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乙女ゲームの退学予定モブ、改造魔法で最強の魔導機甲を造る!  作者: ジャクロの精霊


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第25話 兄たちが王立学院へ旅立つ日! オメガ初の本格試験と、三人で掴んだ小さな勝利!

朝の光が、ヴァイス家の屋敷を柔らかく照らしていた。


 窓の外では、小鳥たちが賑やかに鳴いている。


 いつもなら、工房から父上の工具を叩く音が聞こえてくる時間だ。


 けれど、今日は違った。


 屋敷の前庭には二台の馬車が停まり、使用人たちが荷物を運んでいる。


 革製の旅行鞄。


 丁寧に包まれた剣。


 分厚い教本の詰まった木箱。


 そして、王立魔導騎士学院の紋章が刻まれた書類入れ。


 今日、二人の兄が王都へ旅立つ。


「……いよいよか」


 俺は二階の窓から、その光景を見下ろしていた。


 長兄アルブレヒト、十九歳。


 次兄セドリック、十七歳。


 二人とも、王立魔導騎士学院の上級課程で学ぶことになった。


 アルブレヒト兄上は領地経営と魔導兵装の運用管理。


 セドリック兄上は魔導甲冑の操縦技術と実戦戦術。


 どちらも、ヴァイス家の未来に必要な知識だ。


 だけど。


「……やっぱり、寂しいな」


 思わず、そんな言葉が漏れた。


 この世界に転生してから八年。


 兄上たちは、ずっと俺のそばにいてくれた。


 父上の工房で失敗したときも。


 魔法の練習で転んだときも。


 盗賊が領地を襲ったときも。


 二人は、それぞれの方法で俺を守ってくれた。


 その二人が、しばらく屋敷を離れる。


 頭では分かっている。


 喜ぶべきことだ。


 それでも、胸の奥に小さな穴が開いたような気がした。


『レオンハルト様』


 左手首の黒い腕輪から、アリアの声が響いた。


「……ん?」


『心拍数が通常よりわずかに上昇しています』


「……そう?」


『はい。緊張、あるいは寂しさによる反応と推測します』


「……アリアって、そういうことまで分かるんだね」


『限定的な生体反応の測定結果からの推測です。感情を直接読み取っているわけではありません』


「……そっか」


 俺は苦笑した。


 そして、窓の外をもう一度見つめた。


「……兄上たち、頑張ってほしいな」


『同感です』


 少し間を置いて、アリアが続ける。


『そして、レオンハルト様にも本日、重要な予定があります』


「……分かってるよ」


 俺は口元を緩めた。


 今日は兄上たちの出発の日。


 そして、もう一つ。


 魔導甲冑《オメガ》の、本格的な地上機動試験の日でもあった。


     ◇


「レオン!」


 階段を下りると、聞き慣れた声が飛んできた。


 振り返ると、セドリック兄上が廊下に立っていた。


 今日は旅装束だ。


 深紅の上着に、黒い革の胸当て。


 腰には愛用の剣。


 普段より少し大人びて見える。


「……セドリック兄上」


「おう! もう起きてたのか!」


「うん。今日は見送りたいから」


 俺が答えると、兄上は嬉しそうに笑った。


「そうか!」


 そして、いつものように俺の頭を乱暴に撫でようとした。


 だが、途中で手を止める。


「……っと。怪我はどうだ?」


「もうほとんど大丈夫だよ」


「本当か?」


「本当」


 俺は笑った。


 岩刃熊との戦いで負った右脇腹の傷は、治癒魔法と数日間の療養によって、ようやく落ち着いてきた。


 火傷した拳も、ほぼ治っている。


 ただし、無理な運動はまだ禁止。


 父上と母上から、何度も念を押されていた。


 セドリック兄上は、少しだけ真剣な表情になった。


「……レオン」


「……何?」


「俺たちがいない間、父上と母上を頼むぞ」


 俺は目を瞬かせた。


「……うん」


「領地のことも、工房のこともな」


「……分かった」


 俺が頷くと、兄上は少し笑った。


 しかし、すぐに表情を引き締めた。


「ただし」


「……え?」


