第13話 古代魔導AIに導かれた俺、廃坑で領地を救う希少鉱石を発見する
翌朝、目を覚ました俺は、天井を見つめたまま昨夜の出来事を思い返していた。
アリア。
古い採掘場で見つかった腕輪に宿る、古代の魔導知性体。
自分のことを「演算補助知性体」と名乗った彼女は、俺の魔力と共鳴し、離れた場所からでも頭の中に話しかけてくる。
前世の世界なら、人工知能――AIと呼ばれていたものに近いのだろう。
もっとも、彼女は電気ではなく魔力で動いているらしい。
昨夜は興奮してなかなか眠れなかった。
何しろ、俺が長年夢見てきた魔導甲冑オメガの研究を手伝ってくれるというのだ。
青と銀の装甲に、背部の四基の推進器。魔導剣、盾、そして魔導砲。
まだ紙の上にしか存在しない夢だったが、少しだけ現実に近づいたような気がしていた。
『おはようございます、レオンハルト様』
「うわっ!」
突然、頭の中に声が響いた。
俺は反射的に毛布を跳ね上げた。
『心拍数の上昇を確認しました。異常がありますか?』
「……アリア。朝から急に話しかけないでくれ」
『了解しました。以後、通信開始前に通知を行います』
「その通知も頭の中に響くんじゃないの?」
『……ご指摘の問題を確認しました』
少しの沈黙。
『代替手段を検討します』
俺は思わず笑った。
どうやら、古代の知性体にも苦手なことがあるらしい。
しかし、笑ってばかりもいられなかった。
アリアの本体である腕輪は、まだ父上の管理下にある。正体の分からない魔導装置を勝手に使わないという約束もした。
それに、昨夜の会話で一つ気になっていることがあった。
「アリア。昨日の採掘場のこと、覚えてる?」
『周辺地形および魔力反応の一部を記録しています』
「何か分かった?」
『地下空間に複数の高密度魔力反応を検出しました』
俺はベッドの上で身を起こした。
「高密度魔力反応?」
『魔力を蓄積、または伝導する物質が存在する可能性があります。ただし、詳細な識別には追加測定が必要です』
つまり、魔導鉱石があるかもしれないということか。
祖父上の記録にも、北方の採掘場から魔導部品を運んだと書かれていた。
偶然とは思えない。
「その物質、魔導機械の修理に使えるかな?」
『材質と劣化状態によります。現時点では判断できません』
「……そう簡単にはいかないか」
『ただし、魔力伝導特性を持つ鉱石であれば、魔導装置の部材として利用できる可能性があります』
俺は机に置いたノートへ目を向けた。
壊れた魔導ポンプ。
祖父上のターボナイト。
そして、オメガ。
どれも材料が必要だ。
もし領地の中に使える鉱石が眠っているなら、ヴァイス家にとって大きな希望になる。
俺はベッドから飛び降りた。
「よし。父上に相談しよう!」
『提案。まず着替えることを推奨します』
「……分かってるよ」
◇
朝食の席で、俺は昨夜アリアと話したことを家族に伝えた。
父上は食事の手を止め、母上は驚いたように目を瞬かせた。
「腕輪が、お前に話しかけてきたの?」
「はい、母上。アリアという名前を付けました」
「アリア……可愛らしい名前ね」
母上は微笑んだが、すぐに心配そうな表情になった。
「でも、体に悪い影響はないのかしら?」
「今のところ、特にありません」
「今のところ、では安心できないわ」
母上の言葉に、俺は返事に詰まった。
確かに、そのとおりだ。
父上も腕を組んだ。
「昨夜、お前にだけ声が聞こえたということか」
「はい。魔力が共鳴しているらしいです」
「その仕組みを、お前自身は理解しているのか?」
「……まだ、よく分かりません」
「ならば慎重に扱う必要があるな」
父上は厳しい口調だったが、怒っているわけではなかった。
俺は頷いた。
「分かっています。だから、今日はお願いがあるんです」
「何だ?」
「昨日の採掘場を、もう一度調べたいんです」
セドリック兄上がパンを口に運びかけたまま止まった。
