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乙女ゲームの退学予定モブ、改造魔法で最強の魔導機甲を造る!  作者: ジャクロの精霊


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第44話 毒竜襲来! 八歳の少年が仲間を率いる時!

もし、誰かにこう聞かれたら、俺はどう答えるだろう。


 ――君は、勇者になりたいか?


 前世の俺なら、きっと笑って答えただろう。


 ゲームの中なら、なってみたい。


 強力な魔法を使い、巨大な魔物を倒し、仲間たちと世界を救う。


 そんな冒険には、憧れがあった。


 けれど、現実は違う。


 目の前に巨大な牙が現れたとき。


 身体が震え、心臓が壊れそうなほど激しく鼓動したとき。


 それでも、誰かを守るために立ち上がれるのか。


 その答えを、俺はまだ知らなかった。


 少なくとも――今日の朝までは。


     ◇


「レオン! 早く行こうよ!」


「待って、リナ! まだ荷物を確認してるから!」


 ヴァイス男爵家の屋敷前。


 俺は、小さな革鞄の中身を確認していた。


 水筒。


 包帯。


 簡単な魔導照明具。


 方位磁針。


 それから、緊急時に使用する信号用の魔導器具。


 ……よし。


 全部ある。


「準備できたよ」


「やった!」


 リナが、嬉しそうに飛び跳ねた。


 赤茶色の髪が揺れ、頭の上の狐耳がぴんと立つ。


 今日の彼女は、動きやすい赤い上着に短いズボン、丈夫な革靴を履いていた。


 大きな尻尾は、朝から元気よく左右に揺れている。


「森だよ、森! 何か面白いもの、見つかるかな?」


「今日は遊びじゃなくて、魔法の訓練だからね」


「分かってるって!」


 ……本当かなあ。


 俺が苦笑していると、隣から小さな声が聞こえた。


「……レオンくん」


 振り返ると、エリスが立っていた。


 赤い髪を青いリボンでまとめ、淡い水色の上着に白いスカート。


 足元には、森を歩くための革靴を履いている。


 緑色の瞳が、少し不安そうに俺を見つめていた。


「……森って、魔物がいるの?」


「うん。でも、今日は比較的安全な場所だけを歩く予定だよ」


「……そうなんだ」


「それに、護衛の人も一緒だから」


 俺がそう言うと、エリスは少し安心したように微笑んだ。


「……うん」


 そのとき。


「皆様、お待たせいたしました」


 聞き慣れた声が響いた。


 マルタだった。


 栗色の髪を銀色の髪留めでまとめ、白いブラウスの胸元には深紅のリボン。


 濃紺の上着とプリーツスカートには銀色の縁取りが施され、肩には小さな青いケープが掛かっている。


 腰には、訓練用の短い木杖を下げていた。


「本日は、私が魔法訓練の指導を担当いたします」


「よろしくお願いします!」


 俺たちが声をそろえると、マルタは微笑んだ。


「ただし、出発前に大切なお話がございます」


 その声が、少しだけ真剣になる。


「森の中では、必ず私か護衛の指示に従ってください。勝手に走り出したり、知らない生き物に近づいたりしてはいけません」


「はーい!」


 リナが元気よく手を挙げた。


 すると。


「特に、リナ様」


「えっ!?」


「お約束できますね?」


「……できます!」


 マルタが微笑む。


「よろしい」


 ……さすがマルタ。


 リナの性格をよく分かっている。


 そのとき、屋敷の扉が開いた。


「レオンハルト」


「父上!」


 ラインハルト父上が、俺たちの前に現れた。


 その隣には、革鎧を着た護衛の男性が立っている。


「本日の護衛は、トーマスに任せる」


「よろしくお願いいたします、若様」


 トーマスは、軽く頭を下げた。


 ベルンハイムでの修理仕事にも同行した、経験豊富な護衛だ。


「よろしくお願いします!」


 俺も頭を下げた。


