第47話 四機の魔導機甲、ついに誕生! 自信を持てない少年と、三人の少女がくれた勇気!
人は、生まれ変われば変われるのだろうか。
姿が変われば。
名前が変われば。
生きる世界さえ変われば。
前の人生で抱えていた弱さも、すべて消えてなくなるのだろうか。
俺は、そう思っていた時期があった。
だって、今の俺はレオンハルト・ヴァイス。
八歳の男爵家の三男だ。
魔法が使える。
魔導機甲を設計できる。
大切な家族がいて、信頼できる仲間もいる。
前世では想像すらできなかった毎日を送っている。
それなのに。
――もし、失敗したら?
――もし、俺のせいで誰かが傷ついたら?
――もし、今まで積み上げてきたものが全部壊れたら?
そんな考えが、突然頭の中に浮かぶことがある。
考えたくない。
でも、浮かんでくる。
何度も、何度も。
……本当に、困ったものだ。
どうやら俺は、生まれ変わっても、自分の心まで簡単に変えられるわけではなかったらしい。
◇
王都の魔導騎士団がヴァイス領に到着してから、数日が経過した。
毒竜の討伐は、まだ完了していない。
セレスティア隊長は森の封鎖を継続し、王都から追加の防毒装備と専門の調査員が到着するのを待っていた。
その間、俺たちの屋敷でも一つの計画が動き始めていた。
場所は、ヴァイス家の工房。
俺の目の前には、四枚の大きな設計図が広げられている。
《オメガ》。
《ヴァーミリオン・フォックス》。
《セイレーン》。
そして、《プリンセス・ヴァルキュリア》。
これまで何度も書き直してきた、俺たち四人の魔導機甲だ。
「……アリア」
『はい、レオンハルト』
左手首の黒い腕輪から、落ち着いた声が返ってきた。
「これまでの設計データ、全部確認できる?」
『可能です。ただし、保存されている情報には未検証の設計案が含まれています』
「うん。それも含めて見直したい」
『了解しました』
腕輪の表面に、淡い青色の光が灯った。
机の上へ、半透明の立体図が浮かび上がる。
最初に現れたのは、オメガだった。
青と銀の装甲。
背部の四基の推進器。
そして、何度も俺を悩ませてきた右膝の関節。
『オメガ試作零号機。既存の試験記録を統合します』
立体図の右膝が赤く光った。
『側方荷重に対する補強案を再評価。従来案では、負荷が上部支持部へ集中します』
「……やっぱりか」
『しかし、支持部を独立させず、腰部フレームまで荷重を分散させる構造であれば、改善が見込めます』
俺は目を見開いた。
「……それだ!」
思わず椅子から立ち上がる。
そうか。
膝だけを強くするんじゃない。
機体全体で衝撃を受け止めるんだ。
「アリア、ほかの三機にも共通の骨格を使えないかな?」
『検討します』
立体図が四つに分かれた。
細身の赤い機体。
流線形の白い機体。
盾を持つ銀色の機体。
それぞれ異なる姿をしている。
だが、その内部構造を重ね合わせると――。
『共通骨格の採用により、部品の種類を削減できる可能性があります』
「……本当!?」
『はい。ただし、各機の重量配分と操縦者の身体的特徴に合わせた調整が必要です』
俺は、設計図を見つめた。
……できる。
これなら。
四機を、同じ基礎技術から作れるかもしれない。
だが、その瞬間だった。
胸の奥に、嫌な感覚が広がった。
――本当に?
――そんな簡単にできるはずがない。
――お前が作って、誰かが怪我をしたらどうする?
俺の手が止まった。
……まただ。
また、始まった。
◇
前世の俺は、春樹という名前だった。
二十五歳。
日本で働く、ごく普通の会社員。
仕事は情報システム関係。
毎日パソコンに向かい、プログラムを修正したり、不具合を調べたりしていた。
決して、特別な人間ではなかった。
むしろ。
俺は、自分に自信がなかった。
何かを完成させても、素直に喜べない。
上司に褒められても、どこかで疑ってしまう。
――本当に大丈夫なのか?
――見落としがあるんじゃないか?
――明日、突然問題が起きるんじゃないか?
