第39話 動かない魔導運搬機の秘密!? 小さな姫騎士の違和感と天才少年の大発見!
魔導機械が故障したとき、最初に疑うべきものは何だろう。
魔導炉か。
駆動装置か。
それとも、制御回路か。
昨日までの俺なら、そう考えていたと思う。
けれど、今は少し違う。
機械が動かなくなったからといって、必ずしも何かが壊れたとは限らない。
もしかすると、動かないこと自体に意味があるのかもしれない。
そんなことを考えるようになったのは、マルタの一言がきっかけだった。
◇
「……青い光、ですか?」
ベルンハイムの倉庫へ到着した俺は、思わず聞き返した。
目の前には、夜間の見回りを担当していた作業員が立っている。
名前はトーマス。
日に焼けた顔に、少し疲れた目をした男性だった。
「はい。昨日の夜も、三号機の中で何かが光ったんです」
トーマスは困ったように頭をかいた。
「最初は見間違いだと思ったんですが……二晩続けてとなると、どうにも気になりまして」
「どのあたりが光ったんですか?」
「胴体の奥です。青い小さな光でした」
俺は手帳を開いた。
「……音はしましたか?」
「はい。カチッ、と何かが切り替わるような音が」
……なるほど。
青い光。
切り替わる音。
しかも、魔導炉は停止している。
俺は三号機へ視線を向けた。
倉庫の一番奥に置かれた機体は、昨日と変わらず静かに立っている。
全高二メートルほどの頑丈な胴体。
荷物を運ぶための太い脚部。
そして、複雑な制御装置。
……一体、何が起きているんだ?
「レオンハルト」
父上――ラインハルト・ヴァイス男爵が、俺の肩に手を置いた。
「興味があるのは分かるが、すぐに触ってはいかんぞ」
「……はい」
「原因不明の反応がある以上、まずは安全確認だ」
父上は職人たちへ向き直った。
「オルド。魔導炉の停止状態と、補助回路に残っている魔力を調べてくれ」
「承知しました」
髭を生やした職人オルドが、もう一人の職人とともに機体へ近づく。
俺は少し離れた位置で、その作業を見守った。
すると、隣に立っていたマルタが小さく呟いた。
「……青い光と、切り替わる音」
「マルタ?」
彼女は三号機をじっと見つめていた。
栗色の髪を銀色の髪留めでまとめ、濃紺の上着に白いブラウス。
胸元には深紅のリボン。
肩には小さな青いケープ。
外見は八歳ほどの少女なのに、その表情は驚くほど真剣だった。
「……何か気になるの?」
俺が尋ねると、マルタは少し考えた。
「まだ、確かなことは申し上げられません」
「……うん」
「ですが、以前、軍で似たような反応を見たことがございます」
「……軍で?」
マルタは静かに頷いた。
「ただし、あちらは戦闘用の魔導機甲でした。こちらと同じ仕組みとは限りません」
……なるほど。
俺は頷いた。
マルタは、いつも慎重だ。
経験があるからといって、すぐに答えを決めつけない。
……俺も、見習わないとな。
◇
三号機の安全確認には、しばらく時間がかかった。
魔導炉は完全に停止している。
主駆動回路にも、稼働できるほどの魔力は残っていない。
ただし、制御装置の一部には、小さな補助魔力蓄積器が取り付けられていた。
「……これですね」
オルドが指差した。
胴体の奥。
複数の魔導導線に囲まれた場所に、親指ほどの大きさの青い表示石がある。
俺は目を細めた。
「……昨日、見落としていた」
父上が頷いた。
「主回路の図面には載っていない補助装置だな」
「……どうしてでしょう?」
「整備用の別図面に記載されているのかもしれん。まずは資料を確認しよう」
グスタフ・ベルナーが、慌てて倉庫の事務室へ向かった。
「古い書類が残っているはずです! 探してまいります!」
俺は表示石を見つめた。
……青い光。
もしかして、これが夜に光っていたのか?
