第37話 天才少年、初めての大仕事!? 故障した三機の魔導運搬機と男爵家再建への第一歩!
朝食の席で、父上が一通の手紙を取り出した。
「レオンハルト。昨日話した修理の依頼だが、先方から詳しい返事が届いた」
俺は、焼きたてのパンを口へ運ぼうとしていた手を止めた。
「本当ですか、父上!?」
「ああ。隣領の商人、グスタフ・ベルナーという男からだ。穀物や織物を扱っているらしい」
父上――ラインハルト・ヴァイス男爵は、封筒から数枚の書類を取り出した。
四十代半ばの父上は、今日も濃紺の上着をきちんと着こなし、いつものように落ち着いた表情をしている。
ただし、書類を見つめる目は真剣だった。
「故障した魔導運搬機は三台。いずれも荷物を運ぶための作業用機体だ」
「三台とも、同じ故障なんですか?」
「いや。少なくとも、依頼書に書かれている症状は異なる」
父上は書類を机の上へ並べた。
「一台目は歩行時の異音。二台目は積載時の出力低下。そして三台目は、荷物を積んで移動していた最中に突然停止したそうだ」
「……突然停止?」
「ああ。それ以来、起動しないらしい」
俺は思わず身を乗り出した。
……これは、なかなか興味深い。
魔導運搬機は、戦闘用の魔導機甲とは違う。
速さや攻撃力よりも、安定性と積載能力が重視される。
しかし、基本的な駆動装置や魔導回路には共通する部分もあるはずだ。
うまく調査できれば、《オメガ》の開発にも役立つかもしれない。
「父上! 俺も――」
「手伝いたい、だろう?」
「……はい」
先に言われてしまった。
父上は小さく笑った。
「構わん。ただし、今回は遊びでも実験でもない」
その声が、少しだけ厳しくなる。
「依頼人から報酬を受け取る仕事だ。お前が興味を持ったからといって、勝手に部品を外したり、魔導回路を書き換えたりしてはならん」
「……はい」
「我々が失敗すれば、商人は商品を届けられなくなる。商人だけではない。その商品を待っている人々にも迷惑がかかる」
俺は、ゆっくり頷いた。
……そうだ。
今までの研究は、基本的に自分たちのためのものだった。
失敗すれば材料を失う。
時間も無駄になる。
けれど、今回は違う。
俺たちの判断が、ほかの人の仕事に影響する。
「分かりました、父上」
俺は背筋を伸ばした。
「まずは原因を調べて、修理できるかどうか判断します」
「うむ。それでいい」
父上は満足そうに頷いた。
すると、隣に座っていた母上――ヘレナが、心配そうに口を開いた。
「あなた。レオンハルトを連れていくのは構いませんけれど、危険なことはさせないでくださいね」
「もちろんだ」
「特に、この子は何かに夢中になると、周りが見えなくなることがありますから」
「……母上」
俺は思わず抗議した。
「最近は気をつけています!」
母上は優しく微笑んだ。
「ええ。以前よりずっと慎重になりましたね」
「……はい」
「だからこそ、その調子でお願いします」
……うっ。
そう言われると、何も言い返せない。
父上が小さく咳払いをした。
「現地へは私と工房の職人二人、それからレオンハルトで向かうつもりだ」
そのとき。
「旦那様」
背後から、落ち着いた声が聞こえた。
振り返ると、マルタが立っていた。
栗色の髪を銀色の髪留めでまとめ、白いブラウスには深紅のリボン。
濃紺の上着とプリーツスカートには銀色の刺繍が入り、小さな青いケープが肩を飾っている。
以前の彼女なら、黒と白のメイド服を着ていたはずだ。
しかし今は、どこから見ても八歳ほどの少女にしか見えない。
もっとも、その立ち姿は相変わらず堂々としていた。
「私も同行させていただけませんでしょうか」
父上は眉を上げた。
「マルタ?」
「はい。魔導運搬機の操縦系統であれば、私の経験がお役に立つかもしれません」
「しかし、今のお前の体では……」
「重い部品を運ぶことも、大型機に乗り込むこともいたしません」
マルタは静かに答えた。
「操縦装置の確認と、故障状況の聞き取りをお手伝いできればと思っております」
父上は少し考えた。
