第48話 四機の魔導機甲、ついに完成! 蒼きオメガの覚醒と、四人の小さな騎士たち!
夢は、いつか叶う。
前世の俺は、そんな言葉を聞くたびに、どこかで疑っていた。
努力したって、失敗することはある。
どれほど準備しても、思い通りにならないことだってある。
だから、期待しすぎない方がいい。
喜んだあとに失敗したら、余計につらくなるから。
……そんなふうに考えていた。
けれど、今は少し違う。
失敗する可能性があるからといって、喜んではいけないわけじゃない。
不安が残っているからといって、夢を諦める必要もない。
そして何より。
自分が頑張ってきたことを、認めてもいいのだと思えるようになった。
目の前に並ぶ四枚の設計図。
そこには、俺たちの夢が描かれている。
青と銀の騎士。
紅蓮の狐。
水を纏う人魚。
そして、白銀の戦乙女。
四機の魔導機甲。
今日は、そのすべてが初めて目を覚ます日だった。
◇
「レオンハルト様! おはようございます!」
「おはよう、マルタ!」
朝。
工房へ向かう途中、俺はマルタと出会った。
栗色の髪を銀色の髪留めでまとめ、白いブラウスには深紅のリボン。
濃紺の上着とプリーツスカートの裾には、細い銀色の刺繍が施されている。
小さな青いケープが、歩くたびに揺れていた。
「……今日は、ずいぶんお元気でございますね」
「うん!」
俺は、思わず笑った。
「だって、今日は四機の最終確認だから!」
「ふふっ。そうでございましたね」
マルタは、柔らかく微笑んだ。
「ですが、朝食はきちんと召し上がりましたか?」
「もちろん!」
「睡眠は?」
「ちゃんと寝たよ!」
「では、よろしいかと」
……なんだか、出撃前の健康診断みたいだな。
でも、今朝は本当に調子がいい。
昨夜は少し緊張した。
四機の試験がうまくいかなかったらどうしよう、とも考えた。
だけど、以前のように何度も同じ計算を確認し続けることはしなかった。
必要な確認は終わっている。
あとは、決められた手順に従って試験するだけだ。
……うん。
それでいい。
「レオン!」
突然、廊下の向こうから元気な声が響いた。
リナだ。
赤茶色の髪を揺らし、狐の耳をぴんと立てて走ってくる。
その後ろから、エリスが小走りで追いかけていた。
「リナ、廊下は走っちゃ駄目だよ!」
「だって、早く見たいんだもん!」
「……リナちゃん、待って……!」
エリスは息を弾ませながら、俺たちの前で立ち止まった。
「……お、おはよう、レオンくん」
「おはよう、エリス」
リナは、俺の両肩を掴んだ。
「ねえ! 今日、本当に動くの!?」
「予定ではね」
「やったあああっ!」
彼女の尻尾が、大きく左右に揺れる。
その様子を見て、俺は笑ってしまった。
「でも、試験だから無茶は駄目だよ」
「分かってるって!」
「……本当に?」
「……たぶん!」
「そこは自信を持ってよ!」
エリスが、くすくすと笑った。
マルタも、口元に手を当てて微笑んでいる。
……ああ。
なんだか、楽しいな。
こんなふうに朝から笑えることが、今の俺には嬉しかった。
◇
ヴァイス家の工房。
その奥に設けられた大型組立区画には、四機の魔導機甲が並んでいた。
数週間前まで、ここには部品と設計図しかなかった。
だが今は違う。
金属の骨格に装甲が取り付けられ、魔力導管が内部を巡り、操縦席と駆動装置が接続されている。
四機とも、独立した魔導機甲としての姿を完成させていた。
工房の天井から差し込む朝日が、装甲を照らしている。
俺は、その光景を見上げた。
「……すごい」
何度見ても、胸が高鳴る。
そのとき、腕輪から声が響いた。
『おはようございます、レオンハルト』
「おはよう、アリア」
『四機の起動前点検を開始できます』
「ありがとう。でも、まずはみんなで確認しよう」
『了解しました』
アリアの青い光が、淡く瞬いた。
俺は、最初の機体へ歩み寄った。
◇
《オメガ》――蒼銀の騎士。
四機の中央に立つのは、俺の魔導機甲だった。