「おいおい、レオン。昨日は魔物に襲われたばかりだぞ」
「分かってます。でも、アリアが地下に強い魔力反応を見つけたんです」
俺は祖父上の記録についても説明した。
古い採掘場から運ばれた魔導部品。
坑道の近くで見つけた青い結晶。
そして、アリアが検出した魔力反応。
アルブレヒト兄上が興味深そうに身を乗り出した。
「もし魔導鉱石が残っているなら、調べる価値はあるね」
「兄上もそう思いますか?」
「ああ。ただし、価値のある鉱石が存在することと、それを採掘して利益を出せることは別問題だよ」
兄上は落ち着いた声で続けた。
「坑道を整備する費用、作業員の賃金、輸送費。採掘できる量が少なければ、赤字になることだってある」
「……なるほど」
俺は少し肩を落とした。
前世でも、資源があるからといって必ず儲かるわけではなかった。
採掘には設備も人手も必要だ。
しかも、ヴァイス家にはそのための資金がほとんどない。
「だが、調査する価値はある」
父上が言った。
「まずは入口周辺の安全を確認する。魔物の対策も必要だ。今日はセドリックと護衛に加え、採掘場の構造を知る者を同行させよう」
「ありがとうございます!」
「ただし、危険な坑道には入らない。調査責任者が中止を判断したら、すぐに引き返すこと」
「はい!」
父上は俺の返事を聞き、少しだけ表情を緩めた。
「それと、アリアという装置についても調べたい。お前が声を聞くなら、私の前で会話できるか確かめよう」
こうして、俺たちは再び北方の採掘場へ向かうことになった。
◇
出発前、父上の執務室で腕輪の確認が行われた。
黒ずんだ金属の表面には細かな紋様が刻まれ、中央の暗青色の石は朝の光を受けて鈍く輝いていた。
「アリア、聞こえる?」
『はい、レオンハルト様』
「父上の前で話せるかな?」
『音声出力機能を確認します。……一部機能に制限がありますが、短時間の外部音声出力が可能です』
腕輪の石が淡く光った。
『……音声出力、開始』
「おおっ!」
俺は思わず声を上げた。
今度は頭の中ではなく、部屋の中に声が響いたのだ。
父上も目を見開いた。
「……これは驚いた」
『初めまして。私は古代魔導演算補助知性体、アリアです』
父上はしばらく腕輪を見つめていた。
「……意思を持っているのか?」
『自律的な情報処理および対話が可能です。ただし、記憶領域に損傷があり、詳細な自己診断は完了していません』
「つまり、分からないことも多いのだな」
『肯定します』
父上は顎に手を当てた。
「レオン。これをお前に持たせるのは、まだ不安がある」
「……はい」
「だが、現状ではお前としか安定した接続ができないようだ。今日の調査中だけ、私の許可のもとで装着してよい」
「本当ですか?」
「ただし、異常があればすぐに外すこと。魔力を大量に使うような機能も禁止だ」
「分かりました!」
父上は腕輪を俺の手首に合わせた。
少し大きいと思ったが、金属の輪が淡く光ると、ゆっくりと縮んだ。
「うわっ……!」
『装着者の身体寸法を確認。固定完了』
父上が眉を寄せた。
「痛みはないか?」
「ありません」
『装着状態は正常です』
父上はしばらく考え込んでいたが、最後に頷いた。
「……では、気をつけて行ってこい」
◇
北方の採掘場へ到着したのは、昼前だった。
昨日と同じ灰色の岩山が、木々の向こうにそびえている。
今日は護衛たちが先行し、周辺に魔物の痕跡がないか調べていた。
セドリック兄上は剣を腰に下げ、俺の隣を歩いている。
「レオン、その腕輪、本当に喋るんだな」
「はい。アリアっていうんです」
「へえ。じゃあ、俺のことも分かるのか?」
『周辺音声情報より、セドリック・ヴァイス様と推定します』
「おっ、すごいな!」
兄上は楽しそうに笑った。
「俺はセドリックだ。レオンの兄貴をやってる。よろしくな、アリア」
『よろしくお願いします、セドリック様』
「おお、礼儀正しい!」
