第2話 貧乏男爵家の三男、まずは家の借金を調べる
異世界に転生して、最初に分かったことが三つある。
一つ。この世界には、本当に魔法が存在する。
二つ。人間が身につけて戦う魔導甲冑も、ちゃんと存在する。
そして三つ。
俺が生まれ変わったヴァイス男爵家は、想像以上に金がないらしい。
「……いや、三つ目だけ夢がなさすぎるだろ」
朝日が差し込む寝室で、俺は小さくため息をついた。
レオンハルト・ヴァイス、八歳。
それが今の俺の名前だ。
前世では二十五歳の会社員だったのに、目が覚めたら八歳の子供になっていた。
しかも、よりによって乙女ゲーム『ターボナイト ~エターナル・ハーツ~』の世界。
主人公でもなければ、攻略対象でもない。
将来、家の財政難で学院を去ることになる、ほとんど出番のないNPCだ。
……まあ、恋愛イベントに巻き込まれないという意味では、悪くない立場かもしれない。
問題は、その前に家が潰れそうなことなんだけどな。
「レオンハルト様、起きていらっしゃいますか?」
控えめなノックが聞こえた。
「はい。起きています」
「失礼いたします」
扉が開き、若い侍女が入ってきた。
茶色い髪を後ろで束ね、紺色の長袖ワンピースに白いエプロンを重ねている。頬に薄いそばかすのある、柔らかな顔立ちの女性だった。
マルタ。
この屋敷で働く侍女の一人で、レオンハルトが幼い頃から世話になっている。
俺の中にある、この体の記憶がそう教えてくれた。
「お加減はいかがですか?」
「もう大丈夫です。熱もありません」
「それはよかったです」
マルタは安心したように微笑み、寝台の横に水差しを置いた。
「奥様がずいぶん心配なさっていましたから。昨夜も、何度も様子を見にいらしたんですよ」
「……母上が?」
「ええ。三日間も高熱が続いたんですもの。私たちも本当に心配しました」
俺は布団の上に置いた手を見つめた。
小さな手だった。
まだ、この体に慣れない。
前世の記憶ははっきりしているのに、レオンハルトとして過ごした八年間の記憶も、同じくらい自然に思い出せる。
庭で転んだこと。
母に叱られたこと。
兄に剣の持ち方を教わったこと。
そのどれもが、自分自身の経験として残っていた。
「レオンハルト様?」
マルタが不思議そうに顔を覗き込んだ。
「どうかなさいましたか?」
「……いえ。母上に、あとでお礼を言おうと思って」
そう答えると、マルタは目を丸くした。
「まあ。レオンハルト様がそんなことをおっしゃるなんて」
「……そんなに珍しいですか?」
「いえいえ。ただ、いつもでしたら、元気になった途端にお庭へ飛び出してしまわれるので」
……なるほど。
どうやら以前の俺は、なかなか落ち着きのない子供だったらしい。
いや、記憶を探れば確かに心当たりがある。
熱を出した翌日に庭を走り回り、母にこっぴどく叱られたこともあった。
「今回は大人しくしています」
「ふふっ。お熱で少し大人になられたのかもしれませんね」
マルタは楽しそうに笑った。
俺も曖昧に笑い返す。
実際には二十五年分の記憶が増えたのだが、さすがに説明するわけにはいかない。
◇
朝食のために食堂へ向かう途中、俺は屋敷の中を注意深く観察した。
ヴァイス男爵家の屋敷は、決して小さくない。
石造りの廊下には背の高い窓が並び、壁には歴代当主の肖像画が飾られている。
ただし、よく見ると古びた箇所が多かった。
絨毯の端は擦り切れ、窓枠の塗装もところどころ剥がれている。
壁に掛けられた魔導灯のうち、三つに一つは明かりが消えていた。
魔導灯とは、エーテルコアから供給される魔力を光に変える照明器具だ。
この世界では珍しくない道具だが、維持には魔力結晶の交換や回路の整備が必要になる。
つまり、金がかかる。
「……これ、故障したままなのか?」
俺が消えた魔導灯を見上げていると、前を歩いていたマルタが振り返った。
「どうかなさいました?」
「あの灯り、ついていませんね」
「ああ、そちらですか。少し前から調子が悪くて……」
「修理しないんですか?」
「職人さんにお願いする予定だったんですが、ほかにも直さなければならないものが多くて」
マルタは少し困ったように笑った。
「しばらくは、このままになりそうです」
「……そうですか」
俺はもう一度、魔導灯を見上げた。
装飾の施された金属製の台座。
乳白色の小さな結晶。
その周囲には、細い溝のようなものが刻まれている。
前世でゲームの背景として見たときは、ただの照明器具だと思っていた。
だが、実物を目にすると、細かな構造が気になって仕方ない。
あの溝は魔力回路だろうか。
結晶の固定方法は?
