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乙女ゲームの退学予定モブ、改造魔法で最強の魔導機甲を造る!  作者: ジャクロの精霊


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第20話 世界でも希少な狐獣人!? 二人の少女を守るため、俺は嫌われる覚悟を決めた!

翌朝、俺は父上の執務室で一枚の報告書を読んでいた。


 窓から差し込む朝日が、机の上に積まれた書類を照らしている。父上はいつもの深緑色の上着を着ていたが、襲撃から数日が経った今も、その顔には疲労の色が残っていた。


「……行方不明者の届け出は、ないんですか?」


「ああ。少なくとも、近隣の村からはな」


 父上は椅子に深く腰掛け、眉間を押さえた。


「盗賊から押収した帳簿にも、あの二人の名前は記されていなかった。代わりに、奇妙な記号と数字が並んでいる」


「数字……?」


「売買の記録である可能性が高い」


 俺は報告書を握る手に力を込めた。


 リナとエリス。


 昨日、盗賊たちの荷車から見つかった二人の少女。


 狐の耳と尻尾を持つ、気の強いリナ。


 赤い髪に緑色の瞳を持つ、ひどく臆病なエリス。


 二人とも、俺と同じくらいの年齢だ。


 そんな子供たちが、商品みたいに扱われていた。


「……許せないな」


 思わず呟くと、父上が俺を見た。


「レオン?」


「……いえ、何でもありません」


 俺は報告書を机に戻した。


 だが、父上は別の紙を差し出してきた。


「こちらも見ておきなさい」


 そこには、盗賊の荷車から見つかった品々が記されていた。


 古い鎖、保存食、銀貨、魔導通信器の破片。


 そして、一番下に小さく書かれた文字。


 ――狐獣人。生存状態で引き渡すこと。


「……っ!」


 思わず息を呑んだ。


「父上、これ……!」


「ああ。どうやら、あの子たちは偶然捕まったわけではないらしい」


 父上の声が低くなる。


「特に狐の少女は、最初から狙われていた可能性がある」


 俺は椅子から立ち上がった。


「だったら、今すぐ二人を安全な場所に移さないと!」


「落ち着きなさい、レオン」


「でも!」


「すでに屋敷の警備は増やしている。ただ、昨日の保管庫に近い客室は、外部の者が出入りする通路に面している。もっと奥の部屋へ移す必要はあるだろう」


 父上は俺を見つめた。


「しかし、あの子たちはまだ我々を信用していない。特にリナという少女は、誰かが近づくだけでも警戒するそうだ」


「……分かっています」


「ならば、急ぎすぎるな」


 俺は唇を噛んだ。


 急ぎすぎるな。


 父上の言うことは正しい。


 でも、もし盗賊たちの背後にいる連中が、まだ二人を探しているとしたら?


