第16話 盗賊団が領地を襲撃! 父と兄たちの魔導甲冑、そして未完成のオメガが初陣へ!
オメガが初めて動いた翌朝、ヴァイス家の屋敷に緊急の知らせが届いた。
俺はまだ朝食を終えていなかった。
焼きたてのパンに手を伸ばしたところで、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきたのだ。
「ラインハルト様! 北の見張り所から急報です!」
食堂の扉が開き、警備隊の男が姿を現した。額には汗が浮かび、肩で息をしている。
父上は椅子から立ち上がった。
「何があった?」
「武装した一団が、旧採掘場へ続く街道を南下しています。人数は少なくとも二十名。荷車を二台伴っており、そのうち一台には魔導甲冑らしきものが積まれているとのことです」
「魔導甲冑だと?」
セドリック兄上が険しい顔をした。
「盗賊がそんなものを持っているのか?」
「確認できたのは一機だけですが、ほかにも大きな荷があるそうです。見張りの報告では、すでに北の農村へ向かう分かれ道に入ったとのことです」
父上は短く息を吐いた。
「住民の避難は?」
「見張り所から伝令を出しました。ただ、村に知らせが届くまで時間がかかります」
「分かった。すぐに警備隊を集めろ。街道を封鎖する準備をさせるんだ」
「はっ!」
男が走り去ると、食堂には重苦しい沈黙が残った。
母上が胸元で手を握りしめている。
アルブレヒト兄上はすでに立ち上がり、頭の中で何かを計算しているようだった。
「父上、村の倉庫には先週運び込んだ穀物があります。あれを奪われたら、冬までの備蓄に響きます」
「ああ。だが、穀物より人命が先だ」
「分かっています。私は避難先と物資の手配をします」
父上は頷いた。
「頼む」
俺は黙って話を聞いていた。
二十人以上の武装集団。
しかも、魔導甲冑まで持っている。
単なる盗賊だと考えるには、妙に装備が整いすぎている気がした。
昨夜、北の旧採掘場付近で目撃された連中と同じなのだろうか。
分からない。
けれど、今はそんなことを考えている場合じゃなかった。
「父上」
俺は椅子から立ち上がった。
「俺にも、何かできることはありませんか?」
父上は俺を見た。
その視線は、普段よりずっと厳しかった。
「レオン。お前は屋敷に残りなさい」
「でも……」
「これは訓練ではない。相手は人間で、武器を持っている。何をしてくるか分からん」
俺は唇を噛んだ。
言い返せなかった。
父上の言うとおりだ。
俺は八歳で、剣術も魔法もまだ学んでいる途中。
そして、オメガは昨日ようやく一歩動いただけの試作機だった。
それでも。
誰かが危険な目に遭うと分かっていて、何もできないまま待つのは嫌だった。
◇
朝食から三十分後。
俺は父上に呼ばれ、屋敷の西側にある古い格納庫へ向かった。
そこは、普段ほとんど使われていない建物だった。
厚い木製の扉には金属の補強が施され、入口には警備隊の男が二人立っている。
父上が鍵を差し込むと、重い音を立てて扉が開いた。
薄暗い格納庫の中に、朝の光が差し込む。
そして俺は、思わず足を止めた。
「……え?」
そこには、三機の魔導甲冑が並んでいた。
一機目は、濃い灰色と深緑色の装甲をまとった重厚な機体。
肩幅が広く、胸部には大きな魔力炉心を守るための装甲が重ねられている。左腕には分厚い盾、右腰には長剣が固定されていた。
二機目は、白銀と紺色の細身の機体だった。
装甲は比較的薄く、背部には通信補助用の魔導器が取り付けられている。腰には短剣が一本、腕には小型の防御装置が備えられていた。
そして三機目。
赤銅色の装甲をまとった、騎士らしい姿の機体。
肩から腕にかけての装甲が鋭く、背中には長剣を固定するための金具がある。脚部には短時間の加速を補助する魔導機構が組み込まれていた。
「……すごい」
思わず声が漏れた。
セドリック兄上が、俺の横で得意そうに笑った。
「驚いたか?」
「兄上、これって……」
「俺たちのターボナイトだよ」
「ええっ!?」
俺は三機を交互に見上げた。
「こんなのがあったんですか!?」
「まあな。普段は使わないけど」
父上が説明してくれた。
