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乙女ゲームの退学予定モブ、改造魔法で最強の魔導機甲を造る!  作者: ジャクロの精霊


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第5話 俺の魔法は伝説の《万象変成》だったらしい ~全属性が使えるなら、夢が広がりすぎる!~

世の中には、知らないほうが幸せなこともある。

 例えば、買おうと思っていた商品が翌日に半額になったこととか。

 徹夜して作ったゲームの改造データが、保存ミスで全部消えていたこととか。

 好きだった女の子に恋人ができたと、本人から嬉しそうに報告されることとか。

 ……最後の話はやめよう。

 せっかく異世界に転生したんだ。前世の嫌な思い出まで持ち出す必要はない。

 それより、今の俺にはもっと大切な問題がある。

「……銅線がない」

 俺は倉庫の作業台に置かれた魔導灯を見下ろし、腕を組んだ。

 朝食を終えてから一時間ほど。

 昨日、父上から借りた『初等魔導工学入門』を参考に、古い魔導灯の構造を調べていた。

 今日の目標は単純だ。

 壊れた魔導灯を修理する。

 それだけ。

 ……なのだが。

「よりによって、一番必要な部分がないとは……」

 俺の目の前にあるのは、掌ほどの大きさの小型魔導灯だった。

 真鍮製の台座に、白く濁った魔導ガラスが取りつけられている。かつては柔らかな光を放っていたのだろうが、今ではすっかり埃をかぶり、表面には細かな傷が走っていた。

 内部には、魔力を光へ変換する簡単な回路がある。

 その回路の一部が破損していた。

 正確には、回路を繋ぐ細い銅製の導線が失われていたのだ。

 昨日までの俺なら、どうにもできなかっただろう。

 だが、今は違う。

 俺には《魔導構造解析・改変》と名づけた不思議な魔法がある。

 物の内部構造を読み取り、条件が揃えば形を変えることができる力だ。

 もっとも、まだ小さな留め具を少し曲げ直せる程度だけどな。

「材料さえあれば、何とかなると思うんだけど……」

 俺は工具箱の中を覗き込んだ。

 古い釘。

 錆びた留め具。

 折れた金属棒。

 用途の分からない小さな部品。

 銅らしいものも少しはあるが、どれも別の装置に取りつけられたままだ。

 勝手に取り外すわけにはいかない。

 父上との約束もある。

 魔導核には触らないこと。

 危険な道具を勝手に使わないこと。

 分解や実験をするときは、必ず相談すること。

 俺は、作業台の端に置いた魔導灯を見つめた。

「……銅が少しだけあればいいんだよな」

 必要なのは、ほんの数ミリ。

 それだけで、途切れた回路を繋げられる可能性がある。

 俺は何気なく右手を持ち上げた。

 昨日、金属の留め具を改変したときの感覚を思い出す。

 あのときは、すでに存在している金属の形を変えた。

 では。

 もし、最初から材料が存在しなかったら?

「……いや、無理だろ」

 思わず苦笑する。

 何もないところから物を生み出す。

 そんなことができるなら、わざわざ材料を集める必要なんてない。

 だが、俺の頭には、一つの疑問が浮かんでいた。

 この世界の魔法は、炎や水を生み出せる。

 魔導工学の本にも、魔力を特定の属性へ変換する術式について書かれていた。

 ならば、金属だって魔力から生み出せるのではないか?