全高は約百四十センチ。
ほかの三機よりも少しだけ肩幅が広く、力強い輪郭をしている。
装甲の主色は、深く澄んだコバルトブルー。
胸部、肩、前腕、膝には、磨き上げられた銀色の装甲板が重なっていた。
青い装甲の縁には細い白銀の線が走り、まるで騎士の礼装を思わせる。
頭部は、西洋の騎士兜を基調とした形状だ。
額から後頭部へ伸びる鋭い銀色の稜線。
左右の頬を守る装甲。
そして、目の位置には横長の青い魔導バイザーが収められている。
起動すれば、そのバイザーが淡い水色に輝く仕組みだ。
胸部中央には、六角形の魔力制御装置。
その周囲を銀色の装甲が囲み、内部の魔力導管が青白い線となって胸から肩、腕、腰へと伸びている。
ただし、外から見える発光部分は保護板の内側に収めてある。
以前の設計では、魔力導管が外部へ露出しすぎていた。
それでは、戦闘中に損傷する危険が高い。
だから、今回は装甲の内側へ配置し直したのだ。
そして、何より目を引くのが背中だった。
四基の推進器。
上部に二基。
下部に二基。
銀色の可動支持部に取り付けられた円筒形の推進器は、それぞれ独立して角度を変えられる。
噴射口の内側には、青い魔力変換環が幾重にも重なっていた。
……格好いい。
何度見ても、格好いい。
ただし、まだ空を飛ぶことはできない。
現在の推進器は、低出力で姿勢を補助するためのものだ。
本格的な飛行には、さらに多くの試験が必要になる。
「……レオン」
リナが、俺の隣へ来た。
「これ、前よりずっと格好よくなったね!」
「そうでしょ!」
俺は、嬉しくなって説明を始めた。
「右膝の関節も改良したんだ。今までは横方向の力が集中していたけど、今回は腰の骨格まで負荷を分散させるようにしてある」
「……へえ!」
「それから、緊急停止装置も独立させたんだよ!」
「……うん!」
「さらに、操縦席の保護材を――」
「レオン!」
「……え?」
リナが、にやりと笑った。
「すっごく楽しそう!」
……あ。
俺は、思わず口を閉じた。
そういえば。
さっきから、ずっと喋っていた。
「……ご、ごめん」
「なんで謝るの?」
リナは、首を傾げた。
「楽しそうなレオン、あたし好きだよ!」
……。
俺は、少しだけ頬が熱くなった。
「……ありがとう」
でも、今度は素直に笑えた。
◇
《ヴァーミリオン・フォックス》――紅蓮の幻影。
次に俺たちが向かったのは、リナの機体だった。
オメガとは対照的に、細身で軽快な印象を与える。
全身を覆う装甲は、鮮やかな緋色と純白。
胸部から腹部へかけて白い装甲が走り、肩や前腕、脚部には赤い装甲板が重なっている。
関節部分には黒に近い濃灰色の柔軟な保護材。
そして、装甲の縁には細い金色の線が入っていた。
頭部は、狐を思わせる独特の形状だ。
左右に伸びる二本の鋭い突起は、狐の耳を模している。
ただの飾りではない。
内部には音や魔力の変化を拾う補助感知装置が収められている。
顔の中央には、琥珀色の細長いバイザー。
その下には、白い口元の装甲が配置されていた。
肩は小さく、腕は細い。
脚部は、素早い方向転換を想定した構造になっている。
膝の後ろには小型の衝撃吸収機構。
足首には、左右へ傾く動きを制御する補助関節が設けられていた。
そして。
「……あああっ!」
リナが、嬉しそうに叫んだ。
「尻尾だあああっ!」
機体の腰から、二本の長い機械式の尾が伸びている。
根元は白。
中央は赤。
先端には金色の装飾。
内部には細い可動骨格が通っており、左右へしなやかに動くよう設計されていた。
これらは、急な方向転換や着地の際に、機体の姿勢を補助するための装置だ。
「レオン! これ動くの!?」
「うん。低速ならね」
「見たい!」
「じゃあ、アリア」
『了解しました。尾部安定装置、低速動作試験を開始します』
ウィン……。
二本の尾が、ゆっくり左右へ動いた。
右へ。
左へ。
そして、静かに元の位置へ戻る。
「うわあああっ!」
リナの目が輝いた。
「本当に尻尾だ!」