しかし、今は何も反応していない。
オルドが測定器を確認した。
「補助蓄積器には、わずかな魔力が残っていますな」
「危険は?」
父上が尋ねる。
「この状態では主駆動装置を動かせません。ただし、補助回路が何を制御しているか分からない以上、通電試験は避けるべきでしょう」
「うむ」
父上は頷いた。
「では、今日は動かさずに調べよう」
俺は少し残念に思った。
……でも、仕方ない。
原因が分からないまま動かす方が危険だ。
◇
その間に、二号機の調査を進めることになった。
昨日、俺たちは魔力分配装置に異常がある可能性を見つけている。
今日は、その装置を取り外して詳しく確認する予定だった。
「レオンハルト様」
マルタが声をかけてきた。
「はい?」
「三号機のことが気になりますか?」
「……うん」
俺は正直に答えた。
「でも、二号機も大事だから」
マルタは嬉しそうに微笑んだ。
「その通りです」
……よし。
まずは目の前の仕事に集中しよう。
二号機の前では、オルドたちが分配装置を取り外していた。
魔導炉から送られた魔力を、脚部や荷台の補助機構へ振り分ける装置だ。
外見は、両手で抱えられるほどの金属製の箱。
内部には、複数の小さな歯車と魔導回路が組み込まれている。
「……ここですな」
オルドが指差した。
分配装置の中央に、小さな金属板が取り付けられている。
その表面には、細かな傷がついていた。
「……これは?」
俺が尋ねる。
「流量を調整するための可動板です」
オルドは慎重に説明した。
「魔力の供給量が増えると、この板が動いて、各回路への分配を調整する仕組みです」
「……なるほど」
俺は覗き込んだ。
確かに、可動板の端が少し削れている。
しかも、動かしてみると、途中で引っかかるような抵抗があった。
「……これが原因でしょうか?」
俺が尋ねると、オルドは頷きかけた。
しかし、父上が口を開いた。
「可能性は高い。だが、まだ確認が必要だ」
「……はい」
父上は、分配装置の図面を広げた。
「この可動板が引っかかると、魔力の供給量が変化した際に、分配が追いつかなくなるかもしれん」
俺は頷いた。
……なるほど。
空荷では問題なく動く。
でも、荷物を積むと必要な魔力が増える。
そのとき、分配装置が正常に働かなければ……。
「……脚部への供給が不足する!」
俺は思わず声を上げた。
父上が微笑んだ。
「そういうことだ」
オルドが可動板を慎重に動かした。
カチッ。
途中で、小さな引っかかりが生じる。
「……やはり、動きが悪いですな」
俺は目を輝かせた。
「じゃあ、ここを直せば!」
「レオンハルト」
父上が静かに言った。
「まだ決めつけるな」
「……あ」
俺は慌てて口を閉じた。
……危ない。
また、先走るところだった。
◇
その後、俺たちは分配装置の修理方法について話し合った。
方法は、大きく分けて二つ。
一つ目は、可動板を削り直して調整する方法。
二つ目は、新しい部品へ交換する方法だ。
「……削り直す方が安いですよね?」
俺が尋ねると、オルドは頷いた。
「材料費だけなら、そうですな」
「じゃあ、それで――」
「ただし」
父上が口を挟んだ。
「削り直した部品が、どれだけ長く使えるか分からん」
「……あ」
「摩耗した部分を削れば、寸法が変わる。魔力の分配精度にも影響するかもしれん」
俺は黙り込んだ。
……なるほど。
安く修理できても、すぐに壊れてしまったら意味がない。
「……じゃあ、交換した方がいいんでしょうか?」
「それも、部品の価格次第だ」
父上は帳簿を開いた。
オルドが部品の規格を確認する。
そして、グスタフへ見積もりを説明した。
「交換部品は少々高価ですが、分配装置を丸ごと交換するよりは安く済みます」
グスタフは、しばらく考えた。
「……安全に使えるのであれば、部品を交換してください」
父上が頷いた。
「承知した。ただし、交換後の負荷試験で正常に動くことを確認してから引き渡す」
「お願いいたします」
俺は、そのやり取りを見つめていた。
……そうか。
技術的にできること。
費用。
安全性。
そして、依頼人の希望。
全部を考えなければならないんだ。
俺は手帳に書き込んだ。
『修理方法は、価格だけで決めない。安全性と耐久性も考える』
……よし。
また一つ、勉強になった。
◇
昼食を終えたころ。
グスタフが、古い書類の束を抱えて戻ってきた。
