第4話 俺の魔法は、壊れたものを直すだけじゃないらしい
男には、どうしても譲れないものがある。
金か。
名誉か。
それとも、愛する女性か。
前世で二十五年間生きてきた俺なら、迷わずこう答えるだろう。
――自分だけの最強装備だ。
いや、もちろん金も大事だ。今のヴァイス家には借金があるし、家族を路頭に迷わせるわけにもいかない。
名誉だって、あれば便利だろう。
だが、恋愛だけはもう十分だ。
せっかく二度目の人生を手に入れたんだ。今度こそ、誰かの機嫌を気にしながら生きるのではなく、自分の好きなことに時間を使いたい。
そして、俺が好きなものといえば――。
「……やっぱり、肩部の装甲はもう少し小さくしたほうがいいな」
俺は机の上に広げた紙を見つめながら、鉛筆を動かしていた。
描かれているのは、一領の魔導甲冑。
騎士の鎧を基本としながら、胸部には魔力循環装置、背中には四基の推進器を備えている。
腕や脚の装甲は、人間の動きを妨げないように細かく分割した。
兜は顔全体を覆う形式で、目の部分には魔導式の視界補助装置を取りつける予定だ。
そして、胸の中央には高効率のエーテルコア。
……まあ、今の俺には、そのどれ一つとして作れないんだけどな。
「でも、夢は大きいほうがいいだろ」
俺は満足げに頷いた。
紙の一番上には、大きな文字で名前を書いてある。
『OMEGA』
オメガ。
前世で、俺が何か月もかけて改造していたターボナイトの名前だ。
青銀の装甲。
四基の背部推進器。
高い機動力と防御性能。
そして、戦況に応じて装備を変更できる換装機構。
ゲームの中では、かなり理想に近いところまで完成していた。
だが、現実に作るとなれば話は別だ。
「剣は絶対に必要だよな。盾も欲しいし、魔導銃も……」
俺は別の紙を引き寄せた。
そこに、装備の候補を書き並べていく。
『魔導剣』
『魔導盾』
『小型魔導銃』
『肩部魔導砲』
『背部推進器』
『換装機構』
……うん。
実に素晴らしい。
これだけあれば、さまざまな状況に対応できるはずだ。
もちろん、全部を同時に装備するつもりはない。
重くなるし、魔力の消費も増える。
何より、そんな大量の武器を持ち歩いたら、騎士というより移動式の武器庫だ。
「……いや、それはそれでロマンがあるな」
思わず口元が緩む。
駄目だ。
考え始めると止まらない。
俺はさらに紙の余白へ、小さな砲身を備えた籠手の絵を描き始めた。
そのときだった。
「レオン様?」
「うわっ!」
突然、背後から声がした。
振り返ると、マルタが扉の前に立っていた。
茶色の髪を後ろでまとめ、紺色の使用人服に白いエプロンをつけている。
そばかすの残る頬には、少し呆れたような表情が浮かんでいた。
「……何をなさっているんですか?」
「べ、勉強だよ」
「勉強、ですか?」
「そう。将来のための、とても大切な勉強」
マルタは机の上を覗き込んだ。
そこには、剣や盾、砲身らしきものが描かれた紙が何枚も広がっている。
「……武器の絵に見えますけど」
「魔導技術の研究だよ」
「昨日、旦那様から倉庫を使う許可をいただいたばかりですよね?」
「うん」
「それなのに、もうこんなにたくさん?」
「思いついたら忘れないうちに描いておきたくて」
マルタは深いため息をついた。
「レオン様。熱が下がったばかりなのですから、あまり無理をなさらないでください」
「分かってるって」
「本当ですか?」
「もちろん」
俺は胸を張った。
すると、マルタは机の上に置かれた朝食の皿を指さした。
「では、どうしてパンが一口も減っていないんですか?」
「…………」
しまった。
夢中になりすぎていた。
「……あとで食べるつもりだったんだ」
「先ほども同じことをおっしゃっていました」
「……そうだっけ?」
「そうです」
マルタは腰に手を当てた。