内部の接続部分はどうなっている?
……駄目だ。
考え始めたら止まらない。
「レオンハルト様、皆様がお待ちですよ」
「あ、はい!」
俺は慌ててマルタのあとを追った。
まずは朝食だ。
魔導灯のことは、あとで考えよう。
◇
食堂に入ると、すでに家族が揃っていた。
長い木製の食卓には、焼きたてのパン、野菜のスープ、卵料理、それから薄く切った燻製肉が並んでいる。
貴族の朝食にしては質素なのかもしれない。
だが、湯気の立つ料理はどれも美味しそうだった。
「おっ、レオン!」
最初に声を上げたのは、次兄のセドリックだった。
十七歳。
赤茶色の短い髪と琥珀色の瞳を持つ、活発そうな青年だ。
白いシャツの袖を肘までまくり、茶色の革製ベストを着ている。朝から剣術の稽古をしていたのか、額には薄く汗が浮かんでいた。
「もう歩き回って大丈夫なのか?」
「はい。すっかり元気です」
「そうか、よかった!」
セドリックは立ち上がると、俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「三日も寝込むから心配したぞ!」
「兄上! 髪がぐちゃぐちゃになります!」
「ははは! 元気そうじゃないか!」
……この人、加減というものを知らないのか?
「セドリック。病み上がりのレオンに乱暴するな」
落ち着いた声が響いた。
食卓の奥に座っていた長兄、アルブレヒトが顔を上げる。
十九歳の彼は、濃い茶色の髪をきちんと整え、青い瞳をした端正な青年だった。
背筋を伸ばして椅子に座り、濃紺の上着を隙なく着こなしている。
胸元には、ヴァイス家の紋章が小さく刺繍されていた。
いかにも真面目な長男という雰囲気だ。
「少しは落ち着け。レオンはまだ回復したばかりなんだぞ」
「分かってるよ、兄貴」
「本当に分かっているなら、頭を乱暴に撫でたりしない」
「細かいなあ」
「お前が大雑把すぎるんだ」
二人のやり取りを見て、俺は思わず笑ってしまった。
どうやら、この家の兄弟関係は悪くないらしい。
「レオンハルト」
低い声が聞こえた。
食卓の上座には、父のラインハルト・ヴァイスが座っていた。
四十六歳。
濃い茶色の髪にはわずかに白いものが混じり、鋭い青い瞳をしている。
短く整えた髭と、日焼けした顔が印象的だった。
深緑色の上着には派手な装飾がなく、貴族というよりも軍人のような雰囲気がある。
「体調はどうだ?」
「もう大丈夫です、父上」
「そうか。だが、しばらくは無理をするな」
「はい」
父は短く頷いた。
厳しい顔つきのままだったが、目元が少し和らいだように見えた。
「さあ、レオン。こちらへいらっしゃい」
母のヘレナが、優しい声で俺を呼んだ。
四十二歳。
長い栗色の髪を後ろでまとめ、深い緑色の瞳を持つ女性だ。
淡い青緑色のドレスを着ているが、宝石などの華美な装飾はない。
それでも、柔らかな物腰と整った姿勢から、上品な雰囲気が感じられた。
「まだ病み上がりなのだから、今日は温かいスープをたくさん飲みなさいね」
「ありがとうございます、母上」
俺が席につくと、母は嬉しそうに微笑んだ。
……なんだか、変な気分だ。
前世では、もう二十五歳だった。
母親にここまで世話を焼かれることなんて、ほとんどなかった。
それが今では、八歳の子供として心配されている。
正直、少しくすぐったい。
でも。
悪い気分ではなかった。
◇
朝食が始まると、食卓は思った以上に賑やかになった。
セドリックは昨日の剣術訓練について話し、アルブレヒトはそれに冷静な指摘を加える。
母は二人のやり取りを楽しそうに聞き、父は時折、短い言葉で注意していた。
俺はパンをちぎりながら、その様子を眺めていた。
……いい家族だな。
少なくとも、ゲームで想像していたような冷たい貴族の家庭ではない。
この家の人たちは、ちゃんと互いを大切にしている。
だからこそ、気になった。
こんな家族が、どうして借金に苦しむことになったのか。
「ところで、父上」
俺はスープを飲み終えたところで口を開いた。
「少し、お聞きしたいことがあります」
父がこちらを見た。
「何だ?」
「うちの領地は、今、困っているのですか?」
