第46話 王都から来た魔導騎士! 毒竜討伐隊と少年が見た本物の戦場!
強い魔導機甲とは、どんな機体だろう。
巨大な剣を振るう機体?
空を自由に飛び回る機体?
それとも、一撃でドラゴンを倒せるほどの魔力を持つ機体?
以前の俺なら、きっと目を輝かせながら答えていただろう。
――全部だ!
だって、格好いいじゃないか。
前世でロボットアニメを見ていた俺にとって、最強の機体を作ることは夢の一つだった。
だけど。
あの毒竜と遭遇してから、少しだけ考え方が変わった。
どれほど強力な武器を持っていても、仲間を守れなければ意味がない。
そして何より。
操縦者が生きて帰れなければ、どんな勝利にも意味がない。
そんなことを考えていた俺の前に、その日、本物の魔導騎士たちが現れた。
◇
毒竜との遭遇から三日が経った。
森への立ち入りは禁止されたままだ。
父上は警備兵を増員し、周辺の村にも注意を呼びかけていた。
森から流れる小川についても、安全が確認されるまでは取水を停止している。
俺が考案した魔力反応測定器は、まだ試作段階だ。
安全な水を基準にして魔力の変化を記録することはできたものの、それだけで毒の有無を判定することはできない。
そのため、父上は専門の調査員が到着するまで、汚染が疑われる水には誰も触れないよう命じていた。
……当然だよな。
俺の作った道具を過信して、誰かが毒に触れてしまったら大変だ。
そんなわけで。
今日は工房で、オメガの右膝の設計図を眺めていた。
「……うーん」
俺は、鉛筆を指先で回した。
机の上には、二種類の補強案が並んでいる。
一つは、膝の外側に補助支柱を追加する方法。
もう一つは、膝だけでなく、太腿側の支持部にも力を分散させる方法だ。
前回の実験では、膝を補強すると別の場所に負担が集中してしまった。
だから、今回は荷重の逃げ道そのものを見直したい。
……とはいえ。
まだ実験するわけにはいかない。
魔力の消耗から回復したばかりだし、父上からも無理な作業は禁止されている。
「レオンハルト様」
「……ん?」
顔を上げると、マルタが立っていた。
濃紺の上着に銀色の縁取り。
胸元の深紅のリボンが、窓から差し込む光を受けて揺れている。
「少し休憩なさってはいかがでしょうか?」
「まだ、そんなに作業してないよ?」
「ですが、先ほどから同じ図面を十五分ほど見つめておられます」
「……えっ?」
俺は、時計を見た。
……本当だ。
マルタは、くすりと笑った。
「考えることも、大切な仕事でございます。ですが、休むこともお忘れなく」
「……はい」
俺が素直に頷くと、彼女は満足そうに微笑んだ。
そのときだった。
屋敷の外から、鐘の音が響いた。
カラン、カラン、カラン!