俺は、思わず笑った。
「リナの尻尾を参考にしたからね」
「えへへ!」
彼女は、自分のふわふわした尻尾を抱えた。
「じゃあ、この子はあたしの妹みたいなものだね!」
「……妹?」
「うん!」
リナは、機体を見上げた。
「よろしくね、ヴァーミリオン・フォックス!」
……うん。
きっと、いい相棒になると思う。
◇
《セイレーン》――水を纏う白き歌姫。
三機目は、エリスのために設計した魔導機甲だ。
その姿は、ほかの機体とは大きく異なっていた。
装甲の主色は、真珠を思わせる柔らかな白。
胸部から腰へかけて、水色と青緑色の装甲が曲線を描いている。
肩には、貝殻を思わせる丸みを帯びた装甲板。
前腕の外側には、透明感のある青い補助翼。
脚部には、水の流れを受け流すような滑らかな装甲が取り付けられていた。
頭部は、ほかの機体よりも細く優雅な形状だ。
額には小さな真珠色の装飾。
左右には、波を思わせる銀色の曲線。
そして、目の部分には緑色の魔導バイザーが収められている。
胸部中央には、淡い青色の魔力感知装置。
その周囲には、水面に広がる波紋を模した細い銀色の模様が刻まれていた。
さらに、前腕と脚部には小型の可動フィン。
将来的には、水中で姿勢を制御するための装置として使う予定だ。
ただし、現段階では陸上での動作試験が優先されている。
「……きれい」
エリスが、小さく呟いた。
その緑色の瞳が、機体を映している。
「……まるで、お水の中にいるみたい」
「気に入った?」
俺が尋ねると、エリスは大きく頷いた。
「……うん!」
そして、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「……すごく、好き」
俺は、胸が温かくなった。
「よかった」
俺は、操縦席の側面を指差した。
「ここも見て」
「……何?」
整備用の外装を開くと、内部の操縦席が見えた。
座席は、背中を柔らかく支える曲面構造。
左右には小型の操縦桿。
足元には、取り外し可能な足置きが設置されている。
「人間の脚のときは、この足置きを使うんだ」
「……うん」
「それで、尻尾の姿になったときは、足置きを外して座席の下の空間を広げられるようにした」
エリスは、目を見開いた。
「……本当に?」
「うん。まだ水中での確認は必要だけど、どちらの姿でも無理なく座れるようにしたいんだ」
エリスは、しばらく何も言わなかった。
そして。
「……ありがとう、レオンくん」
小さく微笑んだ。
「……私のこと、ちゃんと考えてくれたんだね」
「もちろん!」
俺は、笑顔で答えた。
すると、エリスも嬉しそうに笑った。
……よかった。
この機体を作って、本当によかった。
◇
《プリンセス・ヴァルキュリア》――白銀の守護姫。
最後に俺たちが向かったのは、マルタの機体だった。
四機の中でも、特に騎士らしい姿をしている。
主色は、輝く白銀。
胸部と肩には、優雅な曲線を描く銀色の装甲。
胴体の内側には濃紺の装甲材が使われ、腰には深紅の装飾が施されていた。
頭部は、王冠を思わせる独特の形状だ。
額には三つの小さな銀色の突起。
中央には、赤い宝石を模した魔力表示灯。
左右の頬を守る装甲は、細く滑らかな曲線を描いている。
目の部分には、淡い紫色のバイザー。
その光は、静かでありながら力強い印象を与える。
肩の装甲は、ほかの機体よりも大きい。
しかし、動きを妨げないよう、複数の小さな装甲板に分割されていた。
腰部には、騎士のスカートを思わせる可動式の装甲。
歩くときには、それぞれが独立して動く仕組みだ。
左腕には、大型の盾。
白銀の表面には、ヴァイス家の紋章が刻まれていた。
父上が、正式に使用を許可してくれたものだ。
盾の中央には青い魔力補助装置があり、衝撃を受けた際に腕部へ伝わる負荷を分散する。
右手には、銀色の訓練用ランス。
鋭い穂先は取り付けられておらず、先端は丸い保護材で覆われている。
まだ実戦用の武器ではない。
