第12話 廃坑で魔物に襲われた俺、古代の魔導知性体と出会う
祖父が残した備品記録を見つけた翌朝、俺はアルブレヒト兄上と一緒に倉庫へ向かっていた。
秋の気配を含んだ風が庭を吹き抜け、屋敷の石壁に沿って伸びる蔦の葉を揺らしている。朝露の残る芝生を踏みながら、俺は兄上が抱えている古い帳簿に何度も目を向けた。
「そんなに気になるかい?」
兄上が笑った。
「だって、祖父上が灌漑設備の予備部品を残していたんですよね? 魔導ポンプの修理に使えるかもしれないじゃないですか」
「使えるものがあれば助かるね。ただ、期待しすぎないこと。何十年も前の部品だから、今の設備に合うとは限らないよ」
「分かってます」
そう答えたものの、期待していないと言えば嘘になる。
壊れた魔導ポンプ。水不足に苦しむ農民たち。返済の予定が詰まった帳簿。
そのどれもが、今のヴァイス家にとって切実な問題だった。
俺の水魔法は少しずつ成長している。訓練を重ねるうちに魔力の扱いも上手くなり、以前より長く水を出せるようになった。
それでも、広大な農地を潤すには到底足りない。
だからこそ、ポンプを直すための手がかりが欲しかった。
倉庫の扉を開けると、乾いた木材と古い油の匂いが鼻をくすぐった。
薄暗い室内の奥には、祖父が残した銀色のターボナイトが立っている。
全高およそ百八十センチ。右腕の籠手を失い、片脚の関節も壊れた機体だ。
初めて見つけたときは、ただ興奮するばかりだった。
今では、その装甲の継ぎ目や関節の構造が気になって仕方ない。
「レオン、こっちだよ」
兄上に呼ばれ、俺は作業台へ向かった。
そこには木箱が三つ並んでいた。父上が使用を許可した古い工具や部品を、昨日のうちに集めてくれたらしい。
俺たちは帳簿と照らし合わせながら、一つずつ中身を確認した。
銅製の接続金具。歯車。小さな魔導回路の固定具。
使えそうなものもあったが、ひどく錆びた部品も多かった。
「……これ、ポンプの図面に似た形がありませんか?」
俺が持ち上げたのは、掌に収まるほどの金属製の継ぎ手だった。
兄上は図面を広げ、しばらく見比べた。
「形は似ているね。でも、接続部分の寸法が違う」
「そっか……」
「残念だけど、無理に取り付ければ故障を悪化させるかもしれない」
俺は継ぎ手を元の場所へ戻した。
そのとき、兄上が帳簿の最後のページをめくった。
「……あれ?」
「どうしたんですか?」
「この記録、倉庫の備品だけじゃないみたいだ」
兄上が指差したところには、見慣れない地名が書かれていた。
『北方旧採掘場――魔導鉱石搬出記録』
「採掘場?」
「ああ。昔、領地の北側に小さな鉱山があったらしい」
「鉱山!」
俺は思わず声を上げた。
鉱山ということは、金属や魔導鉱石が採れる場所だ。
オメガの装甲や魔導機関に必要な材料が、そこに眠っている可能性もある。
「今も使っているんですか?」
「いや。ずいぶん前に閉鎖されたはずだよ。採れる鉱石が減ったことと、坑道の維持費が高くなったことが理由だったと聞いている」
兄上は帳簿を読み進めた。
「ただ、ここに書かれている搬出先が気になるな。祖父上は採掘場からいくつかの魔導部品を持ち帰っていたらしい」
「じゃあ、まだ何か残っているかもしれませんね!」
「可能性はある。でも、廃坑は危険だ。調べるなら父上に相談しないとね」
俺は大きく頷いた。
前に危険な実験をしてマルタに叱られたことも、父上と交わした約束も忘れていない。
今度こそ、勝手なことはしない。
……もっとも、鉱山という言葉を聞いて、胸が高鳴るのは止められなかった。
◇
「北の旧採掘場か」
父上は執務室で帳簿を受け取り、懐かしそうに目を細めた。
「私が子供のころには、もうほとんど使われていなかったな」