「……あれ?」
俺は、窓の方を見た。
あの鐘は、来客を知らせるものだ。
ただし、いつもより鳴らす回数が多い。
「……何かあったのかな?」
マルタも、窓の外へ目を向けた。
「確認してまいりましょう」
そして、俺たちは工房を出た。
◇
屋敷の正門前には、見慣れない馬車が停まっていた。
青と銀の装飾が施された大型の馬車。
その側面には、王国の紋章が描かれている。
さらに。
「……うわあ」
俺は、思わず声を漏らした。
馬車の後ろには、巨大な魔導機甲が二機並んでいた。
一機は、濃紺と銀色を基調とした重装甲型。
肩には王国の紋章。
右腕には大型の盾が取り付けられ、左腰には長い剣を装備している。
もう一機は、白銀の装甲に青い魔力導管が走る機動型だった。
背中には短い補助推進器が二基。
脚部は細身だが、関節周辺には複数の補強材が見える。
……すごい。
……本物だ。
俺は、目を輝かせた。
前世のロボットアニメで見たような、軍用機。
しかも、実際に戦場で使われている機体だ。
「……レオンハルト様」
マルタが、少しだけ呆れたように言った。
「お気持ちは分かりますが、まずはご挨拶を」
「……あっ!」
危ない。
完全に機体へ夢中になっていた。
俺が姿勢を正すと、馬車の扉が開いた。
中から、一人の女性が降りてくる。
銀色の長い髪。
澄んだ青い瞳。
濃紺の軍服には銀色の刺繍が施され、肩には王国軍の階級章が輝いていた。
年齢は、二十代後半くらいだろうか。
背筋を伸ばした姿からは、落ち着いた威厳が感じられる。
女性は父上の前へ進み、右手を胸に当てた。
「王立魔導騎士団、第三討伐中隊所属。セレスティア・ローゼンベルクです」
そして、静かに頭を下げた。
「毒竜出現の報告を受け、調査および討伐の任務で参りました」
父上も、丁寧に頭を下げた。
「ヴァイス男爵家当主、ラインハルト・ヴァイスです。遠路はるばる、ありがとうございます」
「いえ。竜種の出現は、周辺領地にも影響する問題です」
セレスティアは、真剣な表情で続けた。
「まずは状況を確認させてください」
……格好いい。
俺は、思わず見入ってしまった。
すると、彼女の視線が俺へ向いた。
「……そちらの少年は?」
父上が答えた。
「息子のレオンハルトです」
「……なるほど」
セレスティアは、俺の前にしゃがんだ。
そして、目線を合わせる。
「君が、毒竜と遭遇した少年ですね?」
「……はい!」
「報告書を読みました」
彼女は、少しだけ微笑んだ。
「仲間を率いて脱出したそうですね」
俺は、慌てて首を横に振った。
「みんなが助けてくれたんです!」
「……そうですか」
セレスティアは、俺をじっと見つめた。
そして。
「それは、良い答えです」
「……え?」
「一人で戦ったと思い込む指揮官より、仲間の働きを覚えている指揮官の方が信頼できますから」
俺は、少しだけ照れくさくなった。
「……ありがとうございます」
セレスティアは立ち上がり、父上へ向き直った。
「では、詳しいお話を伺いましょう」
◇
会議室には、ヴァイス領の地図が広げられていた。
父上。
セレスティア。
同行した四人の魔導騎士。
そして、俺とマルタ。
トーマスも、護衛として同席している。
セレスティアは、地図を指差した。
「毒竜が現れたのは、この地点ですね?」
「はい」
俺は、森の小川の近くを指差した。
「最初に植物の変色を見つけたのが、ここです」
「……なるほど」
「そのあと、緑色の霧が流れてきました」
セレスティアは、手帳へ書き込んだ。
「毒霧の範囲は?」
「正確には分かりません。でも、風で一時的に進路から遠ざけることはできました」
「……風属性魔法を?」
「はい」
彼女は、少し驚いたように俺を見た。
「君が使ったのですか?」
「……はい」
「ほかには?」
「火と水を少しだけ」
セレスティアは、しばらく黙っていた。
そして。
「……八歳で複数属性を扱えるのですね」
俺は、少しだけ首を傾げた。
「……珍しいんですか?」
「珍しくはあります。ただし、複数属性を使えることと、戦闘で自在に扱えることは別です」
……うん。
それは、身に染みて分かっている。
昨日は、魔力を使いすぎて倒れそうになった。
「……まだ、練習中です」
