第34話 元メイドが迷子になった!? 四機の魔導機甲と、私だけの姫騎士《プリンセス・ヴァルキュリア》!
魔導機甲の開発には、三つの大きな問題がある。
一つ目は、技術。
二つ目は、材料。
そして三つ目は――。
「レオン! あたしの魔導機甲、いつ完成するんだ!?」
「……予算だよ」
「よさん?」
目の前で首を傾げるリナを見ながら、俺は深いため息をついた。
ヴァイス男爵家の工房。
朝日が差し込む作業台には、三枚の設計図が広げられていた。
一枚目は、俺の愛機となる予定の《オメガ》。
二枚目は、リナ専用の《ヴァーミリオン・フォックス》。
三枚目は、エリス専用の《セイレーン》。
どれも、俺が少しずつ考えてきた魔導機甲だ。
ただし、完成しているのは《オメガ》の試作機だけ。それも、歩行と簡単な旋回ができる程度で、右膝の問題すら解決していない。
残りの二機に至っては、まだ設計段階だった。
「リナ。魔導機甲は、木の枝を集めて作れるものじゃないんだよ」
「分かってるって! 鉄とか魔石とか使うんだろ?」
「そう。しかも、ただ集めればいいわけじゃない」
俺は設計図の一部を指差した。
「例えば、ヴァーミリオン・フォックスは素早く方向転換するために、脚の関節を普通の機体より柔軟にする必要がある。でも、その分だけ負担も大きくなるんだ」
「じゃあ、もっと強くすればいい!」
「強くすると重くなる」
「じゃあ、軽くすればいい!」
「軽くすると強度が足りなくなる」
「じゃあ、強くて軽くすればいい!」
「それができたら苦労しないよ!」
リナは腕を組んだ。
赤茶色の狐耳がぴくぴく動いている。
「……魔導機甲って、面倒くさいんだな」
「今さら!?」
隣では、エリスがくすくす笑っていた。
赤い髪を肩の後ろに流し、淡い水色のワンピースを着た彼女は、机に置かれた小さな模型を興味深そうに見つめている。
「……レオンくん、これは……?」
「ああ。セイレーンの操縦席の模型だよ」
俺は木製の小さな座席を持ち上げた。
背もたれと座面が蝶番でつながっていて、角度を変えられるようになっている。
「エリスは、水の中だと脚が尾になるだろ? だから、普通の操縦席じゃ窮屈になると思うんだ」
「……うん」
「まだ模型だけど、座席の下に空間を作って、姿勢を変えられるようにしたい」
エリスは目を輝かせた。
「……すごい。私のために……」
「もちろん。エリスが無理なく乗れることが一番大事だから」
彼女は模型を両手で大切そうに持った。
「……ありがとう、レオンくん」
その横から、リナが顔を突っ込んできた。
「なあなあ! あたしの尻尾は!?」
「尻尾?」
「魔導機甲にも尻尾をつけるんだろ!?」
「うん。二本の補助安定器を考えてる」
「二本!?」
リナの目が輝いた。
「じゃあ、あたしより尻尾が多いじゃん!」
「……そこに驚くの?」
俺は苦笑した。
設計図の上には、赤と白の細身の機体が描かれている。
背面から伸びる二本の可動式安定器。
細い脚部。
軽量化を意識した装甲。
ただし、今の段階では理想図にすぎない。
実際に作れるかどうかは、これから検証しなければならなかった。
……それでも。
こうして自分の考えた機体を、誰かが楽しみにしてくれる。
それは、前世で仕事に追われていたころには味わえなかった喜びだった。
「よし。今日はまず、オメガの膝の補強と、ヴァーミリオン・フォックスの関節模型を――」
「レオンハルト様」
工房の入口から、落ち着いた声が聞こえた。
振り返ると、そこにはマルタが立っていた。
白いブラウス。
深い赤色のリボン。
濃紺の上着とプリーツスカート。
そして、肩にかかった小さな青いケープ。
栗色の髪には、いつもの銀色の髪留めが輝いている。
昨日仕立ててもらった服だ。
今の小さな体にもよく似合っていた。
「おはよう、マルタ」
「おはようございます。皆様」
マルタは丁寧に一礼した。
それから、俺の机へ視線を向ける。
「本日も、開発を進められるのですね」
「うん。少しずつだけどね」
「それは何よりです」
マルタは微笑んだ。
「ところで、レオンハルト様。一つお願いがございます」
「何?」
「町の仕立て屋に、昨日のお礼を届けたいのです。それと、工房で使う細かな部品を受け取ってまいります」
俺は少し考えた。
「……一人で行くの?」
「はい。以前から何度も通っている道ですので」
「でも、今の体だと疲れやすいでしょ?」
「その点は承知しております。無理をせず、途中で休憩いたします」
彼女は胸に手を当てた。
「ご心配には及びません」
……そう言われてもな。
今のマルタは、見た目も体力も八歳ほどの少女だ。