「……試すだけなら」

 俺はそこで言葉を止めた。

 金属をいきなり生成して、もし熱を持ったり飛び散ったりしたら危険だ。

 それに、俺はまだ八歳。

 前世の知識があっても、この小さな体で使える魔力には限りがある。

「……まずは、もっと安全なものからだな」

 俺は魔導灯を脇へ寄せ、作業台の上を片づけた。

 それから、昨日父上に見せてもらった初等魔導工学の本を開く。

 目指すページは、属性魔法の基礎について書かれた部分だ。

『水属性魔法は、魔力を水の性質へ変換することで発現する』

『ただし、属性への適性が乏しい者は、魔力を注いでも正常な現象を起こせない』

「……なるほど」

 俺は頷いた。

 魔法には適性がある。

 この世界では、基本的に生まれ持った属性の魔法を習得しやすいらしい。

 水属性に適性がある者は水魔法を。

 火属性に適性がある者は火魔法を。

 複数の属性に適性がある者も存在するが、珍しい。

 それが一般常識だ。

「……じゃあ、俺は何属性なんだ?」

 今まで、そんなことを考えたことがなかった。

 俺が使っていたのは、物の構造を読み取る奇妙な魔法だけだったからだ。

 もしかすると、あれも何らかの属性に分類されるのかもしれない。

 俺は作業台の上に小さな陶器の皿を置いた。

 その上に右手をかざす。

「……水」

 まずは、最も扱いやすそうな属性から試してみることにした。

 水なら、多少失敗しても大きな危険はない。

 もちろん、大量に生み出せば別だが、今の俺にそんなことができるとは思えない。

 俺は目を閉じた。

 冷たい水。

 透明な液体。

 指の間を流れ落ちる感触。

 前世で何度も触れてきた、ごく普通の水を思い浮かべる。

 そして、体の奥にある不思議な温かさを、右手へ集めた。

「…………」

 何も起こらない。

「……まあ、そう簡単にはいかないか」

 俺は小さく息を吐いた。

 もう一度、意識を集中させる。

 今度は、単に水を想像するのではなく、昨日までの実験で感じた構造の感覚を思い出した。

 水は何からできている?

 前世の理科で習った知識が浮かぶ。

 水素と酸素。

 その組み合わせ。

 もちろん、魔法が前世の化学と同じ原理で動くとは限らない。

 だが、何かを生み出そうとするなら、その正体を理解しておいたほうがいいはずだ。

(……水を、作る)

 指先に、わずかな熱が集まった。

 いや、熱というより、何かが流れ込む感覚だ。

 俺は息を止めた。

 すると。

 ぽたり。

「…………え?」

 皿の上に、小さな水滴が落ちた。

 俺は目を見開いた。

 陶器の白い表面に、透明な粒が一つ。

 倉庫の窓から差し込む朝日を受けて、きらりと光っている。

「……今の、俺が?」

 天井を見上げる。

 雨漏りはない。

 手のひらを見る。

 汗でもない。

 そもそも、俺は皿に触れていなかった。

「…………」

 俺はもう一度、右手をかざした。

 水を思い浮かべる。

 魔力を集める。

 すると、指先に透明な粒が現れた。

 それは少しずつ大きくなり、やがて重みに耐えられなくなったように落下した。

 ぽたり。

「…………」

 二つ目だ。

 俺は皿を持ち上げ、じっと見つめた。

 水滴が二つ、ゆっくりと一つにまとまっていく。

 指先で触れると、確かに冷たい。

 幻覚ではない。

「……できた」

 俺は呟いた。

「……本当に、水ができた」

 心臓が、どくんと大きく鳴った。

 胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。

「……すげえ」

 思わず笑みがこぼれた。

「すげえぞ、これ……!」

 たった二滴の水。

 普通の魔法使いなら、笑ってしまうような成果かもしれない。

 だが、俺にとっては違った。

 昨日まで、存在している物の形を変えることしかできなかった。

 それなのに、今は何もないところから水を生み出したのだ。

 しかも、魔導具を使わずに。

 自分の魔力だけで。

「……これ、もしかして……」

 俺は自分の手のひらを見つめた。

 ある考えが、頭をよぎる。

 もし、水が作れるなら。

 ほかの属性は?

 火は?

 風は?

 土は?

「…………」

 俺はゆっくりと皿を置いた。

 そして、口元を押さえた。

 ……駄目だ。

 笑いが止まらない。

 何だ、この感覚は。

 新しいゲームを初めて起動したとき。

 隠し要素を偶然見つけたとき。

 長い時間をかけて作った改造データが、初めて正常に動いたとき。

 あの胸が弾む感覚に、よく似ている。

「……ちょっと待てよ」

 俺は思わず呟いた。

「これ、ものすごいことなんじゃないか?」

     ◇

 俺は、すぐに次の実験を始めた。

 ……と言いたいところだが、まずは落ち着く必要があった。

 興奮したまま火を生み出して、倉庫を燃やしたら洒落にならない。

 父上に叱られるどころの話ではない。

 というか、家が燃えたら借金が増える。

 それだけは絶対に避けたい。

「……火は外で試そう」

 俺は陶器の皿を片づけた。

 それから、倉庫の裏にある石畳の空き地へ向かった。

 周囲には燃えやすいものがない。

 少し離れたところには、水を入れた桶も置かれている。

 念のため、そこから動かずに試すことにした。

 俺は右手を前に出した。

「……火」

 今度は、炎を思い浮かべる。

 赤く揺れる光。

 温かさ。

 燃焼。

 魔力を指先へ集める。

 だが――。

「……あれ?」

 何も起こらなかった。

 もう一度。

 やはり駄目だ。

「……水とは違うのか?」

 俺は眉をひそめた。

 水を作るときは、冷たい液体を具体的に想像できた。

 だが、火はどうだ?