「まずは朝食です。倉庫へ行くのは、それからにしてください」
「……はい」
俺は素直に椅子へ座り直した。
前世では、一人暮らしだった。
ゲームに夢中になって食事を忘れても、注意してくれる人はいなかった。
だから、こうして叱られるのは少し不思議な気分だ。
……まあ、悪くはない。
「マルタ」
「はい?」
「ありがとう」
俺がそう言うと、マルタは一瞬きょとんとした。
それから、柔らかく微笑んだ。
「どういたしまして。さあ、冷めないうちに召し上がってくださいね」
俺はパンを手に取った。
今日の予定は決まっている。
倉庫の掃除。
魔導装置の調査。
そして、自分の魔法についての実験だ。
オメガを作るためには、まず自分に何ができるのかを知らなければならない。
……よし。
今日も忙しくなりそうだ。
◇
朝食を終えた俺は、マルタと一緒に屋敷の裏手へ向かった。
空はよく晴れている。
庭の木々が風に揺れ、遠くから鳥の鳴き声が聞こえてきた。
倉庫の前には、すでにセドリックが立っていた。
白いシャツの袖をまくり、茶色のズボンに革靴という動きやすい格好だ。
手には箒を持っている。
「おっ、来たな、レオン!」
「おはようございます、兄上」
「今日は大掃除だぞ。覚悟しとけよ!」
「もちろんです!」
俺は元気よく答えた。
セドリックは満足そうに頷いたが、隣にいたマルタが口を開いた。
「セドリック様。レオン様には重いものを運ばせないでくださいね」
「分かってるって」
「埃を吸いすぎないようにも気をつけてください」
「はいはい」
「それから、危険な道具には――」
「マルタ! 俺だってそこまで馬鹿じゃないぞ!」
「そうでしたら安心です」
マルタはにっこりと微笑んだ。
……この人、なかなか強いな。
セドリックは何とも言えない顔をしていた。
俺は思わず笑いそうになったが、何とかこらえた。
「じゃあ、始めるか!」
兄が倉庫の扉を開く。
昨日と同じように、古い木と金属の匂いが漂ってきた。
薄暗い室内には、まだ大量の荷物が積み上がっている。
そして、奥の壁際には――。
「…………」
俺は、自然とそちらへ目を向けた。
銀色の魔導甲冑。
昨日見つけた、祖父の古いターボナイトだ。
右腕の籠手は失われ、胸部の魔導核も取り外されている。
今は木製の台座に固定され、静かに立っているだけだった。
だが、その姿を見るだけで胸が高鳴る。
(……待ってろよ)
俺は心の中で呟いた。
(いつか、お前の仕組みを全部理解してやるからな)
もっとも、昨日は触れただけで倒れかけた。
同じ失敗を繰り返すつもりはない。
まずは、できることから始めよう。
「レオン、そっちの小さい箱を運んでくれるか?」
「はい!」
俺はセドリックに言われたとおり、軽い木箱を運び始めた。
中には古い布や、壊れた留め具が入っている。
床には細かな埃が積もっていた。
箒で掃くたびに、灰色の煙のように舞い上がる。
「げほっ……!」
「大丈夫か?」
「はい……ちょっと埃が……」
「だから無理すんなって」
セドリックは笑いながら、窓を開けてくれた。
外の風が入り、少しだけ空気が澄む。
俺は額の汗を拭った。
……なるほど。
魔導甲冑を作る前に、作業場を整える必要があるわけだ。
前世でも、部屋が散らかっていると部品をなくしやすかった。
特に、小さなネジなんて最悪だ。
床に落としたら、二度と見つからないこともある。
「……整理整頓は大事だな」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、何でもありません」
俺は再び箒を動かした。
それからしばらくして。
「……ん?」
木箱を動かしたとき、奥に小さな金属製の箱があることに気づいた。
表面には細かな模様が刻まれている。
大きさは、俺の両手に収まる程度だ。
