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乙女ゲームの退学予定モブ、改造魔法で最強の魔導機甲を造る!  作者: ジャクロの精霊


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第6話 家族を救うために魔法を試した俺、メイドに本気で叱られる

魔導甲冑《オメガ》を完成させるには、何が必要だろうか。

 頑丈な装甲。自由に動く関節。四基の背部推進器。そして、それらすべてに魔力を送り届けるための機構。

 俺は机の上に広げた設計図を眺めながら、ため息をついた。

「……やっぱり、材料が足りないんだよな」

 青と銀を基調とした甲冑の絵。その背中には四つの推進器が描かれている。

 前世で俺が愛用していた改造機体、オメガ。

 恋愛シミュレーションゲーム『ターボナイト ~エターナル・ハーツ~』の世界に転生したと気づいたとき、俺は真っ先にこの機体を作ろうと決めた。

 もっとも、現実は甘くない。

 俺はまだ八歳で、ヴァイス男爵家には余裕のある資金もない。倉庫に眠っている祖父の古いターボナイトは、魔導核も右手の装甲も欠けた状態だ。

 そのうえ、領地の水路は洪水で壊れ、父上たちは毎日のように修理費のことで頭を悩ませている。

 ゲームでは、レオンハルト・ヴァイスは家の経済的な事情で魔導学院を去る脇役だった。

 当時の俺は、そんな設定をほとんど気に留めなかった。

 主人公のソフィア・エヴァーハートや攻略対象たちの物語を追いかけるのに忙しかったからだ。

 けれど、今は違う。

 この家には父上がいる。母上がいる。二人の兄上がいる。

 そして、毎朝俺の身支度を手伝ってくれるマルタもいる。

 彼らが苦しむ未来を、ただゲームの設定だからという理由で受け入れるつもりはなかった。

「……まずは、材料を作れるかどうかだ」

 俺は設計図を閉じ、魔法の研究ノートを開いた。

 これまでに使えたのは、水、火、風、土の四属性。

 さらに、物質の構造を読み取って変化させる《魔導構造解析・改変》という能力もある。

 もし、この力で金属を加工できるなら。

 壊れた農具の修理にも、オメガの装甲作りにも役立つかもしれない。

 ただし、まだ確かめていないことが多すぎる。

 俺はノートの端に書いた。

『本日の目的――土と火の魔法を組み合わせ、金属に似た物質を作れるか調べる』

 その下に、小さく注意事項を書き足す。

『無理はしない』

 ……自分で書いておいて何だが、少し頼りない注意事項だった。

     ◇

 屋敷の裏庭には、使われなくなった石造りの作業台がある。

 周囲に燃えやすいものがないことを確かめ、俺は小さな土の塊を置いた。

 朝の空気は涼しく、庭木の葉が風に揺れている。遠くからは使用人たちの話し声が聞こえてきた。

「まずは土から……」

 手のひらをかざす。

 土の塊がわずかに浮き上がり、形を変えた。

 続いて、ごく小さな火を生み出す。

 赤い光が土の表面を照らした。

「……よし」

 火力を上げすぎないように注意しながら、二つの魔法を同時に維持する。

 これまで一つずつ使っていた魔法を組み合わせるのは、思った以上に難しかった。

 土の形を保とうとすると火が弱くなる。

 火を強めれば、今度は土が崩れそうになる。

「くっ……これ、結構きついな」

 額に汗が滲んだ。

 それでも、少しずつ調整を続ける。

 すると、土の表面に変化が現れた。

 赤く熱を帯びた部分が暗い色に変わり、やがて小さな銀灰色の粒が姿を見せた。

「……え?」

 俺は慌てて魔法を止めた。

 作業台の上には、米粒よりも小さな金属のようなものが残っていた。

「できた……のか?」

 思わず顔を近づける。

 表面には鈍い光沢があり、周囲の土とは明らかに質感が違っていた。

 鉄なのか、それとも別の物質なのか。

 見た目だけでは判断できない。

 だが、何らかの変化が起きたことは確かだった。

「……すごい」

 胸が高鳴る。

 もし、この方法を安定させられたら。

 必要な材料を少しずつ作れるようになるかもしれない。

 俺はノートを取り出し、急いで記録した。

『土+火――銀灰色の粒を確認。金属かどうかは不明』

 そのとき、ふと思いついた。

 《魔導構造解析・改変》で調べれば、何か分かるのではないか。

 すでに魔力をかなり使っている。

 少し休むべきだと頭では分かっていた。

 それでも、目の前の粒が何なのか気になって仕方がなかった。

「……調べるだけなら」

 俺は指先を近づけ、能力を発動した。

 視界の奥に、ぼんやりとした線が浮かぶ。

 物質の内部構造を捉えようとする感覚。

 だが、いつもと違った。

「……あれ?」

 頭の奥がずきりと痛んだ。

 線が乱れる。

 銀灰色だった粒の表面が、じわりと暗くなった。

「……まずい」

 魔法を止めようとした瞬間、粒の表面から紫色の液体が滲み出した。

 ほんの数滴。

 それなのに、妙に不気味だった。

 液体は石の上に丸く広がり、光を受けて濃い紫色に輝いていた。

「……何だ、これ?」

 金属を作ろうとしていたはずだ。

 どうして液体が出てきた?