ただ、ずっと屋敷に閉じ込めておくわけにもいかない。
「父上には話した?」
「はい。町の入口まで護衛の馬車で送っていただき、帰りも迎えに来ていただく予定です」
「それなら……」
俺が頷くと、マルタは少し嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
そして、スカートの裾を軽く持ち上げる。
「では、行ってまいります。私の小さな騎士様」
「……またそれ!?」
「ふふっ。昨日のお約束を覚えておりますので」
リナが吹き出した。
「レオン、顔赤いぞ!」
「赤くない!」
マルタは楽しそうに笑い、工房をあとにした。
……最近、マルタは妙に冗談が多い。
まあ、元気になってきた証拠なら、それでいいか。
俺はそう思い、再び設計図へ向き直った。
◇
町へ到着したマルタは、馬車を降りて大きく息を吸った。
焼きたてのパンの香り。
商人たちの呼び声。
石畳を走る荷車の音。
見慣れた町並みだった。
ただし、以前とは少し違って見える。
大人だったころには自然に見下ろしていた露店の台が、今では目の高さに近かった。
人混みの向こう側も、ほとんど見えない。
「……視界の高さが違うだけで、こうも印象が変わるものなのですね」
マルタは小さく呟いた。
仕立て屋に礼を伝え、注文していた小さな金具と革紐を受け取る。
そこまでは順調だった。
問題が起きたのは、その帰り道だった。
「……あら?」
いつも利用している通りに、木製の柵が立てられていた。
『道路補修につき通行止め』
そう書かれた札が下がっている。
数日前の雨で石畳の一部が沈み、補修工事が行われているらしい。
「……仕方ありませんね」
マルタは周囲を見渡した。
少し先に、細い路地がある。
以前、配達の手伝いをしていたころに通ったことがある道だった。
「こちらから回れば、市場の南側に出られるはずです」
そう判断して、路地へ入った。
ところが。
しばらく歩くと、道が二つに分かれていた。
「……?」
右側には古い石造りの建物。
左側には小さな倉庫。
記憶にある風景と、少し違う。
「……新しい建物が増えたのでしょうか」
マルタは右へ進んだ。
さらに曲がる。
すると、見知らぬ広場に出た。
「…………」
マルタは立ち止まった。
中央には小さな井戸。
周囲には、見覚えのない住宅が並んでいる。
「……なるほど」
彼女は静かに頷いた。
「少々、道を間違えたようですね」
もちろん、慌てる必要はない。
まずは現在地を確認すればいい。
そう考え、近くの案内板を探した。
しかし、見つからない。
代わりに、巡回中の衛兵が声をかけてきた。
「お嬢ちゃん、どうした?」
「……はい?」
「一人かい? 迷子になったのかな?」
マルタの眉がわずかに動いた。
「いいえ。現在地を確認しているところです」
「どこへ行きたいんだ?」
「市場の南門です」
「……南門?」
衛兵は少し困った顔をした。
「ここは北東区だぞ」
「…………」
沈黙。
マルタはゆっくりと周囲を見渡した。
「……北東区、ですか?」
「ああ」
「……そうですか」
彼女は小さく息を吐いた。
衛兵が苦笑する。
「それを迷子って言うんじゃないか?」
「……道順を誤っただけでございます」
「まあ、そういうことにしておこう」
衛兵は親切に道を教えてくれた。
マルタは丁寧に礼を述べ、歩き始めた。
しかし。
十分ほど経ったころ。
「……はぁ」
足が重くなってきた。
以前なら、この程度の距離は何でもなかった。
ところが、今の体では違う。
小さな足で歩く距離は、想像以上に長い。
しかも、新しい靴にもまだ慣れていなかった。
マルタは広場の端にある木製のベンチを見つけた。
「……少し、休みましょう」
腰を下ろし、膝の上に荷物を置く。
遠くで鐘が鳴った。
約束の迎えの時刻が近づいている。
「……困りましたね」
彼女は小さく呟いた。
迎えの馬車は、南門で待っているはずだ。
今から急いでも、間に合わない。
……やはり、最初から馬車の御者に相談すべきでした。
マルタは自分の判断を反省した。
そして、無理に歩き続けることをやめた。
近くの衛兵詰所へ向かい、ヴァイス男爵家に連絡してもらうことにした。
……レオンハルト様に、また心配をかけてしまいますね。
そう思うと、少しだけ胸が痛んだ。
◇
一方、そのころ。
俺は工房で、ヴァーミリオン・フォックスの脚部模型と格闘していた。
「……よし。これでどうだ?」
木製の小さな脚を動かす。
膝が曲がり、足首が回転する。
ここまではいい。
しかし、横方向へ力を加えると――。
カタンッ!
