説明責任が始まりました
「迎児、梁山泊が間に合ったわ」
「ようございましたね」
「しかも先頭が女二人なのよ」
「巧雲様のお仲間でございますか?」
「その括り方やめて」
片方は双刀。
もう片方は槍。
私は帳面。
「ずいぶん違いますね」
「だから言わないで!」
でも、これで少しは楽になる。
……はずだった。
「巧雲様」
「何?」
「なぜ皆様、巧雲様が動くたびに腰を落とされるので?」
「昨日のことを身体が覚えてるみたい」
「それは大変でございますね」
「他人事!?」
というわけで第45話。
援軍は来ました。
でもなぜか――
味方の男たちが、まだ私を警戒しています。
扈三娘様と呂玉楼様が、呼延灼軍の左へ回っていく。
さっきまで梁山泊軍の先頭にいた二騎は、呼延灼軍が向きを変え切るより早く横へ膨らみ、後ろの兵まで引っ張っている。
「……速くないですか?」
私が呟くと、楊志様は呼延灼軍から目を離さないまま答えた。
「速い。だから見ていろ。向こうの動きが変わる」
言われた直後、呼延灼が双鞭を上げた。
桃花山へ攻め上がっていた青州兵が梁山泊へ向き直り、そのうえ左側面まで守ろうと動き始める。
「忙しいですね……」
「お前が言うな」
「何でです?」
「昨日、一番忙しくさせたのはお前だ」
否定できない。
敵味方まとめて前かがみにしたうえ、夜まで眠らせなかった。
しかも当の兵器は現在、弾切れである。
念のため胸の奥へ意識を向けた、その瞬間だった。
近くにいた周通殿が、さっと腰を落とした。
楊志様まで半歩下がり、魯智深様は禅杖を支えにして妙に足を開く。
武松様だけは立ったままだったけれど、こちらを見る目には明らかな警戒が浮かんでいた。
「……まだ何もしてませんよ?」
「する顔だった」
「どんな顔ですか!」
「昨日と同じ顔だ」
そこまで覚えなくていい。
改めて探ってみるが、やはり何もない。
「……出ません」
男たちが、揃って息を吐いた。
「何で安心してるんですか!」
「安心するだろう!」
楊志様に即答された。
「味方まで巻き込む兵器を、味方の真ん中で試すな!」
「出ないから試したんです!」
「出たらどうするんだ!」
「出ても微量だと思ったんです!」
「戻る条件は柴進殿だと言ったのはお前だろうが!」
その通りなのだけれど、自然回復がほんの少しくらいあってもいいと思う。
ないらしい。
徹底している。
周通殿が恐る恐る腰を上げた。
「もう平気なんだな?」
「平気です!」
「本当に?」
「何で二回聞くんですか!」
「昨日ひどかったからだよ!」
反論できなかった。
「巧雲!」
武松様の声に、私は慌てて顔を上げる。
「ぼんやりするな。こっちも動くぞ」
「はい!」
梁山泊が来たからといって、こちらが休めるわけではない。
呼延灼軍は梁山泊側へ向き直り始めたが、桃花山を警戒する兵はまだ残っている。
こちらが山を下りる構えを見せれば、そのぶん桃花山側にも兵を割かせられる。
今度はこちらが、呼延灼の兵を縛る番だった。
「追いますか?」
「追わん。下りすぎれば、こちらが逆に崩れる」
「じゃあ、圧をかけるだけ?」
「そうだ。下りてくると思わせればいい」
なるほど。
勝ちに行かなくても、相手に考えさせるだけで意味がある。
兵を置いて動きを見せ、必要な道を塞ぐ。
必要なら男を前かがみにする。
……最後だけ何か違う。
「潘巧雲」
「はい?」
「今、余計なことを考えただろう?」
「考えてません」
「顔に出ている」
「副官の顔を読むのやめてもらえます?」
楊志様は無視した。
私が無意識に胸元へ手をやると、周通殿がまた腰を落としかける。
「だから出ませんって!」
「紛らわしい動きをするな!」
ひどい……
もう条件反射になっている。
桃花山側の兵を少し前へ出す。
疲れているから走らせない。
武松様が先頭に立ち、その横へ魯智深様が並んだ。
「押すぞ!」
禅杖を上げた魯智深様へ、武松様が先に釘を刺す。
「ただし追うなよ」
「分かっておる!」
「昨日も聞いた」
「今日は本当に分かっておる!」
昨日も本当に分かっていたと思う。
たぶん。
青州兵がこちらを振り返る。
その後ろでは呼延灼軍の本隊が梁山泊へ向き直り、左からは扈三娘様と呂玉楼様が迫っていた。
兵たちの視線が揃わない。
その瞬間、二騎が左側面へ斬り込んだ。
扈三娘様の双刀が閃き、その隣では呂玉楼様が馬上から槍を突き出す。
二人は止まらず、左側の列を押し込んでいく。
「……何ですか、あれ?」
「見たままだ」
「見たままがおかしいんですけど!」
左の列が完全に崩れたわけではない。
それでも呼延灼が左へ兵を回さざるを得なくなったことは、私にも分かる。
「楊志様」
「何だ?」
「あの二人、私より危なくないですか?」
「比べるな」
「でも私は今、何も出ませんよ」
「そういう意味ではない!」
怒られた。
今の私は帳面を持って立っているだけなのに、向こうは馬に乗って双刀と槍で敵陣へ入っている。