「一人で全部背負うなよ」


 その言葉に、俺は息を止めた。


「お前は昔から、何でも自分でやろうとするところがある」


「……そんなこと……」


「あるだろ?」


 即答だった。


 俺は言葉に詰まった。


 ……確かに。


 岩刃熊との戦いだって、そうだった。


 リナを守ろうとして、自分の命まで危険にさらした。


 もし、あと少し判断を間違えていたら。


 俺は今、ここにいなかったかもしれない。


 セドリック兄上は、俺の肩へ手を置いた。


「強い奴ってのはな、全部一人で片づける奴じゃない」


「……兄上」


「助けが必要なときに、ちゃんと助けを呼べる奴だ」


 俺は静かに頷いた。


「……うん」


「それに、お前には仲間がいるだろ?」


 兄上が廊下の向こうを指差した。


 そこには。


「レオーン!」


「……レオンくん……!」


 リナとエリスが走ってきていた。


 リナは赤茶色の狐耳をぴんと立て、尻尾を元気よく揺らしている。


 エリスは淡い青色のワンピースを着て、赤い髪を揺らしながら微笑んでいた。


「……あ」


 俺は思わず笑った。


 セドリック兄上も笑う。


「ほらな」


 俺は二人を見つめた。


 そして、静かに頷いた。


「……うん。そうだね」


     ◇


 前庭には、家族全員が集まっていた。


 父上ラインハルト。


 母上ヘレナ。


 アルブレヒト兄上。


 セドリック兄上。


 そして、俺。


 リナとエリスも、マルタと一緒に見送りに来ている。


 母上はアルブレヒト兄上の襟元を直していた。


「王都では、ちゃんと食事を取るのですよ」


「はい、母上」


「夜更かしばかりしてはいけません」


「……はい」


「それから、体調が悪くなったら――」


「母上」


 アルブレヒト兄上が苦笑した。


「私はもう十九歳です」


「十九歳でも、私の息子です」


 母上は即答した。


 ……強い。


 アルブレヒト兄上が何も言い返せなくなっている。


 その隣では、セドリック兄上が父上と話していた。


「学院での訓練は厳しいぞ」


「望むところです!」


「魔導甲冑の操縦は、剣術とは違う。無茶をするな」


「分かってますって!」


「……本当に分かっているのか?」


「……たぶん!」


 父上が深いため息をついた。


 俺は思わず笑ってしまった。


 ……セドリック兄上らしい。


 やがて、アルブレヒト兄上が俺の前に来た。


「レオン」


「……兄上」


「これを渡しておこう」


 差し出されたのは、一冊の小さな帳面だった。


 革張りの表紙。


 中には、細かな数字や表が書かれている。


「……これは?」


「工房の材料費と、簡単な予算の立て方をまとめたものだ」


 俺は目を丸くした。


「……予算?」


「ああ」


 兄上は微笑んだ。


「お前は発明の才能がある。だが、発明には金がかかる」


「……うっ」


 思わず声が漏れた。


 ……耳が痛い。


 オメガの修理だけでも、どれだけ材料を使ったことか。


「新しい魔導甲冑を二機造るつもりなら、なおさらだ」


「……知ってたんだ」


「父上から聞いたよ」


 アルブレヒト兄上は笑った。


「リナとエリスのためだろう?」


「……うん」


「なら、なおさら計画的に進めなさい」


 俺は帳面を大切に抱えた。


「……ありがとう、兄上」


「どういたしまして」


 続いて、セドリック兄上がやってきた。


「レオン! 俺からもあるぞ!」


 渡されたのは、薄い冊子だった。


 表紙には、剣を構える騎士の絵が描かれている。


「……これは?」


「俺が使ってた戦闘訓練の手引きだ!」


 俺はページを開いた。


 そこには、足運びや重心移動、相手との距離の取り方が描かれていた。


「……すごい」


「魔導甲冑に乗るときも、役に立つはずだぜ!」


 兄上は笑った。


「ただし、怪我が完全に治るまでは読むだけにしろよ」


「……分かってる」


「本当か?」


「……本当!」


 兄上は豪快に笑った。


 そして、少しだけ声を落とした。


「……次に帰ってきたとき、オメガを見せてくれよ」