 屋敷が襲われたばかりなのに、もう安全だと決めつけていいのだろうか。


 そんなことを考えていると、腕につけた黒い腕輪が微かに光った。


『レオンハルト様。少しよろしいでしょうか』


「……アリア?」


『狐獣人という種族について、何かご存じですか』


 その問いに、俺は思わず目を見開いた。


 狐獣人。


 そうだ。


 俺は知っている。


 この世界が、乙女ゲーム『ターボナイト ~エターナル・ハーツ~』の世界だということを。


 そして、ゲームに登場した種族の設定も。


     ◇


 この世界には、人間以外にも多くの知的種族が存在している。


 長命で魔法に優れたエルフ。


 金属加工や魔導工学に長けたドワーフ。


 身体能力の高い獣人たち。


 そして、地域によっては、竜の血を引くと伝えられる一族まで存在する。


 ゲーム本編では、それぞれの種族が異なる文化や技術を持ち、王国同士の関係にも影響を与えていた。


 その中でも、特に珍しい存在がいた。


 狐獣人。


 ゲームの設定資料では《狐人族》とも呼ばれていた種族だ。


 獣人の中でも個体数が非常に少なく、一般の人間が一生のうちに出会うことはほとんどないとされていた。


 しかも、ただ珍しいだけじゃない。


 彼らは魔力の流れを感知する能力に優れ、一部の者は幻術や精神干渉に近い特殊な魔法を扱うとされていた。


 成長した狐人族の中には、姿を隠したり、相手の感覚を惑わせたりする者もいる。


 ただし、すべての狐人族が同じ力を持つわけではない。


 その能力は個人差が大きく、幼いころから自由に使えるとも限らない。


 ゲームでは、その希少性から、狐人族を狙う密猟者や犯罪組織の存在も語られていた。


「……まさか、リナが」


 俺は小さく呟いた。


 ゲームでは背景設定として読んでいただけの話だ。


 けれど、今は違う。


 リナは実際に存在する。


 怒るし、怯えるし、エリスを守ろうとする。


 昨日だって、温かいスープを飲んで舌を火傷しかけていた。


 設定資料の中の珍しい種族じゃない。


 俺と同じ、八歳くらいの女の子なんだ。


『レオンハルト様』


 アリアが静かに呼びかけた。


『何か思い当たることがあるのですね』


「……うん。狐獣人は、普通の獣人よりもずっと珍しい種族なんだ」


『それが、彼女が狙われた理由である可能性はあります』


「……そうだよね」


 俺は拳を握った。


 リナがどんな力を持っているのかは分からない。


 でも、犯罪者たちがその可能性を知っていたとしたら。


 あの子を放っておくはずがない。


「父上」


「何だ?」


「俺、二人と話してきます」


 父上は少し眉をひそめた。


「無理強いはするなよ」


「……はい」


 そう答えたものの、俺の胸には嫌な予感が広がっていた。


     ◇


 客室へ向かう途中、俺は廊下の窓から中庭を見下ろした。


 屋敷の警備兵たちが、門の周辺を巡回している。


 先日の襲撃で壊された北門は、まだ完全には修理されていない。


 木製の仮設門が取り付けられ、その前には二人の兵士が立っていた。


 ……本当に、ここは安全なんだろうか。


 俺は歩く速度を少し速めた。


 やがて、二人が泊まっている客室の前に到着した。


 扉は少し開いていた。


 中から、話し声が聞こえる。


「……リナ、これ……どうするの?」


「決まってるだろ。逃げるんだよ」


 俺は足を止めた。


 逃げる?


「……で、でも……外には兵隊さんが……」


「夜になれば何とかなる。あたしが見張りの隙を見つけるから」


「……こ、怖いよ……」


「大丈夫。あたしがいるだろ」


 リナの声は強気だった。


 でも、その言葉の最後がわずかに震えていた。


 俺は扉をノックした。


 途端に、室内が静まり返った。


「……誰だ!」


「俺だよ。レオンハルト」


「……何しに来た!」


「少し話したいんだけど」


「帰れ!」


 即答だった。


 俺は思わず苦笑した。


「……まだ何も言ってないよ」


「お前の話なんか聞きたくない!」


 仕方なく、俺は扉の外から声をかけた。


「二人に、もっと安全な部屋へ移ってほしいんだ」


 その瞬間。


 バンッ!