 火そのものは物質ではない。

 燃えるという現象だ。

 燃料と酸素が反応し、熱と光を放つ。

 前世の知識を思い出しながら、俺はもう一度考えた。

 大きな炎は必要ない。

 まずは、ほんの小さな火花でいい。

(……熱を、光へ)

 指先に魔力が集まる。

 その瞬間。

 ぱちっ。

「うわっ!」

 小さな火花が弾けた。

 俺は驚いて手を引っ込めた。

 指先に、わずかな熱が残っている。

「……出た?」

 もう一度、指先を見る。

 何もない。

 だが、確かに火花が散った。

「……ははっ」

 笑いがこぼれた。

「……火も、できた!」

 俺は思わず拳を握った。

 水。

 火。

 二つの属性。

 偶然ではない。

 俺は、本当に複数の属性を扱えている。

「……じゃあ、次は風だ!」

 俺は周囲を確認してから、両手を前へ出した。

 風。

 空気の流れ。

 目には見えないが、確かに存在するもの。

 今度は、水や火よりも想像しやすかった。

 魔力を集めると、掌の前に小さな流れが生まれた。

 足元に落ちていた枯れ葉が、ふわりと浮き上がる。

「……おおっ!」

 枯れ葉は空中で一回転し、すぐに地面へ落ちた。

 それだけだった。

 だが、十分だ。

「風も成功!」

 俺は嬉しくなって、思わずその場で跳ねた。

 八歳の体は軽い。

 前世では、こんなに無邪気にはしゃぐことなんてなかった気がする。

 ……いや、ゲームの新しい改造に成功したときは、似たようなことをしていたかもしれない。

 俺は足元の土を見つめた。

「……次は、土だな」

 地面に手をかざす。

 今度は、土の粒を思い浮かべた。

 小さな石。

 砂。

 鉱物の粒子。

 それらが集まり、形を作る。

 魔力が指先へ流れた。

 すると、掌の上に、茶色い粒が一つ現れた。

「……!」

 俺は息を呑んだ。

 粒は、ほんの小さな砂粒ほどの大きさだった。

 だが、確かに存在している。

 俺は指先でつまもうとした。

 しかし、小さすぎてうまく掴めない。

「……土まで」

 水。

 火。

 風。

 土。

 四つの属性。

 俺は自分の掌を見つめた。

 胸が、どきどきしている。

 だが、それは恐怖ではなかった。

 期待だ。

 もっと知りたい。

 もっと試したい。

 この力がどこまで使えるのか、確かめたい。

「……まさか」

 俺は呟いた。

 その瞬間、前世の記憶の奥に眠っていた一つの言葉が浮かび上がった。

『万象変成』

 ……え?

 俺は、その場で固まった。

 今、何を思い出した?

