第36話 小さな姫騎士、初めての模擬操縦!? 四機の魔導機甲と天才少年の新たな挑戦!
魔導機甲を動かすために必要なものは何だろうか。
強力な魔導炉。
丈夫な装甲。
精密な駆動装置。
そして、優秀な操縦者。
もちろん、どれも大切だ。
だが、俺は最近になって、もう一つ重要なものがあると気づいた。
それは――操縦者が無事に帰ってこられる仕組みだ。
「レオンハルト様。聞いていらっしゃいますか?」
「……え?」
顔を上げると、マルタが俺を見つめていた。
栗色の髪を銀色の髪留めでまとめ、白いブラウスの上には濃紺の短い上着。胸元には深紅のリボンが結ばれ、腰から広がるプリーツスカートには細かな銀糸の刺繍が施されている。
肩にかかった小さな青いケープが、彼女の動きに合わせて揺れた。
見た目だけなら、どこかの貴族令嬢だ。
しかし、その表情は以前と変わらない。
厳格で、落ち着いていて、少しだけ怖い。
「本日は、操縦訓練装置の改良を行うとおっしゃっていましたね?」
「う、うん」
「でしたら、まず確認すべきことがございます」
「何?」
マルタは工房の中央に置かれた木製の装置を指差した。
「緊急停止の手順です」
俺は思わず瞬きをした。
「……緊急停止?」
「はい。動かし方よりも先に、止め方を覚えていただきます」
なるほど。
元軍用魔導機甲の操縦者らしい意見だ。
俺は手帳を開いた。
「分かった。じゃあ、今日の訓練はそこから始めよう」
「ありがとうございます」
マルタは満足そうに頷いた。
そして、少しだけ口元を緩めた。
「それでは、私の小さな騎士様。本日もよろしくお願いいたします」
「……マルタ」
「はい?」
「その呼び方、いつまで続けるの?」
「レオンハルト様がお嫌になるまででしょうか」
「もう十分恥ずかしいんだけど!」
「ふふっ。では、まだしばらく続きそうですね」
……絶対に楽しんでる。
俺はため息をついた。
そのとき、工房の扉が勢いよく開いた。
「レオン! マルタ! 準備できたぞ!」
赤茶色の狐耳をぴんと立てたリナが飛び込んできた。
動きやすい白いシャツに赤い短い上着、膝丈のズボン。腰の後ろでは、ふさふさした尻尾が忙しなく揺れている。
その後ろから、エリスが静かに入ってきた。
赤い髪を細い水色のリボンで結び、淡い青色のワンピースを着ている。胸には小さな貝殻の飾りがついていた。
「……おはよう、レオンくん」
「おはよう、二人とも」
リナは訓練装置を見るなり、目を輝かせた。
「今日はあたしが一番になるからな!」
「……何の一番?」
「操縦だよ!」
俺が答えるより先に、マルタが口を開いた。
「リナ様。今日の目的は競争ではございません」
「ええっ!?」
「全員が安全に操縦するための練習です」
「でも、速く動かせた方が強いだろ?」
「必ずしもそうではありません」
マルタは訓練装置の前へ歩いた。
「速く進むことができても、止まれなければ意味がありません。仲間を守るつもりで、仲間に衝突してしまうこともあります」
リナは狐耳を少し倒した。
「……それは嫌だな」
「でしょう?」
マルタは優しく微笑んだ。
「では、始めましょう」
◇
昨日までの訓練装置は、操縦桿を動かすと表示板の針が動くだけの簡単なものだった。
今日はそこへ、新しい仕組みを加えていた。
木製の表示板には、左右二つの針。
中央には、赤い印。
そして、操縦席の横には、小さな停止レバーを取り付けてある。
仕組みは単純だ。
操縦桿を動かすと、歯車を通して針が移動する。
一定の位置まで動かすと、赤い印が現れる。
そのときに停止レバーを引けば、針が固定される。
実際の魔導機甲を動かす装置ではない。
ただし、操作の順序を覚えることはできる。
「まずは、俺がやってみるね」
俺は椅子に座った。
操縦桿を握り、ゆっくり前へ倒す。
針が動く。
「前進を想定します」
マルタが説明する。
「前方に障害物を発見しました。停止してください」
「了解!」
俺は停止レバーへ手を伸ばした。
カチン。
針が止まった。
「……どう?」
マルタは表示板を確認した。
「合格です。ただし、停止する前に操縦桿を少し戻した方がよろしいでしょう」
「どうして?」
「実際の機体では、駆動力を加えたまま停止装置を作動させると、機構に余計な負担がかかる場合があります」
「……なるほど」
俺は急いで手帳に書き込んだ。
次はリナだった。
「よーし! あたしの番だ!」
彼女は椅子へ飛び乗った。
「リナ様。まずは姿勢を整えてください」
「分かった!」
「操縦桿は、強く握りすぎないように」
「うん!」
「では、前進してください」
「いっくぞー!」
ガコンッ!
