第45話 毒竜の爪痕! 領地を守るため、少年騎士が選んだ新たな戦い!
――強くなりたい。
昨日までの俺は、その言葉を少し簡単に考えていたのかもしれない。
強力な魔法を覚えること。
優れた魔導機甲を作ること。
誰にも負けない力を手に入れること。
もちろん、それらも大切だ。
けれど、毒竜と遭遇したあの日、俺は別のことを学んだ。
どれほど強い力を持っていても、守りたい人たちを危険にさらしてしまったら意味がない。
そして、戦わずに済む方法があるのなら、それを選ぶ勇気も必要なのだ。
……とはいえ。
まさか、毒竜との遭遇から一夜明けただけで、こんな騒ぎになるとは思わなかった。
◇
「レオンハルト様。お目覚めでございますか?」
「……うん」
朝。
俺は、聞き慣れた声で目を覚ました。
窓から差し込む陽光が、部屋の床を明るく照らしている。
ベッドのそばには、マルタが立っていた。
栗色の髪を銀色の髪留めでまとめ、白いブラウスに深紅のリボン。
濃紺の上着とプリーツスカートには銀色の縁取りが施され、肩には小さな青いケープが掛かっている。
見た目は俺と同じくらいの少女だが、その立ち居振る舞いは相変わらず落ち着いていた。
「……マルタ」
「はい?」
「身体は大丈夫?」
昨日、彼女は何度も土属性の魔法を使っていた。
しかも、毒竜の攻撃を防ぐために。
俺は、そのことが気になっていた。
マルタは少し驚いたように目を瞬かせた。
そして、柔らかく微笑んだ。
「ご心配ありがとうございます。十分に休ませていただきましたので、今朝は問題ございません」
「……本当?」
「はい。ただし、今日は大きな魔法を使わないよう、旦那様から申しつかっております」
「……そっか」
俺は、ほっと息を吐いた。
すると、マルタが少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
「それより、レオンハルト様」
「……何?」
「ご自身のお身体はいかがですか?」
「……え?」
「昨日は、風、水、火と、複数の属性を続けて使用されましたね」
……あ。
そうだった。
俺は、自分の手を見つめた。
痛みはない。
ただ、身体の奥に少しだけ重さが残っている。
「……ちょっと疲れてるかも」
「では、本日は無理をなさらないでくださいませ」
「……はい」
俺が素直に答えると、マルタは満足そうに頷いた。
「よろしい」
……まったく。
こういうところは、身体が小さくなっても変わらないな。
◇
朝食の席には、いつもと違う緊張感が漂っていた。
父上は、分厚い書類を開いている。
母上は、心配そうな表情で俺を見つめていた。
「レオンハルト。昨夜は眠れた?」
「はい、母上」
「怖い夢は見なかった?」
「……大丈夫です」
俺が答えると、母上は少し安心したように微笑んだ。
しかし、父上の表情は険しいままだった。
「……父上?」
「レオンハルト。今朝、森の周辺を調査させた」
「……調査?」
「うむ」
父上は、机の上に一枚の地図を広げた。
ヴァイス領の簡単な地図だ。
屋敷。
畑。
街道。
そして、昨日俺たちが訪れた森。
父上は、その一角を指差した。
「毒竜が現れたのは、この辺りだな?」
「……はい」
俺は頷いた。
父上は、地図を見つめた。
「今朝の報告では、森の一部で植物の枯死が確認された。小川の下流でも、水質の異常が疑われている」
「……っ!」
俺は、思わず息を呑んだ。
……やっぱり。
昨日、エリスが感じた異常。
あれは、毒竜の影響だったのかもしれない。
「……父上」
「何だ?」
「畑の水は、大丈夫なんですか?」
父上は、少しだけ眉を動かした。
「現在、確認させている」
……そうか。
ヴァイス領では、以前から水路の修理を進めてきた。
ようやく農地への水の供給が安定し始めたところだ。
もし、そこへ毒が流れ込んだら。
……大変なことになる。
父上は、静かに続けた。
「念のため、森から流れる水を利用する一部の水路は閉鎖した。安全が確認されるまで、取水を再開するつもりはない」