 万象変成。

 その名前には、聞き覚えがあった。

 いや、違う。

 聞いたことがあるどころじゃない。

 俺は、その言葉を知っている。

 前世で何度も遊んだ乙女ゲーム。

『ターボナイト ~エターナル・ハーツ~』

 その世界設定の中に、確か――。

「……嘘だろ」

 俺は小さく呟いた。

 背筋に、ぞくりとした感覚が走る。

 興奮していた頭が、急に冷えていく。

 ……いや。

 落ち着け。

 まだ、決まったわけじゃない。

 だが。

 もし、俺の記憶が正しければ。

「……これって、まさか……」

 俺は、震える手を見つめた。

「……《万象変成魔法》なのか?」

     ◇

 俺は倉庫へ戻ると、作業台の椅子に腰を下ろした。

 頭の中では、前世のゲームの情報が次々と浮かび上がっていた。

『ターボナイト ~エターナル・ハーツ~』

 乙女ゲームでありながら、魔導甲冑や魔法技術の設定が妙に細かい作品だった。

 俺がこのゲームに夢中になった理由も、そこにある。

 恋愛イベントより、ターボナイトの装備や魔導技術の説明を読むほうが楽しかった。

 公式設定資料集も買った。

 ゲーム内の図書館にある資料も、かなり読み込んだ。

 そして、その中に。

 確かに、あった。

『《万象変成魔法》』

 すべての属性へ魔力を変化させる、極めて特殊な魔法。

 通常の魔法使いは、生まれ持った属性の適性に従って魔法を使う。

 火属性に適性がある者は、炎を生み出しやすい。

 水属性に適性がある者は、水を操りやすい。

 複数の属性を扱える者もいるが、それでも限界がある。

 しかし、《万象変成魔法》は違う。

 魔力そのものを、さまざまな属性へ変換できる。

 水。

 火。

 風。

 土。

 雷。

 氷。

 光。

 闇。

 重力。

 金属。

 鉱物。

 さらに、毒や溶岩、自然属性など、通常は特殊な適性を必要とするものまで。

 理論上、あらゆる属性を扱える可能性がある。

 そして、その魔法を持っていた人物は――。

「……三人」

 俺は呟いた。

 ゲームの設定資料集に記載されていた、歴史上の確認例は三人だけだった。

 しかも、その三人は、すでにこの世を去っている。

 誰もが歴史上の人物であり、ゲーム本編には登場しなかった。

 俺が覚えているのは、魔法の概要と、その希少性についての説明だけだ。

 三人がどんな人生を送り、どのように死んだのか。

 そこまでは、はっきりと思い出せない。

「……いや、待てよ」

 俺は額に手を当てた。

 そもそも、あの魔法はゲーム本編では使えなかったはずだ。

 少なくとも、プレイヤーが自由に習得できるものではなかった。

 設定資料に登場するだけの、伝説的な魔法。

 それが。

 今。

 俺の体に?

「…………」

 俺はしばらく黙っていた。

 そして、ゆっくりと両手を持ち上げた。

 水を生み出した手。

 火花を散らした指先。

 風を起こした掌。

 土の粒を作った魔力。

 それらは、すべて同じ力から生まれた。

 もし、本当に《万象変成魔法》なら。

 俺は、ほかの属性も扱えるのか?