模型が倒れた。
「……またか」
俺は頭を抱えた。
リナが机に身を乗り出す。
「レオン! もっと尻尾を大きくしたらどうだ!?」
「尻尾だけじゃ解決しないよ」
「じゃあ、足を四本にする!」
「それ、もう狐型の機体じゃない?」
「狐なんだからいいだろ!」
「……確かに」
一瞬、納得しかけた。
いや、待て。
俺が作りたいのは、人型の魔導機甲だ。
四足歩行にするなら、設計そのものを見直さなければならない。
「……今は二本足で考えよう」
エリスが模型を見つめた。
「……レオンくん。足の裏を、少し広くしたら……?」
「……足の裏?」
「うん。水の中でも、広いところで支えると……安定するから」
俺は目を見開いた。
「……なるほど!」
接地面積を増やす。
それなら、横方向の安定性を改善できるかもしれない。
もちろん、足を大きくすれば動きが鈍くなる可能性もある。
でも、試す価値はあった。
「ありがとう、エリス!」
「……えへへ」
彼女は嬉しそうに笑った。
そのとき。
工房の扉が開いた。
「レオンハルト様」
アンナだった。
いつもより、少し表情が硬い。
「……どうしたの?」
「マルタさんが、まだお戻りになっていないんです」
「……え?」
俺は顔を上げた。
「迎えの馬車は?」
「南門で待っていたそうですが、約束の時間になっても現れなかったと……」
胸がざわついた。
……マルタが?
あのマルタが、約束の時間に戻らない?
俺はすぐに立ち上がった。
「父上には?」
「すでにお伝えしております」
「分かった!」
俺は机から離れた。
リナも立ち上がる。
「あたしも探す!」
「……私も……!」
エリスも心配そうに言った。
俺は二人を見た。
そして、一度だけ深呼吸した。
……落ち着け。
こういうときこそ、マルタが教えてくれたことを思い出すんだ。
『状況を確認せずに動けば、助ける側まで危険になります』
……そうだ。
俺たちだけで飛び出すのは駄目だ。
「まず父上のところへ行こう。護衛の人たちと一緒に探すんだ」
リナは少し不満そうだったが、すぐに頷いた。
「……分かった!」
◇
父上はすでに、衛兵隊へ連絡を取っていた。
「レオンハルト。マルタが立ち寄った店は確認できた」
「本当ですか!?」
「ああ。仕立て屋と金具屋だ。そこから南門へ向かったらしい」
父上は地図を広げた。
「ただし、途中の通りが工事で閉鎖されている」
「……じゃあ、別の道へ?」
「その可能性が高い」
俺は地図を見つめた。
町の北東区。
細い路地。
いくつかの広場。
……今のマルタなら、歩き疲れているかもしれない。
「父上。俺も一緒に行きたいです」
父上は俺を見た。
「危険な場所へは行かせないぞ」
「分かっています。護衛の人たちと一緒に行きます」
少しの沈黙。
父上は頷いた。
「……分かった。ただし、私のそばを離れるな」
「はい!」
俺は工房から、小さな四足歩行の偵察機を持ってきた。
猫ほどの大きさの、まだ未完成な機械だ。
長距離の探索には向いていない。
魔力の干渉にも弱い。
それでも、狭い路地の先を確認する程度なら役に立つかもしれない。
「……これも持っていきます」
父上は機体を見た。
「無理に使うなよ」
「はい」
リナとエリスも同行を希望したが、父上は首を横に振った。
「二人は屋敷で待っていなさい。マルタが戻ってきた場合、すぐ知らせてもらう必要がある」
リナは口を尖らせた。
「……分かったよ」
エリスは小さく頷いた。
「……レオンくん、気をつけてね」
「うん」
俺は二人に微笑んだ。
「すぐ戻るよ」
◇
町へ到着した俺たちは、まず仕立て屋を訪ねた。
店主は、マルタの姿をよく覚えていた。
「ええ、あの可愛らしいお嬢さんですね。昨日のお礼をわざわざ届けに来てくださったんですよ」
「そのあと、どちらへ向かったか分かりますか?」
父上が尋ねる。
「南門の方へ歩いていかれました。ただ、途中の道が工事中ですから……」
やっぱり。
俺は地図を確認した。
工事中の通りから迂回できる道は、いくつかある。
その中には、北東区へ続く細い路地もあった。
「……父上。こっちの道を確認してみませんか?」
俺は地図を指差した。
父上は頷いた。
「そうだな」
護衛の一人が先行し、俺たちはそのあとを歩いた。
途中、狭い路地があったので、スカウト・ビートルを地面へ下ろした。
「……行け」
小さな機械が、カタカタと音を立てて進む。
操縦用の魔導具に、簡単な映像が映し出された。
木箱。
荷車。
石壁。
……特に異常はない。
しかし、曲がり角を越えたところで通信が乱れ始めた。
「……あ」
映像が途切れる。
俺は慌てて操作した。
スカウト・ビートルは停止した。
「……通信距離の限界か」
俺は小さくため息をついた。
……まだまだ改良が必要だな。
父上が肩に手を置いた。
「無理に進ませる必要はない。回収しよう」
「……はい」
俺は機体を戻した。
そのときだった。
「ヴァイス男爵様!」
遠くから衛兵が駆け寄ってきた。
「マルタ様が見つかりました!」
「……本当ですか!?」
俺は思わず声を上げた。
「はい! 北東区の衛兵詰所で保護されています!」
……よかった!
