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乙女ゲームの退学予定モブ、改造魔法で最強の魔導機甲を造る!  作者: ジャクロの精霊


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第26話 俺が造った水路で領地が大繁栄!? 元魔導機甲乗りのメイドと、青い魔導鉱石の秘密!

ヴァイス男爵領の朝は、以前よりもずっと賑やかになった。


 屋敷の窓を開けると、遠くの村から荷車の車輪が軋む音や、畑仕事に向かう人々の声が聞こえてくる。風に乗って漂ってくるのは、湿った土と若い麦の匂いだ。


 数か月前までは、こんな光景を当たり前に見ることはできなかった。


 水不足。


 老朽化した水路。


 不安定な収穫。


 借金に苦しむ男爵家。


 この領地には、問題が山積みだった。


 けれど、今は違う。


「レオン! 早くしろって!」


 廊下の向こうから元気な声が響いた。


 振り返ると、赤茶色の狐耳をぴんと立てた少女が、両手を腰に当てて立っていた。


 リナだ。


 琥珀色の瞳は朝日を受けて輝き、ふさふさした尻尾が落ち着きなく左右に揺れている。今日は白いブラウスに深緑色の吊りスカートという格好で、足元には歩きやすい革靴を履いていた。


「まだ出発まで時間があるよ、リナ」


「あるけどさ! 早く行きたいんだよ!」


「村は逃げないって」


「そういうことじゃない!」


 リナが頬を膨らませた。


 その後ろから、もう一人の少女が顔を覗かせる。


「……おはよう、レオンくん」


 エリスだった。


 長い赤髪を淡い水色のリボンでまとめ、真珠色の刺繍が入った青いワンピースを着ている。緑色の瞳はまだ少し眠そうだったが、俺と目が合うと嬉しそうに細められた。


「おはよう、エリス」


「……今日は、村の人たちに会えるんだよね?」


「うん。水路の様子を見に行くんだ」


 そう答えると、エリスは胸の前で小さく両手を合わせた。


「……楽しみ」


「なあ、レオン!」


 リナが俺の袖を引っ張った。


「村を見たら、工房に戻るんだよな?」


「そのつもりだけど」


「じゃあ、ヴァーミリオン・フォックスの設計も進めようぜ!」


「昨日も言ったでしょ。まず材料を調べないと」


「分かってるって!」


 そう言いながらも、彼女の尻尾は不満そうに揺れている。


 すると、エリスが控えめに口を開いた。


「……セイレーンも……」


「うん。エリスの機体も忘れてないよ」


「……えへへ」


「おい、エリス! あたしの方が先に完成するからな!」


「……でも……私の方が、泳ぐのは速いと思う……」


「だから、水の中は反則だって!」


「……リナも、森の中なら速いでしょ?」


「それは当然だろ!」


 ……また始まった。


 二人は最近、何かにつけて自分の魔導甲冑の方が優れていると言い合う。


 もちろん、どちらもまだ設計図の段階なのだが。


 俺が苦笑していると、背後から落ち着いた声が聞こえた。


「皆様。朝食が冷めてしまいますよ」


 振り返ると、マルタが立っていた。


 黒い長袖のメイド服に、白いエプロン。髪はいつものようにきっちりとまとめられ、背筋は一本の棒を通したように真っすぐだった。


 彼女が微笑むと、リナの耳がぴくりと動いた。


「……マルタ」


「はい?」


「今日は訓練もするんだよな?」


「予定しております。ただし、村から戻って、皆様の体調を確認してからです」


「よしっ!」


「それから、レオンハルト様」


「は、はい」


 なぜか俺まで背筋を伸ばしてしまった。


「右脇腹のお傷は、もうほとんど塞がっておりますが、無理な運動はまだ禁止です」


「分かってるよ」


「魔力の使いすぎもいけません」


「うん」


「お一人で森へ向かうことも禁止です」


「……それはもうしないってば」


 マルタは満足そうに頷いた。


「結構です。では、朝食にいたしましょう」


 リナが俺の耳元へ顔を寄せ、小声で囁いた。


「……マルタって、父ちゃんより怖いときあるよな」


「聞こえておりますよ、リナ様」


「ひゃっ!?」


 リナの尻尾が大きく跳ねた。


 エリスが口元を押さえて笑い、俺もつられて吹き出した。


 こうして、今日もヴァイス家の一日が始まった。


     ◇


 朝食を終えた俺たちは、マルタと護衛の騎士一人に付き添われ、村へ向かった。


 馬車の窓から見える景色は、以前とずいぶん違っていた。


 乾燥してひび割れていた畑には、青々とした作物が並んでいる。新しく補強した水路には澄んだ水が流れ、小さな分水門が畑ごとに水量を調整していた。


 俺が修理した古い魔導揚水装置も、遠くで規則正しい音を立てている。