兄上はすっかり気に入ったらしい。
だが、次の瞬間。
『補足。レオンハルト様の安全確保を優先してください』
「……言われなくても分かってるよ」
『昨日の戦闘記録では、レオンハルト様が危険区域に接近しています』
「おい、レオン。こいつ、俺に説教してるのか?」
「……たぶん、心配してるんだと思います」
俺が笑うと、兄上も苦笑した。
「まったく。お前の味方が一人増えたな」
そんな会話をしながら、俺たちは昨日見つけた岩場へ向かった。
崩れかけた裂け目の前には、護衛たちが立っていた。
年配の作業員が岩の状態を確認し、同行したもう一人の採掘経験者と相談している。
「入口付近は比較的安定していますな」
「ただし、奥は分かりません。崩れた支柱も見えます」
調査責任者は頷いた。
「入口から見える範囲だけ確認しよう。危険な場所へは進まない」
俺も頷いた。
昨日の魔物との戦いを思い出す。
あのときの恐怖は、まだ体に残っていた。
だからこそ、今日は無理をしたくなかった。
俺は腕輪へ小さく話しかけた。
「アリア。ここで何か分かる?」
『周辺魔力の測定を開始します。レオンハルト様、右側の岩壁をご覧ください』
「右?」
俺は視線を向けた。
そこには、灰色の岩の間に細い青色の筋が走っていた。
『微弱な魔力伝導反応を確認しました』
「……これが?」
『はい。詳細な識別には、表面に対する低出力の魔力測定が必要です』
俺は作業員とセドリック兄上に確認した。
「この石、調べてもいいですか?」
「触れるだけなら問題なさそうですが、魔力を流すのは慎重に」
作業員が答えた。
セドリック兄上も頷いた。
「少しだけだぞ。変なことが起きたらすぐにやめろ」
「はい!」
俺は岩壁の前にしゃがんだ。
青い筋は、まるで石の中に細い川が流れているように見えた。
そっと手を近づける。
「アリア、どうすればいい?」
『まず、魔力を流さずに表面の状態を観察してください』
「……え?」
『魔力測定の前に、物理的な特徴を記録します。色、光沢、亀裂、周辺の岩質を確認してください』
俺は少し驚いた。
てっきり、魔法を使えばすぐに答えが出ると思っていたのだ。
でも、アリアの言うことは正しい。
前世でも、何かを分析するときには、まず観察から始めるものだった。
「青い筋があって……周りの石より少し透明だ。表面に細い割れ目もある」
『記録しました。次に、最小出力で魔力を流してください』
俺は深呼吸した。
指先へ、ほんの少しだけ魔力を集める。
以前なら、魔力を流すときに必要以上の力を込めてしまっていた。
だが、何日も水魔法の訓練を続けたおかげで、今は細かい調整ができる。
「……これくらい?」
『出力が高すぎます。約三割低下させてください』
「三割……」
俺は意識を集中させた。
指先に集まる魔力を、少しずつ弱める。
『適正値を確認。測定を開始します』
青い筋が淡く輝いた。
俺は息を呑んだ。
『魔力伝導反応を確認。既存記録との照合を開始します』
短い沈黙。
『……照合結果。魔晶石系鉱物である可能性が高いと判断します』
「魔晶石!」
思わず声が大きくなった。
セドリック兄上が振り向く。
「何だ、それは?」
「魔力を蓄えたり、流したりするのに使える鉱石かもしれません!」
兄上は岩壁を見つめた。
「へえ……そんなものが、ここに?」
作業員も興味深そうに近づいてきた。
「昔、この辺りでは魔力を帯びた石が採れたと聞いております。ただ、良質なものは少なかったそうで」
「じゃあ、これも使えるかもしれないんですね」
「そうですな。ただし、品質を調べてみなければ分かりません」
俺は頷いた。
アリアも同意するように言った。
『亀裂が多く、魔力保持能力は不安定です。高出力の魔導装置への使用は推奨しません』
「……なるほど」
見つけたからといって、すぐに使えるわけではない。
でも、可能性はある。
