第42話 オメガ改良計画、ついに始動! 四人の小さな騎士と新型魔導機甲への第一歩!
――お金があれば、何でも作れる。
そんなふうに考えていた時期が、俺にもあった。
いや、正確には前世の話だ。
欲しい部品があれば注文する。必要な工具がなければ購入する。性能が足りなければ、もっと高性能なものに交換する。
もちろん、前世でも予算には限界があった。
けれど、この世界に生まれ変わってから、俺は何度も思い知らされている。
お金があっても、手に入らない材料がある。
材料があっても、加工できる職人がいないことがある。
そして、どれほど優れた設計図を描いたところで、それが本当に安全に動くとは限らない。
ベルンハイムでの魔導運搬機修理を終えた翌朝。
俺は、その現実ともう一度向き合うことになった。
……ただし。
まさか最初の問題が、狐の尻尾から始まるとは思わなかったけど。
◇
「レオン! 早く、早く!」
「分かったから、引っ張らないで!」
朝食を終えたばかりの俺は、リナに手を引かれながら工房へ向かっていた。
赤茶色の髪が、廊下を走るたびに跳ねる。
頭の上では、三角形の狐耳が元気よく揺れていた。
白いシャツに赤い上着、動きやすい短いズボン。
そして、彼女の背後には、身体に負けないくらい存在感のある大きな尻尾がある。
「今日は、あたしの機体を作るんでしょ!?」
「いや、今日は設計の確認からだよ」
「ええーっ!?」
リナが勢いよく振り返った。
「昨日、もうお金ができたって言ってたじゃん!」
「研究費が少し増えただけだよ。全部使っていいわけじゃないし」
「でも、機体を作るためのお金なんでしょ?」
「そうだけど……」
俺が説明しようとしたところで、後ろから小さな声が聞こえた。
「……リナちゃん」
エリスだった。
赤い髪を青いリボンでまとめ、淡い水色のワンピースを着ている。
緑色の瞳が、少し困ったようにリナを見つめていた。
「レオンくん……昨日、疲れてると思うから……」
「あっ」
リナの耳が、ぴくりと動いた。
彼女は俺の顔を見上げる。
「……疲れてる?」
「もう大丈夫だよ」
「本当?」
「うん。ちゃんと寝たから」
そう答えると、リナは少し安心したように笑った。
「じゃあ、早く行こう!」
「結局それ!?」
エリスが、くすくすと笑う。
……まったく。
朝から賑やかだ。
でも、悪い気分じゃない。
むしろ、こんなふうに誰かが俺の作る機械を楽しみにしてくれていることが、少し嬉しかった。
◇
工房の扉を開けると、金属と機械油の匂いが鼻をくすぐった。
壁には工具が整然と並び、作業台の上には大小さまざまな部品が置かれている。
そして、工房の奥。
青銀の装甲をまとった一機の魔導機甲が、専用の支持台に固定されていた。
《オメガ》。
俺が、この世界で初めて作り上げた自分専用の魔導機甲。
全高は、およそ百四十センチ。
背部には四基の推進器を備えている。
もっとも、その推進器はまだ飛行に使える状態ではない。
現在のオメガにできるのは、限られた条件で歩くことだけだ。
しかも、右膝には解決できていない問題が残っている。
「……おはよう、オメガ」
俺は、小さく呟いた。
当然、返事はない。
それでも、なんとなく声をかけたくなる。
「レオンハルト様」
工房の奥から、柔らかな声が聞こえた。
振り返ると、マルタが作業台のそばに立っていた。
栗色の髪を銀色の髪留めでまとめ、白いブラウスの胸元には深紅のリボン。
濃紺の上着とプリーツスカートには、銀色の縁取りが施されている。
肩から下がる小さな青いケープが、彼女の動きに合わせて揺れた。
「おはようございます」
「おはよう、マルタ」
「本日の資料は、こちらにまとめておきました」
マルタが示した机には、四つの設計図が並んでいた。
《オメガ》。
《プリンセス・ヴァルキュリア》。
《ヴァーミリオン・フォックス》。
《セイレーン》。
俺は思わず笑顔になった。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
マルタは微笑んだ。
「ただし、一つ確認したいことがございます」
「……何?」
「本日は、どこまで進めるご予定ですか?」
「えっと……」
俺は机の上に置いた研究計画書を開いた。
「まず、オメガの右膝を調べるための試験装置を作る。それから、みんなの機体の模型を確認して……」