 しかも、こんな色のものが。

 毒。

 そんな言葉が頭に浮かんだ。

 もちろん、見た目だけで毒だと決めつけることはできない。

 だが、正体が分からない以上、安全だとも言えなかった。

 俺は息を呑んだ。

「……触らないほうがいいな」

 そう呟きながら、もう少し詳しく観察しようと身をかがめた。

 そのときだった。

「レオンハルト様!」

 背後から鋭い声が響いた。

 振り向くと、マルタが立っていた。

 茶色の髪を後ろでまとめ、紺色のメイド服に白いエプロンをつけている。頬に散ったそばかすはいつもと同じだったが、その表情は普段の穏やかなものではなかった。

 彼女の視線が、作業台の上の紫色の液体に向けられる。

「……それは、何ですか?」

「えっと……」

「触りましたか?」

「い、いえ。まだ……」

「では、そのまま離れてください」

 マルタは俺の腕を掴もうとして、すぐに手を止めた。

 俺の指先に何か付着していないか確かめたのだろう。

「こちらへ。作業台から離れて」

 いつもよりずっと強い口調だった。

 俺は素直に従った。

「マルタ、これは……」

「説明は後です。まず、お怪我はありませんか? 息苦しさや気分の悪さは?」

「少し頭が痛いけど……」

「頭が?」

 マルタの顔色が変わった。

「いつからですか?」

「魔法を使っていたら、少し……」

「……魔法を使っていたのですね」

 彼女は目を閉じ、大きく息を吸った。

 そして、俺を見つめた。

「レオンハルト様。今すぐ旦那様にお知らせします」

「ま、待って! そんなに大ごとにしなくても……」

「大ごとです」

 きっぱりと言われた。

「何なのか分からない液体が出てきて、しかも頭痛まであるのですよ?」

「……はい」

「もし、それが身体に悪いものだったら、どうなさるおつもりだったのですか?」

 返す言葉がなかった。

 俺は作業台の上を見た。

 紫色の液体は、何事もなかったかのようにそこに残っている。

 自分でも危険だと思った。

 それなのに、好奇心を優先してしまった。

「……ごめんなさい」

 マルタはすぐには答えなかった。

 しばらくして、少しだけ声を和らげた。

「謝るのは、まず安全を確かめてからです」

     ◇

 父上に事情が伝わると、屋敷の裏庭は一時的に立ち入り禁止になった。

 正体不明の液体には誰も触れず、作業台の周囲を隔離することになった。父上は専門知識のある者に確認してもらうまで、そのままにしておくよう命じた。

 俺は父上の執務室に呼ばれた。

「レオンハルト」

 机の向こうに座る父上は、いつになく厳しい表情だった。

「何をしようとしていた?」

 俺は正直に説明した。

 土と火の魔法を組み合わせたこと。

 金属のような粒ができたこと。

 その構造を調べようとして、紫色の液体が現れたこと。

 父上は途中で口を挟まず、最後まで聞いてくれた。

「……そうか」

 そして、深く息を吐いた。

「お前が魔導工学に興味を持っていることは知っている。倉庫の鍵も、勉強のために渡した」

「はい……」

「だが、危険な実験を一人で行ってよいとは言っていない」

「……ごめんなさい」

「お前が無事だったのは幸運かもしれん。何が起きたのか、まだ誰にも分からないのだからな」

 父上の声は大きくなかった。

 それがかえって胸に刺さった。

「今後、倉庫での魔法実験は禁止する。屋外であっても、未知の物質を作るような実験は一人で行わないこと。必要なら、必ず私に相談しなさい」

「……はい」

「分かったな?」

「はい。約束します」

 父上はしばらく俺を見つめていた。

 やがて、その表情が少し緩んだ。

「レオン。私は、お前の好奇心を悪いものだとは思っていない」

 俺は顔を上げた。

「だが、学ぶことと、無謀なことをするのは違う。そこだけは忘れないでくれ」

「……はい、父上」

 執務室を出たとき、廊下にはマルタが待っていた。

「レオンハルト様」

「……マルタ」

「少し、お話ししてもよろしいですか?」