 勢いよく扉が開いた。


「……何だって?」


 そこには、リナが立っていた。


 昨日とは違い、マルタが用意した白いシャツと濃い茶色のスカートを身につけている。


 赤茶色の髪も整えられていたが、狐の耳はぴんと立ち、尻尾は大きく膨らんでいた。


 琥珀色の瞳が、俺を鋭く睨んでいる。


「もう一回言ってみろ」


「……だから、もっと安全な場所へ――」


「やっぱり!」


 リナが叫んだ。


「やっぱり、あたしたちを閉じ込めるつもりだったんだな!」


「違うよ!」


「何が違うんだよ! 昨日は好きにしていいって言ったくせに!」


 その言葉に、俺は詰まった。


 確かに。


 昨日、俺たちは二人に安心してほしくて、無理に何かをさせないと約束した。


 なのに、今日は部屋を移れと言っている。


 リナからすれば、約束を破られたように感じるだろう。


「……事情が変わったんだ」


「そんなの知らない!」


「リナ、君たちを捕まえた連中が、まだ探しているかもしれないんだ!」


「だったら、ここから出してよ!」


 リナは俺を睨みつけた。


「あたしたちが逃げればいいだろ!」


「外は危険だよ!」


「ここだって危険かもしれないだろ!」


 俺は言葉を失った。


 リナの言うことは、間違っていなかった。


 この屋敷だって、つい先日襲われたばかりだ。


 絶対に安全だなんて、言えるはずがない。


 けれど。


「……それでも、外よりは守れると思う」


 俺は静かに答えた。


「父上も兄上たちもいる。警備兵だっている。何かあっても、すぐに助けられる」


「……だから?」


「だから、屋敷の奥にある部屋へ移ってほしいんだ」


 リナの表情が変わった。


「……奥?」


「うん。外から直接入れない場所で――」


「……ふざけるな」


 低い声だった。


 俺は思わず黙った。


「奥の部屋に連れていって、逃げられなくするつもりなんだろ」


「違うって!」


「嘘つき!」


 リナが一歩踏み出した。


「人間は、いつもそうだった!」


 その声には、怒りだけではない何かが混じっていた。


「最初は優しくするんだ! ご飯をくれて、服をくれて、安心していいって言うんだ!」


 彼女の小さな拳が震えていた。


「それで、信じたら……!」


 リナは言葉を詰まらせた。


 その背後で、エリスが小さく悲鳴を上げた。


「……リ、リナ……」


 赤い髪の少女は、ベッドの端に座っていた。


 薄い水色のワンピースを着て、両手で毛布を握りしめている。


 緑色の瞳には涙が浮かんでいた。


「……け、喧嘩……しないで……」


 俺は胸が苦しくなった。


「……エリス、ごめん」


 声をかけた瞬間、彼女はびくりと肩を震わせた。


「……ご、ごめんなさい!」


 そして、頭を下げた。


「……わ、私が……悪いこと……したなら……」


「違う! エリスは何も悪くないよ!」


 俺は慌てて言った。


 でも、彼女はますます怯えてしまった。


 リナが俺の前に立ちはだかる。


「エリスに話しかけるな!」


「……リナ」


「出ていけ!」


 俺は唇を噛んだ。


 どうすればいいんだ。


 このままでは、二人を守れない。


 でも、無理に連れていけば、もっと怖がらせてしまう。


 そのときだった。


「……レオンハルト様」


 背後から、落ち着いた声が聞こえた。


 振り返ると、マルタが立っていた。


     ◇


 マルタはいつもの紺色の使用人服に白いエプロンを身につけ、両手には清潔なタオルを抱えていた。


 彼女は俺とリナを交互に見たあと、小さくため息をついた。


「……何があったのですか?」


「マルタ、実は――」


「レオンハルト様」


 彼女は俺の言葉を遮った。


「少し、廊下でお待ちいただけますか?」


「……え?」


「私が二人とお話しします」


 俺は戸惑った。