「なるほど」
マルタは頷いた。
「では、実機の製作はまだ先でございますね」
「うん」
「ええーっ!?」
リナが叫んだ。
「まだ作らないの!?」
「だから、さっき説明したでしょ!」
「だって、早く乗りたいんだもん!」
リナは頬を膨らませた。
その隣で、エリスが小さく手を挙げる。
「……私は、模型でも……嬉しいよ」
「エリスは優しいなあ……」
俺がそう言うと、リナが慌てて手を挙げた。
「あ、あたしも模型でいい!」
「本当?」
「……でも、いつか本物に乗せてね!」
「もちろん」
俺は頷いた。
そのとき。
「その『いつか』を早めたいなら、まず帳簿を見ることだな」
低い声が、工房に響いた。
振り返ると、父上が入口に立っていた。
手には、分厚い帳簿。
……あ。
これは、嫌な予感がする。
◇
「レオンハルト。研究計画書はできたか?」
「はい、父上!」
俺は机の上に置いた書類を差し出した。
父上は椅子に腰を下ろし、ゆっくりと目を通し始めた。
しばらく、紙をめくる音だけが続いた。
「……ふむ」
父上が、ある項目で手を止めた。
「四機分の魔導炉、装甲材、操縦装置……」
「はい!」
「レオンハルト」
「……はい?」
「これを全部作るつもりか?」
「……最終的には」
「今すぐではないな?」
「もちろんです!」
俺は慌てて答えた。
父上は、深く息を吐いた。
「よろしい」
そして、帳簿を開いた。
「ベルンハイムで得た報酬から、材料費、職人たちへの賃金、移動費を差し引いた。さらに、今後の修理仕事に備えた資金も残さなければならん」
俺は頷いた。
「はい」
「今回、研究費として使えるのは、その一部だけだ」
父上は、計画書の上に指を置いた。
「この金額で、四機を同時に建造することはできん」
リナが、そっと俺に耳打ちした。
「……いくら足りないの?」
「……かなり」
「ええ……」
彼女の尻尾が、しゅんと下がった。
父上は続けた。
「だが、設計研究まで禁止するつもりはない」
リナの耳が、ぴんと立った。
「本当!?」
「うむ。ただし、優先順位を決める」
父上は、オメガの図面を指差した。
「第一に、オメガの右膝の安全性を確認すること」
「はい」
「第二に、操縦系統と緊急停止機構の見直し」
「はい!」
「第三に、ほかの三機については、当面は模型と設計までだ」
リナが、少しだけ肩を落とした。
しかし、すぐに顔を上げた。
「じゃあ、模型なら作っていいんだよね?」
「材料を無駄にしなければな」
「やった!」
父上は苦笑した。
そして、俺を見た。
「レオンハルト。今回の修理仕事で学んだことを、忘れるなよ」
「……はい」
「強い機体を作る前に、安全な機体を作るんだ」
俺は、ゆっくり頷いた。
……そうだ。
ベルンハイムで学んだこと。
それを、今度はオメガに活かす。
「分かりました、父上」
俺は、研究計画書の一番上に新しい文字を書いた。
『第一目標――オメガ右膝の安全性確認』
◇
午前中。
俺たちは、オメガの右膝の構造を改めて調べていた。
右脚の装甲を一部取り外し、関節部分を露出させる。
金属製の支持軸。
魔導駆動装置。
そして、膝を支える複数の固定具。
俺は、ベルンハイムで使った測定器を参考に、小さな試験台を組み立てていた。
もちろん、運搬機用の大型装置をそのまま使うことはできない。
オメガは小型だし、構造も違う。
だから、試験台も専用に作る必要がある。
「……よし」
俺は、木製の台座に金属製の支持具を取り付けた。
そこへ、オメガの膝と同じ寸法で作った試験用の関節を固定する。
実機の右膝をいきなり動かすのではなく、まず模型で荷重のかかり方を調べるのだ。
「レオンハルト様」
マルタが、隣から覗き込んだ。
「これは、どのような試験を行う装置ですか?」
「膝に横から力が加わったとき、どこに負担が集中するか調べるんだ」
「……横から?」
「うん」
俺は、模型の膝を指差した。
「普通に前へ歩くときは、ある程度安定している。でも、方向転換すると、横方向の力が加わるでしょ?」
マルタは頷いた。
「はい。特に、急な方向転換では関節に大きな負担がかかります」
「そう。それが今のオメガの問題なんだ」
俺は、小さな重りを取り出した。
滑車を通した紐につなぎ、関節の側面へ力を加える。
……よし。
少しずつ、荷重を増やしていこう。