「……分かりました」
「また、森への立ち入りも禁止した」
俺は頷いた。
……当然だ。
あんな魔物がいる場所へ、誰かを行かせるわけにはいかない。
すると、父上が俺を見た。
「レオンハルト」
「……はい」
「昨日、お前は仲間を守ったそうだな」
俺は、少しだけ緊張した。
「……はい」
「だが、今日からは別の仕事がある」
「……別の仕事?」
父上は、地図を指差した。
「領民を守るために、何が必要か考えることだ」
……。
俺は、息を呑んだ。
……領民を守る。
それは、毒竜と戦うことだけじゃない。
水を守ること。
畑を守ること。
そして、危険を知らせること。
……そうか。
俺は、ゆっくり頷いた。
「……分かりました」
◇
朝食のあと。
俺は、工房へ向かった。
もちろん、父上から無理な作業は禁止されている。
だから、今日は設計図の整理だけだ。
……そのはずだった。
「レオーン!」
工房の扉を開けた瞬間。
リナが、勢いよく駆け寄ってきた。
「大丈夫!?」
「……うわっ!」
俺は、思わず後ろへ下がった。
リナは、俺の顔をじっと見つめた。
「昨日、いっぱい魔法使ってたでしょ!」
「……うん」
「倒れたりしない!?」
「大丈夫だよ」
「本当!?」
「本当!」
俺が笑顔で答えると、リナはようやく安心したように息を吐いた。
「……よかった」
その隣では、エリスが静かに立っていた。
赤い髪を青いリボンでまとめ、淡い水色のワンピースを着ている。
「……レオンくん」
「エリス」
「……昨日、ありがとう」
俺は、少し驚いた。
「……え?」
「みんなを、助けてくれたから」
俺は、慌てて首を横に振った。
「違うよ!」
エリスが、目を瞬かせた。
「……え?」
「助かったのは、みんなのおかげだよ」
俺は、笑顔で続けた。
「エリスが川の流れを調べてくれたから、安全な道を見つけられたんだ」
「……私が?」
「うん」
エリスは、少しだけ頬を赤くした。
「……そっか」
そして、小さく微笑んだ。
「……嬉しい」
リナも、元気よく手を挙げた。
「あたしも頑張ったよ!」
「もちろん!」
「えへへ!」
彼女の尻尾が、嬉しそうに揺れた。
……うん。
昨日は、本当にみんなが頑張った。
俺は、そのことを忘れたくなかった。
◇
「ところで、レオン」
リナが、作業台の上を覗き込んだ。
「今日はオメガを直すの?」
「……ううん」
「えーっ!?」
「今日は別のことを考えたいんだ」
俺は、机の上に地図を広げた。
ヴァイス領の水路図だ。
「……これ、何?」
リナが首を傾げた。
「水路の地図だよ」
「……水路?」
「うん。畑へ水を送るための道」
エリスが、興味深そうに近づいてきた。
「……水の道なんだね」
「そう」
俺は頷いた。
「昨日の毒竜のせいで、一部の水が汚れているかもしれないんだ」
エリスの表情が、少し曇った。
「……やっぱり」
「……何か分かる?」
俺が尋ねると、彼女は少し考えた。
「昨日、小川の魔力が変だったの」
「……うん」
「でも、水そのものが全部悪くなっていたのかは、分からない」
俺は、ゆっくり頷いた。
……そうだ。
エリスは、水の中の魔力を感じ取れる。
でも、それだけで毒の有無を判断できるわけじゃない。
……なら。
ちゃんと調べる方法が必要だ。
「……エリス」
「……何?」
「水の異常を調べる道具って、作れないかな?」
彼女は、目を瞬かせた。
「……道具?」
「うん」
俺は、紙を取り出した。
「例えば、水の色や魔力の変化を記録できるようなもの」
エリスは、少し考えた。
そして。
「……それなら、私も手伝えるかも」
俺は、笑顔になった。
「本当!?」
「……うん」
彼女は、小さく頷いた。
「水の魔力の変化なら、少し分かるから」
……よし。
これなら、何かできるかもしれない。
◇
しばらくして。
俺たちは、工房の作業台に集まっていた。
俺。
リナ。
エリス。
そして、マルタ。
