第15話 ついに魔導甲冑オメガを建造! 八歳の俺、二十五日間の挑戦で夢の機体を起動する
俺が初めてオメガの設計図を描いたとき、それはただの夢だった。
青と銀の装甲。背中に並ぶ四基の推進器。魔導剣と盾を備え、自由に大地を駆ける魔導甲冑。
前世では、画面の向こうにしか存在しなかった憧れの機体。
この世界に生まれ変わった俺は、いつか自分の手でそれを造ると決めた。
けれど、紙の上に線を引くことと、本当に動く機械を造ることは、まったく違う。
材料が必要だ。工具も、知識も、技術もいる。何より、失敗しても諦めずに取り組む時間が必要だった。
そして今、俺の前には、その夢を現実に変えるための機会があった。
「父上。お願いがあります」
朝食を終えた俺は、父上の執務室を訪ねていた。
窓から差し込む朝日が、机の上に積まれた帳簿を照らしている。父上は書類から顔を上げ、俺を見た。
「どうした、レオン。ずいぶん真剣な顔だな」
俺は両手で抱えていた図面の束を、机の上に置いた。
「オメガを造りたいんです」
父上の視線が、図面へ落ちた。
「……オメガ?」
「はい。俺がずっと考えていた魔導甲冑です」
父上は最初の一枚を手に取った。
そこには、青と銀の装甲をまとった人型の機体が描かれている。背中には四基の推進器。胸部には魔力供給装置を配置し、腕と脚には補助駆動機構を組み込む予定だった。
父上は何も言わず、次の図面へ目を移した。
そして、三枚目を見終えたところで、ようやく口を開いた。
「……これは、以前見せてくれたものよりずいぶん詳しくなっているな」
「はい。アリアにも相談しました」
『補足します。設計の基本構想はレオンハルト様によるものです。私は一部の計算と問題点の整理を補助しました』
手首の腕輪から、アリアの声が響いた。
父上は小さく笑った。
「なるほど。ずいぶん頼もしい助手ができたようだ」
「それで、父上。倉庫にある祖父上のターボナイトを、参考にさせていただきたいんです」
父上の表情が少し変わった。
「……あれを使うのか?」
「全部ではありません。壊れたままの部品や、取り外せる機構を調べたいんです。使えるものがあれば、修理して組み込みたいと思っています」
父上は腕を組んだ。
「レオン。お前が魔導工学を学びたいのは分かっている。だが、あの機体は大人用だ。お前の体格に合わせて動かすのは簡単ではないぞ」
「分かっています」
「それに、魔導甲冑は普通の魔導ランプとは違う。関節に指を挟むだけでも大怪我になりかねん。魔力の流れを間違えれば、駆動部が暴走する可能性もある」
「……はい」
俺は頷いた。
父上の心配はもっともだった。
だからこそ、俺は図面の一枚を取り出した。
「最初から戦える機体を造るつもりはありません。まずは歩行と腕の動作だけを目標にしたいんです」
「……ほう?」
「魔導剣も魔導砲も、今は搭載しません。推進器も外観と取り付け機構だけです。飛ばすための魔力は流しません」
父上は図面を覗き込んだ。
そこには、装甲を外した骨格の絵が描かれていた。
腰と膝、肩と肘に補助関節を配置し、操縦者の動きに合わせて魔力を伝える仕組みだ。
まだ不完全だが、以前の設計よりは現実的になっているはずだった。
「……なるほど」
父上はしばらく考え込んだ。
やがて、机の引き出しから古い鍵を取り出した。
「分かった。倉庫へ行こう」
「……え?」
「まずは使える部品がどれだけ残っているか調べる。話はそれからだ」
「父上!」
「ただし、条件がある」
父上は指を一本立てた。
「私の監督なしに駆動装置を動かさないこと。魔力実験は必ず低出力から始めること。そして、領地の修理に必要な部品には手をつけないこと」
「はい!」
「もう一つ。お前の体に負担がかかるようなら、すぐに中止する」
「分かりました!」
俺は思わず笑顔になった。
父上も少しだけ口元を緩めた。