 俺は頷いた。


「……うん!」


「そのときは、俺と模擬戦だ!」


「……ええっ!?」


「はははっ!」


 俺は苦笑した。


 ……本当に、戦うことが好きな人だ。


 でも。


 いつか、兄上と魔導甲冑で模擬戦をする。


 それも、悪くないかもしれない。


     ◇


「……アルブレヒト兄ちゃん」


 突然、リナが声をかけた。


 アルブレヒト兄上が振り返る。


「……どうしたんだい?」


 リナは少し緊張した様子で、両手を握っていた。


「……あのさ」


「うん?」


「……学院って、すごいところなんだろ?」


「ああ。王国でも優れた魔導技術を学べる場所だよ」


 リナの目が輝いた。


「……じゃあ、魔導甲冑もいっぱいあるのか!?」


「そうだね。訓練用の機体も、研究用の機体もあるはずだ」


「……すげえ!」


 尻尾が大きく揺れる。


 アルブレヒト兄上は微笑んだ。


「何か知りたいことがあったら、手紙で知らせてくれ」


「……ほんとか!?」


「もちろん」


 リナは嬉しそうに笑った。


 エリスも、少し遠慮がちに手を上げた。


「……あの……」


「……何だい、エリス?」


「……お水の中を……泳げる魔導甲冑って……ある……?」


 アルブレヒト兄上は少し驚いた。


 そして、優しく笑った。


「詳しくは知らないけれど、調べてみるよ」


 エリスの顔が明るくなった。


「……ありがとう……!」


 その様子を見て、俺は胸が温かくなった。


 最初に二人が屋敷へ来たころは、こんなふうに家族と話すことさえ難しかった。


 特にリナは、人間をほとんど信用していなかった。


 それが今では。


 兄上たちへ、自分から話しかけている。


 ……少しずつ。


 本当に、少しずつだけど。


 二人にとって、この屋敷が安心できる場所になってきたのかもしれない。


 そのとき、馬車の御者が声をかけた。


「旦那様。そろそろ出発のお時間です」


 父上が頷いた。


「……そうか」


 母上は最後に二人の息子を抱きしめた。


「体に気をつけて」


「はい、母上」


「必ず手紙を書きます!」


 兄上たちは馬車へ乗り込んだ。


 俺は一歩前へ出た。


「……兄上たち!」


 二人が振り返る。


 俺は大きく手を振った。


「……頑張ってね!」


 アルブレヒト兄上が微笑んだ。


「ありがとう、レオン!」


 セドリック兄上も拳を突き上げた。


「お前も頑張れよ!」


 馬車が動き出した。


 車輪が石畳を転がる音。


 馬の蹄が地面を叩く音。


 少しずつ、二台の馬車が遠ざかっていく。


 俺は、その姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


 リナとエリスも、隣で小さな手を振っていた。


 そして。


 馬車が丘の向こうへ消えたとき。


 俺は、静かに拳を握った。


 ……兄上たち。


 俺も、頑張るよ。


     ◇


 午後。


 ヴァイス家の工房では、いつも以上に慌ただしい準備が進められていた。


 広い試験場の中央に、一機の魔導甲冑が立っている。


 青と銀の装甲。


 細身ながらも力強い四肢。


 胸部には、小型の魔力炉。


 背中には、まだ未完成の四基の推進器装着部。


 俺の愛機。


 《オメガ》。


 その姿を見上げるだけで、胸が高鳴った。


「……よし」


 俺は深呼吸した。


 今日は、修理後初めての本格的な地上機動試験。


 ただ歩くだけではない。


 方向転換。


 低速走行。


 姿勢制御。


 そして、簡単な障害物回避。


 それらを、順番に確認する予定だ。


 父上が工具を置いた。


「レオン。準備はいいか?」


「……はい!」


「ただし、今日は性能の限界を試す日ではない」


「……分かっています」


 父上は真剣な表情で続けた。


「お前の体は、まだ完全には回復していない。魔力消費は最低限に抑える」


「……はい」


「異常があれば、即座に停止だ」


「……はい!」


 俺は頷いた。