そして、頷いた。
「……よかろう。ただし、危険な場所には近づかないこと」
「承知いたしました」
マルタは優雅に一礼した。
その直後、彼女は俺へ視線を向けた。
「では、レオンハルト様。本日はよろしくお願いいたしますね」
「うん!」
「ふふっ。初めてのお仕事ですから、緊張なさらないでくださいませ。私の小さな騎士様」
「……マルタ!」
父上が不思議そうに俺たちを見た。
「……最近、その呼び方が流行っているのか?」
「い、いえ! 違います!」
マルタは涼しい顔で微笑んでいる。
……絶対にわざとだ。
◇
隣領の商業都市、ベルンハイムまでは馬車で半日ほどかかった。
街道沿いには黄金色の麦畑が広がり、遠くには低い丘が連なっている。
秋の風が馬車の窓から入り、乾いた草の匂いを運んできた。
俺は窓の外を眺めながら、膝の上の手帳を開いた。
そこには、父上から教わった三台の症状を書き込んである。
一号機――歩行時の異音。
二号機――積載時の出力低下。
三号機――突然停止、起動不能。
……さて。
何が原因なんだろう。
魔導回路の故障か。
駆動装置の摩耗か。
それとも、複数の問題が重なっているのか。
「……レオンハルト様」
隣から声がした。
マルタだった。
「はい?」
「先ほどから、ずっと手帳をご覧になっていますね」
「うん。故障の原因を考えてたんだ」
「なるほど」
彼女は微笑んだ。
「では、一つ質問してもよろしいでしょうか」
「何?」
「一号機の異音は、どのような音なのでしょう?」
「……え?」
「金属が擦れる音なのか、何かが衝突する音なのか。それとも、魔導炉の振動によるものなのか」
俺は手帳を見た。
……書いてない。
「……分からない」
「では、二号機の出力低下は、いつから始まったのでしょう?」
「……それも、分からない」
「三号機は、停止する直前に何か異常を示していたのでしょうか?」
「…………」
俺は手帳を閉じた。
マルタは、少しだけ首を傾げた。
「いかがでしょう?」
「……まだ、情報が足りない」
「その通りです」
彼女は穏やかに頷いた。
「故障を調べるとき、最初に必要なのは、答えを考えることではございません」
「……じゃあ、何?」
「何が起きたのかを、できるだけ正確に知ることです」
俺は目を見開いた。
……なるほど。
前世では、俺は情報技術の仕事をしていた。
不具合が発生したとき、まず確認するのは症状と発生条件だった。
いつ起きたのか。
何をしていたのか。
再現するのか。
ほかに影響はないのか。
……そうだ。
魔導機甲だって、同じじゃないか。
「……ありがとう、マルタ」
「お役に立てたのでしたら、何よりです」
俺は手帳を開き直した。
そして、新しい見出しを書いた。
『現地で確認すること』
その下に、質問を一つずつ並べていく。
マルタは、それを満足そうに見守っていた。
◇
ベルンハイムの商業区は、想像していた以上に賑やかだった。
石畳の道を荷馬車が行き交い、商人たちの声が響いている。
色鮮やかな布を並べた露店。
香辛料の香りが漂う市場。
大きな倉庫の前には、木箱を運ぶ人々の姿があった。
俺たちが到着したのは、その商業区の外れにある大きな運搬倉庫だった。
入口には、太い腕を組んだ中年の男性が立っていた。
短く刈り込んだ茶色の髪。
整えられた口髭。
上等な灰色の上着の下には、革製の仕事用ベストを着ている。
男性は父上を見るなり、深々と頭を下げた。
「ヴァイス男爵閣下! お待ちしておりました!」
「久しいな、ベルナー殿」
「こちらこそ。わざわざお越しいただき、感謝いたします」
男性――グスタフ・ベルナーは、俺たちへ視線を移した。
「そちらが、ご子息ですかな?」
「ああ。三男のレオンハルトだ」
俺は一歩前へ出た。
「レオンハルト・ヴァイスです。本日はよろしくお願いいたします」
「これはご丁寧に」
グスタフは微笑んだ。
「噂は聞いておりますぞ。若くして魔導機械に詳しいとか」
「いえ、まだ勉強中です」
俺は慌てて答えた。
……噂って、どこまで広がってるんだ?