「祖父上は、そこから魔導部品を運んでいたみたいなんです」
アルブレヒト兄上が説明すると、父上は記録を読み返した。
「確かに、そう書いてある」
「父上、調べに行けませんか?」
俺が尋ねると、父上はすぐに首を振った。
「坑道の中へ入るのは駄目だ」
「……はい」
「古い坑道は崩落する危険がある。魔物が住み着いている可能性もあるからな」
魔物。
その言葉を聞いて、俺は少し緊張した。
この世界に魔物が存在することは知っている。ゲームでも何度も戦った。
だが、実際に目の前で見たことはまだない。
画面の向こうにいる敵と、現実の魔物ではまったく違うはずだ。
「ただし、入口周辺の調査なら許可しよう」
父上は続けた。
「セドリックと護衛を同行させる。坑道に詳しい者にも声をかけよう。安全が確認できない場所には絶対に入らないこと。それが条件だ」
「ありがとうございます!」
俺は勢いよく頭を下げた。
父上は苦笑した。
「まったく、お前は機械の話になると目の色が変わるな」
「……そんなに分かりやすいですか?」
「とてもな」
隣でアルブレヒト兄上が笑った。
◇
翌朝、俺たちは北方の旧採掘場へ向かった。
同行するのはセドリック兄上、二人の護衛、それから昔の採掘場を知る年配の作業員だった。
マルタも俺の世話役として一緒に来ている。
セドリック兄上は動きやすい革の上着に胸当てを重ね、腰には使い慣れた剣を下げていた。十七歳の兄上は背が高く、普段はよく冗談を言うが、武器を身につけている姿はなかなか頼もしい。
「レオン、今日は俺から離れるなよ」
「分かってます」
「本当か? 珍しい石を見つけた途端に走っていきそうだが」
「そんなことしません!」
「ははっ。なら安心だ」
兄上は笑いながら、俺の頭を軽く叩いた。
馬車が進むにつれ、景色は少しずつ変わっていった。
畑が減り、低い丘と雑木林が増えていく。
道の脇には灰色の岩が顔を出し、遠くには木々に覆われた山並みが見えた。
やがて馬車が止まった。
そこから先は道が狭く、歩いて進む必要があるらしい。
「この先です」
年配の作業員が、杖で山の斜面を指した。
「昔は荷車が通れる道がありましたが、今は草に埋もれております」
俺たちは慎重に山道を進んだ。
足元には落ち葉が積もり、湿った土の匂いが漂っている。
しばらく歩くと、木々の間に古い石造りの建物が見えてきた。
屋根の半分は崩れ、壁には蔦が絡みついている。
その奥に、黒い口を開けた坑道の入口があった。
「……ここが」
俺は思わず呟いた。
古い採掘場。
何十年も人の手が入っていない場所だ。
入口には錆びた鉄の柵が残っていたが、一部が外れている。
周囲には割れた木箱や、朽ちかけた荷車の車輪が転がっていた。
「思ったより荒れているな」
セドリック兄上が眉を寄せた。
作業員は頷いた。
「長いこと使われておりませんからな。まずは周囲だけ確認しましょう」
俺たちは坑道へ入らず、外に残された設備を調べ始めた。
崩れた作業小屋の中には、古い工具や石の欠片が散らばっていた。
俺はしゃがみ込み、灰色の石を一つ拾った。
「……これ、何かの鉱石かな」
表面には、細い青色の筋が走っている。
魔力を感じ取ろうとしてみたが、はっきりした反応は分からなかった。
「レオン、勝手に魔力を流すなよ」
背後からセドリック兄上が言った。
「まだ何もしてません!」
「まだ、だろ?」
「……」
言い返せなかった。
そのときだった。
森の奥から、低い唸り声が聞こえた。
「……?」
俺は顔を上げた。
護衛の一人がすぐに剣へ手を伸ばした。
「セドリック様」
「ああ。聞こえた」
兄上の声が変わった。
さっきまでの軽い調子が消え、真剣な表情になっている。
「レオン、マルタのそばへ下がれ」
「……はい」
俺は石を置き、マルタの隣へ移動した。