 その隣では、マルタがリナとエリスを見守っている。


「……レオン!」


 リナが元気よく声を上げた。


「……絶対、成功させろよ!」


 俺は笑った。


「……うん!」


 エリスも小さく手を振った。


「……頑張って……!」


「……ありがとう!」


 俺は二人へ手を振り返した。


 そして、オメガの搭乗部へ向かった。


     ◇


 操縦席に座る。


 胸部装甲が閉じられ、内部に淡い青い光が灯った。


 視界の前方に、簡易的な魔力表示が浮かび上がる。


 俺はゆっくりと息を吐いた。


「……アリア。起動準備」


『了解しました』


 左手首の腕輪が光る。


『魔力炉、低出力起動』


 ウゥン……。


 小さな振動が、機体全体に広がった。


『右肩部伝導路、正常』


『左腕関節、正常』


『脚部駆動系、正常』


『背部推進器、使用禁止状態を維持』


 俺は頷いた。


「……よし」


『ただし、脚部衝撃吸収機構は暫定調整です。急激な加速は推奨しません』


「……分かってる」


 俺は操縦桿を握った。


 そして。


「……オメガ、起動!」


 機体の瞳に、青い光が灯った。


     ◇


 ゴウン……。


 オメガの右足が、ゆっくりと持ち上がる。


 そして。


 ドンッ。


 地面へ着地した。


 続いて、左足。


 ドンッ。


 俺は息を呑んだ。


 ……動いてる。


 以前のような、ぎこちない振動は少ない。


 修理した右肩も、今のところ問題ない。


「……よし!」


 俺は少しずつ歩行速度を上げた。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 オメガが試験場を進んでいく。


 外から、リナの声が聞こえた。


「……すげえっ!」


 エリスも嬉しそうに声を上げる。


「……歩いてる……!」


 俺は思わず笑った。


 ……そうだよ。


 歩いてるんだ。


 俺が造った魔導甲冑が。


 自分の力で。


 しっかりと。


 父上が声をかけた。


「レオン! 次は右旋回だ!」


「……はい!」


 俺は操縦桿を動かした。


 オメガがゆっくりと右へ向きを変える。


 成功。


「次、左旋回!」


「……はい!」


 今度は左。


 こちらも成功。


 俺は思わず拳を握りそうになった。


 ……いける!


 しかし、すぐに手を緩めた。


 焦るな。


 今日は、確認の日だ。


 無茶をする日じゃない。


 俺は深呼吸した。


「……アリア。次の試験へ」


『了解しました』


     ◇


 次は、低速走行試験だった。


 試験場には、木製の目印がいくつか並べられている。


 オメガは、それらの間をゆっくりと進む。


 走行といっても、全力疾走ではない。


 あくまで、歩行より少し速い程度。


 それでも、機体の制御にはかなりの集中力が必要だった。


「……よし」


 俺は慎重に魔力を流した。


 オメガの脚部が動く。


 タッ。


 タッ。


 タッ。


 軽い足音が、試験場に響いた。


『脚部負荷、許容範囲内』


「……いい感じだね」


『はい。以前よりも安定しています』


 俺は笑った。


 ……やった。


 ちゃんと、改良の成果が出ている。


 そのとき。


「……レオン!」


 外から、リナの声が聞こえた。


「……何か、右足おかしくないか!?」


 俺は目を瞬かせた。


「……え?」


 操縦席の表示を確認する。


 異常なし。


 脚部負荷も正常範囲内。


「……アリア?」


『現時点では重大な異常を検出していません』


 俺は少し考えた。


 ……リナの勘違いかな?


 しかし。


「……レオンくん……!」


 今度は、エリスの声が聞こえた。


 いつもより、少し緊張している。


「……右の足……魔力が……変……!」


 俺の表情が変わった。


「……何?」


 エリスは両手を握っていた。


「……お水みたいに……流れてる魔力が……途中で……引っかかってる……!」


 俺は息を呑んだ。


 ……まさか。


 右脚の伝導路?


