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乙女ゲームの退学予定モブ、改造魔法で最強の魔導機甲を造る!  作者: ジャクロの精霊


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第28話 北の廃鉱山に眠る謎! 八歳の天才技師、初めての魔導探査機を造る!

魔導機甲の操縦訓練を受けた翌朝。


 俺は、いつもより少し遅く目を覚ました。


「……いたた」


 ベッドから起き上がろうとした瞬間、太ももに鈍い痛みが走った。


 昨日、マルタに教わった平衡訓練と反応訓練。


 あれだけで、こんなに筋肉痛になるとは思わなかった。


 魔導機甲の操縦は、操縦桿を動かすだけじゃない。


 姿勢を保つこと。


 周囲を確認すること。


 予想外の状況にも対応すること。


 そして、何より仲間の声を聞くこと。


 昨日の訓練を思い返しながら、俺はゆっくりと足を床へ下ろした。


「……まだまだだな、俺」


 思わず苦笑する。


 前世では二十五歳まで生きたけれど、運動が得意だったわけじゃない。


 仕事でパソコンに向かう時間の方が長かったし、今の体はまだ八歳だ。


 知識があっても、体が思いどおりに動くとは限らない。


 そんな当たり前のことを、昨日は改めて思い知らされた。


 コンコン。


「レオンハルト様。お目覚めでしょうか?」


 扉の向こうから、マルタの声が聞こえた。


「うん、起きてるよ」


「失礼いたします」


 扉が開き、いつもの黒いメイド服を着たマルタが入ってきた。


 昨日の訓練着とは違い、白いエプロンもきちんと整えられている。


「お体の調子はいかがですか?」


「ちょっと足が痛いかな」


「昨日の訓練の影響でしょうね」


 マルタは俺の歩き方を確認すると、少しだけ眉を寄せた。


「以前のお怪我もあります。今日は無理な運動をなさらないでください」


「分かってる」


「本当でしょうか?」


「……本当だよ」


 マルタはしばらく俺を見つめていた。


 その視線が、何となく母上に似ている。


「では、本日の訓練はお休みにいたしましょう」


「えっ?」


「休息も訓練の一部です」


 きっぱりと言われてしまった。


 ……反論できない。


「それより、旦那様がお呼びです」


「父上が?」


「はい。朝食後、書斎へお越しになるようにとのことです」


 俺は首を傾げた。


 何だろう。


 昨日の夜、何か新しい報告でも届いたのかな。


     ◇


 朝食を終えた俺は、リナとエリスを連れて父上の書斎へ向かった。


 もちろん、マルタも一緒だ。


 扉を叩くと、すぐに返事があった。


「入れ」


「失礼します、父上」


 書斎に入ると、父上は大きな机の前に立っていた。


 机には北方の地図が広げられ、その上にいくつもの小さな印が置かれている。


 窓際には、護衛隊長のバルドさんもいた。


 四十代くらいの、日に焼けた顔をした大柄な男性だ。


 俺が小さいころから領地の警備を担当している。


「来たか、レオンハルト」


「はい。何かあったんですか?」


「ああ。北の旧採掘路について相談したい」


 父上は地図を指差した。


 そこには、ヴァイス男爵領の北側に広がる山々が描かれている。


 以前、アリアを発見した鉱山地帯。


 そして、最近になって青い魔導鉱石の破片が見つかった場所だ。


「昨日、調査隊から追加の報告が届いた」


 父上は一枚の紙を手渡してきた。


 俺は目を通す。


 古い採掘路の入口。


 崩れかけた支柱。


 使われなくなった運搬用の軌道。


 そして、入口付近で確認された不明瞭な痕跡。


「……奥には入れなかったんですね」


「ああ。天井の一部が崩れている。内部の状態も分からん」


 バルドさんが腕を組んだ。


「入口から数歩進んだところで、足場が不安定になっていました。無理に調べれば、二次崩落の危険があります」


 俺は地図を見つめた。


 ……なるほど。


 人が入れない。


 でも、内部の様子は知りたい。


 それなら。


「父上」


「何だ?」


「人が入らなくても、調べる方法はあります」


 父上が眉を上げた。


「ほう?」