最初は、小さな重り。
関節は、ほとんど動かない。
次に、少し重いもの。
……あ。
支持具の一部分が、わずかにたわんだ。
「……ここか」
俺は、測定結果を手帳に書き込んだ。
さらに重りを増やそうとしたところで。
「レオンハルト様」
マルタが、静かに声をかけた。
「……何?」
「その前に、一度確認した方がよろしいかと」
「……え?」
彼女は、試験台の下を指差した。
「台座の固定具が、少し動いております」
俺は覗き込んだ。
……本当だ。
木製の台座を固定している金具が、わずかに緩んでいる。
「……危なかった」
俺は、慌てて重りを外した。
「ありがとう、マルタ」
「どういたしまして」
彼女は、柔らかく微笑んだ。
「試験装置そのものが不安定では、正しい結果は得られませんから」
……なるほど。
機械を調べるための道具も、ちゃんと安全でなければならない。
俺は、台座の固定方法を見直すことにした。
◇
昼前。
試験台の補強を終えた俺は、再び関節模型の測定を始めた。
今回は、マルタにも記録を手伝ってもらう。
「では、始めるよ」
「はい」
小さな重りを取り付ける。
関節の側面に、ゆっくりと力が加わる。
マルタが測定器の針を確認した。
「……変位、わずかです」
「うん」
次の重り。
「……少し増えました」
「記録しておいて」
「承知しました」
さらに重りを増やす。
すると。
ギシッ。
小さな音がした。
「……っ!」
俺は、すぐに手を止めた。
関節模型の上部。
支持具の根元が、わずかに変形している。
「……ここだ」
俺は、息を呑んだ。
膝の横方向の力を受け止めるために、支持具を補強した。
しかし、その結果。
負担が、別の場所へ移っていた。
「……なるほど」
俺は、ゆっくりと呟いた。
ベルンハイムで修理した一号機。
あの機体も、荷重の偏りによって軸受けが摩耗していた。
……同じだ。
一つの部品だけを強くしても、機械全体が安全になるとは限らない。
「レオンハルト様」
マルタが、少し心配そうに俺を見た。
「……失敗、でしょうか?」
俺は、しばらく模型を見つめていた。
そして、首を横に振った。
「……ううん」
「……え?」
「失敗だけど、無駄じゃない」
俺は、測定結果を指差した。
「どこに負担が集中するのか、分かったから」
マルタは、少し驚いたように目を瞬かせた。
そして、微笑んだ。
「……そうですね」
「次は、支持具の形を変えてみようと思う」
「はい」
俺は、新しい図面を取り出した。
……よし。
これで、次の課題が見えた。
◇
「レオーン!」
そのとき。
工房の反対側から、リナの声が響いた。
「ちょっと来て!」
「……どうしたの?」
「いいから、見て!」
俺が近づくと、リナは得意そうに胸を張った。
作業台の上には、小さな木製の模型が置かれている。
赤い塗料で色をつけた胴体。
細い脚。
そして、背後には二本の長い尾のような部品。
《ヴァーミリオン・フォックス》の試作模型だ。
「……おお!」
俺は思わず声を上げた。
「できたんだ!」
「うん!」
リナは、嬉しそうに頷いた。
「見ててね!」
彼女は、模型の背後に取り付けた二本の尾を動かした。
右へ。
左へ。
そして、勢いよく反対方向へ。
……あ。
模型が、ぐらりと傾いた。
「……え?」
リナの耳が、ぴくりと動く。
次の瞬間。
コテン。
模型は、横倒しになった。
……。
……。
「……あれ?」
リナが、目を瞬かせた。
俺は、思わず口元を押さえた。
「……ぷっ」
「笑った!?」
「ご、ごめん!」
「今、絶対笑ったでしょ!」
「ちょっとだけ!」
「もう!」
リナは頬を膨らませた。
「絶対、床が傾いてるんだよ!」
「机の上だよ」
「じゃあ、机が傾いてる!」
俺は、思わず笑ってしまった。
そのとき。
「……リナちゃん」
エリスが、小さく声をかけた。
「……何?」
「さっき、右の尻尾を動かしたとき……模型が左に傾いたよ」
リナが、ぴたりと動きを止めた。
「……え?」
エリスは、少し恥ずかしそうに続けた。
「だから……尻尾の動かし方が、関係してるのかも……」
俺は、模型を見つめた。
……なるほど。
確かに、尾の動きに合わせて重心が変化している。
でも、二本の尾が長すぎるせいで、模型全体のバランスが崩れているようだ。
「……リナ」
「何?」
「ちょっと、走るときの動きを見せてくれる?」
