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乙女ゲームの退学予定モブ、改造魔法で最強の魔導機甲を造る!  作者: ジャクロの精霊


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第27話 元魔導機甲乗りのメイドが本気の指導!? 三人の初めての操縦士訓練!

朝食の席で、俺は一枚の紙を見つめていた。


 そこには、昨夜遅くまで考えていたオメガの操縦席の改良案が描かれている。


 座席の側面を少し高くし、急旋回時に体が横へ流れないようにする。


 足元の踏み板は、体格に合わせて位置を調整できる構造に変更する。


 操縦桿についても、握る力が強すぎると機体の反応が過敏になってしまう問題がある。


 ……うーん。


 やっぱり、実際に操縦したことのある人の意見って大事だな。


「レオン!」


「……ん?」


 顔を上げると、リナが向かいの席から身を乗り出していた。


 赤茶色の狐耳がぴんと立ち、琥珀色の瞳が期待に輝いている。


「今日だろ! マルタの訓練!」


「ああ、うん」


「何時からだ!?」


「朝食が終わってからって聞いてるけど」


「じゃあ、早く食べようぜ!」


 そう言って、リナはパンを大きくかじった。


「リナ、そんなに急いだら喉に詰まるよ」


「ふぁいふぉーふ!」


「何言ってるか分からないよ……」


 隣に座っていたエリスが、小さく笑った。


 長い赤髪を水色のリボンでまとめ、今日は白いブラウスに淡い青色のスカートを合わせている。


「……リナ、楽しみなんだね」


 エリスが言うと、リナはパンを飲み込んで頷いた。


「当たり前だろ! だって、マルタが本物の魔導機甲乗りだったんだぞ!」


「元、ですけれどね」


 背後から声がした。


 俺たちは一斉に振り返る。


 そこには、いつもの黒いメイド服を着たマルタが立っていた。


 白いエプロンには皺一つなく、茶色の髪はきっちりとまとめられている。


 いつもと変わらない穏やかな笑顔。


 けれど、昨日その過去を聞いた俺たちには、少し違って見えた。


「マルタ!」


 リナが勢いよく立ち上がろうとした。


「お食事中は、お座りください」


「……はい」


 すとん。


 リナは椅子へ戻った。


 エリスが口元を押さえて笑う。


 俺もつられて笑いそうになったが、マルタの視線がこちらへ向いたので姿勢を正した。


「レオンハルト様」


「は、はい」


「その設計図は、朝食の後にご覧ください」


「……分かった」


 マルタは満足そうに頷いた。


「本日は、皆様に魔導機甲の操縦に必要な基礎を学んでいただきます」


「おおっ!」


 リナの尻尾が勢いよく揺れた。


「ただし」


 マルタが人差し指を立てる。


「本物の魔導機甲には乗りません」


「……ええっ!?」


 リナが叫んだ。


「なんでだよ!」


「まだ、その段階ではないからです」


「でも、レオンはオメガに乗ってるじゃん!」


「だからこそ、学ぶ必要があるのです」


 マルタは静かに俺を見た。


 ……うっ。


 心当たりがありすぎる。


 盗賊との戦い。


 岩刃熊との遭遇。


 そして、先日のオメガの地上機動試験。


 俺は何度も、無茶な行動をしてきた。


「レオンハルト様も、例外ではありません」


「……はい」


「本日は、三人とも同じところから始めていただきます」


 リナがにやりと笑った。


「へへっ。じゃあ、あたしが一番になってやる!」


 エリスも小さく拳を握った。


「……私も、頑張る……」


 俺は二人を見て笑った。


「うん。一緒に頑張ろう」


 すると、マルタが穏やかに微笑んだ。


「そのお言葉を、訓練が終わるまで忘れないでくださいね」


 ……ん?