「……まったく。誰に似たんだか」
その言葉を聞いて、俺は思った。
きっと、父上に似たんだと思います。
◇
作業を始めた初日。
俺たちは倉庫の奥に眠っていた祖父上のターボナイトを、久しぶりに明るい場所へ引き出した。
銀色の装甲はところどころ黒ずみ、右腕の籠手は失われている。左脚の関節は大きく損傷し、胸部に収められていたはずの魔力炉心も存在しなかった。
全高はおよそ百八十センチ。
八歳の俺がそのまま乗るには、あまりにも大きい。
「……やっぱり、立派ですね」
俺が呟くと、父上が隣で頷いた。
「ああ。父上が若いころに使っていた機体だ。もう動かなくなって久しいがな」
父上は装甲に手を触れた。
その表情には、どこか懐かしさがあった。
「子供のころ、私はこの機体が動くところを見るのが好きだった。父上が整備をしていると、よく横で眺めていたものだ」
「……父上も?」
「ああ。お前と同じだよ」
俺は少し驚いた。
父上は穏やかに笑った。
「もっとも、私はこんな大それた機体を一から造ろうとは思わなかったがね」
「……あはは」
俺は照れ笑いを浮かべた。
父上は祖父上の古い整備記録を開いた。
そこには、関節機構の分解図や、魔力伝導回路の配置が細かく記されていた。
「まずは状態を調べよう。何が使えて、何が使えないのか。それを知らなければ始まらん」
「はい!」
俺は腕輪に声をかけた。
「アリア、手伝ってくれる?」
『了解しました。既存構造の分析を補助します』
こうして、俺たちの作業が始まった。
……そして、開始からわずか二時間後。
「……父上」
「何だ?」
「この関節、全然動きません」
「そうだな」
「こっちの軸も、錆びています」
「ああ」
「……これ、本当に使えるんでしょうか?」
父上は俺を見て、声を上げて笑った。
「はははっ! まだ二時間だぞ、レオン!」
「でも……」
「機械というのは、思いどおりに動かないところから始まるんだ」
父上は工具を手に取った。
「ほら、まずはこの固定具を外してみよう。力任せに回すなよ。古い金属は簡単に折れるからな」
俺は頷き、父上の隣にしゃがんだ。
オメガ建造計画。
その最初の仕事は、ひたすら錆びた部品を外すことだった。
◇
四日目。
倉庫の作業台には、取り外された部品が整然と並べられていた。
歯車、関節軸、魔力伝導管、固定金具。
使えそうなものには白い札をつけ、修理が必要なものには黄色い札をつけた。
赤い札のついた部品は、ひび割れや変形がひどく、再利用できないものだった。
……そして、赤い札が思った以上に多かった。
「……これ、半分くらい使えませんね」
俺が呟くと、父上は帳面を見ながら頷いた。
「長い間、湿気の多い倉庫に置かれていたからな。仕方あるまい」
『再利用可能部品の割合は、当初の推定を下回っています』
アリアの声が響く。
「……分かってるよ」
俺は作業台の上に置かれた関節軸を見つめた。
祖父上の機体は大人用だ。
たとえ部品が無事でも、八歳の俺の体格に合わせるには調整が必要になる。
父上は俺の図面を手に取った。
「レオン。ここを見てごらん」
「はい?」
「お前の設計では、膝の関節を小さくする予定になっているな」
「はい。俺の脚の長さに合わせるためです」
「だが、この軸をそのまま短くすれば、固定部分が弱くなる」
父上は古い関節軸を指差した。
「強度を保つには、支え方そのものを変える必要がある」
「……なるほど」
俺は図面に目を落とした。
ただ小さくすればいいわけじゃない。
機械は、部品同士が支え合って動いている。
一つを変えれば、ほかの部分にも影響が出る。
俺はペンを取り、膝の構造を描き直し始めた。
「じゃあ、軸を一本にするんじゃなくて、左右から支える形にしたらどうでしょう?」
父上は俺の図面を覗き込んだ。
「……ほう」
「これなら、軸を短くしても負担を分散できると思うんです」