 雷も。

 氷も。

 光も。

 闇も。

 重力も。

 金属も。

 鉱物も。

「…………」

 俺は、ゆっくりと口元を押さえた。

 ……まずい。

 これは、まずいぞ。

 何がまずいって。

 可能性が多すぎる。

「……はは」

 小さな笑いが漏れた。

「……はははっ!」

 俺は椅子から立ち上がった。

「すげえ……!」

 思わず声が大きくなる。

「すげえぞ、これ!」

 水も火も風も土も使える。

 しかも、それだけじゃない。

 雷も氷も光も闇も、全部だ。

 もちろん、今すぐ使えるとは限らない。

 属性ごとに必要な知識も違うだろう。

 魔力の消費量だって、きっと違う。

 だが、可能性がある。

 それが何より重要だった。

「……待てよ。雷属性が使えるなら、魔導銃に応用できるんじゃないか?」

 俺は作業台の上に置いていた設計図を引き寄せた。

 オメガ。

 俺がいつか完成させる、理想の魔導甲冑。

 そこには、すでに剣や盾、魔導銃、魔導砲の構想が描かれていた。

「……剣に炎をまとわせることもできるかもしれない」

 俺は鉛筆を握った。

「氷属性なら、冷却装置にも使えるんじゃないか?」

 魔導甲冑は、魔力を大量に消費する。

 特に高出力の装備を使えば、回路が熱を持つはずだ。

 ならば、氷属性の魔法を利用して冷却できれば――。

「……いや、待て。冷やしすぎても駄目か。金属が脆くなる可能性もあるな」

 俺は考え直した。

 それでも、試してみる価値はある。

 さらに。

「……重力魔法」

 その言葉を口にした瞬間、胸が高鳴った。

 もし重力を制御できれば、オメガの機動力は大きく変わるかもしれない。

 ただし、空を飛ぶための推進器が不要になるわけではない。

 重力の制御だけで自由に飛行できるとは限らないし、魔力の消費も分からない。

 だが、姿勢制御や着地時の負担軽減に利用できる可能性はある。

「……金属属性もあるんだよな」

 俺は、倉庫の奥に立つ古いターボナイトを見た。

 銀色の装甲。

 傷んだ関節。

 失われた部品。

 もし、金属を生み出せるなら。

 必要な材料を、少しずつ自分で作れるようになるかもしれない。

 さらに、鉱物属性を応用できれば。

 特殊な結晶。

 魔力を通しやすい素材。

 強度の高い装甲材。

 そんなものまで、いつか研究できるかもしれない。

「……最高じゃないか」

 俺は呟いた。

 頬が緩む。

 笑いが止まらない。

「……最高だよ、この世界!」

 前世では、ゲームの中でしか実現できなかった。

 装備を組み合わせ、性能を調整し、自分だけの機体を完成させる。

 それが、俺の何より好きな時間だった。

 だが、今は違う。

 ここには、本物の魔法がある。

 本物の魔導甲冑がある。

 そして、俺自身の手で、それらを作れる可能性がある。

「……絶対に作ってやる」

 俺は設計図を見つめた。

「俺だけの、世界最高のターボナイトを!」

 その瞬間だった。

「レオン?」

「うわあっ!」

 背後から声が聞こえ、俺は飛び上がった。

 振り返ると、倉庫の入り口にセドリックが立っていた。

 茶色の髪を少し乱し、訓練用の木剣を肩に担いでいる。

 兄は、怪訝そうに俺を見つめていた。

「……何してるんだ?」

「え、えっと……」

 俺は慌てて設計図を隠そうとした。

 だが、セドリックはすでに作業台の上を見ていた。

「……また鎧の絵か?」

「……はい」

「本当に好きだな、お前」

 セドリックは笑った。

 そして、俺の隣へ来ると、設計図を覗き込んだ。

「……ん? 何だ、この剣の横に書いてあるのは?」

「雷属性を使った魔導剣の構想です」

「雷?」

「はい。剣に雷の魔力を流せば、普通の剣とは違う効果を持たせられるかもしれません」

 セドリックは目を輝かせた。

「おおっ! それは格好いいな!」

「ですよね!」

 俺は思わず身を乗り出した。

「それに、盾へ魔力障壁を展開できれば、防御力も上げられると思うんです!」

「魔力障壁か!」

「はい! あと、背中の推進器なんですけど、重力魔法と組み合わせたら――」

「……ちょっと待て」

 セドリックが俺の肩を掴んだ。

「お前、急に何を言い出してるんだ?」

「……え?」

「雷だの重力だの、話が飛びすぎだろ」

 俺は口を閉じた。

 ……しまった。

 また興奮してしまった。

「……すみません」

「いや、怒ってるわけじゃないけどな」

 セドリックは苦笑した。

「ただ、お前の頭の中はどうなってるんだろうって思ってさ」

「……普通ですよ?」

「普通の八歳は、そんなこと考えないと思うぞ」

「…………」

 ……そうなのか?

 前世の俺なら、休日に何時間でも装備構成を考えていたんだけどな。

 まあ、あれは二十五歳の趣味だったか。

 セドリックは設計図をもう一度見つめた。

 そして、ふっと笑った。

「でも、面白そうだな」

「……兄上?」

「いつか、本当に作れるといいな。お前のオメガ」

 俺は目を見開いた。

 兄は、当然のように続けた。

「完成したら、俺にも見せてくれよ」

「……はい!」

 俺は大きく頷いた。

「絶対に見せます!」

「おう。楽しみにしてるぞ」

 セドリックは笑いながら、俺の頭を軽く撫でた。

 ……よし。

 ますます、やる気が出てきた。

 ただし。

 魔法の秘密については、まだ話さないほうがいいだろう。

 俺自身、何ができるのか理解していない。

 それに、《万象変成魔法》が本当に伝説の魔法なら、周囲に知られたとき何が起こるか分からない。

 まずは、確かめることが先だ。

     ◇

 午後。

 俺は自分の部屋へ戻り、机に向かっていた。

 目の前には、魔導工学の本と、新しく用意した一冊のノート。

 表紙には、こう書いてある。

『魔力研究記録』

 俺は今日の実験結果を書き込んでいった。

『水属性――成功。水滴二つ』

『火属性――成功。小さな火花』

『風属性――成功。枯れ葉を一枚浮かせた』

『土属性――成功。砂粒一つ』

 書き終えたところで、俺は鉛筆を止めた。

「……あれ?」

 何かがおかしい。

 午前中、俺は四つの属性を試した。

 そのあと、セドリックと話しているうちに、少し疲れを感じた。

 だが、今はどうだ?

 さっきより、体が軽い。

 魔力も、ある程度戻っている気がする。

「……回復してる?」

 俺は首を傾げた。

 魔力は、使えば減る。

 休めば回復する。

 それ自体は、この世界では常識だ。

 だが、俺が気になったのは別のことだった。

 午前中、最初に水を作ったとき。

 魔力を指先へ集めるだけで、かなり苦労した。

 ところが、風を起こしたときはどうだった?