胸の奥に溜まっていた不安が、一気にほどけた。
父上も安堵したように息を吐いた。
「案内してくれ」
「はっ!」
◇
衛兵詰所へ到着すると、マルタは椅子に座っていた。
膝の上には小さな荷物。
足元には、茶色の編み上げ靴。
そして、少し疲れた顔。
俺の姿を見つけると、彼女は目を見開いた。
「……レオンハルト様?」
「マルタ!」
俺は駆け寄った。
「大丈夫!? 怪我してない!?」
「……はい。怪我はございません」
「本当に?」
「はい。ただ、少し歩き疲れてしまいまして……」
マルタは申し訳なさそうに微笑んだ。
俺は深く息を吐いた。
「……よかった」
その言葉が、自然に口からこぼれた。
マルタはしばらく俺を見つめていた。
そして、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「……ふふっ。私を迎えに来てくださったのですね、私の騎士様」
「……っ!」
俺は一瞬、言葉に詰まった。
……またそれか!
でも。
今は、少し違った。
「……迎えに来たんじゃなくて」
「……はい?」
「心配したんだよ!」
マルタの笑顔が止まった。
「約束の時間に戻らないから、何かあったんじゃないかって……」
俺は彼女を見た。
「……無事で、本当によかった」
マルタは目を伏せた。
そして、ゆっくりと頭を下げた。
「……申し訳ございませんでした」
その声は、いつもより少し小さかった。
「自分の体力を、まだ正しく把握できておりませんでした」
父上が穏やかに言った。
「マルタ。無事ならそれでいい。ただ、次からは予定が変わった時点で連絡を入れてくれ」
「……はい。旦那様」
マルタは素直に頷いた。
「以後、気をつけます」
俺は彼女の隣に立った。
「……帰ろう、マルタ」
「……はい」
彼女は椅子から立ち上がった。
そして、少しだけ微笑んだ。
「ありがとうございます、レオンハルト様」
その笑顔には、先ほどまでの冗談とは違う、静かな温かさがあった。
◇
屋敷へ戻ると、リナが真っ先に飛び出してきた。
「マルタ!」
「……リナ様?」
「どこ行ってたんだよ! 心配したんだぞ!」
マルタは驚いた顔をした。
「……申し訳ございません」
リナは腕を組んだ。
「今度から、あたしが案内してやる!」
「……それは心強いですね」
マルタは微笑んだ。
「ただし、リナ様。先日、森の訓練場で道を間違えたのは、どなたでしたか?」
「……うっ」
「まずは、お互いに地図の読み方を練習いたしましょう」
「……はい」
俺は思わず笑った。
エリスも、安心したように微笑んでいた。
「……マルタ、お帰りなさい」
「ただいま戻りました、エリス様」
そのあと、マルタは母上に事情を説明し、しばらく休むことになった。
俺は工房へ戻り、開発の続きを始めた。
……今日は、いろいろあったな。
でも、まだやることは山ほどある。
◇
夕方。
俺は作業台の上に、四つの部品を並べていた。
一つ目は、オメガの右膝用の補強金具。
二つ目は、ヴァーミリオン・フォックスの脚部模型。
三つ目は、セイレーンの可動式操縦席。
そして四つ目は、操縦訓練装置の試作部品だ。
どれも、まだ完成には遠い。
けれど、一歩ずつ進んでいる。
俺はオメガの補強金具を手に取った。
以前の設計では、関節を深く曲げたときに内部の駆動軸と干渉してしまった。
そこで今回は、金具の位置を少し外側へずらし、負荷を分散させる構造に変更した。
ただし、これで問題が解決したわけではない。
実際に取り付け、低出力で試験しなければならない。
「……よし。明日は父上に確認してもらおう」
次に、ヴァーミリオン・フォックスの模型を動かした。
足の裏を少し広くしたことで、横方向の安定性が改善している。
もちろん、これは机の上での話だ。
実機で同じ結果が出るとは限らない。
それでも、前進だった。
セイレーンの座席も、角度調整の仕組みを少し改良できた。
エリスの尾を収める空間については、まだ十分な検討が必要だ。
……三機。
いや、正確には、オメガを含めて三つの機体計画。
俺は設計図を眺めた。
……いつか、みんなで一緒に乗れたらいいな。
そんなことを考えていると。
