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乙女ゲームの退学予定モブ、改造魔法で最強の魔導機甲を造る!  作者: ジャクロの精霊


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第3話 男爵家の三男、忘れられた魔導甲冑を見つける

異世界に転生して三日目。

 俺は、自分の右手をじっと見つめていた。

「……やっぱり、何かあるんだよな」

 八歳の子供らしい、小さな手。

 指には傷一つなく、手のひらも柔らかい。

 前世で毎日キーボードを叩いていた俺の手とは、まるで違う。

 けれど、この手には一つ、不思議な力があるらしい。

 昨日、庭の噴水に触れたときのことだ。

 壊れた魔導装置の内部構造が、まるで設計図のように見えた。

 しかも、魔力の流れが途切れている場所まで分かった。

 あれが、この世界では普通のことなのか。

 それとも、俺だけに起きた現象なのか。

 まだ判断できない。

「……もう一回、試してみるか」

 俺は机の上に置かれた小さな金属片を手に取った。

 昨日、マルタに頼んで譲ってもらった古い留め具だ。

 もともとは木箱に使われていたもので、片側が曲がっているため、もう使えないらしい。

 表面には細かな傷があり、端には赤茶色の錆が浮いている。

 特別な魔導装置ではない。

 ただの金属製の留め具だ。

 だからこそ、実験にはちょうどいい。

「まずは、観察からだな」

 俺は留め具を机に置き、指先でそっと触れた。

 昨日の感覚を思い出す。

 目の前にある物の構造を知りたい。

 どこが壊れているのか、確かめたい。

 そう意識した瞬間。

「……おっ」

 視界に、淡い青色の線が浮かび上がった。

 留め具の輪郭に沿って、細い光が走っている。

 金属の厚さ。

 曲がっている箇所。

 内部にできた小さな亀裂。

 それらが、頭の中へ少しずつ伝わってくる。

 昨日の噴水ほど複雑ではない。

 だが、間違いない。

 俺は物の構造を、普通とは違う方法で見ている。

「……分析、ってところか?」

 ゲームの魔法には、さまざまな種類があった。

 炎や氷を生み出す攻撃魔法。

 傷を癒やす治癒魔法。

 物体に魔力を流し込む付与魔法。

 そして、魔導装置の構造を調べる解析魔法。

 ただ、今の俺が使っているものが、ゲームに登場した解析魔法と同じなのかは分からない。

 何しろ、俺はまだ魔法の授業すら受けていないのだ。

「……まあ、名前はあとで考えよう」

 大事なのは、何ができるかだ。

 俺は留め具の曲がった部分を見つめた。

 金属が変形している。

 ここを元の形に戻せれば、もう一度使えるようになるはずだ。

 ただし、力任せに曲げれば折れるかもしれない。

 前世でも、似たような失敗をしたことがある。

 プラスチック製の部品を無理に押し込んで、接続部分を割ってしまったのだ。

 あのときは、交換部品が届くまで一週間も待つ羽目になった。

「……今度は慎重に」

 俺は留め具を両手で包み込んだ。

 曲がった部分が、少しずつ元の形に戻るところを想像する。

 すると、指先に温かいものが集まってきた。

「……っ」

 青い光が、金属の表面を薄く覆う。

 曲がっていた部分が、ほんのわずかに動いた。

 カチッ。

 小さな音がした。

 俺は慌てて手を離す。

「……できた?」

 留め具を持ち上げ、窓から差し込む光にかざした。

 完全ではない。

 曲がりはまだ残っているし、亀裂も消えていない。

 それでも、さっきよりは明らかに形が整っていた。

「……すげえ」

 思わず笑みがこぼれた。

 工具を使わず、金属の形を変えた。

 ほんの少しだけとはいえ、確かに成功したのだ。

「これなら、いつか魔導甲冑の部品だって――」

 そこまで言いかけたところで、急に頭が重くなった。

「……うっ」

 視界が揺れる。

 俺は慌てて机に手をついた。

 昨日の噴水に触れたときと同じだ。

 魔法を使ったあと、急激に疲れる。

 ただの留め具を少し曲げただけなのに、体が妙にだるい。

「……燃費、悪すぎだろ」

 思わず愚痴が出た。

 ゲームだったら、こんな初歩的な作業で魔力が尽きることなんてない。

 いや、待て。

 ゲームの数値と、現実の体を同じように考えるのが間違いか。

 俺は八歳だ。

 しかも、三日間も高熱で寝込んだばかり。

 そんな体で、教わってもいない魔法を使えば疲れて当然なのかもしれない。

「……今日はここまでだな」

 俺は留め具を机に置き、紙を一枚取り出した。

 そして、分かったことを書き始める。

『金属の構造が見える』