 あれを直したときは、本当に大変だった。


 錆びついた歯車。


 破損した魔力伝導路。


 無駄に魔力を消費する古い構造。


 父上と何日もかけて修理し、既存の部品を組み直して、ようやく安定して動かせるようになったのだ。


「……わあ」


 エリスが窓に手を添えた。


「……お水が、いっぱい……」


「前は、こんなに流れてなかったんだよ」


 俺が説明すると、彼女は驚いた顔で振り返った。


「……レオンくんが、直したの?」


「父上や村の職人さんたちと一緒にね」


「……すごい……」


 エリスはもう一度、水路を見つめた。


「……お水があると……みんな、嬉しいんだね」


「そうだね」


 俺は頷いた。


 前世の日本では、蛇口をひねれば水が出てくることが当たり前だった。


 けれど、この世界では違う。


 水を運ぶだけでも時間がかかるし、雨が降らなければ畑が枯れてしまう。


 だからこそ、水路を修理した意味は大きかった。


「なあ、レオン」


 リナが窓の外を指差した。


「あれ、何してるんだ?」


 見ると、数人の村人が水路の脇に木製の小さな車輪を取り付けていた。


「ああ。水の流れを使って、作業を楽にする仕組みを試してるんだと思う」


「へえ!」


 リナの目が輝いた。


「水って、そんなこともできるんだな!」


「うん。流れる力を利用すれば、いろいろなものを動かせるよ」


「……じゃあさ」


「ん?」


「セイレーンって、水で動くのか?」


 エリスがぱっと顔を上げた。


「……動く……?」


「水中での移動に、水流を利用する仕組みは考えてるよ。でも、魔力の制御が必要だから簡単じゃない」


 俺が答えると、エリスは目を輝かせた。


「……私、頑張る……!」


「おいおい、あたしのヴァーミリオン・フォックスだって負けないからな!」


「リナの機体は、まず地面を安全に走れるようにしないとね」


「分かってるって!」


 そんな話をしているうちに、馬車は村の広場へ到着した。


     ◇


「おおっ! レオンハルト様じゃありませんか!」


 馬車を降りた途端、太い声が響いた。


 振り返ると、日に焼けた顔の農夫がこちらへ歩いてくるところだった。


 大きな手には土がつき、古びた帽子の下には白髪が混じっている。


「こんにちは、グスタフさん」


「いやあ、お久しぶりです!」


 グスタフは帽子を脱ぎ、深々と頭を下げた。


「おかげさまで、今年の畑は見違えるようですよ!」


「本当ですか?」


「ええ! 去年は水が足りず、半分近く諦めていた畑にも、今年は作物を植えられました」


 俺は思わず笑顔になった。


「それはよかったです!」


「それだけじゃありません。水を運ぶ仕事が減ったおかげで、村の若い連中が畑の手入れに時間を使えるようになりましてな」


 グスタフは嬉しそうに笑った。


「まだ収穫前ですから、油断はできませんがね。今年は去年よりずっと希望があります」


 ……希望。


 その言葉が、胸に残った。


 俺が造ったのは、ただの水路だ。


 壊れた装置を直し、水の流れを改善しただけ。


 それなのに。


 誰かの暮らしを、こんなにも変えられるんだ。


「……レオン」


 隣で、リナが小さく呟いた。


「……何?」


「お前、すげえな」


「え?」


 彼女は畑を見つめたまま続けた。


「だって、みんな嬉しそうじゃん」


 俺は少し照れくさくなった。


「俺だけの力じゃないよ。父上も、職人さんたちも、村の人たちも頑張ったんだ」


「でも、最初に直そうって考えたんだろ?」


「……まあ、そうだけど」


 リナは満足そうに笑った。


「じゃあ、やっぱりすげえ!」


 その隣で、エリスが俺の手をそっと握った。


「……レオンくん、優しいね」


「えっ?」


「……お水で、みんなを助けたんだね」


 俺は返事に困ってしまった。


 前世では、会社の仕事をこなすだけで精いっぱいだった。


 誰かに感謝されることなんて、ほとんどなかった気がする。


 だから、こんなふうに真っすぐ褒められると、どうしていいか分からない。


 すると、グスタフが二人を見た。


「おや? こちらのお嬢さん方は?」


 リナの耳が、ぴくりと動いた。


 エリスも少し緊張したように俺の後ろへ寄る。


 俺は二人の様子を確かめてから答えた。


「今、屋敷で一緒に暮らしている友達です。リナとエリスっていいます」


「そうでしたか!」


 グスタフは二人に優しく微笑んだ。


「ようこそ、ヴァイス領へ!」


「……お、おう!」


「……こんにちは……」


 リナは少しぎこちなく頭を下げた。


 エリスも、小さくお辞儀をする。


 グスタフは二人の耳や髪をじろじろ見ることもなく、畑の話を続けた。