「それでよいのです」
セレスティアは頷いた。
「自分の限界を知ることは、騎士にとって重要ですから」
そのとき。
「失礼いたします」
扉が開いた。
リナとエリスが、アンナに付き添われて入ってきた。
「レオン!」
「……レオンくん」
俺は、笑顔で手を振った。
「二人とも!」
セレスティアが、彼女たちを見た。
「こちらが、同行していたお二人ですね」
リナは、元気よく胸を張った。
「うん! あたし、リナ!」
エリスは、少し緊張しながら頭を下げた。
「……エリスです」
「よろしくお願いします」
セレスティアは、優しく微笑んだ。
「怖い思いをしたでしょう。無理に思い出さなくても構いませんが、覚えていることがあれば教えてください」
リナは、少し考えた。
「……変な匂いがしたの」
「匂い?」
「うん。苦くて、鼻が痛くなるような感じ」
セレスティアは、手帳へ書き込んだ。
「なるほど。獣人の嗅覚が、早期発見に役立ったのですね」
「……えへへ」
リナの尻尾が、少しだけ揺れた。
次に、エリスが口を開いた。
「……小川の魔力が、変だったんです」
「魔力が?」
「……はい。水の流れとは違う方向に、嫌な感じの魔力が混じっていて……」
セレスティアは、真剣に耳を傾けた。
「それは、重要な情報です」
エリスが、目を瞬かせた。
「……本当ですか?」
「はい。ただし、魔力の異常だけで毒の有無を判断することはできません。専門の検査が必要になります」
「……はい」
エリスは、静かに頷いた。
俺は、その様子を見ながら少し嬉しくなった。
……よかった。
二人の経験が、ちゃんと役に立っている。
◇
会議が一段落したころだった。
セレスティアが、ふとマルタへ視線を向けた。
「……ところで」
「はい?」
「先ほどから、気になっていたのですが……」
彼女は、マルタの顔をじっと見つめた。
「あなたのお名前を、伺っても?」
マルタは、丁寧に頭を下げた。
「マルタと申します。現在は、ヴァイス男爵家にお仕えしております」
その瞬間。
セレスティアの表情が変わった。
「……マルタ?」
「はい」
「……まさか」
彼女は、ゆっくりと目を見開いた。
「以前、王国軍で《グランガード》を操縦していた……?」
……え?
俺は、思わずマルタを見た。
マルタも、少し驚いたようだった。
「……その機体をご存じなのですか?」
「知っているも何も……」
セレスティアは、信じられないという表情を浮かべた。
「私は、かつて合同演習で《グランガード》と行動したことがあります」
……ええっ!?
俺は、目を丸くした。
マルタと、この人が!?
セレスティアは、懐かしそうに続けた。
「あのとき、味方の輸送隊を守るため、何度も敵の攻撃を受け止めていましたね」
マルタは、少しだけ目を細めた。
「……ああ」
そして。
「もしかして、あのときの若い騎士様でございますか?」
セレスティアが、微笑んだ。
「覚えていてくださったのですね」
「もちろんでございます」
マルタは、静かに頭を下げた。
「お久しぶりでございます、セレスティア様」
……すごい。
まさか、こんなところで再会するなんて。
しかし。
セレスティアは、再びマルタを見つめた。
「……ですが」
その声には、戸惑いが混じっていた。
「あなたは、どうしてそのようなお姿に?」
……あ。
そうだ。
今のマルタは、八歳ほどの少女の姿をしている。
かつての軍人仲間からすれば、信じられない光景だろう。
マルタは、少しだけ視線を落とした。
「……事情がございまして」
セレスティアは、すぐに表情を改めた。
「……失礼しました」
「いえ」
「お話しできない事情なら、無理に伺うつもりはありません」
マルタは、少しだけ安心したように微笑んだ。
「ありがとうございます」
セレスティアも、柔らかく微笑んだ。
「ですが、ひとつだけ」
「……はい?」
「あなたが《グランガード》の操縦者だったことは、忘れていません」
マルタが、目を見開いた。
セレスティアは、静かに続けた。
「あのとき、あなたの盾がなければ、私たちの部隊は無事に帰れなかったでしょう」
……。
マルタは、しばらく何も言わなかった。
そして。
「……身に余るお言葉でございます」