 父上は、俺たちを順番に見渡した。


「森の奥には入るな。異変を感じたら、訓練を中止して戻ること」


「はい!」


「それから、レオンハルト」


「……はい?」


「何か起きたとき、お前一人で解決しようとするな」


 俺は、少しだけ息を呑んだ。


 父上の目は、真剣だった。


 以前、俺は無理に雷の魔力を身体へ流し、危うく命を落としかけたことがある。


 あのときのことを、父上は忘れていない。


 ……俺だって、忘れていない。


「……分かりました」


 俺は、しっかり頷いた。


「必ず、みんなと相談します」


 父上は、少しだけ表情を和らげた。


「よろしい。では、気をつけて行ってきなさい」


     ◇


 屋敷から森の入口までは、歩いてそれほど遠くなかった。


 朝の陽光が木々の隙間から差し込み、地面にはまだら模様の影が広がっている。


 風が吹くたびに葉が揺れ、鳥たちの鳴き声が響いた。


「わあ!」


 リナが、目を輝かせた。


「気持ちいい!」


 彼女は大きく息を吸い込んだ。


 尻尾が、嬉しそうに揺れる。


「レオン! あそこに赤い花がある!」


「本当だね」


「こっちには、変な形のキノコ!」


「触らないでね」


「分かってるって!」


 ……本当に分かっているのだろうか。


 俺が少し心配していると、エリスが小さく笑った。


「……リナちゃん、楽しそう」


「うん。元気すぎるくらいだよ」


 マルタも微笑んでいた。


「ふふっ。ですが、周囲に興味を持つことは悪いことではございません」


「……そうだね」


「ただし、危険なものを見分ける知識も必要でございます」


 そう言って、マルタは道端の植物を指差した。


「例えば、あちらの葉をご覧ください」


 俺たちは、彼女の指差す方を見た。


 細長い葉の植物が、地面から伸びている。


「この植物は、葉に触れると軽いかぶれを起こすことがございます」


「えっ!?」


 リナが、慌てて手を引っ込めた。


 ……危なかった。


 今、触ろうとしていたな。


「だからこそ、森では慎重に行動する必要があるのです」


「……はーい」


 リナが、少しだけ肩を落とした。


 俺は思わず笑ってしまった。


     ◇


 森の入口から少し進んだところに、小さな広場があった。


 近くには浅い小川が流れ、地面も比較的平らだ。


 トーマスが周囲を確認し、頷いた。


「ここなら問題なさそうです」


「ありがとうございます」


 マルタは頭を下げた。


 そして、俺たちを見渡した。


「では、訓練を始めましょう」


 最初は、魔力の集中。


 昨日と同じく、手のひらへ魔力を集める練習だ。


 ただし、今回は周囲の音や風に気を取られないようにする。


「……よし」


 俺は、目を閉じた。


 胸の奥に意識を向ける。


 魔力を、ゆっくりと指先へ流す。


 ……焦らない。


 必要な分だけ。


 手のひらに、淡い光が灯った。


「……できた」


 俺は、静かに息を吐いた。


「お見事でございます」


 マルタが微笑んだ。


「昨日よりも、ずっと安定しておりますね」


「本当?」


「はい」


 ……よかった。


 少しずつだけど、上達しているらしい。


 次は、リナだった。


「よーし!」


 彼女は、両手を広げた。


 淡い魔力が身体の周囲に広がる。


 そして。


 ふわっ。


 隣に、もう一人のリナが現れた。


「どう!?」


「すごい!」


 俺が声を上げると、リナは得意そうに笑った。


 しかし、今日はそれだけでは終わらない。


「では、リナ様」


 マルタが、静かに声をかけた。


「そのまま、ゆっくり歩いてみましょう」


「うん!」


 リナは、一歩踏み出した。


 幻影も、同じように動く。


 二歩。


 三歩。


 ……おお。


 今度は、消えない。


「やった!」


 リナが、嬉しそうに振り返った。


 その瞬間。


 ぽふんっ!