 でも、マルタの表情は真剣だった。


「……分かった」


 俺は一歩下がった。


 リナは警戒したまま、マルタを睨んでいる。


「……お前も、あいつの仲間だろ」


「はい。私はレオンハルト様にお仕えしています」


 マルタは正直に答えた。


「ですが、あなたたちを傷つけるつもりはありません」


「……信じられるか」


「すぐに信じていただかなくても構いません」


 マルタはゆっくりと膝を曲げ、リナと目線を合わせた。


「ただ、一つだけ聞いていただけませんか?」


 リナは答えなかった。


 けれど、逃げもしなかった。


 マルタは続けた。


「昨日、あなたたちが見つかった荷車を調べたところ、危険なものがいくつも見つかりました」


「……だから?」


「そして、あなたたちを探しているかもしれない人たちの存在も分かりました」


 リナの耳がぴくりと動いた。


「……っ」


 マルタはその反応を見逃さなかった。


「心当たりがあるのですね」


「……ない」


 リナは顔を背けた。


 けれど、尻尾は緊張したように固まっていた。


「……何も知らない」


「分かりました。今はお話ししなくても大丈夫です」


 マルタは微笑んだ。


「ですが、もし本当にあなたたちを探している人がいるのなら、今の部屋は安全とは言い切れません」


「……だったら、逃げればいい」


「どこへ?」


 リナは黙った。


「外には、まだ盗賊の仲間がいるかもしれません。森には魔物もいます。お二人だけで、安全に移動できる場所はありますか?」


「……ある」


「そこまで、どうやって行きますか?」


「……っ」


 リナは唇を噛んだ。


 マルタは責めるような口調ではなかった。


 ただ、静かに問いかけていた。


「リナさん。あなたがエリスさんを守りたいと思っていることは、よく分かります」


 その言葉に、リナの瞳が揺れた。


「……何が分かるんだよ」


「全部は分かりません。でも、あなたが昨日から一度もエリスさんのそばを離れなかったことは知っています」


 リナは何も言わなかった。


「食事も先に毒がないか確かめて、毛布もエリスさんに渡していましたね」


「……別に」


「立派なことだと思います」


「……っ!」


 リナの顔がわずかに赤くなった。


 だが、すぐに眉をひそめた。


「……褒めたって、何も教えないからな」


「ええ。無理に聞き出すつもりはありません」


 マルタは静かに答えた。


「ただ、あなた一人で全部を背負わなくてもいいんですよ」


 その瞬間。


 リナの表情が、ほんの少しだけ崩れた。


 何かを言おうとして、口を開く。


 でも、言葉が出てこない。


 代わりに、エリスが小さく呟いた。


「……リナ……」


 リナは振り返った。


「……何?」


「……わ、私……もう……逃げるの、怖い……」


 その声は、今にも消えてしまいそうだった。


「……エリス?」


「……でも……また、捕まるのも……嫌……」


 エリスは毛布を握りしめた。


「……ど、どうしたら……いいの……?」


 リナは何も答えられなかった。


 俺は廊下から、その様子を見つめていた。


 胸が痛かった。


 リナはずっと、エリスを守ろうとしている。


 でも、彼女だってまだ子供なんだ。


 全部を一人で決められるわけじゃない。


 マルタは二人を見つめたあと、静かに言った。


「私たちは、お二人を屋敷の奥にある客室へ移したいと考えています」


 リナが顔を上げた。


「……閉じ込めるんだろ」


「いいえ。扉に鍵はかけません」


「……本当か?」


「はい。それに、お二人は同じ部屋で過ごせます」


 エリスが小さく顔を上げた。


「……い、一緒……?」


「もちろんです」


 マルタは微笑んだ。


「ベッドも二つ用意します。必要なら、並べて置くこともできますよ」


