第40話 天才少年、故障の真相に挑む! 小さな姫騎士と三号機の最後の謎!
機械が動かなくなったとき、誰もが故障を疑う。
壊れた部品を探し、傷ついた回路を調べ、原因と思われる場所を修理する。
けれど、もし。
機械が動かなくなったのは、誰かを守るためだったとしたら?
俺はまだ、その答えを知らなかった。
ただ、ベルンハイムの倉庫で眠る三号機が、何か大切なことを教えてくれようとしている。
そんな予感がしていた。
◇
「……レオン。起きてる?」
朝。
工房の机に向かっていた俺の背後から、聞き慣れた声がした。
振り返ると、赤茶色の髪をした狐耳の少女が、扉からひょっこり顔を覗かせていた。
リナだ。
琥珀色の瞳が、机の上に広げられた図面を興味深そうに見つめている。
「起きてるよ。どうしたの?」
「どうしたの、じゃないよ! 朝ご飯、もうすぐだって!」
「えっ?」
窓を見る。
外はすっかり明るくなっていた。
……しまった。
少し早起きして図面を確認するつもりが、夢中になりすぎたらしい。
「また機械のこと考えてたんでしょ?」
「……うん」
「もー!」
リナは腰に手を当てた。
その後ろで、大きな狐の尻尾が左右に揺れている。
「レオンって、機械のことになると、ご飯も忘れちゃうんだから!」
「忘れてないよ。ただ、時間を見てなかっただけで……」
「同じじゃん!」
……反論できない。
リナは机の上を覗き込んだ。
「これ、何?」
「魔導記録を読み取るための装置だよ」
「……まどうきろく?」
「機械が壊れる前に、どんなことが起きたのか調べる道具」
「へえ!」
リナの耳がぴんと立った。
「じゃあ、それがあれば、何でも分かるの?」
「いや。記録されていることしか分からないよ」
「ふーん」
彼女は少し考えてから、にやりと笑った。
「じゃあ、あたしが昨日お菓子を何個食べたかも分からないんだ?」
「……何個食べたの?」
「秘密!」
尻尾を揺らしながら、リナが笑う。
……まったく。
朝から元気だな。
「レオンくん……」
今度は、扉の向こうから控えめな声がした。
赤い髪に緑色の瞳をした少女――エリスが、両手で小さな包みを抱えている。
「お母様が……これ、持っていってって……」
「……何?」
「お昼に食べるパン……」
包みから、焼きたてのパンの香りが漂ってきた。
俺は思わず笑顔になった。
「ありがとう、エリス!」
「……うん」
エリスは嬉しそうに微笑んだ。
その隣で、リナが頬を膨らませる。
「いいなあ! レオンばっかりお出かけ!」
「遊びに行くわけじゃないよ」
「分かってるって!」
リナは胸を張った。
「でも、あたしたちも何か手伝いたい!」
俺は少し考えた。
「じゃあ、今日は工房に残って、昨日頼んだ模型の部品を整理してくれる?」
「えーっ! また整理?」
「大事な仕事だよ。特にリナの《ヴァーミリオン・フォックス》は、左右の部品を間違えるとバランスが変わるから」
「……えっ」
リナの耳がぴくりと動いた。
「じゃあ、ちゃんとやる!」
「私も……手伝うね」
エリスが小さく頷く。
「ありがとう、二人とも」
俺が笑うと、リナは得意そうに胸を張った。
「任せて!」
……よし。
俺も、負けていられないな。
◇
朝食のあと。
父上は、俺の描いた図面を机の上に広げていた。
《試験用魔導記録読取器・第一案》。
昨日の夜、考えた装置だ。
魔力調整器を通して微弱な信号を送り、記憶石から情報を読み取る。
仕組みとしては、前世の電子機器に少し似ている。
もちろん、この世界の魔導技術には独自の法則があるため、そのまま同じようには作れない。
「……ふむ」
父上は図面を見つめた。
「考え方は悪くない」
「本当ですか!?」
「だが、このままでは使えん」
「……え?」
俺は固まった。
父上は、図面の一部分を指差した。
「ここだ。魔力調整器が故障した場合、記憶石へ過剰な魔力が流れる可能性がある」
……あ。
俺は目を見開いた。
「……確かに」
「記録を読み取るための装置が、記録を壊してしまっては意味がない」
「……はい」
父上は鉛筆を手に取った。
「ここに独立した遮断機構を設けよう。調整器とは別の仕組みで、供給量が上限を超えた場合に回路を切る」
俺は図面を覗き込んだ。
……なるほど!