 何だろう。


 今の言葉、妙に引っかかるぞ。


     ◇


 朝食から一時間後。


 俺たちは屋敷の裏にある訓練場へ集まっていた。


 空はよく晴れている。


 秋に近づきつつある風は少し涼しく、遠くの畑からは刈り取った草の匂いが漂ってきた。


 訓練場には、木製の台や縄、丸太、低い柵などが並べられている。


 そして、その中央にはマルタが立っていた。


 ただし、いつものメイド服ではない。


 濃紺の動きやすい上着に、黒いズボン。


 足元には、丈夫そうな革の編み上げ靴。


 髪も普段より高い位置でまとめている。


「……おお」


 俺は思わず声を漏らした。


 何だか、雰囲気が違う。


 リナも目を輝かせた。


「マルタ、格好いいじゃん!」


「ありがとうございます」


 マルタは微笑んだ。


「昔、訓練で着ていた服に近いものを用意していただきました」


「……昔の?」


 エリスが尋ねる。


「はい。もちろん、当時の服そのものではありませんよ」


 マルタは軽く肩を回した。


 その動きは滑らかだった。


 無駄がない。


 普段から姿勢がいいとは思っていたが、こうして見ると、立ち方からして違う。


「さて、皆様」


 マルタが手を叩いた。


「魔導機甲を操縦するうえで、最も大切なものは何でしょう?」


「速さ!」


 リナが即答した。


「……魔力……?」


 エリスが控えめに答える。


 俺は少し考えた。


「機体の構造を理解すること、かな」


 マルタは三人の顔を順番に見た。


「どれも大切です」


「じゃあ、正解?」


 リナが嬉しそうに言った。


「ですが、今日の答えは違います」


「……えっ?」


 マルタは自分の胸元に手を置いた。


「まず、自分の体と心を制御することです」


 俺は目を瞬かせた。


「……体と心?」


「はい。どれほど優れた魔導機甲でも、操縦士が慌てれば、その力を十分に発揮できません」


 彼女は地面に置かれた細い木の板を指差した。


 長さは三メートルほど。


 幅は、俺の足二つ分もない。


 高さは地面からほんの少しだけ浮かせてある。


「最初の訓練は、あちらを渡っていただきます」


「……それだけ?」


 リナが首を傾げた。


「はい。ただし、走ってはいけません」


「……ええ?」


「足元だけを見続けてもいけません」


「……えええ?」


「そして、途中で姿勢が崩れたら、一度降りてやり直しです」


 リナは腕を組んだ。


「そんなの簡単だって!」


 俺は少し不安になった。


 ……絶対、何かあるぞ。


     ◇


「じゃあ、あたしから!」


 リナが真っ先に手を上げた。


 マルタが頷く。


「どうぞ」


 リナは木の板へ飛び乗った。


 狐人族らしい軽やかな身のこなし。


 さすがだ。


 そのまま、すいすいと進んでいく。


「へへっ! 楽勝!」


 ……と、思った瞬間。


「リナ様」


「ん?」


「右側に敵が現れたと想像してください」


「……敵?」


「はい。視線を右へ向けてください」


 リナは勢いよく顔を右へ向けた。


 すると。


「……うわっ!?」


 体がぐらりと傾いた。


 慌てて腕を振り回す。


 そして、板から片足を下ろしてしまった。


「……あっ」


 マルタが微笑んだ。


「やり直しです」


「……くそっ!」


 リナは悔しそうに尻尾を振った。


「今の、ずるい!」


「実際の戦闘では、敵は正面からだけ現れるわけではありませんよ」


「……うっ」


 リナは言葉に詰まった。


 次はエリスだった。


 彼女は慎重に板へ足を乗せる。


「……よいしょ……」


 一歩。


 また一歩。


 ゆっくりと進んでいく。


 リナよりずっと遅い。


 けれど、姿勢は安定していた。


「……いい調子です、エリス様」


 マルタが声をかける。


「……はい……」


「では、左側をご覧ください」


「……えっ?」


 エリスはゆっくり顔を動かした。


