言えなかった。
ただ、その言葉が胸に残った。
◇
その日の帰り道、俺は馬車の座席にもたれていた。
体は疲れている。
けれど、以前のようなひどい頭痛はなかった。
無理をする前に止められたからだろう。
向かい側では、アルブレヒト兄上が手帳を開いていた。
「……兄上、何を書いているんですか?」
「今日の記録だよ」
「記録?」
「レオンが魔法を使った時間と、水が届いた範囲。それから、水路の補修に必要だった人数もね」
兄上は手帳を見せてくれた。
そこには、最初の試験と二回目の試験について、細かな数字が書かれていた。
「……あれ?」
俺はある部分で目を止めた。
「兄上。二回目のほうが、長く魔法を使ってませんか?」
「そうだね」
兄上は頷いた。
「ただし、水の量は一回目と違う。水路も整えたから、単純には比べられないよ」
「……そっか」
俺は少し考えた。
確かに、二回目は水の流れを細くしていた。
だから、魔力の消費が少なかったのかもしれない。
それでも、何かが変わったような気がする。
魔法を使うときの感覚。
力を込める場所。
魔力を流し続けるときの呼吸。
以前より、少しだけ分かるようになってきた。
「……もっと練習したら、長く使えるようになるのかな」
俺が呟くと、父上がこちらを見た。
「魔法の扱いに慣れれば、無駄な魔力を減らせることはある」
「じゃあ、使える魔力の量も増えますか?」
「それは人によるな。成長とともに魔力量が増える者もいるし、訓練によって持久力が伸びる者もいる。ただ、無理をすればよいというものではない」
「……なるほど」
俺は自分の手を見つめた。
前世では、運動を続けることで少しずつ体力がついていくことがあった。
最初は苦しかった運動も、慣れてくると以前より長く続けられる。
もしかすると、魔力も似ているのだろうか。
……試してみたい。
ただし、今度はきちんと記録を取りながら。
俺は心の中でそう決めた。
◇
翌朝。
俺はいつもより早く目を覚ました。
窓から差し込む朝日が、部屋の床を明るく照らしている。
昨日はあれだけ魔法を使ったのに、体に強い疲れは残っていなかった。
むしろ、よく眠れたおかげか、頭がすっきりしている。
「……あれ?」
俺はベッドから起き上がった。
昨日、最後に魔法を使ったときは、体の奥が空っぽになるような感覚があった。
だが、今は違う。
魔力が戻っている。
それだけなら、いつものことだ。
休めば魔力は回復する。
でも……。
「……昨日より、少し多い?」
俺は首を傾げた。
はっきりとした数字が見えるわけではない。
ただ、体の内側にある魔力の感覚が、以前よりも少しだけ大きくなっているように思えた。
……気のせいだろうか。
俺はすぐに試したくなったが、そこで手を止めた。
勝手に魔法を使えば、また父上とマルタに叱られる。
それに、感覚だけでは本当に魔力量が増えたのか分からない。
「……そうだ」
俺は机へ向かった。
ノートを開き、昨日の記録を書き写す。
『水魔法訓練記録』
『一日目――水路への放水。二回実施。二回目は流量を抑えることで、より長く維持できた』
『翌朝――魔力は回復。以前より余裕があるように感じる』
その下に、新しい項目を書いた。
『仮説――魔法を繰り返し使い、十分に休むことで、最大魔力量が増える可能性がある』
俺はペンを止めた。
もし、これが本当なら……。
胸が高鳴った。
魔力の量が増えれば、より長く魔法を使えるようになる。
水魔法だけではない。
火も、風も、土も。
そして、いつか作るオメガにも。
あの機体を動かすには、大量の魔力が必要になるはずだ。
四基の推進器を同時に動かし、腕や脚を操作し、武器を使う。
今の俺の魔力量では、到底足りないだろう。
だが、もし訓練によって少しずつ増やせるのなら……。
「……できるかもしれない」
俺は思わず笑みを浮かべた。
もちろん、まだ仮説だ。
本当に増えているのか、何日もかけて確かめる必要がある。
俺はノートの最後に、もう一つ書き加えた。