『壊れている場所も分かる』

『少しだけ形を変えられる』

『ただし、すごく疲れる』

 最後の一行を書いたところで、俺は少し考えた。

『無理をすると危険かもしれない』

 ……うん。

 これも忘れないようにしよう。

 自分の力を過信して倒れるなんて、笑えない。

 前世の最後を思い出すと、なおさらだ。

 俺は鉛筆を置き、椅子の背もたれに体を預けた。

 そのときだった。

「レオン! 起きてるか!」

 扉の向こうから、元気な声が響いた。

「……兄上?」

「入るぞ!」

 返事をするより早く、扉が開いた。

 現れたのは、次兄のセドリックだった。

 赤茶色の短い髪は少し乱れ、琥珀色の瞳にはいつものように活気がある。

 今日は白いシャツの上に茶色の革製ベストを着て、腰には木製の訓練剣を下げていた。

「おっ、ちゃんと起きてるな!」

「兄上、ノックくらいしてください」

「しただろ?」

「返事を待ってください」

「細かいこと言うなよ」

 セドリックは豪快に笑った。

 ……この人、本当に自由だな。

 少し羨ましい。

「それで、何か用ですか?」

「ああ。お前、もう熱は下がったんだろ?」

「はい。昨日から平熱です」

「だったら、ちょっと付き合えよ」

「剣の稽古なら、まだ無理ですよ」

「違う違う。今日はもっと面白いものを見せてやる」

 セドリックは得意げに笑った。

「屋敷の裏に、古い倉庫があるのは知ってるか?」

「……倉庫?」

「ああ。昔の農具とか、壊れた魔導装置とか、いろいろ置いてあるんだ」

 俺の耳が、ぴくりと動いた。

 壊れた魔導装置。

 その言葉は聞き捨てならない。

「……そこには、どんなものがあるんですか?」

「さあな。俺も全部は知らない。古い荷車の部品とか、水を汲み上げる機械とか……」

 セドリックは少し考え込んだ。

「そういや、変な鎧もあったな」

「…………」

 俺はゆっくりと顔を上げた。

「……鎧?」

「ああ。ずっと昔のやつだ。埃だらけで、もう使えないらしいけどな」

「それって、普通の鎧ですか?」

「いや、違うと思うぞ。胸のところに魔導核を入れる穴があったし」

 俺は椅子から立ち上がった。

「兄上!」

「うおっ!?」

「今すぐ行きましょう!」

 セドリックが目を丸くした。

「お、お前、そんなに鎧が好きだったか?」

「大好きです!」

「……そ、そうか」

 俺の勢いに押されたのか、セドリックは少し困ったように笑った。

「まあ、いいけどよ。母上にはちゃんと許可をもらえよ」

「もちろんです!」

 俺は急いで上着を取った。

 心臓が、さっきまでとは違う意味で激しく打っている。

 まさか。

 まさか、こんなに早く。

 本物のターボナイトを、間近で見られるかもしれないなんて。

     ◇

 屋敷の裏手には、小さな林と石造りの建物が並んでいた。

 馬小屋。

 使用人たちの作業場。

 そして、そのさらに奥に、古い倉庫が建っている。

 倉庫は屋敷本体よりもずっと古いらしく、灰色の石壁には蔦が這い、木製の扉には細かな亀裂が入っていた。

「ここだ」

 セドリックが扉の前で立ち止まった。

「昔はよく使ってたらしいけど、今じゃほとんど物置だな」

「中に入っても大丈夫なんですか?」

「ああ。父上には言ってある。ただし、危ないものには触るなよ」

「分かりました」

 ……触らないとは言った。

 見るなとは言われていない。

 セドリックが扉を押す。

 ギギギ、と重い音が響いた。

 薄暗い倉庫の中へ、外の光が差し込む。

「……うわ」

 俺は思わず声を漏らした。

 そこには、想像以上のものがあった。

 古い木箱。

 錆びついた農具。

 壊れた魔導灯。

 歯車のついた小型の機械。

 壁際には、車輪の外れた荷車が立てかけられている。

 さらに奥には、金属製の筒や、見たことのない形の部品まで積み上げられていた。

「……すごい」

 俺はゆっくりと歩き出した。

 前世の俺にとって、ここは宝の山だった。

 もちろん、ほとんどは壊れている。

 使い道の分からないものも多い。

 だが、だからこそ面白い。

 壊れた機械には、必ず理由がある。

 その理由を調べ、直す方法を考える。

 それが、俺は好きだった。

「何だよ、そんなに珍しいか?」

 セドリックが笑いながら尋ねた。

「はい。こんなにたくさんの魔導装置があるなんて思いませんでした」

「ほとんどガラクタだけどな」

「ガラクタかどうかは、調べてみないと分かりませんよ」

「……お前、父上みたいなこと言うな」

「え?」

「昔の父上も、壊れた道具を見つけると、何とか直そうとしてたんだってさ」

 意外な話だった。

 あの厳格そうな父が?