『提案された構造では、荷重の分散が期待できます。ただし、接合部の強度確認が必要です』
アリアの言葉に、父上は頷いた。
「試してみる価値はあるな」
俺は嬉しくなった。
自分の考えが、少しだけ形になった気がした。
もっとも、その日の作業は図面の修正だけで終わった。
実際に部品を加工するのは、また明日だ。
◇
七日目。
ようやく、オメガの骨格が人の形を取り始めた。
倉庫の中央には、木製の支持台に固定された小さな金属の骨組みが立っている。
全高は百四十センチほど。
俺の体より少し大きく、内部に操縦者が入る空間を確保した構造だ。
祖父上のターボナイトから取り外した関節機構を利用し、足りない部分は倉庫に残っていた金属材を加工して補っていた。
もちろん、俺一人で造ったわけではない。
金属の切断や加熱、重い部品の取り付けは父上と屋敷の整備係が担当している。
俺が主に行っているのは、設計図の修正、部品の寸法確認、魔力伝導回路の調整だった。
《魔導構造解析・改変》も役に立っていた。
既存の金属部品の内部構造を調べ、歪んだ箇所を少しずつ整える。
ただし、魔法で何でも直せるわけではない。
欠けた金属を無から生み出すことはできないし、大きな変形を一度に修正すれば魔力を大量に消費する。
だから、細かな調整に使うのが一番だった。
「……よし」
俺は目の前の関節に手を当てた。
魔力を少しだけ流す。
金属の内部にある歪みが、淡い光の線として浮かび上がった。
以前なら、こうした解析を数回行うだけで頭が重くなっていた。
だが、今は違う。
水魔法や風魔法の訓練を続けたおかげで、魔力の扱いが少しずつ上達していた。
無駄に流してしまう魔力が減り、以前より長く集中できる。
十分に休んだ翌日には、以前より少し多く魔法を使えることもあった。
もちろん、限界がなくなったわけではない。
だが、確実に成長している。
『魔力制御の安定性が、以前の記録より向上しています』
「本当?」
『はい。ただし、長時間の連続使用は推奨しません』
「分かってるよ」
俺は笑った。
少しずつでいい。
魔法も、機械も。
毎日積み重ねていけば、必ず前へ進める。
……そう思っていたのだが。
「レオン!」
父上の声が響いた。
「右脚の関節を動かしてみよう」
「はい!」
俺は作業台の横に置かれた低出力の試験装置へ手を伸ばした。
父上が安全固定具を確認する。
「よし。少しだけ魔力を流してみなさい」
「分かりました」
俺は慎重に魔力を流した。
関節が淡く光る。
そして。
ギギギッ。
「……あれ?」
右脚が、途中で止まった。
次の瞬間。
ガコンッ!
関節の固定具が外れ、脚の一部が支持台にぶつかった。
「うわっ!」
父上がすぐに魔力供給を遮断した。
倉庫に静けさが戻る。
俺は呆然と右脚を見つめた。
「……壊れました」
「……壊れたな」
父上は腕を組んだ。
そして、少し困ったように笑った。
「さて、原因を調べようか」
俺は大きく息を吐いた。
……やっぱり、機械作りは簡単じゃない。
◇
十日目。
俺たちは、ようやく両脚の基本動作を確認できるようになった。
もちろん、まだ歩くことはできない。
支持台に固定した状態で、膝を曲げたり伸ばしたりするだけだ。
それでも、最初のころに比べれば大きな進歩だった。
「……動いた!」
俺は思わず声を上げた。
金属の脚が、ゆっくりと膝を曲げる。
ぎこちない動きだったが、途中で止まることはなかった。
父上も満足そうに頷いた。
「よし。今度は戻してみよう」
「はい!」
俺は魔力の流れを少しずつ調整した。
脚がゆっくりと元の位置へ戻る。
『右脚補助駆動機構、動作確認完了』
アリアの声が響いた。
俺は両手を握りしめた。
「やった……!」
そのとき、倉庫の入口から拍手が聞こえた。
「おお、すごいじゃないか!」
振り向くと、セドリック兄上が立っていた。