「……走る?」
「うん。急に方向を変えるとき、尻尾をどう動かしてるのか見たいんだ」
リナは、少し考えた。
そして、にやりと笑った。
「いいよ!」
……嫌な予感。
「でも、あたし速いよ?」
「工房の中では走らないで!」
「えーっ!」
俺は慌てて止めた。
結局、俺たちは屋敷の庭へ移動することになった。
◇
庭には、柔らかな風が吹いていた。
木々の葉が揺れ、遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。
リナは、芝生の上で軽く身体をほぐしていた。
「じゃあ、見ててね!」
「うん。でも、無理しないで」
「分かってるって!」
彼女は、勢いよく走り出した。
赤茶色の髪が風になびく。
狐耳が後ろへ倒れ、大きな尻尾が身体の動きに合わせて揺れる。
そして、庭の中央で急に方向を変えた。
……あ。
俺は、目を見開いた。
リナは、身体を傾けるのと同時に、尻尾を反対方向へ動かしていた。
それによって、身体の回転を調整しているように見える。
もちろん、尻尾だけで姿勢を制御しているわけじゃない。
脚の踏み込み。
上半身の傾き。
そして、尻尾の動き。
全部が組み合わさっている。
「……なるほど」
俺は、手帳に簡単な図を描いた。
リナが戻ってくる。
「どう!? すごかったでしょ!」
「うん。すごかった!」
「えへへ!」
彼女は得意そうに笑った。
「でも、尻尾だけじゃなくて、脚の動きも大事なんだね」
「……え?」
リナが首を傾げる。
「そうなの?」
「自分では意識してない?」
「うーん……」
彼女は少し考えた。
「走るときは、身体が勝手に動くから……」
……なるほど。
感覚的にやっているんだ。
俺は頷いた。
「じゃあ、次の模型では、尾を短くして、脚の動きと合わせてみよう」
「……それで速くなる?」
「まだ分からない。でも、試してみる価値はあると思う」
リナは、にっこり笑った。
「じゃあ、やろう!」
……よし。
《ヴァーミリオン・フォックス》の設計も、一歩前進だ。
◇
午後。
工房へ戻ると、エリスが小さな木製の椅子の前に立っていた。
《セイレーン》の操縦席模型だ。
淡い青色に塗られた背もたれ。
左右に取り付けられた簡単な操作棒。
そして、脚を置くための小さな足台。
「……レオンくん」
「どうしたの?」
「……これ、座ってみてもいい?」
「もちろん!」
俺は笑顔で頷いた。
エリスは、少し緊張した様子で椅子に腰を下ろした。
両手で操作棒を握る。
足台へ、そっと足を置く。
「……どう?」
俺が尋ねると、彼女は少し考えた。
「……うん。座りやすいよ」
「本当?」
「……うん」
俺は、ほっと息を吐いた。
……よかった。
でも、問題はここからだ。
エリスは、水に入ると下半身が人魚の尾へ変化する。
つまり、陸上用の操縦席だけでは不十分なのだ。
「……エリス」
「……何?」
「もう一つ、確認したいことがあるんだ」
俺は、椅子の下を指差した。
「水中で人魚の姿になったとき、この足台が邪魔にならないか考えたい」
エリスは、少し驚いたように目を瞬かせた。
「……あ」
彼女は、自分の足元を見つめた。
そして、少しだけ表情を曇らせた。
「……ごめんね」
「……え?」
「私のせいで……難しくなっちゃうね」
俺は、思わず首を横に振った。
「違うよ!」
エリスが、びくりと肩を揺らした。
……あ。
少し大きな声を出しすぎた。
「ご、ごめん」
俺は、慌てて声を落とした。
「エリスのせいじゃないよ」
「……でも」
「これは、俺の設計がまだ足りないだけだから」
エリスは、ゆっくり顔を上げた。
俺は続けた。
「エリスが安心して乗れる機体を作りたいんだ。だから、こういう問題は、むしろ早く見つかった方がいい」
「……本当?」
「うん」
俺は笑顔で頷いた。
「教えてくれて、ありがとう」
エリスは、しばらく俺を見つめていた。
そして。
小さく微笑んだ。
「……うん」
そのとき。
「レオンハルト様」
マルタが、静かに口を開いた。
「一つ、提案がございます」
「……何?」
「最初から複雑な変形機構を作るのではなく、まず座席の形を調整できるようにしてはいかがでしょうか」
「……調整?」
「はい。足台を取り外せるようにし、座面の長さを変えられる構造にするのです」
俺は、目を見開いた。
……なるほど!