そう考えて、何度も同じ作業を確認した。
確認して、少し安心する。
でも、しばらくすると別の不安が浮かんでくる。
また確認する。
そして、また不安になる。
……終わりがなかった。
ある夜のことを、今でも覚えている。
時計は、午前二時を過ぎていた。
明日も仕事なのに、眠れなかった。
部屋の電気を消して、布団に入っている。
それなのに、頭の中では嫌な想像が次々と浮かんでいた。
実際には何も起きていない。
誰かに何かを言われたわけでもない。
ただ、俺の頭の中に浮かんだだけの考えだった。
それでも、怖かった。
――もし、あんなことになったら?
――もし、取り返しのつかないことが起きたら?
――もし、この不安が消えなかったら?
「……もう、やめてくれよ」
暗い部屋で、俺は呟いた。
考えたくないのに。
考えれば考えるほど、頭から離れなくなる。
安心できる理由を探して、何度も自分に言い聞かせた。
けれど、しばらくすると、また別の疑問が生まれた。
あのころの俺は、知らなかった。
頭に浮かんだ考えを、一つ残らず解決する必要なんてないことを。
不安を完全に消さなければ、眠ってはいけないわけではないことを。
……そして。
怖がっている自分を、責めなくてもよかったことを。
◇
「……レオンハルト?」
アリアの声で、俺は我に返った。
「……あ」
『先ほどから応答がありません。体調に異常がありますか?』
「……いや」
俺は、慌てて首を横に振った。
「大丈夫」
『心拍数が上昇しています』
「……ちょっと考え事をしてただけ」
『了解しました。ただし、休息を推奨します』
俺は、設計図へ目を戻した。
……本当に、できるのかな。
四機も。
しかも、みんなが乗る機体を。
俺は、八歳だ。
前世の知識があるとはいえ、魔導機甲の専門家だったわけじゃない。
アリアがいる。
父上もいる。
職人たちもいる。
だけど。
――もし、俺の判断が間違っていたら?
その考えが浮かんだ瞬間、俺は反射的に設計図を見直そうとした。
……待て。
さっき、確認したばかりだ。
新しい問題が見つかったわけじゃない。
ただ、怖くなっただけ。
それなのに、また最初から確認しようとしている。
「……はあ」
俺は、鉛筆を置いた。
「……情けないな」
小さく呟いた。
そのときだった。
「誰が情けないって?」
「……えっ?」
振り返ると、工房の入り口に三人の少女が立っていた。
リナ。
エリス。
そして、マルタ。
リナは腰に手を当て、俺をじっと見つめていた。
「レオン、また一人で難しい顔してる!」
「……リナ」
「何かあったの?」
俺は、慌てて笑顔を作った。
「……何でもないよ」
しかし。
「嘘!」
「……え?」
リナは、ずかずかと近づいてきた。
「レオン、何でもないときはそんな顔しないもん!」
……うっ。
鋭い。
エリスも、心配そうに俺を見つめた。
「……レオンくん。疲れてる?」
「……少しだけ」
マルタは、机の上の設計図を見た。
そして、静かに口を開いた。
「……四機の設計で、お悩みですか?」
俺は、少し迷った。
……どうしよう。
こんなことを話したら、変に思われるだろうか。
八歳の子供が、こんなことを考えているなんて。
……いや。
俺も、今は八歳なんだけど。
「……みんな」
俺は、ゆっくり口を開いた。
「……怖いんだ」
三人が、静かになった。
「……何が?」
リナが尋ねた。
俺は、設計図を見つめた。
「……四機を作ること」
「……え?」
「もし、俺の作った機体が壊れたら……」
言葉が詰まった。
「もし、みんなが怪我をしたら……」
俺は、拳を握った。
「……俺、そんなの嫌なんだ」
エリスが、静かに俺の隣へ来た。
「……レオンくん」
「それに……」
俺は、俯いた。
「……俺、本当は自分に自信がないんだ」
リナが、目を丸くした。
「……ええっ!?」
「魔法も、機械も、全部まだ勉強中で……」
俺は、苦笑した。
「アリアがいなかったら、ここまでできなかったと思う」
そして。
「……俺って、本当にすごいのかな」
その言葉を口にした瞬間。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
「……ただ、運がよかっただけなんじゃないかな」
沈黙が落ちた。
……言ってしまった。
こんなこと、誰にも話すつもりはなかったのに。
俺は、俯いたまま動けなかった。
すると。
「……レオン!」
リナの声が響いた。
「……え?」
顔を上げた瞬間。
つんっ!