 幻影が消えた。


「……あ」


 俺は、思わず笑った。


「……惜しい!」


「もう!」


 リナは頬を膨らませた。


「絶対、次は成功するから!」


 ……うん。


 その意気だ。


 エリスは、小川のそばで訓練していた。


 水面へ手をかざし、ゆっくりと目を閉じる。


 すると、小さな波紋が広がった。


「……流れてる」


 エリスが、静かに呟いた。


「……水の中の魔力が、ゆっくり動いてる」


 俺は、隣にしゃがんだ。


「どんな感じ?」


「……うーん」


 エリスは、少し考えた。


「水が流れる方向と、魔力が動く方向が……少し違うの」


「……へえ」


 俺は、目を見開いた。


 ……面白い。


 水そのものの流れと、魔力の流れは必ずしも一致しないのか。


 これは、魔導機械の冷却装置にも応用できるかもしれない。


 ……いや。


 今日は研究の日じゃない。


 俺は、慌てて頭を振った。


 危ない危ない。


 また工房のことを考えてしまった。


     ◇


 昼前。


 俺たちは、少し休憩することになった。


 トーマスは周囲を見回り、マルタは持参した水筒を配ってくれた。


「ありがとうございます!」


 俺が受け取ると、彼女は微笑んだ。


「どういたしまして」


 リナは、芝生の上に座り込んだ。


「……疲れたあ!」


「まだ午前中だよ」


「だって、幻影を維持するのって大変なんだもん!」


 彼女は、尻尾をぱたぱたと動かした。


 エリスも、小さく頷いた。


「……魔力を使うと、少し眠くなるね」


「そうだね」


 俺は、空を見上げた。


 木々の隙間から、青い空が見える。


 ……平和だなあ。


 そう思った、そのときだった。


「……あれ?」


 エリスが、小さく声を漏らした。


 俺は振り返った。


「どうしたの?」


 彼女は、小川を見つめていた。


「……水が」


「……水?」


「……変なの」


 俺は、首を傾げた。


 エリスは、ゆっくりと立ち上がった。


「さっきまで、きれいに流れていた魔力が……」


 彼女は、少しだけ顔を曇らせた。


「……急に、乱れてる」


 俺は、小川を見た。


 水面には、特に変わった様子はない。


 しかし。


 よく見ると。


 川岸の草が、ところどころ茶色く変色していた。


「……ん?」


 俺は、しゃがみ込んだ。


 葉の先端が、黒ずんでいる。


 近くの石にも、奇妙な染みがあった。


 ……何だ、これ?


 そのとき。


「レオンハルト様」


 マルタの声が、少し低くなった。


「……そこから離れてください」


「……え?」


「すぐに」


 俺は、慌てて立ち上がった。


 マルタは、変色した植物をじっと見つめていた。


 その表情から、先ほどまでの柔らかさが消えている。


「……トーマス様」


「はい」


「周囲の確認をお願いいたします」


 トーマスは、すぐに剣の柄へ手を伸ばした。


「……何か?」


「まだ分かりません」


 マルタは、静かに答えた。


「ですが、この植物の変色は自然なものではないようです」


 俺は、息を呑んだ。


 ……まさか。


 そのとき。


 森の奥から、鳥たちが一斉に飛び立った。


 バサバサバサッ!


「……っ!?」


 リナの耳が、ぴんと立った。


「……何?」


 次の瞬間。


 ズシン。


 地面が、わずかに揺れた。


 ……え?


 ズシン。


 もう一度。


 今度は、はっきりと分かった。


 何か、大きなものが歩いている。


「……皆様」


 マルタが、静かに言った。


「すぐに、帰りましょう」


 その声には、迷いがなかった。


     ◇


 俺たちは、急いで来た道を戻り始めた。


 トーマスが先頭。


 その後ろに、リナとエリス。


 俺とマルタが、最後尾を歩く。


 ……何だ?


 さっきの音。


 大型の魔物だろうか。


 この辺りには、危険な魔物はあまり出ないはずなのに。


 俺は、胸の奥がざわつくのを感じていた。


 そのとき。


 リナが、突然足を止めた。


「……レオン」


「……何?」


 彼女の耳が、後ろへ倒れていた。


 尻尾も、ぴたりと動きを止めている。


「……変な匂いがする」


「……匂い?」


「うん」


 リナは、鼻を押さえた。


「……苦いような、嫌な匂い」


 俺は、周囲を見回した。


 すると。


 木々の間から、薄い緑色の霧が漂ってくるのが見えた。


 ……霧?


 いや。


 違う。


 あれは――。


「全員、止まれ!」


 トーマスが叫んだ。


 俺たちは、反射的に足を止めた。


 次の瞬間。


 森の奥から、低い唸り声が響いた。


 グルルルル……。


 背筋が凍った。


 ……何だ?


 この声。


 まるで、巨大な獣が喉を鳴らしているような。


 そして。


 バキッ!


 太い木の枝が、折れた。


 続いて、巨大な影が木々の間から現れた。


 紫がかった黒い鱗。


 鋭い爪。


 長い尾。


 背中には、大きな翼。


 そして、緑色に輝く二つの瞳。


 ……。


 ……。


 俺は、息を呑んだ。


「……ドラゴン?」


 目の前に現れたのは。


 巨大な竜だった。


 その口元からは、緑色の液体が滴っている。


 地面へ落ちた液体が、草を黒く変色させた。


 ジュッ……。


 小さな音がした。


 ……毒。


 俺は、背筋が冷たくなるのを感じた。


 マルタが、低い声で呟いた。


「……毒竜《ヴェノムドラゴン》」


 ……毒竜!?


 俺は、思わず彼女を見た。


「……知ってるの?」


「軍の資料で見たことがございます」


 マルタの表情は、険しかった。


「毒性の強い霧を吐き、爪や牙にも毒を持つ竜種です」


 ……そんな。


 目の前の竜は、まだ成長途中のように見える。


 だが、それでも俺たちの何倍もの大きさがあった。


 そして。


 グルルルル……!