「兄上、これって何ですか?」
「ん?」
セドリックが近づいてきた。
「ああ、それか。昔の魔導工具箱じゃないか?」
「魔導工具?」
「たぶんな。開けてみるか?」
兄は箱を持ち上げ、蓋を開いた。
中には、小さな工具がいくつか収められていた。
細い金属棒。
先端が平らになった器具。
小さな留め具。
そして、青い結晶が取りつけられた、手のひらほどの装置。
「……これは?」
俺は結晶のついた装置を指さした。
「さあな。何かの測定器じゃないか?」
セドリックは首を傾げた。
「壊れてるみたいだけどな」
俺は装置をじっと見つめた。
丸い金属製の本体。
表面には、細い溝が幾重にも刻まれている。
中央の青い結晶は、ひび割れていた。
おそらく、魔力を使う道具だ。
だが、何のためのものなのか分からない。
「……少し調べてもいいですか?」
「見るだけならな。勝手に魔力を流すなよ」
「はい」
俺は慎重に装置を手に取った。
冷たい金属の感触が、手のひらに伝わってくる。
そして、昨日と同じように意識を集中させた。
(……構造を知りたい)
その瞬間。
視界に、淡い青色の線が浮かび上がった。
「……!」
やはりだ。
金属の内部構造が、頭の中に映し出される。
中央の結晶から伸びる魔力回路。
周囲に配置された小さな部品。
そして、途中で途切れた一本の線。
(……ここが壊れてるのか)
俺は慎重に観察した。
昨日の魔導甲冑とは違い、構造はずっと単純だった。
回路は三本。
そのうち一本が途中で断線している。
さらに、結晶には小さな亀裂が入っていた。
どうやら、この装置は外部の魔力を受け取り、その量を測定するためのものらしい。
(……魔力測定器?)
ゲームにも、似たような道具が登場していた。
ただし、俺が知っているものとは形が違う。
古い型なのかもしれない。
俺は、断線した回路に意識を向けた。
(……ここを繋げれば、動くんじゃないか?)
そう考えた瞬間。
頭の中に、奇妙な感覚が生まれた。
壊れた回路の形が、わずかに変化する。
いや、実際に変わったわけではない。
俺の視界の中で、いくつかの線が重なって見えたのだ。
元の回路。
そして、それとは少し違う回路。
(……何だ、これ?)
俺は目を細めた。
青い線の一つは、壊れた部分をそのまま繋いでいる。
だが、もう一つは違った。
回路が少し短くなり、結晶から流れる魔力が無駄なく循環するような形になっている。
(……まさか)
俺は息を呑んだ。
(これ、修理方法だけじゃなくて、別の構造まで見えてるのか?)
心臓が高鳴った。
もしそうなら。
俺の魔法は、ただ壊れたものを直すだけではない。
物の構造を理解し、別の形へ変えることもできるのかもしれない。
だが、まだ確信はない。
頭に浮かんだ構造が、本当に正しいとも限らない。
「……レオン?」
セドリックの声が聞こえた。
「大丈夫か?」
「……はい」
俺はゆっくりと顔を上げた。
「兄上。この道具、たぶん魔力を測るものです」
「え?」
「中央の結晶が魔力を受け取って、周りの回路で量を調べるんだと思います」
セドリックは目を丸くした。
「……お前、何でそんなことが分かるんだ?」
「えっと……」
しまった。
少し喋りすぎたか。
俺は慌てて言葉を探した。
「……形が、そんな感じなので」
「形?」
「はい。ほら、ここに目盛りみたいなものがありますし」
俺は装置の表面を指さした。
実際、小さな数字のような刻印がある。
セドリックはそれを覗き込み、首を傾げた。
「……なるほどな。確かに測定器っぽいな」
よし。
何とか誤魔化せた。
……いや、別に悪いことをしているわけじゃないんだけどな。
ただ、自分でも分からない力について、軽々しく説明するのは避けたい。
俺はもう一度、装置を見つめた。
(……試してみたい)