次の瞬間、茂みが大きく揺れた。
灰色の毛並みをした獣が、低い姿勢で姿を現した。
狼に似ている。
だが、普通の狼より体が大きく、肩から背中にかけて黒い棘のようなものが生えていた。
口の端からは鋭い牙が覗き、黄色い目がこちらを睨んでいる。
「……魔物!」
俺の喉がひきつった。
ゲームでは何度も見たことがある。
けれど、実物はまったく違った。
呼吸に合わせて動く胸。
地面を引っかく爪。
生臭い息。
そして、こちらを獲物として見ている目。
画面の中では感じなかった恐怖が、足元から這い上がってきた。
「灰棘狼か。三頭いるな」
セドリック兄上が呟いた。
茂みの奥から、さらに二頭が現れた。
護衛たちが前へ出る。
「レオン、動くな」
兄上は剣を抜いた。
その刃が朝の光を受けて輝いた。
◇
最初の一頭が飛びかかってきた。
護衛が盾を構え、激しい音とともに魔物を受け止める。
別の一頭が横へ回り込もうとしたところを、セドリック兄上が剣で牽制した。
「そっちは行かせない!」
兄上の動きは速かった。
足を踏み込み、剣を振る。
魔物が身をひねって避け、鋭い爪で反撃する。
俺は息を呑んだ。
……すごい。
でも、見ているだけでは駄目だ。
俺にもできることがあるはずだ。
そう思った瞬間、三頭目の魔物が護衛の横をすり抜けた。
その目が、俺とマルタを捉える。
「レオンハルト様!」
マルタが俺の前へ出ようとした。
駄目だ。
彼女を危険な目に遭わせたくない。
俺は咄嗟に手を伸ばした。
「《ウォーター》!」
水が勢いよく飛び出した。
だが、焦っていたせいで狙いが甘い。
水の大半は魔物の横を通り過ぎ、地面を濡らしただけだった。
「くっ……!」
魔物は一瞬ひるんだものの、すぐに体勢を立て直した。
……水だけじゃ止められない!
俺は濡れた地面を見た。
土。
水。
その二つが混ざれば、足元は滑りやすくなる。
俺は魔力を切り替えた。
「《アース》!」
魔物の進路に、低い土の盛り上がりが生まれた。
大きな壁ではない。
せいぜい膝ほどの高さだ。
だが、魔物は勢いを止められず、濡れた土の上で前脚を滑らせた。
「ギャウッ!」
その隙を、セドリック兄上は見逃さなかった。
「よくやった、レオン!」
兄上が駆け込み、魔物の進路へ回った。
剣の一撃が魔物を打ち倒す。
俺はその場に立ち尽くした。
……助かった。
だが、安心する間もなかった。
別の一頭が大きく跳び上がり、護衛の盾を越えようとしたのだ。
「上だ!」
俺は叫んだ。
兄上が振り向く。
だが、間に合わない。
俺は反射的に風の魔法を使った。
「《ウィンド》!」
突風が魔物の横腹を打った。
大きく吹き飛ばすほどの力はない。
それでも、空中で体勢を崩すには十分だった。
魔物は地面へ不格好に落ち、護衛がすぐに取り押さえた。
最後の一頭は仲間が倒されたのを見ると、唸り声を上げながら森の奥へ逃げていった。
しばらく、誰も動かなかった。
俺の耳には、自分の荒い呼吸だけが響いていた。
「……終わったか」
セドリック兄上が剣を下ろした。
護衛たちは周囲を確認し、残った魔物がいないことを確かめた。
俺はようやく息を吐いた。
足が震えている。
さっきまで必死で気づかなかったが、手のひらにも汗をかいていた。
「レオン!」
兄上が駆け寄ってきた。
「怪我はないか?」
「……はい」
「本当か?」
「大丈夫です」
兄上は俺の肩や腕を確かめ、ようやく安心したように息を吐いた。
「まったく……心臓に悪いぞ」
「……すみません」
「謝るな。お前の魔法がなかったら、もっと危なかったかもしれない」
兄上は俺の頭を軽く撫でた。
「よく判断したな」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