 毒竜が、こちらを見た。


 ……まずい。


 完全に、気づかれた。


     ◇


「全員、後退!」


 トーマスが叫んだ。


 俺たちは、慌てて後ろへ下がった。


 しかし。


 毒竜が、巨大な翼を広げた。


 バサッ!


 強い風が吹き荒れる。


「きゃっ!」


 エリスが、思わずしゃがみ込んだ。


 リナも、尻尾を押さえている。


 俺は、必死に踏ん張った。


 ……くそっ。


 風圧だけで、こんなに強いのか。


 毒竜が、口を大きく開いた。


 喉の奥に、緑色の光が集まっていく。


「……っ!」


 マルタが叫んだ。


「伏せてください!」


 次の瞬間。


「――《土壁》!」


 ゴゴゴッ!


 地面が盛り上がった。


 俺たちの前に、厚い土の壁が現れる。


 そして。


 ブシュウウウッ!


 緑色の霧が、壁へ激突した。


 ジュウウウ……!


 嫌な音が響く。


 土の表面が、黒く変色していく。


「……っ!」


 マルタが、苦しそうに顔を歪めた。


 俺は、思わず叫んだ。


「マルタ!」


「……大丈夫でございます!」


 しかし、彼女の額には汗が浮かんでいた。


 ……まずい。


 昨日、マルタは言っていた。


 今の身体では、以前と同じ量の魔力を扱えるとは限らない。


 このままでは、長く持たない。


 俺は、必死に周囲を見回した。


 ……どうする?


 どうすればいい?


 オメガはない。


 武器もない。


 相手は、巨大な毒竜。


 ……勝てるわけがない。


 その考えが、頭をよぎった。


 胸が苦しくなる。


 足が震える。


 ……怖い。


 本当に、怖い。


 前世で遊んでいたゲームとは違う。


 失敗したら、やり直せない。


 ここで誰かが倒れたら。


 ……死ぬかもしれない。


 俺は、拳を握りしめた。


 そのとき。


「……レオンくん」


 小さな声が聞こえた。


 エリスだった。


 彼女は、震える手で俺の袖を握っていた。


「……どうしよう」


 俺は、彼女を見た。


 その隣では、リナが耳を伏せている。


 マルタは、必死に土壁を維持している。


 トーマスは、剣を構えていた。


 ……。


 俺は、息を呑んだ。


 ……そうだ。


 俺だけじゃない。


 みんな、怖いんだ。


 でも。


 誰かが、決めなければならない。


 どこへ逃げるのか。


 誰が、何をするのか。


 ……俺が。


 俺が、考えなきゃ。


 いや。


 違う。


 俺一人で、全部やる必要はない。


 父上が言っていたじゃないか。


 ――一人で解決しようとするな。


 俺は、大きく息を吸い込んだ。


 そして。


「……みんな!」


 声を張り上げた。


「俺の話を聞いて!」


     ◇


 全員が、俺を見た。


 俺は、必死に頭を働かせた。


 ……考えろ。


 毒竜の攻撃。


 緑色の霧。


 周囲の地形。


 小川。


 そして、みんなの能力。


 ……そうだ。


 俺たちには、それぞれ得意なことがある。


「トーマスさん!」


「はい!」


「みんなを守りながら、退路を確保してください!」


「承知しました!」


「マルタ!」


「はい!」


「土壁を長く維持しなくていい! 攻撃を防いだら、すぐに下がって!」


 マルタが、少し驚いたように俺を見た。


 しかし。


「……承知しました!」


 すぐに頷いた。


「エリス!」


「……は、はい!」


「小川の流れを調べて! 安全に渡れる場所があるか知りたい!」


 エリスは、震えながらも頷いた。


「……やってみる!」


「リナ!」


「……うん!」


「幻影を作れる?」


 リナは、少しだけ唇を噛んだ。


「……できる!」


「じゃあ、毒竜の注意を引いて! でも、絶対に近づかないで!」


「……分かった!」


 俺は、全員を見渡した。


 ……よし。


 これなら。


 これなら、逃げられるかもしれない。


 しかし。


 問題は、毒の霧だ。


 マルタの土壁だけでは、長く防げない。


 ……なら。


 俺が、やるしかない。


 俺は、両手を前へ出した。


 ……魔力。


 身体の奥から、ゆっくりと魔力を集める。


 前世の知識。


 この世界で学んだ魔法。


 そして、昨日の訓練。


 ……落ち着け。


 必要なのは、大きな力じゃない。


 正確な制御だ。


「――《風流操作》!」


 俺の手のひらから、風が生まれた。


 最初は、小さな流れ。


 それを、少しずつ広げていく。


 ……よし。


 風の向きを変える。


 毒竜から流れてくる緑色の霧を、俺たちの進路から遠ざけるように。


 ゴオオッ!