小さく頭を下げた。
その声が、ほんの少しだけ震えていたことに、俺は気づいた。
◇
午後。
セレスティアの許可を得て、俺たちは魔導機甲の整備を見学することになった。
もちろん、機体へ触れることは禁止だ。
整備区域の外側から、作業を眺めるだけ。
それでも。
「……すごい!」
俺は、目を輝かせた。
目の前に立つのは、濃紺と銀色の重装甲機。
機体の高さは、およそ四メートル。
オメガよりも、はるかに大きい。
セレスティアが、隣へ立った。
「こちらは《ガーディアン・ランサー》です」
「……ガーディアン・ランサー!」
「防御と前線維持を目的とした機体です」
俺は、機体を見上げた。
肩の装甲。
腕部の盾。
脚部の補強材。
……なるほど。
防御を重視した設計だ。
「……あの」
「何でしょう?」
「この機体、毒の霧が入ってこないようになっているんですか?」
セレスティアは、少し驚いたように俺を見た。
「よく気づきましたね」
そして、胸部の装甲を指差した。
「操縦席には、外気を遮断するための密閉構造があります」
「……密閉構造」
「ただし、完全ではありません。損傷すれば、毒が侵入する危険があります」
俺は、真剣に頷いた。
……そうか。
どれほど頑丈でも、壊れたら危険なんだ。
セレスティアは、続けた。
「さらに、内部の空気を浄化するための魔導装置も搭載しています」
「……すごい!」
俺は、思わず身を乗り出した。
……オメガには、そんなものはない。
今のオメガは、操縦席の安全性も十分とは言えない。
もし、毒竜のような相手と戦ったら。
……危険すぎる。
俺は、手帳を取り出した。
『操縦席の密閉構造』
『外気遮断』
『緊急脱出装置』
……よし。
忘れないようにしよう。
そのとき。
「レオンハルト君」
「……はい?」
セレスティアが、少しだけ微笑んだ。
「君は、魔導機甲が好きなのですね」
「……はい!」
「自分でも、作っているとか?」
俺は、少し驚いた。
「……どうして分かったんですか?」
「機体を見る目が、普通の子供とは違いますから」
……えへへ。
少し、照れくさいな。
「……まだ、試作機ですけど」
「そうですか」
セレスティアは、興味深そうに頷いた。
「いつか、見せていただきたいものです」
俺は、目を輝かせた。
「……本当ですか!?」
「ええ。ただし、まずは安全性を十分に確認してからですね」
「……はい!」
……うん。
やっぱり、そこが一番大切なんだ。
◇
その日の夕方。
討伐隊は、森へ向けて出発した。
セレスティアを含む五人の騎士。
そして、二機の魔導機甲。
俺たちは、屋敷の門の前で見送った。
「……レオン」
リナが、少し不安そうに呟いた。
「……大丈夫かな?」
俺は、森の方を見た。
……分からない。
相手は、あの毒竜だ。
いくら王国の騎士でも、危険なことに変わりはない。
「……きっと、慎重に行動してくれるよ」
俺が答えると、マルタも頷いた。
「セレスティア様は、経験豊富な騎士でございます」
「……そうなんだ」
「はい。無謀な戦いを好む方ではございません」
俺は、少しだけ安心した。
……そうか。
なら、きっと大丈夫。
……いや。
そう思い込むのは、よくない。
戦場では、何が起こるか分からない。
だからこそ、俺たちは帰還を待つしかないんだ。
◇
森の中。
セレスティアは、機動型魔導機甲の操縦席に座っていた。
目の前には、複数の魔導計器が並んでいる。
『魔力供給――正常』
『脚部駆動――正常』
『外気遮断装置――作動』
セレスティアは、通信装置へ声をかけた。
「こちらファルコン。周辺の状況は?」
『ガーディアン・ランサーより報告。前方に植物の変色を確認』
「了解」
彼女は、慎重に機体を進めた。
森の奥へ入るにつれて、空気が重くなっていく。
木々の葉は黒ずみ、地面には奇妙な染みが広がっていた。
そして。
グルルルル……。
低い唸り声が響いた。
セレスティアの表情が、険しくなる。
「……来たわね」
木々の間から、巨大な影が現れた。
紫黒色の鱗。
緑色の瞳。
鋭い牙。
毒竜。
その姿を確認した瞬間、セレスティアは通信装置へ叫んだ。
「全機、警戒!」
『了解!』
毒竜が、翼を広げた。
そして。
グオオオオッ!