「レオンハルト様」
背後から声がした。
振り返ると、マルタが立っていた。
少し休んだおかげか、顔色はよくなっている。
「マルタ。もう大丈夫なの?」
「はい。おかげさまで」
彼女は微笑んだ。
「少し、工房を見学してもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
マルタは作業台へ近づいた。
そして、設計図を一枚ずつ眺め始めた。
「……これは、リナ様の機体ですね」
「うん。《ヴァーミリオン・フォックス》」
「機動力を重視した設計ですか」
「そう。まだ問題は多いけどね」
マルタは頷いた。
「こちらは、エリス様の《セイレーン》ですね」
「うん。水中でも使えるようにしたいんだ」
「……なるほど」
彼女はしばらく黙っていた。
そして、オメガの設計図へ視線を移した。
「……レオンハルト様」
「ん?」
「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「何?」
マルタは、少しだけ迷うような表情を浮かべた。
「……リナ様とエリス様には、それぞれ専用の魔導機甲を造られるのですよね?」
「うん」
「……では」
彼女は小さく息を吸った。
「私にも、一機造っていただけませんか?」
「…………え?」
俺は目を瞬かせた。
……マルタにも?
彼女は、真剣な表情で俺を見つめていた。
「もちろん、無理なお願いであることは承知しております」
マルタは続けた。
「今の私は、以前のように大きな機体を操縦することができません。体力も、腕の長さも、足の届く範囲も変わってしまいました」
彼女は小さな手を見つめた。
「ですが……」
少しだけ、声が揺れた。
「私は、もう一度、魔導機甲に乗りたいのです」
俺は何も言わず、彼女の言葉を待った。
「《グランガード》に乗っていたころ、私は多くの人を守ることができました」
マルタの瞳が、遠くを見るように細められた。
「もちろん、すべてを守れたわけではありません」
その言葉には、少しだけ影があった。
けれど、彼女はそれ以上、過去について語らなかった。
「それでも、操縦席に座り、機体を動かしていた時間は……私にとって、大切なものでした」
マルタは俺を見た。
「もう一度、あの場所へ戻りたいのです」
俺は、彼女の顔を見つめた。
……そうか。
マルタは、ただ元の体に戻りたいわけじゃない。
自分が大切にしてきたものを、もう一度取り戻したいんだ。
俺は少し考えた。
材料。
予算。
技術。
時間。
問題は山ほどある。
でも。
……できない理由を並べるだけなら、誰にでもできる。
俺がやりたいのは、その先だ。
「……いいよ」
マルタが目を見開いた。
「……え?」
「造ろう」
俺は微笑んだ。
「マルタ専用の魔導機甲!」
「……本当によろしいのですか?」
「うん。ただし、すぐには完成しないよ」
俺は作業台を指差した。
「オメガの改良もあるし、リナとエリスの機体もまだ設計段階だから。予算も父上と相談しなきゃいけない」
「……はい」
「それに、マルタの体に合わせた操縦席を作る必要がある。まずは訓練装置で操作を確認してからだね」
マルタは何度も頷いた。
「もちろんです。安全を最優先にいたしましょう」
「うん!」
俺は新しい紙を取り出した。
「じゃあ、どんな機体がいい?」
マルタは少し考えた。
「……そうですね」
彼女は窓の外を見た。
「私は、やはり防御を重視した機体がよろしいかと」
「防御型?」
「はい。仲間の前に立ち、敵の攻撃を受け止める。そのための盾が欲しいのです」
俺は頷いた。
「なるほど」
「それから、できれば槍も」
「槍?」
「はい。相手を近づけさせず、味方を守るための武器です」
俺は鉛筆を走らせた。
白と銀の装甲。
大きな盾。
細身の槍。
そして、安定した脚部。
……うん。
悪くない。
でも、何か足りない。
俺はマルタを見た。
彼女は、今日仕立ててもらった紺色の服を着ている。
小さなケープ。
赤いリボン。
銀色の髪留め。
……あ。
そうだ。
「……マルタ」
「はい?」
「ちょっと、面白いことを思いついた」
「……何でしょう?」