 エリスの瞳が少しだけ明るくなった。


 けれど、リナはまだ疑っていた。


「……そんなこと言って、後で離すんだろ」


「離しません」


「……絶対か?」


「はい。少なくとも、今の私たちにお二人を引き離す理由はありません」


 マルタは真剣な表情で答えた。


「それに、もし怖いことがあれば、私を呼んでください」


 リナは黙った。


 しばらく、部屋の中に静寂が流れた。


 やがて、彼女は小さく呟いた。


「……考えさせて」


 マルタは頷いた。


「もちろんです」


 俺は少しだけ、安心した。


 やっぱり、マルタはすごい。


 俺が何を言っても怒っていたリナが、初めて話を聞いてくれた。


 でも。


 その安心は、長く続かなかった。


     ◇


 昼過ぎ。


 俺は倉庫でオメガの設計図を確認していた。


 壊れた右腕の関節には、父上が新しい部品を仮止めしてくれている。


 雷魔法に対応するための魔力調整器は、まだ紙の上の構想だけだ。


「……ここの負荷を減らせれば、少しは安定するかな」


『理論上は可能です。ただし、実機試験が必要になります』


「……だよね」


 俺は鉛筆を置いた。


 そのとき。


 倉庫の扉が勢いよく開いた。


「レオンハルト様!」


 警備兵が駆け込んできた。


 顔色が悪い。


「……どうしたの?」


「北門付近で、不審な人物を発見しました!」


 俺は立ち上がった。


「……不審者?」


「はい。商人を名乗っていましたが、荷車の積み荷について異常に詳しく尋ねてきたそうです」


 胸がざわついた。


「……それで?」


「警備兵が身分を確認しようとしたところ、逃走しました」


「……っ!」


 俺は拳を握った。


 嫌な予感が当たった。


「父上には?」


「すでに報告済みです。現在、門の警備を増強しています」


 俺は倉庫の外へ走り出そうとした。


『レオンハルト様。急激な運動は推奨しません』


「……分かってる!」


 足の痛みは、まだ完全には消えていない。


 それでも、じっとしていられなかった。


 俺は急いで屋敷へ戻った。


     ◇


 客室の前には、二人の警備兵が立っていた。


 俺が近づくと、二人は姿勢を正した。


「レオンハルト様」


「リナとエリスは?」


「中におります」


 俺は扉をノックした。


「リナ! エリス!」


 返事はなかった。


 俺はもう一度呼びかけた。


「二人とも、聞いて!」


 すると、扉の向こうからリナの声がした。


「……何だよ!」


「今すぐ、部屋を移らないといけない!」


「……は?」


 次の瞬間、扉が開いた。


 リナが俺を睨みつける。


「またそれかよ!」


「今度は本当に危ないんだ!」


「さっきもそう言っただろ!」


「北門に怪しい奴が来たんだ! 盗賊の荷車について聞いていた!」


 リナの顔色が変わった。


 狐の耳が、ぴんと立つ。


「……何?」


「君たちを探している可能性がある」


「……っ」


 リナは後ずさった。


 その背後で、エリスが震え始めた。


「……ま、また……来るの……?」


 小さな声。


 俺は頷くことができなかった。


 確かなことは、まだ分からない。


 でも、危険があるのは事実だ。


「……だから、お願い。もっと安全な部屋へ――」


「嫌だ!」


 リナが叫んだ。


「そんなの、あいつらが来たって証拠にならないだろ!」


「……でも!」


「お前らが、あたしたちを閉じ込めるために嘘をついてるかもしれない!」


 俺は息を呑んだ。


 そこまで疑われているのか。


 でも、無理もない。


 彼女は今まで、何度も裏切られてきたのだろう。


 そのとき、リナの周囲の空気が、わずかに揺れた。


「……え?」


 俺は目を見開いた。


 リナの姿が、一瞬だけ二重に見えた。


 いや。


 三つ?