訓練服のまま、こちらを覗き込んでいる。
「兄上!」
「これが例のオメガか?」
「はい! まだ骨組みだけですけど!」
兄上は興味深そうに機体を見上げた。
「へえ……本当に造ってるんだな」
「当たり前じゃないですか!」
「いや、図面を描いてるのは知ってたけどさ。こうして形になると、何だか不思議だな」
兄上は機体の脚に目を向けた。
「これ、いつか歩くのか?」
「歩かせるつもりです!」
「……お前が中に入って?」
「はい!」
兄上は少し黙った。
それから、俺の頭を軽く叩いた。
「……無茶だけはするなよ」
「分かってます」
「本当か?」
「兄上までマルタみたいなことを……」
「そりゃ心配するだろ。俺の弟なんだから」
俺は少し照れくさくなった。
兄上は笑いながら、機体の肩を軽く叩いた。
「完成したら、最初に見せてくれよ」
「もちろんです!」
その約束をしたとき、俺の胸の中に新しい目標が生まれた。
ただ動く機械を造るだけじゃない。
家族に、自分の夢を見せたい。
そして、いつかこの機体で、大切な人たちを守れるようになりたい。
◇
十四日目。
オメガの腕と脚は、ようやく基本的な動作ができるようになった。
だが、新しい問題が発生していた。
魔力の消費量だ。
「……ううっ」
俺は作業台に肘をつき、額を押さえた。
ほんの数分間、関節を動かしただけなのに、思った以上に疲れてしまった。
『魔力消費量が想定値を上回っています』
「……やっぱり?」
『はい。複数の関節へ同時に魔力を供給した際、伝導経路で損失が発生しています』
俺は図面を見つめた。
右腕、左腕、右脚、左脚。
それぞれに魔力を流すだけなら、何とかなる。
だが、同時に動かそうとすると、魔力が足りなくなる。
以前の俺なら、もっと魔力量を増やせばいいと考えただろう。
でも、今は違う。
剣術の訓練で、兄上に教わったことを思い出す。
大切なのは、力を増やすことだけじゃない。
力を正しく使うことだ。
「……アリア」
『はい』
「魔力を全部の関節に同じ量だけ流す必要はないよね?」
『肯定します。必要な駆動力は、動作によって異なります』
「だったら、動かす場所に合わせて魔力を分ければいいんじゃないかな」
『魔力分配機構の導入ですね』
「うん!」
俺はノートを開いた。
以前から考えていた、魔力を複数の経路へ分ける仕組み。
それを、今こそ試すときだった。
父上にも相談し、俺たちは小さな試験回路を組み立てた。
銅の伝導線。
古い魔導装置から取り外した調整弁。
そして、魔力の流れを確認するための低出力ランプ。
最初の実験では、魔力が片方の回路に偏ってしまった。
二回目は、調整弁が熱を持ちすぎて中止になった。
三回目は、二つのランプが交互に点滅するだけだった。
「……難しいなあ」
俺が呟くと、父上が隣で笑った。
「だが、少しずつ原因が分かってきただろう?」
「……はい」
「ならば、無駄ではない」
俺は頷いた。
そして、もう一度図面を見直した。
魔力を均等に分けるのではなく、必要な側へ優先的に流す。
そのために、調整弁の位置を変える。
アリアが計算を補助し、父上が部品の加工を手伝ってくれた。
さらに二日後。
二つのランプが、ようやく別々の明るさで安定して光った。
「……できた!」
『魔力分配試験、成功を確認しました』
俺は思わず椅子から立ち上がった。
父上も嬉しそうに頷いた。
「よくやったな、レオン」
俺は笑顔で答えた。
「はい!」
これで、ようやく次の段階へ進める。
◇
十九日目。
オメガの骨格に、魔力分配機構が組み込まれた。
胸部には、古い魔導装置から回収した小型の魔力蓄積器を取り付けた。
祖父上のターボナイトに使われていた本来の炉心とは違い、蓄えられる魔力は少ない。
長時間の稼働には向かないし、高出力の魔法を使うこともできない。
それでも、短時間の歩行試験には使える見込みだった。