 俺は頷いた。

     ◇

 マルタは俺を小さな談話室へ連れていった。

 窓際には花を飾った丸いテーブルがあり、午後の日差しが薄いカーテンを通して差し込んでいる。

 彼女は俺を椅子に座らせると、水の入ったコップを置いた。

「頭痛は、まだありますか?」

「もう、ほとんど……」

「そうですか。よかった」

 マルタは向かい側に座った。

 いつもなら、お茶の時間には笑顔でお菓子の話をしてくれる。

 だが今日は、なかなか口を開かなかった。

 俺はコップを両手で持った。

「……まだ怒ってる?」

「怒っています」

 即答だった。

「……ですよね」

「でも、それ以上に心配しました」

 マルタは膝の上で両手を重ねた。

「最近のレオンハルト様は、ずっと何かを考えていらっしゃいます。朝から本を読み、食事の後もノートを書き、時間があれば倉庫へ行こうとなさる」

「……そんなに?」

「ええ。お部屋へお茶をお持ちしても、気づかないことがあります」

 ……それは、少し心当たりがあった。

「どうして、そんなに急いでいらっしゃるのですか?」

 俺は答えに詰まった。

 どう説明すればいいのだろう。

 この世界が、前世で遊んだ乙女ゲームの世界だということ。

 自分が、いずれ学院を去る脇役だということ。

 家族の未来に、経済的な破綻が待っているかもしれないということ。

 そんな話をしたところで、信じてもらえるとは思えない。

 マルタは急かさなかった。

 ただ、静かに待っていた。

「……作りたいものがあるんだ」

 俺はようやく口を開いた。

「作りたいもの、ですか?」

「うん。魔導甲冑」

 マルタが目を丸くした。

「魔導甲冑……あの、大きな鎧のことですか?」

「そう。倉庫にある祖父上のターボナイトみたいな。でも、もっと自由に動けて、空も飛べるもの」

「空を?」

「背中に四つの推進器をつけるんだ。剣も盾も持たせたいし、遠くの敵を攻撃できる武器も……」

 そこまで話して、俺は口を閉じた。

 しまった。

 また夢中になってしまった。

 だが、マルタは笑わなかった。

「……お名前は、あるのですか?」

「え?」

「その、レオンハルト様が作りたい甲冑の名前です」

 俺は少し驚いた。

 そして、照れくさくなりながら答えた。

「……オメガ」

「オメガ……」

「うん。俺だけの魔導甲冑なんだ」

 マルタはその名前を小さく繰り返した。

「素敵な夢ですね」

「……本当?」

「ええ。レオンハルト様が、そんなに楽しそうにお話しなさるのを久しぶりに見ました」

 その言葉に、胸が少し温かくなった。

 けれど、マルタはすぐに表情を引き締めた。

「でも、それと今日のことは別です」

「……はい」

「オメガを作るためなら、危険なことをしてもよいと思っていらっしゃるのですか?」

「違うよ。ただ……」

 俺は言葉を探した。

「材料が必要なんだ。でも、うちにはあまりお金がないから……」

 マルタは黙って聞いていた。

「父上も兄上も、領地のことでずっと忙しいだろ? 水路が壊れて、畑も大変で……。俺にも何かできないかと思って」

「……それで、魔法で材料を作ろうと?」

「うん。もし金属を作れたら、壊れた道具も直せるかもしれないし、オメガの部品も……」

 話しているうちに、自分がどれほど多くのことを一度にやろうとしていたのか、分かってきた。

 家族を助けたい。

 領地を立て直したい。

 学院を去る未来を変えたい。

 オメガを作りたい。

 そのすべてを、早く実現しようとしていた。

 マルタはしばらく黙っていた。

 やがて、静かに尋ねた。

「レオンハルト様。旦那様や奥様が、一番大切になさっているものは何だと思いますか?」

「……領地?」

「もちろん、領地の方々の暮らしも大切にされています」

 彼女は優しく首を振った。

「ですが、レオンハルト様のことも、それと同じくらい大切になさっているのですよ」

 俺は何も言えなかった。

「今日、もし何かあったら……奥様がどれほど悲しまれるか、お考えになりましたか?」