 まるで、同じ場所に複数のリナが立っているようだった。


『レオンハルト様。微弱な幻術系魔力を検出しました』


 アリアの声が響いた。


 やっぱり。


 狐人族の能力だ。


 リナ自身も驚いたように、自分の手を見つめていた。


「……な、何だよ、これ……」


 彼女の尻尾が大きく膨らむ。


 周囲の空気が、さらに歪んだ。


 警備兵たちが思わず身構えた。


「……魔法か!?」


「待って!」


 俺は慌てて叫んだ。


「攻撃しないで!」


 リナは俺を睨んだ。


「……来るな!」


 その瞬間、幻のリナが一歩前へ出たように見えた。


 俺は反射的に後退した。


 けれど、すぐに気づいた。


 これは、意図的な攻撃じゃない。


 恐怖で魔力が暴走しかけているんだ。


「……リナ、落ち着いて!」


「うるさい!」


「君を傷つけるつもりは――」


「だったら、放っておけよ!」


 リナの声が震えた。


「もう嫌なんだよ!」


 彼女の瞳から、涙がこぼれた。


「捕まるのも! 閉じ込められるのも! 誰かに命令されるのも!」


 俺は動けなかった。


「……あたしたちは、何も悪いことしてないのに……!」


 その言葉が、胸に突き刺さった。


 そうだ。


 二人は何も悪くない。


 なのに、こんな目に遭っている。


 俺は唇を噛んだ。


 そのとき、廊下の奥から父上が現れた。


「レオン!」


「父上!」


 父上は状況を見て、すぐに理解したようだった。


「……リナ。聞いてくれ」


「来るな!」


 リナが叫ぶ。


 父上は足を止めた。


「分かった。近づかない」


 そして、俺へ視線を向けた。


「レオン。二人を奥の客室へ移す。これ以上、ここに留めておくわけにはいかん」


 俺は頷いた。


「……はい」


 父上は警備兵たちへ命じた。


「ただし、乱暴に扱うな。武器も向けるな」


「承知しました!」


 警備兵たちが動き出した。


 リナの表情が凍りつく。


「……やっぱり」


 彼女は小さく呟いた。


「……やっぱり、同じじゃないか」


 俺は胸が締めつけられた。


「……リナ」


「来るなぁっ!」


 リナが叫び、俺へ飛びかかってきた。


 小さな拳が、俺の胸を叩いた。


 痛みはほとんどなかった。


 でも、その必死な表情を見て、俺は何もできなかった。


「離せ! あたしたちを逃がせ!」


 彼女は何度も俺を叩いた。


 俺は抵抗しなかった。


 ただ、彼女が転ばないように、腕を伸ばした。


「……ごめん」


 俺は小さく呟いた。


「でも、今はここにいさせられない」


 リナの瞳が大きく開いた。


「……何?」


「君たちが嫌がってるのは分かってる。でも、危険があるんだ」


 俺は彼女を見つめた。


「……だから、今だけは俺たちの言うことを聞いてほしい」


「……嫌だ」


 リナは首を振った。


「……嫌だ、嫌だ……!」


 その声は、もう怒鳴り声ではなかった。


 泣き声だった。


 俺は拳を握った。


 そのとき。


「……レオンハルト様」


 マルタがやってきた。


 彼女は状況を見ると、すぐにリナへ近づいた。


「リナさん」


「……来るな!」


「分かりました。近づきません」


 マルタは少し離れた場所で膝をついた。


「ですが、今は本当に危険なのです」


「……信じない!」


「ええ。信じられないと思います」


 マルタは静かに頷いた。


「それでも、私たちはお二人を守りたいのです」


 リナは何も言わなかった。


 マルタは続けた。


「リナさん。エリスさんを見てください」


 リナが振り返る。


 エリスは、ベッドの端で震えていた。


 涙を流しながら、必死にリナを見つめている。


「……リナ……」


 小さな声だった。


「……こ、怖い……」


 リナの表情が歪んだ。


「……エリス」


「……もう……誰かに……捕まるの……嫌……」


 リナは唇を噛んだ。


 マルタは優しく言った。


「私が、お二人と一緒に行きます」


「……え?」


「新しいお部屋まで、ずっとそばにいます。扉に鍵もかけません」


 リナは何も言わなかった。


 マルタはさらに続けた。


「そして、もし私たちが約束を破ったら、そのときは怒ってください」


 リナの瞳が揺れた。


「……本当に?」


「はい」


 しばらく、沈黙が続いた。


 やがて、リナは小さく呟いた。


「……エリスと、一緒なら……」


 俺は息を呑んだ。


 リナは顔を上げた。


 その瞳には、まだ涙が浮かんでいた。


「……でも、あいつには触らせない」


 彼女は俺を睨んだ。


「絶対に」


 俺は静かに頷いた。


「……分かった」


     ◇


 それでも、移動は簡単ではなかった。


 リナはエリスの手を握り、マルタの後ろを歩いていた。


 俺は少し離れた場所からついていく。


 父上と警備兵たちは、廊下の前後を警戒していた。


 屋敷の奥へ進むにつれ、外からの音が遠ざかっていく。


 だが、階段の前に差しかかったとき。


「……っ!」


 リナが突然立ち止まった。


「……嫌だ」


 彼女の声が震えていた。


「……こんな奥まで……」


 エリスが不安そうに顔を上げる。