 その自然な態度に、俺は少し安心した。


     ◇


 村の広場は、以前より活気に満ちていた。


 焼きたてのパンを並べる店。


 新しく作った木製の農具を売る職人。


 小さな荷車に野菜を積み込む商人。


 まだ裕福な村とは言えない。


 古い家も多いし、修理が必要な道路も残っている。


 それでも、人々の表情は明るかった。


「レオンハルト様!」


 今度は、パン屋の女主人が声をかけてきた。


「これ、よかったら召し上がってください!」


 差し出されたのは、蜂蜜を塗った小さな焼き菓子だった。


「えっ、でも、お金を……」


「いいんですよ! 水路のお礼です!」


「いや、そういうわけには……」


「じゃあ、今日は試食ということにしてくださいな!」


 ……強引だ。


 でも、嬉しい。


 俺はマルタへ視線を向けた。


 彼女は微笑んで頷いた。


「ご厚意ですから、ありがたくいただきましょう」


「……ありがとうございます」


 俺が受け取ると、リナの耳がぴんと立った。


「……甘い匂い!」


 エリスも目を輝かせる。


「……おいしそう……」


 俺は焼き菓子を三つに分けた。


「はい、二人とも」


「やった!」


「……ありがとう……!」


 リナは一口食べた瞬間、尻尾を大きく振った。


「うまっ!」


 エリスも頬を緩めた。


「……甘い……」


 その様子を見た女主人が笑った。


「まあ、可愛らしいこと!」


 リナは口いっぱいに菓子を頬張ったまま、顔を赤くした。


「……か、可愛いって言うな!」


 エリスがくすくす笑う。


 俺も笑った。


 すると、近くで遊んでいた村の子供たちが駆け寄ってきた。


「レオンハルト様!」


「ねえねえ、あの青い魔導甲冑、また動かすの?」


「今度、見せてよ!」


 俺は目を丸くした。


「オメガのこと?」


「そう!」


「すごく格好よかったって、お父さんが言ってた!」


 ……噂になってるのか。


 盗賊との戦いを見た村人たちの間で、オメガのことが広まっているらしい。


「まだ試験中だから、すぐには見せられないけど……」


「えーっ!」


「完成したら見せて!」


「うん。そのときは、安全な場所から見てもらえるようにするよ」


 子供たちは歓声を上げた。


 その様子を見ていたリナが、俺の袖を引いた。


「なあ、レオン」


「何?」


「……お前って、人気者なんだな」


「そんなことないよ」


「あるって!」


 彼女は少しだけ頬を膨らませた。


「……なんか、知らなかった」


 エリスが首を傾げる。


「……リナ、どうしたの?」


「べ、別に!」


 リナは顔を背けた。


 けれど、尻尾は俺の腕に軽く触れたままだった。


 俺は苦笑した。


 ……何だか、少し照れくさいな。


     ◇


 村の視察を終えたころ、マルタが俺たちを水路の分岐点へ案内した。


 そこには、父上と職人たちが取り付けた小さな分水装置がある。


 木製の水門と、魔力で補助する簡易的な制御機構。


 水位が上がりすぎると、一定量の水を別の水路へ逃がす仕組みだ。


「……これが、レオンハルト様のお考えになった改良の一つですね」


 マルタが言った。


「うん。でも、実際に造ったのは職人さんたちだよ」


「それでも、素晴らしいことです」


 彼女は静かに水路を見つめた。


「人々の暮らしを支える技術は、長く残りますから」


 俺は少し驚いた。


「……マルタ?」


「はい?」


「何だか、今日はいつもより真面目だね」


 マルタは目を細めた。


「私はいつも真面目ですよ」


「……あ、はい」


 リナが吹き出した。


「ぷっ! レオン、怒られた!」


「怒っておりませんよ、リナ様」


「ひゃっ!」


 ……相変わらず、マルタには敵わない。


 そのとき、エリスが水路の縁へしゃがみ込んだ。


 透明な水が、さらさらと流れている。


「……きれい……」


 彼女はそっと指先を近づけた。


 水面に小さな波紋が広がる。


「……エリス、気をつけてね」


「……うん」


 エリスは頷いた。


 その瞬間、彼女の指先から淡い青色の光が広がった。


 水面に浮かんでいた小さな葉が、ゆっくりと動く。


 まるで、見えない手に押されているようだった。


「……おお」


 俺は目を見開いた。


 エリスは水の流れを少しだけ変えている。


 しかも、以前よりずっと自然に。


「……エリス、上手になったね」


「……ほんと?」


「うん」


 彼女は嬉しそうに笑った。


 すると、リナが隣にしゃがみ込んだ。


「じゃあ、あたしも!」


「……え?」


 リナは水面をじっと見つめた。


 そして、目を閉じる。


 次の瞬間。


 ぽんっ!