 風が、木々の間を吹き抜けた。


 緑色の霧が、横へ流れていく。


「……っ!」


 俺は、歯を食いしばった。


 ……重い。


 思っていたより、魔力を使う。


 しかも、霧のすべてを押し返せるわけじゃない。


 風が乱れれば、こちらへ流れてくる可能性もある。


「トーマスさん! 今のうちに!」


「了解!」


 トーマスが、リナとエリスを誘導した。


 マルタも、土壁から手を離して後退する。


 ……よし。


 そのまま。


 そのまま、逃げるんだ。


     ◇


 しかし。


 毒竜は、簡単には逃がしてくれなかった。


 グオオオオッ!


 巨大な咆哮が、森に響いた。


 俺は、思わず耳を押さえた。


 次の瞬間。


 毒竜が、翼を広げて跳び上がった。


 ……まずい!


 空から回り込まれる!


「リナ!」


「分かってる!」


 リナが、両手を広げた。


 淡い魔力が広がる。


 そして。


 ふわっ!


 森の反対側に、もう一人のリナが現れた。


「こっちだよー!」


 幻影が、木々の間を走り出す。


 毒竜の頭が、そちらへ向いた。


 ……よし!


 しかし。


 幻影は、長く維持できない。


 数秒後。


 ぽふんっ!


 消えてしまった。


「……っ!」


 リナが、苦しそうに息を吐いた。


「……ごめん、レオン!」


「十分だよ!」


 俺は、叫んだ。


「ありがとう!」


 その瞬間。


 毒竜が、再びこちらを向いた。


 ……くそっ。


 もう、気づかれたか。


 俺は、両手を前へ出した。


 ……次は。


 火。


 ただし、森の中で大きな炎を使うわけにはいかない。


 火災になれば、逃げ道まで失ってしまう。


 だから。


 ほんの一瞬だけ。


「――《火花弾》!」


 俺の指先から、小さな火の玉が飛び出した。


 それは、毒竜の顔の手前で弾けた。


 パァン!


 鋭い音と、眩しい光。


 毒竜が、思わず頭を振った。


 ……よし!


 攻撃というより、目くらましだ。


 これなら、森を燃やす危険も比較的小さい。


 ただし。


 ……っ!


 俺は、思わず膝をつきかけた。


 魔力の消費が、想像以上に大きい。


 風の魔法を維持した直後に、火の魔法を使ったせいだ。


「レオンハルト様!」


 マルタが、俺の肩を支えた。


「無理をなさらないでください!」


「……大丈夫」


「ですが……!」


「……まだ、歩ける」


 俺は、必死に立ち上がった。


 ……ここで倒れるわけにはいかない。


 でも。


 無理に魔法を使い続ければ、俺も動けなくなる。


 ……考えろ。


 もっと、効率のいい方法を。


     ◇


「レオンくん!」


 エリスの声が響いた。


「……こっち!」


 彼女は、小川の方を指差していた。


「少し下流に、石が並んでる場所があるの!」


「……渡れる?」


「……うん。でも……」


 エリスは、少しだけ顔を曇らせた。


「……水の中に、変な魔力が混じってる」


 俺は、息を呑んだ。


 ……毒か。


 川の水まで、汚染されている可能性がある。


「触らない方がいい?」


「……うん。たぶん」


 俺は、すぐに頷いた。


「分かった。石の上だけを通ろう!」


 トーマスが、先に小川へ向かった。


 そして、石の位置を確認する。


「若様! こちらです!」


「みんな、急いで!」


 俺たちは、川へ向かって走り出した。


 しかし。


 背後から、巨大な影が迫ってきた。


 ……っ!


 毒竜だ!


 グオオオオッ!


 口を開き、緑色の液体を吐き出そうとしている。


 ……まずい!


 今度は、霧じゃない。


 直接、毒液を飛ばしてくるつもりだ。


「マルタ!」


「はい!」


「小さな土壁を、斜めに作れる!?」


 マルタが、目を見開いた。


「……斜めに?」


「うん! 毒液を、俺たちから遠い方へ流したい!」


 彼女は、一瞬だけ考えた。


 そして。


「……承知しました!」


 両手を前へ出した。


「――《土壁》!」


 ゴゴッ!


 地面から、斜めに傾いた土の壁が現れた。


 次の瞬間。


 バシャアッ!


 緑色の毒液が、壁へ激突した。


 ジュウウウッ!


 土の表面が、黒く変色する。


 しかし、壁が斜めになっていたおかげで、毒液の大部分は横へ流れ落ちた。


 ……よし!