「……」

「アルブレヒト様も、セドリック様も、きっとご自分を責めてしまいます」

 マルタはそこで一度言葉を切った。

「私だって、怖かったのです」

 その声が、少しだけ震えていた。

 俺は顔を上げた。

「……マルタ?」

「作業台の上に、見たこともない液体がありました。レオンハルト様は顔色が悪くて、頭が痛いとおっしゃって……」

 彼女は視線を落とした。

「もし、私がもう少し遅く来ていたらと思うと……」

 マルタは最後まで言わなかった。

 それでも、十分だった。

 俺はコップを握りしめた。

 前世でも、仕事に夢中になって家族を心配させたことがあった。

 母さんに食事を取るよう言われても、あと少しだからと先延ばしにした。

 妹の美咲に、休みの日くらい外へ出ようと誘われても、画面から目を離さなかった。

 そして、突然死んだ。

 もう二度と、あの家族に会うことはできない。

 ……今の家族にも、同じ思いをさせるつもりなのか。

「……ごめん」

 俺は小さく言った。

「マルタのこと、そこまで心配させるなんて思ってなかった」

「……はい」

「俺、早く何とかしなきゃって、そればかり考えてた」

 マルタは静かに頷いた。

「レオンハルト様」

「うん」

「このお屋敷には、旦那様も、奥様も、お兄様方もいらっしゃいます。私たち使用人もおります」

 彼女は少しだけ身を乗り出した。

「どうか、何もかもお一人で背負おうとなさらないでください」

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にあった硬いものが、少しだけ緩んだ気がした。

 俺はずっと、自分だけが未来を知っていると思っていた。

 だから、自分が何とかしなければならないと。

 けれど、未来を知らないからといって、みんなが何も考えていないわけじゃない。

 父上も兄上たちも、それぞれの方法で家族を守ろうとしている。

 俺は、その一員なのだ。

「……分かった」

 俺は頷いた。

「これからは、ちゃんと相談する」

「本当ですか?」

「うん。危ない実験も、一人ではしない」

 マルタはようやく微笑んだ。

「それなら、少し安心しました」

 そして、俺の前に置かれたコップを指差した。

「では、まずお水を飲んでください。お話ししている間、ずっと持ったままですよ」

「……あ」

 俺は慌てて水を飲んだ。

 マルタが小さく笑った。

 その笑顔を見て、俺もようやく肩の力を抜くことができた。

     ◇

 翌朝。

 俺は父上の許可を得て、庭で簡単な水魔法の練習をすることになった。

 もちろん、今回は一人ではない。

 少し離れた場所には父上がいて、その隣にはマルタも立っている。

「……なんだか、すごく見られてる気がする」

 俺が呟くと、マルタが微笑んだ。

「気のせいではありません」

「……ですよね」

 父上は腕を組んだ。

「今日は新しい魔法を試すのではない。すでに使える水魔法を、無理のない範囲で維持するだけだ」

「はい」

「少しでも異変があれば、すぐに止めること」

「分かりました」

 俺は深呼吸し、手のひらを前に出した。

 小さな水の球が浮かび上がる。

 昨日までなら、魔力を一定の形に保つだけでも、かなり意識を集中させる必要があった。

 だが今日は、少し違った。

「……あれ?」

 水の球が安定している。

 大きさは拳ほど。

 表面がわずかに揺れているものの、形は崩れない。

 俺は呼吸を整えながら、その状態を維持した。

 一分。

 二分。

 そして、三分ほど経ったところで、自分から魔法を解除した。

 水が静かに地面へ落ちる。

「……終わりました」

 父上が近づいてきた。

「体調は?」

「大丈夫です。少し疲れたけど、昨日みたいな頭痛はありません」

「そうか」

 父上は安心したように頷いた。

 俺は自分の手を見つめた。

 以前より長く魔法を維持できた気がする。

 それなのに、疲労はそれほど大きくない。

 ……どうしてだ?