二重の安全対策だ。
「それから、読み取り用の記憶石は、最初から本物を使わない」
「はい。試験用のものを用意します」
「うむ」
父上は頷いた。
「今日は、まずそこまでだ。ベルンハイムへ持っていく前に、工房で動作を確認する」
「分かりました!」
俺は大きく頷いた。
そのとき。
「旦那様」
扉の向こうから、マルタが姿を現した。
白いブラウス。
深紅のリボン。
濃紺の上着とプリーツスカート。
小さな青いケープが、歩くたびに揺れている。
「出発の準備が整いました」
「うむ。少し待ってくれ」
父上は図面をまとめた。
マルタが俺の顔を覗き込む。
「レオンハルト様。昨夜は、ちゃんとお休みになりましたか?」
「……もちろん」
「本当でしょうか?」
「本当だよ!」
彼女は俺の目元をじっと見つめた。
「……少し眠そうですが」
「気のせい!」
「ふふっ。そういうことにしておきましょう」
……絶対に信じてない。
マルタは小さく微笑んだ。
「ですが、無理はなさらないでくださいませ。私の小さな騎士様」
「……分かってるって!」
父上が、呆れたように笑った。
「お前たちは、本当に仲がいいな」
「「……えっ?」」
俺とマルタの声が重なった。
そして。
なぜか、マルタが少しだけ視線を逸らした。
……珍しいな。
いつもなら、もっと堂々とからかってくるのに。
◇
ベルンハイムへ到着したのは、昼前だった。
倉庫の前では、商人グスタフ・ベルナーが待っていた。
「ヴァイス男爵閣下!」
彼は俺たちを見つけると、すぐに駆け寄ってきた。
「お待ちしておりました!」
「うむ。昨日の続きから始めよう」
「はい! それと……」
グスタフは、少し困ったような表情になった。
「夜間の見回りをしていたトーマスから、また妙な報告がありまして」
俺は顔を上げた。
「……三号機ですか?」
「ええ」
グスタフが頷いた。
「昨夜も、青い光が点滅したそうです。今度は二回続けて」
……二回。
俺は手帳を開いた。
「何時ごろですか?」
「夜の見回りの途中だったそうです」
「……音は?」
「昨日と同じように、内部から小さな音がしたと」
父上が頷いた。
「分かった。あとで詳しく聞こう」
俺は三号機の方を見た。
……青い光。
補助安全制御装置。
記憶石。
全部、つながっている気がする。
でも、まだ答えは出ていない。
◇
最初に取りかかったのは、二号機の修理だった。
昨日、魔力分配装置の可動板に摩耗が見つかっている。
交換用の部品は、グスタフが町の部品商から手配してくれていた。
「規格は一致しています」
職人オルドが確認する。
父上も、部品の寸法を測った。
「……よし。交換しよう」
俺は少し離れた場所から作業を見守った。
分配装置の内部に、新しい可動板が取り付けられる。
固定具を締め直し、魔導導線を接続する。
そして、装置を元の位置へ戻した。
「……完了です」
オルドが顔を上げた。
父上は頷いた。
「では、まず無負荷試験だ」
倉庫の一角が片づけられ、二号機の周囲に安全な空間が作られた。
操縦者が乗り込む。
魔導炉が低い音を立てて起動した。
ブゥゥン……。
青い光が、胴体の奥でゆっくりと灯る。
「……出力、安定しています!」
オルドが測定器を確認した。
二号機が、ゆっくりと歩き始める。
一歩。
二歩。
三歩。
……よし。
異常はない。
しかし、問題はここからだ。
この機体は、荷物を積むと魔力供給が不安定になる。
つまり、実際に荷重をかけなければ、修理できたかどうか分からない。
「まず、百五十キロからだ」
父上が指示した。
作業員たちが荷台へ重りを積む。
二号機が、ゆっくりと前進する。
……大丈夫。
次は三百キロ。
以前なら、このあたりから出力が不安定になっていたらしい。
俺は、測定器をじっと見つめた。
魔力供給量。
脚部の出力。
分配装置の反応。
……どうだ?