父上は蓄積器の状態を何度も確認していた。
「レオン。これはあくまで試験用だ。魔力を使い切る前に必ず停止するんだぞ」
「はい!」
「それから、魔力が不安定になったら、すぐに供給を切る」
「分かっています」
俺は頷いた。
このころには、俺自身の魔力制御もさらに安定していた。
毎日の訓練を続けたことで、少量の魔力を長く維持することができるようになっていたのだ。
ただし、魔力蓄積器を充填する作業は、一度に行わないようにしていた。
朝と夕方に少しずつ魔力を流し、十分に休息を取る。
それを何日も繰り返して、ようやく試験に必要な量を蓄えることができた。
……地味な作業だった。
でも、今の俺にはそれが大切だと分かっていた。
そして、同じころ。
屋敷の外では、別の問題が大きくなり始めていた。
「……また商人が来られなくなったの?」
夕食の席で、アルブレヒト兄上がため息をついた。
「ああ。西の街道を通る予定だった荷馬車が、護衛を手配できずに出発を延期したそうだ」
父上は難しい顔で頷いた。
「盗賊の噂が広がっているからな」
セドリック兄上が拳を握った。
「警備隊の巡回を増やしても、まだ捕まらないんですか?」
「相手は森の中を移動しているらしい。人数もはっきりしない」
俺は黙って話を聞いていた。
盗賊たちは、まだ直接屋敷を襲ってきたわけではない。
だが、商人たちが道を避けるようになれば、領地の生活に影響が出る。
魔導ポンプの修理に必要な部品も、予定どおり届かないかもしれない。
……早く何とかしたい。
俺は膝の上で拳を握った。
でも、今のオメガはまだ歩くことさえできない。
焦っても仕方がない。
俺にできるのは、目の前の作業を一つずつ進めることだけだった。
◇
二十二日目。
ついに、オメガの外装を取り付ける日がやってきた。
倉庫の中央には、金属の骨格が立っている。
その周囲には、父上と整備係が加工してくれた装甲板が並べられていた。
銀色の金属板を基本とし、肩や胸、脚の一部には青い塗装を施している。
まだ表面は粗く、細かな傷も残っていた。
それでも、俺には十分すぎるほど美しく見えた。
「……本当に、オメガみたいだ」
俺が呟くと、父上が笑った。
「まだ装甲を取り付けていないだろう」
「でも、もう形が見えてきました!」
俺は嬉しくて仕方がなかった。
前世で何度も想像した姿。
青と銀の魔導甲冑。
それが、今、目の前に存在している。
父上と整備係が装甲を固定していく。
胸部。
肩。
腕。
腰。
脚。
一枚ずつ装甲が取り付けられるたびに、骨格は少しずつ騎士の姿へ近づいていった。
そして最後に、背部の四基の推進器を取り付けた。
もっとも、今の推進器はまだ実験用の外殻と固定機構だけだ。
魔力を噴射する装置は完成していない。
飛行どころか、短時間の加速さえできない。
だが、それでもよかった。
今は、未来のための準備だ。
「……完成したら、絶対に飛ばしてみせるからな」
俺は小さく呟いた。
『現在の機体構造では、飛行に必要な推進力を確保できません』
「分かってるよ、アリア」
『さらに、姿勢制御機構も未完成です』
「それも分かってる!」
『安全性を考慮すると、飛行試験は推奨されません』
「だから、今すぐ飛ぶとは言ってないってば!」
俺が思わず声を上げると、父上が笑った。
「はははっ! ずいぶん厳しい助手だな!」
俺は苦笑した。
でも、アリアの言うことは正しい。
夢を叶えるためには、焦らず進まなければならない。
◇
二十四日目。
オメガの最初の有人試験を翌日に控え、俺たちは最後の確認を行っていた。
倉庫の中央には、青と銀の魔導甲冑が立っている。
全高は約百四十センチ。
八歳の俺が内部に入れるよう、胴体には操縦用の空間が設けられていた。
腕と脚の内側には、操縦者の動きを読み取るための魔力感応部が取り付けられている。