「小さな機械を入れるんです」


 リナが首を傾げた。


「……機械?」


「うん。人間よりずっと小さくて、狭いところを進める機械」


 俺は机の上の紙を一枚借りた。


 そして、簡単な絵を描き始める。


 小さな胴体。


 四本の脚。


 前方には観測用の魔導装置。


「こんな感じです」


 父上が図面を覗き込んだ。


「……四脚式の小型魔導機械か」


「はい。これなら、危険な場所に人を入れずに済みます」


 エリスがそっと手を上げた。


「……あの……」


「どうしたの、エリス?」


「……中の魔力の流れも……調べられるの……?」


「うん。できれば、それも調べたい」


 エリスは少し嬉しそうに頷いた。


 リナは図面を覗き込むと、尻尾を揺らした。


「……何か、虫みたいだな!」


「虫?」


「ほら、足がいっぱいあるやつ!」


「四本だけどね」


「じゃあ、でっかい虫!」


 ……いや、大きくはないんだけど。


 俺が苦笑すると、父上が顎に手を当てた。


「問題は、動力と操縦方法だな」


「はい」


 父上は図面の一角を指差した。


「魔力を送り続ける方式では、奥へ進むほど制御が難しくなる」


「だから、小型の魔力蓄積器を載せようと思います」


「容量は?」


「まだ計算していません。でも、戦闘用じゃないので、オメガほどの出力は必要ありません」


 父上は頷いた。


「なるほど。では、通信はどうする?」


 ……そこなんだよな。


 アリアには通信機能がある。


 けれど、古い鉱山の奥で安定して使える保証はない。


 特に、魔導鉱石の濃度が高い場所では干渉が起きるかもしれない。


「……細いケーブルをつなぎます」


「ケーブル?」


「はい。魔導信号を通す線です。これなら、途中で通信が切れにくくなります」


 父上は少し考えた。


「引っかかる危険はあるな」


「それはあります。だから、途中で止まれるようにして……」


 俺は言葉を切った。


 昨日のマルタの訓練が頭をよぎる。


 失敗したとき、どうするか。


 仲間を危険にさらさないためには、どうすべきか。


「……それと、回収できない場合は諦めます」


 父上が俺を見た。


「諦める?」


「はい。機械を取りに行くために、人が危険な場所へ入ったら意味がないので」


 父上は少し驚いた顔をした。


 そして、ゆっくりと頷いた。


「……いい判断だ」


 マルタが、俺の後ろで静かに微笑んだ。


「昨日の訓練が役に立ったようですね」


「……うん」


 俺は少し照れくさくなった。


 父上は図面を机に置いた。


「よし。まずは試作品を造ってみよう。ただし、今日中に完成させる必要はない」


「はい!」


「それと、現地で使うかどうかは、試験結果を見てから判断する」


「分かりました」


 リナが勢いよく手を上げた。


「あたしたちも手伝っていいか!?」


 エリスも小さく頷いた。


「……私も……」


 父上は二人を見て、穏やかに笑った。


「もちろんだ。ただし、工房ではレオンハルトとマルタの指示を守ること」


「やった!」


「……ありがとうございます……!」


 こうして。


 俺たち三人の、初めての共同製作が始まった。


     ◇


 工房へ戻ると、俺はさっそく材料を集め始めた。


 古い運搬機械の歯車。


 壊れた農業用魔導装置の外装。


 小型の魔力蓄積器。


 使わなくなった関節部品。


 そして、以前の修理で余った魔導導線。


「……うわ、いっぱいあるな!」


 リナが目を丸くした。


「全部使うのか?」


「いや、使えそうなものを選ぶんだよ」


 俺は木箱の中を探った。


 ……これなら、胴体に使えるかな。


 錆びた金属板を持ち上げる。


 少し重い。


 でも、厚さはちょうどいい。


「アリア」


『はい、レオンハルト様』


「この部品、状態を調べられる?」


『可能です。表面腐食は軽度。内部に大きな亀裂は確認されません』


「よし」


 俺は机の上に置いた。


 次に、関節部品を並べる。


 ……四脚式。


 前世の知識では、四本脚のロボットは姿勢制御が難しい。


 でも、この世界には魔導回路がある。