リナの指先が、俺の頬を軽くつついた。
「……いたっ!?」
いや、痛くはない。
ただ、びっくりした。
「もう!」
リナは、頬を膨らませた。
「レオンは、どうして自分のことになると、そんなに弱気なの!?」
「……だって」
「だってじゃない!」
彼女は、俺の目をまっすぐ見つめた。
「レオンは、あたしを助けてくれた!」
「……リナ」
「エリスも助けてくれた! マルタだって、みんなのこと考えてくれてる!」
リナの尻尾が、大きく揺れた。
「失敗するかもしれないって、そんなの当たり前じゃん!」
俺は、目を瞬かせた。
「……え?」
「だって、まだ作ってないんだよ!?」
……。
確かに。
「だったら、作って、試して、駄目だったら直せばいいじゃん!」
リナは、にっこり笑った。
「それに、あたしだって操縦するんだから、ちゃんと意見を言うよ!」
俺は、言葉を失った。
……そうか。
リナは、ただ俺に守られるだけの存在じゃない。
自分の意思で、俺と一緒に進もうとしているんだ。
「……リナ」
「何?」
「……ありがとう」
すると。
「えへへ!」
リナは、嬉しそうに笑った。
そして、突然。
ちゅっ。
「……え?」
俺の右頬に、柔らかい感触が触れた。
……え?
……えええっ!?
「り、リナ!?」
「元気出た?」
彼女は、悪戯っぽく笑った。
俺の顔が、一気に熱くなる。
「……い、いきなり何するんだよ!」
「えへへ! 応援!」
……応援!?
そんな応援方法があるのか!?
俺が混乱していると。
「……レオンくん」
今度は、エリスが近づいてきた。
「……エリス?」
彼女は、少しだけ頬を赤くしていた。
そして、俺の手をそっと握った。
「……私も、怖いことがあるよ」
俺は、彼女を見た。
「……え?」
「……水の中でも、知らない場所は怖いし……」
エリスは、少しだけ視線を落とした。
「……誰かの役に立てるか、不安になることもあるの」
……エリスも?
彼女は、ゆっくり顔を上げた。
「でも……レオンくんが、私のことを信じてくれたから」
その緑色の瞳が、優しく揺れた。
「……私も、自分にできることを頑張ろうって思えたんだ」
俺は、何も言えなかった。
「だから……」
エリスは、俺の手を少しだけ強く握った。
「……今度は、私がレオンくんを信じる番」
……。
胸の奥が、温かくなった。
「……エリス」
「……うん」
彼女は、小さく微笑んだ。
「……怖いって思っても、いいんだよ」
そして。
そっと、俺の左頬へ顔を近づけた。
ちゅっ。
「……っ!?」
エリスは、真っ赤になって後ろへ下がった。
「……え、えっと……」
両手を胸の前で握りしめる。
「……私も、応援……」
……。
……。
ちょっと待って。
俺の心臓、大丈夫か!?
「エ、エリスまで!?」
「……ご、ごめんなさい!」
「い、いや! 謝らなくていいけど!」
リナが、楽しそうに笑った。
「あはは! レオン、顔真っ赤!」
「リナのせいでもあるだろ!」
「えへへ!」
……まったく。
この二人は。
でも。
不思議だった。
さっきまで、あんなに重かった胸が。
少しだけ、軽くなっていた。
◇
「……レオンハルト様」
最後に、マルタが口を開いた。
「……マルタ」
彼女は、ゆっくり俺の前へ歩いてきた。
その表情は、いつもより少しだけ真剣だった。
「ひとつ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「……うん」
「レオンハルト様は、なぜ魔導機甲を作ろうと思われたのですか?」
俺は、少し考えた。
……なぜ?