すると、グスタフの視線がマルタへ向いた。
「おや?」
彼は目を細めた。
「こちらのお嬢様は?」
マルタが一歩前へ出た。
「マルタと申します。本日は操縦系統の確認をお手伝いさせていただきます」
「……操縦系統?」
「はい」
グスタフは父上を見た。
そして、少し困ったように笑った。
「ははは。男爵閣下、こちらのお嬢様も、ご子息のご友人でいらっしゃいますかな?」
「……いや」
父上が言葉を選んでいる。
マルタは表情を変えなかった。
「以前、魔導機甲の操縦に携わっておりました」
「……ほう?」
「大型機の操作と点検について、多少の経験がございます」
グスタフは、しばらく彼女を見つめた。
そして、豪快に笑った。
「はっはっは! これは面白い! 最近の子供たちは実に頼もしいですな!」
……あ。
信じてない。
完全に、子供のごっこ遊びだと思ってる。
マルタの眉が、ほんの少し動いた。
「……ベルナー様」
「はい?」
「まず、操縦者の方から故障時の状況を伺ってもよろしいでしょうか」
グスタフの笑顔が止まった。
「……え?」
「機体を確認する前に、運転記録と整備記録を拝見したいのです」
「……せ、整備記録?」
「はい。可能であれば、最後に正常稼働した日付も確認したく存じます」
グスタフは瞬きをした。
そして、ゆっくり父上へ顔を向けた。
「……男爵閣下」
「何だ?」
「こちらのお嬢様は……本当に?」
父上は小さく笑った。
「見た目で判断しない方がいい」
俺は思わず口元を押さえた。
マルタが、こちらを見た。
「……レオンハルト様」
「な、何?」
「何か、おかしいことでも?」
「……何でもない!」
……危ない。
もう少しで笑うところだった。
◇
倉庫の奥には、三台の魔導運搬機が並んでいた。
どれも全高二メートルほどの作業用機体だ。
厚い鉄製の脚部。
箱型の胴体。
背中には荷物を固定するための大きな荷台が取り付けられている。
戦闘用の魔導機甲とは違い、装甲は必要最低限。
その代わり、脚部と胴体には頑丈な支持構造が使われていた。
……なるほど。
荷物を運ぶことに特化した設計だ。
俺は思わず目を輝かせた。
「……すごい」
父上が隣で微笑んだ。
「興味深いか?」
「はい!」
俺は頷いた。
「オメガとは、全然違う構造です!」
「当然だ。用途が違えば、設計も変わる」
……確かに。
俺は一号機へ近づいた。
父上の工房から同行した職人たちが、機体の固定状態を確認している。
そのうちの一人、髭を生やした職人オルドが言った。
「男爵様。まずは一号機から調べましょう」
「うむ」
グスタフが倉庫の作業員を呼んだ。
「おい、ハンス! こっちへ来てくれ!」
現れたのは、日に焼けた若い男性だった。
「はい、旦那!」
「一号機のことを説明してくれ」
「分かりました」
ハンスは機体の脚を指差した。
「三日前から、歩くたびに変な音がするんです」
「どんな音ですか?」
俺が尋ねると、彼は少し驚いたように俺を見た。
「ええと……金属が擦れるような音ですね」
「いつも鳴るんですか?」
「いや、荷物を積んでいるときの方が大きいです」
「左右、どちらの脚から聞こえますか?」
「……右だったと思います」
俺は手帳に書き込んだ。
マルタが続けて尋ねる。
「歩き始めから音がするのでしょうか。それとも、しばらく動かしたあとですか?」
「……そういえば、最初は静かなんですよ。しばらく歩くと音が出てきます」
マルタは頷いた。
「ありがとうございます」
俺は一号機の右脚を見つめた。
……荷重がかかったとき。
しかも、しばらく動かしたあと。
摩耗か。
それとも、熱による変形か。
父上が職人たちへ指示を出した。
「駆動系を停止状態で確認しよう。外装を外す前に、残留魔力を測定するんだ」
「承知しました!」
職人たちは慎重に作業を始めた。
俺は父上の許可を得て、少し離れた位置から内部構造を観察した。
外装が外される。
そこには、太い金属製の関節と、複数の歯車が並んでいた。
……あれ?