いきなり魔導式の変形機構を作る必要はない。
まずは、手動で調整できる模型を作ればいいんだ。
「……それ、いいね!」
俺は、すぐに手帳を開いた。
「足台を取り外せるようにして、座面を前後に調整する……」
マルタが頷いた。
「はい。実際に水中で使う機構については、あとで考えればよろしいかと」
俺は、笑顔になった。
「ありがとう、マルタ!」
「どういたしまして」
エリスも、小さく微笑んだ。
「……私も、手伝うね」
「もちろん!」
俺は頷いた。
……よし。
《セイレーン》も、少しずつ形になってきた。
◇
夕方。
最後に確認するのは、マルタの機体だった。
《プリンセス・ヴァルキュリア》。
真珠のような白を基調とした装甲。
銀色と濃紺の装飾。
深紅の差し色。
王冠を思わせる頭部。
そして、騎士のような盾と槍。
まだ設計図と木製の模型しかない。
けれど、俺はこの機体を、いつか必ず完成させたいと思っている。
「……マルタ」
「はい?」
「今日は、盾の大きさを確認したいんだ」
「承知しました」
俺は、作業台の上に置かれた木製の盾を取り出した。
以前作った模型だ。
しかし、少し問題がある。
盾が大きすぎるのだ。
マルタが、模型の腕へ盾を取り付けた。
すると。
ぐらり。
模型が、前方へ傾いた。
「……やっぱり」
俺は、ため息をついた。
マルタは、静かに模型を見つめた。
「……盾の重量が、前方に集中しておりますね」
「うん」
「これでは、防御姿勢を取るたびに、機体の重心が大きく移動してしまいます」
俺は頷いた。
……そうなんだよな。
盾を大きくすれば、防御範囲は広がる。
でも、その分だけ重くなる。
しかも、腕の先に取り付けると、関節への負担も増える。
「……どうしよう」
俺が呟くと、マルタは少し考えた。
そして、模型の腕を動かした。
盾を、身体の前へ近づける。
すると。
模型の傾きが、少し小さくなった。
「……あ」
俺は、目を見開いた。
マルタが微笑んだ。
「盾は、必ずしも腕を伸ばして構える必要はございません」
「……なるほど」
「防御姿勢では、身体に近い位置で支える方が安定する場合もございます」
俺は、すぐに手帳を開いた。
……そうか。
盾の位置を変えるだけでも、負担を減らせるんだ。
でも。
それだけでは、まだ不十分だ。
盾そのものの重量も、見直す必要がある。
「……マルタ」
「はい?」
「盾を少し小さくしてもいい?」
彼女は、少し考えた。
「……構いません」
「本当?」
「はい。大切なのは、見た目の大きさではなく、必要なときに確実に守れることですから」
俺は、思わず笑顔になった。
「……ありがとう!」
マルタは、柔らかく微笑んだ。
「ただし、一つだけお願いがございます」
「……何?」
彼女は、盾の中央を指差した。
「いつか、ここにヴァイス家の紋章を入れていただけませんか?」
俺は、少し驚いた。
「……紋章?」
「はい」
マルタは、静かに頷いた。
「私が守りたいのは、この家の皆様ですから」
俺は、胸の奥が少し温かくなった。
……マルタ。
「……うん」
俺は頷いた。
「父上に相談してみるよ」
彼女は、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
◇
そのあと。
俺たちは、マルタ用の操縦席についても話し合った。
彼女は、以前は大人の身体で《グランガード》を操縦していた。
しかし、今は八歳ほどの少女の姿になっている。
そのため、従来の操縦席では、操作装置へ手足が届かない。
「……マルタ」
「はい?」
「操縦席の高さを調整できるようにしようと思うんだ」
「……高さを?」
「うん。座席を前後にも動かせるようにして、操作棒の位置も変えられるようにする」
マルタは、少し驚いたように目を瞬かせた。
「……なるほど」
俺は続けた。