最初は。
単純に、格好いいと思ったからだ。
前世で憧れたロボットを、この世界で作ってみたかった。
でも。
今は、それだけじゃない。
「……みんなを守りたいから」
俺は、静かに答えた。
「家族も、友達も……」
そして。
「……この家も、領地も」
マルタは、優しく微笑んだ。
「……そうでございますね」
彼女は、俺の前にしゃがんだ。
今では、俺とほとんど同じ目線だ。
「では、なぜ一人ですべてを背負おうとなさるのですか?」
「……え?」
「私たちは、レオンハルト様のお力になりたいのです」
俺は、目を見開いた。
「……でも」
「私も、以前は軍人でございました」
マルタは、静かに続けた。
「多くの仲間と戦場を共にしました。そこで学んだことがございます」
「……何?」
「一人で何もかもできる者など、おりません」
……。
「優れた指揮官は、仲間を信頼します」
マルタは、俺の手を取った。
「そして、仲間から信頼されることを恐れません」
俺は、俯いた。
「……俺、そんなに立派じゃないよ」
「存じております」
「……えっ!?」
思わず顔を上げた。
マルタは、くすりと笑った。
「レオンハルト様は、まだ八歳でございますから」
「……うっ」
「失敗もなさいます。時には、間違った判断もなさるでしょう」
……。
「ですが、それでよいのです」
彼女は、優しく続けた。
「大切なのは、間違えないことではありません。間違いに気づいたとき、学び直せることです」
俺の胸が、ぎゅっと締めつけられた。
「……マルタ」
「それに」
彼女は、少しだけ微笑んだ。
「レオンハルト様が作ってくださる《プリンセス・ヴァルキュリア》を、私は楽しみにしております」
……。
「今の私に合わせた、新しい魔導機甲」
マルタは、自分の小さな手を見つめた。
「以前の身体に戻れるかどうかは、分かりません」
その声に、ほんの少しだけ寂しさが混じった。
「ですが、私はもう一度、自分の力で誰かを守りたいのです」
そして。
「その願いを、レオンハルト様は受け止めてくださいました」
俺は、息を呑んだ。
「……だから」
マルタは、俺の髪をそっと整えた。
「どうか、ご自身の努力まで否定なさらないでくださいませ」
……。
何かを言おうとした。
でも。
声が出なかった。
目の奥が、熱くなった。
「……あれ?」
俺は、慌てて目をこすった。
……おかしいな。
どうして。
こんなときに。
「……レオンハルト様?」
マルタが、心配そうに俺を見つめた。
俺は、笑おうとした。
「……ごめん」
でも。
うまく笑えなかった。
「……なんか」
ぽろっ。
涙が、一粒落ちた。
「……あれ?」
もう一粒。
ぽろぽろと、涙がこぼれてきた。
……どうしてだろう。
悲しいわけじゃない。
むしろ。
嬉しいはずなのに。
「……俺」
声が震えた。
「……ずっと、怖かったんだ」
三人が、静かに俺を見つめた。
「前から……ずっと」
前世のことを、全部話すわけにはいかない。
でも。
この気持ちだけは、伝えたかった。
「何も起きてないのに……悪いことばっかり考えて……」
涙が止まらなかった。
「……大丈夫だって思っても、また怖くなって……」
俺は、両手で顔を覆った。
「……自分が嫌になることも、あったんだ」
工房が、静かになった。
誰も、笑わなかった。
誰も、馬鹿にしなかった。
ただ。
リナが、俺の右手を握った。
エリスが、左手を握った。
そして。
マルタが、そっと俺の頭を抱き寄せた。
「……レオンハルト様」
優しい声が、耳元で響いた。
「怖かったのでございますね」
「……うん」
「それでも、ここまで頑張ってこられたのですね」
「……うん……!」
俺は、とうとう声を上げて泣いてしまった。
八歳の身体で。
前世の記憶を抱えたまま。
ずっと押し込めていた気持ちが、溢れ出した。
「……うっ……ひっく……」