壊れた回路。
そして、頭に浮かんだ新しい構造。
もし、あれを実現できれば。
この魔法の正体に、一歩近づけるかもしれない。
だが――。
俺は昨日、父と約束した。
勝手に危険な作業はしない。
魔力を流すような実験もしない。
それに、中央の結晶には亀裂がある。
もし回路を繋いだ瞬間に魔力が流れ込んだら、何が起こるか分からない。
「……兄上」
「ん?」
「これ、父上に見せてもいいですか?」
「父上に?」
「はい。何の道具なのか、聞いてみたいんです」
セドリックは少し驚いたようだったが、すぐに笑った。
「いいぞ。父上なら知ってるかもしれないしな」
「ありがとうございます!」
俺は装置を布で包み、木箱の中へ戻した。
……よし。
今日は、ここまでだ。
焦る必要はない。
オメガは、一日で完成するものじゃないんだから。
◇
昼食のあと。
俺は父の執務室を訪ねた。
父ラインハルトは、相変わらず大量の書類に囲まれていた。
濃い茶色の髪には白いものが混じり、短く整えた髭の下には疲れた表情が浮かんでいる。
それでも、俺の姿を見ると、手を止めてくれた。
「レオンハルト。どうした?」
「父上。少し、お聞きしたいことがあります」
「何だ?」
俺は布に包んだ装置を机の上に置いた。
父はそれを見て、わずかに目を見開いた。
「……これは」
「倉庫で見つけました」
父は装置を手に取った。
しばらく眺めてから、懐かしそうに息を吐く。
「……まだ残っていたのか」
「ご存じなんですか?」
「ああ。これは、簡易魔力測定器だ」
やっぱり。
俺の推測は当たっていた。
「昔、魔導技師が使っていたものだ。装置に流れる魔力量を調べるための道具だな」
「……今は使えないんですか?」
「結晶が割れている。回路も傷んでいるだろう。修理しなければ使えまい」
父は装置を机に置いた。
「これに興味があるのか?」
「はい」
俺は頷いた。
「魔導装置がどうやって動くのか、知りたいんです」
父は少し考えた。
それから、書棚の一角へ視線を向けた。
「……ならば、まずは基礎から学ぶべきだな」
父は立ち上がり、古い本を一冊取り出した。
厚い革表紙。
角は擦り切れ、表面には細かな傷がある。
題名は――。
『初等魔導工学入門』
「……魔導工学?」
「ああ。魔導装置の仕組みを学ぶための入門書だ」
父は本を俺に渡した。
「私が若い頃に使っていたものだ。内容は古いが、基礎を学ぶには十分だろう」
俺は両手で受け取った。
ずっしりと重い。
ページを開くと、魔力回路の図や、簡単な装置の説明が描かれていた。
……おお。
これは、まさに欲しかったものだ。
「ありがとうございます、父上!」
「ただし、難しい部分もある。分からないところは無理に理解しようとせず、私に聞きなさい」
「はい!」
俺は嬉しくなって、思わず本を抱きしめた。
父はそんな俺を見て、少しだけ笑った。
「……本当に、変わった子だな」
「そうですか?」
「ああ。普通、八歳の子供なら剣や馬に興味を持つものだが……」
「剣にも興味はありますよ」
「ほう?」
「魔導甲冑に装備する剣です」
「…………」
父が黙った。
俺は真剣に続けた。
「それに、盾や魔導銃も作りたいです。いつかは背中に推進器をつけて、空も飛べるようにしたいですし」
父は額に手を当てた。
「……お前は、いったい何を目指しているんだ?」
「最強のターボナイトです!」
俺は即答した。
父はしばらく俺を見つめていた。
そして、深いため息をついた。
「……まずは、その本を最後まで読みなさい」
「はい!」
俺は元気よく返事をした。
……うん。
父の言うことは正しい。
いきなり最強装備を作ろうとする前に、まずは基礎だ。
俺は本を抱え、執務室をあとにした。
◇
その日の夕方。
俺は自分の部屋で、父から借りた本を読んでいた。