 その瞬間、足が止まった。


「……あ……」


 進めない。


 足元を見ないと、不安になるらしい。


「無理に進まなくて結構です」


 マルタが優しく言った。


「まず、呼吸を整えましょう」


 エリスは小さく息を吸った。


 そして、ゆっくり吐いた。


「……はい……」


 もう一歩。


 けれど、足が板の端にかかり、慌てて降りてしまった。


「……ごめんなさい……」


「謝る必要はありません」


 マルタは首を振った。


「今、何が難しかったのか分かりましたね?」


「……足元を見ないと……怖かった……」


「それが分かれば、次は改善できます」


 エリスは小さく頷いた。


 ……なるほど。


 失敗を責めるんじゃなくて、原因を考えさせるんだ。


 そして、俺の番になった。


「……よし」


 俺は木の板へ足を乗せた。


 リナほど速くない。


 エリスほど慎重でもない。


 真ん中くらいの速度で進む。


 ……重心を低く。


 視線は少し先へ。


 体の力を抜いて。


 前世で見たスポーツ番組や、ゲームの操縦システムの知識が頭をよぎる。


 だが、知識と実際の体の動きは別物だ。


「レオンハルト様」


「……はい」


「背後から大きな音がしたと想像してください」


「……え?」


「振り返って確認してください」


 俺は振り返った。


 その瞬間。


「……うわっ!」


 足元がふらついた。


 慌てて板から降りる。


 ……ああ。


 やっぱり駄目か。


 マルタは穏やかに頷いた。


「皆様、最初の挑戦は失敗ですね」


「……くそー!」


 リナが地面を蹴った。


 エリスは少し落ち込んでいる。


 俺も頭を掻いた。


「……思ったより難しいな」


「そうですね」


 マルタは微笑んだ。


「ですが、これが操縦の基本なのです」


     ◇


 その後、俺たちは何度も練習した。


 リナは、速さを抑えることを覚えた。


 エリスは、少しずつ顔を上げて歩けるようになった。


 俺は、頭で考えすぎず、体の感覚にも意識を向けるようにした。


 そして、ようやく三人とも板を渡り切った。


「……やった!」


 リナが両手を上げた。


「……できた……!」


 エリスも嬉しそうに笑う。


 俺は額の汗を拭った。


「……結構、疲れるね」


「まだ、最初の訓練ですよ」


 マルタが言った。


「……えっ?」


 俺たちは同時に振り返った。


 マルタは、にっこりと微笑んでいる。


「次は、反応訓練です」


「……まだあるの!?」


 リナが叫んだ。


「もちろんです」


 ……ああ。


 これは、思ったより大変な一日になりそうだ。


     ◇


 次の訓練では、マルタが木製の棒を使った。


 長さは一メートルほど。


 先端には柔らかい布が巻かれている。


「これから、私が棒をゆっくり動かします」


 マルタが説明した。


「皆様は、棒の動きを見て、体を少しずつ動かしてください」


「……避ければいいんだな!」


 リナが元気よく答えた。


「はい。ただし、必要以上に大きく動かないこと」


「……分かった!」


 リナが構える。


 マルタは棒を右から左へ動かした。


 ゆっくりと。


 まるで、風に揺れる枝のように。


 リナは勢いよく後ろへ跳んだ。


「……よし!」


 しかし。


「リナ様」


「……ん?」


「そこまで下がる必要はありません」


「……え?」


 マルタは棒を止めた。


「今の動きなら、半歩だけ体をずらせば十分でした」


「……半歩?」


「はい」


 マルタは実際に見せた。


 棒が近づく。


 彼女は、ほんの少しだけ体を横へ移動させた。


 それだけで、棒は当たらない。


 ……すごい。


 動きが小さい。


 なのに、完全に避けている。


 俺は思わず見入った。


 リナも目を丸くした。


「……もう一回!」


「もちろんです」


 マルタは微笑んだ。


 次はエリス。