「男爵閣下! 見つかりました!」
机の上に置かれたのは、黄ばんだ紙で作られた整備記録だった。
表紙には、三号機の型式番号が記されている。
「……これです!」
俺は思わず身を乗り出した。
父上が書類を開く。
そこには、三号機の内部構造が細かく描かれていた。
魔導炉。
制御回路。
操縦信号の変換装置。
そして。
「……あれ?」
俺は、一つの記号に目を留めた。
主回路とは別に描かれた、小さな補助回路。
その先には、青い表示石の記号があった。
「……父上、ここ!」
俺が指差すと、父上は目を細めた。
「……補助制御装置か」
マルタも図面を覗き込んだ。
「……なるほど」
彼女は小さく呟いた。
「やはり、似ていますね」
「……何に?」
俺が尋ねると、マルタは少し考えた。
「以前、私が乗っていた《グランガード》にも、似たような仕組みがございました」
「……グランガードに?」
「はい」
マルタは静かに頷いた。
「操縦者の操作と、機体の動作に大きな矛盾が生じた場合、駆動系を遮断する装置です」
俺は目を見開いた。
「……つまり?」
「操縦者が停止を命じているのに、機体が動き続けようとした場合などに作動します」
……なるほど!
俺は思わず手を叩きそうになった。
でも、途中で止めた。
……まだ、仮説だ。
マルタは続けた。
「ただし、軍用機と商業用の運搬機では設計が異なります。こちらが同じ機能を持っているかは、図面を確認しなければなりません」
父上が頷いた。
「うむ。慎重に調べよう」
俺たちは、整備記録を一枚ずつ確認していった。
そして。
ついに、ある項目を見つけた。
『補助安全制御装置』
その下には、小さな文字が並んでいる。
『操縦信号と駆動応答の不一致が規定値を超えた場合、主駆動系を遮断する』
俺は息を呑んだ。
「……これだ!」
父上も目を細めた。
「……なるほど」
マルタは静かに頷いた。
「やはり、保護装置でしたか」
俺は、三号機を見つめた。
……つまり。
三号機は、ただ壊れたわけじゃない。
何かの異常を検知して、自分で動きを止めた可能性がある。
……でも。
俺は、すぐに疑問を感じた。
「……父上」
「何だ?」
「どうして、その装置が作動したんでしょう?」
父上は静かに答えた。
「それを、これから調べるんだ」
◇
午後。
俺たちは、三号機の補助安全制御装置を詳しく調べることになった。
もちろん、魔導炉は停止したまま。
補助蓄積器も、職人たちが安全な状態にした。
俺は父上の許可を得て、短時間だけ《魔導構造解析・改変》を使った。
視界に、淡い光の線が浮かび上がる。
……ふむ。
昨日まで見えていた制御回路。
その奥に、補助安全制御装置がつながっている。
俺は慎重に構造を追った。
操縦桿から送られる信号。
駆動装置から戻ってくる応答信号。
そして、その二つを比較する補助回路。
……なるほど。
この装置は、操縦者の命令と機体の動きを比べているんだ。
もし、両者が大きく食い違えば……。
主駆動系を遮断する。
俺は能力を解除した。
「……父上」
「何か分かったか?」
「はい」
俺は図面を指差した。
「この装置は、操縦信号と駆動装置の応答を比較しています」
「うむ」
「そして、二つが一致しないとき、主駆動系を遮断する仕組みです」
父上は頷いた。
「図面の説明とも一致するな」
俺は続けた。
「だから、三号機が突然停止したのは、この装置が作動したからかもしれません」
マルタが静かに口を開いた。
「それなら、操縦者の証言とも一致します」
「……うん」
俺は頷いた。
「操縦桿が軽くなって、操作を戻しても機体が少し進んだ。そして、突然停止した」
父上が腕を組んだ。
「……確かに、保護装置が作動した可能性は高い」
俺は少し嬉しくなった。
……よし。
ようやく、三号機の秘密が分かってきた。
しかし。
父上は、すぐに続けた。
「だが、まだ一つ問題が残っている」
「……はい」
「なぜ、操縦信号と駆動応答が一致しなかったのか」
俺は黙り込んだ。
……そうだ。
保護装置が作動した理由。
それが分からなければ、修理したことにはならない。
◇
俺たちは、整備記録をさらに調べた。
すると、補助安全制御装置には、異常発生時の状態を記録する小さな記憶石が取り付けられていることが分かった。
「……記憶石?」
俺は目を輝かせた。
……まるで、前世のログ記録装置じゃないか!