「そうすれば、今のマルタの身体に合わせられるし……」
そこで、少し言葉に詰まった。
……あ。
俺は、マルタの顔を見た。
彼女は、静かに俺を見つめている。
「……もし、いつか元の身体に戻れたとしても」
俺は、ゆっくり続けた。
「また調整できるようにしたいんだ」
マルタは、しばらく黙っていた。
工房の窓から、夕日が差し込んでいる。
木製の模型に、長い影が伸びた。
「……レオンハルト様」
彼女が、小さく口を開いた。
「……うん?」
「ありがとうございます」
その声は、いつもより少し静かだった。
俺は、首を傾げた。
「……どうしたの?」
マルタは、少しだけ微笑んだ。
「いえ……」
そして、自分の小さな手を見つめた。
「私は、まだこの身体に慣れたわけではございません」
俺は黙って聞いていた。
「以前のようにできないことも、たくさんございます」
彼女は、ゆっくりと手を握った。
「ですが……」
顔を上げる。
その瞳には、確かな意志が宿っていた。
「今の私にも、できることがあるのだと、少しずつ思えるようになりました」
俺は、胸の奥が熱くなった。
「……マルタ」
「それに」
彼女は、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「私には、優秀な専属技術者がおりますので」
「……え?」
「レオンハルト様のことですわ」
俺は、思わず顔が熱くなった。
「……そ、そんなに優秀じゃないよ!」
「ふふっ。では、これから優秀になっていただきましょう」
「……頑張ります」
マルタは楽しそうに笑った。
……まったく。
でも。
俺も、笑ってしまった。
◇
日が沈むころ。
俺は、今日の試験結果をまとめていた。
オメガの右膝。
横方向の荷重に対する支持具の変形。
ヴァーミリオン・フォックス。
尾の動きと重心の関係。
セイレーン。
調整可能な操縦席の必要性。
プリンセス・ヴァルキュリア。
盾の重量と重心、そして可変式の操縦装置。
……うん。
今日は、思った以上に収穫があった。
もちろん、完成した機体は一つもない。
オメガの右膝も、まだ解決していない。
でも。
それでいいんだ。
少しずつ、進めばいい。
俺は、手帳に新しい文字を書いた。
『今日の成果――問題点を四つ確認』
……あれ?
俺は、少し考えた。
成果なのに、問題点ばかりだ。
でも。
思わず笑ってしまった。
……これも、立派な進歩だよな。
そのとき。
「レオンハルト!」
工房の入口から、父上の声が聞こえた。
「……はい!」
俺は振り返った。
父上は、机の上に置かれた試験結果を見つめていた。
「……今日の試験は、どうだった?」
「はい!」
俺は、少し緊張しながら説明した。
右膝の支持具に変形が見つかったこと。
荷重のかかり方を確認できたこと。
そして、次の試験では支持具の形状を変更したいこと。
父上は、しばらく黙って聞いていた。
そして。
「……よし」
静かに頷いた。
「次の試験用部品を作ることを認めよう」
「……本当ですか!?」
「うむ。ただし、予算内でな」
「はい!」
俺は、大きく頷いた。
父上は、少しだけ微笑んだ。
「それから、今日の試験結果は、職人たちにも見せておきなさい」
「……はい?」
「お前一人で考えるより、経験のある者たちと相談した方がいい」
俺は、少し考えた。
……そうだ。
ベルンハイムでも、父上やオルドさんたちがいたから修理できた。
俺の能力だけでは、分からなかったことがたくさんある。
「……分かりました!」
俺は、笑顔で頷いた。
◇
その夜。
夕食を終えた俺は、自分の部屋で設計図を整理していた。
机の上には、四機の魔導機甲の図面。
そして、今日の試験結果。
……さて。
明日は、右膝の支持具をもう一度設計し直そう。
そのためには、荷重のかかり方をもっと詳しく調べる必要がある。
俺は、鉛筆を手に取った。
……ん?