俺は一つの部分に目を留めた。
右膝の内側。
金属の表面に、細かな傷がついている。
「……父上」
「何だ?」
「ここ、見てもらえますか?」
父上が近づいた。
俺は傷を指差した。
「この部分、ほかより擦れた跡が多いです」
父上は目を細めた。
「……確かに」
オルドも覗き込んだ。
「軸受けが摩耗しているかもしれませんな」
父上は頷いた。
「寸法を測ってみよう」
職人たちが測定を始めた。
しばらくして、オルドが顔を上げた。
「……やはり、軸受けに摩耗があります」
「交換できそうか?」
「同じ規格の部品があれば、可能です」
俺は思わず笑顔になった。
「……よかった!」
父上は俺を見た。
「まだ修理できたわけではないぞ」
「……あ」
「原因の候補が見つかっただけだ。ほかにも損傷がないか確認する必要がある」
「……はい」
俺は頷いた。
……そうだ。
まだ、決めつけちゃいけない。
◇
二号機は、一号機よりも厄介だった。
外見には大きな損傷がない。
脚部も、停止状態で確認した限りでは問題が見つからなかった。
しかし、作業員によると、荷物を積むと急に動きが鈍くなるらしい。
「空荷なら普通に歩けるんです」
操縦担当の男性が説明した。
「でも、荷物を積むと、すぐに力が落ちるんですよ」
「どのくらいの重さで起きますか?」
俺が尋ねた。
「……以前は五百キロほど運べましたが、最近は三百キロくらいでも怪しいですね」
俺は手帳に書き込んだ。
……出力低下。
魔導炉の問題か。
それとも、回路の損失か。
父上が確認した。
「魔導炉の点検は、いつ行った?」
「半月ほど前です」
「そのときは異常なしだったのか?」
「はい」
マルタが静かに口を開いた。
「出力が低下した際、操縦席の計器には何か表示されましたか?」
「……そういえば」
男性は少し考えた。
「魔力供給の針が、時々揺れていました」
俺は顔を上げた。
「……針が?」
「はい。一定じゃなくなるんです」
……なるほど。
供給が不安定になっているのかもしれない。
父上は職人たちへ指示を出した。
「魔導炉の負荷試験は、設備の確認が済んでからだ。今日は外部回路と接続部を調べよう」
俺は頷いた。
そして、父上の許可を得て、魔導回路の構造を解析した。
《魔導構造解析・改変》。
俺の視界に、淡い光の線が浮かび上がる。
魔導炉から伸びる回路。
脚部へ向かう供給線。
制御装置へつながる細い経路。
……ふむ。
構造は理解できる。
ただし、動いていない状態では、実際の負荷による変化までは分からない。
俺は集中して、一つずつ確認した。
すると。
……あれ?
胴体の奥にある接続部で、魔力の流れが少し乱れている。
俺は目を細めた。
……ここか?
この接続部に問題があるのかもしれない。
「……父上」
「何か見つけたか?」
「この奥の接続部です。魔力の流れが、少し不安定に見えます」
父上は頷いた。
「分かった。職人に確認させよう」
俺は少し嬉しくなった。
……もしかして、原因が分かったかも!