父上が説明した。
「異常が発生したとき、操縦信号や駆動応答の状態を短時間だけ保存する仕組みらしい」
「……すごい!」
俺は思わず声を上げた。
……これなら。
故障する直前、何が起きたのか調べられるかもしれない!
しかし、父上は慎重だった。
「記憶石を取り外す前に、読み取り方法を確認しよう」
「……はい」
オルドが整備記録を調べる。
しばらくして、彼は顔を上げた。
「……男爵様。記録を読み取るには、専用の点検器具が必要なようです」
「……専用の器具?」
俺は思わず聞き返した。
「はい。記憶石を直接取り外すと、保存されている情報が失われる可能性があるそうです」
……うわ。
それは困る。
せっかく見つけた手がかりが、消えてしまうかもしれない。
父上が尋ねた。
「その器具は、どこにある?」
オルドは書類を確認した。
「……この機体を製造した工房にあるようです」
グスタフが眉をひそめた。
「製造元ですか……」
「何か問題が?」
父上が尋ねる。
グスタフは困ったように答えた。
「その工房は、数年前に閉鎖されてしまったのです」
……え?
俺は目を見開いた。
「……閉鎖?」
「はい。今では、同じ型式の機体を扱える職人も少なくなってしまいました」
俺は、三号機を見つめた。
……つまり。
記録は残っている。
でも、それを読む道具がない。
……どうする?
俺は考え込んだ。
前世なら、専用の診断装置がなくても、信号の規格が分かれば代わりの読み取り装置を作れることがあった。
でも、この世界では……。
魔導回路。
記憶石。
そして、俺の能力。
……もしかして。
「……父上」
「何だ?」
「専用の器具がないなら、代わりのものを作れないでしょうか?」
父上は少し驚いたように俺を見た。
「……代わりのもの?」
「はい。記憶石を直接触らずに、外部から記録を読み取る装置です」
父上は、しばらく考えた。
「……理論上は可能かもしれん」
俺は目を輝かせた。
「本当ですか!?」
「ただし、簡単ではないぞ」
父上は真剣な表情になった。
「記憶石の規格を調べ、読み取りに必要な魔力を正確に制御しなければならん」
「……はい」
「そして、失敗すれば記録を失う可能性がある」
俺は頷いた。
……そうだ。
慎重にやらなければ。
父上は続けた。
「まずは、工房にある部品で試験用の回路を組めるか調べよう。実際の記憶石には、十分な検証が終わるまで接続しない」
「分かりました!」
俺は大きく頷いた。
……よし。
新しい課題ができた。
◇
夕方。
俺たちは、その日の調査結果を整理していた。
一号機は、最終点検を終えて、正式に引き渡せる状態になった。
二号機は、魔力分配装置の可動板に摩耗が見つかり、交換部品を手配した。
そして、三号機。
補助安全制御装置が作動した可能性が高いことが分かった。
しかし、なぜ作動したのかは、まだ分からない。
グスタフは、父上の説明を聞いて頷いた。
「……なるほど」
彼は少し安心したような表情を浮かべた。
「一号機が使えるようになっただけでも、大変助かります」
父上は頷いた。
「ただし、積載時の重心には注意してほしい」
「もちろんです」
「荷物を偏って積むと、また同じ部分に負担がかかる」
グスタフは、作業員たちへ指示を出した。
「今後は、積み方を見直すように!」
「はい!」
俺は、その様子を見ていた。
……よかった。
一台目は、ちゃんと役に立てそうだ。
グスタフは続けた。
「残りの二台も、よろしくお願いいたします」
父上は頷いた。
「できる限りのことはしよう」
俺も、静かに頷いた。
……あと七日。
まだ、時間はある。
でも、油断はできない。
◇
帰りの馬車の中。
俺は、今日の記録を整理していた。
三号機。
補助安全制御装置。