 でも。


「……っ!」


 マルタが、片膝をついた。


「マルタ!」


 俺は、慌てて駆け寄った。


 彼女の顔は、少し青ざめていた。


「……申し訳ございません」


「謝らないで!」


 俺は、彼女の腕を支えた。


「十分だよ! もう魔法は使わなくていい!」


「……ですが」


「今度は、俺たちが守る番だから!」


 マルタが、少し驚いたように俺を見た。


 そして。


 小さく微笑んだ。


「……承知しました」


     ◇


 俺たちは、小川へ向かった。


 トーマスが先頭に立ち、石の上を慎重に渡っていく。


 エリスが、その後ろに続いた。


 リナも、尻尾でバランスを取りながら渡る。


 ……よし。


 あと少し。


 しかし。


 グオオオオッ!


 毒竜が、再び咆哮した。


 そして、巨大な翼を広げた。


 ……まずい。


 飛び越えてくるつもりだ!


 俺は、周囲を見回した。


 木々。


 岩。


 小川。


 そして、毒竜。


 ……考えろ。


 どうすれば、少しでも時間を稼げる?


 そのとき。


 俺は、川岸の湿った地面を見た。


 ……そうだ。


 水。


 土。


 そして、風。


 ……全部を使う必要はない。


 必要な場所に、必要な魔法を使えばいい。


「トーマスさん!」


「はい!」


「みんなを先に渡らせてください!」


「若様も、すぐに!」


「分かってます!」


 俺は、片手を地面へ向けた。


 ……水属性。


 湿った土の中にある水分を、少しだけ動かす。


「――《水流操作》!」


 地面の表面に、小さな水の流れが生まれた。


 湿った土が、さらに柔らかくなる。


 ……よし。


 次は。


 風。


 俺は、もう片方の手を前へ出した。


「――《風流操作》!」


 小さな突風が、地面を吹き抜けた。


 湿った土の表面が、毒竜の進行方向へ飛び散る。


 ……っ!


 俺は、歯を食いしばった。


 ……きつい。


 二つの魔法を続けて使うだけでも、かなり疲れる。


 しかし。


 毒竜が、地面へ降り立った。


 ズシン!


 その巨大な前脚が、柔らかくなった土へ沈み込んだ。


「……!」


 毒竜の身体が、わずかに傾いた。


 ……よし!


 倒すほどの効果はない。


 でも、ほんの一瞬だけ動きを鈍らせることができた。


「今だ!」


 俺は、叫んだ。


「全員、渡って!」


     ◇


 トーマスが、マルタを支えながら小川を渡った。


 リナとエリスも、反対側へ到着する。


 ……よし。


 あとは、俺だけだ。


 俺は、石の上へ足を踏み出した。


 一歩。


 二歩。


 ……あと少し。


 そのとき。


 背後から、低い唸り声が聞こえた。


 グルルルル……。


 ……っ!


 振り返る。


 毒竜が、こちらを見ていた。


 緑色の瞳。


 鋭い牙。


 そして、口元から滴る毒液。


 ……まずい。


 もう、動けるようになったのか。


 毒竜が、口を開いた。


 喉の奥に、緑色の光が集まっていく。


 ……っ!


 俺は、息を呑んだ。


 ……間に合わない。


 そう思った瞬間。


「レオン!」


 リナの声が響いた。


 彼女は、両手を広げていた。


 ふわっ!


 俺の隣に、もう一人の俺が現れた。


 ……え!?


 リナの幻影魔法。


 今度は、俺の姿を作ったのか!?


 毒竜の視線が、一瞬だけ幻影へ向いた。


 その隙に。


「若様!」


 トーマスが、俺の腕を掴んだ。


「こちらへ!」


 俺は、引き寄せられるように最後の石を飛び越えた。


 そして。


 ドサッ!


 反対側の地面へ転がり込んだ。


 ……っ!


 痛い。


 でも。


 生きてる。


 俺は、荒い息を吐いた。


「……ありがとう」


 トーマスが、俺を立ち上がらせた。


「礼は、無事に屋敷へ戻ってからです」


 俺は、思わず笑った。


「……はい!」


     ◇


 しかし、まだ安心できなかった。


 毒竜は、小川の向こう側に立っている。


 巨大な翼を広げ、こちらを睨みつけていた。


 ……飛んでくるかもしれない。


 俺は、周囲を見回した。


 森の出口までは、まだ少し距離がある。


 このまま追いかけられたら、逃げ切れるか分からない。


 ……どうする?


 俺は、鞄へ手を伸ばした。


 ……あ。


 そうだ。


 緊急信号用の魔導器具。


 出発前に、確認したじゃないか。


 俺は、小さな筒状の器具を取り出した。


「トーマスさん!」


「はい!」


「これ、使えますか!?」


 トーマスは、器具を見ると頷いた。


「信号筒ですな!」


「はい!」


「使いましょう!」


 俺は、魔力を少しだけ流した。


 ……よし。


 必要なのは、ほんの少し。


 器具の先端が、赤く輝いた。


 そして。


 ヒュウウウッ!