針が、わずかに揺れた。
「……っ!」
俺は息を呑んだ。
しかし、すぐに安定した。
オルドが頷く。
「……正常範囲です」
俺は胸を撫で下ろした。
……よかった。
最後は、通常の積載量に近い五百キロ。
作業員たちが慎重に重りを追加する。
機体が、ゆっくりと立ち上がった。
ブゥゥン……。
魔導炉の音が、少し大きくなる。
俺は測定器を見つめた。
……頼む。
安定してくれ。
二号機が、一歩を踏み出した。
続いて、もう一歩。
そして、ゆっくりと方向を変える。
……よし。
魔力供給は安定している。
しかし、父上はすぐに合格とは言わなかった。
「停止と再始動も確認する」
「はい!」
操縦者が機体を停止させる。
数秒後、再び動かす。
今度は、少し長い距離を歩かせた。
何度か試験を繰り返したあと。
オルドが顔を上げた。
「……男爵様。異常は確認されません」
父上は、測定結果を見つめた。
そして、ゆっくり頷いた。
「よし。二号機も、修理完了としよう」
「……やった!」
俺は思わず声を上げた。
グスタフも、大きく息を吐いた。
「ありがとうございます!」
……二台目。
ついに、修理成功だ!
でも。
俺は倉庫の奥へ視線を向けた。
そこには、まだ動かない三号機が立っている。
……あと一台。
◇
午後。
三号機の調査が始まった。
父上とオルドは、まず夜間の見回りをしていたトーマスから話を聞いた。
「青い光が、二回続けて点滅したんです」
トーマスは、少し緊張した様子で答えた。
「それから、カチッと音がして……」
「光った場所は、昨日と同じか?」
「はい。胴体の奥です」
父上は頷いた。
「分かった。報告してくれて助かった」
トーマスは、ほっとしたように頭を下げた。
俺は、三号機の整備記録を開いた。
補助安全制御装置。
記憶石。
青い表示石。
……あれ?
俺は、図面の隅に小さく書かれた説明を見つけた。
『補助蓄積器の残留魔力により、異常記録保持状態を表示する場合がある』
……なるほど。
俺は父上へ声をかけた。
「父上。ここに、表示石の説明があります」
「……どれだ?」
俺は文章を指差した。
「異常記録を保持している間、補助蓄積器の魔力で表示石が光ることがあるそうです」
父上は目を細めた。
「……つまり、魔導炉が停止していても、表示が続く可能性があるわけだな」
「はい」
マルタも図面を覗き込んだ。
「それなら、夜間の光も説明できますね」
「……うん」
俺は頷いた。
ただし、点滅の回数が何を意味するのかまでは、書かれていない。
……まだ、分からないことはある。
でも。
少なくとも、青い光そのものが危険な動作を意味するとは限らない。
父上は静かに言った。
「よし。記録の読み取りを進めよう」
◇
その日のために、父上は工房から小さな工具箱を持ってきていた。
中には、魔力調整器。
測定用の表示板。
そして、試験用の記憶石が入っている。
ただし、完成した読み取り装置ではない。
俺が描いた図面をもとに、父上と職人たちが仮組みしたものだ。
「レオンハルト」
「はい!」
「まず、試験用の記憶石で確認するぞ」
「分かりました!」
俺は机の上に置かれた小さな装置を見つめた。
金属製の台座。
細い魔導導線。
魔力を制限する調整器。
そして、独立した遮断機構。
……よし。
安全対策は、昨日よりずっとしっかりしている。
オルドが、試験用の記憶石を取り付けた。
「準備できました」
父上は頷いた。
「では、始めよう」
弱い魔力が、回路へ流れる。
表示板に、小さな光が灯った。
……どうだ?