 関節の動きを補助する簡単な制御機構を組み込めば、何とかなるかもしれない。


「……まず、脚からだな」


 俺は設計図を広げた。


 リナが隣に座る。


 エリスも反対側から覗き込んだ。


「……これ、どうやって歩くんだ?」


 リナが尋ねた。


「四本の脚を順番に動かすんだよ」


「……順番?」


「うん。例えば、右前の脚を出すときは、他の脚で体を支える」


 俺は紙の上に線を描いた。


「こんな感じ」


 リナはしばらく見つめていた。


 そして、首を傾げた。


「……でもさ」


「ん?」


「これ、段差に弱くないか?」


 俺は手を止めた。


「……どうして?」


「だって、脚が短いじゃん」


 リナは自分の足元を見た。


「森の中とか、石がいっぱいあるところだと、すぐ引っかかるぞ」


 ……確かに。


 俺は設計図を見直した。


 脚の可動範囲が小さい。


 平らな床なら問題ないけれど、鉱山の中は違う。


 石ころ。


 段差。


 崩れた木材。


 そういうものがあるはずだ。


「……なるほど」


 俺は鉛筆を持ち直した。


「じゃあ、関節を一つ増やしてみよう」


「……関節?」


「うん。脚を曲げられるようにするんだ」


 リナは目を輝かせた。


「それなら、石も越えられるな!」


「そういうこと」


 俺は笑った。


 ……すごいな。


 リナは設計図を読むのが得意なわけじゃない。


 でも、実際に動くことを考えると、俺が気づかない問題を見つけてくれる。


 やっぱり、一人で考えるよりいい。


「……レオンくん」


 今度はエリスが声をかけてきた。


「……この、青い線は……?」


「魔力を通す導線だよ」


 俺は説明した。


「ここから、四本の脚へ魔力を送るんだ」


 エリスはじっと図面を見つめた。


「……全部、同じところから……?」


「うん」


「……それだと……」


 彼女は少し考え込んだ。


「……一つの脚が強く動いたとき……ほかの脚の魔力が……少なくならないかな……」


 俺は目を見開いた。


 ……あ。


 そうか。


 魔力の供給を一つの回路にまとめすぎている。


 急に負荷がかかったら、他の脚の動きまで不安定になるかもしれない。


「……エリス、それ大事だ!」


「……えっ?」


「魔力の分配回路を分けた方がいいね」


 俺はすぐに設計図を書き直した。


 エリスは少し照れくさそうに笑った。


「……役に立てた……?」


「もちろん!」


 リナも頷いた。


「エリス、すげえじゃん!」


「……えへへ……」


 その笑顔を見て、俺まで嬉しくなった。


     ◇


 昼過ぎ。


 ようやく、最初の試作品が形になった。


 大きさは、猫くらい。


 丸みを帯びた金属の胴体。


 四本の細い脚。


 前方には、小さな魔導観測器が取り付けられている。


 見た目は、確かに虫に似ていた。


「……完成!」


 俺は両手を上げた。


 リナが歓声を上げる。


「おおっ!」


 エリスも嬉しそうに拍手した。


「……かわいい……」


「……かわいい?」


 俺は首を傾げた。


 正直、そこまで可愛い見た目ではないと思う。


 でも、エリスは目を輝かせていた。


「……小さくて……丸いから……」


 ……なるほど。


 そういう感覚か。


「名前、どうする?」


 リナが尋ねた。


 俺は少し考えた。


「……スカウト・ビートル」


「……びーとる?」


「うん。探査用の小さな虫って意味だよ」


 リナは何度か口の中で繰り返した。


「……スカウト・ビートル!」


 そして、にやりと笑った。


「いいじゃん!」


 エリスも頷いた。


「……私も、好き……」


 俺は満足して、機体を床へ置いた。


「じゃあ、動かしてみよう」


 小型の魔力蓄積器に、少しだけ魔力を送る。


 青い光が、胴体の内側で淡く輝いた。


『起動確認。四脚駆動系、初期化を開始します』


 アリアの声が響く。


 俺は操縦用の小さな板を手に取った。


 そこには、簡単な方向指示の魔導回路が組み込まれている。


「……前進」


 スカウト・ビートルの右前脚が動いた。


 次に、左後脚。


 そして、残りの二本。


 ……おお。


 動いた!