食卓の空気が、わずかに変わった。
アルブレヒトの手が止まる。
セドリックも、パンを口へ運ぶ途中で俺を見た。
母は困ったように微笑んだ。
「レオン、どうしてそんなことを?」
「昨日、窓から畑を見ていたんです。遠くに壊れた用水路が見えたので……」
これは嘘ではない。
昨日、部屋の窓から遠くの農地を眺めたとき、石組みが崩れたままの水路が見えていた。
父はしばらく俺を見つめていた。
「……よく見ているな」
「気になっただけです」
「そうか」
父は静かに頷いた。
「確かに、領地の状況は楽ではない」
やっぱりか。
俺は内心で息を呑んだ。
「数年前の大雨で、領内の用水路が大きく壊れた。修復には多くの費用が必要だったが、放置すれば農地が使えなくなる」
父は淡々と説明した。
「だから、借金をして工事を進めた」
「……今も返済しているんですか?」
「そうだ」
父は短く答えた。
アルブレヒトが俺を見た。
「レオン。そんなことまで気にする必要はない」
長兄は穏やかな声で言った。
「お前はまだ八歳だ。今は勉強と遊びに集中していればいい」
「でも……」
「家のことは父上と私たちが何とかする」
その言葉には、兄としての優しさがあった。
だが、俺は素直に頷けなかった。
なぜなら、俺はゲームの未来を知っているからだ。
このままでは、ヴァイス家は借金に苦しみ続ける。
そして、俺が学院に入学する頃には、学費すら払えなくなる。
もちろん、ゲームとまったく同じ未来になるとは限らない。
だが、何もしなければ危険なのは確かだ。
「……父上」
俺はもう一度、父に向き直った。
「借金は、どれくらいあるのですか?」
今度こそ、食卓が静まり返った。
セドリックが目を丸くする。
「おいおい、レオン。お前、本当に八歳か?」
「八歳ですけど……」
「いや、そういう意味じゃなくて」
セドリックは困ったように笑った。
父は俺をじっと見つめていた。
しばらくして、静かに口を開く。
「……銀貨で換算すれば、数千枚に相当する」
数千枚。
この世界の貨幣価値を、俺はまだ正確に把握していない。
だが、決して小さな金額ではないことくらい分かる。
「そんなに……」
思わず声が漏れた。
母が俺の肩に手を置いた。
「レオン、大丈夫よ。あなたが心配することではないわ」
俺は母を見上げた。
その笑顔は優しかった。
けれど、目元には疲れが残っている。
きっと、俺が知らないところで何度も心配してきたのだろう。
「……分かりました」
俺は小さく頷いた。
それ以上、質問するのはやめた。
今の俺は八歳の子供だ。
いくら前世の記憶があっても、突然家の財政に口を出せば、不自然に思われる。
まずは、この世界のことをもっと知らなければならない。
◇
朝食のあと、俺は屋敷の庭を散歩する許可をもらった。
病み上がりということで、マルタが少し離れたところから見守っている。
庭には小さな花壇と、古い石造りの噴水があった。
噴水は今、動いていない。
水が張られていない石の水盤には、落ち葉が数枚溜まっていた。
「……ここも修理できてないのか」
俺は噴水の縁に手を置いた。
石はところどころ欠けているが、造り自体は悪くない。
ただ、中央にある魔導装置らしい部品が、ひどく古びていた。
金属製の輪が三つ重なり、その中心に小さな青い結晶が埋め込まれている。
見覚えがあった。
ゲーム内で何度も見た、簡易魔力循環装置だ。
「……へえ」
俺は思わず身を乗り出した。
これ、本物なのか。
ゲームでは背景の一部としてしか見ていなかったが、実際に目の前にすると、細かな構造まで確認できる。
金属の表面には魔力を通すための溝が刻まれ、結晶を固定する台座には小さな文字のような模様が並んでいた。
「すごいな……」
指先でそっと触れる。
冷たい金属の感触が伝わってきた。
その瞬間だった。
視界の奥に、淡い光が走った。
「……え?」
俺は瞬きをした。
すると、目の前の装置に重なるように、細い線が浮かび上がった。
金属の輪。
魔力の通り道。
結晶の位置。
まるで、設計図を透かして見ているようだった。
(……何だ、これ?)