「領地の警備用に残してある機体だ。だが、維持費が高くてな。最近は訓練や点検のときにしか動かしていなかった」
父上は灰色の機体に手を置いた。
「これは私の《グラーフ》。古い型だが、装甲が厚く、防御に優れている」
続いて、白銀の機体を指差す。
「こちらはアルブレヒトの《ヴァイスリッター》。通信と防御支援に重点を置いた機体だ」
「……アルブレヒト兄上も乗れるんですか?」
俺が尋ねると、兄上は少し苦笑した。
「昔は父上にずいぶん鍛えられたからね。今は剣より帳簿を握っている時間のほうが長いけれど」
セドリック兄上が笑った。
「でも、兄上の防御魔法は昔から上手かったんだぞ」
「お前のように突っ込まないだけだよ」
「何だよ、それ!」
兄上たちのやり取りに、俺は少し笑ってしまった。
最後に、セドリック兄上が赤銅色の機体を指差した。
「そして、こいつが俺の《フレイムランサー》だ!」
「フレイムランサー……!」
「どうだ、格好いいだろ?」
「はい!」
俺は素直に頷いた。
機体の姿は、まるで物語に登場する騎士そのものだった。
けれど、父上はそこで表情を引き締めた。
「三機とも、すぐに万全の状態で戦えるわけではない。グラーフは脚部の駆動が鈍く、ヴァイスリッターは魔力蓄積器の容量が落ちている。フレイムランサーも加速機構を連続使用すれば過熱する」
「……そうなんですね」
「ああ。だから、役割を決めて動かす必要がある」
父上は俺を見た。
「レオン。お前に頼みたいことがある」
「……俺に?」
「アリアと一緒に、機体の点検を手伝ってほしい。もちろん、外から確認できる範囲だけでいい」
俺は目を見開いた。
「いいんですか!?」
「お前は古い魔導回路の構造を読むのが得意だろう。異常がないか、私たちと一緒に確かめてほしい」
「はい!」
俺は大きく頷いた。
戦場には行けない。
でも、ここでなら役に立てる。
俺はすぐに腕輪へ声をかけた。
「アリア、お願い!」
『了解しました。低出力での構造確認を補助します』
こうして、俺たちは出撃準備を始めた。
◇
点検を始めて一時間ほど経ったころ。
俺はグラーフの脚部にある魔力伝導管を調べていた。
《魔導構造解析・改変》を使うと、内部の魔力経路が淡い線となって浮かび上がる。
その一部に、わずかな歪みが見えた。
「父上、ここです」
「どこだ?」
「右膝の伝導管です。少しだけ魔力が流れにくくなっています」
父上は膝をつき、俺が示した箇所を確認した。
「……なるほど。以前から動きが鈍かった原因かもしれんな」
「少しなら、俺の魔法で整えられると思います」
父上は少し考えた。
「低出力で試そう。異常があればすぐ止める」
「はい」
俺は慎重に魔力を流した。
金属の内部にある小さな歪みを、少しずつ整えていく。
以前の俺なら、こうした作業だけでもかなり疲れていただろう。
だが、最近は魔力の扱いが上達していた。
必要な場所に、必要な量だけ流す。
無駄な魔力を抑え、構造の変化を確かめながら進める。
数分後。
「……できました」
『伝導経路の抵抗が、作業前より低下しています』
父上は試験用の魔力を流し、膝の動きを確かめた。
金属の関節が、以前より滑らかに動いた。
「……ほう」
父上は驚いたように俺を見た。
「本当に改善しているな」
「よかった……!」
俺は胸を撫で下ろした。
父上は笑顔を見せた。
「助かったよ、レオン」
その言葉が、何より嬉しかった。
俺は戦えない。
でも、家族の力になる方法はある。
そう思えた。
◇
昼前。
北の農村から、二人目の伝令が到着した。
今度の報告は、さらに悪いものだった。
「盗賊たちが村の外れに現れました! 住民の一部は避難を始めていますが、穀物倉庫の周辺にはまだ人が残っています!」
父上は即座に決断した。
「出撃する」
アルブレヒト兄上とセドリック兄上が頷いた。
「分かりました」
「任せてください、父上!」
格納庫の中が慌ただしくなる。
整備係たちが機体の最終確認を行い、警備隊の兵士たちが武器を手に取った。
俺はその様子を見つめていた。
父上たちが戦いに行く。
危険な相手と。
もしかしたら、怪我をするかもしれない。