操縦信号と駆動応答の不一致。
記憶石。
専用の読み取り器具。
……うーん。
俺は、手帳を見つめた。
……もし、記録を読み取れたら。
故障の原因に、もっと近づけるかもしれない。
「……レオンハルト様」
隣から、マルタの声がした。
「はい?」
「何をお考えですか?」
「……記憶石のこと」
俺は正直に答えた。
「どうすれば、安全に記録を読み取れるかなって」
マルタは、少し考えた。
「……そうですね」
彼女は窓の外へ目を向けた。
「私が軍にいたころ、整備士の方々は、よく試験用の装置を作っていました」
「……試験用?」
「はい。実際の機体へ取り付ける前に、同じ条件を再現できる装置を用意するのです」
俺は目を見開いた。
……そうか!
いきなり本物の記憶石を使う必要はない。
まずは、別の記憶石で試験すればいいんだ!
「……マルタ!」
「はい?」
「ありがとう!」
俺は思わず笑顔になった。
「それなら、工房にある記憶石で試せるかもしれない!」
マルタは嬉しそうに微笑んだ。
「お役に立てたのでしたら、何よりです」
俺は手帳に書き込んだ。
『本番の前に、試験用の装置で確認する』
……よし。
これなら、安全に進められるかもしれない。
マルタは、しばらく俺を見つめていた。
そして、静かに口を開いた。
「……レオンハルト様」
「……ん?」
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「もちろん」
彼女は少しだけ視線を落とした。
「もし、私の《プリンセス・ヴァルキュリア》が完成したとして……」
「……うん」
「その機体が、戦闘中に動かなくなったら、どうなさいますか?」
俺は、少し驚いた。
……マルタ?
彼女は、いつものように微笑んでいなかった。
その表情には、どこか真剣なものがあった。
「……どうして、そんなことを?」
俺が尋ねると、マルタは少し考えた。
「……以前、私が乗っていた《グランガード》も、戦闘中に故障したことがございました」
俺は黙って聞いていた。
「そのとき、私は……少し、怖かったのです」
マルタは静かに続けた。
「敵が迫っているのに、機体が動かない。操縦桿を動かしても、何も反応しない」
彼女の小さな手が、膝の上で握られた。
「……あのときのことは、今でも覚えております」
俺は、胸の奥が少し痛くなった。
……マルタにも、そんな経験があったんだ。
「……でも」
彼女は小さく微笑んだ。
「整備士の方々が、私を助けてくださいました」
「……整備士さんたちが?」
「はい。故障した機体を回収し、修理して、もう一度私が乗れるようにしてくださったのです」
俺は、しばらく黙っていた。
そして、静かに口を開いた。
「……マルタ」
「はい?」
「俺、約束するよ」
彼女は目を瞬かせた。
「……約束?」
「うん」
俺は、まっすぐ彼女を見た。
「《プリンセス・ヴァルキュリア》を作るときは、マルタが安心して乗れる機体にする」
マルタは、少し驚いたように俺を見つめた。
「……レオンハルト様」
「もちろん、絶対に故障しない機械なんて作れないと思う」
俺は続けた。
「でも、故障したときにどうすればいいのか、ちゃんと考えておきたい」
マルタの目が、少しだけ大きくなった。
「……だから」
俺は微笑んだ。
「マルタが不安に思うことがあったら、全部教えてほしい」
しばらく、沈黙が流れた。
馬車の車輪が、石畳を静かに叩いている。
やがて。
マルタは、ゆっくりと微笑んだ。
「……ありがとうございます」
その声は、いつもより少し柔らかかった。
「では、私も約束いたします」
「……何を?」
「レオンハルト様が作る機体を、誰よりも大切に扱います」
俺は嬉しくなった。
「……うん!」