俺は息を呑んだ。
記憶石には、あらかじめ簡単な試験信号が記録されている。
その信号が、正しく読み取れるか確認するのだ。
表示板の針が動いた。
一度。
二度。
そして、停止。
「……どうですか?」
俺が尋ねると、父上は記録と照合した。
「……信号の順序は一致している」
俺は目を輝かせた。
「やった!」
「だが、まだだ」
父上が続ける。
「同じ試験を繰り返し、読み取り後も記録が変化していないことを確認する」
「……はい!」
俺は頷いた。
……そうだった。
一度成功しただけでは、十分じゃない。
その後、何度か試験を繰り返した。
読み取り結果は安定している。
記憶石に保存された情報も、変化していなかった。
さらに、試験用の調整器を意図的に上限へ近づけ、遮断機構が作動することも確認した。
カチッ。
小さな音とともに、魔力供給が停止する。
「……よし」
父上が頷いた。
「最低限の保護機能は確認できた」
俺は、ほっと息を吐いた。
……よかった。
でも、ここからが本番だ。
◇
三号機の記憶石は、機体から取り外さずに読み取ることになった。
整備記録に記載された点検端子を使用する。
オルドが接続部を確認し、父上が測定器を設置した。
俺は、少し離れた場所から作業を見守っていた。
……緊張する。
もし失敗したら、貴重な記録が失われるかもしれない。
父上が、俺を見た。
「レオンハルト。準備はいいか?」
「……はい」
「お前は測定器の表示を確認してくれ。異常があれば、すぐに知らせるんだ」
「分かりました!」
俺は大きく頷いた。
オルドが、点検端子へ導線を接続する。
父上が、ゆっくりと魔力を供給した。
表示板に、淡い青い光が灯る。
……どうだ?
針が、少し動いた。
続いて、もう一度。
そして。
……止まった。
「……あれ?」
俺は眉をひそめた。
表示板の針が、途中で動かなくなっている。
「父上!」
「分かっている」
父上は、すぐに魔力供給を停止した。
カチッ。
遮断機構が作動する。
……失敗?
俺は、思わず唇を噛んだ。
せっかく、ここまで準備したのに。
父上は、測定器を確認した。
「……信号の一部は読み取れている」
「……本当ですか?」
「うむ。ただし、途中で応答が不安定になった」
俺は、少し考えた。
……なぜだろう。
試験用の記憶石では、問題なかった。
でも、三号機の記憶石では、途中で止まってしまった。
……規格の違い?
それとも、回路の抵抗?
俺は図面を見つめた。
そのとき。
「レオンハルト様」
マルタが静かに声をかけてきた。
「……何?」
「一つ、気になることがございます」
「……うん?」
彼女は、三号機の操縦席を指差した。
「昨日、操縦者の方が、操縦桿の抵抗がなくなったとおっしゃっていましたね」
「……うん」
「そのとき、機体はすぐに止まらなかった」
「……そうだね」
マルタは、少し考えながら続けた。
「もし、操縦桿からの信号が正しく伝わっていなかったとしたら……」
俺は顔を上げた。
「……あ」
彼女は静かに言った。
「記憶石には、操縦者が実際に行った操作とは異なる信号が記録されているかもしれません」
……なるほど!
俺は、思わず目を見開いた。
そうだ。
記憶石が記録しているのは、操縦者の意思そのものじゃない。
制御回路が受け取った信号だ。
もし、途中の伝達装置が故障していたら……。
「……父上!」
俺は声を上げた。
「操縦桿の機械式伝達部分を、もう一度確認したいです!」
父上は、少し考えた。
「……理由は?」
「記録に異常があるだけじゃなくて、信号そのものが間違っていた可能性があります」
父上は、俺の顔を見つめた。
そして、ゆっくり頷いた。
「……よし。確認しよう」
◇
三号機の操縦席。
外装を外すと、操縦桿から伸びる細い伝達装置が見えた。
金属製の棒。
小さな歯車。
そして、魔導信号へ変換する装置。
オルドが、慎重に操縦桿を動かした。
カチ。
内部の伝達棒が動く。
……正常に見える。
もう一度。
カチ。
……ん?
俺は、目を細めた。
伝達棒の根元。
小さな固定具が、わずかに動いたような気がした。
「……オルドさん」
「何でしょう?」
「もう一度、ゆっくり動かしてもらえますか?」
「分かりました」
オルドが、操縦桿を動かす。
今度は、少しだけ角度を変えた。
すると。
カタッ。
伝達棒の根元で、小さな音がした。
「……あ!」
俺は思わず声を上げた。
「そこです!」
父上が覗き込んだ。
「……固定具か?」
オルドが確認する。
小さな金属製の留め具。
それが、わずかに緩んでいた。
「……これは」
オルドが眉をひそめた。
「確かに、緩みがありますな」
俺は息を呑んだ。
……見つけた?
父上は、慎重に確認を続けた。
「操縦桿を戻したとき、伝達棒が正しい位置へ戻るか調べよう」
「はい」
オルドが、ゆっくりと操縦桿を動かした。
前へ。
そして、元の位置へ。
しかし。
伝達棒は、ほんの少しだけ前進側に残っていた。
……!