リナが、俺の手をぎゅっと握った。
「……レオン」
いつもの元気な声ではなかった。
少しだけ、震えていた。
「泣いてもいいよ」
エリスも、小さく頷いた。
「……うん」
そして。
「……私たち、ここにいるから」
……。
その言葉が、胸の奥に染み込んでいった。
俺は、しばらく泣き続けた。
誰も急かさなかった。
誰も、早く泣きやめとは言わなかった。
ただ、三人がそばにいてくれた。
◇
どれくらい経っただろう。
俺は、ようやく涙を拭った。
「……ごめん」
鼻をすすりながら呟く。
「……変なところ、見せちゃった」
すると。
「変じゃないよ!」
リナが、すぐに答えた。
「……え?」
「だって、レオンだって泣くでしょ!」
彼女は、当たり前のように言った。
「泣いたら駄目なんて、誰が決めたの?」
……。
俺は、思わず笑ってしまった。
「……そうだね」
エリスも、微笑んだ。
「……少し、楽になった?」
「……うん」
俺は、頷いた。
胸の奥には、まだ少しだけ不安が残っている。
でも。
それでいいのかもしれない。
不安が完全に消えるまで、何もできないわけじゃない。
怖い考えが浮かんだからといって、それが未来を決めるわけでもない。
……俺は、俺の行動を選べる。
マルタが、静かに微笑んだ。
「……では、レオンハルト様」
「……うん?」
「そろそろ、続きを始めましょうか?」
俺は、目を見開いた。
そして。
「……うん!」
力強く頷いた。
……そうだ。
俺には、やりたいことがある。
守りたい人たちがいる。
作りたいものがある。
怖くてもいい。
不安が残っていてもいい。
俺は、もう一度、設計図へ向き直った。
「……アリア!」
『はい、レオンハルト』
「四機の魔導機甲の開発を始めよう!」
そして、三人を見た。
「……みんなと一緒に!」
リナが、元気よく拳を上げた。
「おーっ!」
エリスも、笑顔で頷いた。
「……うん!」
マルタは、優雅に一礼した。
「喜んで、お手伝いいたします」
アリアの声が響く。
『了解しました。四機共通設計計画を開始します』
青い光が、工房いっぱいに広がった。
◇
――それから、三週間。
ヴァイス家の工房は、かつてないほど忙しくなった。
もちろん、最初から順調だったわけじゃない。
父上に計画を説明したときは、厳しい顔で腕を組まれてしまった。
「……四機だと?」
「はい!」
「レオンハルト。以前も言ったはずだ。予算には限りがある」
「分かっています」
俺は、設計図を広げた。
「だから、四機の部品をできるだけ共通化しました」
父上が、眉を上げた。
「……共通化?」
「はい。内部の骨格や操縦装置の一部を共通にすることで、製作する部品の種類を減らせます」
俺は、さらに続けた。
「それから、最初は戦闘用の武装を完成させません」
「……ほう?」
「まずは、安全に立って、歩いて、停止できる機体を作ります」
父上は、しばらく黙っていた。
そして。
「……予算の内訳は?」
俺は、用意していた書類を差し出した。
ベルンハイムでの修理仕事で得た報酬。
工房に残っていた使用可能な部品。
回収した金属材。
そして、新たに購入しなければならない材料。
アリアと何度も計算し直した一覧表だ。
父上は、ゆっくり目を通した。
「……なるほど」
そして、顔を上げた。
「これなら、最初の組立段階までは進められるかもしれん」
「……本当ですか!?」
「ただし、条件がある」
俺は、背筋を伸ばした。
「はい!」
「安全試験を省略しないこと。予算を超えないこと。そして、危険な作業は必ず大人の職人に任せること」
「分かりました!」
父上は、少しだけ微笑んだ。
「……よし。許可しよう」
その瞬間。
「やったあああっ!」
リナが、飛び跳ねた。
エリスも、嬉しそうに手を叩いた。
マルタは、静かに頭を下げた。
「ありがとうございます、旦那様」
父上は、俺たちを見ながら苦笑した。