俺は拳を握った。
「……父上」
父上が振り向く。
「どうした?」
「俺も……」
そこまで言いかけて、言葉が止まった。
昨日、オメガは一歩動いた。
でも、二歩目で倒れそうになった。
そんな機体で戦場へ行くなんて、無茶だ。
分かっている。
分かっているのに。
「……俺も、何かしたいです」
父上は静かに俺を見つめた。
そして、膝をついて目線を合わせた。
「レオン。お前はもう十分に力を貸してくれた」
「……でも」
「グラーフの調子が良くなったのも、お前のおかげだ。今は、それだけで十分なんだよ」
父上は俺の肩に手を置いた。
「屋敷を頼む。母上とマルタを安心させてやってくれ」
俺は唇を噛んだ。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……はい」
父上は笑った。
「よし」
そのまま立ち上がり、グラーフへ向かった。
灰色の装甲が開き、父上が内部へ乗り込む。
続いて、アルブレヒト兄上がヴァイスリッターへ。
セドリック兄上がフレイムランサーへ乗り込んだ。
魔導回路が順番に輝き始める。
低い駆動音が格納庫に響いた。
そして。
三機のターボナイトが、ゆっくりと歩き出した。
俺はその姿を見送った。
格納庫の外には、警備隊の兵士たちが待っている。
父上たちの機体は、彼らを率いて北へ向かった。
俺は、三機の背中が見えなくなるまで立ち尽くしていた。
◇
それからしばらくして。
屋敷には、落ち着かない時間が流れていた。
母上は使用人たちに指示を出し、避難してくる住民のために食事や寝具を用意していた。
マルタも忙しそうに働いている。
俺は何か手伝おうとしたが、重い荷物を運ぼうとすると、すぐに止められた。
「レオンハルト様、それは私たちが運びます!」
「でも、これくらいなら……」
「駄目です。昨日、あれだけ魔力を使われたばかりでしょう?」
「……はい」
俺はしょんぼりと肩を落とした。
マルタは少し困ったように笑った。
「お気持ちは分かります。でも、無理をされて倒れられたら、皆さんがもっと心配しますよ」
「……分かってる」
俺は頷いた。
けれど、どうしても落ち着かなかった。
父上たちは、今ごろどうしているだろう。
盗賊たちは、本当に魔導甲冑を持っているのだろうか。
そんなことを考えていると、腕輪からアリアの声が響いた。
『レオンハルト様』
「……何?」
『屋敷北側の警備所から、魔力通信が届いています』
「通信?」
『はい。アルブレヒト様の機体からの連絡を中継しているようです』
俺は顔を上げた。
「内容は?」
『盗賊団との接触を確認。現在、交戦中とのことです』
心臓が跳ねた。
「……父上たちは?」
『詳細は不明です。ただし、現時点で重大な損傷の報告はありません』
俺は息を吐いた。
まだ、大丈夫。
でも、戦いは始まっている。
◇
北の農村。
村の入口にある広場では、激しい金属音が響いていた。
「くそっ! こいつら、普通の盗賊じゃないぞ!」
セドリックが叫び、フレイムランサーの長剣を振るった。
赤銅色の機体が前へ踏み込み、敵の魔導甲冑の腕を弾く。
相手は黒い装甲をまとった、粗雑な造りの機体だった。
装甲の継ぎ目は不揃いで、ところどころに別の機体から取り外したような部品が取り付けられている。
だが、動きは意外なほど力強い。
「へへっ! 貴族様の騎士ごっこかよ!」
敵機の操縦者が笑った。
「こっちは命懸けで稼いでるんだ! 坊ちゃんたちとは違うんだよ!」
「……言ってくれるじゃないか!」
セドリックは歯を食いしばった。
フレイムランサーの脚部加速機構が赤く光る。
次の瞬間、機体が短く前進した。
ガキィンッ!
長剣が敵の武器を弾き飛ばす。
「ぐあっ!?」
黒い機体がよろめいた。
セドリックは追撃せず、相手の脚部関節を狙って剣を振り下ろした。
金属が砕ける音が響き、敵機が片膝をつく。
「動くな! 降伏しろ!」
だが、その背後から別の敵が現れた。
「セドリック、後ろだ!」
アルブレヒトの声が通信を通じて響いた。
白銀のヴァイスリッターが腕を掲げる。
半透明の魔法障壁が展開され、飛んできた魔力弾を受け止めた。
ドンッ!