針が勢いよく端まで動いた。
「……リナ!」
「えっ!?」
「速すぎる!」
「だって前進しろって!」
マルタは眉をひそめた。
「速く進めとは申し上げておりません」
「……あ」
「もう一度です」
リナは唇を尖らせた。
それでも、今度はゆっくり操縦桿を動かした。
針が少しずつ移動する。
「障害物です。停止してください」
「分かった!」
リナは慌てて停止レバーを引いた。
しかし、操縦桿を戻すのを忘れていた。
表示板の針は止まったものの、内部のばねが強く引っ張られたままだ。
「……あれ?」
リナが首を傾げる。
マルタは装置を指差した。
「今の状態を見てください」
「……ばねが伸びてる」
「はい。もしこれが本物の魔導機甲であれば、停止機構に負担がかかっているかもしれません」
リナは、しばらく黙っていた。
そして、俺を見た。
「……レオン」
「何?」
「もう一回やっていい?」
俺は微笑んだ。
「もちろん」
リナは大きく頷いた。
「今度はちゃんと止まってやる!」
……うん。
その意気だ。
次に挑戦したのはエリスだった。
彼女は椅子に座ると、慎重に操縦桿を握った。
「……こ、これでいいかな?」
「はい。肩の力を抜いてください」
マルタが優しく指導する。
エリスは小さく頷いた。
操縦桿をゆっくり倒す。
針が滑らかに動いた。
「障害物です」
「……はい」
エリスは操縦桿を戻し、それから停止レバーを引いた。
カチン。
針が止まった。
俺は思わず声を上げた。
「すごい! 今のは綺麗だったよ!」
「……本当?」
「うん!」
エリスは嬉しそうに微笑んだ。
リナが腕を組む。
「……エリス、上手いな」
「……ありがとう」
マルタも頷いた。
「とても丁寧な操作でした。ただし、実際の機体では周囲を確認することも忘れないようにしてください」
「……はい」
エリスは真剣な表情で頷いた。
そして、最後にマルタの番が来た。
◇
マルタは椅子に座る前に、踏み台の位置を確認した。
小さな靴を台へ乗せ、操縦桿へ手を伸ばす。
「……少し遠いですね」
彼女は呟いた。
「昨日より、椅子を少し後ろにしたんだけど……」
「私の腕の長さでは、もう少し近い方がよろしいかと」
「分かった」
俺は座席を調整した。
マルタは再び操縦桿を握った。
背筋が伸びる。
肩の力が抜ける。
そして、視線が表示板へ向いた。
「……始めます」
操縦桿が動いた。
ゆっくりと。
しかし、迷いはない。
右へ旋回。
停止。
左へ旋回。
再び停止。
その動きは、昨日よりも滑らかだった。
リナが感心したように声を上げる。
「……すげえ」
俺も頷いた。
さすが元パイロットだ。
ところが。
「……っ」
マルタの右肩が、わずかに上がった。
操縦桿を大きく倒そうとした瞬間、体が前へ傾いたのだ。
彼女はすぐに操作を止めた。
「……なるほど」
「マルタ?」
「以前の体で覚えた動きを、そのまま使うのは難しいようです」
彼女は自分の腕を見つめた。
「操縦桿の可動範囲が広すぎますね」
俺は頷いた。
「……じゃあ、動かす距離を短くしてみようか」
「それがよろしいかと。ただし、短くしすぎると細かな操作が難しくなります」
「……確かに」
俺は手帳に書き込んだ。
操縦桿の長さ。
座席の高さ。
足元の位置。
そして、操作時の抵抗。
……同じ装置でも、乗る人によって必要な調整が違うんだな。
マルタは少しだけ悔しそうに操縦桿を見つめた。
「……以前なら、この程度の操作で苦労することはなかったのですが」
俺は彼女を見た。
「マルタ」
「……はい?」
「今の体に合わせて、作り直せばいいんだよ」
彼女は目を瞬かせた。
「……作り直す?」
「うん。前と同じ操縦方法じゃなくてもいいでしょ?」