それでも、白銀の盾と槍を持つ姿は、まさに戦乙女だった。
「……マルタ」
俺は、彼女を見た。
「どう?」
マルタは、何も言わなかった。
ただ、静かに機体を見上げていた。
その表情には、懐かしさと驚きが混じっている。
「……レオンハルト様」
「……うん?」
「この機体は……」
彼女は、ゆっくり言葉を続けた。
「……私が、もう一度前へ進むための機体なのですね」
俺は、頷いた。
「うん」
マルタは、そっと盾へ手を触れた。
「……《グランガード》とは、まったく違う」
その声は、静かだった。
「ですが……」
彼女は、微笑んだ。
「……とても、気に入りました」
俺は、嬉しくなった。
「本当!?」
「はい」
そして、マルタは俺の前へしゃがんだ。
「レオンハルト様」
「……何?」
「私に、新しい翼を与えてくださって、ありがとうございます」
……。
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
「……こちらこそ」
俺は、笑顔で答えた。
「これからも、よろしくね」
「もちろんでございます」
マルタは、優雅に微笑んだ。
「私の小さな騎士様」
◇
四機の外観確認が終わると、いよいよ起動試験が始まった。
工房の外には、専用の試験場が設けられている。
周囲には木製の防護柵。
さらに、万が一の暴走に備えた緊急停止用の魔導装置が配置されていた。
父上。
工房の職人たち。
そして、王都から来たセレスティア隊長。
全員が、試験を見守っている。
「……本当に、四機とも動かすのですか?」
セレスティアが、少し驚いたように尋ねた。
「はい!」
俺は、胸を張った。
「ただし、今日は基本動作だけです」
「……なるほど」
彼女は、四機を見上げた。
「しかし、見事なものですね」
俺は、少しだけ照れくさくなった。
「……ありがとうございます」
以前の俺なら、きっとこう答えていただろう。
――いえ、まだまだです。
――僕なんて、大したことありません。
でも、今日は違う。
もちろん、まだ改善すべきところはある。
それでも、ここまで作り上げたことは事実だ。
だから。
「……みんなで、頑張って作りました」
俺は、素直に答えた。
セレスティアは、少しだけ微笑んだ。
「それは、素晴らしいことです」
◇
『起動前検査を開始します』
アリアの声が、試験場に響いた。
四機の魔導機甲が、整備台の上に並んでいる。
『第一機、オメガ』
青い魔力導管が、ゆっくり光り始めた。
胸部中央の制御装置が、淡い青色に輝く。
そして。
キィン……。
頭部のバイザーに、青白い光が灯った。
「……おおっ!」
職人たちから、歓声が上がった。
『オメガ、基本システム起動完了』
俺は、思わず拳を握った。
……よし!
『第二機、ヴァーミリオン・フォックス』
赤い装甲の内側に、金色の魔力が走った。
琥珀色のバイザーが輝く。
二本の機械式の尾が、ゆっくり持ち上がった。
「やったあああっ!」
リナが、飛び跳ねた。
『ヴァーミリオン・フォックス、基本システム起動完了』
『第三機、セイレーン』
白い装甲の隙間から、水色の光が溢れた。
胸部の魔力感知装置が、波紋のような光を広げる。
緑色のバイザーが、静かに点灯した。
「……わあ」
エリスが、両手を胸の前で握った。
『セイレーン、基本システム起動完了』
『第四機、プリンセス・ヴァルキュリア』
最後に、白銀の機体が輝いた。
紫色のバイザー。
胸部の赤い表示灯。
そして、盾の中央に刻まれたヴァイス家の紋章が、淡い青色に照らされた。
マルタは、静かに息を呑んだ。
『プリンセス・ヴァルキュリア、基本システム起動完了』
……。
俺は、四機を見つめた。
青。
赤。
水色。
白銀。
四つの光が、試験場に並んでいる。
そして。
『四機の魔導機甲、全機起動確認』
アリアの声が響いた。
『基本システム、正常稼働中』
……できた。
本当に。
四機とも。
動いたんだ。
◇
次は、操縦試験だった。
まずは、俺がオメガへ乗り込む。