俺はノートを取り出し、岩壁の位置と特徴を書き留めた。
◇
調査はさらに続いた。
入口から少し離れた場所には、昔の採掘作業で捨てられたらしい石の山があった。
その中には、灰色の石だけでなく、赤茶色や黒色の鉱石も混じっていた。
「これ、全部ここで掘ったものなのかな」
俺が呟くと、作業員が頷いた。
「おそらく、価値が低いと判断されて捨てられた石でしょう」
「……捨てられた?」
俺は石の山を見つめた。
昔の技術では使い道がなかったものでも、今なら利用できるかもしれない。
前世の世界でも、技術の進歩によって価値が変わった資源は存在した。
俺はしゃがみ込み、石の表面を観察した。
そのとき、セドリック兄上が一つの石を拾い上げた。
「レオン、これを見てみろ」
兄上の掌には、黒い岩に銀色の筋が走った石があった。
光が当たると、細い金属の線が青白く輝く。
「……綺麗ですね」
「だろ? お前、こういうの好きそうだからな」
兄上は笑った。
俺は石を受け取り、アリアに尋ねた。
「これも調べられる?」
『可能です。ただし、測定には少量の魔力を消費します』
「分かった」
俺はさっきと同じように、まず石の表面を観察した。
銀色の筋は細く、ところどころに青い光沢がある。
石自体は見た目より重かった。
アリアの指示に従って、ごく少量の魔力を流す。
すると、銀色の筋が一瞬だけ淡く光った。
『……高い魔力伝導反応を確認』
「……え?」
『金属系魔導鉱物の可能性があります。既存記録との照合を開始します』
俺は息を止めた。
『……照合結果。ミスリル系鉱石との類似性を確認しました』
「ミスリル……?」
その名前を聞いた瞬間、俺の心臓が跳ねた。
ミスリル。
ファンタジー作品ではおなじみの、軽くて丈夫な魔法金属。
この世界でも、魔導機械や高級武具に使われる貴重な素材だ。
もし本物なら……。
「兄上!」
「何だ?」
「これ、ミスリルかもしれません!」
「……は?」
セドリック兄上は間の抜けた声を出した。
作業員も驚いたように石を覗き込む。
「ミスリルですと?」
「まだ確定じゃありません。でも、アリアが似た反応を見つけたんです!」
作業員は慎重に石を受け取り、表面を確かめた。
「……確かに、普通の銀鉱石とは違う光沢がありますな」
彼は眉を寄せた。
「ただ、これだけでは判断できません。専門の鑑定が必要でしょう」
「はい」
俺は頷いた。
期待は膨らむ。
でも、ここで決めつけるのは危険だ。
ミスリルが本当に採れるとしても、どれだけの量があるか分からない。
それでも。
もし、この鉱石を利用できるなら。
魔導ポンプの部品を作れるかもしれない。
祖父上のターボナイトを修理する手がかりになるかもしれない。
そして、いつか――。
俺の頭の中に、青と銀のオメガが浮かんだ。
軽量で丈夫な装甲。
滑らかに動く関節。
四基の推進器を支える骨格。
……夢が、少しだけ近づいた気がした。
◇
調査を終えようとしたときだった。
『レオンハルト様。追加の魔力反応を検出しました』
アリアの声が響いた。
「追加?」
『地下深部に、高密度の魔力反応があります』
「どこ?」
『現在位置より奥側です。ただし、正確な距離は測定できません』
俺は坑道の入口を見た。
暗い穴の向こうには、冷たい空気が流れている。
昨日、アリアを見つけた場所。
そのさらに奥に、何かがあるというのだろうか。
「アリア、どんな鉱石?」
『既存記録との照合を試みます』
しばらく沈黙が続いた。
『……高い魔力耐性を持つ物質の可能性があります』
「魔力耐性?」
『大量の魔力にさらされても、構造が変化しにくい性質です』
俺は目を見開いた。
もしそんな素材があるなら、魔導機関の保護に使えるかもしれない。
オメガの推進器や魔導砲にも、強い魔力に耐える部品が必要になるはずだ。
「名前は分かる?」
『……記録の一部が破損しています』
アリアの声が一瞬途切れた。