俺は慌てて手を離した。
光の線が消える。
もう一度触れる。
すると、再び同じものが見えた。
今度は、装置の一部が赤く光っている。
どうやら、魔力の流れが途切れている場所らしい。
「……故障箇所?」
俺は小声で呟いた。
まさか。
いや、でも。
これって、もしかして……。
俺は目を閉じ、深呼吸した。
前世でゲームのデータを解析していたときの感覚を思い出す。
構造を調べる。
問題点を見つける。
原因を考える。
すると、視界の中に浮かんでいた線が、少しだけ鮮明になった。
赤く光っている部分は、魔力回路の接続箇所だった。
長年の使用で金属が摩耗し、魔力がうまく流れなくなっているらしい。
「……なるほど」
俺は思わず笑った。
これが、この世界の魔法なのか?
それとも、俺だけが使える何かなのか?
まだ分からない。
だが、一つだけ確かなことがある。
俺は今、目の前の装置の内部構造を理解し始めている。
ゲームの画面越しではなく、本物の魔導装置を。
「……面白い」
胸の奥が熱くなった。
さっきまでの借金の話も、将来への不安も、一瞬だけ忘れてしまう。
俺は夢中で装置を見つめた。
この回路を少し調整すれば、魔力の流れを改善できるかもしれない。
だが、どうやって?
道具もない。
材料もない。
そもそも、八歳の俺が勝手に分解していいものなのか?
「……いや、待てよ」
俺はもう一度、金属の輪に触れた。
頭の中に、修正したい形を思い浮かべる。
摩耗した接続箇所を、ほんの少しだけ整える。
それだけだ。
すると、指先がじんわりと熱くなった。
「っ……!」
驚いて手を離す。
金属の表面に、かすかな光が残っていた。
ほんの一瞬。
赤く光っていた部分が、青く変わったように見えた。
しかし、次の瞬間には元に戻ってしまった。
「……失敗、か」
俺は自分の手を見つめた。
指先が少し痺れている。
それに、妙に疲れた。
たった数秒しか触れていないのに、長時間走ったあとのような倦怠感がある。
どうやら、簡単に何でも直せるわけではないらしい。
だが。
「……できるかもしれない」
俺は小さく笑った。
もし、この力を使いこなせるようになれば。
壊れた魔導装置を修理できるかもしれない。
古い道具を改良できるかもしれない。
そして、いつか。
自分だけのターボナイトを作ることだって――。
「レオンハルト様!」
突然、マルタの声が響いた。
振り返ると、彼女が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「こんなところで何をなさっているんですか? まだ病み上がりなんですよ!」
「あ、いえ。ちょっと噴水を見ていただけで……」
「顔色が悪いじゃありませんか!」
マルタは俺の額に手を当てた。
「熱はないようですが……。もう、お部屋に戻りましょう」
「え、でも――」
「だめです!」
きっぱりと言われた。
……うん。
この世界でも、大人には逆らえないらしい。
俺は仕方なく頷いた。
「……分かりました」
マルタに手を引かれながら、もう一度噴水を振り返る。
古びた魔導装置は、何事もなかったように静かに佇んでいた。
だが、俺には分かっていた。
さっき、確かに何かが起きた。
そして、その力は俺の意思に反応していた。
◇
部屋に戻ると、俺は寝台に腰を下ろした。
指先の痺れは、すでに消えている。
だが、体の奥に残る疲労感は消えていなかった。
「……魔力を使った、ってことなのか?」
この世界には魔法がある。
貴族の子供は、ある程度の年齢になると魔力の適性を調べられる。
その後、家庭教師や専門の教師から基礎を学ぶのが一般的だ。
レオンハルトも、まだ本格的な魔法教育は受けていない。
つまり、俺は今、教わってもいない魔法を使った可能性がある。
「……まずいな」
もし勝手に魔導装置を壊したら、どうなる?