 属性は違う。

 それなのに、魔力を集める動作そのものは、少しやりやすくなっていた。

「……慣れたのか?」

 俺は自分の右手を見つめた。

 何となく、前世の記憶が浮かんだ。

 学生時代、少しだけ筋力トレーニングをしていたことがある。

 最初は腕立て伏せを十回するだけでも大変だった。

 だが、続けているうちに、少しずつ回数が増えていった。

 もちろん、一日で急に筋肉が大きくなるわけではない。

 練習して、休んで、また練習する。

 その積み重ねで、体が変わっていく。

「……待てよ」

 俺は小さく呟いた。

「魔力も、同じなんじゃないか?」

 俺はノートを開いた。

 そこに、新しい見出しを書き加える。

『仮説――魔力は訓練によって成長するのか?』

 ……面白い。

 これは、かなり面白いぞ。

 魔力を使う。

 回復させる。

 そして、また使う。

 それを繰り返せば、魔力の扱いが上手くなるのではないか?

 さらに、長期間続ければ、使える魔力の総量も増えるかもしれない。

 もちろん、まだ仮説だ。

 単に、魔法の使い方に慣れただけという可能性もある。

 だが、調べる価値は十分にある。

「……よし」

 俺は椅子から立ち上がった。

 そして、右手を前に出した。

「……水」

 魔力を指先へ集める。

 すると、小さな水滴が現れた。

 ぽたり。

 机の上に置いた皿へ落ちる。

「……うん」

 俺は頷いた。

 午前中より、少しだけやりやすい。

 だが、これだけでは分からない。

 俺は、もう一度試した。

 ぽたり。

 二滴目。

 さらに、もう一度。

 ぽたり。

 三滴目。

「……おお」

 俺は目を輝かせた。

 午前中は二滴作っただけで、かなり疲れた。

 だが、今は三滴作れている。

 もちろん、休憩した影響もあるだろう。

 それでも、手応えはあった。

「……もう一回!」

 俺は再び魔力を集めた。

 しかし。

「……っ!」

 突然、頭の奥がずきりと痛んだ。

 視界がわずかに揺れる。

 俺は慌てて机に手をついた。

「……うわ」

 足元がふらついた。

 水滴は現れない。

 代わりに、体の奥から力が抜けていく感覚があった。

「……駄目だ」

 俺は椅子へ座り込んだ。

 額には汗が浮かんでいる。

 心臓も、少し速く動いていた。

 ……危なかった。

 調子に乗りすぎた。

「……これも、筋トレと同じか」

 俺は苦笑した。

 無理をすれば、体を痛める。

 魔力も同じなのかもしれない。

 むしろ、目に見えない分だけ危険だ。

 俺はノートに書き込んだ。

『魔力を使いすぎると、頭痛と倦怠感が発生する』

『無理な連続使用は禁止』

『訓練後は必ず休息を取る』

 それから、少し考えた。

 毎日、どれくらい練習すればいいのだろう?

 いきなり限界まで使うのは危険だ。

 まずは、余裕を残した状態で終えるべきだろう。

 水滴を一つ作る。

 休む。

 翌日、同じことを繰り返す。

 そして、少しずつ変化を記録する。

 それなら、無理なく続けられるかもしれない。

「……うん。これでいこう」

 俺はノートの新しいページに、簡単な予定を書いた。

『朝――体調確認』

『午前――基礎魔法の練習』

『午後――魔導工学の勉強』

『夕方――研究記録の整理』

『夜――十分に休む』

 ……完璧だ。

 いや、待て。

 この予定だと、ほとんど一日中勉強していることになる。

 前世の会社員生活と、あまり変わらないんじゃないか?