でも、同時に悔しさもあった。
俺の魔法だけでは、魔物を倒せなかった。
水も土も風も使えた。
それなのに、最後は兄上と護衛たちに助けられた。
……もっと強くなりたい。
魔力だけじゃない。
体も、戦い方も。
いつかオメガを完成させるなら、操縦する俺自身も成長しなければならない。
そう思った。
◇
「……これは、少し妙ですな」
周囲の安全を確認していた作業員が、岩場の前で足を止めた。
俺たちは彼のもとへ向かった。
そこには、茂みに隠れるようにして細い裂け目があった。
岩の隙間から冷たい空気が流れ出している。
「こんな場所に穴が……」
セドリック兄上が覗き込んだ。
作業員は周囲の石を調べ、首を傾げた。
「自然の洞穴にも見えますが……奥に古い加工の跡があります」
「加工?」
「ええ。昔の採掘坑道につながっているのかもしれません」
俺は岩の表面を見た。
確かに、奥のほうには人工的に削られたような平らな部分がある。
さらに、その近くには青白い光を放つ小さな結晶が埋まっていた。
「……綺麗だ」
思わず呟いた。
そのとき。
胸の奥に、妙な感覚が走った。
魔力が、何かに引っ張られるような。
俺は眉を寄せた。
「……?」
気のせいだろうか。
結晶へ目を向けると、淡い光が一瞬だけ強くなったように見えた。
「レオン、近づくなよ」
セドリック兄上が俺の肩を掴んだ。
「分かってます」
俺は頷いた。
その直後だった。
『……魔力反応を確認』
「……え?」
突然、声が聞こえた。
女の人の声だった。
だが、どこか機械的で、感情の起伏が少ない。
俺は周囲を見回した。
「……誰?」
「どうした、レオン?」
兄上が不思議そうに尋ねた。
「今、誰か……」
『適合候補を検出。認証処理を開始します』
また聞こえた。
今度は、はっきりと。
俺は息を呑んだ。
……認証?
その言葉に、前世の記憶が刺激された。
コンピューター。
システム。
ユーザー認証。
まるで、機械が話しているみたいだ。
「……兄上、声が聞こえませんか?」
「声?」
セドリック兄上は周囲を見回した。
「いや。誰も喋っていないぞ」
護衛たちも首を振った。
俺は岩の裂け目を見つめた。
声は、そこから聞こえてくる。
正確には、耳ではなく頭の中に響いているような感覚だった。
『魔力波形の照合を継続。……認証対象、接近を推奨』
俺は背筋が冷たくなるのを感じた。
……何だ、これ。
魔法?
それとも、古代の魔導装置?
「兄上」
「何だ?」
「……あの奥に、何かあるかもしれません」
俺が指差すと、セドリック兄上は真剣な顔になった。
「だからといって、入るわけにはいかないぞ」
「……はい」
父上との約束がある。
危険な場所には入らない。
それに、今は魔物と戦ったばかりだ。
無理をする理由はない。
だが、声は止まらなかった。
『認証対象の魔力反応を確認。……待機』
俺は小さく息を吐いた。
……待機?
まるで、俺が来るのを待っているみたいじゃないか。
◇
結局、俺たちは裂け目の奥へは入らなかった。
作業員が入口の周囲を調べたところ、岩の一部が崩れやすくなっていることが分かったからだ。
父上との約束もある。
セドリック兄上は迷わず撤収を決めた。
「今日は十分だ。魔物まで出たんだからな」
「……はい」
俺は頷いた。
けれど、どうしても気になってしまう。
あの声。
認証。
適合候補。
いったい、何だったのだろう。
帰り支度を始めたとき、作業員が岩場の近くで何かを拾った。
「……おや?」
「どうしました?」
俺が尋ねると、彼は掌の上にあるものを見せてくれた。
それは、黒ずんだ金属の輪だった。
幅は指二本ほど。表面には細かな模様が刻まれ、中央には暗い青色の石が埋め込まれている。
……腕輪?