俺は目を見開いた。
「……戻ってない!」
マルタが、静かに頷いた。
「……やはり」
彼女は、操縦席を見つめた。
「操縦者が停止を命じても、変換装置には前進の信号が残っていたのかもしれません」
俺は、息を呑んだ。
……そうか。
操縦者は、ちゃんと操作していた。
でも、機械式の伝達装置が正しく動いていなかった。
だから、制御回路は前進の信号を受け取り続けた。
その一方で、駆動装置の応答は変化していた。
そして、補助安全制御装置が不一致を検知した。
……全部、つながった!
俺は思わず声を上げた。
「父上! これが原因かもしれません!」
父上は頷いた。
「可能性は高い」
しかし、すぐに続けた。
「だが、まだ確認が必要だ」
「……はい!」
俺は、しっかり頷いた。
……もう、焦らない。
◇
父上は、操縦系統をさらに詳しく調べることにした。
固定具の緩み。
伝達棒の摩耗。
変換装置の位置ずれ。
そして、周辺部品の状態。
その結果、固定具の緩みに加え、伝達棒を支える小さな金属製の支持部にも摩耗が見つかった。
「……これでは、振動で位置がずれる可能性がありますな」
オルドが言った。
父上は頷いた。
「固定具だけ締め直しても、再発するかもしれん」
「……じゃあ」
俺は、支持部を見つめた。
「摩耗した部品も交換した方がいいですね」
「その通りだ」
父上は、静かに頷いた。
「ただし、同じ規格の部品があるか確認する必要がある」
オルドが部品箱を調べる。
しばらくして、彼は小さな金属製の部品を取り出した。
「……ありました」
俺は目を輝かせた。
「本当ですか!?」
「はい。こちらは、同じ型式の補修用部品です」
父上は寸法を確認した。
そして、頷いた。
「よし。交換しよう」
作業が始まった。
摩耗した支持部を取り外す。
新しい部品を取り付ける。
固定具を締め直し、伝達棒の位置を調整する。
俺は、その様子をじっと見つめていた。
……なるほど。
こんな小さな部品が、二メートルもある機械の動きを左右するんだ。
改めて、機械って面白い。
そして、怖い。
小さな異常でも、大きな事故につながることがある。
……オメガも、同じだ。
俺は、手帳に書き込んだ。
『小さな部品ほど、見落とさないこと』
◇
修理が終わったあと。
父上は、すぐに三号機を動かそうとはしなかった。
まず、操縦信号の伝達を確認する。
魔導炉は停止したまま。
駆動系は切り離した状態だ。
オルドが操縦桿を動かす。
前進。
停止。
後退。
そして、再び停止。
測定器の針が、それぞれの操作に合わせて動く。
……よし。
今度は、正しく反応している。
しかし。
マルタが、静かに口を開いた。
「……もう一度、お願いいたします」
オルドが頷いた。
「分かりました」
操縦桿を動かす。
前進。
停止。
……あれ?
俺は、測定器を見つめた。
針が、ほんの少しだけ遅れて戻った。
「……今の」
俺が呟くと、マルタも頷いた。
「……はい」
父上が測定器を確認した。
「わずかな遅れがあるな」
俺は、思わず口を開いた。
「でも、ほとんど正常に――」
「レオンハルト様」
マルタが、静かに俺の名前を呼んだ。
俺は、彼女を見た。
その表情は、真剣だった。
「動くことと、安全に動くことは違います」
……!
俺は、言葉を失った。
マルタは続けた。
「操縦者が停止を命じたとき、機体が確実に応答しなければなりません」
「……うん」
「たとえ、ほんの少しの遅れでも、荷物を運んでいるときには危険になることがございます」
俺は、ゆっくり頷いた。
「……そうだね」
……危なかった。
また、結果を急ぐところだった。
父上は、静かに言った。
「よし。もう一度、調整しよう」
オルドが頷いた。
「承知しました」
その後、俺たちは伝達装置の位置を再調整した。
固定具の締め付け。
支持部の位置。
変換装置との接続。
一つずつ確認していく。
そして、再び試験を行った。
前進。
停止。
後退。
停止。
今度は、測定器の針が正確に反応した。
「……よし」
父上が頷いた。
「信号の遅れは確認されない」
俺は、ほっと息を吐いた。
……よかった。
◇
そのあと、父上たちは記憶石の読み取りを再開した。
最初の試験で、読み取り装置の応答が途中で不安定になった原因も調べていた。
どうやら、三号機の点検端子には、試験用の記憶石とは異なる信号の間隔が使われていたらしい。
父上とオルドが回路を調整し、試験用の記憶石で再確認したあと、慎重に接続する。
表示板に、淡い青い光が灯った。
……どうだ?