「……まあ、好きなことだからいいか」

 俺は笑った。

 誰かに命令されてやる仕事ではない。

 自分の夢のための研究だ。

 それなら、いくらでも楽しめる。

 ……ただし、無理はしない。

 そこだけは、絶対に守ろう。

     ◇

 夕食の時間。

 食堂には、いつものように家族が集まっていた。

 父上は今日も少し疲れた顔をしている。

 母上は、そんな父上を気遣うように温かいスープを勧めていた。

 アルブレヒト兄上は、領地の収支について書かれた書類を脇に置いている。

 セドリック兄上は、訓練で腹が減ったのか、すでにパンを二つ食べ終えていた。

 そして俺は――。

「……レオンハルト?」

「はい?」

 母上の声で、我に返った。

 顔を上げると、長い栗色の髪を肩に流した母上が、心配そうに俺を見つめていた。

「どうしたの? さっきから、ずっと考え事をしているみたいだけれど」

「……えっと」

 俺は慌ててスプーンを持ち直した。

「魔導工学のことを考えていました」

 母上は目を瞬かせた。

「……また?」

「はい!」

 俺が元気よく答えると、セドリックが笑い出した。

「はははっ! こいつ、今日もずっと鎧の話をしてたんだぞ!」

「兄上!」

「雷の剣だの、空を飛ぶ装置だの、すごい勢いで話してたな!」

 ……やめてくれ。

 恥ずかしい。

 母上は少し驚いたようだったが、すぐに微笑んだ。

「まあ。本当に好きなのね」

「……はい」

 俺は小さく頷いた。

 父上が、静かに口を開いた。

「レオンハルト。魔導工学の本は読んでいるか?」

「はい。とても面白いです」

「そうか」

 父上は少しだけ満足そうな顔をした。

 それから、真面目な表情に戻る。

「だが、知識だけで何でもできると思ってはいけない。魔導技術は、扱い方を間違えれば危険だ」

「……はい」

 俺は素直に頷いた。

 今日の実験で、それは十分に分かっている。

 たった数滴の水を作るだけでも、魔力を使いすぎれば頭痛が起こる。

 もし、あれが火や雷だったら。

 もっと危険なことになっていたかもしれない。

「……父上」

「何だ?」

「魔力って、練習すれば増えるんですか?」

 俺は、できるだけ自然な口調で尋ねた。

 父上は少し考えた。

「魔力の総量には、生まれ持った素質が大きく関わると言われている」

「……そうなんですか」

「ああ。だが、訓練によって魔力の扱いが上達することはある。無駄な消費を減らしたり、術式を安定させたりすることは可能だ」

 なるほど。

 やはり、制御能力は鍛えられるらしい。

「じゃあ、魔力の総量は増えないんですか?」

「まったく増えないとは言い切れん。成長とともに変化する者もいるし、長年の修練で以前より多くの魔力を扱えるようになる者もいる」

 父上はスープを一口飲んだ。

「ただし、誰でも好きなだけ増やせるわけではない。魔力を無理に使い切るような訓練は、体を壊す危険がある」

「……分かりました」

 俺は真剣に頷いた。

 ……つまり。

 俺の仮説は、完全に間違っているわけではない。

 魔力の制御は鍛えられる。

 総量も、成長や訓練によって変化する可能性がある。

 だが、どこまで増えるかは分からない。

 そして、無理な訓練は危険。

 ……よし。

 やっぱり、慎重に続けよう。

「レオンハルト」

 今度は、母上が声をかけてきた。

「勉強も大切だけれど、ちゃんと外で遊ぶのよ?」

「……はい」

「お友達とも仲良くしないとね」

「…………」

 俺は、思わずスプーンを止めた。

 友達。

 ……そういえば、今の俺には、同じ年頃の友達がほとんどいない。

 前世の記憶が戻ってからは、魔導甲冑のことばかり考えていた。

 母上は優しく微笑んだ。

「今度、近くの貴族のお子さんたちと会う機会があれば――」

「……母上」

「なあに?」

「僕は、今は魔導工学の勉強がしたいです」

 俺は真剣な顔で答えた。

 母上は少し困ったように笑った。

「……本当に、そればかりなのね」

 セドリックが肩を揺らした。

「ははっ! こいつ、将来は鎧と結婚するんじゃないか?」

「しませんよ!」

 俺は即座に否定した。

 ……いや、待て。

 もし、オメガが完成したら。

 俺は毎日、整備して、磨いて、装備を調整して……。

 ……駄目だ。

 少しだけ、否定しきれない気がしてきた。

 アルブレヒトが、静かに笑った。

「まあ、何かに熱中できるのは悪いことではないさ」

「そうだな」

 父上も頷いた。

「ただし、周りが見えなくなるほど夢中になるのは感心しないぞ」

「……はい」

 俺は、少しだけ肩をすくめた。

 家族の笑い声が、食堂に広がった。

 温かいスープ。

 焼きたてのパン。

 窓の外に広がる夕暮れ。