 俺はすぐにアリアへ指示した。


「……右脚の魔力流量を、もう一度確認して!」


『了解しました』


 数秒。


 そして。


『……微細な周期変動を確認』


「……っ!」


『現時点では許容範囲内ですが、脚部関節への負荷増大と連動している可能性があります』


 俺は眉をひそめた。


 ……なるほど。


 エリスは、魔力の流れの乱れを感じ取った。


 リナは、機体の動きの違和感に気づいた。


 どちらも、操縦席の表示だけでは分からなかったことだ。


 俺はゆっくりと頷いた。


「……ありがとう、二人とも」


 そして、速度を落とした。


 父上の声が響く。


「レオン! どうした!」


「右脚に小さな異常があります!」


「停止するか!?」


 俺は一瞬、迷った。


 試験場の終点は、もうすぐそこだ。


 あと十メートルほど。


 ここまで来た。


 もう少し進めば、初めての走行試験を完走できる。


 ……あと少し。


 たった、あと少しだ。


 俺の胸に、そんな気持ちが浮かんだ。


 しかし。


 その瞬間。


 脳裏に、岩刃熊との戦いがよみがえった。


 鋭い爪。


 右脇腹を裂かれた痛み。


 血の匂い。


 そして。


『……また、誰かがいなくなるの……嫌だ……』


 泣きながら、俺にしがみついていたリナの声。


 俺は、静かに息を吐いた。


 ……違う。


 ここで無理をする必要なんて、ない。


 俺はもう、一人じゃないんだ。


「……アリア」


『はい』


「……試験を中止する」


『了解しました』


 俺は操縦桿を戻した。


 オメガの速度が落ちる。


 一歩。


 もう一歩。


 そして。


 機体が、静かに停止した。


     ◇


「……ええっ!?」


 リナが声を上げた。


「……何で止まるんだよ! あとちょっとだったのに!」


 俺は操縦席から降りた。


 右脇腹に痛みはない。


 魔力の消費も、まだ余裕がある。


 でも。


 これでよかった。


「……右脚の状態が、少しおかしかったからね」


 俺が答えると、リナは頬を膨らませた。


「……でも、あと少しで終わりだったろ!」


「……うん」


「……だったら!」


「……リナ」


 俺は静かに言った。


 彼女は口を閉じた。


「……最後まで進むことより、ちゃんと帰ってこられることの方が大切だと思うんだ」


 リナの耳が、ぴくりと動いた。


 俺は続けた。


「……もし無理をして、オメガが壊れたり、俺が怪我したりしたら」


 少し笑う。


「……また、二人を心配させちゃうからね」


 リナは目を見開いた。


 そして、ゆっくりと俯いた。


「……そっか」


 小さな声だった。


 エリスが俺の袖を掴んだ。


「……レオンくん……」


「……ん?」


「……止まってくれて……よかった……」


 俺は微笑んだ。


「……うん」


 リナも、少しだけ顔を上げた。


「……まあ……」


 彼女は頬を赤くした。


「……怪我しなかったなら、それでいいけど……」


 俺は笑った。


「……ありがとう、リナ」


「……べ、別に!」


 そのとき。


「よくやった、レオン」


 父上の声が響いた。


 振り返ると、父上が歩いてきていた。


 その表情は、穏やかだった。


「……父上」


「今日の試験で、一番よかったことが何か分かるか?」


 俺は少し考えた。


「……オメガが、ちゃんと走れたこと?」


 父上は首を振った。


「それも大切だ」


 そして、俺の肩へ手を置いた。


「だが、一番よかったのは、お前が自分で止まる決断をしたことだ」


 俺は目を瞬かせた。


「……え?」


「機械を造る者も、操縦する者も、限界を見極めなければならない」


 父上はオメガを見上げた。


「性能を引き出すことより、壊さずに帰ってくることが大切な場合もある」


 俺は静かに頷いた。


「……はい」


 父上は微笑んだ。


「今日は、いい試験だった」


 その言葉に。


 胸の奥が、じんわりと温かくなった。


 ……よかった。


 最後まで走れなかったけど。


 それでも。


 俺は、ちゃんと前へ進めたんだ。


     ◇