「父上が、ですか?」

「ああ。俺もアル兄から聞いただけだけどな。若い頃は、魔導技術にも興味があったらしい」

 俺は少し驚いた。

 父は、領地の経営と借金のことで頭がいっぱいなのだと思っていた。

 だが、もしかすると。

 父にも、かつてはやりたいことがあったのかもしれない。

「……それで、鎧はどこですか?」

「ああ、そうだったな」

 セドリックは倉庫の奥を指さした。

「あそこだ」

 俺は視線を向けた。

 奥の壁際。

 大きな木箱の向こうに、人の形をした何かが立っていた。

 古い布がかけられており、細かな形までは分からない。

 だが、その高さは大人の人間とほぼ同じだった。

 巨大な機械ではない。

 人が身につけるための装備。

 俺は無意識のうちに足を速めていた。

「……これが?」

「ああ。ちょっと待ってろ」

 セドリックが布の端を掴む。

 そして、一気に引き下ろした。

 ふわり、と埃が舞い上がる。

「げほっ! ……くそ、埃っぽいな!」

 セドリックが咳き込んだ。

 だが、俺はそんなことを気にしていられなかった。

 目の前に現れたものから、視線を離せなかったのだ。

「…………」

 それは、一領の古い魔導甲冑だった。

 高さは、およそ百八十センチほど。

 木製の台座に固定された、人間が身につけるための全身鎧だ。

 兜には短い角飾りがあり、顔の部分には細い視界窓が設けられている。

 肩当ては丸みを帯び、胸当てにはかつて何かの紋章が刻まれていたらしい。

 腰から下には重なり合う装甲板が伸び、両脚を覆う脚甲には細かな魔力回路が刻まれていた。

 色は、くすんだ銀色。

 ところどころに錆が浮き、装甲の一部は欠けている。

 右腕の籠手は途中から失われ、左脚の関節部分には大きな亀裂が入っていた。

 そして、胸の中央。

 そこには、拳ほどの大きさの空洞があった。

 エーテルコアを収めるための場所だ。

「……ターボナイト」

 俺は、ほとんど無意識に呟いていた。

 ゲームの画面では、何度も見てきた。

 だが、実物は違う。

 金属の厚み。

 装甲の重なり。

 関節部分の細かな構造。

 どれも、画面越しでは分からなかったものだ。

 そして何より。

 これは、人間が身につける鎧なのだ。

 中に乗り込む巨大なロボットではない。

 装着者の体を守り、その動きを魔法と機械で補助するための装備。

 俺が前世で何か月もかけて改造していた、あのターボナイトと同じものだった。

「……すげえ」

 口から、自然と言葉が漏れた。

 セドリックが笑った。

「そんなに気に入ったか?」

「はい……!」

 俺は一歩、鎧に近づいた。

 目の前の魔導甲冑は、もう何年も動いていないのだろう。

 だが、俺には分かった。

 これは、ただの鉄の塊ではない。

 人間の力を超えるために作られた、魔法と技術の結晶だ。

「兄上。この鎧は、誰のものだったんですか?」

「祖父上のものらしいぞ」

「お祖父様の?」

「ああ。昔はこの鎧を着て、領地の警備をしていたんだってさ」

 セドリックは鎧を見上げた。