ただし、俺の体の動きをそのまま完全に再現できるわけではない。
今の段階では、腕を上げる、脚を前へ出すといった基本動作だけだ。
それでも、俺にとっては大きな一歩だった。
「……明日か」
俺は機体を見上げた。
胸の奥が、期待と不安でいっぱいになる。
ここまで二十四日。
毎日、失敗しては直し、直しては試してきた。
何度も図面を描き直した。
部品が合わず、作業をやり直した日もあった。
魔力が足りなくなり、休息を取らなければならない日もあった。
それでも、少しずつ進んできた。
父上が隣に立った。
「緊張しているのか?」
「……少し」
「そうか」
父上は穏やかに笑った。
「私もだよ」
「……父上も?」
「ああ。お前が初めてこの図面を見せてくれたとき、正直に言えば、ここまで形になるとは思っていなかった」
俺は父上を見上げた。
「……そうなんですか?」
「もちろん、夢を持つことは素晴らしい。だが、実際に機械を造るには、想像以上の苦労があるからな」
父上はオメガの装甲に手を触れた。
「それでも、お前は諦めなかった」
俺は何も言えなかった。
父上は続けた。
「失敗しても、原因を調べ、考え直し、また試した。その姿勢は立派だったよ」
「……父上」
「明日、もし動かなかったとしても、落ち込む必要はない。ここまで造り上げたこと自体が、大きな成果なんだからな」
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
俺は小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
父上は俺の頭を優しく撫でた。
「さあ、今日はもう休もう。明日は大事な日だ」
「はい!」
俺はもう一度、オメガを見上げた。
青と銀の装甲が、夕日の光を受けて静かに輝いていた。
明日。
ついに、俺の夢が動き始める。
◇
二十五日目。
倉庫の中には、いつもより多くの人が集まっていた。
父上。
母上。
アルブレヒト兄上。
セドリック兄上。
そして、マルタ。
整備係たちも、少し離れた場所で見守っている。
倉庫の中央には、青と銀の魔導甲冑オメガが立っていた。
背中には四基の推進器。
胸部には小型の魔力蓄積器。
腕と脚には補助駆動機構が組み込まれている。
まだ武器はない。
飛行もできない。
装甲の一部には、仮の固定具が残っている。
それでも、俺にとっては世界で一番格好いい機体だった。
「……すごいわね」
母上が小さく呟いた。
「これを、本当にレオンが考えたの?」
「はい、母上!」
「まあ……」
母上は驚いたように機体を見上げた。
アルブレヒト兄上も感心した様子だった。
「まさか、ここまで造るとはね」
セドリック兄上は腕を組み、満足そうに笑った。
「俺は信じてたぞ!」
「兄上、最初は笑ってたじゃないですか!」
「それはそれ、これはこれだ!」
俺たちは笑った。
だが、父上が手を叩くと、倉庫の空気が引き締まった。
「よし。これから初回起動試験を行う」
父上は整備係たちへ指示を出した。
オメガの周囲には、転倒防止用の支持具が設置されている。
機体が倒れそうになっても、すぐに支えられるようにするためだ。
魔力供給を遮断するための装置も、父上の手元に用意されていた。
「レオン。体調はどうだ?」
「問題ありません!」
「魔力は十分か?」
「はい。昨日はしっかり休みました」
「よし。では、乗ってみなさい」
俺は深呼吸した。
そして、オメガへ近づいた。
胸部の装甲を開くと、内部には俺の体に合わせた操縦空間がある。
俺は慎重に足を入れ、両腕を所定の位置へ通した。
内部の固定具が、体を優しく支える。
父上が最後の確認を行った。
「苦しくないか?」
「大丈夫です」
「痛いところは?」
「ありません」
「よし」
父上は一歩下がった。
「では、始めよう」
俺は目を閉じた。