 彼女は棒が近づくと、思わず目を閉じてしまった。


「……きゃっ」


 マルタはすぐに動きを止めた。


「エリス様」


「……はい……」


「怖いときほど、目を閉じないことが大切です」


「……でも……」


「大丈夫です。今日は危険なことはいたしません」


 マルタは棒を地面に置いた。


「まずは、私の手の動きだけを見てください」


 彼女はゆっくりと手を左右へ動かした。


 エリスは、その動きを目で追う。


「……そうです」


 マルタが優しく微笑んだ。


「では、少しだけ体を動かしてみましょう」


 エリスは小さく頷いた。


 そして、ゆっくりと横へ移動した。


「……できた……」


「はい。上手ですよ」


 エリスの表情が明るくなった。


 最後は俺だった。


 俺は棒の動きをじっと見つめた。


 右。


 左。


 上。


 下。


 ……なるほど。


 動きの規則を見つければ、避けやすいかもしれない。


 そう考えていた。


 しかし。


「レオンハルト様」


「……はい?」


「今、何を考えていらっしゃいますか?」


「……棒の動きの規則を……」


「なるほど」


 マルタは頷いた。


「では、次は規則を変えます」


「……え?」


 棒が動いた。


 俺は予想していた方向へ体をずらす。


 だが。


 棒は途中で止まり、反対方向へ動いた。


「……うわっ!」


 俺は慌てて後ろへ下がった。


 マルタはすぐに棒を止めた。


「レオンハルト様」


「……はい」


「考えることは大切です。ですが、予想に頼りすぎると、予想と違う動きに対応できなくなります」


 俺は息を呑んだ。


 ……確かに。


 ゲームなら、敵の攻撃パターンを覚えれば対応できることも多い。


 けれど、現実の戦いでは違う。


 敵は、決まった動きだけをするわけじゃない。


 俺は拳を握った。


「……分かった」


 マルタは微笑んだ。


「では、もう一度」


 俺は頷いた。


 今度は、棒の動きを最後まで見る。


 予想するのではなく、観察する。


 そして、必要な分だけ体を動かす。


 ……よし。


 少しだけ、うまくできた。


     ◇


 昼食を挟み、午後の訓練が始まった。


 今度は、訓練場の中央に小さな木箱が置かれていた。


 中には、割れやすい陶器の器が一つ入っている。


 木箱の底には布が敷かれていたが、強く揺らせば器は割れてしまうだろう。


「次は、三人で協力していただきます」


 マルタが言った。


 リナが目を輝かせる。


「……協力?」


「はい。こちらの箱を、向こうの台まで運んでください」


 マルタが指差した先には、低い柵や丸太が並んでいた。


 距離は二十メートルほど。


 しかし、まっすぐには進めない。


「ただし、箱の中の器を割ってはいけません」


「……簡単じゃん!」


 リナが胸を張った。


 俺は少し考えた。


 ……いや。


 これは、意外と難しいかもしれない。


「では、始めてください」


 マルタが言った。


 リナが真っ先に箱へ手を伸ばした。


「よし! あたしが持つ!」


「待って、リナ!」


 俺は慌てて声をかけた。


「まず、どう運ぶか決めよう!」


「そんなの、持って走ればいいだろ!」


「走ったら中の器が割れるって!」


「じゃあ、ゆっくり走る!」


「それは歩くって言うんだよ!」


 俺たちが言い合っていると、エリスが小さく口を開いた。


「……あの……」


「リナ、箱の重さを確認してから……」


「大丈夫だって!」


「……あの……!」


 エリスの声は、俺たちの言い合いにかき消された。


 リナが箱を持ち上げる。


「……よいしょ!」


 俺は反対側を支えた。


「待って! 傾いてる!」


「そっちが持ち上げすぎなんだよ!」


「リナが急に動くから!」


 箱がぐらりと揺れた。


 エリスが慌てて手を伸ばす。


「……危ない……!」


 しかし。


 がたんっ!