「でも、何十年も前に壊れちまったらしい。修理しようにも部品が手に入らなくて、そのままここに置かれたんだと」

「……そうだったんですか」

「俺も小さい頃は、これを着て戦うのが夢だったんだけどな」

 セドリックは懐かしそうに笑った。

「でも、今じゃ無理だ。修理する金なんてないし、そもそも俺の体には合わないだろうしな」

 その声には、少しだけ寂しさが混じっていた。

 俺は兄の顔を見上げた。

 いつも元気で、何でも笑い飛ばすセドリック。

 そんな兄にも、諦めた夢があったのか。

「……兄上は、今でもターボナイトに乗りたいんですか?」

「乗るんじゃなくて、着るんだろ?」

 セドリックが笑った。

「まあ、着てみたい気持ちはあるさ。でも、今は剣の腕を磨くほうが先だな」

 そう言って、腰の木剣を軽く叩く。

「いつか騎士団に入れたら、それだけでも十分だ」

 俺は、もう一度鎧を見つめた。

 古びた銀色の装甲。

 失われた魔導核。

 壊れた関節。

 確かに、今の状態では動かない。

 だが。

 ……本当に、直せないのか?

 俺はそっと、左腕の装甲に手を伸ばした。

「レオン、危ないぞ。錆びてるから――」

 セドリックの声が聞こえた。

 だが、その前に。

 俺の指先が、冷たい金属に触れた。

 その瞬間だった。

「……っ!」

 視界が変わった。

 鎧の表面に、淡い青色の線が浮かび上がる。

 装甲の内側。

 関節を補助する駆動機構。

 魔力を流すための回路。

 それらが、複雑に絡み合っている。

(……見える)

 昨日の噴水と同じだ。

 いや、それ以上に複雑だった。

 胸部から両腕へ伸びる魔力回路。

 脚甲に組み込まれた補助機構。

 背中には、かつて何かの装置が取りつけられていたらしい接続部分まである。

 だが、そのほとんどが途中で途切れていた。

 赤い線が、いくつも浮かび上がる。

 壊れた関節。

 摩耗した回路。

 欠けた部品。

 そして、空っぽの胸部。

(……魔導核がない)

 動力源が失われている。

 それだけではない。

 仮に新しいエーテルコアを取りつけても、今のままでは魔力が正常に循環しない。

 右腕の駆動機構はほとんど残っておらず、左脚の関節も破損している。

 装甲の一部には、内部まで達する亀裂があった。

(……こりゃ、ひどいな)

 俺は思わず苦笑した。

 修理というより、ほとんど作り直しに近い。

 だが、それでも。

 完全に使えないわけではなかった。

 胸部の補助回路。

 腰の可動機構。

 左腕の一部。

 それらは、まだ構造が残っている。

 しかも、設計そのものは決して悪くない。

 古い技術ではあるが、装着者の動きを補助する仕組みは、現代のターボナイトと基本的には同じだ。

(……これ、勉強になるぞ)

 俺はさらに詳しく調べようとした。

 その瞬間。

 視界に浮かぶ線が、一気に増えた。

「……っ!?」

 頭の奥に、鋭い痛みが走った。

 情報が多すぎる。

 腕。

 脚。

 胸部。

 背部。

 複雑な構造が、一度に頭の中へ流れ込んでくる。

(まずい……!)