机の上には、簡単な水路図と、いくつかの小さな魔導部品が並んでいる。
「……レオンハルト様」
マルタが、静かに口を開いた。
「これは、何を作るご予定ですか?」
「水の異常を調べるための道具だよ」
「……なるほど」
彼女は、少し考えた。
「ですが、毒を直接判別することは難しいのでは?」
「うん」
俺は頷いた。
「だから、最初は水の変化を記録するだけにしようと思う」
マルタが、微笑んだ。
「それなら、よろしいかと」
俺は、小さな容器を取り出した。
中には、屋敷で使っている安全な水が入っている。
「まずは、これを基準にするんだ」
エリスが、容器を見つめた。
「……普通の水だね」
「うん」
俺は頷いた。
「この水の魔力の状態を記録しておいて、別の水と比較する」
……もちろん。
これだけで毒の有無を判定できるわけじゃない。
でも、異常を見つけるための手がかりにはなるかもしれない。
俺は、魔導測定器を取り出した。
以前、オメガの魔力供給を調べるために使ったものだ。
ただし、今回は水に直接触れないよう、容器の外側から測定する。
「……よし」
俺は、測定器を起動した。
針が、ゆっくり動く。
……なるほど。
一定の反応がある。
「エリス」
「……うん?」
「この水、どう感じる?」
エリスは、容器へ手をかざした。
そして、ゆっくり目を閉じた。
「……静か」
「……静か?」
「……うん。魔力が、ゆっくり流れてる」
俺は、手帳に書き込んだ。
『基準水――魔力反応、安定』
……よし。
まずは、ここからだ。
◇
「ねえ、レオン!」
リナが、元気よく手を挙げた。
「……何?」
「あたしは、何すればいい!?」
俺は、少し考えた。
……そうだな。
リナの得意なことは、幻影魔法。
でも、今は水の調査だから……。
……いや。
待てよ。
リナには、ほかにも得意なことがある。
「……リナ」
「うん!」
「昨日、毒竜の匂いに最初に気づいたよね?」
リナは、少し驚いたように目を瞬かせた。
「……うん」
「じゃあ、森の近くで異変があったとき、気づくのが早いかもしれない」
「……本当!?」
「うん。でも、危険な場所へ近づく必要はないよ」
俺は、地図を指差した。
「例えば、屋敷の周辺で変な匂いや音がしたら、すぐに大人へ知らせるんだ」
リナは、少し考えた。
そして。
「……分かった!」
元気よく頷いた。
「じゃあ、あたしは見張り役だね!」
「うん」
俺は笑顔になった。
「でも、無理はしないでね」
「もちろん!」
……うん。
これで、リナにも役割ができた。
マルタは、俺たちの様子を見ながら微笑んでいた。
「……レオンハルト様」
「……何?」
「昨日の経験が、活きておりますね」
「……え?」
「皆様の得意なことを考えて、役割を決めておられます」
俺は、少しだけ照れくさくなった。
「……まだ、練習中だけどね」
マルタは、柔らかく微笑んだ。
「それで十分でございます」
◇
午後。
父上が、工房を訪ねてきた。
「レオンハルト」
「父上!」
俺は、慌てて立ち上がった。
父上は、机の上に置かれた図面を見つめた。
「……これは?」
「水の異常を調べるための道具です」
「……ほう」
俺は、今日考えたことを説明した。
水の魔力反応を記録すること。
安全な水と比較すること。
そして、異常があれば、専門家へ調査を依頼すること。
父上は、しばらく黙って聞いていた。
そして。
「……悪くない考えだ」
俺は、目を輝かせた。
「本当ですか!?」
「うむ。ただし、これで毒を判別できると思ってはいけない」
「はい!」
「異常を見つけるための補助装置としてなら、研究する価値はあるだろう」
俺は、笑顔で頷いた。
……よかった。
すると、父上が一枚の書類を取り出した。
「それから、もう一つ報告がある」
「……何ですか?」
「毒竜について、王都へ正式に報告を送った」
俺は、息を呑んだ。
「……王都へ?」
「うむ」
父上は、静かに頷いた。