 その後、父上と一緒にオメガの右脚を調べた。


 俺は魔導構造解析・改変の能力を使い、既存の伝導路の状態を確認した。


 もちろん、魔力消費は最小限。


 父上が横で見守っている。


「……あ」


 俺は小さく声を上げた。


「……見つけた」


 右膝の内側。


 細い魔力伝導路の一部に、わずかな歪みがあった。


 外からは見えない。


 けれど、走行時の振動によって、魔力の流れが周期的に乱れていたらしい。


 アリアが分析を補足する。


『右脚関節の衝撃吸収材が、十分に振動を減衰できていません』


「……やっぱり」


 俺は頷いた。


 オメガの脚部は、まだ試作段階だ。


 歩行には耐えられても、走行時の負荷を完全には処理できない。


 父上は腕を組んだ。


「今の材料では、これ以上の改善は難しいかもしれんな」


「……そうですね」


 俺は考え込んだ。


 より強く、しなやかな金属。


 魔力の流れを妨げない素材。


 そして、衝撃を吸収できる構造。


 ……やっぱり、材料が必要だ。


 そのとき。


『レオンハルト様』


 アリアが声をかけてきた。


「……ん?」


『以前お伝えした特殊魔導鉱石が、適している可能性があります』


 俺は目を見開いた。


「……北方の?」


『はい。ただし、実物の物性を確認する必要があります』


 父上が眉をひそめた。


「……北方の鉱石?」


 俺は頷いた。


「……アリアの古代記録に、少しだけ情報が残ってるんです」


 父上は真剣な表情になった。


「詳しく聞かせてくれ」


     ◇


 俺たちは工房の机を囲んだ。


 アリアが記録の断片を説明する。


 北方の山岳地帯。


 特殊な魔導鉱石。


 高い魔力伝導性を持つ可能性。


 ただし、正確な場所は不明。


 記録そのものも、かなり古い。


 父上は腕を組んだ。


「……なるほど」


 俺は慎重に言った。


「……もし、その鉱石が見つかれば、オメガの改良にも使えるかもしれません」


「リナとエリスの機体にも、か」


「……はい」


 父上はしばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと頷いた。


「……興味深い話だ」


 俺は少し期待した。


「……じゃあ!」


「だが、すぐに探索へ向かうことはできない」


「……あ」


 父上は真剣な表情で続けた。


「北方の山道は危険だ。先日の岩刃熊の件もある」


 俺は頷いた。


 ……そうだ。


 あの魔獣は、本来ならこの辺りに現れないはずだった。


 なぜ、領地の近くまで来たのか。


 まだ分かっていない。


「それに、鉱山の調査には人手も金も必要だ」


 父上は帳簿を指差した。


「兄たちの学費もある。今すぐ大規模な調査を行う余裕はない」


 俺は少し肩を落とした。


「……そうですよね」


 父上は微笑んだ。


「だが、諦める必要はない」


「……え?」


「まずは、既存の交易路と鉱山の記録を調べよう」


 俺は顔を上げた。


「……記録?」


「ああ。昔の採掘報告や、商人たちの取引記録だ」


 父上は続けた。


「もし、その鉱石が過去に流通していたなら、何か手掛かりが残っているかもしれない」


 俺は目を輝かせた。


「……なるほど!」


 父上は笑った。


「それに、北方の見回りを担当する者たちにも、周辺の様子を確認してもらう」


 俺は頷いた。


「……はい!」


 ……そうだ。


 焦る必要はない。


 まずは情報を集める。


 安全を確認する。


 そして、準備を整える。


 岩刃熊との戦いで学んだことを、ここでも忘れちゃいけない。


     ◇


 夕方。


 俺は中庭のベンチに座っていた。


 空は、茜色に染まっている。


 遠くから、鳥の鳴き声が聞こえた。


 今日は、いろいろなことがあった。


 兄上たちの旅立ち。


 オメガの地上機動試験。


 そして、北方の鉱石の話。


 俺は深く息を吐いた。


「……疲れたなあ」


『本日の魔力消費量は、許容範囲内です』


 アリアが答えた。


「……そういう意味じゃないよ」


『失礼しました』


 俺は苦笑した。


 すると。


「……レオン!」


 聞き慣れた声が響いた。