そのとき。
廊下の向こうから、足音が聞こえた。
続いて、扉が軽く叩かれる。
コンコン。
「レオンハルト様」
……マルタだ。
「どうぞ!」
扉が開いた。
マルタは、小さな封筒を持っていた。
「旦那様から、こちらをお預かりしました」
「……手紙?」
「はい。王立魔導騎士学院から届いたものだそうです」
俺は、思わず目を見開いた。
……学院?
封筒を受け取る。
差出人には、見覚えのある名前が二つ並んでいた。
アルブレヒト・ヴァイス。
セドリック・ヴァイス。
……兄上たちだ!
「ありがとう、マルタ!」
「どういたしまして」
彼女は、微笑んだ。
「では、私は失礼いたします」
「うん。おやすみ!」
「おやすみなさいませ」
マルタは、静かに扉を閉めた。
俺は、封筒を開いた。
中には、二枚の手紙が入っていた。
一枚目は、アルブレヒト兄上から。
学院での生活。
授業の様子。
そして、最近行われている魔導機甲の整備実習について書かれていた。
……へえ。
兄上たちも、頑張ってるんだな。
俺は、少し嬉しくなった。
続いて、二枚目。
セドリック兄上からの手紙だ。
そこには、剣術訓練のことや、学院での模擬戦について書かれていた。
……ん?
俺は、ある一文で手を止めた。
『今年から、魔導機甲の実技評価では、複数機による連携行動を重視する方針が強まっているらしい』
……連携行動?
俺は、目を細めた。
さらに読み進める。
『一機の性能だけではなく、仲間との役割分担や、状況に応じた判断力も評価されるそうだ』
……なるほど。
俺は、静かに頷いた。
そのとき。
ふと、前世の記憶が蘇った。
――『ターボナイト ~エターナル・ハーツ~』。
俺が転生する前に知っていた、乙女ゲーム。
王立魔導騎士学院。
主人公のソフィア・エヴァーハート。
そして、彼女を取り巻く四人の攻略対象。
アドリアン。
ダリウス。
ルシアン。
フェリクス。
……そうだ。
ゲームの中にも、複数の魔導機甲による実技試験があった。
確か、ソフィアたちは、その試験を通して仲間との絆を深めていったはずだ。
俺は、手紙を見つめた。
……でも。
少し、気になることがある。
ゲームの中で、レオンハルト・ヴァイスという人物は、ほとんど目立たない脇役だった。
貧しい男爵家の三男。
学院へ入学したものの、家の財政問題によって退学する運命。
少なくとも、俺の覚えている物語では、そうだった。
……なのに。
今の俺は、オメガを作っている。
リナやエリスと出会い、マルタと一緒に研究している。
そして、家の財政を立て直すために、父上と仕事までしている。
……これって。
俺は、ゆっくりと息を呑んだ。
ゲームの中のレオンハルトとは、まったく違う人生じゃないか。
もし、このまま進んだら。
学院へ入学したとき、何が起こるんだろう。
ソフィアたちと出会うのだろうか。
それとも。
俺が知っている物語そのものが、少しずつ変わっていくのだろうか。
……分からない。
でも。
俺は、机の上に並んだ四機の設計図を見つめた。
オメガ。
プリンセス・ヴァルキュリア。
ヴァーミリオン・フォックス。
セイレーン。
……うん。
たとえ未来が変わったとしても。
俺は、今の仲間たちと一緒に進みたい。
俺は、手紙を丁寧に折りたたんだ。
そして、設計図の上に置いた。
「……よし」
小さく呟く。
「まずは、オメガを安全に歩かせるところからだ」
空を飛ぶのは、まだ先。
学院へ入学するのも、まだ先。
でも。
その日が来るまでに、俺にはやるべきことがたくさんある。
俺は、窓の外を見た。
夜空には、無数の星が輝いている。
……四年後。
俺が十二歳になったとき。
どんな未来が待っているんだろう。
少し怖い。
でも、それ以上に楽しみだった。
俺は、静かに微笑んだ。
――運命が決まっているのなら。
自分の手で、変えてみせる。
そのための第一歩は、もう始まっているのだから。
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