俺は操縦桿を指差した。
「マルタが無理なく操作できる仕組みを考えよう」
マルタは、しばらく黙っていた。
そして、静かに微笑んだ。
「……そうですね」
彼女は小さく頷いた。
「新しい体には、新しい操縦方法が必要なのですね」
「うん!」
俺は笑った。
「それが、プリンセス・ヴァルキュリアの最初の課題だね!」
マルタの表情が明るくなった。
「承知いたしました」
彼女は胸に手を当てた。
「姫騎士として、必ず乗りこなしてみせます」
リナが拳を上げた。
「あたしも負けないぞ!」
エリスも小さく頷く。
「……私も、頑張る」
俺は三人を見た。
……うん。
みんな、少しずつ前へ進んでいる。
◇
午後。
俺たちは工房の作業台を囲んでいた。
次に取りかかるのは、《オメガ》の右膝だ。
昨日の荷重試験では、補強金具を変更したことで負担の集中が少し改善した。
しかし、横方向の力が加わると、別の部分に歪みが生じてしまう。
今日は、その原因を調べる。
「……まずは、この金具を外してみよう」
俺は工具を手に取った。
マルタは隣で、測定用の紐と記録帳を準備している。
リナとエリスには、少し離れた場所から観察してもらうことにした。
「二人とも、ここから先には入らないでね」
「分かった!」
「……うん」
俺は関節を固定台に取り付けた。
そして、低い荷重を加える。
ギギ……。
金属が小さく軋んだ。
マルタが目盛りを読み上げる。
「……まだ問題ございません」
「うん」
さらに少しだけ力を加える。
すると。
カタッ。
右側の支持部が、わずかに動いた。
「……あ」
俺はすぐに試験を止めた。
マルタが支持部を確認する。
「……固定金具ではなく、こちらの接続部分に負担が移っていますね」
「……やっぱり」
俺はため息をついた。
補強したことで、別の弱い場所が見つかったらしい。
……機械って難しいな。
ただ、これは悪いことばかりじゃない。
実際に機体を動かす前に問題を発見できたのだから。
俺は図面を広げた。
「……ここに、もう一つ支持部を追加したらどうかな」
マルタは少し考えた。
「可能だと思います。ただし、可動範囲を狭めないようにする必要があります」
「……うん」
俺は鉛筆を走らせた。
金具の位置を少し変える。
荷重が分散するように、二つの支持部をつなぐ。
もちろん、これで解決するとは限らない。
でも、試す価値はある。
「……よし」
俺は顔を上げた。
「今日はここまでにしよう」
リナが驚いた。
「ええっ!? オメガ、動かさないのか!?」
「まだ危ないからね」
「……そっか」
マルタは満足そうに頷いた。
「正しい判断です」
俺は少し照れくさくなった。
「……マルタのおかげだよ」
彼女は微笑んだ。
「私は助言をしただけです。判断されたのは、レオンハルト様ですよ」
……そう言われると、少し嬉しいな。
◇
次は、ヴァーミリオン・フォックスの試験だった。
とはいっても、まだ本物の魔導機甲ではない。
机の上に置かれた、木製の脚部模型だ。
赤く塗った小さな胴体。
二本の脚。
そして、後ろには二本の可動式安定器。
リナは、それを見るなり目を輝かせた。
「おおっ! 尻尾がついてる!」
「うん。今日は、この尻尾の動きを試すんだ」
「動くのか!?」
「手動だけどね」
俺は模型を持ち上げた。
脚部を左右へ傾けると、後ろの安定器が動く仕組みになっている。
ただし、まだ自動ではない。
小さな歯車と紐を使って、動きを確認するだけだ。
「……じゃあ、やってみよう」
俺は模型を机の上へ置いた。
右へ傾ける。
安定器を左へ動かす。
すると、模型は少しだけ姿勢を保った。
「……おおっ!」
リナが歓声を上げた。
「倒れない!」
「うん。でも、まだ完全じゃないよ」