俺は新しい紙に、機体の全身図を描き始めた。
頭部には、小さな王冠を思わせる装飾。
肩には、丸みを帯びた白銀の装甲。
腰には、ドレスのように重なる可動式の装甲板。
脚部は細すぎず、しっかりと地面を支えられる構造。
左腕には、大きな騎士盾。
右腕には、長すぎない防御用の槍。
胸部には、深い青色の魔導石を収めるための空間を描いた。
ただし、実際に使う魔導石は、まだ決まっていない。
……完成したら、きっと綺麗だろうな。
俺は紙を持ち上げた。
「……どう?」
マルタは設計図を見た。
そして、固まった。
「…………」
「……マルタ?」
「……これは」
彼女はゆっくりと口を開いた。
「……お姫様のような魔導機甲、でしょうか?」
「うん!」
俺は頷いた。
「でも、ただのお姫様じゃないよ」
鉛筆で盾を指差す。
「自分で戦って、仲間を守る騎士なんだ」
マルタは目を瞬かせた。
「……騎士」
「そう。だから、姫騎士!」
俺は笑った。
「マルタにぴったりだと思うんだ」
マルタは設計図を見つめた。
しばらく、何も言わなかった。
そして。
「……ふふっ」
小さく笑った。
「……私が、姫騎士ですか」
「嫌だった?」
「いいえ」
彼女は首を横に振った。
「とても素敵だと思います」
その笑顔は、どこか嬉しそうだった。
「ですが、レオンハルト様」
「ん?」
マルタは少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
「それでは、私はレオンハルト様にお仕えする姫騎士ということになりますね」
「……え?」
「ふふっ。私の小さな騎士様を守る、姫騎士でございます」
「……マルタ!」
俺は思わず顔を赤くした。
「そういう意味じゃないって!」
「承知しております」
マルタは楽しそうに笑った。
「ですが、少しだけ言ってみたくなりまして」
……この人。
本当に最近、からかうのが上手くなってないか!?
俺はため息をついた。
マルタは、そんな俺を見て微笑んでいた。
◇
「……名前は、どうしましょうか?」
マルタが尋ねた。
俺は設計図を見つめた。
白銀の装甲。
紺色の装飾。
大きな盾。
そして、姫騎士を思わせる姿。
……そうだな。
せっかくだから、特別な名前にしたい。
「……プリンセス・ヴァルキュリア」
俺は呟いた。
マルタが目を瞬かせる。
「……プリンセス・ヴァルキュリア?」
「うん。《プリンセス・ヴァルキュリア》」
俺は設計図の上に、名前を書き込んだ。
《プリンセス・ヴァルキュリア》
マルタは、その文字を見つめた。
「……素敵な名前ですね」
「気に入った?」
「はい。とても」
彼女は小さく頷いた。
俺は、さらに設計図へ書き加えた。
まず、操縦席。
今のマルタの体格に合わせて、座席の高さと操縦桿の位置を調整できるようにする。
次に、脚部。
防御型の機体なら、踏ん張る力が重要になる。
ただし、装甲を厚くしすぎれば、重量が増えてしまう。
そして、盾。
大きな盾を持たせたいが、重すぎると機体のバランスが崩れる。
魔法障壁を展開できれば理想的だが、まだ必要な魔導回路を設計できていない。
……課題だらけだ。
でも、それが楽しい。
「マルタ。まずは操縦席から考えよう」
「はい」
「それと、以前乗っていたグランガードの操作感覚も教えてほしい」
「承知いたしました」
マルタは真剣な表情になった。
「グランガードは、防御姿勢へ移る際に重心を低くする必要がありました。盾を構えたまま後退すると、脚部への負担が大きくなります」
「……なるほど」
「ですから、プリンセス・ヴァルキュリアには、後退時の安定性も必要かと」
俺は急いで書き込んだ。
……やっぱり、元パイロットの経験はすごい。
俺一人では、こんなことまで考えられなかった。
「ありがとう、マルタ!」
「いいえ。私も、こうして設計に参加できることが嬉しいのです」
彼女は微笑んだ。
そのとき。
「レオン!」
工房の扉が勢いよく開いた。
リナだった。
その後ろには、エリスもいる。
「聞いたぞ! マルタにも魔導機甲を造るんだって!?」
「……もう聞いたの!?」
「アンナが教えてくれた!」
……情報が早いな!