 水路の向こう側に、小さな赤茶色の狐の幻影が現れた。


「……おおっ!」


 俺は思わず声を上げた。


 幻影は水面の上を走るように跳ねた。


 もちろん、実体はない。


 水を押すこともできない。


 それでも、見た目は本物そっくりだった。


「……へへっ!」


 リナは得意げに笑った。


「どうだ!」


「すごいよ、リナ!」


 俺が褒めると、彼女の耳がぴんと立った。


 しかし。


「……あっ」


 エリスが小さく声を上げた。


 彼女が動かしていた水の流れと、リナの幻影が重なった瞬間。


 水面に映った狐の姿が、少しだけ揺らいだ。


「……あれ?」


 リナが首を傾げた。


 俺も目を凝らした。


 幻影そのものは変わっていない。


 けれど、水面に映る像は、わずかに違う動きをしている。


 ……なるほど。


 水面の反射と幻術の見え方が、うまく一致していないんだ。


「……リナ」


「何?」


「今の、面白いね」


「……え?」


「幻術をもっと上手に使うには、周りの景色や光の反射も考えた方がいいかもしれない」


 リナは目を丸くした。


「……そんなことまで?」


「うん。相手に本物だと思わせたいならね」


 彼女は少し考えた。


 そして、にやりと笑った。


「……じゃあ、もっと練習する!」


 エリスも小さく頷いた。


「……私も、お手伝いする……」


「おう!」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 俺も笑う。


 ……いいな。


 こういう訓練なら、二人とも楽しみながら上達できそうだ。


     ◇


 屋敷へ戻ったのは、昼食を少し過ぎたころだった。


 父上はまだ北方の調査から戻っていない。


 見回り役たちとともに、旧採掘路の周辺を確認しているはずだ。


 俺たちは昼食を済ませると、工房へ向かった。


 今日は、父上から預かった青い魔導鉱石の性質を調べる予定だった。


 工房の中央には、オメガが立っている。


 青と銀の装甲は、窓から差し込む光を受けて輝いていた。


 先日の地上機動試験で見つかった右脚の問題は、まだ完全には解決していない。


 衝撃吸収機構。


 魔力伝導路。


 関節部の負荷。


 どれも、今の材料では改善に限界がある。


「……よし」


 俺は机の上に小さな木箱を置いた。


 中には、親指ほどの大きさの青い鉱石片が入っている。


「これが、北方で見つかった鉱石だよ」


 リナが身を乗り出した。


「……へえ!」


 エリスも興味深そうに覗き込む。


「……きれい……」


 鉱石は灰色の岩肌に包まれていたが、内部には淡い青色の結晶が走っていた。


 光の角度によって、細い線が浮かび上がる。


 まるで、凍った水の中に小さな川が流れているようだった。


「アリア。測定を始めよう」


『了解しました。低出力測定を推奨します』


「うん」


 俺は小型の魔力測定器を取り出した。


 父上が昔使っていた装置を修理したものだ。


 魔力を流すと、内部の針が反応する。


 ただし、測定できるのは基本的な伝導特性だけ。


 細かな構造は、俺の能力で調べる必要がある。


「まずは普通の魔導鉱石と比べてみよう」


 俺は二つの試料を並べた。


 片方は一般的な魔導鉱石。


 もう片方が、北方の青い鉱石。


 同じ程度の魔力を流す。


 測定器の針が動いた。


 普通の鉱石は、安定した反応を示す。


 青い鉱石は――。


「……あれ?」


 針が少し大きく振れた。


 しかし、すぐに小刻みに震え始める。


「……変だな」


『魔力伝導に方向性がある可能性があります』


 アリアが説明した。


『結晶の配列に沿って魔力が流れる場合と、それ以外の方向では、反応が異なっています』


「……なるほど」


 俺は鉱石を見つめた。


 つまり、魔力を流す方向によって性能が変わるのか。


 これは面白い。


 でも、扱いが難しそうだ。


「……レオンくん」


 エリスが小さく声をかけた。


「……何?」


「……その石……お水みたい……」


「……水?」


「……うん」


 彼女は鉱石を見つめていた。


「……中に、細い川があるみたい……」


 俺は目を見開いた。


 ……細い川。


 それは、俺が解析で見た魔力伝導路の形に似ている。


「エリス。どこに流れてるように感じる?」


「……えっと……」


 彼女は少し考え、鉱石の一端を指差した。


「……こっちから……」


 そして、反対側へ指を動かす。


「……こっち……」


 俺はアリアへ視線を向けた。


「……アリア?」


『レオンハルト様の解析結果と、おおむね一致しています』


 俺は息を呑んだ。


 ……すごい。


 エリスは、俺のような構造解析能力を持っているわけじゃない。


 それなのに、魔力の流れを感覚的に捉えている。


「……エリス、すごいよ!」


 俺が褒めると、彼女は目を丸くした。


「……ほんと……?」


「うん!」


 エリスの頬が、ほんのり赤くなった。


「……えへへ……」


 その隣で、リナが腕を組んだ。


「……あたしだって、何か分かるぞ!」


「本当?」


「……うん!」


 彼女は鉱石へ顔を近づけた。


 狐耳がぴくぴくと動く。


 しばらくして。


「……何か、変な感じがする」


「……変な感じ?」


「……音みたいな……でも、音じゃないみたいな……」


 俺は首を傾げた。


「……どういうこと?」


 リナは困った顔になった。


「分かんないよ! でも、こう……」


 彼女は両手を動かした。


「……細かく震えてる感じ!」


 俺は鉱石を見つめた。


 ……振動?


 もしかして、魔力の流れに伴う微細な変化を感じているのか?


「アリア。測定器に振動は出てる?」


『微弱な周期変動を確認しています。ただし、リナ様が何を感知しているかは断定できません』


「……なるほど」


 俺は頷いた。


 エリスは流れを感じる。


 リナは、何らかの揺らぎを感じる。


 そして俺は、構造を解析できる。


 ……三人の感覚を合わせれば、今まで見つけられなかった問題も発見できるかもしれない。


 そう思った瞬間だった。


「レオンハルト様」


 背後から、マルタの声がした。


「……はい?」


「測定器の配置を、少し変えてみてはいかがでしょう」


 俺は振り返った。


「……配置?」


「はい。魔力を流す方向を変えるのでしたら、試料だけでなく、測定器側の固定位置も確認した方がよろしいかと」


 俺は目を瞬かせた。


 ……確かに。


 今は鉱石を手で回している。


 それだと、接触位置や圧力が変わってしまう。


 測定結果に誤差が出る可能性がある。


「……なるほど!」


 俺はすぐに木製の固定具を取り出した。


「マルタ、ありがとう!」


「いえ。昔、似たような検査を見たことがあるだけです」


 ……昔?