針が動く。
一度。
二度。
三度。
そして。
……今度は、止まらない。
俺は息を呑んだ。
表示板には、複数の信号が順番に記録されていった。
父上が、整備記録と照合する。
「……読み取れている」
「……本当ですか!?」
「うむ」
父上は頷いた。
「異常発生時の記録だ」
俺は、思わず拳を握った。
……やった!
しかし、まだ終わりじゃない。
父上は、記録を一つずつ確認していった。
操縦信号。
駆動応答。
そして、補助安全制御装置の作動記録。
……あ。
俺は、ある部分に目を留めた。
「……父上、ここ!」
俺が指差すと、父上は目を細めた。
「……なるほど」
記録には、操縦信号が前進側に残っている一方で、駆動応答が変化している様子が示されていた。
その直後。
補助安全制御装置が作動している。
……やっぱり。
俺は、ゆっくり息を吐いた。
「……操縦信号の不一致を検知して、機体を止めたんですね」
父上は頷いた。
「そう考えるのが妥当だろう」
マルタが、静かに微笑んだ。
「……三号機は、操縦者を守ろうとしていたのですね」
俺は、彼女を見た。
……そうか。
壊れたから、止まったんじゃない。
異常を検知したから、止まった。
もちろん、原因となった部品は故障していた。
でも、最後に機体を止めたのは、安全装置だった。
俺は、三号機を見上げた。
……よく、止まってくれたな。
もし、安全装置がなかったら。
操縦者は、もっと危険な目に遭っていたかもしれない。
◇
夕方。
いよいよ、三号機の動作試験が始まった。
ただし、最初から荷物を積むわけではない。
まずは、無負荷での低速試験。
倉庫の一角を広く片づけ、周囲に人がいないことを確認する。
機体には、外部から魔力供給を遮断できる装置も取り付けられた。
父上が、操縦者へ声をかけた。
「無理はするな。少しでも異常を感じたら、すぐに停止するんだ」
「……はい!」
操縦者は、緊張した表情で頷いた。
そして、三号機へ乗り込んだ。
俺は、安全な位置から測定器を見つめていた。
隣には、マルタが立っている。
「……緊張するね」
俺が呟くと、彼女は頷いた。
「……はい」
マルタの小さな手が、胸元のリボンに触れた。
「ですが、準備は十分に行いました」
「……うん」
俺は頷いた。
……よし。
始めよう。
魔導炉が、ゆっくりと起動する。
ブゥゥン……。
胴体の奥に、青い光が灯った。
操縦者が、慎重に操縦桿を動かす。
ガコン。
三号機の右脚が、ゆっくりと前へ出た。
続いて、左脚。
一歩。
二歩。
三歩。
……動いた!
俺は、思わず息を呑んだ。
しかし、まだ安心できない。
操縦者が、停止を命じる。
機体が、ゆっくりと止まった。
……よし。
もう一度。
前進。
停止。
方向転換。
停止。
測定器の針は、安定している。
操縦信号と駆動応答にも、大きなずれは見られない。
……大丈夫だ。
俺は、少しずつ胸が熱くなっていくのを感じた。
そして。
三号機が、最後の停止位置へ戻った。
ガコン。
脚部が、静かに固定される。
魔導炉の出力が下がった。
……終わった。
オルドが測定結果を確認した。
「……男爵様」
父上が顔を上げる。
「どうだ?」
「……異常は確認されません」
父上は、しばらく記録を見つめていた。
そして。
ゆっくりと頷いた。
「よし。今日の低速試験は合格だ」
「……やった!」
俺は、思わず声を上げた。
マルタも、嬉しそうに微笑んだ。
「おめでとうございます、レオンハルト様」
「ありがとう、マルタ!」
俺は、彼女を見た。
「マルタのおかげだよ!」
彼女は、少し驚いたように目を瞬かせた。
「……私の?」
「うん! 操縦者の話を聞こうって言ってくれたのも、信号の遅れに気づいてくれたのも、マルタだから!」
マルタは、しばらく黙っていた。
そして。
柔らかく微笑んだ。
「……ありがとうございます」
その笑顔は、いつもの悪戯っぽいものとは少し違っていた。
……なんだろう。
とても、嬉しそうだった。
◇
試験が終わったあと。
俺とマルタは、倉庫の外に置かれた木製の長椅子に座っていた。
夕方の風が、頬を撫でる。