「竜種の出現は、男爵家だけで対処できる問題ではない。専門の討伐隊、あるいは調査隊の派遣を要請した」
……なるほど。
確かに。
あんな魔物を、普通の警備兵だけで相手にするのは危険すぎる。
「……いつ来るんですか?」
「まだ分からん」
父上は、少しだけ眉をひそめた。
「だが、それまで森の封鎖を続ける」
俺は、ゆっくり頷いた。
「……分かりました」
すると、父上が俺を見た。
「レオンハルト」
「……はい」
「お前は、毒竜と戦う必要はない」
俺は、少し驚いた。
「……え?」
「領地を守る方法は、剣や魔法だけではない」
父上は、水路図を指差した。
「水を守り、危険を知らせ、人々が安全に暮らせるようにする。それも立派な仕事だ」
俺は、息を呑んだ。
……そうだ。
俺は、昨日。
毒竜を倒せなかった。
でも。
だからといって、何もできないわけじゃない。
俺には、俺にできることがある。
俺は、ゆっくり頷いた。
「……はい!」
◇
夕方。
俺たちは、工房の片づけをしていた。
リナは、工具を箱へ戻している。
エリスは、測定結果を整理していた。
マルタは、机の上を拭いている。
……うん。
今日は、思ったよりいろいろできたな。
俺は、手帳を開いた。
そこには、今日の研究結果が書かれている。
『水質異常調査用・魔力反応測定器』
まだ、ただの試作案だ。
実際に役立つかどうかも分からない。
でも。
俺は、少しだけ嬉しかった。
……だって。
昨日は、毒竜から逃げることしかできなかった。
でも、今日は。
領地を守るために、何かを考えることができた。
それだけでも、前進だと思う。
「……レオン」
リナが、俺の隣へ来た。
「……何?」
「また、森に行けるかな?」
俺は、少し考えた。
……森。
昨日まで、ただの楽しい場所だった。
でも、今は危険な場所になってしまった。
「……いつかね」
俺は、静かに答えた。
「安全になったら、また行こう」
リナは、少しだけ考えた。
そして。
「……うん!」
笑顔で頷いた。
エリスも、小さく微笑んだ。
「……そのときは、また一緒に」
「もちろん!」
俺は、笑顔になった。
マルタが、静かに口を開いた。
「では、その日まで、皆様で訓練を続けましょう」
「うん!」
リナが元気よく答えた。
エリスも頷いた。
俺も、しっかり頷いた。
……そうだ。
強くなるために。
そして。
大切な人たちを守るために。
◇
その夜。
俺は、自分の部屋で設計図を見つめていた。
机の上には、二つの図面が並んでいる。
一つは、オメガの右膝。
もう一つは、水の異常を調べるための測定器。
……どちらも、まだ完成していない。
でも。
どちらも、大切な研究だ。
俺は、鉛筆を手に取った。
そして、手帳に新しい文字を書き込んだ。
『魔導機甲開発計画・第二段階』
その下に。
『第一目標――オメガの安全性向上』
『第二目標――領地の安全を守るための技術研究』
……よし。
これからは、機体を作るだけじゃない。
俺の技術で、誰かを守れるようになりたい。
そのためには、もっと勉強しなければならない。
もっと、経験を積まなければならない。
そして。
もっと、仲間たちと協力しなければならない。
俺は、窓の外を見た。
夜空には、無数の星が輝いている。
……毒竜。
あいつは、まだ森にいるのだろうか。
分からない。
でも。
俺は、静かに拳を握った。
……次に、何か危険が起きたとき。
今度は、もっと多くの人を守れるようになりたい。
そのために。
俺は、明日も学ぶ。
魔法を。
機械を。
そして、人を率いることを。
――強さとは、敵を倒す力だけではない。
誰かが安心して暮らせる未来を作ることも、きっと強さなのだ。
俺は、静かに微笑んだ。
そして、設計図を丁寧に片づけた。
明日から、また新しい挑戦が始まる。
オメガの改良も。
領地を守るための研究も。
まだ、始まったばかりだった。
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