 振り返ると、リナが走ってきた。


 その後ろには、エリスもいる。


 二人とも、夕食前に着替えたらしく、きれいな服を着ていた。


「……ここにいたのか!」


「……うん」


 俺は笑った。


「……どうしたの?」


 リナは少し考えた。


 そして、俺の隣へ座った。


 エリスも、反対側に腰掛ける。


 ……また、この並びか。


 俺は少し笑ってしまった。


「……何だよ」


 リナが頬を膨らませた。


「……何でもないよ」


 俺は答えた。


 しばらく、三人で夕焼けを眺めた。


 風が、優しく吹いている。


 そのとき。


「……なあ、レオン」


 リナが口を開いた。


「……何?」


「……今日のオメガ、すごかったな」


 俺は目を瞬かせた。


「……そう?」


「……うん」


 彼女は頷いた。


「……ちゃんと走ってた」


 俺は笑った。


「……ありがとう」


 リナは少し俯いた。


「……でもさ」


「……ん?」


「……途中で止まったとき、あたし、ちょっと悔しかった」


「……うん」


「……だって、もう少しだったから」


 俺は静かに頷いた。


 リナは続けた。


「……でも」


 彼女は俺を見た。


「……レオンが怪我しなくて、よかった」


 俺は息を呑んだ。


 その声は、とても小さかった。


 けれど。


 はっきりと聞こえた。


「……うん」


 俺は微笑んだ。


「……ありがとう、リナ」


 彼女は顔を赤くした。


「……べ、別に!」


 その隣で、エリスが俺の袖を掴んだ。


「……レオンくん……」


「……何?」


「……私……今日、ちょっとだけ……役に立てた……?」


 俺は目を見開いた。


「……え?」


 エリスは不安そうに続けた。


「……魔力の流れ……変だって……言っただけ……」


 俺はすぐに首を振った。


「……そんなことないよ」


 そして、彼女の目を見つめた。


「……エリスが教えてくれたから、右脚の異常に気づけたんだ」


 エリスの瞳が揺れた。


「……ほんと……?」


「……本当だよ」


 俺は頷いた。


「……リナも、エリスも、すごく助かった」


 二人は顔を見合わせた。


 そして。


「……へへっ!」


「……えへへ……!」


 嬉しそうに笑った。


 俺も笑った。


 ……そうだ。


 この二人は、もう立派な仲間なんだ。


 まだ魔導甲冑には乗れない。


 魔法だって、練習中。


 でも。


 それでも。


 今日、俺たちは一緒にオメガを守った。


     ◇


「……なあ、レオン」


 リナが突然、真剣な顔になった。


「……何?」


「……あたし、もっと強くなるからな」


 俺は目を瞬かせた。


「……うん」


「……今日みたいに、オメガの変なところも見つけられるようになる」


 彼女は拳を握った。


「……それから、幻術もちゃんと使えるようになる!」


 俺は笑った。


「……いいね」


 エリスも小さく手を上げた。


「……私も……」


「……うん?」


「……お水の魔法……もっと上手になりたい……」


 俺は頷いた。


「……うん」


 エリスは少しだけ微笑んだ。


「……いつか……セイレーンに乗って……レオンくんと……一緒に……」


 俺は胸が温かくなった。


 リナも笑った。


「……あたしもだ!」


 そして、二人は同時に俺を見た。


「……約束だぞ!」


「……約束……!」


 俺は、ゆっくりと頷いた。


「……うん。約束」


 夕焼けの中。


 三人の小さな手が、重なった。


 まだ、俺たちは子供だ。


 魔導甲冑も、完成していない。


 知らないことだって、たくさんある。


 でも。


 いつか。


 三機の魔導甲冑で、空を飛ぶ。


 その夢だけは、はっきりと見えていた。


     ◇


 その夜。


 父上の書斎では、一通の報告書が開かれていた。


 北方の山道を巡回していた領地の見回り役から届いたものだ。


 父上はランプの明かりの下で、ゆっくりと文章を読んでいた。


『北方旧採掘路付近にて、通常とは異なる鉱石片を発見』


『表面に淡い青色の光沢あり』


『周辺では大型魔獣の足跡と思われる痕跡も確認』