俺はさらに傾けた。
すると、模型は横へ倒れた。
カタンッ。
「……あ」
リナの耳が垂れた。
「……倒れた」
「うん。安定器だけじゃ、支えきれないんだ」
俺は模型を起こした。
「脚の幅とか、重心の位置も考えないとね」
リナは真剣な表情になった。
「……じゃあ、あたしも考える!」
「本当?」
「うん!」
彼女は模型をじっと見つめた。
そして、突然、自分の尻尾を左右に振り始めた。
「……リナ?」
「ちょっと待って!」
彼女は片足で立った。
尻尾を右へ振る。
体が少し揺れる。
今度は左へ振る。
すると、姿勢が変わった。
「……ほら!」
リナは得意そうに笑った。
「こうすると、ちょっとだけバランスが取りやすいんだ!」
俺は目を見開いた。
……なるほど。
狐の獣人であるリナには、俺たちにはない感覚がある。
尻尾を使った姿勢の調整。
それを、機械に応用できるかもしれない。
「……リナ!」
「何だ!?」
「今の動き、もう一回見せて!」
「いいぞ!」
リナは嬉しそうに尻尾を振った。
俺はその動きを観察しながら、手帳に記録した。
……これは面白い。
ただし、人間型の機体で同じ動きが役立つかどうかは、まだ分からない。
でも、設計のヒントにはなる。
「ありがとう、リナ!」
「へへっ!」
リナは胸を張った。
「あたしの尻尾、すごいだろ!」
「うん。すごいよ」
彼女は嬉しそうに笑った。
◇
次に、セイレーンの操縦席を確認した。
エリスのために作っているのは、座面の角度を変えられる木製の模型だ。
通常の姿勢では、脚を前へ伸ばせる。
そして、座面を後ろへ倒すと、下半身を収めるための空間が広がる。
ただし、実際に尾を持つ状態で使えるかどうかは、まだ分からない。
「……エリス」
「……はい」
「今日は、普通の姿勢で座ってみてくれる?」
「……うん」
エリスは椅子に座った。
俺は座面の高さを確認した。
「……どう?」
「……少し、背中が遠いかな……」
「背もたれ?」
「……うん」
俺は背もたれの位置を調整した。
エリスはもう一度座り直す。
「……今度は?」
「……うん。楽になった」
俺は頷いた。
「よかった」
マルタが横から確認する。
「エリス様。足元に無理はございませんか?」
「……大丈夫」
「長時間座った場合も考える必要がありますね」
俺は手帳に書き込んだ。
……確かに。
操縦席は、座れればいいというものじゃない。
長時間操作することも考えなければならない。
エリスは、しばらく椅子に座っていた。
そして、静かに口を開いた。
「……レオンくん」
「ん?」
「……私、泳ぐのは得意だけど……」
「うん」
「……機械を動かすのは、まだ少し怖い」
俺は彼女を見た。
エリスは膝の上で手を重ねていた。
「……もし、間違えたら……」
その言葉に、俺は少し考えた。
……そうだよな。
リナは早く乗りたいと言っている。
マルタはもう一度操縦したいと思っている。
でも、エリスは違う。
彼女には、彼女の不安があるんだ。
「……エリス」
「……はい」
「怖かったら、無理に乗らなくてもいいんだよ」
彼女は目を見開いた。
「……え?」
「セイレーンは、エリスが安心して使えるように作りたいんだ」
俺は微笑んだ。
「だから、ゆっくり練習しよう」
エリスは、しばらく俺を見つめていた。
そして、小さく頷いた。
「……うん」
その表情が、少しだけ明るくなった。
「……ありがとう、レオンくん」
俺は頷いた。
……大丈夫。
急ぐ必要なんてない。
◇
最後は、プリンセス・ヴァルキュリアだった。
机の上には、小さな木製の人型模型が置かれている。
白い装甲を想定した胴体。
紺色の腰部装甲。
そして、左腕には大きな盾。