そのとき、マルタが静かに尋ねた。
「レオンハルト様」
「ん?」
「その異常は、故障の原因なのでしょうか」
「……え?」
「それとも、ほかの部分が故障した結果、そこに異常が現れているのでしょうか」
俺は、言葉を失った。
……あ。
確かに。
魔力の流れが乱れている。
それは分かる。
でも、それが原因だとは限らない。
別の場所で問題が起きて、その影響がここに現れている可能性もある。
俺は、もう一度回路を見た。
……そうか。
俺は、まだ何も証明していない。
「……マルタ」
「はい?」
「ありがとう」
彼女は少し驚いたように目を瞬かせた。
「……どういたしまして」
俺は父上へ向き直った。
「父上。接続部に異常があるのは確かですが、原因かどうかは分かりません」
「うむ」
「ほかの部分も確認してから、判断したいです」
父上は静かに頷いた。
「それでいい」
そして、少しだけ微笑んだ。
「よく気づいたな」
俺は、マルタを見た。
「……マルタのおかげです」
彼女は優雅に一礼した。
「お役に立てたのでしたら、幸いです」
……本当に、頼りになるな。
◇
三号機は、倉庫の一番奥に置かれていた。
ほかの二台とは違い、周囲には木製の柵が設けられている。
機体の脚部には、荷物を固定するための金具が残っていた。
しかし、肝心の荷物はすでに下ろされている。
「……これが、突然止まった機体ですか?」
俺が尋ねると、グスタフは頷いた。
「そうです。五日前、荷物を運んでいた最中に動かなくなりましてな」
「操縦者は無事だったんですか?」
「幸い、怪我はありませんでした」
俺は安心した。
……よかった。
父上が尋ねた。
「停止したとき、どんな状況だった?」
グスタフは作業員を呼んだ。
現れたのは、三十代ほどの男性だった。
少し疲れた表情をしている。
「……あの日は、いつも通り荷物を運んでいました」
男性は静かに話し始めた。
「倉庫から市場へ向かう途中だったんです。特に変わったことはありませんでした」
「何か音は?」
「……いえ」
「警告表示は?」
「……それが」
男性は眉をひそめた。
「停止する直前、魔導炉の出力が一瞬だけ落ちたんです」
俺は手帳を開いた。
「……一瞬だけ?」
「はい。すぐに戻ったように見えたんですが、そのあと急に動かなくなりました」
「……なるほど」
マルタが尋ねた。
「停止したとき、機体は転倒しましたか?」
「いえ。立ったままでした」
「操縦桿は動きましたか?」
「……動きませんでした」
「緊急停止装置は?」
「作動させようとしましたが、反応がありませんでした」
マルタの表情が少し険しくなった。
「……そうですか」
俺も、胸の奥に小さな不安を感じた。
……緊急停止装置まで反応しなかった?
それは、かなり厄介だ。
父上が職人たちへ指示を出した。
「まず、魔導炉が完全に停止していることを確認する。残留魔力がないか調べてから、外装を開けよう」
「承知しました」
作業が始まった。
俺は少し離れた位置から見守った。
マルタも隣に立っている。
しばらくして、職人たちが胴体の外装を外した。
内部には、大きな魔導炉と複雑な回路が並んでいる。
……うわ。
これは、かなり複雑だ。
オメガの試作機よりも、ずっと多くの補助回路が使われている。
父上が俺を見た。
「レオンハルト。構造を確認できるか?」
「……はい」
俺は頷いた。
ただし、今回は慎重に。
魔導回路を書き換えるつもりはない。
まずは、調べるだけだ。
俺は深呼吸した。
そして、能力を発動する。
《魔導構造解析・改変》。
視界に、無数の光の線が浮かび上がった。
魔導炉。
制御回路。
脚部駆動系。
緊急停止装置。
それぞれが、複雑につながっている。
……ふむ。
俺は一つずつ確認していった。
しかし。
「……あれ?」
思わず声が漏れた。
魔導炉そのものには、目立った損傷がない。
主要な供給回路にも、大きな断線は見当たらない。
緊急停止装置の機械部分も、外見上は破損していない。
……おかしい。
これだけの故障なら、どこかに明確な異常があってもいいはずだ。
俺はさらに集中した。
制御回路の奥。
複数の魔力経路が交差する部分。
そこに、わずかな乱れがあった。
……ここか?
俺は目を凝らした。
しかし、構造そのものは壊れていない。
魔力の流れが止まっているだけだ。
……どういうことだ?