衝撃で障壁が揺れる。
「……っ!」
アルブレヒトは歯を食いしばった。
ヴァイスリッターの魔力蓄積器は、すでにかなり消耗していた。
「セドリック! 深追いするな!」
「分かってる!」
セドリックは機体を後退させた。
そのとき、広場の向こうから重い足音が響いた。
ズシン。
ズシン。
黒い装甲をまとった、ひときわ大きな魔導甲冑が姿を現した。
全高は二メートルを超えている。
肩には分厚い装甲。
右腕には巨大な斧。
胸部には、赤黒く輝く魔力炉心が埋め込まれていた。
「……何だ、あれは」
セドリックが呟いた。
アルブレヒトも息を呑んだ。
「……あの炉心、普通のものじゃない」
大きな機体の胸部から、男の笑い声が響いた。
「はははっ! ようやく出てきたか、ヴァイス家の連中!」
男の声は低く、粗野だった。
「俺たちの邪魔をするなら、まとめて叩き潰してやる!」
巨大な斧が持ち上がる。
その瞬間。
灰色の機体が、二人の前へ進み出た。
ラインハルトのグラーフだった。
「……下がれ、二人とも」
「父上!」
「ここは私が受け持つ」
グラーフの左腕にある大盾が、静かに持ち上がった。
ラインハルトは敵機を見据えた。
「貴様らが何者であろうと、この領地の民を傷つけることは許さん」
男は笑った。
「へえ……格好いいじゃねえか、男爵様!」
そして、巨大な斧を振り下ろした。
ガァァンッ!!
激しい衝撃が、グラーフの盾を揺らした。
地面に亀裂が走る。
ラインハルトは歯を食いしばった。
「……重い!」
敵機の力は、想像以上だった。
しかも、その胸部の炉心は不気味な赤い光を放っている。
何かがおかしい。
だが、今は考えている余裕がなかった。
◇
同じころ。
屋敷の北側にある警備所では、魔力通信を担当する兵士たちが慌ただしく動いていた。
俺は、マルタと一緒にそこへ向かっていた。
もちろん、勝手に出てきたわけではない。
アリアが通信の異常を知らせたため、母上に事情を説明し、警備所まで行く許可をもらったのだ。
「……レオンハルト様、本当にここまででお願いしますよ」
マルタが心配そうに言った。
「分かってるよ」
俺は頷いた。
警備所の中では、兵士たちが通信装置を囲んでいた。
「北の村からの通信が不安定です!」
「何だと?」
「強い魔力反応が発生しているらしく、通信に雑音が混じっています!」
俺は装置を見つめた。
魔力通信。
離れた場所へ情報を送るための仕組みだ。
前世の無線通信とは原理が違うが、魔力の波を利用して情報を伝えるという点では似ている。
「……アリア」
『はい』
「この通信、少しでも安定させられないかな?」
『通信装置の構造を確認できれば、改善可能な箇所を調べられるかもしれません』
俺は兵士に事情を説明した。
最初は戸惑っていたが、父上から点検を任されていたことを伝えると、装置を調べることを許してくれた。
俺は慎重に手を触れた。
《魔導構造解析・改変》。
魔力の流れが、頭の中に浮かび上がる。
……なるほど。
通信装置の内部で、魔力が乱れている。
外部から強い魔力が流れ込んでいるわけではない。
受信した信号が、内部の伝導管で反射しているようだった。
「……ここか」
俺は小さく呟いた。
アリアの補助を受けながら、伝導管の接続部を調整する。
数分後。
ザザッ……。
『……こちら、ヴァイスリッター! 聞こえるか!』
通信が、少しだけ明瞭になった。
「つながった!」
兵士が声を上げた。
「こちら屋敷北側警備所! 状況を報告してください!」
『敵の魔導甲冑は三機! うち一機は大型で、異常な魔力出力を確認! こちらは防衛線を維持しているが、長くは持たない!』
俺は息を呑んだ。
三機。
しかも、大型の魔導甲冑。
父上たちは、そんな相手と戦っているのか。
そのとき、通信からセドリック兄上の声が聞こえた。
『父上! 右腕の装甲が!』
続いて、激しい衝撃音。
ザザッ……!