「……歩いた!」


 リナが叫んだ。


「……すごい……!」


 エリスも目を丸くした。


 俺は笑った。


「よし、そのまま……」


 スカウト・ビートルが、もう一歩進む。


 そして。


 がくんっ。


「……あれ?」


 機体が左へ傾いた。


 次の瞬間。


 ごろんっ!


 四本の脚を上に向けて、ひっくり返った。


「…………」


 俺たちは固まった。


 スカウト・ビートルの脚だけが、空中でぱたぱたと動いている。


「……ぷっ」


 リナが吹き出した。


「……あははははっ!」


 とうとう、お腹を抱えて笑い始めた。


「レオン! こいつ、ひっくり返ってるぞ!」


「……見れば分かるよ!」


 エリスも口元を押さえている。


「……ふふっ……」


 俺は頭を抱えた。


 ……うう。


 初めての歩行試験は、大失敗か。


『重心位置と脚部駆動順序に問題があります』


 アリアが冷静に報告する。


「……分かってる」


『加えて、左後脚の魔力供給が一時的に低下しました』


「……それも?」


『はい』


 俺はため息をついた。


 ……まだまだ改良が必要だな。


     ◇


 それから、俺たちは何度も調整を繰り返した。


 リナは脚の動きを観察し、どこで引っかかるのか教えてくれた。


 エリスは魔力の流れを感じ取り、供給が不安定になる部分を見つけてくれた。


 俺は、その情報をもとに構造を改良した。


 《魔導構造解析・改変》。


 この能力は便利だ。


 でも、万能じゃない。


 存在しない部品を生み出せるわけではないし、材料の限界を超えた性能を引き出せるわけでもない。


 だからこそ、設計と工夫が必要になる。


「……よし」


 俺は最後の調整を終えた。


「もう一回、試そう」


 リナが拳を握った。


「今度こそ!」


 エリスも頷く。


「……うん……!」


 スカウト・ビートルを床へ置く。


 魔力を流す。


 四本の脚が動き始めた。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 ……よし。


 今度は倒れない。


 機体は、ゆっくりと前進した。


 そして、小さな木片の前で止まる。


「……段差だ」


 リナが呟いた。


 俺は操縦板を操作した。


 右前脚が持ち上がる。


 木片を越える。


 次に左前脚。


 後ろの二本も、ゆっくりと続く。


 そして。


 ことん。


 スカウト・ビートルは、無事に段差を越えた。


「……やった!」


 俺は思わず叫んだ。


 リナが飛び跳ねる。


「すげえええっ!」


 エリスも嬉しそうに笑った。


「……成功……!」


 俺たちは顔を見合わせた。


 そして、笑い合った。


 ……やっぱり。


 三人で造るって、楽しいな。


     ◇


 夕方。


 父上とマルタが、完成したスカウト・ビートルを見に来た。


 俺たちは訓練場に簡単な障害物を並べ、動作試験を披露した。


 小石。


 木片。


 浅い溝。


 スカウト・ビートルは、ゆっくりとそれらを越えていく。


 父上は感心したように頷いた。


「……なるほど。よくできている」


「ありがとうございます!」


 俺は胸を張った。


 リナも得意そうに笑う。


「脚の動きは、あたしが考えたんだぞ!」


 エリスも小さく手を上げた。


「……魔力の流れも……少し……」


 父上は二人へ微笑んだ。


「そうか。二人とも、よく頑張ったな」


 リナの尻尾が嬉しそうに揺れた。


 エリスも頬を赤らめた。


 すると、マルタが口を開いた。


「レオンハルト様」


「はい?」


「一つ、質問してもよろしいでしょうか?」


「もちろん」


「この機械が、鉱山の中で動けなくなった場合は、どうなさいますか?」


 俺は少し考えた。


「……まず、ケーブルで引き戻せるか試します」


「それでも戻らなかったら?」


「……諦めます」


 マルタは頷いた。


「なぜですか?」


 俺は彼女を見た。


「機械を助けるために、人が危険な場所へ入ったら意味がないから」


 マルタは静かに微笑んだ。