マルタは、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ふふっ。では、約束ですわね。私の小さな騎士様」
「……またそれ!?」
俺は思わず声を上げた。
マルタは楽しそうに笑った。
……まったく。
でも。
今日は、少しだけその呼び方が嬉しかった。
◇
その夜。
屋敷へ戻った俺は、工房の机に向かっていた。
目の前には、小さな魔導回路の図面。
そして、記憶石の構造を描いた資料。
……さて。
どうすれば、記録を安全に読み取れるだろう。
俺は鉛筆を手に取った。
まず、記憶石へ直接魔力を流すのは危険だ。
だから、外部から弱い魔力を与えて、反応を確認する仕組みが必要になる。
ただし、魔力が強すぎれば、保存されている情報が壊れる可能性がある。
……うーん。
俺は図面を見つめた。
前世なら、電圧や電流を制御する装置を使うところだ。
この世界では、魔力の流れを調整する回路が必要になる。
……あ。
俺は、ふと思いついた。
以前、《オメガ》の試作機を作ったとき、魔力の流れを制限する小さな調整回路を使ったことがある。
あれを応用できないだろうか。
もちろん、規格が違うから、そのまま使うことはできない。
でも、考え方は参考になる。
俺は、新しい図面を描き始めた。
小さな魔力調整器。
信号を受け取るための回路。
そして、読み取った情報を表示する装置。
……よし。
まだ、完成には程遠い。
でも、方向性は見えてきた。
俺は、図面の上に小さく名前を書いた。
『試験用魔導記録読取器・第一案』
……うん。
明日、父上に相談しよう。
俺は満足そうに頷いた。
そのとき。
「レオンハルト様」
扉の向こうから声がした。
……マルタだ。
「もうお休みになるお時間ですよ」
「……分かってる!」
「本当でしょうか?」
「本当だって!」
扉の向こうから、楽しそうな笑い声が聞こえた。
「ふふっ。では、おやすみなさいませ。私の小さな騎士様」
「……おやすみ、マルタ!」
俺は小さく笑った。
そして、図面を丁寧に片づけた。
……明日も、頑張ろう。
◇
――同じころ。
ベルンハイムの倉庫では、夜間の見回りを担当するトーマスが、三号機の前で足を止めていた。
「……今日は、光らないな」
彼はランタンを掲げた。
三号機は、静かに立っている。
魔導炉は停止したまま。
青い表示石も、暗いままだ。
……やっぱり、昨日の光は何かの故障だったのかもしれない。
そう思い、トーマスが立ち去ろうとしたとき。
カチッ。
小さな音がした。
「……ん?」
彼は振り返った。
三号機の胴体の奥。
青い表示石が、ゆっくりと光り始めていた。
……まただ。
トーマスは息を呑んだ。
しかし、今度は少し違った。
青い光が、一度だけではなく、短い間隔で二度点滅したのだ。
そして。
カチン。
制御回路の奥で、何かが切り替わる音がした。
トーマスは、しばらくその場に立ち尽くした。
「……明日、必ず報告しよう」
彼は、そう呟いた。
そして、倉庫の出口へ向かった。
誰もいなくなった倉庫。
三号機の内部では、補助安全制御装置の青い表示石が、再び静かに消えていった。
――それは、故障を知らせる光なのか。
それとも、何かを記録し続けている証なのか。
答えは、まだ分からない。
ただ一つ、確かなことがあった。
三号機の秘密は、まだ完全には解き明かされていなかった。
この章を読んでいただき、本当にありがとうございます!
楽しんでいただけたなら幸いです。もしお時間があれば、コメント欄でご感想をお聞かせいただけると嬉しいです。また、もしこの物語が気に入っていただけたら、星評価をいただけると大変励みになります。
お時間とご支援、本当にありがとうございました!