ただでさえ借金で苦しんでいる家だ。
余計な修理費用なんて増やしたくない。
俺は両手を見つめた。
小さな手。
八歳の子供の手だ。
前世では、何時間もキーボードを叩き、ゲームのデータを解析していた。
今は、まともな工具すら握ったことがない。
だが、この世界には本物の魔法がある。
そして、俺には前世の知識がある。
それを組み合わせれば、何かできるかもしれない。
「……焦るな」
俺は自分に言い聞かせた。
前世でも、改造に失敗して何度もデータを壊した。
原因を調べず、思いつきだけで手を加えたときほど、ひどい結果になったものだ。
だから、今回は慎重にやろう。
まずは、この世界の魔法を学ぶ。
魔導装置の仕組みを調べる。
材料や工具の扱いを覚える。
そして、少しずつ試す。
急いで結果を出そうとしても、ろくなことにならない。
「……よし」
俺は机の引き出しを開けた。
中には、子供用の筆記具と数枚の紙が入っていた。
一本の鉛筆を手に取り、紙の上に文字を書き始める。
『目標その一。ヴァイス家の借金問題を解決する』
『目標その二。魔法と魔導技術を学ぶ』
『目標その三。自分だけのターボナイトを作る』
そこまで書いて、少し考えた。
そして、最後にもう一行加える。
『目標その四。恋愛には関わらない』
……うん。
完璧だ。
今度の人生では、余計なことに振り回されず、自分の好きなことをして生きる。
そのために必要なことは、全部やってやる。
俺は紙を見つめ、満足げに頷いた。
すると、廊下からセドリックの声が聞こえてきた。
「レオン! 元気になったら、また剣の稽古をしようぜ!」
……剣の稽古?
いや、待て。
俺はまだ病み上がりなんだが。
返事をする前に、今度はアルブレヒトの声が響いた。
「セドリック! レオンはまだ休ませておけ!」
「分かってるって! 元気になったらって言っただろ!」
「お前の『元気になったら』は信用できない!」
二人の言い争う声が、廊下の向こうへ遠ざかっていく。
俺は思わず笑ってしまった。
……まあ、悪くない。
少なくとも、この家には守りたいものがある。
父も、母も、兄たちも。
そして、領地で暮らす人々も。
ゲームでは名前すら出てこなかった家族だが、今の俺にとっては、確かに大切な存在だった。
「……絶対に、没落なんてさせないからな」
俺は小さく呟いた。
窓の外では、青い空が広がっている。
遠くの丘の上を、銀色の魔導甲冑を身につけた騎士が飛んでいった。
人間の体に沿った装甲。
背中に取りつけられた小型の魔導推進器。
脚甲から噴き出す青白い光。
騎士は両腕を広げて姿勢を調整しながら、風を切って飛んでいく。
俺は、その姿が見えなくなるまで窓の外を眺めていた。
「……いつか、俺も」
前世では、画面の中でしか作れなかった理想の鎧。
青銀の魔導甲冑。
いつか必ず、自分の手で完成させてやる。
そして、その鎧を身につけて、あの空を飛ぶんだ。
そのための第一歩は、まだ始まったばかりだった。
もっとも、このときの俺は気づいていなかった。
庭で見つけた古い魔導装置が、ヴァイス家の運命を変える最初のきっかけになることを。
そして、その小さな改造が、やがて王国の常識を覆すことになるなんて。
……いや、まずは噴水を直すところからだな。
いきなり世界を変えろと言われても、困る。
俺はただ、好きなものを作って自由に暮らしたいだけなんだから。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
もしこの物語を楽しんでいただけたなら、コメントや星評価を残していただけると大変嬉しいです。皆様のご意見や応援は、私にとって大きな励みになります。
お時間をいただき、本当にありがとうございました!