 前世では、仕事から帰って一人で食事をすることが多かった。

 だが、今は違う。

 こうして家族と食卓を囲む時間がある。

 ……悪くないな。

 俺は小さく笑い、スープを口へ運んだ。

     ◇

 夜。

 俺はベッドに腰を下ろし、今日の研究記録を読み返していた。

 机の上には、オメガの設計図が広がっている。

 青銀の装甲。

 四基の背部推進器。

 魔導剣。

 魔導盾。

 魔導銃。

 魔導砲。

 そして、今日新しく書き加えた文字。

『属性魔法との連動』

 俺は、その言葉を指先でなぞった。

 ……可能性は、無限に近い。

 いや、実際には限界がある。

 魔力。

 材料。

 知識。

 技術。

 そして、時間。

 どれも簡単には手に入らない。

 だが。

 俺には、まだ時間がある。

 八歳。

 この世界での人生は、始まったばかりだ。

 今は水滴を数滴作るだけで精一杯。

 火だって、小さな火花しか出せない。

 風は枯れ葉を一枚動かす程度。

 土は砂粒一つ。

 ……それでも。

 今日、俺は確かに一歩前へ進んだ。

 俺の魔法は、壊れたものを直すだけの力ではなかった。

 物の構造を読み取り、変化させる。

 さらに、魔力そのものをさまざまな属性へ変換する。

 伝説の《万象変成魔法》。

 もし本当に、あの三人と同じ力を持っているなら。

 俺は、どこまで行けるのだろう。

「……楽しみだな」

 俺は小さく呟いた。

 胸の奥が、また熱くなる。

 雷を生み出せるようになったら。

 氷を操れるようになったら。

 重力を制御できるようになったら。

 金属や鉱物を自在に生成できるようになったら。

 そのすべてを、オメガの開発に役立てられるかもしれない。

 考えるだけで、わくわくしてくる。

「……でも、まずは水滴だな」

 俺は苦笑した。

 最強の魔導甲冑を目指す男が、今できることは水滴を作ること。

 何とも地味な話だ。

 だが、それでいい。

 大きな夢ほど、最初の一歩は小さいものだ。

 俺はノートを開き、最後のページに新しい目標を書き込んだ。

『第一目標――魔力の制御を安定させる』

『第二目標――基本四属性を安全に扱えるようになる』

『第三目標――魔力の成長について調べる』

『第四目標――魔導工学と属性魔法を組み合わせる』

『最終目標――オメガ完成』

 書き終えた俺は、満足げに頷いた。

「……よし」

 これで、明日からやることが決まった。

 まずは、無理のない範囲で魔力を鍛える。

 そして、少しずつ新しい属性を試していく。

 いつか、雷も氷も光も闇も、すべて使いこなせるようになりたい。

 もちろん、それは簡単なことではないだろう。

 だが、だからこそ面白い。

 俺はノートを閉じ、机の上に置いた。

 それから、ベッドに横になる。

 天井を見つめながら、ふと考えた。

 前世の俺は、恋愛に振り回されてばかりだった。

 誰かに好かれたい。

 認められたい。

 そんなことを考えて、疲れ果てていた。

 だが、今は違う。

 俺には、やりたいことがある。

 自分の力を理解すること。

 魔導技術を学ぶこと。

 家族の役に立つこと。

 そして、世界で一つだけのオメガを完成させること。

 それだけで、十分に幸せだ。

「……恋愛なんて、やっぱり後回しだな」

 俺は小さく笑った。

 乙女ゲームの世界に転生したからといって、わざわざ恋愛イベントに飛び込む必要はない。

 ソフィアや攻略対象たちには、彼らの物語がある。

 俺は俺の道を進む。

 誰にも邪魔されず、自由気ままに。

 好きなものを作りながら、生きていく。

 ……そのはずだった。

 だが、このときの俺は、まだ知らなかった。

 自分が手に入れた《万象変成魔法》が、単に珍しい魔法というだけでは済まないことを。

 そして、かつてその力を持っていた三人が、なぜ歴史から姿を消したのか。

 その答えに、いつか向き合う日が来ることを。

 ……まあ、そんなことは今の俺には分からない。

 それより、明日の実験だ。

 水滴を、もう少し安定して作れるようになりたい。

 それから、魔導灯の修理方法も考えよう。

 銅を生成できるかどうかは、まだ試していない。

 だが、もしできたら。

 ……ふふっ。

 また一つ、夢に近づける。

「……最高だな、異世界って」

 俺は満足げに呟いた。

 そして、明日の研究を楽しみにしながら、ゆっくりと目を閉じた。

 ――伝説の魔法を手に入れた少年の、長い長いものづくり人生は、まだ始まったばかりだった。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。


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