俺は、しばらく考え込んだ。
そのとき。
「……レオンハルト」
父上の声がした。
「はい?」
「顔色が悪いぞ」
「……え?」
俺は自分の頬に手を当てた。
確かに、少し疲れている。
能力を長く使いすぎたらしい。
父上は静かに言った。
「今日はそこまでだ」
「……でも」
「まだ調査は続けられる。お前が無理をする必要はない」
俺は、少し迷った。
……あと少し調べれば、何か分かるかもしれない。
でも。
以前、無理をして危険な目に遭ったことを思い出した。
あのとき、父上も母上も心配していた。
……同じことを繰り返すわけにはいかない。
「……分かりました」
俺は能力を解除した。
視界から光の線が消える。
マルタが小さな水筒を差し出した。
「お疲れ様です、レオンハルト様」
「……ありがとう」
俺は水を飲んだ。
冷たい水が喉を通る。
少しだけ、頭がすっきりした。
マルタは静かに尋ねた。
「何か分かりましたか?」
「……うん。でも、原因は分からない」
「そうですか」
「魔導炉も、主要な回路も、大きく壊れているようには見えなかったんだ」
俺は三号機を見つめた。
「でも、制御回路の奥で、魔力の流れが止まっている部分がある」
マルタは少し考えた。
「……制御回路ですか」
「うん」
「では、操縦者の操作が正しく伝わっていない可能性もございますね」
「……そうかもしれない」
俺は頷いた。
ただし、まだ分からない。
原因なのか。
結果なのか。
それとも、別の問題が隠れているのか。
……難しいな。
俺は手帳に、新しい一文を書いた。
『三号機――原因未確定。制御回路の詳細調査が必要』
◇
調査を終えたころには、すっかり夕方になっていた。
倉庫の外では、商人たちが最後の荷物を運び出している。
グスタフは、父上の前で深々と頭を下げた。
「本日はありがとうございました、男爵閣下」
「いや。まだ修理できるかどうかも分からん」
「それでも、ここまで詳しく調べていただけただけで助かります」
グスタフは三台の機体を見つめた。
その表情には、疲労が滲んでいた。
「……実は」
彼は少し声を落とした。
「この三台が使えないことで、商品の出荷が遅れているのです」
父上が頷いた。
「依頼書にも書かれていたな」
「はい。次の収穫物の出荷まで、もう十日もありません」
俺は顔を上げた。
「……十日?」
「ええ」
グスタフは苦笑した。
「今日が終われば、残りは九日です」
俺は手帳を見た。
……九日。
一号機は、修理できる可能性が高い。
二号機は、原因の候補が見つかった。
でも、三号機は……。
まだ、ほとんど分かっていない。
グスタフは続けた。
「もし出荷に間に合わなければ、取引先との契約に影響が出ます」
「……そうですか」
父上は真剣な表情になった。
「分かった。だが、急いだからといって、危険な状態で機体を動かすわけにはいかん」
「もちろんです」
グスタフは頷いた。
「安全に修理していただけるのであれば、それが一番です」
父上は書類を取り出した。
「まず、今日の調査結果を整理しよう。そのうえで、必要な部品と費用を見積もる」
「お願いいたします」
俺は、二人の会話を聞いていた。
……なるほど。
修理するだけじゃない。
費用を計算する。
期限を守る。
そして、相手に説明する。
これが、仕事なんだ。
俺は手帳を握りしめた。
……絶対に、成功させたい。
でも。
焦ってはいけない。
父上が言った通りだ。
まずは、できることから進めよう。
◇
帰りの馬車の中。
俺は、今日の記録を整理していた。
一号機。
右脚の軸受けに摩耗。
交換部品の規格確認が必要。
二号機。
積載時に魔力供給が不安定。
接続部の異常を確認したが、原因は未確定。
三号機。
突然停止。
主要回路に明確な損傷なし。
制御回路の一部で魔力の流れが停止。
原因不明。
……うーん。
俺は鉛筆を置いた。
思っていたより、ずっと難しい仕事だ。
隣に座っていたマルタが、静かに尋ねた。
「お疲れですか?」
「……少し」
「そうでしょうね」
彼女は微笑んだ。
「初めての大きなお仕事ですから」
「……うん」