 俺は少し気になった。


 でも、今は測定が先だ。


     ◇


 測定を繰り返した結果、青い鉱石には確かに特殊な性質があることが分かった。


 結晶の向きが合えば、魔力が比較的滑らかに流れる。


 しかし、内部には小さな亀裂があり、そこでは流れが乱れてしまう。


 俺は《魔導構造解析・改変》を使って、その亀裂を確認した。


 もちろん、魔力消費は最低限。


 マルタが横で監督している。


「……ここだ」


 俺は鉱石の内部構造を見つめた。


 細い結晶の一部が、わずかにずれている。


 もし、この部分を整えられれば。


 魔力の流れを、もう少し安定させられるかもしれない。


「アリア。少しだけ改変してみたい」


『推奨される魔力使用量は、ごく少量です』


「うん」


 俺は頷いた。


 既存の結晶構造を、ほんのわずかに調整する。


 新しい物質を造るわけじゃない。


 鉱石の中にある構造を、できる範囲で整えるだけだ。


 俺はゆっくりと魔力を流した。


 淡い光が、指先に集まる。


 結晶のずれが、少しずつ修正されていく。


 しかし。


「……っ」


 突然、指先に抵抗を感じた。


 魔力の流れが、細い亀裂に引っかかったのだ。


『レオンハルト様。魔力負荷が上昇しています』


 アリアの声が響いた。


 俺はすぐに手を止めた。


「……ここまでにしよう」


 マルタが静かに頷いた。


「よろしい判断です」


 俺は深呼吸した。


 ……危なかった。


 無理に続ければ、鉱石が割れたかもしれない。


 それに、今の俺の体には負担が大きい。


 先日のオメガの試験と同じだ。


 止めることも、大切な判断なんだ。


「……どうなった?」


 リナが身を乗り出した。


 俺は測定器を確認した。


 針が動く。


 今度は、さっきよりも少し安定していた。


「……おおっ!」


 俺は思わず声を上げた。


「……成功?」


 エリスが尋ねた。


「うん。少しだけだけど、魔力の流れが改善したみたい」


 リナの耳がぴんと立った。


「……やったじゃん!」


 エリスも嬉しそうに笑った。


「……よかった……!」


 俺は鉱石を見つめた。


 まだ、実用化できる段階じゃない。


 耐久性も、衝撃に対する反応も分からない。


 でも。


 これは、確かな一歩だった。


「……ありがとう、二人とも」


 俺が言うと、リナは目を丸くした。


「……え?」


「エリスが魔力の流れを教えてくれて、リナが揺らぎに気づいてくれたから、調べる場所を絞れたんだ」


 エリスは嬉しそうに微笑んだ。


「……私たち……役に立った……?」


「もちろん!」


 俺は笑った。


「三人で見つけた成果だよ」


 リナは一瞬、黙った。


 そして、顔を背けた。


「……へへっ」


 尻尾が嬉しそうに揺れていた。


     ◇


 鉱石の測定を終えた後、俺はオメガの操縦席を確認することにした。


 もちろん、今日は起動しない。


 父上から、魔力を使う作業は短時間に限るよう言われている。


 俺は操縦席の内部へ入り、座席と操縦桿の位置を見直していた。


「……うーん」


 右側の操縦桿。


 足元の制御板。


 姿勢を固定するための補助具。


 以前よりは改善した。


 けれど、まだ問題がある。


 特に、急旋回したときの体の支え方だ。


 俺は設計図を見つめながら呟いた。


「……ここ、もう少し変えた方がいいかな」


 そのとき。


「レオンハルト様」


 下から、マルタの声が聞こえた。


「……はい?」


「その座席の右側ですが、少し高すぎるのではありませんか?」


 俺は目を瞬かせた。


「……え?」


 マルタは操縦席を見上げていた。


「右旋回の際、操縦士の体が外側へ流れやすくなるように見えます」


 俺は眉をひそめた。


「……確かに、少し体が傾くけど」


「そのとき、右手で操縦桿を強く握りすぎる可能性があります」


「……あ」


 俺は息を呑んだ。


 そうか。


 体を支えようとして、操縦桿に余計な力が入る。


 すると、操作が乱れる。


 その結果、機体の姿勢制御にも影響が出る。


 ……なるほど。


「……マルタ、よく分かったね」


「少し気になっただけです」


 彼女は穏やかに答えた。