胸部装甲が開き、内部の操縦席が姿を現した。
以前の試作機よりも、座席周辺の保護材が増えている。
左右には操縦桿。
足元には補助ペダル。
正面には、魔力表示装置と機体状態を示す小型の計器。
俺は、座席へ腰を下ろした。
そして、安全固定具を締める。
「……よし」
『操縦者を確認。レオンハルト・ヴァイス』
「アリア、接続開始」
『了解しました』
操縦席の内側に、青い光が走った。
正面の表示装置が起動する。
『魔力供給、安定』
『関節制御、正常』
『緊急停止装置、待機』
俺は、ゆっくり息を吐いた。
……大丈夫。
やることは、決まっている。
まずは、一歩。
「……オメガ、前進」
操縦桿を、ゆっくり倒す。
ウィン……。
右脚が、わずかに持ち上がった。
そして。
コトン。
地面へ着地する。
……一歩。
次に、左脚。
コトン。
……二歩。
俺は、目を輝かせた。
「……動いた!」
『歩行動作、正常範囲内』
「……よし!」
俺は、ゆっくり三歩目を踏み出した。
そして、停止。
機体は、静かに立ち止まった。
……できた。
今度は、膝の異常もない。
少なくとも、この低速試験では。
「……アリア、右膝の状態は?」
『測定値は許容範囲内です。ただし、長時間運用には追加試験が必要です』
「了解!」
俺は、笑顔で頷いた。
……うん。
これでいい。
次の試験へ進もう。
◇
「次、あたし!」
リナが、元気よく手を挙げた。
ヴァーミリオン・フォックスの操縦席へ乗り込むと、彼女は嬉しそうに周囲を見回した。
「うわあ! 中も赤い!」
操縦席の内装には、赤と白の保護材が使われている。
正面には琥珀色の表示装置。
左右の操縦桿は、小さな手でも握りやすい形状だ。
「リナ、まずは安全固定具!」
「はーい!」
彼女は、素直に固定具を締めた。
『操縦者を確認。リナ』
「よーし!」
リナは、操縦桿を握った。
「ヴァーミリオン・フォックス、出発!」
……いや。
まだ出発しないで!
「リナ! ゆっくり!」
「分かってるって!」
機体が、一歩踏み出した。
次に、もう一歩。
そして。
リナが、少しだけ方向を変えようとした。
その瞬間。
機体の上半身が、わずかに傾いた。
「わっ!?」
俺は、思わず声を上げた。
「リナ、停止!」
「う、うん!」
しかし。
機体の尾部安定装置が、ゆっくり反対方向へ動いた。
ウィン……。
二本の尾が姿勢を補助し、機体の傾きが小さくなる。
そして、無事に停止した。
『姿勢補助機構、作動確認』
……。
俺は、息を吐いた。
「……よかった」
リナも、操縦席の中で笑った。
「すごい! 尻尾が助けてくれた!」
「うん。でも、急に動かしちゃ駄目だよ!」
「はーい!」
……まったく。
でも。
いい試験になった。
尾部安定装置が、ちゃんと役に立っている。
◇
次は、エリスだった。
セイレーンの操縦席へ座ると、彼女は少し緊張した様子で周囲を見回した。
「……レオンくん」
「どうしたの?」
「……私、ちゃんとできるかな」
俺は、微笑んだ。
「大丈夫。今日は、ゆっくり動くだけだから」
エリスは、少し考えた。
そして。
「……うん」
小さく頷いた。
安全固定具を締め、操縦桿へ手を伸ばす。
『操縦者を確認。エリス』
水色の表示装置が、静かに輝いた。
「……セイレーン」
エリスが、小さく呟いた。
「……よろしくね」
機体が、ゆっくり動き始めた。
一歩。
二歩。
その動きは、リナの機体よりもずっと慎重だった。
そして、停止。
『歩行動作、正常』
俺は、笑顔になった。
「エリス、上手だよ!」
「……本当?」
「うん!」
エリスは、嬉しそうに微笑んだ。
次に、胸部の魔力感知装置を起動する。
試験場の端には、安全な水を入れた容器が置かれていた。
セイレーンの表示装置に、淡い水色の反応が現れる。
『水属性魔力反応を検出』
「……あ」
エリスが、目を輝かせた。
「……分かる」
「……何が?」
「……水の魔力が、少しだけ近く感じる」
俺は、嬉しくなった。