「……リナ?」


「……駄目だ」


 リナは後ずさった。


「……やっぱり、逃げよう!」


 彼女はエリスの手を引き、反対方向へ走ろうとした。


 しかし、廊下の先には警備兵が立っていた。


「……っ!」


 リナは足を止めた。


 その瞬間、彼女の周囲の空気が再び歪んだ。


『幻術反応を検出』


 アリアが告げた。


 リナの姿が、一瞬だけ二重に見えた。


 警備兵が驚いて後退する。


「……何だ!?」


「武器を抜かないで!」


 俺は叫んだ。


 リナはエリスを背中に庇いながら、俺を睨んだ。


「……近づくな!」


 俺は足を止めた。


 どうすればいい。


 このままでは、また二人を怖がらせてしまう。


 でも、ここで引き返せば、危険な場所へ戻ることになる。


 俺は深呼吸した。


「……リナ」


「……何だよ!」


「俺のこと、嫌いになってもいい」


 リナが目を見開いた。


「……は?」


「でも、今は二人を守らせてほしい」


 俺は静かに言った。


「あとでいくらでも怒っていい。俺のことを嫌いになってもいい」


 リナの唇が震えた。


「……そんなこと言って……」


 俺は父上を見た。


「……父上」


 父上は一瞬、俺を見つめた。


 そして、静かに頷いた。


「……分かった」


 父上は警備兵たちへ命じた。


「二人を奥の客室へ移す。ただし、決して乱暴に扱うな」


 リナが叫んだ。


「嫌だぁっ!」


 彼女は必死に抵抗した。


 小さな手で警備兵の腕を押し、足を踏ん張る。


 エリスは泣きながら、リナの服を掴んでいた。


「……リナ……!」


 俺は胸が痛くなった。


 それでも。


 俺は止めなかった。


 マルタがエリスのそばに膝をつき、優しく声をかける。


「エリスさん。私と一緒に来ていただけますか?」


 エリスは涙を流しながら、リナを見た。


「……リナ……」


 リナは唇を噛んだ。


 そして、震える声で言った。


「……エリスに、触るな……」


 マルタは頷いた。


「分かりました。あなたが手を握っていてください」


 リナはしばらく黙っていた。


 それから、エリスの手を強く握り直した。


「……絶対、離すなよ」


「……うん……」


 二人は、マルタに付き添われながら歩き始めた。


 だが、リナは何度も振り返り、俺を睨んだ。


 その瞳には、怒りと恐怖が混ざっていた。


 俺は何も言えなかった。


     ◇


 新しい客室は、屋敷の中央に近い場所にあった。


 窓からは中庭が見え、柔らかな日差しが差し込んでいる。


 部屋には二つのベッドと、小さな机。


 壁際には本棚があり、暖炉には火が入っていた。


 マルタが扉を開ける。


「こちらです」


 エリスは恐る恐る中を覗いた。


「……き、綺麗……」


 リナは何も言わなかった。


 ただ、部屋の隅々を見回していた。


 窓。


 扉。


 家具の配置。


 逃げ道を探しているのだろう。


 俺は胸が痛くなった。


 リナは部屋へ入ると、すぐに窓へ近づいた。


 外を確認する。


 それから、扉へ戻った。


「……鍵は?」


 マルタが答える。


「かけません」


「……本当だな?」


「はい」


 リナは俺を睨んだ。


「……お前も、約束しろ」


 俺は頷いた。


「……約束する」


「……絶対だからな」


「うん」


 リナは唇を噛んだ。


 そして、低い声で言った。


「……でも、あたしはお前を信じない」


 俺は静かに頷いた。


「……分かってる」


「……大嫌いだ」


 その言葉に、胸が少し痛んだ。


 でも、俺は何も言い返さなかった。


「……うん」


 リナは驚いたように俺を見た。


 それから、顔を背けた。


「……出ていけ」


 俺は頷いた。


「……分かった」


 俺は部屋を出た。


 扉が閉まる直前、エリスの小さな声が聞こえた。


「……レ、レオンハルト……くん……」


 俺は振り返った。


 エリスはリナの後ろから、少しだけ顔を覗かせていた。


 緑色の瞳には、まだ涙が残っている。


「……あ、あの……」


 彼女は何かを言おうとした。


 けれど、結局、言葉が出てこなかった。


 俺は小さく微笑んだ。


「……おやすみ、エリス」


 そう言って、扉を閉めた。


     ◇


 廊下に出ると、マルタが俺の隣に立った。


「……レオンハルト様」


「……うん」


「お辛いですか?」


 俺は少し考えた。


「……うん。ちょっとね」


 マルタは静かに頷いた。


「ですが、今日のことは忘れないでください」


「……え?」


「リナさんは、まだ私たちを信じていません。それなのに、私たちは彼女の意思に反して部屋を移しました」


 俺は俯いた。


「……分かってる」


「安全のために必要だったとしても、怖い思いをさせたことは変わりません」


 俺は拳を握った。


「……うん」


 マルタは優しく続けた。


「だからこそ、これからが大切なのです」


「……これから?」


「はい。言葉だけではなく、行動で約束を守っていかなければなりません」


 俺は顔を上げた。


 マルタは微笑んだ。


「信頼は、一日で得られるものではありませんから」