 箱が丸太にぶつかった。


 中から、乾いた音が響いた。


 ……あ。


 俺たちは固まった。


 マルタが近づいてくる。


 そして、箱の蓋を開けた。


 中の陶器には、小さなひびが入っていた。


「……失敗ですね」


 マルタは静かに言った。


「……ううっ」


 リナの耳が垂れた。


 俺も肩を落とした。


 エリスは俯いている。


「……ごめんなさい……」


 その声を聞いて、俺ははっとした。


 ……エリス。


 そういえば、さっき何か言おうとしていた。


 俺は彼女を見た。


「……エリス」


「……うん……?」


「さっき、何か言おうとしてた?」


 エリスは少し迷った。


 そして、小さく頷いた。


「……箱の下に……細い板を入れたら……持ちやすいかなって……」


 俺は目を見開いた。


 ……あ。


 そうか。


 箱の底を支える板があれば、二人で持っても傾きにくい。


 しかも、三人で支えることもできる。


「……それ、いい考えだよ!」


 エリスは驚いた顔をした。


「……ほんと……?」


「うん!」


 俺は頷いた。


 リナも顔を上げた。


「……じゃあ、次はそれでやろうぜ!」


 マルタが静かに微笑んだ。


「その前に、一つお聞きします」


 俺たちは彼女を見た。


「皆様は、なぜ失敗したと思いますか?」


 リナが腕を組んだ。


「……あたしが急いだから」


 俺は首を振った。


「それだけじゃないよ。俺も、リナに指示するばかりで、エリスの話を聞いてなかった」


 エリスは小さく呟いた。


「……私も……もっと大きな声で言えばよかった……」


 マルタは頷いた。


「その通りです」


 そして、ゆっくりと言った。


「魔導機甲の操縦士に必要なのは、自分の機体を動かす技術だけではありません」


 俺たちは黙って聞いた。


「仲間の声を聞くこと。自分の状況を伝えること。そして、誰か一人に無理をさせないこと」


 マルタは木箱へ視線を向けた。


「三人で運ぶのなら、三人で考えなければなりません」


 俺は拳を握った。


 ……そうだ。


 俺は、何でも自分で解決しようとしすぎていた。


 リナにはリナの得意なことがある。


 エリスにはエリスの得意なことがある。


 なのに、俺は二人の力を十分に生かせていなかった。


「……もう一回、やらせてください」


 俺が言うと、マルタは微笑んだ。


「もちろんです」


     ◇


 二度目の挑戦。


 今度は、最初に三人で話し合った。


「まず、箱を運ぶ方法を決めよう」


 俺が言うと、リナが頷いた。


「……うん」


「エリス、さっきの板の案、詳しく教えて」


 エリスは少し驚いた顔をした。


 そして、ゆっくり説明した。


「……箱の下に……長い板を入れて……」


 彼女は地面に指で線を描いた。


「……三人で持てば……傾きにくいと思う……」


「なるほど」


 俺は頷いた。


 訓練場の隅に置かれていた細長い板を借りる。


 その上に箱を置き、三人で持つ。


 リナが前。


 俺が後ろ。


 エリスが横から支える。


「……よし」


 俺は深呼吸した。


「リナ、先に進むときは声をかけて」


「分かった!」


「エリス、傾いたらすぐ教えて」


「……うん!」


 そして、ゆっくり歩き始めた。


「……前、行くぞ」


「うん」


「……少し右……」


 エリスが言った。


「右だね」


 俺たちは歩幅を合わせた。


 最初の丸太を越える。


 次に、低い柵を回り込む。


 途中で、リナが少し速く進みそうになった。


「……あっ」


 彼女は自分で気づき、足を止めた。


「……ごめん。ちょっと速かった」


「大丈夫」


 俺は笑った。


「ゆっくり行こう」


 エリスも微笑んだ。


「……うん……」


 最後の障害物。


 狭い通路を通る必要がある。


 俺は周囲を見た。


 ……このままだと、板が引っかかる。


「……どうしよう」


 リナが首を傾げた。


 そのとき、エリスが言った。


「……板を……少し斜めにしたら……」


 俺は頷いた。


「そうだね」


 リナも笑った。


「よし!」


 三人で息を合わせる。


 板をゆっくり傾ける。


 箱は、ほとんど揺れなかった。


 そして。


「……着いた!」


 リナが叫んだ。


 俺たちは台の上に箱を置いた。


 マルタが近づいてくる。


 蓋を開ける。


 中の陶器は――。


 無事だった。


「……成功です」


 マルタが微笑んだ。


「……やったあああっ!」


 リナが飛び跳ねた。


 エリスも両手を合わせた。


「……できた……!」


 俺は思わず笑った。


「……うん!」


 三人で顔を見合わせる。


 そして、笑い合った。


 ……やっぱり。


 一人で頑張るより、ずっといい。


     ◇


 訓練が終わったころには、太陽が少し傾いていた。