遠くでは、荷馬車の車輪が石畳を叩く音が聞こえていた。
「……疲れたね」
俺が呟くと、マルタは小さく笑った。
「ふふっ。そうですね」
彼女は、膝の上に置いた自分の手を見つめた。
小さな手。
細い指。
かつて《グランガード》を操縦していたころとは、まるで違う身体。
「……マルタ?」
俺が声をかけると、彼女は顔を上げた。
「はい?」
「……何か考えてた?」
マルタは、少しだけ迷ったような表情を浮かべた。
そして、静かに答えた。
「……昔のことを、少し」
「……昔?」
「はい」
彼女は、倉庫の方へ視線を向けた。
「私も、以前はあのような操縦席に座っておりました」
俺は黙って聞いていた。
「もっと大きく、もっと複雑な機体でしたが……」
マルタは、小さく微笑んだ。
「操縦桿を握ると、不思議と落ち着いたものです」
「……そうなんだ」
「はい。機体の振動や、魔導炉の音。そういったものが、私には馴染み深かったのです」
彼女は、もう一度自分の手を見つめた。
「……ですが、今の私では、あの操縦席に座っても、足が届きませんね」
俺は、胸の奥が少し痛くなった。
……マルタ。
彼女は、いつも明るく振る舞っている。
でも。
自分の身体が突然八歳ほどの姿になってしまったことを、完全に受け入れられたわけじゃないんだ。
「……マルタ」
「はい?」
「俺、考えてることがあるんだ」
彼女は首を傾げた。
「……何でしょう?」
「《プリンセス・ヴァルキュリア》のこと」
マルタの目が、少し大きくなった。
「……私の機体、ですか?」
「うん」
俺は頷いた。
「今日の修理で、いろいろ勉強になったから」
「……はい」
「操縦桿の位置も、足元の操作装置も、全部マルタの身体に合わせて作りたい」
彼女は、黙って俺を見つめていた。
「それから、故障したときに安全に止まれる仕組みも考える」
俺は続けた。
「もちろん、まだ設計段階だし、オメガの問題も解決してないから、すぐには作れないけど……」
マルタは、ゆっくりと微笑んだ。
「……十分です」
「……え?」
「そのお気持ちだけで、今は十分でございます」
彼女は、少しだけ胸を張った。
「ですが、完成した暁には……」
「……うん?」
「私が最初の操縦者になって差し上げます」
俺は笑顔になった。
「もちろん!」
マルタは、悪戯っぽく微笑んだ。
「ふふっ。では、約束ですわね。私の小さな騎士様」
「……またそれ!?」
俺は思わず声を上げた。
マルタは楽しそうに笑った。
……まったく。
でも。
俺も、笑ってしまった。
◇
その日の作業を終えたあと。
父上は、グスタフへ修理結果を報告していた。
「一号機と二号機は、最終点検を終えている」
「はい!」
「三号機も、低速試験では正常に動作した」
グスタフは、ほっとしたように息を吐いた。
「……ありがとうございます」
しかし、父上は続けた。
「ただし、三号機は明日、もう一度点検する。荷重をかけた試験も必要だ」
「……分かりました」
「それが終わるまでは、正式な引き渡しはできん」
グスタフは、しっかりと頷いた。
「もちろんです。安全が第一ですから」
そして、少しだけ笑顔になった。
「ですが……本当に助かりました」
彼は、三台の魔導運搬機を見つめた。
「収穫期の輸送に間に合わなければ、多くの商人たちに迷惑をかけるところでした」
父上は、静かに頷いた。
「まだ、仕事は終わっていない」
「はい。ですが、ここまで進めていただけただけでも、感謝しております」
グスタフは、少し考えてから続けた。
「正式な引き渡しが終わりましたら、契約どおり報酬をお支払いいたします」
俺は、思わず顔を上げた。
……報酬。
そうだ。
これは、ただの修理じゃない。
ヴァイス家にとって、大切な仕事なんだ。
グスタフは続けた。
「それに、今回の修理が成功すれば、ほかの商人にもヴァイス家の工房を紹介できるかもしれません」
父上の表情が、少しだけ変わった。
「……それは、ありがたい話だ」
俺は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
……父上。
ずっと、家の財政を立て直そうと頑張ってきた。