胸が高鳴る。
ここまで、長かった。
いや、たった二十五日なのかもしれない。
でも、俺にとっては、一日一日が大切な時間だった。
祖父上の機体を見つけた日。
初めて魔導ランプを修理した日。
魔法の制御に失敗して、マルタに叱られた日。
兄上から剣術を教わり、体の動きを学んだ日。
アリアと出会い、研究を始めた日。
そのすべてが、今につながっている。
「……アリア」
『はい、レオンハルト様』
「オメガの起動準備をお願い」
『了解しました。魔力回路の接続状態を確認します』
腕輪の青い石が淡く輝いた。
『胸部魔力蓄積器、接続確認』
機体の内部に、小さな振動が伝わってきた。
『右腕補助駆動機構、正常』
『左腕補助駆動機構、正常』
『右脚補助駆動機構、正常』
『左脚補助駆動機構、正常』
俺は息を呑んだ。
『魔力分配機構、低出力モードで安定』
胸部の装甲に刻まれた細い魔導回路が、淡い青色に光り始めた。
倉庫の中から、小さなどよめきが聞こえる。
『起動準備、完了しました』
俺は目を開いた。
「……よし」
そして、静かに告げた。
「オメガ、起動!」
次の瞬間。
ウゥン……。
低い振動音が、機体の内部に響いた。
胸部の魔導回路が青く輝き、腕と脚の関節がわずかに動いた。
「……動いた?」
俺は右腕を上げようとした。
すると。
ギギ……。
金属の腕が、ゆっくりと持ち上がった。
「……っ!」
俺は息を止めた。
右腕が動いている。
俺の意思に合わせて。
もう一度、今度は左腕を動かす。
左腕も、ゆっくりと持ち上がった。
「……動いた!」
声が震えた。
「父上! 動きました!」
父上は目を見開いていた。
そして、ゆっくりと笑顔になった。
「ああ……見えているよ、レオン!」
俺は嬉しくてたまらなかった。
でも、まだ終わりじゃない。
次は、歩行試験だ。
『レオンハルト様。歩行試験に移行する場合、低速での動作を推奨します』
「分かってる」
俺は深呼吸した。
右脚を前へ出す。
機体の関節がゆっくりと動いた。
金属の足が、床からわずかに浮く。
そして。
ゴトン。
右足が、前へ下りた。
「……一歩」
俺は小さく呟いた。
次に、左脚を動かす。
だが、その瞬間。
ぐらり。
「……うわっ!」
機体が横へ傾いた。
『警告。姿勢が不安定です』
「分かってる!」
俺は慌てて魔力を調整した。
だが、右脚に魔力を流しすぎたらしい。
機体がさらに傾く。
「レオン!」
父上の声が響いた。
次の瞬間、転倒防止用の支持具が機体を受け止めた。
ガコンッ!
大きな音が倉庫に響く。
父上がすぐに魔力供給を遮断した。
オメガの光が、ゆっくりと弱まっていく。
静寂。
俺は機体の中で、しばらく動けなかった。
「……失敗、した」
小さく呟いた。
せっかく動いたのに。
あと少しだったのに。
悔しさが胸に込み上げてくる。
そのとき。
「……レオン」
父上の声が聞こえた。
「大丈夫か?」
「……はい」
「怪我は?」
「ありません」
父上は安心したように息を吐いた。
そして、静かに笑った。
「よかった。なら、今日は成功だ」
「……え?」
俺は思わず顔を上げた。
「でも、歩けませんでした」
「一歩は動いたじゃないか」
「……でも」
「それに、転倒防止装置もきちんと働いた。安全に止められたことも、大切な成果だよ」
父上はオメガの装甲に手を置いた。
「レオン。機械作りというのは、失敗をなくすことじゃない。失敗から学んで、次に進むことなんだ」
俺は何も言えなかった。
その言葉は、これまで父上が何度も教えてくれたことだった。
俺はゆっくりと頷いた。
「……はい」
父上は笑った。
「さあ、降りておいで。今日は十分頑張った」
俺は胸部の装甲を開き、慎重に機体から降りた。
足が少し震えている。
魔力も、思った以上に消費していた。
だが、胸の奥には、悔しさ以上のものがあった。
喜びだ。