まだ魔導回路も駆動装置もない。
ただの模型だ。
それでも、マルタは嬉しそうに見つめていた。
「……本当に、姫騎士のようですね」
「うん。今日は盾の大きさを考えたいんだ」
俺は模型の左腕へ盾を取り付けた。
すると。
カタンッ。
模型が左へ倒れた。
「……あ」
リナが吹き出した。
「盾、重すぎ!」
「……うん」
俺は苦笑した。
マルタは真剣な表情で模型を見つめていた。
「……盾を大きくすれば、防御範囲は広がります」
「うん」
「ですが、その分だけ重量が増えますね」
「そうなんだ」
俺は盾を外した。
そして、少し小さなものへ交換した。
今度は倒れなかった。
「……おお」
俺は目を輝かせた。
「これなら、少し安定する」
マルタは頷いた。
「ただし、実際の機体では盾を構えた状態で移動する必要もあります」
「……そうだね」
俺は模型の腕を動かした。
盾を前へ出す。
すると、今度は前方へ傾いた。
「……あれ?」
俺は首を傾げた。
マルタは少し考えた。
「……レオンハルト様」
「何?」
「盾を腕だけで支えるのではなく、胴体側にも負担を分散できませんか?」
「……胴体側?」
「はい。例えば、盾を構えた際に、腕の付け根を補助する仕組みを設けるのです」
俺は目を見開いた。
……なるほど!
盾を支える補助機構。
それなら、腕への負担を減らせるかもしれない。
「……いいね!」
俺は急いで図面へ書き込んだ。
マルタは微笑んだ。
「お役に立てたようで、何よりです」
「うん! ありがとう!」
俺は鉛筆を動かし続けた。
盾の形状。
腕の可動範囲。
重心の位置。
そして、胴体側の補助機構。
……まだ、問題は多い。
でも、少しずつ形になってきた。
俺は設計図を見つめた。
……プリンセス・ヴァルキュリア。
マルタのための、白銀の姫騎士。
いつか、本当に動かせる日が来たら。
……きっと、すごく綺麗だろうな。
◇
夕方。
工房の片づけを終えたころ、父上がやってきた。
「レオンハルト。少しいいか?」
「はい、父上」
父上は机の上に並べられた模型を見た。
「……ずいぶん進んだようだな」
「まだ模型だけですけど」
「それでも、十分な成果だ」
父上は頷いた。
そして、俺へ一通の手紙を差し出した。
「実は、相談がある」
「……相談?」
「ああ。隣の領地から、仕事の依頼が届いた」
俺は目を瞬かせた。
「……仕事?」
「農産物を運ぶための魔導運搬機が、何台か故障しているらしい」
父上は手紙を開いた。
「修理できる職人を探しているそうだ」
……魔導運搬機。
俺は少し考えた。
以前、村の灌漑設備を修理したことがある。
魔導回路の構造を調べ、壊れた部分を修正した。
あの経験が、今回も役に立つかもしれない。
「……父上」
「何だ?」
「その仕事、うちで受けられるんですか?」
「まだ分からん」
父上は首を横に振った。
「まずは故障の状況を確認する必要がある。部品の調達費も考えなければならない」
「……そうですよね」
「ただ、もし修理できれば、我が家にとって良い収入になる」
俺は手紙を見つめた。
……収入。
それは、今の俺たちにとって重要なものだ。
四機の魔導機甲。
新しい部品。
試験装置。
どれも、材料費がかかる。
……もし、この仕事を成功させられたら。
開発を少し進められるかもしれない。
「……父上」
「何だ?」
「俺も、故障の調査を手伝いたいです」
父上は、しばらく俺を見つめた。
「……危険な作業はさせられんぞ」
「分かっています」
俺は頷いた。
「まずは、構造を調べるだけでもいいんです」
父上は少し考えた。
そして、微笑んだ。
「……よし。では、明日、依頼の詳細を確認しよう」
「はい!」
俺は思わず拳を握った。
……よし!