 俺は操縦席から降りた。


「……でも、普通はそんなところまで分からないと思うんだけど」


 マルタは一瞬、黙った。


 その表情に、ほんのわずかな変化があった。


 何かを思い出したような。


 遠い昔を見つめるような。


「……そうですね」


 彼女は小さく呟いた。


 そして、静かに微笑んだ。


「昔、少しだけ魔導機甲に乗っていたことがございますので」


「…………え?」


 俺は固まった。


 リナも、エリスも。


 同時に、マルタを見た。


「…………えええええっ!?」


 工房に、俺たち三人の声が響いた。


     ◇


「マ、マルタが!?」


 リナが目を丸くした。


「魔導機甲に乗ってたの!?」


「はい」


 マルタは、まるで今日の夕食について答えるような調子で頷いた。


「若いころの話ですが」


「……本当に!?」


 俺は思わず身を乗り出した。


「はい。本当です」


「……どんな機体に乗ってたの!?」


 リナが興奮した様子で尋ねた。


 エリスも目を輝かせている。


「……強かった……?」


 マルタは少し困ったように微笑んだ。


「それほど立派なものではありませんよ」


「いやいやいや!」


 俺は思わず叫んだ。


「魔導機甲の操縦経験があるって、すごいことだよ!」


 マルタは少し考えた。


 そして、ゆっくりと口を開いた。


「以前、私はある地方の防衛部隊に所属しておりました」


 俺たちは息を呑んだ。


「……防衛部隊?」


「はい。主に街道の警備や、魔獣の襲撃から集落を守る仕事をしておりました」


 リナの耳がぴんと立った。


「……じゃあ、戦ったこともあるのか?」


「ございます」


 あまりにもあっさりした返事だった。


 俺は言葉を失った。


 ……まさか。


 いつも俺たちの世話をしてくれるマルタが。


 魔導機甲の元操縦士だったなんて。


 そういえば。


 以前、リナとエリスの訓練を手伝ってもらったとき。


 マルタは、驚くほど簡単にリナの動きを見切っていた。


 足運びも、姿勢も。


 まるで、戦い慣れた人のようだった。


 ……あれは、そういうことだったのか。


「……父上は知ってるの?」


 俺が尋ねると、マルタは頷いた。


「はい。ラインハルト様は、私の経歴をご存じです」


「……そうなんだ」


 俺は少し考えた。


 父上が、マルタを信頼している理由。


 屋敷の安全を任せている理由。


 そして、俺たちの訓練を安心して任せていた理由。


 ようやく、少し分かった気がした。


「……なあ、マルタ!」


 リナが勢いよく手を上げた。


「今度、あたしに操縦を教えてくれよ!」


 エリスも小さく頷いた。


「……私も……教えてほしい……」


 マルタは二人を見つめた。


 そして、穏やかに微笑んだ。


「もちろん、基本的なことでしたら」


「……やった!」


「……嬉しい……!」


 リナは飛び跳ね、エリスは胸の前で両手を合わせた。


 俺も思わず笑顔になった。


 ……これは、すごい。


 魔導機甲の操縦経験がある人が、こんなに近くにいたなんて。


 しかも、マルタなら二人の性格もよく分かっている。


 きっと、いい先生になってくれる。


 そのとき、ふと疑問が浮かんだ。


「……マルタ」


「はい?」


「どうして、操縦士を辞めたの?」


 その瞬間。


 マルタの表情が、ほんの少しだけ変わった。


 笑顔は消えていない。


 けれど、その瞳の奥に、静かな影が差した。


「……いろいろ、ありまして」


 短い返事だった。


 俺は、それ以上聞けなかった。


 マルタはオメガを見上げた。


 青と銀の装甲。


 小さな操縦席。


 未完成の背部推進器。


 その姿を、どこか懐かしそうに見つめていた。


「魔導機甲は、人を守るための力にもなります」


 彼女は静かに言った。


「ですが、使い方を誤れば、人を傷つける力にもなります」


 俺は黙って聞いていた。


「強い機体を造ることは、大切です。けれど、それだけでは立派な操縦士にはなれません」


 マルタは俺を見た。


「レオンハルト様。操縦士にとって最も大切なことは、何だと思われますか?」


 俺は少し考えた。


 ……強さ?


 ……技術?


 ……勇気?