俺は窓の外を見た。
夕日が、遠くの丘を赤く染めている。
「……マルタ」
「はい?」
「俺、今日ちょっと自信があったんだ」
「……そうなのですか?」
「うん。自分の能力を使えば、故障の原因くらいすぐに分かると思ってた」
俺は苦笑した。
「でも、全然そんなことなかった」
マルタは、しばらく黙っていた。
そして、静かに口を開いた。
「レオンハルト様」
「……何?」
「原因が分からなかったことは、失敗ではございません」
俺は彼女を見た。
「……え?」
「分からないことを、分からないと認められたのでしょう?」
「……うん」
「でしたら、今日は大切なことを学ばれたのだと思います」
マルタは微笑んだ。
「私も、軍にいたころは何度も失敗いたしました」
「……マルタが?」
「はい」
彼女は小さく頷いた。
「操縦の判断を誤ったこともございますし、整備士の方から叱られたこともございます」
俺は驚いた。
マルタは、いつも冷静で頼りになる。
そんな彼女にも、失敗した経験があるのか。
「……でも、どうやって上手くなったの?」
マルタは少し考えた。
「失敗した理由を、きちんと調べたのです」
「……理由を?」
「はい。何を見落としたのか。どこで判断を間違えたのか。そして、次はどうすればよいのか」
彼女は窓の外へ目を向けた。
「それを繰り返して、少しずつ学びました」
俺は、しばらく黙っていた。
……そうか。
天才だから、何でも分かるわけじゃない。
前世の知識があるから、失敗しないわけでもない。
大切なのは、分からないことを一つずつ確かめることなんだ。
「……ありがとう、マルタ」
俺は微笑んだ。
「明日も頑張るよ」
彼女は嬉しそうに頷いた。
「はい。ですが、無理はなさらないでくださいね」
「分かってる」
「本当でしょうか?」
「……本当だよ!」
マルタは楽しそうに笑った。
「ふふっ。では、信じております。私の小さな騎士様」
「……またそれ!?」
俺は思わず声を上げた。
馬車の前方から、父上の笑い声が聞こえてきた。
……父上まで!
まったく。
最近のマルタには、どうにも調子を狂わされる。
でも。
俺も、つられて笑ってしまった。
◇
屋敷に戻ると、リナとエリスが玄関で待っていた。
「レオン!」
リナが勢いよく駆け寄ってくる。
「どうだった!? 魔導運搬機、直せたのか!?」
「……まだだよ」
「ええっ!?」
リナの狐耳がぴんと立った。
「レオンでも直せなかったのか!?」
「原因を調べてきたんだ。修理はこれから」
「……そっか」
エリスが心配そうに尋ねた。
「……難しかった?」
「うん。思っていたより、ずっと」
俺は頷いた。
「でも、少しずつ分かってきたよ」
リナは拳を握った。
「じゃあ、あたしも手伝う!」
「……リナ」
「何だ?」
「まずは、工房の片づけを手伝ってくれる?」
「……え?」
リナは目を瞬かせた。
「片づけ?」
「うん。明日、修理用の部品を調べたいから、作業台を空けておきたいんだ」
リナは少し考えた。
そして、元気よく頷いた。
「分かった!」
エリスも微笑んだ。
「……私も、お手伝いする」
「ありがとう、二人とも」
俺は嬉しくなった。
……うん。
一人じゃないって、いいな。
◇
その夜。
父上の執務室では、今日の調査結果をもとに、修理計画が話し合われていた。
机の上には、三台の魔導運搬機の図面。
必要な部品の一覧。
そして、見積もりのための書類が並んでいる。
父上は、一号機の図面を指差した。
「一号機は、軸受けの交換で改善する可能性が高い。ただし、周辺部品の確認が必要だ」
職人オルドが頷いた。
「同じ規格の部品なら、明日中に手配できるかもしれません」
「二号機は?」
「接続部の点検を進めます。負荷試験には、もう少し準備が必要です」
父上は頷いた。
そして、三号機の図面を見た。
「……問題は、これだな」
俺も頷いた。
「はい」
父上は俺を見た。
「レオンハルト。今日の調査で、何か気になることはあったか?」
俺は少し考えた。
そして、手帳を開いた。
「……三号機の制御回路です」
「うむ」