巨大な咆哮とともに、緑色の霧が吐き出された。
「防御態勢!」
ガーディアン・ランサーが、巨大な盾を構えた。
ドォン!
毒霧が、盾へ激突する。
ジュウウウ……!
表面の装甲が、黒く変色した。
『隊長! 盾の外装に腐食反応!』
「……予想以上ね」
セレスティアは、目を細めた。
毒竜は、さらに翼を広げた。
次の瞬間。
巨大な尾が、横薙ぎに振り払われる。
「回避!」
シルバー・ファルコンが、後方へ跳んだ。
しかし。
バキィッ!
尾の先端が、近くの大木をへし折った。
倒れた木が、地面へ激突する。
ドォン!
土煙が舞い上がった。
『隊長! このままでは……!』
「分かっている!」
セレスティアは、操縦桿を握りしめた。
……この毒竜。
単なる若い個体ではない。
毒の濃度も、攻撃範囲も、予想以上だ。
しかも、森の中では大型魔導機甲の機動力が制限される。
無理に戦えば、機体だけでなく、周囲の環境にも被害が広がる。
セレスティアは、すぐに判断した。
「……撤退する!」
『えっ!?』
「これ以上の交戦は危険よ! 毒の性質を調べ、対策を整えてから再出撃する!」
『了解!』
ガーディアン・ランサーが、盾を構えながら後退する。
シルバー・ファルコンも、慎重に距離を取った。
毒竜は、しばらく二機を睨みつけていた。
しかし、深追いすることなく、森の奥へ姿を消した。
セレスティアは、静かに息を吐いた。
「……なるほど」
そして、通信装置へ呟いた。
「この相手は、準備なしで倒せる魔物ではないわね」
◇
夜。
討伐隊が屋敷へ戻ってきた。
俺たちは、会議室で報告を待っていた。
セレスティアが、父上へ頭を下げた。
「申し訳ありません。毒竜の討伐には至りませんでした」
父上は、静かに頷いた。
「……状況は?」
「毒の腐食性が予想以上に強く、装甲の一部に損傷が発生しました」
俺は、息を呑んだ。
……あの軍用機の装甲が!?
セレスティアは、続けた。
「幸い、隊員に負傷者はいません。しかし、現状の装備で正面から戦うのは危険です」
父上は、しばらく考え込んだ。
「……では、どうする?」
「追加の防毒装備と、専門の調査員を要請します」
セレスティアは、真剣な表情で答えた。
「それまで、森の封鎖を続けてください」
「……承知した」
俺は、静かに拳を握った。
……やっぱり。
毒竜は、簡単に倒せる相手じゃない。
あんなに立派な魔導機甲でも、危険なんだ。
そのとき。
「レオンハルト君」
セレスティアが、俺へ声をかけた。
「……はい?」
「少し、お話しできますか?」
「……もちろんです」
◇
俺たちは、屋敷の中庭へ出た。
夜風が、静かに吹いている。
空には、星が輝いていた。
セレスティアは、しばらく黙っていた。
そして。
「……君は、今日の戦いをどう思いましたか?」
俺は、少し考えた。
「……怖いと思いました」
「……そうですか」
「でも、すごいとも思いました」
セレスティアが、少しだけ微笑んだ。
「……何がですか?」
「……撤退したことです」
彼女は、少し驚いたように俺を見た。
「……撤退?」
「はい」
俺は、静かに続けた。
「俺だったら、もしかしたら無理に戦おうとしたかもしれません」
セレスティアは、黙って聞いていた。
「でも、セレスティアさんは、危険だと分かったらすぐに撤退しました」
俺は、彼女を見上げた。
「……それって、すごく勇気がいることだと思います」
セレスティアは、しばらく何も言わなかった。
そして。
「……ふふっ」
小さく笑った。