どう考えても、今この瞬間の危険度はあちらが上だと思う。
「扈三娘様って、いつもあんな感じなんですか?」
「知らん」
「呂玉楼様も?」
「本人に聞け!」
「聞ける空気じゃないですよ!」
現在進行形で敵を押している人に、世間話をしに行けるわけがない。
その時、呼延灼軍の太鼓が変わった。
楊志様の顔つきも変わる。
「下がるぞ」
「え?」
「呼延灼が兵をまとめる」
青州兵はばらばらに左へ寄るのをやめ、呼延灼の旗の近くへ集まり始めた。
崩れた兵を拾いながら、まとまり直している。
扈三娘様たちも深追いしない。
「追わないんですね」
「追わないんだ。罠かもしれんからな」
戻ってきた武松様は、汗と土で顔が汚れていた。
「呼延灼は退く」
「勝ったんですか?」
「違う。ここでは続けないだけだ」
呼延灼は梁山泊が来る前なら、桃花山を押し切れたかもしれない。
でも今は、前後と左から圧を受けている。
ここで無理に兵を失う必要はない。
「……しぶといですね」
「官軍の将だ。無駄に兵を捨てる男ではない」
少し離れたところで、魯智深様が不満そうに禅杖を担ぐ。
「逃げるなら追えばよいではないか」
「追わん」
「まだ殴れるぞ」
「だから追わん」
「ワシは元気だぞ」
「兵が元気じゃない!」
楊志様の怒鳴り声が山へ響いた。
周通殿まで頷く。
「今日は楊志殿が正しい」
「今日は?」
振り向かれた瞬間、周通殿は黙った。
本当によく学習する人だ。
呼延灼軍は少しずつ距離を取り、梁山泊軍も追い立てるようには進まない。
扈三娘様と呂玉楼様も本隊へ戻り始めた。
戦場に残ったのは、壊れた荷車と踏み荒らされた道、それから疲れ切った人間たちだった。
私はようやく息を吐く。
「……終わった?」
武松様を見る。
「桃花山はな」
「その言い方、嫌な予感しかしないんですけど」
「呼延灼は青州へ戻る」
「ですよね……」
やっぱり終わっていない。
でも、ここは守った。
孔明殿を助けられたわけではなく、青州城も呼延灼もまだ残っている。
それでも桃花山は落ちなかった。
私は帳面を閉じる。
荷車と獣道で時間を稼ぎ、最後にはフェロモンまで使った。
弾切れになってからは武松様たちが普通に耐え、その時間があったから梁山泊も間に合った。
思ったより長かった。
「巧雲」
呼ばれて顔を上げると、扈三娘様と呂玉楼様がこちらへ馬を進めてきていた。
近くで見ると、やっぱり二人とも女だった。
当たり前だけど。
扈三娘様の双刀には戦った跡が残り、呂玉楼様は槍を持ったままこちらを見る。
私は思わず、自分の帳面へ目を落とした。
向こうは双刀と槍で、私は帳面。
昨日までなら、そこへフェロモンまで加わる。
「……方向性が違いすぎる」
小さく呟いたつもりだった。
「何の話?」
扈三娘様に拾われた。
「いえ、こちらの話です!」
しまった。
この人も現代語で返してくる。
扈三娘様は馬を降り、呂玉楼様も続いた。
「潘巧雲さんよね?」
「はい」
「閻婆惜から聞いてるわ」
そこで扈三娘様が首を傾げた。
「さっきから男の人たちが妙に距離を取ってるけど……何かした?」
私は固まった。
武松様は少し離れ、楊志様もこちらへ近づいてこない。
魯智深様まで妙に間合いを取っている。
そして周通殿は、私がそちらを向いただけで反射的に腰を落とした。
「何で座るんですか!」
「こっち見るな!」
扈三娘様が目を丸くした。
呂玉楼様も、周通殿と私を交互に見る。
「……何したの?」
「何もしてません!」
「本当に?」
「今日は!」
扈三娘様の眉が上がる。
しまった。
そこを拾われた。
「今日『は』?」
私は逃げるように楊志様を見る。
目を逸らされた。
武松様も助けてくれない。
魯智深様に至っては笑っている。
周通殿だけは、まだ腰を落としたままだ。
「もう立っていいですよ!」
「その言い方も嫌なんだよ!」
ひどい……
実際にはもう一滴も出ないのに、男たちだけが昨日を覚えている。
扈三娘様はしばらく皆を見回してから、もう一度私へ向き直った。
「潘巧雲さん」
「はい……」
「昨日、何したの?」
私は帳面を胸の前へ抱えた。
呼延灼より説明しにくい相手が来た。
戦は終わった。
なのに説明責任が始まった。
巧雲様は、扈三娘様に問い詰められたそうでございます。
「迎児、問い詰められたって言わないで」
「では、ご説明を求められたので?」
「そっち!」
男の皆様は、巧雲様が少し動くだけで腰を落とされたとか。
「もう何も出ないのよ!」
「ですが、お身体が覚えておられるのでしょう?」
「誰の身体!?」
「皆様の」
「言い方!」
しかも周通様は、巧雲様に「立っていい」と言われるのも嫌だったそうです。
「そこ拾わなくていいから!」
ともあれ、桃花山は守れました。
「やっと終わった……」
「いいえ」
「何?」
「扈三娘様への説明が残っております」
「戦より嫌なんだけど!」
というわけで次回。
悪魔、事情聴取されます。