「……よく覚えていらっしゃいましたね」


 俺は少し照れくさくなった。


「昨日、教えてもらったから」


 父上も満足そうに頷いた。


「よし。明日、現地での試験を行おう」


「……本当ですか!?」


「ああ。ただし、入口付近の安全な場所から操作すること。危険だと判断したら、すぐに中止する」


「はい!」


 こうして。


 スカウト・ビートルの初めての任務が決まった。


     ◇


 翌朝。


 俺たちは、北の旧採掘路へ向かった。


 馬車には、父上と俺、リナ、エリス、マルタが乗っている。


 前後には、護衛の兵士たち。


 荷台には、スカウト・ビートルと観測装置が積まれていた。


 馬車が揺れるたび、リナの尻尾が左右に動く。


「……なあ、レオン」


「ん?」


「今日、あいつ本当に鉱山の中へ入るんだよな?」


「うん。安全が確認できた範囲だけだけどね」


「……へへっ。楽しみだな!」


 エリスは窓の外を見つめていた。


「……山、近くなってきたね……」


 俺も外を見る。


 遠くに見えていた山々が、少しずつ大きくなっている。


 木々の間には、古い石の道が続いていた。


 以前は、鉱石を運ぶ馬車が行き来していたのだろう。


 けれど、今は草が生い茂り、ところどころ石畳が崩れている。


 ……昔は、ここも賑わっていたのかな。


 俺は、そんなことを考えた。


     ◇


 しばらくして、馬車が止まった。


「到着しました」


 バルドさんの声が聞こえた。


 俺たちは馬車を降りる。


 目の前には、山の斜面に開いた古い坑道の入口があった。


 入口の周囲には、朽ちかけた木の支柱。


 地面には、錆びた金属片が散らばっている。


 そして、奥には暗闇が広がっていた。


 ……思ったより、不気味だな。


 リナが耳を動かした。


「……変な匂いがする」


「どんな?」


「……土と、古い鉄みたいな匂い」


 エリスは静かに目を閉じた。


「……魔力の流れが……少し、変……」


 俺は彼女を見た。


「……変?」


「……うん。奥の方で……流れが曲がってる感じ……」


 ……なるほど。


 青い魔導鉱石の影響かもしれない。


 父上が近づいてきた。


「レオンハルト。準備はいいか?」


「はい」


「よし。だが、入口へ近づきすぎるな」


「分かりました」


 俺たちは、坑道から十分に離れた安全な場所に観測台を設置した。


 スカウト・ビートルを地面へ置く。


 ケーブルを接続する。


 そして、魔力蓄積器を起動した。


『スカウト・ビートル、起動確認』


 アリアの声が響く。


『駆動系、正常。観測装置、正常。通信ケーブル、接続確認』


「……よし」


 俺は操縦板を握った。


「スカウト・ビートル、前進」


 四本の脚が動き始めた。


 小さな機体が、ゆっくりと坑道へ向かう。


 リナが身を乗り出した。


「……行け!」


 エリスも小さく拳を握った。


「……頑張って……」


 俺は思わず笑った。


 ……機械なんだけどね。


 でも。


 俺も、同じ気持ちだった。


     ◇


 スカウト・ビートルは、無事に坑道の入口へ到達した。


 前方の観測器が、内部の様子を記録し始める。


 観測台の魔導板には、ぼんやりとした映像が映し出された。


 暗い通路。


 崩れた木材。


 古い運搬用の軌道。


 そして、壁の一部に見える青い光。


「……あっ!」


 俺は思わず声を上げた。


「父上、あれ!」


 父上が身を乗り出した。


「……青い魔導鉱石か」


 壁の隙間に、小さな青い結晶が埋まっている。


 以前、調査隊が持ち帰ったものと似ていた。


『魔力反応を確認。既存試料と近い特性を示しています』


 アリアが報告した。


「……やっぱり、ここにもあるんだ」


 俺は胸を高鳴らせた。


 もし、この鉱石を安全に採掘できるなら。


 オメガの改良に使えるかもしれない。


 右脚の衝撃吸収機構。


 魔力伝達回路。


 そして、将来の推進器。


 ……夢が広がるな。


 だが、父上が静かに言った。


「まだ、採掘できるとは限らん」


「……はい」