「……まったく。賑やかな工房になりそうだな」
◇
最初に取りかかったのは、オメガだった。
既存の試作機を分解し、右膝の構造を見直す。
アリアが提示した新しい荷重分散案をもとに、職人たちが補強材を加工した。
俺は、《魔導構造解析・改変》を使って魔力導管の接続を調整する。
もちろん、無理はしない。
一日に使う魔力量を決め、休憩を挟みながら作業を進めた。
『右膝支持部、接続完了』
「……よし」
『次に、腰部フレームとの連動を確認します』
俺は、試験装置の前に立った。
ゆっくり荷重をかける。
針が動く。
……頼む。
頼むぞ。
前回は、上部支持部へ負荷が集中してしまった。
今回は――。
『荷重分散を確認。前回試験より局所的な負荷が減少しています』
「……っ!」
俺は、目を見開いた。
「……成功?」
『現段階の静的試験では改善が確認されました。ただし、歩行試験と繰り返し荷重試験が必要です』
……そうだよな。
まだ、完成じゃない。
でも。
「……よし!」
俺は、拳を握った。
一歩、前進だ。
◇
次に取りかかったのは、リナの機体だった。
《ヴァーミリオン・フォックス》。
赤と白の軽量装甲。
細身の脚部。
そして、背部から伸びる二本の尾状安定装置。
「うわあああっ!」
リナは、組み上がっていく機体を見上げていた。
「すごい! すごい! 本当に狐みたい!」
「まだ外装だけだけどね」
「それでもすごいよ!」
リナは、嬉しそうに尻尾を揺らした。
俺は、設計図を見ながら説明した。
「この二本の尾は、急に方向を変えるときの姿勢制御を助けるためのものなんだ」
「……へえ!」
「リナが走るとき、尻尾でバランスを取ってるのを参考にしたんだよ」
すると、リナが目を輝かせた。
「じゃあ、あたしの尻尾が先生なんだ!」
「……まあ、そうなるかな」
「あはは!」
彼女は、楽しそうに笑った。
そして、機体の前へ立った。
「……ねえ、レオン」
「……何?」
「これ、本当にあたしが乗っていいの?」
俺は、少し驚いた。
「……もちろん」
「……そっか」
リナは、機体を見上げた。
その表情が、少しだけ柔らかくなった。
「……ありがと」
俺は、微笑んだ。
「どういたしまして」
◇
三機目は、エリスの《セイレーン》。
白と水色の装甲。
水の流れを思わせる曲線的な外装。
そして、水中での姿勢制御を想定した可動式の補助翼。
ただし、今回は陸上での基本動作を優先している。
水中運用は、今後の試験が必要だ。
「……きれい」
エリスは、組み上がった機体を見つめていた。
「……本当に、お魚みたい」
「うん」
俺は、笑顔で頷いた。
「エリスが水の中でも使えるようにしたいんだ」
そして、操縦席の図面を見せた。
「ここ、足を置く部分を取り外せるようにしたんだ」
「……え?」
「人間の脚のときと、尻尾のときで、姿勢を変えられるように」
エリスは、目を丸くした。
「……私のために?」
「もちろん!」
俺は、当たり前のように答えた。
すると。
エリスの目が、少し潤んだ。
「……ありがとう」
「……エリス?」
「……私、嬉しい」
彼女は、機体を見つめた。
「……どっちの姿でも、私でいられるんだね」
俺は、静かに頷いた。
「うん」
……そうだ。
エリスがどんな姿でも。
エリスは、エリスだ。
◇
そして。
最後の一機。
《プリンセス・ヴァルキュリア》。
白と銀の装甲。
濃紺の関節部。
深紅の装飾。
頭部には、小さな王冠を思わせる意匠が施されている。
左腕には、盾を取り付けるための支持部。
右腕には、将来的に槍を装備するための接続機構。
ただし、武装はまだ実装していない。
まずは、安全な操縦が最優先だ。
「……マルタ」
俺は、彼女を呼んだ。
「……はい」
「どうかな?」
マルタは、しばらく何も言わなかった。
ただ、目の前の機体を見つめていた。
……あれ?