 いや。


 先日のオメガの試験で、父上が教えてくれたことがある。


「……無事に帰ってくること?」


 マルタの瞳が、少しだけ大きくなった。


 そして。


「……はい」


 彼女は、優しく微笑んだ。


「それが、とても大切なのです」


 その声には、不思議な重みがあった。


 俺は何も言えなかった。


 マルタの過去に、何があったのか。


 まだ分からない。


 けれど。


 いつか、彼女が話したくなったときには。


 ちゃんと聞こうと思った。


     ◇


「では、せっかくですから」


 マルタが手を叩いた。


「皆様に、簡単な訓練をしていただきましょう」


「……え?」


 俺は目を瞬かせた。


「今から?」


「はい。ただし、魔力は使いません」


 マルタは工房の隅から、三つの木製の椅子を運んできた。


 そして、床に並べる。


「座ってください」


 俺たちは顔を見合わせた。


「……これで何するんだ?」


 リナが首を傾げた。


「操縦姿勢の訓練です」


「……姿勢?」


「はい」


 マルタは椅子の前に立った。


「魔導機甲を動かすとき、操縦士の体は機体の動きに合わせて揺れます」


 俺は頷いた。


 それは、オメガの試験でも感じた。


「そのとき、体を支えようとして無駄な力を入れると、操作が乱れます」


 マルタは椅子に腰掛けた。


 背筋を伸ばし、両足を床へ置く。


 両手は、見えない操縦桿を握るような位置にある。


「大切なのは、力任せに踏ん張ることではありません」


 彼女は、わずかに上体を傾けた。


「重心を意識し、必要な部分だけに力を入れることです」


 ……なるほど。


 俺は真剣に見つめた。


 リナも、エリスも、椅子へ座った。


「では、右旋回を想定します」


 マルタが言った。


「体が左へ流れるような力を受けたと考えてください」


 俺たちは体を傾けた。


 すると。


「……うわっ!」


 リナが勢いよく傾きすぎた。


 椅子が、がたんと揺れる。


「リナ様。力を入れすぎです」


「……だって!」


「もう少し、ゆっくり」


 マルタは穏やかに指導した。


 エリスは、反対にほとんど動かなかった。


「エリス様。少しだけ体を動かしてみましょう」


「……こう……?」


「はい。とても上手です」


 エリスは嬉しそうに微笑んだ。


 俺も真似してみた。


 ……なるほど。


 思ったより難しい。


 魔導甲冑の操縦って、魔力を流すだけじゃないんだ。


 体の使い方も、重要なんだな。


「……マルタ」


「はい?」


「これ、オメガの操縦席にも取り入れられそうだね」


 彼女は微笑んだ。


「そうですね。座席の形状や、体を固定する部分を調整すれば、負担を減らせるかもしれません」


 俺は目を輝かせた。


「……よし!」


 そして、思わず立ち上がろうとした。


「……レオンハルト様」


 マルタの声が響いた。


 俺はぴたりと止まった。


「……はい」


「今日は、設計を少し考えるだけにしてくださいね」


「……分かってるよ」


 リナが笑った。


「ははっ! また怒られた!」


「リナ様も、まだ訓練は終わっておりませんよ」


「……えっ!?」


 今度は、俺とエリスが笑う番だった。


     ◇


 夕方。


 俺たちは工房の机を囲んでいた。


 そこには、三枚の設計図が並んでいる。


 《オメガ》。


 《ヴァーミリオン・フォックス》。


 《セイレーン》。


 そして、その隣には、小さな青い鉱石片。


 今日の測定結果を記した紙。


 俺は鉱石を見つめた。


「……まだ、ほんの少ししか分からないけど」


 リナが首を傾げた。


「……何が?」


「この鉱石、うまく使えばオメガの改良に役立つかもしれない」


 俺は設計図を指差した。


「それに、二人の機体にも」


 リナの目が輝いた。


「……ほんとか!?」


「うん。ただし、もっと材料が必要だし、安全性も確かめないといけない」


 エリスが小さく頷いた。


「……じゃあ、まだ完成しないんだね……」


「そうだね」


 俺は笑った。


「でも、今日の成果は大きいよ」


 リナは少し考えた。


 そして、鉱石を見つめた。


「……なあ、レオン」


「何?」


「……あたしたち、本当に役に立ったのか?」


 俺は目を瞬かせた。


 リナは、少しだけ不安そうな顔をしていた。


「だって、難しいことは全部お前がやってるし……」


 エリスも、静かに俯いた。


「……私たち、まだ魔導甲冑にも乗れないし……」


 俺は二人を見つめた。


 そして、ゆっくりと首を振った。


「……そんなことないよ」


 俺は今日の測定記録を手に取った。


「エリスが魔力の流れを感じてくれたから、鉱石の内部を調べる方向が分かった」


 エリスが顔を上げた。


「……うん……」


「リナが揺らぎに気づいてくれたから、異常があることも分かった」


 リナの耳がぴんと立った。


「……そうなのか?」


「うん」


 俺は頷いた。


「それに、マルタが測定方法を教えてくれたから、正しい結果に近づけたんだ」


 マルタが穏やかに微笑んだ。


「皆様で協力した成果ですね」


 俺は小さな鉱石を持ち上げた。


「これは、まだ完成した部品じゃない。でも、三人で調べた最初の材料だよ」


 リナは、しばらく黙っていた。


 そして。


「……へへっ」


 嬉しそうに笑った。


「……じゃあ、あたしも研究員だな!」


「そうだね」


「……私も……?」


 エリスが尋ねた。


「もちろん!」


 俺は笑った。


「二人とも、大事な仲間だよ」


 エリスの瞳が、嬉しそうに揺れた。


「……えへへ……」


 そして、彼女はそっと俺の手を握った。


 リナも反対側から、俺の袖を掴んだ。


「……なあ、レオン」


「何?」


「……絶対、三機造ろうな」


 俺は頷いた。


「……うん」


 エリスも小さく言った。


「……三人で……一緒に……」


「……うん」


 俺は二人を見つめた。


「約束だよ」


 三人の小さな手が、机の上で重なった。


 その隣には、青い鉱石が静かに置かれていた。


     ◇


 その夜。


 屋敷の書斎では、父上が北方の調査報告を読んでいた。


 夕方遅くに、見回り役たちとともに無事帰還したのだ。