「鉱石があることと、安全に取り出せることは別だ」


 俺は頷いた。


 ……そうだ。


 焦っちゃ駄目だ。


     ◇


 スカウト・ビートルは、さらに少しだけ奥へ進んだ。


 映像には、古い運搬装置の残骸が映っている。


 錆びた車輪。


 曲がった金属の支柱。


 そして、壁に取り付けられた古い標識。


「……あれ?」


 俺は目を細めた。


 標識には、何かの紋章が刻まれていた。


 円形の枠。


 その内側に、交差する二本の線。


 そして、中央に小さな星のような印。


「……何だろう、これ」


 父上が首を傾げた。


「古い採掘組合の印かもしれんな」


 バルドさんも頷いた。


「昔の設備には、こうした印が使われていたと聞きます」


 俺は記録を保存した。


 そのとき。


「……少し、待ってください」


 マルタが口を開いた。


 俺たちは振り返った。


 彼女は、魔導板に映る紋章をじっと見つめていた。


「……マルタ?」


 俺が尋ねると、彼女は少し考え込んだ。


「……どこかで、似た印を見たことがあるような……」


「……本当?」


「はい。ただ、はっきりとは思い出せません」


 マルタは眉を寄せた。


「昔、街道の警備に出ていたころ……古い施設で、似たようなものを見た気がします」


 俺は驚いた。


「……街道の?」


「はい」


 マルタは頷いた。


「ですが、同じ印だったかどうかは分かりません」


 父上が静かに言った。


「無理に思い出す必要はない。まずは記録を残しておこう」


「承知いたしました」


 マルタは頭を下げた。


 俺も頷いた。


 ……今は、決めつけない方がいいな。


 古い施設の印なんて、似たものがあってもおかしくない。


 それより、今は探査を続けよう。


     ◇


 スカウト・ビートルが、さらに数メートル進んだときだった。


『警告。周辺魔力濃度が上昇しています』


 アリアの声が響いた。


「……え?」


 俺は観測板を見た。


 魔力反応を示す針が、ゆっくりと上がっている。


『通信信号に軽度の乱れを確認』


 映像が、わずかに揺れた。


 リナが耳を立てた。


「……何か、変じゃないか?」


 エリスも不安そうに頷いた。


「……奥の魔力……さっきより、強い……」


 俺は操縦板を握り直した。


 ……どうする。


 あと少し進めば、もっと詳しい情報が得られるかもしれない。


 鉱石の分布。


 奥の構造。


 古い設備の状態。


 ここまで来たんだ。


 もう少しだけ――。


「レオンハルト様」


 マルタの声がした。


 俺は顔を上げた。


 彼女は、何も命令しなかった。


 ただ、静かに俺を見つめている。


 昨日の訓練。


 木箱を運んだときの失敗。


 仲間の声を聞かなかったこと。


 そして、父上に言った言葉。


 ……機械を取りに行くために、人が危険な場所へ入ったら意味がない。


 俺は、ゆっくり息を吐いた。


「……アリア」


『はい』


「探査を中止。スカウト・ビートルを戻す」


『了解しました』


 リナが少し驚いた顔をした。


「……もう戻すのか?」


「うん」


 俺は頷いた。


「今日は、ここまで」


「……でも、まだ奥が……」


「分かってる」


 俺はリナを見た。


「でも、無理して壊したら、次に調べられなくなる」


 リナは少し考えた。


 そして、頷いた。


「……そっか」


 エリスも小さく微笑んだ。


「……また、来られるもんね……」


「うん」


 俺は笑った。


「次は、もっと準備してから来よう」


 スカウト・ビートルが方向を変えた。


 ゆっくりと、来た道を戻ってくる。


 途中、通信が一度だけ大きく乱れた。


 俺は思わず息を呑んだ。


 だが。


『通信、回復しました』


「……よし」


 機体は、無事に坑道の外へ出てきた。


 リナが歓声を上げた。


「戻ってきた!」


 エリスも嬉しそうに笑った。


「……おかえり……」


 俺は操縦板を置いた。


 そして、大きく息を吐いた。


「……ふう」


 父上が俺の肩に手を置いた。


「よく判断したな」