 魔力量そのものが増えたのだろうか。

 いや、まだ分からない。

 単に今日は十分休んだからかもしれないし、同じ魔法を繰り返し使うことで制御が上達したのかもしれない。

「……父上」

「何だ?」

「魔法って、練習すると魔力の使い方が上手くなるんでしょうか?」

「もちろんだ。魔力量だけでなく、無駄なく使う技術も重要だと聞く」

「……なるほど」

 俺は頷いた。

 もし魔力を効率よく使えるようになれば、オメガにも役立つ。

 四基の推進器を動かすには、相当なエネルギーが必要になるはずだ。

 ただ大量の魔力を流すだけでは、すぐに消耗してしまうかもしれない。

 必要な場所へ、必要な量を送る。

 その技術が重要なのだろう。

「……また難しいことを考えていませんか?」

 マルタの声に、俺はびくりとした。

「い、いや、別に!」

「本当でしょうか?」

 彼女は少し疑わしそうに俺を見た。

「オメガのことを考えていたのでは?」

「……どうして分かったの?」

「昨日、あれほど楽しそうにお話しなさっていましたから」

 父上が首を傾げた。

「オメガ?」

「あっ……」

 俺は固まった。

 マルタは口元に手を当てた。

「申し訳ありません。まだ旦那様にはお話ししていなかったのですね」

 父上は興味深そうに俺を見た。

「何だ、それは?」

 ……こうなったら仕方ない。

 俺は少し照れながら説明した。

「いつか作りたい魔導甲冑の名前です」

「ほう」

「背中に四つの推進器があって、剣と盾も持っていて……」

 父上は真剣な顔で聞いていたが、やがて小さく笑った。

「なるほど。ずいぶん大きな夢だな」

「……無理だと思いますか?」

「今のお前には難しいだろう」

 即答だった。

 俺は少し肩を落とした。

 だが、父上は続けた。

「しかし、今できないことと、一生できないことは違う」

 俺は顔を上げた。

「学び続ければ、いつか近づけるかもしれん。そのためにも、まずは自分の身体を大切にしなさい」

「……はい!」

 マルタも微笑んでいた。

 その表情を見て、俺は昨日の約束を思い出した。

 焦らなくていい。

 一つずつ進めばいいのだ。

     ◇

 その日の夕食では、領地の水路について話題になった。

 アルブレヒト兄上が帳簿を持ち込み、父上と修理費について相談していた。

「東側の水路は、土砂の撤去だけなら何とかなるかもしれません。ただ、魔導ポンプの修理費が……」

「技師を呼ぶ費用も必要になるな」

 父上は難しい顔をした。

 セドリック兄上はパンをちぎりながら、眉をひそめた。

「俺が手伝えればいいんだけどな。泥を運ぶくらいならできるぞ」

「それはありがたいが、お前一人でどうにかなる量ではない」

 アルブレヒト兄上が苦笑した。

 母上は静かに話を聞いていたが、やがて父上に尋ねた。

「王都からの支援は、まだ難しいのでしょうか?」

「申請はしている。だが、ほかの領地も被害を受けているからな。いつ届くかは分からん」

 俺はスープの匙を止めた。

 ……やっぱり、簡単にはいかないのか。

 ゲームでは、ヴァイス家の経済的な問題はほんの短い説明で済まされていた。

 だが、現実は違う。

 壊れた水路があり、困っている農民がいる。

 修理費を計算する兄上がいて、支援を求める父上がいる。

 そして、何とか助けたいと考えている家族がいる。

 俺はそっと口を開いた。

「……父上」

「ん?」

「魔導ポンプって、どんな仕組みなんですか?」

 父上が俺を見た。

「急にどうした?」

「魔導工学の勉強をしていて、気になったんです」

 嘘ではない。

 俺は本当に知りたかった。

 壊れた機械を直すことができれば、領地の役に立つかもしれない。

 そして、その経験はオメガを作るための勉強にもなる。

 父上は少し考えた。

「魔力を動力に変えて、水を送り出す装置だ。だが、詳しい構造は私も専門ではない」

「……そうなんですね」

「なぜ、そんなことを聞く?」

 俺は少し迷った。

 昨日までなら、何も言わずに自分で調べようとしたかもしれない。

 だが、今は違う。

「……勉強してみたいんです」

 俺は父上の目を見た。

「すぐに修理できるとは思っていません。でも、仕組みを知れば、何か手伝えることがあるかもしれません」

 食卓が少し静かになった。