 俺はしばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと頷いた。


「……そうだね」


 リナは俺を嫌っている。


 エリスは、まだ俺を怖がっている。


 でも。


 だからといって、諦めるつもりはなかった。


 俺は二人を守りたい。


 それが、俺の勝手な願いだとしても。


 ただし、次は。


 二人の気持ちも、ちゃんと考えなければならない。


「……マルタ」


「はい?」


「明日、二人に謝りたい」


 マルタは少し驚いたようだった。


 そして、優しく微笑んだ。


「……それがよろしいと思います」


     ◇


 その夜。


 俺は自分の部屋で、アリアと話していた。


「……アリア」


『はい』


「今日の俺、間違ってたのかな」


 少しの沈黙。


 そして、アリアが答えた。


『安全確保という目的については、合理的な判断だったと考えられます』


「……でも?」


『リナ様とエリス様の心理的負担は、非常に大きかったと思われます』


 俺はベッドに腰を下ろした。


「……そうだよね」


『レオンハルト様は、二人を守りたいと考えています』


「……うん」


『しかし、守るという行為は、相手の意思を無視してよいという意味ではありません』


 俺は目を閉じた。


 その言葉は、胸に刺さった。


 俺は、自由に生きたいと思っている。


 誰かに人生を決められたくない。


 ゲームのシナリオに従うだけの存在になりたくない。


 なのに。


 今日の俺は、リナとエリスの意思を無視した。


 たとえ、守るためだったとしても。


「……難しいな」


 俺は小さく呟いた。


『はい。人間関係は、魔導機構のように明確な正解が存在するとは限りません』


「……本当にそうだね」


 俺は苦笑した。


 魔導機甲なら、壊れた部分を直せばいい。


 魔力回路なら、流れを調整すればいい。


 でも、人の心は違う。


 無理に直そうとすれば、かえって傷つけてしまう。


「……アリア」


『はい』


「俺、もっとちゃんと考えるよ」


『それがよろしいと思います』


 俺は窓の外を見た。


 夜空には、月が浮かんでいる。


 この世界で、俺はまだ八歳だ。


 知らないことも、できないことも、たくさんある。


 でも。


 少しずつ、学んでいけばいい。


 オメガを改良するように。


 自分自身も、変わっていけばいいんだ。


     ◇


 同じころ。


 屋敷の奥にある客室では、リナとエリスがベッドに座っていた。


 リナは窓の外を見つめている。


 狐の耳は、まだ警戒するように立っていた。


「……リナ」


 エリスが小さく呼びかけた。


「……何?」


「……あの子……悪い人なのかな……」


 リナは答えなかった。


 しばらくして、低い声で言った。


「……分かんない」


「……でも……ご飯、くれたし……」


「……だからって、信用できない」


 リナは唇を噛んだ。


「優しくして、後で裏切る奴だっているんだ」


 エリスは俯いた。


「……うん……」


 しばらく沈黙が続いた。


 やがて、エリスが小さく呟いた。


「……でも……あの人……」


「……何?」


「……泣きそうな顔、してた……」


 リナは目を見開いた。


「……は?」


「……私たちを連れていくとき……あの子……悲しそうだった……」


 リナは何も言わなかった。


 思い出す。


 廊下で、自分が何度も叩いたとき。


 レオンハルトは、怒らなかった。


 叩き返すことも、怒鳴ることもしなかった。


 ただ。


 苦しそうな顔で、謝っていた。


「……ふん」


 リナは顔を背けた。


「……だから何だよ」


 エリスは小さく微笑んだ。


「……何でも……ない……」


 リナは尻尾を抱きしめた。


 そして、窓の外を見つめた。


 まだ信じられない。


 あの少年が、本当に自分たちを守ろうとしているのか。


 それとも、何か別の目的があるのか。


 分からない。


 けれど。


 少なくとも、今夜は。


 扉に鍵がかかっていなかった。


 そして、廊下の向こうから聞こえる足音も、誰かが自分たちを連れ去りに来るものではなかった。


 リナは小さく息を吐いた。


「……エリス」


「……何?」


「……明日、あいつが来ても、あたしの後ろにいろよ」


「……うん……」


「……絶対だからな」


「……うん」


 リナは毛布を引き寄せた。


 エリスはその隣に横になった。


 二人は、まだ安心して眠れるわけではなかった。


 けれど。


 昨日よりは、少しだけ。


 夜が怖くなくなっていた。


 そして、そのころ。


 屋敷の地下にある隔離保管室では、盗賊たちから回収された黒い魔導甲冑の装甲片が、誰にも気づかれないほど微かに赤く光っていた。


 その表面に刻まれた古い紋様。


 《エクリプス計画》。


 それが何を意味するのか。


 まだ、誰も知らなかった。


 ただ一つ。


 この屋敷に、狐人族の少女がいる。


 その事実が、やがて大きな事件を呼び寄せることになる。

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