通信が再び乱れた。
「……父上!」
俺は思わず叫んだ。
胸が苦しくなった。
どうしよう。
何か、何かできることはないのか。
そのとき、アリアの声が響いた。
『レオンハルト様。敵機の魔力出力について、一つ気になる点があります』
「……何?」
『通信記録から推測する限り、敵機は通常より高い魔力出力を使用している可能性があります。ただし、詳細な構造は不明です』
「……高い魔力出力」
俺は考え込んだ。
オメガを造るとき、何度も悩んだ問題。
魔力の分配。
過熱。
そして、姿勢制御。
魔力を大量に流せば、それだけ強く動く。
でも、制御できなければ機体は壊れる。
……もし、敵の機体も同じ問題を抱えているなら?
「アリア。敵機の弱点を調べることはできる?」
『現地で機体の動作を観測できれば、異常な魔力消費や駆動の偏りを推測できる可能性があります。ただし、確実ではありません』
俺は拳を握った。
現地。
つまり、戦場へ行かなければならない。
俺は一瞬、目を閉じた。
父上の言葉が頭に浮かぶ。
無茶をするな。
お前はまだ子供だ。
分かっている。
でも。
父上たちが危険な目に遭っている。
俺にしかできないことがあるかもしれない。
俺はゆっくりと目を開いた。
「……マルタ」
「はい?」
「俺、オメガに乗る」
マルタは、しばらく何も言わなかった。
そして。
「…………はい?」
目を見開いた。
「……今、何とおっしゃいました?」
「オメガに乗って、父上たちのところへ行きたい」
次の瞬間。
「だ、駄目ですっ!!」
警備所に、マルタの声が響き渡った。
「昨日やっと一歩動いたばかりではありませんか! それに、相手は本物の盗賊なんですよ!?」
「分かってる!」
「分かっていません!」
マルタは俺の肩を掴んだ。
その手が、少し震えていた。
「レオンハルト様……お願いです。危険なことはなさらないでください」
俺は言葉を失った。
マルタの目には、涙が浮かんでいた。
「もし、あなた様に何かあったら……私は……」
「……マルタ」
俺は俯いた。
自分がどれだけ心配をかけているのか、ようやく分かった気がした。
でも、同時に。
俺は、何もしないまま待つこともできなかった。
「……戦いに行くんじゃない」
俺は小さく言った。
「父上たちを助ける方法を探したいんだ」
マルタは何も言わなかった。
俺は続けた。
「オメガはまだ弱い。歩くことだって、うまくできない。でも、俺の魔法とアリアの力があれば、何かできるかもしれない」
マルタは唇を噛んだ。
そして、しばらくしてから、静かに首を振った。
「……それでも、私は賛成できません」
俺は顔を上げた。
マルタは真剣な表情だった。
「レオンハルト様を大切に思っているからです」
その言葉に、胸が痛くなった。
俺は何も言えなかった。
◇
結局、俺はすぐにオメガへ乗ることはできなかった。
マルタが母上へ事情を伝え、母上も強く反対したからだ。
当然だった。
俺は八歳の子供で、オメガは未完成。
そんな状態で戦場へ行こうとするなんて、誰だって止める。
けれど、そのとき。
警備所へ、新しい伝令が駆け込んできた。
「大変です! 北の村から避難してきた住民の話では、盗賊の一部が街道を外れて南へ向かっているそうです!」
「南へ?」
「はい! この屋敷へ続く道の方向です!」
その場にいた全員が息を呑んだ。
母上の表情が変わった。
「……屋敷を狙っているの?」
「まだ分かりません。ただ、こちらへ向かっている可能性があります!」
警備隊の男が叫んだ。
「屋敷の防衛準備を!」
兵士たちが走り出した。
俺は窓の外を見つめた。
遠くに、北へ続く道が見える。
盗賊たちが、こちらへ向かっている。
つまり。
もう、戦場は遠くない。
俺はゆっくりと拳を握った。
「……アリア」
『はい』
「オメガの状態は?」
『現在、魔力蓄積器は充填済みです。ただし、歩行機構の不安定性は解消されていません』
「……分かってる」
『さらに、戦闘用の装備は搭載されていません』
「それも分かってる」
俺は深呼吸した。
今のオメガでは、敵と戦えない。