 俺たちは屋敷の裏庭で休憩していた。


 マルタが冷たい果実水を用意してくれた。


「……はあ」


 リナが椅子にもたれかかった。


「……疲れたあ」


 エリスも小さく頷いた。


「……でも……楽しかった……」


 俺は笑った。


「うん。勉強になったね」


 すると、マルタが近づいてきた。


「皆様、本日はよく頑張りました」


「……へへっ」


 リナが照れくさそうに笑った。


「……マルタ」


 俺は彼女を見た。


「……ありがとう」


「はい?」


「今日の訓練、すごく勉強になったよ」


 マルタは少し驚いた顔をした。


 俺は続けた。


「俺、オメガを造ることばかり考えてたけど……」


 遠くの工房へ視線を向ける。


「……操縦する人のことも、もっと考えないといけないんだね」


 マルタは静かに微笑んだ。


「その通りです」


 俺は頷いた。


「……これからも、教えてくれる?」


 マルタは少しだけ目を細めた。


「もちろんです」


 そして、リナとエリスを見た。


「皆様が、無事に帰ってこられる操縦士になれるように」


 その言葉に、俺は胸が温かくなった。


 ……無事に帰ってくる。


 昨日も、マルタは同じことを言っていた。


 きっと、彼女にとって大切なことなんだ。


 俺は拳を握った。


「……うん」


 リナも頷いた。


「絶対、強くなる!」


 エリスも小さく微笑んだ。


「……私も……頑張る……」


 マルタは満足そうに頷いた。


     ◇


 夕食前。


 俺は工房へ向かった。


 今日の訓練で学んだことを、忘れないうちに設計図へ書き込んでおきたかったのだ。


 工房の中央には、オメガが静かに立っている。


 青と銀の装甲。


 背部に並ぶ四つの推進器。


 まだ、本格的な飛行はできない。


 右脚の衝撃吸収機構も、改良が必要だ。


 けれど。


 少しずつ、完成へ近づいている。


「……アリア」


『はい、レオンハルト様』


「今日の訓練、記録できてる?」


『はい。マルタ様の指導内容と、皆様の動作傾向を記録しております』


「……よし」


 俺は設計図を広げた。


 まず、操縦席の側面。


 次に、足元の制御板。


 そして、操縦桿。


 マルタが教えてくれたことを思い出しながら、修正案を書き加える。


「……ここを少し広くして……」


『操縦士の体格に応じた調整機構を追加する案ですね』


「うん」


 俺は頷いた。


「俺だけじゃなくて、他の人が乗ることも考えた方がいいと思うんだ」


『合理的な判断です』


 俺は笑った。


 ……そうだ。


 オメガは、俺だけの機体だ。


 でも、これから造るヴァーミリオン・フォックスとセイレーンは違う。


 リナとエリスのための機体だ。


 二人の体格。


 動き方。


 得意なこと。


 苦手なこと。


 全部、考えないといけない。


 それに、二人はまだ成長する。


 将来、体が大きくなったときにも使えるようにしたい。


「……アリア」


『はい』


「操縦席の調整機構、三機共通の基本設計にできるかな」


『可能性はあります。ただし、各機体の用途に応じた変更が必要です』


「……うん」


 俺は頷いた。


 ヴァーミリオン・フォックスは、素早い地上機動を重視する。


 セイレーンは、水中と陸上の両方で使えるようにしたい。


 特にエリスの場合、水中では人魚の姿になる。


 だから、操縦席の構造も工夫しなければならない。


 ……難しいな。


 でも。


 面白い。


 俺は夢中で設計図を描き続けた。


 すると。


「レオンハルト様」


 背後から声がした。


 振り返ると、マルタが立っていた。


「……あ、マルタ」


「夕食のお時間ですよ」


「……もう?」


「はい」


 俺は窓の外を見た。


 空が赤く染まっている。


 ……いつの間に。


 マルタは机の上の設計図を見つめた。


「……操縦席の改良ですか?」


「うん」


 俺は頷いた。


「今日、教えてもらったことを取り入れようと思って」


 マルタは静かに図面を見た。


 そして、ある部分を指差した。


「こちらの固定具ですが、少し位置を変えた方がよろしいかもしれません」


「……え?」


「緊急時に操縦席から降りる際、邪魔になる可能性があります」


 俺は息を呑んだ。


 ……そうか。


 体をしっかり固定することばかり考えていた。


 でも、何かあったときに素早く脱出できなければ意味がない。


「……なるほど!」


 俺はすぐに鉛筆を手に取った。


「じゃあ、ここを……」


「レオンハルト様」


「……はい?」


「続きは、明日にいたしましょう」


「……あ」


 マルタは微笑んだ。


「設計も大切ですが、食事と休息も必要です」


「……分かった」


 俺は鉛筆を置いた。


 マルタが満足そうに頷く。