気に入らなかったのかな。
俺が少し不安になった、そのとき。
「……美しい」
小さな声が聞こえた。
「……え?」
マルタは、ゆっくり機体へ近づいた。
そして、白銀の装甲へそっと手を触れた。
「……本当に、私のための機体なのですね」
俺は、頷いた。
「うん」
マルタは、静かに目を閉じた。
かつて、彼女は《グランガード》を操縦していた。
仲間を守るために。
何度も、戦場へ立った。
でも、今は身体が小さくなってしまった。
以前の機体には、もう乗れない。
そんな彼女のために。
俺は、新しい機体を作りたかった。
「……レオンハルト様」
マルタが、振り返った。
その瞳には、涙が浮かんでいた。
「……ありがとうございます」
俺は、少し驚いた。
「……マルタ?」
「私……」
彼女は、言葉を探すように一度息を吸った。
「……もう一度、操縦席に座れる日が来るとは、思っておりませんでした」
俺は、胸が熱くなった。
「……まだ、試作機だよ」
「存じております」
マルタは、微笑んだ。
「ですが、それでも十分でございます」
そして、深く頭を下げた。
「……本当に、ありがとうございます」
俺は、慌てて首を横に振った。
「そんな! まだ完成したわけじゃないし!」
「ふふっ」
マルタは、涙を拭いながら笑った。
「では、完成までお付き合いさせていただきます」
「……うん!」
◇
三週間目の終わり。
工房には、四機の魔導機甲が並んでいた。
青と銀の《オメガ》。
赤と白の《ヴァーミリオン・フォックス》。
白と水色の《セイレーン》。
そして、白銀の《プリンセス・ヴァルキュリア》。
まだ、武装は完成していない。
推進器も、本格的な飛行試験を行っていない。
操縦席の安全検査も、これからだ。
だが。
四機とも、基本骨格と外装の組立が完了していた。
俺は、工房の中央に立った。
その隣には、リナ。
エリス。
そして、マルタ。
父上も、少し離れた場所で見守っている。
「……アリア」
『はい、レオンハルト』
「……状況は?」
腕輪が、青く輝いた。
『四機の魔導機甲、初期組立工程完了』
……。
俺は、息を呑んだ。
『共通骨格の接続確認、完了』
『基本魔力導管の接続確認、完了』
『操縦席の初期配置、完了』
『安全検査工程への移行を推奨します』
……できた。
本当に。
四機が。
俺の目の前に、立っている。
「……すごい」
思わず、呟いた。
リナが、飛び跳ねた。
「やったああああっ!」
エリスも、嬉しそうに手を叩いた。
「……できたんだね!」
マルタは、静かに微笑んでいた。
「……お見事でございます、レオンハルト様」
父上も、満足そうに頷いた。
「……よく頑張ったな」
俺は、四機を見上げた。
……でも。
胸の奥で、また小さな声がした。
――本当に大丈夫なのか?
――まだ、問題があるかもしれない。
――失敗したらどうする?
俺は、静かに目を閉じた。
……うん。
分かってる。
不安は、まだある。
きっと、明日もあるかもしれない。
でも。
俺は、もう知っている。
その考えが浮かんだからといって、すべてをやり直す必要はない。
必要な検査は、これからちゃんと行う。
危険が見つかれば、直せばいい。
そして。
俺は、一人じゃない。
「……みんな」
三人が、俺を見た。
「……ありがとう」
リナが、にっこり笑った。
「どういたしまして!」
エリスも、優しく微笑んだ。
「……こちらこそ」
マルタは、静かに頭を下げた。
「これからも、共に歩ませていただきます」
俺は、笑った。
今度は。
無理に作った笑顔じゃなかった。
心からの笑顔だった。
「……よし!」
俺は、拳を握った。
「次は、安全試験だ!」
「おーっ!」
リナが、元気よく拳を上げた。
エリスも、笑顔で頷いた。
マルタは、少しだけ楽しそうに微笑んだ。
そして。
俺たちの前には、四機の魔導機甲が並んでいた。
まだ、完成ではない。
まだ、戦場へ出られるわけでもない。
でも。
確かに、ここまで来た。
前世の俺なら、きっと信じられなかっただろう。
自分が、こんなものを作れるなんて。
こんな仲間たちに囲まれるなんて。
そして。
怖いままでも、前へ進めるなんて。
俺は、オメガを見上げた。
「……これからも、よろしくな」
青と銀の機体は、何も答えない。
ただ、静かにそこに立っていた。
けれど。
俺には、その姿が少しだけ誇らしく見えた。
――自信とは、恐怖が消えたときに生まれるものではない。
怖くても、自分の大切なものを選び続ける。
その積み重ねが、いつか自分を信じる力になるのかもしれない。
俺は、そう思った。
そして、三人の仲間たちと一緒に、新しい一歩を踏み出した。
四機の魔導機甲。
四人の小さな騎士。
彼らの物語は、今、ようやく新しい段階へ進もうとしていた。
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