夢が、本当に動いた。
ほんの一歩だけど。
確かに、俺のオメガは動いたのだ。
◇
試験が終わると、セドリック兄上が真っ先に駆け寄ってきた。
「レオン!」
「兄上!」
「すごかったぞ! 本当に動いたじゃないか!」
「……はい!」
兄上は俺の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「まったく、お前は本当にすごいな!」
「まだ完成じゃありませんよ」
「分かってる。でも、最初の一歩だろ?」
俺は笑った。
「……はい!」
母上も近づいてきた。
「レオン、怪我がなくて本当によかったわ」
「心配かけてごめんなさい」
「いいのよ」
母上は俺を優しく抱きしめた。
「でも、これからも無理だけはしないでね」
「……はい」
マルタも、少し涙ぐんだ顔で微笑んでいた。
「レオンハルト様、本当におめでとうございます」
「ありがとう、マルタ!」
アルブレヒト兄上は、機体を眺めながら言った。
「これだけのものを造ったんだ。今後の維持費も考えないといけないね」
「……うっ」
俺は思わず顔をしかめた。
兄上は笑った。
「冗談だよ。……半分はね」
「半分!?」
みんなが笑った。
その笑い声を聞きながら、俺はオメガを見上げた。
青と銀の装甲。
四基の推進器。
まだ未完成の魔導甲冑。
でも、確かにそこに存在している。
俺の夢が。
◇
その夜。
俺は机の上に、新しい設計図を広げていた。
そこには、今日の試験で分かった問題点が書き込まれている。
『歩行時の姿勢制御が不安定』
『魔力消費量が想定より大きい』
『左右の脚部出力に差が生じる』
『重心移動に合わせた制御が必要』
俺はペンを置き、大きく息を吐いた。
「……課題だらけだなあ」
『肯定します』
「そこは少しくらい励ましてくれてもいいんじゃない?」
『本日の試験では、基本駆動機構の動作が確認されました。大きな進展です』
「……うん」
俺は笑った。
確かに、そうだ。
まだ飛べない。
戦えない。
長時間動くこともできない。
でも、オメガは動いた。
それだけで、今は十分だった。
「……アリア」
『はい』
「これから、もっと良くしていこう」
『了解しました。オメガ計画の研究を継続します』
俺は頷いた。
そのときだった。
廊下の向こうから、慌ただしい足音が聞こえてきた。
続いて、父上の声。
「……何だと?」
俺は顔を上げた。
しばらくすると、警備隊の男の声が聞こえてきた。
「北の旧採掘場へ続く道で、不審な武装集団が目撃されました」
俺の胸が、どくんと鳴った。
また、あの採掘場だ。
魔晶石。
ミスリル。
そして、地下に眠る謎の魔導構造物。
その近くに、盗賊らしき連中が現れている。
偶然なのだろうか。
それとも……。
『レオンハルト様』
アリアの声が静かに響いた。
『心拍数の上昇を確認しました』
「……うん」
俺は小さく答えた。
窓の外には、夜の闇が広がっている。
その向こうに、北の山々がある。
俺は机の上の設計図へ目を戻した。
今日、オメガは初めて動いた。
だが、今の機体では誰かを守ることはできない。
それでも。
俺は、もう一度拳を握った。
「……絶対に完成させる」
小さく呟く。
「いつか、この機体で……みんなを守れるようになるんだ」
アリアが静かに応えた。
『オメガ計画、継続を確認しました』
俺は頷いた。
窓の外では、夜風が木々を揺らしていた。
そして、北の山々の向こうでは、俺たちの知らない何かが、静かに動き始めていた。
この章を読んでいただき、本当にありがとうございます!
楽しんでいただけたなら幸いです。もしお時間があれば、コメント欄でご感想をお聞かせいただけると嬉しいです。また、もしこの物語が気に入っていただけたら、星評価をいただけると大変励みになります。
お時間とご支援、本当にありがとうございました!