「君は、面白い少年ですね」
「……え?」
「普通の子供なら、ドラゴンを倒せなかったことを残念がるでしょう」
俺は、少しだけ照れくさくなった。
「……そうかもしれません」
セレスティアは、夜空を見上げた。
「ですが、君の言う通りです」
そして、静かに続けた。
「騎士にとって、勝利は大切です」
「……はい」
「しかし、勝利のために仲間の命を無駄にすることは、決して許されません」
俺は、真剣に頷いた。
セレスティアは、俺へ視線を戻した。
「レオンハルト君」
「……はい?」
「君は、魔導機甲を作っているのでしたね」
「……はい!」
「なら、ひとつ覚えておいてください」
彼女は、静かに言った。
「強い機体とは、敵を倒す機体ではありません」
俺は、息を呑んだ。
「……え?」
「操縦者を、生きて帰す機体です」
……。
その言葉が、胸の奥へ深く響いた。
操縦者を。
生きて帰す機体。
……そうか。
俺は、ゆっくりと拳を握った。
……オメガ。
俺が作ろうとしている機体。
青と銀の装甲。
四基の推進器。
そして、いつか空を飛ぶための機構。
でも。
それだけじゃ、足りない。
操縦者を守る装甲。
緊急停止装置。
安全な魔力供給。
そして、万が一のときに脱出できる仕組み。
……全部、必要なんだ。
俺は、セレスティアを見上げた。
「……ありがとうございます」
彼女は、微笑んだ。
「どういたしまして」
そして、俺の頭を優しく撫でた。
「いつか、君の作った機体を見られる日を楽しみにしています」
「……はい!」
俺は、力強く頷いた。
◇
その夜。
俺は、自分の部屋で設計図を広げていた。
机の上には、オメガの図面が置かれている。
青と銀の機体。
四基の推進器。
そして、まだ改良途中の右膝。
俺は、鉛筆を手に取った。
そして、設計図の余白へ新しい文字を書き込んだ。
『オメガ改良計画――安全性最優先』
その下に。
『第一目標:右膝の荷重分散』
『第二目標:操縦席の保護』
『第三目標:緊急脱出機構』
……よし。
もちろん、全部を一度に作ることはできない。
予算も、材料も、時間も限られている。
だから。
まずは、一つずつ。
確実に。
安全に。
俺は、設計図を見つめた。
……オメガ。
いつか、お前と一緒に空を飛びたい。
でも。
その前に。
俺は、お前を信頼できる機体にしたい。
どんな危険が起きても、操縦者を守れるように。
そして。
いつか、リナの《ヴァーミリオン・フォックス》。
エリスの《セイレーン》。
マルタの《プリンセス・ヴァルキュリア》。
四機が並び立つ日が来たら。
俺は、みんなを率いて戦うことになるのかもしれない。
そのとき。
誰も失わないために。
俺は、もっと学ばなければならない。
……技術を。
……魔法を。
……そして、指揮官としての責任を。
俺は、静かに微笑んだ。
「……必ず、完成させる」
小さく呟いた。
その声は、夜の静かな部屋へ溶けていった。
窓の外では、星が輝いている。
そして、遠く離れた森の奥では。
紫黒色の鱗を持つ毒竜が、静かに翼を休めていた。
その瞳は、暗闇の中で緑色に輝いている。
まだ、誰も知らなかった。
この毒竜との遭遇が、レオンハルト・ヴァイスの未来に、どれほど大きな影響を与えることになるのかを。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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