 俺は慌てて手を離そうとした。

 だが、体がうまく動かない。

 足元が揺れる。

「……うっ」

「レオン!?」

 セドリックの声が聞こえた。

 次の瞬間、俺の体が傾いた。

 倒れる。

 そう思ったとき。

 がしっ。

 力強い腕が、俺を支えた。

「おい、大丈夫か!?」

 セドリックだった。

 俺は兄の腕の中で、何度か瞬きをした。

 青い線は、すでに消えている。

「……すみません」

「顔が真っ青じゃないか!」

「ちょっと、目眩が……」

「だから病み上がりなんだから無理するなって言っただろ!」

 セドリックは本気で怒っていた。

 いや、怒っているというより、心配しているのだろう。

 俺は小さく頷いた。

「……はい」

「まったく……」

 セドリックは深いため息をついた。

 それから、俺を近くの木箱に座らせた。

「少し休んだら戻るぞ。母上に知られたら、俺まで叱られる」

「……兄上」

「何だ?」

「この鎧、もう使わないんですよね?」

 セドリックは不思議そうな顔をした。

「ああ。そうだけど?」

「だったら……」

 俺は、古びた魔導甲冑を見つめた。

 胸の奥が、妙に熱くなっていた。

「……僕に、調べさせてもらえませんか?」

 セドリックは、しばらく黙っていた。

 そして。

「……は?」

 間の抜けた声を上げた。

     ◇

 その日の午後。

 俺は父の執務室に呼ばれていた。

 重厚な木製の机。

 壁一面に並ぶ書棚。

 窓際には、領地の地図が広げられている。

 父ラインハルトは机の向こうに座り、書類から顔を上げた。

「……古い魔導甲冑を調べたい、だと?」

「はい」

 俺は背筋を伸ばして答えた。

 隣にはセドリックが立っている。

 どうやら、兄が先に父へ話を通してくれたらしい。

「なぜ、そんなものに興味を持った?」

 父の声は低かった。

 怒っているわけではない。

 ただ、理由を知りたがっているようだった。

「……魔導技術を勉強したいからです」

「魔導技術?」

「はい。庭の噴水も壊れていますし、廊下の魔導灯もついていません。どうして壊れたのか、知りたいんです」

 父は黙って俺を見つめた。

 俺は続けた。

「それに、ターボナイトにも興味があります」

「……ターボナイトか」

 父は少しだけ目を細めた。

「レオンハルト。あれは玩具ではない」

「分かっています」

「魔導甲冑は、人間の力を何倍にも高める装備だ。だが、扱いを間違えれば、装着者自身を傷つけることもある」

 父は机の上で指を組んだ。

「特に、古い魔導装置は危険だ。壊れた回路に魔力を流せば、予想外の事故が起きることもある」

 俺は真剣に頷いた。

 それは、前世の俺にも理解できる話だった。

 壊れた機械を、仕組みも知らずに動かす。

 そんなことをすれば、事故が起きてもおかしくない。

 しかも、この世界では魔力が関わっている。

 下手をすれば、普通の機械より危険かもしれない。

「……勝手に動かしたりはしません」

「本当か?」

「はい」

 父はしばらく俺を見つめていた。

 その視線は鋭かったが、不思議と怖くはなかった。

 むしろ、俺がどこまで本気なのかを確かめているように感じた。

「……レオン」

 父が静かに口を開いた。

「お前は、なぜそこまで魔導甲冑に興味を持つ?」

 俺は少し考えた。

 前世のことを話すわけにはいかない。

 ゲームの世界から転生してきたなんて言っても、信じてもらえるはずがない。

 だが、嘘をつく必要もなかった。

「……かっこいいからです」

 父が目を瞬かせた。

「……何?」

「ターボナイトは、かっこいいです」

 俺は真剣に答えた。

「人間が鎧を着て、魔法の力で強くなって、空まで飛べるんですよ? そんなもの、好きにならないほうがおかしいです」