窓から差し込む夕日が、机の上を赤く染めている。
ページをめくるたびに、古い紙の匂いがした。
「……なるほど」
俺は小さく呟いた。
この世界の魔導装置は、基本的に三つの要素で成り立っているらしい。
一つ目は、魔力を供給するための魔導核。
二つ目は、魔力を流すための回路。
三つ目は、魔力を利用して動く装置本体。
もちろん、実際にはもっと複雑な仕組みがある。
だが、基本的な考え方は、前世の電気機器と少し似ていた。
電源。
配線。
そして、動作する機械。
ただし、この世界の魔力には、電気とは異なる性質がある。
魔法の属性。
術者との相性。
回路の形による変化。
同じ装置でも、流す魔力の性質によって結果が変わることがあるらしい。
「……面白いな」
俺は夢中になって読み進めた。
すると、あるページで手が止まった。
『魔導回路の修復と改変』
そこには、壊れた回路を修理する方法と、回路の形を変更する際の注意点が書かれていた。
俺は、ゆっくりと文章を読んだ。
回路を修復する場合、元の構造を正確に理解する必要がある。
だが、回路を改変する場合は、それだけでは足りない。
魔力の流れ。
負荷。
装置全体との相性。
それらを考慮しなければ、かえって性能が低下したり、装置が破損したりすることがある。
「……やっぱりな」
俺は昼間の測定器を思い出した。
あのとき、頭の中には二つの構造が浮かんでいた。
一つは、元の回路を修復する形。
もう一つは、魔力の流れを短くする形。
もし後者が本当に実現できるなら。
俺の魔法は、単なる修理ではない。
構造そのものを変更できる可能性がある。
だが、それが安全かどうかは別問題だ。
「……下手にいじったら、爆発するかもしれないしな」
俺は苦笑した。
前世のゲームでは、改造に失敗してもデータを読み込み直せばよかった。
だが、ここは現実だ。
失敗したら、怪我をする。
場合によっては、命を落とすことだってある。
俺は一度、死んでいる。
二度目の人生まで、くだらない失敗で終わらせるつもりはない。
「……よし」
俺は本を閉じ、机の引き出しから昨日の留め具を取り出した。
あの小さな金属片だ。
昨日、魔法で少しだけ形を整えたもの。
今日は、これをもう一度調べてみよう。
俺は留め具を手に取り、ゆっくりと意識を集中させた。
(……構造を知りたい)
青い線が浮かび上がる。
曲がった部分。
小さな亀裂。
金属の厚さ。
昨日よりも、少しだけはっきり見えた。
(……次は)
俺は、元の形とは違う構造を想像した。
留め具の端を少し厚くする。
力が集中する部分を補強する。
そうすれば、以前より壊れにくくなるかもしれない。
だが――。
「……あれ?」
何も起こらなかった。
青い線は浮かんでいる。
しかし、金属は変化しない。
俺は首を傾げた。
(……何でだ?)
もう一度、同じことを考える。
だが、結果は変わらない。
そこで、ふと気づいた。
「……材料が足りないのか?」
留め具の端を厚くするには、その分の金属が必要になる。
だが、今の留め具には余分な材料がない。
形を変えることはできても、何もないところから金属を生み出すことはできない。
……なるほど。
そういうことか。
「……じゃあ、こっちは?」
俺は、留め具の曲がった部分を見つめた。
今度は、金属の量を変えず、形だけを少し整えることを想像する。
すると。
淡い光が、指先に集まった。
「……!」
金属が、ほんのわずかに動いた。
曲がっていた部分が、少しだけ真っすぐになる。
だが、それ以上は変わらなかった。
「……ふう」
俺は手を離した。
額には、薄く汗が浮かんでいる。
昨日ほどではないが、やはり疲れる。
それでも、分かったことがある。
俺の魔法は、物の構造を読み取る。
そして、条件が揃えば、その構造を少しだけ変えられる。