 赤い光が、空へ打ち上がった。


 森の上空で、眩しい光が弾ける。


 パァン!


 ……これで。


 屋敷の警備兵たちが、気づいてくれるはずだ。


 しかし。


 毒竜が、再び翼を広げた。


 ……っ!


 俺は、歯を食いしばった。


 ……まだ、来るのか。


 そのとき。


 マルタが、俺の隣へ立った。


「レオンハルト様」


「……マルタ?」


「これ以上、魔法を使ってはいけません」


 俺は、少し驚いた。


「……でも」


「今のレオンハルト様は、かなり魔力を消耗しておられます」


 ……っ。


 確かに。


 手足が、少し震えている。


 頭も、ぼんやりしてきた。


 ……これ以上は、危険かもしれない。


 マルタは、静かに続けた。


「指揮官が倒れてしまっては、皆を導くことができません」


 俺は、息を呑んだ。


 ……指揮官。


 その言葉が、胸に響いた。


 ……そうだ。


 俺は、みんなを守りたい。


 でも。


 自分が倒れてしまったら、意味がない。


 俺は、大きく息を吸い込んだ。


 そして。


「……分かった」


 ゆっくり頷いた。


「もう、無理はしない」


 マルタは、微笑んだ。


「それでこそ、私の小さな騎士様でございます」


 ……まったく。


 こんなときまで、その呼び方か。


 でも。


 少しだけ、気持ちが軽くなった。


     ◇


 俺たちは、森の出口へ向かって走った。


 トーマスが先頭。


 リナとエリスが、その後ろ。


 俺とマルタが、最後尾。


 ……いや。


 今度は、違う。


 俺は、みんなの位置を確認しながら声をかけた。


「リナ! 疲れてない!?」


「大丈夫!」


「エリス!」


「……うん!」


「マルタ!」


「問題ございません!」


 ……よし。


 全員、動ける。


 そのとき。


 背後から、巨大な翼の音が聞こえた。


 バサッ!


 ……っ!


 俺は、振り返った。


 毒竜が、木々の上へ飛び上がっていた。


 ……まずい。


 追ってくる!


 しかし。


 次の瞬間。


 森の向こうから、複数の声が響いた。


「若様ーっ!」


 ……え?


 俺は、目を見開いた。


 木々の間から、武装した兵士たちが現れた。


 ヴァイス家の警備兵だ。


 その先頭には、見覚えのある人物がいた。


「レオンハルト!」


「……父上!?」


 ラインハルト父上だった。


 ……どうして!?


 父上は、俺たちの姿を見ると、すぐに駆け寄ってきた。


「無事か!?」


「は、はい!」


 俺は、慌てて答えた。


「みんな、無事です!」


 父上は、俺たちを順番に確認した。


 そして、マルタの顔色を見ると、眉をひそめた。


「……マルタ」


「申し訳ございません、旦那様」


「謝罪は後だ。まずは屋敷へ戻る」


 父上は、警備兵たちへ指示を出した。


「森の入口を封鎖しろ! 毒竜には近づくな! 領民を避難させ、王都へ報告を送れ!」


「はっ!」


 兵士たちが、一斉に動き出した。


 俺は、父上を見上げた。


「……父上」


「何だ?」


「……毒竜は、まだ森にいます」


「分かっている」


 父上は、静かに頷いた。


「だからこそ、今は撤退する」


 俺は、少しだけ息を呑んだ。


 ……そうだ。


 今、俺たちができることは、戦うことじゃない。


 生きて帰ることだ。


 俺は、ゆっくり頷いた。


「……はい」


     ◇


 屋敷へ戻ったころには、すっかり夕方になっていた。


 母上は、俺たちの姿を見るなり駆け寄ってきた。


「レオンハルト!」


「……母上!」


 次の瞬間。


 ぎゅっ!