リナは机へ駆け寄り、設計図を覗き込んだ。
「おおっ!」
目を輝かせる。
「なんか、すっげえ綺麗だ!」
エリスも隣から覗いた。
「……本当。お姫様みたい……」
マルタは少し照れたように微笑んだ。
「ありがとうございます」
リナは突然、俺の方を向いた。
「なあ、レオン!」
「……何?」
「あたしの機体が一番速いんだよな!?」
「完成すれば、速さを重視した機体になる予定だよ」
「じゃあ、マルタのより先に完成するよな!?」
「……それは分からないよ」
「ええっ!?」
リナは耳をぴんと立てた。
「何でだよ!?」
「部品の準備とか、試験の進み具合で変わるから」
「じゃあ、あたしが一番頑張る!」
マルタが静かに口を開いた。
「リナ様」
「……ん?」
「魔導機甲の開発は、早く完成させた者が勝ちという競争ではございません」
「……うっ」
「安全に動かせることが、何より大切です」
リナは少し考えた。
そして、勢いよく頷いた。
「……分かった!」
マルタは微笑んだ。
「よろしいですね」
エリスが小さく手を上げた。
「……あの、レオンくん」
「ん?」
「……四機、並んだら……きっと綺麗だね」
俺は設計図を見た。
青と銀の《オメガ》。
赤と白の《ヴァーミリオン・フォックス》。
白と水色の《セイレーン》。
そして、白銀と紺色の《プリンセス・ヴァルキュリア》。
……四機。
まだ、どれも完成していない。
オメガですら、ようやく歩けるようになったばかりだ。
それでも。
俺は、少しだけ未来を想像した。
広い空の下。
四機の魔導機甲が並び、同じ方向を見つめている。
リナが元気よく笑い、エリスが優しく微笑む。
マルタは落ち着いた声で、全員の安全を確認する。
そして俺は、オメガの操縦席に座っている。
……いつか。
そんな日が来たら、いいな。
「……うん」
俺は頷いた。
「きっと、綺麗だと思う」
◇
その夜。
俺は一人、工房に残っていた。
机の上には、四機の設計図が並んでいる。
窓の外では、星が輝いていた。
……四機か。
前世の俺だったら、こんなことを考えただろうか。
いや。
きっと、考えもしなかっただろう。
仕事をして、家に帰って、ゲームをして、眠る。
そんな毎日だった。
でも、今は違う。
この世界には、魔法がある。
魔導機甲がある。
そして、俺には守りたい人たちがいる。
……ただし。
現実は、そんなに甘くない。
俺は兄上からもらった予算帳を開いた。
材料費。
工具の修理費。
魔石の購入費。
試験用部品。
そして、まだ必要になる費用。
「……うわぁ」
思わず声が漏れた。
……四機分なんて、どう考えても足りない。
俺は頭を抱えた。
しかも、父上に相談しなければならないことも山ほどある。
……明日、怒られないといいな。
そんなことを考えていると、扉が小さく叩かれた。
「レオンハルト様。まだ起きていらっしゃいますか?」
マルタだった。
「……うん。どうぞ」
扉が開く。
彼女は小さなランプを持っていた。
「夜更かしは、お体に障りますよ」
「……分かってる」
俺は苦笑した。
「もう少しだけ、設計図を見てたんだ」
マルタは机へ近づいた。
そして、自分の機体の設計図を見つめた。
「……プリンセス・ヴァルキュリア」
彼女は、その名前を静かに口にした。
「……まだ、夢のようです」
「……え?」
「もう一度、魔導機甲に乗れるかもしれないと思うと……」
マルタは微笑んだ。
「胸が高鳴ります」
俺は彼女を見た。
……そうか。
やっぱり、マルタにとって魔導機甲は特別なんだ。
「……絶対に完成させようね」
俺が言うと、彼女は目を瞬かせた。
「……レオンハルト様」
「時間はかかると思うけど」
俺は笑った。
「一緒に頑張ろう」
マルタは、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと頭を下げた。
「……ありがとうございます」
その声は、少しだけ震えていた。
彼女は顔を上げる。
「レオンハルト様。私は、必ずこの機体を乗りこなしてみせます」
「うん」
「そして、今度こそ……」
マルタは一瞬、言葉を止めた。
その瞳に、何か遠い記憶がよぎったように見えた。
けれど、すぐに微笑んだ。
「……皆様を、お守りいたします」
俺は頷いた。
「でも、マルタだけが守るんじゃないよ」
「……はい?」
「みんなで守り合うんだ」
俺は四枚の設計図を指差した。
「俺も、リナも、エリスも、マルタも」
マルタは、その言葉を静かに聞いていた。
「……誰か一人が無理をする必要はないんだよ」