新しい仕事だ!
しかも、家族のためになるかもしれない。
俺は胸が高鳴るのを感じた。
◇
その夜。
俺は工房で、一日の記録を整理していた。
オメガの右膝。
ヴァーミリオン・フォックスの安定器。
セイレーンの操縦席。
プリンセス・ヴァルキュリアの盾。
そして、操縦訓練装置。
どれも、少しずつ進んでいる。
……でも。
まだ、完成には遠い。
俺は手帳を閉じた。
すると、背後から声が聞こえた。
「レオンハルト様」
振り返ると、マルタが立っていた。
「……マルタ」
「本日も、お疲れ様でした」
「うん。マルタもね」
彼女は微笑んだ。
そして、机の上に置かれたプリンセス・ヴァルキュリアの設計図へ目を向けた。
「……少しずつ、形になってまいりましたね」
「うん」
俺は頷いた。
「まだまだだけどね」
マルタは静かに微笑んだ。
「私は、急ぎません」
「……え?」
「以前の私は、早く元の体に戻らなければと考えておりました」
彼女は自分の小さな手を見つめた。
「ですが、今は少し違います」
俺は黙って聞いていた。
「今の私にも、できることがある。皆様のお役に立てることがある」
マルタは設計図を見つめた。
「そして、いつか再び魔導機甲に乗れるかもしれない」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「それだけで、十分に前を向けます」
俺は、胸が温かくなるのを感じた。
「……マルタ」
「はい?」
「絶対に、完成させようね」
彼女は頷いた。
「はい」
そして、少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そのときは、私の小さな騎士様をお守りいたします」
「……またそれ!?」
俺は思わず声を上げた。
マルタは楽しそうに笑った。
「ふふっ。姫騎士ですから」
……まったく。
でも、俺も笑ってしまった。
窓の外では、星が輝いている。
明日からは、新しい仕事の準備が始まる。
魔導運搬機の修理。
家族のための収入。
そして、四機の魔導機甲の開発。
……やることは山ほどある。
でも。
俺は、不思議と不安ではなかった。
なぜなら、もう一人ではないからだ。
リナがいる。
エリスがいる。
マルタがいる。
父上も、母上も、兄上たちもいる。
みんなで少しずつ進めばいい。
俺は机の上に並んだ四枚の設計図を見つめた。
青銀の騎士。
紅白の狐。
水の歌姫。
そして、白銀の姫騎士。
まだ紙の上にしか存在しない未来もある。
それでも、今日という一日で、確かに一歩近づいた。
俺は小さく笑った。
「……よし。明日も頑張ろう」
マルタは優雅に一礼した。
「はい、レオンハルト様」
そして、いつもの穏やかな声で続けた。
「ですが、今夜はもうお休みくださいませ」
「……はい」
……やっぱり、マルタには敵わないな。
俺は苦笑しながら、工房のランプを消した。
そのころ、父上の執務室では、隣領から届いた依頼書が机の上に広げられていた。
故障した魔導運搬機は三台。
そのうち一台は、荷物を積んだまま突然停止したという。
原因は不明。
しかも、修理を依頼した商人は、こう書き添えていた。
『できれば、次の収穫物の出荷までに修理をお願いしたい』
期限は、わずか十日後。
父上は、その一文を見つめていた。
「……十日か」
彼は静かに呟いた。
「まずは、現物を確認しなければならんな」
そして、依頼書を閉じた。
翌日。
俺たちは、まだ知らなかった。
この小さな修理依頼が、ヴァイス男爵家の未来に関わる、大切な仕事になるかもしれないことを。
この章を楽しんでいただけたなら、ぜひご感想をお聞かせください。
コメント、評価、または単に章を読んで感じたことなど、何でも構いません。
読んでいただきありがとうございました!