 強く抱きしめられた。


「……無事でよかった」


 母上の声が、少し震えていた。


 俺は、胸の奥が熱くなった。


「……ごめんなさい」


「いいのよ」


 母上は、俺の頭を優しく撫でた。


「帰ってきてくれただけで、十分よ」


 ……うん。


 俺は、静かに頷いた。


 そのあと、俺たちは医師の診察を受けた。


 幸い、誰にも毒による症状は見られなかった。


 ただし、俺とマルタは魔力をかなり消耗していたため、今日は安静にするよう言われた。


 リナも、幻影魔法を何度も使ったせいで疲れている。


 エリスは、緊張が解けた途端に眠くなってしまったらしい。


 ……みんな、よく頑張った。


 俺は、ベッドに腰を下ろしながら、静かに息を吐いた。


 ……本当に。


 生きて帰れて、よかった。


     ◇


 夜。


 父上が、俺の部屋を訪ねてきた。


「レオンハルト」


「……父上」


 俺は、慌てて姿勢を正した。


 父上は、椅子に腰を下ろした。


 しばらく、何も言わなかった。


 ……怒られるかな。


 俺は、少し緊張した。


 すると。


「トーマスから、話を聞いた」


 父上が、静かに口を開いた。


「……はい」


「お前が、皆に指示を出したそうだな」


 俺は、ゆっくり頷いた。


「……はい」


「魔法も使ったと聞いた」


「……はい」


 父上は、しばらく俺を見つめていた。


 そして。


「……怖かったか?」


 俺は、少し驚いた。


 ……怖かったか。


 そんなの。


 決まっている。


「……はい」


 俺は、小さく答えた。


「すごく、怖かったです」


 父上は、静かに頷いた。


「そうだろうな」


 俺は、拳を握りしめた。


「……でも」


「……うむ?」


「みんなが、もっと怖がっているように見えて……」


 俺は、少しだけ顔を上げた。


「……俺が、何とかしなきゃって思ったんです」


 父上は、黙って聞いていた。


「でも、途中で分かりました」


「……何がだ?」


「俺一人じゃ、何もできないってことです」


 俺は、静かに続けた。


「マルタが土壁を作ってくれたから、毒を防げました」


「……うむ」


「リナが幻影を作ってくれたから、逃げる時間ができました」


「……そうか」


「エリスが川の流れを調べてくれたから、安全な道を見つけられました」


 俺は、父上を見つめた。


「トーマスさんも、ずっと俺たちを守ってくれました」


 そして。


「……だから」


 俺は、小さく息を吸い込んだ。


「みんながいたから、帰ってこられたんです」


 父上は、しばらく黙っていた。


 やがて。


「……そうか」


 静かに頷いた。


 そして、俺の頭へ手を置いた。


「よく分かったな、レオンハルト」


「……え?」


「指揮官とは、誰よりも強い者のことではない」


 父上は、ゆっくりと続けた。


「仲間の力を理解し、それを正しく使い、全員を生きて帰す責任を負う者のことだ」


 俺は、息を呑んだ。


「……はい」


「だが、忘れるな」


 父上の表情が、少し厳しくなった。


「お前は、まだ八歳だ」


「……はい」


「今日のような危険を、二度と自分から求めてはいけない」


 俺は、しっかり頷いた。


「……分かりました」


 父上は、少しだけ微笑んだ。


「それでいい」


 そして、立ち上がった。


「今日は、ゆっくり休みなさい」


「……はい」


 父上が扉へ向かった。


 その背中を見ながら、俺は小さく呟いた。


「……父上」


「何だ?」


「……ありがとうございました」


 父上は、少しだけ振り返った。


 そして。


「……お前が無事で、よかった」


 そう言って、静かに部屋を出ていった。


     ◇


 その夜。


 俺は、ベッドに横になっていた。


 窓の外には、無数の星が輝いている。


 ……毒竜。


 あんな魔物が、この世界には存在する。


 俺は、改めて思い知らされた。


 この世界は、ゲームの中じゃない。


 危険は、本物だ。


 痛みも。


 恐怖も。


 そして、命も。


 ……全部、本物なんだ。


 俺は、ゆっくりと拳を握った。


 ……もっと、強くなりたい。


 でも。


 ただ、強い魔法を使えるようになりたいわけじゃない。


 もっと、冷静に考えられるようになりたい。


 もっと、仲間の力を理解したい。


 そして。


 いつか、オメガが完成したとき。


 みんなと一緒に、どんな危険にも立ち向かえるようになりたい。


 俺は、目を閉じた。


 ……今日。


 俺は、初めて本当の意味で、仲間を率いることの難しさを知った。


 怖かった。


 失敗するかもしれなかった。


 でも。


 みんなが、俺を信じてくれた。


 そのことが、何より嬉しかった。


 ……いつか。


 俺たち四人が、それぞれの魔導機甲に乗る日が来たら。


 そのときは。


 今日よりも、もっと上手に指示を出せるようになりたい。


 俺は、小さく微笑んだ。


「……誰も、置いていかない」


 静かな部屋に、俺の声が響いた。


「……みんなで、帰るんだ」


 それが、俺の目指す騎士の姿だ。


 そして。


 俺が、いつか本当の指揮官になるための。


 最初の一歩だった。

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