……よし。
センサーも、正常に動いている。
まだ水中での試験はできないけど。
確実に、一歩前進だ。
◇
そして。
最後は、マルタだった。
プリンセス・ヴァルキュリアの胸部装甲が開く。
内部には、小柄な操縦者に合わせた座席が設置されていた。
背もたれの高さ。
操縦桿の位置。
足元のペダル。
すべて、今のマルタの身体に合わせて調整されている。
彼女は、静かに座席へ腰を下ろした。
そして、操縦桿を握る。
……。
その瞬間。
マルタの表情が変わった。
いつもの優しいメイドではない。
かつて戦場で仲間を守っていた、一人の騎士の顔だった。
『操縦者を確認。マルタ』
紫色の表示装置が輝く。
「……プリンセス・ヴァルキュリア」
マルタは、静かに呟いた。
「起動いたします」
機体が、ゆっくり立ち上がった。
そして。
一歩。
二歩。
三歩。
無駄のない動き。
重心の移動も、驚くほど滑らかだった。
俺は、思わず目を見開いた。
「……すごい!」
セレスティアも、隣で微笑んだ。
「……さすがですね」
マルタは、左腕を持ち上げた。
白銀の盾が、静かに前へ構えられる。
右脚を半歩引き、身体を斜めにする。
まるで、敵の攻撃を受け止める準備をしているかのようだった。
『防御姿勢、安定』
俺は、息を呑んだ。
……格好いい。
本当に。
まるで、本物の戦乙女だ。
「……マルタ!」
俺が呼ぶと、通信装置から声が返ってきた。
『はい、レオンハルト様』
「……すごく似合ってるよ!」
少しの沈黙。
そして。
『……ありがとうございます』
その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
『私も、この機体が大好きになりました』
◇
すべての基本試験が終わった。
四機の魔導機甲は、試験場の中央に並んでいる。
青と銀のオメガ。
赤と白のヴァーミリオン・フォックス。
白と水色のセイレーン。
白銀のプリンセス・ヴァルキュリア。
四機とも、基本動作を確認できた。
もちろん、まだ本格的な戦闘には使えない。
長時間の運用試験。
緊急脱出試験。
推進器の安全確認。
各機の特殊機構の調整。
やるべきことは、まだ山ほどある。
でも。
今日の目標は、達成できた。
「……レオンハルト」
父上が、俺の前へ歩いてきた。
「……父上」
父上は、四機を見上げた。
そして、静かに微笑んだ。
「……よくやったな」
俺は、少しだけ驚いた。
「……え?」
「これほどのものを、よく作り上げた」
その言葉が、胸の奥に響いた。
以前の俺なら、きっとすぐに否定していただろう。
――まだ、完成じゃありません。
――僕一人の力じゃありません。
――大したことはしていません。
そんな言葉が、頭に浮かびかけた。
でも。
俺は、少しだけ考えた。
……そうだ。
まだ、改善すべきところはある。
みんなに助けてもらったのも事実だ。
でも。
俺だって、頑張った。
何度も設計図を書き直した。
失敗した。
悩んだ。
それでも、諦めなかった。
だから。
「……ありがとうございます、父上」
俺は、笑顔で答えた。
「みんなが手伝ってくれたおかげです」
そして。
少しだけ胸を張った。
「……でも、僕も頑張りました」
父上が、目を見開いた。
そして。
「……ああ」
優しく微笑んだ。
「そうだな」
大きな手が、俺の頭を撫でた。
「お前も、よく頑張った」
……。
胸の奥が、温かくなった。
嬉しかった。
本当に。
◇
「レオーン!」
突然、リナが飛びついてきた。
「うわっ!?」
俺は、慌てて彼女を受け止めた。
「やったね!」
「……うん!」
「四機とも動いたよ!」
「そうだね!」
リナは、嬉しそうに笑った。
その隣へ、エリスがやってくる。
「……レオンくん」
「……エリス?」
彼女は、そっと俺の手を握った。
「……ありがとう」
俺は、微笑んだ。
「こちらこそ」
そして、マルタも近づいてきた。
「……レオンハルト様」
「……マルタ」