『毎日、同じ条件で水魔法を使い、持続時間と疲労を記録する。必ず休息を取ること』
そのとき、扉が軽く叩かれた。
「レオンハルト様。お目覚めでしょうか?」
マルタの声だった。
「起きてるよ!」
扉が開き、マルタが顔を覗かせた。
「おはようございます。昨日はお疲れでしたから、もう少しお休みかと思っておりました」
「もう元気だよ!」
「それは何よりです」
彼女は微笑んだあと、机の上のノートに目を向けた。
「……また何か研究なさっているのですか?」
「うん! 魔力について、ちょっと気になることがあって」
「魔力、ですか?」
「昨日より、使える量が増えているかもしれないんだ」
マルタは少し驚いた顔をした。
「まあ……」
「まだ分からないけどね。だから、ちゃんと調べてみたいんだ」
「それはよろしいことですが……」
彼女は俺の前にしゃがみ、目線を合わせた。
「レオンハルト様。一つだけ、お約束してください」
「何?」
「魔力を増やすために、無理をなさらないことです」
俺は少しだけ笑った。
「分かってるよ」
「本当ですか?」
「本当。今度は、父上に相談してから練習する」
マルタは安心したように微笑んだ。
「それなら、私も応援いたします」
「ありがとう!」
彼女は立ち上がり、カーテンを開いた。
朝の光が部屋いっぱいに広がる。
「では、まずは朝食ですね。しっかり食べることも、大切なお勉強の一つですよ」
「……それ、父上みたいなこと言うね」
「ふふ。旦那様と意見が合って嬉しいです」
俺は笑いながら、ノートを閉じた。
◇
朝食のあと、俺は父上とアルブレヒト兄上に、昨日から考えていたことを話した。
「魔力量が増えているかもしれない?」
父上は少し驚いた様子だった。
「はい。昨日より、魔力に余裕があるような気がするんです」
「ふむ……」
父上は顎に手を当てた。
「確かに、魔法の訓練によって魔力量が伸びるという話は聞いたことがある。だが、それが誰にでも同じように起こるとは限らん」
「じゃあ、調べてもいいですか?」
「どうやって?」
俺はノートを開いた。
「同じ量の水を、毎日どれくらいの時間出せるか記録したいんです」
アルブレヒト兄上が興味深そうに覗き込んだ。
「なるほど。条件を揃えて比べるわけだね」
「はい!」
「それなら、僕も記録を手伝おうか」
「本当ですか!」
「もちろん。ただし、昨日のように畑で使う場合は、仕事としての必要量と訓練を分けて考えたほうがいいね」
兄上は手帳を開いた。
「それに、水路の補修が進めば、レオンが魔法を使わなくても水を届けられる場所が増えるかもしれない」
父上も頷いた。
「そうだ。領地の水問題を、お前一人に背負わせるつもりはない」
俺は二人を見た。
「……はい」
「それから、訓練は短時間に限る。疲れを感じる前にやめること。体調が悪い日は休む。それが条件だ」
「分かりました!」
父上は微笑んだ。
「よし。では、今日から少しずつ記録を取ってみよう」
◇
その日の午後、俺たちは屋敷の庭で小さな試験を行った。
アルブレヒト兄上が用意したのは、同じ大きさの木桶が二つ。
父上は日陰に椅子を置き、マルタは水筒と布を持って待機している。
「レオン。今日は昨日ほど魔法を使わなくていい。まずは、一定の流れを維持する練習だ」
「はい!」
俺は木桶の前に立った。
深呼吸する。
手のひらに魔力を集める。
「《ウォーター》」
細い水の流れが生まれた。
昨日と同じように、できるだけ一定の量を保つ。
アルブレヒト兄上が時間を測り、桶に溜まる水の量を確認していた。
俺は集中を続けた。
水が流れる。
ぽたぽたと音を立て、桶の底に溜まっていく。
しばらくして、兄上が声をかけた。
「レオン。昨日より流れが安定しているね」
「……本当ですか?」
「ああ。ただ、まだ時間は短い。焦らず続けよう」
俺は頷いた。
魔力の流れを意識する。
昨日よりも、少しだけ自然に感じられた。
無理に押し出さなくても、水が一定の速度で流れていく。
やがて、父上が声をかけた。
「そこまでだ」