彼女は、ゆっくりと微笑んだ。
「……そうですね」
そして、少しだけ悪戯っぽい表情になった。
「では、レオンハルト様」
「……ん?」
「私が姫騎士なら、あなたは何になられるのでしょう?」
「……え?」
「王子様でしょうか?」
「……お、王子!?」
俺は思わず声を上げた。
マルタは楽しそうに笑った。
「ふふっ。冗談でございます」
「……もう!」
俺は顔を赤くした。
「最近、マルタはそればっかり!」
「申し訳ございません」
そう言いながら、彼女は少しも反省していない顔だった。
……まったく。
でも。
こうして笑っているマルタを見ると、俺も嬉しくなる。
昨日まで、彼女は自分の体が変わってしまったことに戸惑っていた。
今も、不安がなくなったわけではないだろう。
それでも、少しずつ前を向いている。
……俺も頑張らないとな。
マルタはランプを持ち直した。
「さあ、レオンハルト様。そろそろお休みください」
「……はい」
「明日も、開発がございますのでしょう?」
「うん」
「でしたら、十分な睡眠も大切な準備でございます」
俺は苦笑した。
「……やっぱり、マルタはマルタだね」
「もちろんです」
彼女は誇らしげに微笑んだ。
「姿が変わりましても、私は私でございますから」
その言葉に、俺は頷いた。
「……うん」
俺は机の上の設計図を片づけた。
最後に、《プリンセス・ヴァルキュリア》の図面を見つめる。
白銀の姫騎士。
大きな盾。
そして、仲間を守るための槍。
……まだ、紙の上の存在だ。
けれど。
いつか、必ず。
俺は心の中で、そう誓った。
◇
翌朝。
父上の執務室には、四枚の設計図が並べられていた。
父上は、腕を組んでそれらを見つめている。
俺は、その前に立っていた。
「……レオンハルト」
「……はい」
「確認するが……」
父上は、ゆっくりと顔を上げた。
「お前は、さらに三機の魔導機甲を造るつもりなのか?」
「……はい」
沈黙。
父上は、深く息を吐いた。
「……まず、予算の話をしようか」
「…………はい」
……やっぱり。
こうなるよね。
俺は、心の中で小さく泣いた。
しかし。
父上は、設計図をもう一度見つめた。
「……だが」
「……え?」
「悪くない考えだ」
俺は目を見開いた。
父上は、プリンセス・ヴァルキュリアの図面を指差した。
「特に、この防御型の機体は興味深い。マルタの経験を活かせるなら、開発そのものにも価値があるだろう」
「……父上!」
「ただし」
父上は、厳しい表情になった。
「一度に四機を完成させようなどと考えるな」
「……はい」
「まずはオメガの安全性を確保する。それから、小型の試験装置で各機体の構造を検証する」
「……はい!」
「材料費も、すべて記録すること」
「……はい!」
父上は少しだけ笑った。
「それが守れるなら、設計を続けることは許可しよう」
俺は思わず拳を握った。
「ありがとうございます、父上!」
父上は頷いた。
そして、机の端に置かれた別の書類へ目を向けた。
「……それと、もう一つ」
「……何ですか?」
「王立魔導騎士学院から、兄たちの近況が届いている」
俺は目を瞬かせた。
「……兄上たちの?」
「ああ。二人とも元気にしているそうだ」
父上は微笑んだ。
「ただ、学院では来年度の実技課程に向けて、魔導機甲の共同運用試験を準備しているらしい」
……共同運用試験?
俺の胸が、どくんと鳴った。
……待て。
それって、もしかして。
前世で遊んだ乙女ゲーム。
『ターボナイト ~エターナル・ハーツ~』。
その中で、ソフィア・エヴァーハートが初めて攻略対象たちと協力することになる、あの実技試験に関係しているんじゃ……?
俺は、父上の書類を見つめた。
もちろん、今の時点で同じ試験だと決まったわけではない。
ゲームでは描かれなかった準備期間なのかもしれない。
けれど。
……少しずつ、近づいている。
俺が知っている、あの物語の始まりへ。
俺は拳を握った。
オメガを完成させる。
家族を守る。
リナとエリス、そしてマルタの機体も造る。
そして、いつか王立魔導騎士学院へ行く。
……今度こそ。
ゲームの中で決められていた運命なんかに、負けてたまるか。
俺は、四枚の設計図を見つめた。
青銀の騎士。
紅白の狐。
水色の人魚。
そして、白銀の姫騎士。
まだ、どれも完成には遠い。
けれど、俺たちの未来は、確かにここから始まっている。
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