兄上たちも、母上も。
みんな、それぞれの立場で家を支えている。
俺も、少しは役に立てただろうか。
そんなことを考えていると。
「レオンハルト」
父上が、俺の名前を呼んだ。
「……はい!」
「よく頑張ったな」
俺は、思わず目を瞬かせた。
「……え?」
「今回、お前は何度も焦りそうになった」
「……はい」
俺は、少し恥ずかしくなった。
「だが、そのたびに立ち止まり、確認することを覚えた」
父上は、静かに微笑んだ。
「それは、技術者にとって大切な成長だ」
俺は、胸が熱くなった。
「……ありがとうございます、父上」
父上は、俺の頭に手を置いた。
「明日も、最後まで気を抜くなよ」
「はい!」
俺は、大きく頷いた。
◇
帰りの馬車の中。
俺は、窓の外を眺めていた。
夕焼けに染まった街道。
遠くに広がる畑。
そして、ゆっくりと沈んでいく太陽。
……三台の魔導運搬機。
最初は、ただの修理依頼だと思っていた。
でも。
実際に調べてみると、学ぶことばかりだった。
部品の摩耗。
魔力供給の不安定さ。
操縦信号の異常。
安全装置の重要性。
そして、機械を使う人の声。
……そうか。
俺は、ようやく気づいた。
俺が作りたいのは、ただ強い魔導機甲じゃない。
誰かを守り、誰かの役に立つ機械だ。
《オメガ》も。
《プリンセス・ヴァルキュリア》も。
《ヴァーミリオン・フォックス》も。
《セイレーン》も。
全部、そういう機体にしたい。
俺は、小さく拳を握った。
……いつか。
必ず。
そのとき。
「レオンハルト様」
隣から、マルタの声がした。
「……ん?」
「何か、嬉しいことでもございましたか?」
俺は、少し笑った。
「……うん」
「……何でしょう?」
「秘密」
マルタは、少し驚いたように目を瞬かせた。
そして、楽しそうに笑った。
「ふふっ。私に秘密とは、なかなか大胆になられましたね」
「……たまにはね」
「では、いつか教えていただきましょう」
俺は頷いた。
「……うん」
マルタは、静かに微笑んだ。
その笑顔を見ながら、俺は思った。
……この世界に生まれ変わって。
最初は、不安なことばかりだった。
貧しい男爵家。
将来の学院退学。
そして、ゲームの中で待っているはずの運命。
でも。
今は、少し違う。
俺には、家族がいる。
仲間がいる。
そして、自分の手で未来を変えるための技術がある。
……だから。
俺は、諦めない。
どんな未来が待っていたとしても。
自分の道は、自分で作ってみせる。
◇
その夜。
屋敷へ戻った俺は、工房の机に向かっていた。
目の前には、《オメガ》の設計図。
青銀の装甲。
四つの推進器。
そして、まだ問題の残る右膝。
……さて。
今回の修理で学んだことを、どう活かそうか。
俺は鉛筆を手に取った。
まずは、操縦信号の安全対策。
次に、荷重の分散。
そして、異常が発生したときの停止機構。
……うん。
やることは、まだ山ほどある。
でも。
不思議と、嫌な気分じゃなかった。
むしろ、少しわくわくしている。
俺は、設計図の端に新しい言葉を書き込んだ。
『安全に動くこと。それが、強い機体の第一条件』
……よし。
俺は、小さく微笑んだ。
そのとき。
「レオンハルト様」
扉の向こうから、聞き慣れた声がした。
……マルタだ。
「もうお休みになるお時間ですよ」
「……分かってる!」
「本当でしょうか?」
「本当だって!」
扉の向こうから、楽しそうな笑い声が聞こえた。
「ふふっ。では、おやすみなさいませ。私の小さな騎士様」
「……おやすみ、マルタ!」
俺は、図面を丁寧に片づけた。
そして、ランプを消した。
……明日は、最後の試験だ。
三号機が、無事に荷物を運べるようになれば。
今回の仕事は、ようやく終わる。
そして。
ヴァイス家の未来も、少しだけ変わるかもしれない。
俺は、布団に潜り込んだ。
……頑張ろう。
明日も。
大切な人たちのために。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
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