「古い装飾品でしょうか」
作業員が呟いた。
俺はその石を見た瞬間、胸の奥がざわついた。
『……接続可能な端末を検出』
また、あの声だ。
今度は、はっきりと腕輪から聞こえた気がした。
「……それ」
俺は思わず口を開いた。
「少し、見せてもらってもいいですか?」
作業員はセドリック兄上を見た。
兄上は眉を寄せた。
「変な魔力が残っているかもしれない。まずは俺が確認する」
護衛の一人が布を広げ、その上に腕輪を置いた。
外側から見た限り、刃や針のような危険な仕掛けはなさそうだった。
だが、魔導装置として安全かどうかは分からない。
「持ち帰って父上に見せよう」
兄上が言った。
俺は少しだけ残念に思ったが、頷いた。
そのとき、腕輪の中央に埋め込まれた青い石が、ほんの一瞬だけ光った。
『……認証候補、確認』
俺は目を見開いた。
……やっぱり。
声の正体は、この腕輪なのかもしれない。
◇
屋敷へ戻ると、俺たちは父上に今日の出来事を報告した。
魔物に襲われたこと。
古い坑道につながっているらしい裂け目を見つけたこと。
そして、奇妙な腕輪を拾ったこと。
父上は魔物の話を聞くと、厳しい表情になった。
「……怪我人が出なかったのは幸いだったな」
「はい」
セドリック兄上が答えた。
「ただ、あの周辺にはまだ魔物がいる可能性があります。しばらくは立ち入りを控えたほうがよいかと」
「そうだな。調査を続けるなら、まず安全を確保しなければならん」
父上は頷いた。
それから、布に包まれた腕輪を見た。
「……これが、その品か」
「はい。岩場の近くに落ちていました」
父上は慎重に観察した。
「古い魔導装置のようにも見えるが、私には分からんな」
俺は少し迷ったあと、口を開いた。
「……父上」
「どうした?」
「その腕輪から、声が聞こえたんです」
父上の手が止まった。
「声?」
「はい。俺にだけ聞こえたみたいなんですけど……」
俺は、聞こえた言葉をできるだけ正確に伝えた。
魔力反応。
適合候補。
認証。
父上はしばらく黙っていた。
「……魔力に反応する装置なのかもしれないな」
そう言って、腕輪を机の上に置いた。
「ただし、正体が分からない以上、勝手に起動させてはいけない」
「……はい」
「しばらくは私の管理下に置こう。お前が声を聞いたというのなら、調べるときには立ち会ってもらうかもしれん」
俺は頷いた。
正直、すぐにでも調べたかった。
けれど、父上の判断は正しい。
未知の魔導装置を、八歳の子供が勝手に扱うべきではない。
……たとえ、中からコンピューターのような声が聞こえてきたとしても。
◇
その夜。
俺は自分の部屋で、今日の出来事をノートに書き留めていた。
魔物との戦闘。
水魔法と土魔法を組み合わせたときの感覚。
風魔法で魔物の動きを乱したこと。
そして、謎の腕輪。
ペンを走らせながら、俺は何度も考えた。
……あれは、何だったんだろう。
古代の魔導装置。
それとも、何かの通信機?
前世の知識があるせいで、どうしてもコンピューターのようなものを想像してしまう。
だが、この世界の魔導技術は、俺が知っている電子機器とは違う。
魔力を使って動く機械。
魔導回路。
魔力伝達。
もし、あの腕輪が本当に高度な魔導装置なら……。
俺は机の上に広げたオメガの設計図を見た。
青と銀の装甲。
四基の背部推進器。
魔導剣と盾。
そして、魔導砲。
今はまだ、紙の上にしか存在しない俺の夢。
……もし、あの腕輪が魔導技術の知識を持っていたら。
そう考えた瞬間、胸が高鳴った。
だが、すぐに首を振った。
期待しすぎるな。
まだ何も分かっていない。
俺はノートに一行書き加えた。
『謎の腕輪――魔力に反応し、音声らしきものを発する。正体不明。父上の許可なく触れないこと』
そして、ペンを置いた。
そのときだった。
『……接続候補、確認』
「……え?」
俺は顔を上げた。
部屋には誰もいない。
窓は閉まっている。
廊下からも物音はしない。
『魔力波形の照合を継続中』
……まただ。
俺は椅子から立ち上がった。
「……誰?」
『質問を確認』
声が、頭の中に響いた。
『私は、古代魔導演算補助知性体――識別番号ARIA―01』
俺は息を呑んだ。
……演算補助?