 報告書には、旧採掘路の周辺で確認された地形や、道の状態が記されている。


 崩れかけた橋。


 長年使われていない山道。


 そして、古い採掘場の入口。


 父上は、ある一文で手を止めた。


『旧採掘場の入口付近にて、比較的新しい足跡を確認』


「……新しい足跡?」


 父上は眉をひそめた。


 報告によれば、足跡は複数あった。


 ただし、雨で形が崩れており、人間のものか、魔獣のものかは判別できない。


 それだけではない。


 入口付近には、何かを引きずったような跡も残っていたという。


「……誰かが、あの場所を使っているのか?」


 父上は地図を広げた。


 北方の旧採掘路。


 以前、アリアが発見された鉱山地帯とも、地理的には近い。


 だが、同じ場所とは限らない。


 ましてや、古代の技術や盗賊たちと関係があるかどうかなど、今の段階では分からなかった。


 父上はしばらく考え込んだ。


 そして、静かに呟いた。


「……まずは、入口の安全を確認する必要があるな」


 彼は報告書を閉じた。


 窓の外では、夜風が木々を揺らしていた。


     ◇


 同じころ。


 俺は自室の机に向かっていた。


 今日の出来事を、手帳へ書き込んでいる。


 村の水路。


 人々の笑顔。


 青い鉱石。


 そして、マルタの過去。


 ……まさか、マルタが元魔導機甲乗りだったなんて。


 俺は思わず笑ってしまった。


「……本当に、驚いたなあ」


『レオンハルト様』


 アリアの声が響いた。


「……ん?」


『マルタ様の操縦経験は、今後の訓練において有益と考えられます』


「……そうだね」


 俺は頷いた。


「リナとエリスの先生になってもらえそうだ」


『はい。また、オメガの操縦席設計にも改善の余地があります』


「……うん」


 俺は設計図を見つめた。


 マルタが教えてくれた姿勢の取り方。


 体を支える位置。


 操縦桿に余計な力を入れない工夫。


 どれも、実際に乗ったことがある人だからこそ分かることだ。


 ……やっぱり、経験って大事なんだな。


 俺は鉛筆を手に取った。


 そして、オメガの操縦席に小さな修正を書き加えた。


 そのとき。


 コンコン。


 扉を叩く音が聞こえた。


「……レオンくん……?」


 エリスの声だった。


「……入っていいよ」


 扉が開いた。


 そこには、エリスとリナが立っていた。


 二人とも寝間着姿だ。


 エリスは淡い水色の寝間着。


 リナは白い寝間着に、赤いリボンを結んでいる。


「……どうしたの?」


 俺が尋ねると、リナは少し照れくさそうに顔を背けた。


「……別に」


「……別に?」


「……その……」


 エリスが小さく笑った。


「……リナ、レオンくんに……おやすみって言いたかったんだよね……」


「ち、違うって!」


 リナの顔が真っ赤になった。


「エリスが言いたいって言ったんだろ!」


「……私は、言いたかったよ……?」


「……うっ!」


 リナが言葉に詰まった。


 俺は思わず笑った。


「……二人とも、おやすみ」


 エリスが嬉しそうに微笑んだ。


「……おやすみ、レオンくん……」


 リナも小さく呟いた。


「……おやすみ、レオン」


 そのまま帰るのかと思ったら、エリスが俺の机を指差した。


「……あ……」


「……ん?」


「……三つの設計図……」


 俺は頷いた。


「うん。少しだけ見直してたんだ」


 エリスは嬉しそうに微笑んだ。


「……セイレーン……」


 リナも目を輝かせた。


「……ヴァーミリオン・フォックス!」


 二人は机の上の設計図を見つめた。


 そして、顔を見合わせた。


「……あたしの方が速いからな!」


「……私の方が、泳ぐのは速いよ……」


「だから水の中は反則だって!」


「……ふふっ……」


 俺は苦笑した。


 ……本当に、仲がいいんだか悪いんだか。


 そのとき。


「皆様」


 背後から、穏やかな声が響いた。


 三人が振り返る。


 扉のところに、マルタが立っていた。


 いつものように、にっこりと微笑んでいる。


「……もう、お休みの時間ですよ」


「……あっ」


「……あ……」


 リナとエリスが同時に固まった。


 マルタは静かに続けた。


「明日も訓練がありますから、しっかり眠ってくださいね」


「……はーい……」


「……うん……」


 二人は名残惜しそうに俺を見た。


 俺は笑った。


「また明日ね」


「……おう!」


「……また明日……!」


 マルタに連れられ、二人は部屋を出ていった。


 扉が閉まる。


 静かな夜が戻ってきた。


 俺は、机の上の設計図を見つめた。


 青と銀のオメガ。


 赤と白のヴァーミリオン・フォックス。


 白と水色のセイレーン。


 まだ、完成には程遠い。


 けれど。


 今日、俺たちは一つ前へ進んだ。


 村の人たちが笑っていた。


 リナとエリスが、自分たちの力で研究を手伝ってくれた。


 そして、マルタが新しい可能性を教えてくれた。


 ……俺の夢は、もう俺一人のものじゃない。


 そう思うと、不思議と胸が温かくなった。


「……アリア」


『はい』


「……いつか、三機で一緒に飛べるかな」


『現時点では、技術的課題が多数残っています』


「……うん」


『しかし、達成不可能と判断する根拠もありません』


 俺は目を瞬かせた。


 そして、笑った。


「……そっか」


 窓の外には、満天の星空が広がっていた。


 遠くには、北方の山々が黒い影となって浮かんでいる。


 あの山のどこかに、俺たちの未来を変える鉱石が眠っているのかもしれない。


 でも、今はまだ。


 焦らず。


 一歩ずつ。


 進んでいこう。


 俺は設計図を丁寧に重ねた。


 そして、静かに呟いた。


「……絶対、完成させよう」


 オメガ。


 ヴァーミリオン・フォックス。


 セイレーン。


 三機の魔導甲冑。


 そして、三人の仲間。


 その夢を胸に、俺は部屋の明かりを消した。


 ――北方の鉱山に眠る秘密が、やがて俺たちの運命を大きく動かすことになるとは。


 このときの俺は、まだ知らなかった。

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