「魔力の流れが止まっている部分がありました。でも、そこが壊れているようには見えなかったんです」
「……なるほど」
「だから、明日はその部分につながる装置を、一つずつ調べたいです」
父上は静かに頷いた。
「よい考えだ」
俺は少し安心した。
しかし、父上は続けた。
「ただし、調査は順序を決めて行う。分解が必要な場合は、私か職人が判断する」
「はい」
「それから、能力の使用時間も制限する」
「……はい」
俺は素直に頷いた。
……今回は、無理をしない。
絶対に。
父上は、机の上に置かれた小さな時計を見た。
「もう遅い。今日はここまでにしよう」
「分かりました」
俺は手帳を閉じた。
そして、立ち上がろうとした。
そのとき。
「……父上」
「何だ?」
「一つ、聞いてもいいですか?」
「もちろんだ」
俺は、少し迷ってから尋ねた。
「もし、三台全部を直せなかったら……どうなりますか?」
父上は、しばらく俺を見つめた。
そして、静かに答えた。
「そのときは、できなかった理由を正直に説明する」
「……正直に?」
「ああ。無理に修理したふりをして、危険な機体を渡すわけにはいかん」
父上は、三号機の図面を指差した。
「我々の仕事は、ただ機械を動かすことではない。安全に使える状態へ戻すことだ」
俺は、ゆっくり頷いた。
……そうだ。
直せなかったことよりも。
直せていないのに、直したと言うことの方が危険なんだ。
「……分かりました」
俺は背筋を伸ばした。
「明日も、きちんと調べます」
父上は微笑んだ。
「うむ。期待しているぞ」
◇
自室へ戻った俺は、机に向かった。
窓の外では、月が静かに輝いている。
俺は今日の記録を開いた。
一号機。
二号機。
三号機。
それぞれの症状を、もう一度読み返す。
そして、最後のページに、新しい言葉を書いた。
『故障の原因を決めつけない。まず、確かめる。』
……よし。
俺は鉛筆を置いた。
これを、今回の仕事の基本にしよう。
前世の知識も。
魔導構造解析の能力も。
全部、役に立つ。
でも、それだけでは足りない。
実際に見て、調べて、考えて。
周りの人たちと協力しなければならない。
俺は窓の外を見つめた。
……いつか、王立魔導騎士学院へ行く日が来る。
そのとき、俺はどんな人間になっているだろう。
ただの天才少年か。
それとも、仲間と協力できる技術者か。
……答えは、決まっている。
俺は小さく笑った。
「……後者に決まってるだろ」
そのとき、廊下から声が聞こえた。
「レオンハルト様」
……マルタだ。
「もうお休みになるお時間ですよ」
「……分かってる!」
「本当でしょうか?」
「本当だって!」
扉の向こうから、楽しそうな笑い声が聞こえた。
「ふふっ。では、おやすみなさいませ。私の小さな騎士様」
「……おやすみ、マルタ!」
俺はため息をついた。
……まったく。
でも、悪い気分じゃない。
俺はランプを消した。
明日から、いよいよ修理作業が始まる。
残された時間は、あと九日。
三台の魔導運搬機。
そして、まだ原因の分からない三号機。
……簡単な仕事じゃない。
でも。
だからこそ、挑戦する価値がある。
俺は布団に潜り込んだ。
そして、静かに目を閉じた。
――そのころ。
ベルンハイムの倉庫では、夜間の見回りをしていた作業員が、三号機の前で足を止めていた。
「……ん?」
彼は、暗い倉庫の奥を見つめた。
三号機は、昼間と変わらず立っている。
魔導炉は停止しているはずだった。
しかし。
胴体の奥で、何かが小さく光ったように見えた。
「……気のせいか?」
作業員はランタンを掲げた。
だが、もう何も見えない。
しばらく確認したあと、彼は首を傾げた。
「……疲れてるのかな」
そして、再び見回りへ戻っていった。
誰もいなくなった倉庫。
静まり返った三号機の内部で。
ほんの一瞬だけ。
制御回路の奥にある小さな表示石が、淡い青色に明滅した。
それは、魔導炉の起動を示す光ではなかった。
しかし、その意味を知る者は、まだ誰もいなかった。
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