 隣でセドリックが吹き出した。

「はははっ! そりゃそうだ!」

「セドリック」

 父が睨む。

「わ、悪い」

 兄は慌てて口を押さえた。

 俺は構わず続けた。

「それに……」

 少しだけ、言葉を選ぶ。

「壊れているものを直せたら、嬉しいと思うんです」

 父の表情が変わった。

「……直す?」

「はい。使えなくなった道具でも、直せばまた使えるかもしれません」

 俺は机の上に置かれた古い魔導灯を見た。

 それは、装飾の少ない小さな照明器具だった。

「新しいものを買うお金がなくても、今あるものを使えるようにできたら……少しは家の役に立つかもしれません」

 部屋が静かになった。

 セドリックも、今度は笑わなかった。

 父は俺をじっと見つめていた。

 その青い瞳に、何か複雑なものが浮かんでいるように見えた。

「……お前は、そんなことまで考えていたのか」

「……少しだけです」

 父は椅子の背もたれに体を預けた。

 そして、長く息を吐いた。

「……昔、私も似たようなことを考えたものだ」

「え?」

「壊れた道具を直せば、領地の暮らしが少しは楽になるのではないかとな」

 父は窓の外を見た。

「だが、現実は簡単ではなかった。材料が必要で、職人が必要で、何より時間がかかる」

 その声には、わずかな苦さがあった。

「領地を治めるようになってからは、目の前の問題を片づけるだけで精一杯だった」

 俺は何も言えなかった。

 父にも、かつて夢があった。

 それを諦めたわけではないのかもしれない。

 ただ、家族と領地を守るために、後回しにしてきたのだろう。

「……父上」

 俺は小さく口を開いた。

「僕、すぐに何かを作れるとは思っていません」

 父がこちらを向く。

「でも、勉強することなら、今からでもできます」

 俺は両手を握った。

「少しずつ覚えて、いつか役に立てるようになりたいんです」

 父はしばらく黙っていた。

 やがて、机の引き出しを開ける。

 そこから、小さな鉄の鍵を取り出した。

「……条件がある」

 俺は顔を上げた。

「はい!」

「まず、魔導核には絶対に触れるな。古いものでも、魔力が残っている場合がある」

「はい」

「次に、工具を使うときは必ず大人に許可を取れ。勝手に分解することも禁止だ」

「分かりました」

「それから……」

 父は少しだけ声を低くした。

「今の我が家には、あの鎧を修理するための金はない」

 俺は頷いた。

 それは、最初から分かっていた。

 銀貨数千枚の借金。

 壊れた用水路。

 修理できない魔導灯。

 そんな状況で、古いターボナイトに金を使う余裕などない。

「……大丈夫です」

「本当に分かっているのか?」

「はい。今すぐ直そうとは思っていません」

 俺は父をまっすぐ見た。

「まずは、仕組みを覚えたいんです」

 父はしばらく俺を見つめていた。

 そして、机の上に鍵を置いた。

「……ならば、許可しよう」

「……え?」

「倉庫の中にあるものを、勉強のために見ても構わん。ただし、危険な作業は禁止だ。必要なときは私かアルブレヒトに相談しなさい」

 俺は思わず目を見開いた。

「……本当ですか!?」

「ああ」

 父は小さく頷いた。

「ただし、約束を破ったら鍵は取り上げる」

「はい! 絶対に守ります!」

 俺は勢いよく頭を下げた。

 セドリックが隣で笑う。

「よかったな、レオン!」

「はい!」

 俺は机の上の鍵を手に取った。

 小さな鉄の鍵。

 表面には細かな傷があり、長い年月を感じさせる。

 だが、今の俺には、どんな宝石よりも価値があるように思えた。

 父はそんな俺を見て、わずかに口元を緩めた。

「……まったく。誰に似たのやら」

 その言葉を聞いて、セドリックがにやりと笑った。