『推定候補……オリハルコン系鉱物』
「……オリハルコン?」
俺は思わず坑道の奥を見つめた。
伝説級の金属。
ゲームの世界では、高級装備の素材として登場することもある。
だが、ここに本当に存在するのだろうか。
『注意。現時点では未確認の反応です。実物の採取および鑑定が必要です』
「……そうだよね」
俺は小さく息を吐いた。
セドリック兄上が隣に立った。
「どうした?」
「奥に、すごく珍しい鉱石があるかもしれないんです」
「……奥って、あの坑道の中か?」
「はい」
兄上は俺の顔を見た。
それから、ゆっくり首を振った。
「駄目だぞ」
「まだ何も言ってません!」
「顔に書いてある」
兄上は苦笑した。
「レオン。珍しい石が欲しい気持ちは分かる。でも、あそこは危険だ。今の俺たちだけじゃ安全を保証できない」
「……はい」
俺は頷いた。
悔しくないと言えば嘘になる。
でも、兄上の言うことは正しい。
どんなに価値のある鉱石でも、命を懸けて取りに行くべきではない。
「いつか、ちゃんと調査できるようになったら来ようぜ」
兄上が言った。
「そのときは俺も付き合ってやる」
「……本当ですか?」
「ああ。もちろん、父上の許可をもらってからな」
俺は笑った。
「約束ですよ!」
「おう!」
兄上は俺の頭をくしゃくしゃに撫でた。
◇
屋敷へ戻ると、俺たちは父上とアルブレヒト兄上に調査結果を報告した。
机の上には、採掘場で採取を許可された小さな石が二つ並んでいる。
一つは青い筋の入った魔晶石らしき鉱石。
もう一つは、銀色の光沢を持つミスリルらしき鉱石だった。
アルブレヒト兄上は後者を手に取り、しばらく見つめた。
「……これが本当にミスリルなら、かなりの価値があるかもしれない」
「やっぱり、そうなんですか?」
「ああ。魔導機械や武具に使われる素材だからね。ただし、品質や純度によって値段は大きく変わる」
兄上は石を机へ戻した。
「それに、鉱石としての価値と、採掘にかかる費用は別だ」
父上も頷いた。
「まずは信頼できる鑑定士に見せよう」
「はい!」
「それから、古い採掘場の記録を調べ直す。採掘権や土地の権利関係も確認しなければならん」
俺は少し驚いた。
「うちの領地なのに、自由に掘れないんですか?」
「土地の管理権と、地下資源を採掘する権利が必ずしも同じとは限らん。昔の契約が残っている可能性もある」
「……なるほど」
父上は俺の頭を撫でた。
「だが、よく見つけたな。これが使えるものなら、ポンプの修理にも役立つかもしれん」
その言葉を聞いて、胸が温かくなった。
俺が欲しかったのは、単に珍しい鉱石ではない。
家族を助けるための手段だ。
領地の人たちが、安心して畑を耕せるようにしたい。
そして、いつか自分の力でオメガを完成させたい。
その二つの夢が、少しだけつながったような気がした。
◇
夕食のあと、俺は父上の許可をもらって、短時間だけアリアを装着して研究を続けた。
机の上には、採掘場で見つけた鉱石の記録と、オメガの設計図が広がっている。
「アリア。今日の鉱石、どう思う?」
『魔晶石系鉱物とミスリル系鉱石について、利用可能性を確認しました。ただし、いずれも鑑定前の暫定判断です』
「うん。分かってる」
俺は設計図の端に、小さな注釈を書き加えた。
『魔力伝導部材――魔晶石の利用を検討』
『軽量構造材――ミスリルの利用を検討』
そして、四基の推進器の図を見つめた。
「……これ、やっぱり難しいな」
『どの部分でしょうか?』
「推進器を四つ付けても、魔力を均等に流せなかったら意味がないだろ? 一つだけ強く動いたら、機体が傾くかもしれない」
『推進力の不均衡による姿勢変化が予想されます』
「そうなんだよ」
俺はペンを置いた。
前世では、機械やプログラムの仕組みを考えるのが好きだった。
だが、魔導甲冑の設計はそれだけでは足りない。
材料の強度。
魔力の流れ。