 父上は眉をひそめた。


「……大型魔獣、か」


 先日の岩刃熊。


 そして、北方の鉱山。


 偶然かもしれない。


 だが、気になる。


 父上は机の上に置かれた古い地図を広げた。


 北方の山岳地帯。


 かつて採掘が行われていた場所。


 そして、今ではほとんど使われなくなった旧道。


 その近くに、小さな印がつけられている。


「……まずは、慎重に調べる必要があるな」


 父上は静かに呟いた。


 そして、報告書を閉じた。


 窓の外では、夜風が木々を揺らしていた。


 まだ誰も知らない。


 北方の山々に、何が眠っているのか。


 ただ一つ、確かなことがあった。


 レオンハルト・ヴァイスの小さな夢は、少しずつ現実へ近づいている。


 そして、その夢を叶えるための次の手掛かりが。


 今、静かに姿を現そうとしていた。


     ◇


 同じころ。


 俺は自室の机に向かっていた。


 目の前には、三枚の設計図。


 《オメガ》。


 《ヴァーミリオン・フォックス》。


 《セイレーン》。


 俺は鉛筆を手に取り、オメガの右脚部分へ小さな修正を書き加えた。


 衝撃吸収機構。


 魔力伝導路。


 関節部の補強。


 まだ、課題は山積みだ。


 でも。


 今日、俺は一つ大切なことを学んだ。


 最後まで走ることだけが、成功じゃない。


 仲間の声を聞いて。


 危険を見極めて。


 無事に帰ってくる。


 それも、立派な勝利なんだ。


「……アリア」


『はい』


「……今日の試験、どうだった?」


『技術的には、改善すべき点が残っています』


「……うん」


『しかし、運用面では大きな進歩が確認されました』


 俺は目を瞬かせた。


「……運用面?」


『はい』


 アリアは少し間を置いた。


『レオンハルト様は、外部からの情報を受け入れ、適切な判断を下しました』


「……そっか」


『さらに、リナ様とエリス様の能力が、試験の安全性向上に寄与しました』


 俺は微笑んだ。


「……うん」


『三名による協力体制は、今後の魔導甲冑開発において有益と考えられます』


 俺は設計図を見つめた。


 青と銀。


 赤と白。


 白と青。


 三機の魔導甲冑。


 そして、三人の仲間。


「……いつか、三機で一緒に飛ぼうね」


『その目標を達成するには、相当量の研究と開発が必要です』


「……分かってるよ」


 俺は笑った。


「……でも、絶対に諦めない」


『承知しました』


 アリアの声が、少しだけ柔らかくなったように聞こえた。


『では、まずは明日の休養を優先してください』


「……え?」


『父上様より、明日は魔力を使用する作業を禁止するよう指示されています』


「……ええっ!?」


 俺は思わず叫んだ。


「……明日も休み!?」


『はい』


「……ちょっとくらいなら……」


『許可されていません』


「……設計図だけでも……」


『長時間の作業は推奨されません』


「……アリア、厳しい……」


『レオンハルト様の安全を優先しています』


 俺は深いため息をついた。


 ……まったく。


 でも。


 少しだけ、嬉しかった。


 誰かが俺のことを心配してくれる。


 無茶をしないように、止めてくれる。


 そんな仲間がいる。


 それは、きっと。


 前世の俺が思っていた以上に、幸せなことなんだろう。


 俺は鉛筆を置いた。


 そして、三枚の設計図を丁寧に重ねた。


「……分かったよ。明日はちゃんと休む」


『賢明な判断です』


 俺は笑った。


 窓の外には、満天の星空が広がっていた。


 遠くには、北方の山々が黒い影となって浮かんでいる。


 あの山のどこかに。


 俺たちの未来を変える鉱石が、眠っているのかもしれない。


 でも、今はまだ。


 焦らず。


 一歩ずつ。


 進んでいこう。


 兄上たちも、新しい道を歩き始めた。


 俺たちも、負けてはいられない。


 ――オメガの完成まで、あと少し。


 そして。


 リナとエリスの魔導甲冑計画も、いよいよ動き始めたのだった。

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