「父上じゃないですか?」

「余計なことを言うな」

「はははっ!」

 執務室に、久しぶりに明るい笑い声が響いた。

     ◇

 夕方。

 俺は自分の部屋に戻り、机の上に鍵を置いた。

 窓の外では、夕日が屋敷の屋根を赤く染めている。

 遠くの丘には、農地が広がっていた。

 その向こうには、まだ見たことのない町や森があるのだろう。

 そして、もっと遠くには。

 王立アストラリス学院。

 ゲームの主人公ソフィアが入学する場所。

 王太子アドリアンや、ほかの攻略対象たちが集まる場所。

 だが、今の俺にはまだ関係ない。

 俺は八歳だ。

 学院に入るまで、まだ何年もある。

 その時間を、無駄にはしたくなかった。

「……さて」

 俺は机の引き出しから、昨日書いた目標の紙を取り出した。

『目標その一。ヴァイス家の借金問題を解決する』

『目標その二。魔法と魔導技術を学ぶ』

『目標その三。自分だけのターボナイトを作る』

『目標その四。恋愛には関わらない』

 ……うん。

 今のところ、何も変わっていない。

 ただ、一つだけ進展があった。

 俺には、勉強するための場所ができた。

 古い倉庫。

 壊れた魔導装置。

 そして、忘れられた魔導甲冑。

 あの鎧は、まだ動かない。

 魔導核もなく、部品も足りない。

 俺の体には大きすぎるし、今すぐ修理することもできない。

 だが、それでいい。

 最初から完成品を手に入れたら、面白くないじゃないか。

 前世の俺だって、最初からオメガを作れたわけじゃない。

 何度も失敗して、何度も修正して。

 ようやく、あの青銀の鎧を完成させたんだ。

 だったら、今度も同じことをすればいい。

「……まずは、勉強だな」

 俺は新しい紙を取り出した。

 そして、今日見た古いターボナイトの姿を思い出しながら、簡単な図を描き始めた。

 兜。

 胸当て。

 肩当て。

 籠手。

 腰部装甲。

 脚甲。

 それぞれの部位を、覚えている範囲で描き込んでいく。

 まだ、細かな構造までは分からない。

 だが、少しずつ理解していけばいい。

 そして、いつか。

 この世界の魔導技術を使って、前世の俺が夢見たオメガを作る。

 青銀の装甲。

 高効率の魔力循環回路。

 四基の背部推進器。

 装着者の動きを妨げない、自由な可動機構。

 そのすべてを、自分の手で形にする。

「……待ってろよ、オメガ」

 俺は小さく笑った。

「いつか必ず、お前を本物にしてやるからな」

 窓の外では、夕日がゆっくりと沈んでいく。

 その光を浴びながら、机の上の鉄の鍵が、鈍く輝いていた。

 たった一本の古い鍵。

 だが、それは俺にとって、二度目の人生で初めて手に入れた大切なものだった。

 自由への第一歩。

 夢への第一歩。

 そして――。

 ヴァイス男爵家の未来を変えるための、小さな一歩。

 ……まあ、まずは明日、倉庫の掃除から始めることになりそうだけどな。

 埃だらけの場所で作業して、また熱を出したら笑えない。

 それに、マルタに見つかったら絶対に怒られる。

「……掃除道具、借りられるかな」

 俺は真剣に考え始めた。

 こうして、俺の魔導甲冑開発計画は、壮大な夢とは裏腹に、倉庫の片づけという地味な作業から始まることになった。

 ……いや、人生ってそんなものだろ。

 少なくとも、前世の俺はそう思う。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。


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お時間をいただき、本当にありがとうございました!

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