操縦者の動き。
そして、魔力消費。
考えることが山ほどある。
「アリア。四つの推進器に魔力を分ける仕組みって、作れると思う?」
『理論上は可能です。ただし、必要な部材、魔力供給量、制御機構の詳細が不足しています』
「……やっぱり、まずは小さな実験からかな」
『推奨します。単一の魔力伝導回路から複数の出力先へ分配する試験が有効と考えられます』
俺は目を輝かせた。
「それだ!」
いきなり四基の推進器を作る必要はない。
まずは魔力を二つに分ける。
次に、出力を調整する。
それができたら、四つへ増やしていけばいい。
以前、壊れた魔導ランプを修理したときも、魔力を流すだけでは安定して光らなかった。
あの経験が、ここで役に立つ。
俺はノートに新しい見出しを書いた。
『オメガ計画――魔力分配機構の基礎研究』
その下に、小さな回路図を描き始める。
まだ完成には遠い。
でも、何を調べればいいのか、少しずつ見えてきた。
「……ありがとう、アリア」
『感謝の意図を確認しました』
「そういうときは、どういたしまして、でいいんだよ」
少しの沈黙。
『……どういたしまして、レオンハルト様』
俺は思わず笑った。
古代の知性体なのに、どこか不器用だ。
でも、それが少し面白かった。
そのときだった。
腕輪の青い石が、突然淡く輝いた。
『……警告』
「……え?」
『地下深部の記録を再解析中。未識別の魔力反応を検出しました』
俺はペンを止めた。
「今日の鉱石のこと?」
『いいえ。既知の鉱物反応とは異なります』
胸の奥がざわついた。
「……じゃあ、何?」
『反応波形を照合しています』
アリアの声が、いつもより少し遅くなった。
『……照合結果。人工魔導構造物である可能性があります』
「……人工?」
俺は思わず椅子から身を乗り出した。
鉱石ではない。
人工的に作られた魔導構造物。
それが、あの古い採掘場の地下に眠っているというのか。
「アリア。もしかして、それって……」
『詳細不明。記録の一部が破損しています』
短い沈黙。
『ただし、当機の残存記録に類似する反応が存在します』
俺の心臓が大きく跳ねた。
「……アリアと関係があるの?」
『可能性があります。ただし、確証はありません』
俺は窓の外を見た。
夜の向こうには、北方の山々が広がっている。
あの山の地下に、まだ誰も知らない何かが眠っている。
鉱石だけではない。
もしかしたら、アリアの過去につながる手がかりまで。
俺はゆっくりとノートを閉じた。
今すぐ調べに行くつもりはない。
まずは父上に報告しなければならないし、採掘場の安全も確保しなければならない。
それでも、胸の高鳴りは抑えられなかった。
「……アリア」
『はい、レオンハルト様』
「いつか、あの奥も調べよう」
『了解しました。ただし、安全性の確認を優先することを推奨します』
「分かってるよ」
俺は笑った。
「急がず、一つずつだ」
魔導ポンプの修理。
領地の借金。
古い鉱山の調査。
そして、オメガの建造。
やらなければならないことは、まだ山ほどある。
でも、焦る必要はない。
昨日できなかったことを、今日少しだけできるようにする。
それを積み重ねていけば、いつか必ず前へ進めるはずだ。
俺は机の上の設計図を見つめた。
青と銀の魔導甲冑。
四基の推進器。
まだ誰も見たことのない、俺だけの機体。
「……待ってろよ、オメガ」
小さく呟く。
その声に、アリアが静かに応えた。
『オメガ計画の研究継続を確認しました』
俺は笑った。
「ああ。これからが本番だ」
窓の外では、雲の切れ間から月の光が差し込んでいた。
俺たちの知らない秘密を抱えた北の山が、その光の向こうに静かに眠っていた。
この章を楽しんでいただけたなら、ぜひご感想をお聞かせください。
コメント、評価、または単に章を読んで感じたことなど、何でも構いません。
読んでいただきありがとうございました!