ただし、材料がなければ新しい部品は作れない。
複雑な装置ほど、理解するのも難しい。
さらに、魔力の消費も大きい。
「……万能じゃないな」
俺は小さく笑った。
だが、落胆はしていなかった。
むしろ、嬉しかった。
何ができるのか。
何ができないのか。
それが少しずつ分かってきたからだ。
俺は紙を取り出し、新しい見出しを書いた。
『魔法の研究記録』
そして、その下に今日の結果をまとめていく。
『一、物体の内部構造を読み取れる』
『二、破損した部分を見つけられる』
『三、条件が揃えば構造を変更できる』
『四、材料を無から生み出すことはできない』
『五、複雑な構造ほど魔力を消費する』
書き終えたところで、俺は少し考えた。
この力には、名前が必要だ。
修復魔法。
解析魔法。
改造魔法。
どれも、少し違う気がする。
俺がやりたいのは、壊れたものを元に戻すことだけじゃない。
仕組みを理解して、もっと良いものへ変えていくことだ。
「……構造解析と、構造改変」
俺は呟いた。
そして、紙の一番上に新しい名前を書き込んだ。
『《魔導構造解析・改変》』
「……うん。悪くない」
少し長い名前だが、今のところはこれでいいだろう。
もちろん、正式な魔法名なのかは分からない。
俺が勝手につけただけだ。
だが、この力を使いこなせるようになれば。
壊れた魔導灯を直せるかもしれない。
古い農業用の魔導装置を改良できるかもしれない。
そして、いつか。
あの倉庫に眠るターボナイトの仕組みを、すべて理解できるかもしれない。
「……その先に、オメガがある」
俺は机の上に広げた設計図を見つめた。
青銀の魔導甲冑。
四基の推進器。
剣。
盾。
魔導銃。
魔導砲。
そして、まだ思いついていない無数の装備。
今は、ただの紙の上の夢だ。
だが、いつか必ず。
俺は、この世界で本物のオメガを完成させる。
「……まずは、魔導灯を直せるようにならないとな」
俺は苦笑した。
最強の魔導甲冑を目指す男の、最初の目標が壊れた照明器具。
何とも地味な話だ。
だが、悪くない。
大きな夢だって、小さな積み重ねから始まるものだ。
それに、今の俺には時間がある。
八歳から始める、二度目の人生。
焦る必要なんてない。
俺は鉛筆を握り直し、設計図の余白に新しい文字を書き加えた。
『第一段階――魔導技術の基礎を習得する』
『第二段階――簡単な魔導装置を修理する』
『第三段階――古いターボナイトの構造を理解する』
『最終目標――オメガ完成』
……よし。
完璧だ。
俺は満足げに頷いた。
そのとき。
コンコン。
扉が叩かれた。
「レオン、いるか?」
聞こえてきたのは、長兄アルブレヒトの声だった。
「はい、兄上!」
「少し話がある。入ってもいいか?」
「どうぞ!」
扉が開き、アルブレヒトが姿を現した。
濃い茶色の髪を整え、落ち着いた青い瞳をした十九歳の青年。
白いシャツに紺色の上着を着ており、手には数枚の書類を持っている。
彼は部屋に入ると、机の上の紙を見た。
「……何を描いているんだ?」
「ターボナイトです!」
俺は胸を張って答えた。
アルブレヒトは紙を覗き込んだ。
そして、少しだけ眉をひそめた。
「……これは、ずいぶん変わった形だな」
「僕が考えた新しい魔導甲冑です」
「新しい?」
「はい。背中に四つの推進器をつけて、空中でも自由に動けるようにするんです」
アルブレヒトは黙って設計図を見つめた。
「……四つも必要なのか?」
「はい。姿勢制御と加速を分ければ、もっと細かく動けると思うんです」
「……姿勢制御?」
「えっと……空中で体の向きを変えるための仕組みです」
アルブレヒトは、さらに眉をひそめた。
「……レオン」
「はい?」
「お前、本当に八歳か?」
「……え?」
俺は固まった。
……まずい。
また余計なことを喋ったか?