知性体?
識別番号?
まるで、人工知能じゃないか。
「……ARIA?」
『肯定。識別番号ARIA―01』
俺は思わず笑ってしまった。
こんな世界で、こんなものに出会うなんて。
「……じゃあ、アリアって呼んでもいいか?」
少しの沈黙があった。
『……名称変更要求を確認』
俺は首を傾げた。
「嫌だった?」
『否定。個体名称の登録は可能です』
「じゃあ、アリアで」
『……了解しました』
声が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がした。
『個体名称、アリア。登録完了』
「よろしくな、アリア」
『よろしくお願いします、レオンハルト様』
俺は目を見開いた。
「……俺の名前、知ってるの?」
『周辺音声情報から取得しました』
「……ああ、なるほど」
思わず苦笑した。
やっぱり、コンピューターみたいだ。
でも、どうして腕輪が父上の部屋にあるのに、俺の頭へ声が届くのだろう。
俺が尋ねると、アリアは少し間を置いて答えた。
『認証候補との魔力共鳴を確認。現在、限定的な遠隔通信が可能です』
「……魔力共鳴?」
『詳細説明には、追加の診断が必要です』
俺は椅子に座り直した。
……すごい。
本当に、すごいものを見つけてしまったのかもしれない。
「アリア。君は、何ができるんだ?」
『現在、機能の大部分が停止しています』
「……え?」
『記憶領域に重大な損傷を確認。使用可能な機能は、音声通信、簡易魔力解析、限定的な情報照合のみです』
俺は少し肩を落とした。
……そう簡単にはいかないか。
でも、それでも十分すごい。
「じゃあ、魔導機械のことも分かる?」
『既存データとの照合は可能です。ただし、記録の欠損により、回答精度は保証できません』
俺は机の上の設計図を見た。
そして、少しだけ笑った。
「……なら、一緒に勉強しよう」
『質問の意図を確認できません』
「俺、作りたいものがあるんだ」
俺はオメガの設計図を持ち上げた。
「青と銀の魔導甲冑。四つの推進器があって、剣も盾も使える。いつか空を飛べるようにしたいんだ」
アリアはしばらく黙っていた。
『……設計資料を確認できません』
「まだ紙の上だけだからね」
『完成を保証できません』
「分かってるよ」
俺は笑った。
「でも、君が手伝ってくれたら、少しは近づけるかもしれない」
短い沈黙。
そして。
『……了解しました』
アリアの声が響いた。
『共同研究を開始します』
俺は思わず拳を握った。
「よし!」
その声が思ったより大きくなり、慌てて口を押さえた。
夜中に騒げば、マルタが飛んでくるかもしれない。
俺は小さく笑い、設計図を机へ戻した。
……今日は、本当にいろいろなことがあった。
初めて魔物と戦った。
自分の弱さも知った。
古い鉱山を見つけた。
そして、アリアと出会った。
まだ何も解決していない。
魔導ポンプも壊れたままだし、領地の借金も残っている。
オメガだって、完成にはほど遠い。
けれど、今夜は少しだけ、未来が明るく見えた。
「……これからよろしくな、アリア」
『はい。レオンハルト様』
静かな部屋に、機械的でありながら不思議と温かい声が響いた。
俺は窓の外に広がる星空を見上げた。
あの山の奥には、まだ俺たちの知らないものが眠っている。
そして、俺の夢も、少しずつ動き始めていた。
この章を読んでいただき、本当にありがとうございます!
楽しんでいただけたなら幸いです。もしお時間があれば、コメント欄でご感想をお聞かせいただけると嬉しいです。また、もしこの物語が気に入っていただけたら、星評価をいただけると大変励みになります。
お時間とご支援、本当にありがとうございました!