「本日は、本当に素晴らしい一日でございました」
俺は、四機を見上げた。
「……うん」
リナが、俺の顔を覗き込んだ。
「ねえ、レオン」
「……何?」
「最近、なんだかよく笑うようになったね!」
俺は、少し驚いた。
「……そうかな?」
「うん!」
リナは、元気よく頷いた。
「前は、すぐ難しい顔してたもん!」
……うっ。
それは、否定できない。
エリスも、小さく微笑んだ。
「……私も、そう思う」
「……エリスまで?」
「……うん」
彼女は、俺の手を少しだけ握り直した。
「……今のレオンくん、楽しそう」
俺は、少し考えた。
……そうか。
確かに。
最近は、前よりも楽しいと思える時間が増えた。
不安がなくなったわけじゃない。
怖い考えが浮かぶこともある。
でも。
そればかり気にして、一日を終えることは少なくなった。
楽しいときは、楽しい。
嬉しいときは、嬉しい。
そう感じてもいいんだ。
……きっと。
「……うん」
俺は、笑顔で頷いた。
「今、すごく楽しいよ」
リナが、にっこり笑った。
「えへへ! よかった!」
エリスも、嬉しそうに微笑んだ。
マルタは、静かに俺たちを見守っていた。
◇
夕方。
四機の魔導機甲は、再び工房へ戻された。
夕日が、装甲を赤く染めている。
俺は、一人で工房に残り、四機を見上げていた。
……オメガ。
ヴァーミリオン・フォックス。
セイレーン。
プリンセス・ヴァルキュリア。
四機とも、まだ成長途中だ。
でも。
確かに、ここまで来た。
前世の俺なら、きっと信じられなかっただろう。
自分が、こんなものを作れるなんて。
こんな仲間たちに囲まれるなんて。
そして。
自分の努力を、素直に認められる日が来るなんて。
「……アリア」
『はい、レオンハルト』
「……ありがとう」
『何に対してでしょうか?』
俺は、少しだけ笑った。
「……いろいろ」
『曖昧な回答です』
「……ははっ」
思わず笑ってしまった。
すると、アリアが続けた。
『ですが、感謝の意図は理解しました』
俺は、腕輪を見つめた。
「……アリア」
『はい』
「これからも、よろしくね」
『了解しました』
そして。
『レオンハルト』
「……何?」
『本日のあなたは、以前よりも落ち着いていました』
俺は、少し驚いた。
「……そう?」
『はい。試験中に小さな異常が発生した際も、必要な確認を行い、適切に対応していました』
……ああ。
リナの機体が傾いたときのことか。
確かに、あのときは驚いた。
でも、すぐに停止を指示できた。
以前なら、もっと慌てていたかもしれない。
「……そっか」
俺は、微笑んだ。
「少しは、成長できたのかな」
『その可能性は高いと考えられます』
……ふふっ。
アリアらしい答えだ。
俺は、オメガを見上げた。
青と銀の装甲が、夕日を受けて輝いている。
……いつか。
この機体で、空を飛びたい。
リナと。
エリスと。
マルタと。
四人で。
同じ空を。
そして。
どんな危険が起きても、みんなで帰ってこられるように。
俺は、もっと強くなりたい。
でも。
今度は、自分を責めながら進むんじゃない。
自分の努力を認めながら。
仲間を信じながら。
一歩ずつ。
進んでいこう。
俺は、静かに拳を握った。
「……よし」
そして、笑顔で呟いた。
「次は、四機で一緒に動こう!」
その言葉に応えるように。
オメガの胸部に残っていた青い待機灯が、静かに瞬いた。
四機の魔導機甲。
四人の小さな騎士。
そして、まだ始まったばかりの物語。
彼らの未来には、きっと多くの困難が待っている。
それでも。
今の俺は、以前ほど未来を恐れていなかった。
なぜなら。
どんな困難が待っていても。
俺には、信頼できる仲間たちがいる。
そして。
少しずつだけど。
自分自身のことも、信じられるようになってきたからだ。
――夢は、まだ終わらない。
むしろ。
ここからが、本当の始まりだった。
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