アルブレヒトはしばらく俺を見つめていたが、やがて小さく笑った。
「冗談だ。だが、ずいぶん熱心なんだな」
「……はい」
「父上から聞いた。倉庫の古い魔導甲冑に興味を持ったそうだな」
「はい!」
アルブレヒトは机の上に書類を置いた。
「それなら、少し覚えておいたほうがいいことがある」
「何ですか?」
兄は、俺の設計図を指さした。
「魔導甲冑を作るには、金がかかる」
「……はい」
「材料費だけではない。魔導核、加工費、調整費、維持費……どれも安くはない」
俺は黙って聞いていた。
アルブレヒトは続けた。
「今のヴァイス家には、そんな余裕はない。だから、夢を持つのは構わないが、現実も忘れないでほしい」
その声は、厳しかった。
だが、冷たいわけではなかった。
兄は、家族のことを考えている。
俺にも、それは分かった。
「……分かっています」
俺は静かに答えた。
「だから、まずは勉強します」
アルブレヒトが目を細めた。
「勉強?」
「はい。壊れた道具を直せるようになれば、新しいものを買わずに済むかもしれません」
俺は机の上の研究記録を見た。
「それに、古い魔導装置を改良できれば、領地の仕事にも役立つと思うんです」
アルブレヒトは黙っていた。
俺は続けた。
「僕は、ただ遊びたいだけじゃありません」
……いや、正直に言えば、かなり遊びたい。
オメガを作るのは、俺の夢だ。
そこは否定しない。
だが、それだけではない。
「家族の役にも立ちたいんです」
俺は、まっすぐ兄を見た。
「だから、少しずつでも頑張ります」
アルブレヒトはしばらく俺を見つめていた。
そして、ふっと表情を緩めた。
「……そうか」
彼は俺の頭に手を置いた。
「ならば、応援しよう」
「……兄上」
「ただし、無理はするな。お前はまだ八歳なんだからな」
「はい!」
俺は元気よく頷いた。
アルブレヒトは微笑んだ。
「それと、もし魔導技術を学ぶなら、帳簿の読み方も覚えておくといい」
「……帳簿?」
「ああ。何かを作るには、材料がどれだけ必要で、いくらかかるのかを計算しなければならないからな」
俺は思わず唸った。
……なるほど。
確かに、そのとおりだ。
前世でも、改造に使う部品の値段を調べるのは大切だった。
どれだけ素晴らしい設計でも、予算が足りなければ完成しない。
「……分かりました。教えてください!」
アルブレヒトは少し驚いたようだったが、すぐに笑った。
「いい返事だ。では、明日から少しずつ教えてやろう」
「ありがとうございます!」
こうして、俺の勉強はさらに増えることになった。
魔法。
魔導工学。
そして、帳簿。
……何だか、前世の仕事を思い出すな。
いや、でも。
今度は、自分の夢のためだ。
だったら、いくらでも頑張れる気がする。
◇
夜。
俺はベッドに横になり、天井を見つめていた。
今日も、いろいろなことがあった。
倉庫の掃除。
魔力測定器の発見。
父から借りた魔導工学の本。
そして、自分の魔法についての新しい発見。
まだ、できることは少ない。
だが、確実に前へ進んでいる。
「……ふふっ」
思わず笑みがこぼれた。
前世では、恋愛のことで悩んでばかりだった。
誰かに好かれたい。
嫌われたくない。
そんなことを考えて、疲れ果てていた。
だが、今は違う。
俺には、やりたいことがある。
自分の手で、理想の魔導甲冑を作る。
そのために、学び、試し、失敗し、また挑戦する。
……それだけで、十分に楽しい。
「……恋愛なんて、やっぱりいらないな」
俺は小さく呟いた。
少なくとも、今はそう思っている。
この世界には、ソフィアという乙女ゲームの主人公がいる。
王太子アドリアンをはじめとする攻略対象たちもいる。
彼らには彼らの物語がある。
俺は、そこに関わるつもりはない。
ただのNPCとして、自由気ままに生きていく。
そして、いつか。
完成したオメガを身につけて、青い空を飛ぶ。
その瞬間を想像すると、胸が高鳴った。
「……楽しみだな」
俺は目を閉じた。
明日は、魔導工学の続きを読もう。
それから、倉庫にある壊れた魔導灯を調べてみよう。
もし安全に修理できる方法が分かれば、父に相談してみるつもりだ。
小さな一歩。
だが、それが積み重なれば、いつか大きな力になる。
俺は、そう信じている。
そして――。
このときの俺は、まだ知らなかった。
自分が持つ《魔導構造解析・改変》という力が、やがて多くの人々の運命を変えていくことを。
そして、ただ自由に生きたいだけの俺が、乙女ゲーム本来の物語に少しずつ関わっていくことになるなんて。
……まあ、そんな未来のことは、今の俺には関係ない。
まずは、明日だ。
明日も、好きなことを思いきり楽しもう。
俺はそんなことを考えながら、ゆっくりと眠りに落ちた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
もしこの物語を楽しんでいただけたなら、コメントや星評価を残していただけると大変嬉しいです。皆様のご意見や応援は、私にとって大きな励みになります。
お時間をいただき、本当にありがとうございました!