 父上は俺を見つめ、それからゆっくりと頷いた。

「そうか」

 アルブレヒト兄上が微笑んだ。

「それなら、まずは修理費や材料のことも勉強するといい。機械は、仕組みが分かるだけでは直せないからね」

「はい、兄上」

「明日、時間があれば帳簿を見せてあげるよ」

「本当ですか!」

「ただし、難しい数字がたくさん出てくるぞ?」

「頑張ります!」

 セドリック兄上が笑った。

「レオンは将来、騎士になるんじゃなくて、機械職人になるのか?」

「魔導工学者です!」

「おお、格好いいじゃないか!」

 母上がくすりと笑った。

 父上も、少しだけ表情を和らげていた。

 その光景を見ながら、俺は思った。

 ……ああ。

 こういう時間を、守りたいんだ。

     ◇

 夜。

 俺は自室の机に向かい、今日の出来事をノートにまとめていた。

 紫色の液体については、まだ何も分からない。

 あれが毒なのか、別の物質なのか。

 調べたい気持ちはある。

 だが、今は勝手に触れるべきではない。

 父上が専門家に確認すると言ってくれたのだから、その結果を待とう。

 俺は新しいページを開いた。

『今後の目標』

 一、魔法の制御を安全に練習する。

 二、魔導工学の基礎を学ぶ。

 三、領地の魔導ポンプについて調べる。

 四、オメガの設計を少しずつ進める。

 そこまで書いて、ペンを止めた。

 窓の外には、静かな夜空が広がっている。

 この世界は、かつて俺が遊んでいた乙女ゲームの舞台だ。

 魔導学院に入れば、ソフィア・エヴァーハートや攻略対象たちの物語が始まる。

 その中で、レオンハルト・ヴァイスという少年は、本来なら目立つことなく姿を消すはずだった。

 だが、俺はその未来を変えたい。

 学院を去らずに済むように。

 家族が苦しまなくて済むように。

 そして、いつかオメガを完成させるために。

 ただし、未来を知っているからといって、何でも一人で解決できるわけじゃない。

 今日、マルタが教えてくれた。

 俺には、頼れる家族がいる。

 助けを求めてもいい。

 失敗したら、立ち止まって考え直せばいい。

「……よし」

 俺はノートの最後に、一行を書き足した。

『焦らず、一つずつ。無理をすると、オメガを完成させる前に倒れてしまう』

 ……なんだか、妙に現実的な目標になってしまった。

 俺は小さく笑った。

 そのとき、扉が控えめに叩かれた。

「レオンハルト様。まだ起きていらっしゃいますか?」

 マルタの声だった。

「うん、起きてるよ」

 扉が開き、彼女が顔を覗かせた。

「もうお休みになる時間ですよ」

「……あと少しだけ」

「昨日も同じことをおっしゃっていました」

「……覚えてた?」

「もちろんです」

 マルタは机の上のノートを見た。

 そこには、オメガの設計図が少しだけ覗いている。

「今日もオメガの研究ですか?」

「うん。でも、もう終わるところ」

「そうですか」

 彼女は微笑んだ。

「では、未来の魔導工学者様。今日はしっかりお休みください」

「……その呼び方、ちょっと恥ずかしいんだけど」

「ふふ。では、オメガの開発者様?」

「もっと恥ずかしい!」

 マルタが声を立てて笑った。

 俺もつられて笑ってしまった。

 そして、ノートを閉じた。

「……おやすみ、マルタ」

「おやすみなさいませ、レオンハルト様」

 彼女が扉を閉める。

 俺はベッドに潜り込み、天井を見上げた。

 オメガを作る道のりは、まだ始まったばかりだ。

 魔法も、工学も、知らないことだらけ。

 それでも、今日一つだけ分かったことがある。

 この世界で俺が守りたいものは、もうゲームの画面の向こうにあるわけじゃない。

 同じ屋根の下で暮らし、俺を心配してくれる人たちなのだ。

 俺は目を閉じた。

 明日は、アルブレヒト兄上に帳簿を見せてもらおう。

 魔導ポンプの修理費。

 材料の値段。

 そして、領地の現状。

 まずは、そこからだ。

 ――伝説の魔法を持っていたとしても、俺はまだ八歳の子供なのだから。

 焦らず、一歩ずつ。

 いつか必ず、オメガを完成させてみせる。

 今度は、大切な人たちを心配させない方法で。

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