 そして、ふと。


 彼女はオメガを見上げた。


 その横顔に、ほんの少しだけ懐かしそうな表情が浮かんだ。


「……マルタ?」


「はい?」


「……昔、どんな魔導機甲に乗ってたの?」


 俺が尋ねると、彼女は少し考えた。


「……そうですね」


 そして、ゆっくりと口を開いた。


「私が乗っていたのは、今のオメガほど洗練された機体ではありませんでした」


「……へえ」


「重く、動きも遅く、操縦にも力が必要でした」


 マルタは微笑んだ。


「ですが、とても丈夫な機体でしたよ」


「……丈夫?」


「はい。街道を守るための機体でしたから」


 俺は頷いた。


 ……防衛用の魔導機甲。


 それなら、装甲が厚くて、安定性を重視していたのかもしれない。


「……名前は?」


 俺が尋ねると、マルタは少しだけ目を細めた。


「……《グランガード》という機体でした」


「……グランガード」


 俺は、その名前を繰り返した。


 何だか、強そうだ。


「……いつか、見てみたいな」


 俺が言うと、マルタは小さく笑った。


「もう、現役ではないと思いますよ」


「……そっか」


 少し残念だった。


 でも。


 マルタの昔の機体。


 いつか、どんな姿だったのか詳しく聞いてみたい。


 そう思った。


     ◇


 その夜。


 俺は自室のベッドに横になっていた。


 今日の訓練で、体が少し疲れている。


 けれど、心地よい疲れだった。


 ……マルタって、本当にすごいな。


 俺は天井を見つめた。


 元魔導機甲乗り。


 それも、防衛部隊に所属していた経験がある。


 彼女の知識は、これからの俺たちにとって大きな助けになるはずだ。


 そして。


 今日の訓練で、俺は一つ大切なことを学んだ。


 ……一人で全部やろうとしなくていいんだ。


 リナには、リナの力がある。


 エリスには、エリスの力がある。


 マルタには、経験がある。


 父上には、技術と知識がある。


 兄上たちだって、今ごろ王立魔導騎士学院で新しいことを学んでいるはずだ。


 俺は目を閉じた。


 ……そういえば。


 王立魔導騎士学院。


 その名前を思い浮かべた瞬間、前世の記憶がよみがえった。


 乙女ゲーム。


 『ターボナイト ~エターナル・ハーツ~』。


 あのゲームでは、主人公のソフィア・エヴァーハートが学院へ入学し、さまざまな事件に巻き込まれていく。


 そして、攻略対象の青年たち。


 アドリアン。


 ダリウス。


 ルシアン。


 フェリックス。


 彼らとの出会いが、物語を大きく動かしていく。


 ……俺も、いつかあそこへ行くんだ。


 だが、ゲームの中のレオンハルト・ヴァイスは、家の経済状況が悪化し、学院を去ることになる。


 その運命を変えるために、俺は今まで頑張ってきた。


 水路を直した。


 家の仕事を手伝った。


 魔導機甲を修理した。


 そして、オメガを造り始めた。


 けれど。


 まだ、足りない。


 学院へ入るまでに、もっと準備をしなければならない。


 俺は拳を握った。


「……絶対、退学なんてしないぞ」


 小さく呟く。


 そして、ふと笑った。


 ……それに。


 今の俺には、二人の仲間がいる。


 リナ。


 エリス。


 いつか、三機の魔導機甲で一緒に空を飛びたい。


 そのためにも。


 明日から、また頑張ろう。


     ◇


 翌朝。


 ヴァイス男爵家の書斎では、ラインハルトが北方の地図を広げていた。


 机の上には、昨日の調査報告書。


 そして、青い魔導鉱石の採取地点を示す印がつけられている。


「……やはり、旧採掘路の周辺をもう少し調べる必要があるな」


 ラインハルトは静かに呟いた。


 その隣には、護衛隊長が立っている。


「旦那様。入口付近の地盤は不安定です。大人数での調査は危険かと」


「分かっている」


 ラインハルトは頷いた。


「だからこそ、慎重に進める必要がある」


 彼は地図の一角を指差した。


「ここだ」


 古い採掘路。


 崩れかけた橋。


 そして、山の奥へ続く細い道。


 そこには、かつて魔導鉱石を運び出すために使われていたらしい施設の跡があった。


「……もし、まだ使える設備が残っているなら」


 ラインハルトは考え込んだ。


「内部を調べる方法があるかもしれない」


 護衛隊長が頷いた。


「ただし、まずは安全確認が必要です」


「ああ」


 ラインハルトは報告書を閉じた。


「レオンハルトにも、相談してみよう」


 窓の外では、朝日が北方の山々を照らしていた。


 その山の奥に、何が眠っているのか。


 まだ、誰にも分からない。


 けれど。


 ヴァイス男爵領の未来を変えるかもしれない、小さな手がかりが。


 少しずつ、姿を現し始めていた。

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