「……はい」


「もっと奥を見たかっただろう?」


 俺は少し笑った。


「……正直、見たかったです」


 父上も笑った。


「だろうな」


 そして、静かに続けた。


「だが、今日は十分な成果だ」


 俺は頷いた。


 ……うん。


 そうだ。


 無事に帰ってきた。


 それだけでも、大きな成功だ。


     ◇


 屋敷へ戻ったころには、夕方になっていた。


 俺たちは工房に集まり、スカウト・ビートルの記録を確認した。


 映像には、坑道の内部が映っている。


 青い魔導鉱石。


 古い軌道。


 崩れた支柱。


 そして、あの紋章。


 アリアが記録を整理していく。


『今回の探査により、旧採掘路の入口付近に青色魔導鉱石が存在することを確認しました』


「……うん」


『ただし、鉱石の総量、品質、採掘可能性については不明です』


「分かってる」


 俺は頷いた。


「まずは、スカウト・ビートルの改良だね」


『推奨します。特に、通信系統と脚部の耐久性に改善の余地があります』


 リナが腕を組んだ。


「……脚、もっと強くした方がいいな」


 エリスも頷いた。


「……魔力の流れも……安定させたい……」


 俺は二人を見た。


「うん。次は、そこを改良しよう」


 リナがにやりと笑った。


「へへっ。今度は、もっと奥まで行けるな!」


「安全が確認できたらね」


「……分かってるって!」


 エリスが小さく笑った。


 俺も笑った。


 ……本当に。


 少しずつだけど、前へ進んでいる。


     ◇


 その夜。


 夕食を終えたあと、俺は廊下を歩いていた。


 すると、奥の部屋から母上の声が聞こえてきた。


「マルタ、あなたも少しは休まないと駄目よ」


「ですが、奥様。私はまだ十分に働けます」


「それは分かっているわ」


 母上の声には、優しい笑いが混じっていた。


「でも、最近はレオンハルトたちの訓練まで見てくれているでしょう?」


「それは、私が望んで引き受けたことです」


「だからこそ、よ」


 少し間が空いた。


 そして、母上が続けた。


「近いうちに、一日お休みを取りなさい」


「……一日、ですか?」


「ええ。たまには、好きなところへ出かけてきてもいいのよ」


 マルタは少し困ったように答えた。


「……承知いたしました」


 俺は、思わず微笑んだ。


 ……マルタにも、休みは必要だよな。


 いつも、俺たちのことを気にかけてくれている。


 だから、たまにはゆっくりしてほしい。


 そう思いながら、俺は自室へ戻った。


     ◇


 ベッドに横になり、今日の出来事を思い返す。


 スカウト・ビートル。


 初めての共同製作。


 そして、北の旧採掘路。


 青い魔導鉱石は、確かに存在していた。


 けれど、その性質も、量も、まだ分からない。


 すぐにオメガの改良へ使えるわけではない。


 ……焦らず、一つずつだな。


 俺は天井を見つめた。


 ヴァーミリオン・フォックス。


 セイレーン。


 そして、オメガ。


 いつか、三機の魔導機甲で空を飛ぶ。


 その夢は、まだ遠い。


 でも。


 今日、俺たちは小さな一歩を踏み出した。


 俺一人では、きっと気づけなかったことがある。


 リナがいたから、脚の構造を見直せた。


 エリスがいたから、魔力の流れを改善できた。


 マルタがいたから、危険な場所で無理をせずに済んだ。


 父上がいたから、安全に試験を行えた。


 ……俺は、恵まれているな。


 そう思った。


 そして、目を閉じる。


「……明日も、頑張ろう」


 小さく呟いた。


 窓の外では、静かな夜風が木々を揺らしていた。


 北の山々は、月明かりの下で黒い影となっている。


 その奥に眠る古い鉱山。


 そして、まだ誰も知らない秘密。


 けれど、今の俺には分からない。


 その秘密へ近づくためには、もう少し時間が必要だということを。


 そして。


 俺たちの日常にも、やがて思いがけない出来事が訪れることを。

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