でも、屋敷を守るための障害物を動かしたり、魔法を使うときの支えにしたりすることはできるかもしれない。
俺は母上とマルタへ向き直った。
「……お願いがあります」
二人が俺を見た。
「オメガを、屋敷の防衛に使わせてください」
母上は目を見開いた。
「レオン……」
「外へ出て戦うつもりはありません。屋敷の中で、避難してくる人たちを守るために使いたいんです」
俺は必死に言葉を続けた。
「父上たちが戻るまで、俺もできることをしたい」
母上は、しばらく黙っていた。
そして、マルタを見た。
マルタは困ったように俺を見つめている。
長い沈黙のあと、母上は静かに口を開いた。
「……分かったわ」
「母上!」
「ただし、屋敷の敷地から出てはいけません。警備隊の指示に従いなさい。そして、少しでも危険だと思ったら、すぐに降りること」
「……はい!」
母上は俺を抱きしめた。
「お願いだから、無茶をしないでね」
「……分かりました」
俺は頷いた。
マルタは、まだ納得していない様子だった。
けれど、最後には小さく息を吐いた。
「……私も一緒に参ります」
「え?」
「レオンハルト様を一人にはできませんから」
俺は思わず笑った。
「ありがとう、マルタ」
「お礼を言われることではありません!」
マルタは頬を膨らませた。
「本当に、心配ばかりかけて……」
その声は、少し震えていた。
◇
数十分後。
屋敷の中庭に、青と銀の魔導甲冑が姿を現した。
オメガ。
昨日、ようやく初めて動いたばかりの機体。
その胸部には、まだ仮の固定具が残っている。
背中の四基の推進器も、今は飾りに近い。
それでも、俺はその中に乗り込んでいた。
『魔力回路、接続確認』
アリアの声が響く。
『補助駆動機構、低出力で起動します』
ウゥン……。
機体の内部に、低い振動が伝わってきた。
俺は慎重に右脚を動かした。
ゴトン。
一歩。
次に、左脚。
ゴトン。
二歩。
「……よし」
昨日より、少しだけ安定している。
俺は魔力の流れを細かく調整した。
右脚へ流す魔力を少し減らし、左脚へ少し多く流す。
重心を意識しながら、ゆっくりと前へ進む。
ゴトン。
ゴトン。
三歩。
四歩。
「……歩けた」
俺は思わず笑った。
『歩行動作の継続を確認しました。ただし、姿勢制御には依然として不安定な箇所があります』
「分かってる」
俺は頷いた。
中庭の端では、マルタが心配そうに見守っていた。
「レオンハルト様! ゆっくりですよ!」
「分かってる!」
「絶対に走らないでくださいね!」
「走れないよ、まだ!」
「それなら安心です!」
……本当に安心しているのだろうか。
俺は苦笑した。
そのとき。
遠くから、鐘の音が響いた。
カン、カン、カン!
警報の鐘だ。
中庭にいた兵士たちが一斉に動き出す。
「北門に敵影!」
「人数は!?」
「十名ほど! 武装しています!」
俺は息を呑んだ。
来た。
盗賊たちが、屋敷まで来てしまった。
兵士たちが門へ向かう。
俺はオメガの中で、ゆっくりと拳を握った。
「……アリア」
『はい』
「俺たちにできることを、考えよう」
『了解しました』
青と銀の装甲が、朝の光を受けて輝いた。
未完成の魔導甲冑。
まだ弱く、歩くことさえ難しい機体。
それでも。
俺は、ここにいる。
大切な人たちを守るために。
そして、遠く北の村では、父上と兄上たちが今も戦っている。
俺たちの領地を狙う盗賊団。
その目的は、まだ分からない。
だが、一つだけ確かなことがあった。
この戦いは、もう避けられない。
俺はオメガの内部で、静かに呟いた。
「……絶対に、誰も傷つけさせない」
アリアが応えた。
『オメガ、待機状態を維持します』
そして、屋敷の北門の向こうから、怒号と金属音が響き始めた。
俺の初めての戦いが、始まろうとしていた。
この章を読んでいただき、本当にありがとうございます!
楽しんでいただけたなら幸いです。もしお時間があれば、コメント欄でご感想をお聞かせいただけると嬉しいです。また、もしこの物語が気に入っていただけたら、星評価をいただけると大変励みになります。
お時間とご支援、本当にありがとうございました!