「……はい!」
俺は魔法を止めた。
少し疲れたが、まだ余裕がある。
アルブレヒト兄上は桶の水量と時間を記録した。
「……なるほど」
「どうでした?」
俺が尋ねると、兄上は微笑んだ。
「昨日より効率よく使えている可能性はあるね。ただし、最大魔力量が増えたかどうかは、まだ分からない」
「……そっか」
「でも、悪い結果じゃないよ」
兄上は手帳を閉じた。
「同じことを続けて、変化を見ていこう」
俺は頷いた。
すぐに答えが出なくてもいい。
今日、少しだけ前に進めたのなら、それで十分だ。
◇
数日後。
俺は机の上に広げたノートを見つめていた。
そこには、毎日の訓練記録が並んでいる。
同じ量の水を出すために必要な集中。
魔法を使った時間。
疲労の程度。
休息後の回復具合。
父上とアルブレヒト兄上に協力してもらいながら、無理のない範囲で続けてきた記録だ。
最初のころは、少し水を出すだけでも集中が乱れていた。
だが、今は違う。
同じ量の水を、以前より長く出せるようになっている。
それだけではない。
十分に休んだ翌朝、魔力を使う前の感覚も少しずつ変わっていた。
以前なら、ある程度魔法を使うとすぐに体の奥が重くなっていた。
今は、その重さが現れるまでに余裕がある。
もちろん、数字で魔力量が見えるわけではない。
だが、何日も記録を取り続けたことで、単なる気のせいとは思えなくなってきた。
「……やっぱり」
俺は小さく呟いた。
魔力の扱いが上達している。
そして、おそらく――。
「最大魔力量も、少しずつ増えている」
まだ断定はできない。
でも、俺の中では一つの確信が生まれ始めていた。
魔法を使う。
休む。
回復する。
そして、また使う。
その繰り返しが、少しずつ俺の力を育てているのかもしれない。
前世の筋力トレーニングと、どこか似ている。
もちろん、魔力と筋肉がまったく同じ仕組みだとは思わない。
それでも、続けることで成長できるというのなら……。
俺はオメガの設計ノートを開いた。
青と銀の装甲。
四基の背部推進器。
魔導剣と盾。
そして、強力な魔導砲。
今の俺には、まだ遠い夢だ。
けれど、必要な魔力を増やす方法があるのなら、少しずつ近づいていける。
それに、魔力が増えれば、領地の人たちを助けることもできるかもしれない。
もちろん、俺一人で魔導ポンプの代わりになるつもりはない。
あの機械は、いつか必ず修理しなければならない。
だが、それまでの間、少しでも役に立てるなら。
「……よし」
俺はノートの最後に、大きく書き込んだ。
『魔力量は、訓練によって増加する可能性が高い』
『ただし、無理な使用は避けること』
そして、その下にもう一行。
『目標――オメガを動かせるだけの魔力を身につける』
ペンを置き、窓の外を見た。
遠くには、ヴァイス領の畑が広がっている。
あの場所には、今も水を必要としている人たちがいる。
俺はまだ八歳だ。
できることは少ない。
だが、昨日より今日。
今日より明日。
少しずつでも成長できるのなら、いつか大きなことを成し遂げられるかもしれない。
乙女ゲーム『ターボナイト ~エターナル・ハーツ~』では、レオンハルト・ヴァイスは家の経済的な事情で魔導学院を去る脇役だった。
けれど、今の俺は違う。
自分の未来を、ただ待っているつもりはない。
家族を守りたい。
領地の人たちを助けたい。
そして、いつかオメガを完成させたい。
そのために、今日も一歩ずつ進んでいく。
俺はノートを閉じ、静かに笑った。
「……明日も頑張ろう」
小さな水の流れから始まった挑戦は、まだ終わらない。
いつか、あの青と銀の魔導甲冑を動かす日まで。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
もしこの物語を楽しんでいただけたなら、コメントや星評価を残していただけると大変嬉しいです。皆様のご意見や応援は、私にとって大きな励みになります。
お時間をいただき、本当にありがとうございました!




