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援軍が来ました

「迎児、呼延灼本人が来たわ」

「巧雲様は弾切れでございますね」

「確認しないで!」


迎児が少し考えてから、私を見る。


「では、もう一度お出しになっては?」

「出ないのよ! 昨日使い切ったの!」

「柴進様もいらっしゃいませんし」

「補充先まで確認しなくていいから!」


最悪である……


敵の大将は元気いっぱい。

こちらの悪魔は、すっからかん。


「巧雲様」

「何?」

「こういう時は、誰か来てくださるとよいですね」

「そんな都合よく――」


……あ。


私、救援要請を出してた。


「迎児」

「はい」

「来るかもしれない」

「何がでございますか?」

「今まで稼いだ時間の答えが」


というわけで第44話。

悪魔は撃てません。


その代わり――

山の下から、何か来ます。

呼延灼の騎馬が、山道を駆け上がってきた。

双鞭が朝の光を弾く。

昨日まで後ろから兵を動かしていた男が、今日は自分で前へ出ている。

「潘巧雲」

「はい」

「今度こそ後ろにいろ」

武松様に言われ、私は素直に下がった。

さすがに、あれを相手に帳面を持って立ちはだかるほど無謀ではない。

それに今の私は、本当に何も出ない。

胸の奥へ意識を向けても静かなままで、昨日のような熱は欠片もなかった。

……今だけ戻ってくれてもいいのに。

何も起きない。

「何をしている」

「いえ、念のため確認を」

「諦めろ!」

楊志様に怒られた。

分かっています。

悪魔は弾切れである。

呼延灼の前には、盾を持った兵と槍兵が出た。

狭い山道だから、騎兵が横いっぱいに広がることはできない。

それでも呼延灼本人が先頭にいるだけで、後ろの青州兵の動きが昨日までとは違って見える。

疲れているはずなのに、前へ出てくる。

こちらの兵が息を呑んだ。

「槍を下げるな!」

楊志様の声が飛ぶ。

「馬だけ見ろ! 呼延灼本人を倒そうとするな!」

なるほど。

本人に目を奪われれば、その後ろから来る兵に崩される。

私まで呼延灼ばかり見ていた。

双鞭の片方が振るわれた。

先頭の槍が弾かれる。

馬がさらに上がってくる。

「来るぞ!」

武松様が前へ出た。

その横へ魯智深様が入る。

「巧雲! 後ろへ行っておれ!」

「もういます!」

「もっと下がれ!」

「どこまで!?」

返事の代わりに、魯智深様の禅杖が振られた。

呼延灼の馬そのものを狙ったのではない。

前へ出ようとした兵を押し返し、道を狭くする。

武松様も、騎馬へ正面から飛び込んだりはしなかった。

武松様は横へ寄り、呼延灼が鞭を振れば外し、馬が進めば下がる。

倒すのではなく、進ませないための動きだった。

昨日からずっと同じだ。

勝たなくてもいい。まだ、ここを抜かせなければいい。

「左、詰めろ!」

楊志様が叫ぶ。

兵が動き、一人が転ぶと、後ろの男がすぐ腕を掴んで引き起こした。

誰も元気ではない。

それでも、昨日より少しだけ動き方を覚えていた。

呼延灼の双鞭がまた振られる。

槍が一本、地面へ落ちた。

兵が下がる。

その隙間へ青州兵が入ろうとしたところへ、武松様が踏み込んだ。

一人を倒す。

それ以上は追わない。

すぐに戻った。

「そこを閉じろ!」

空いた場所へ別の兵が入る。

呼延灼が何か叫んだ。

青州兵の後ろから矢が飛んでくる。

「伏せて!」

私は思わず叫んだ。

矢が頭上を越え、岩へ当たった。

こんな時でも、自分には何もできないと思いそうになる。

刀も槍も使えず、今はフェロモンすら出ない。

でも、今どこが薄いかは見える。

私は帳面を開き、正面へ回した人数と獣道に残した人数、負傷して下げた人数を確認する。

「楊志様!」

振り返った顔へ叫ぶ。

「右側、あと六人なら回せます! それ以上抜くと獣道が薄くなります!」

「六人でいい! 回せ!」

伝令が走り、六人が入ると、さっき空きかけた場所が塞がった。

私は息を吐く。

ただの女でも、まだ仕事はある。

昨日みたいに広い範囲の男をまとめて前かがみにできなくても、六人を必要な場所へ送るくらいならできる。

……比べる対象がおかしい気もするけれど。

「押せ!」

青州軍から声が上がった。

呼延灼がまた前へ出る。

今度は武松様だけではない。

魯智深様も並んだ。

「武松! 右は任せるぞ!」

「分かった」

「ワシはこっちを殴る!」

「追うなよ」

「分かっておる!」

信用していいのだろうか?

次の瞬間、魯智深様は本当に目の前へ来た兵だけを殴った。

追わなかった。

「ちゃんと守ってる……」

「何を感心している!」

また楊志様に怒られた。

仕方ないでしょう……

昨日までの流れを考えれば、誰が急にまともなことをしても驚く。

いや、武松様はずっとまともだった。

たぶん。

呼延灼の攻撃は止まらなかった。

こちらが一歩下がれば、向こうが一歩上がる。

武松様と魯智深様が前を支えていても、少しずつ押されていく。

呼延灼本人がいるせいか、青州兵も昨日より粘る。

こちらは逆だった。

兵の顔から疲労が消えない。

誰も「勝てる」とは思っていない。

それでも逃げなかった。

武松様が言った通り、一人で走らず、隣と一緒に下がっている。

それだけで、まだ列になっていた。

「巧雲!」

李忠殿が駆けてきた。

「負傷者がまた増えた!」

「歩ける方は前と同じ場所へ。歩けない方だけ運んでください。水は?」

「まだある」

「なら、先に怪我人へ回してください。元気な人は少し我慢してもらいます」

「分かった!」

李忠殿が戻っていく。

私は帳面へ印をつけた。

矢も水も残りが減り、動かせる人間まで少なくなっている。

昨日に続いて今日も時間を稼いでいるが、払っているものはさらに重くなっていた。

「楊志様」

「何だ?」

「あと、どれくらい持ちます?」

「聞くな」

「副官なので聞いてます!」

「分からん!」

初めて、はっきり言われた。

楊志様にも分からない。

それくらいぎりぎりなのだ。

呼延灼がまた鞭を振り上げ、前の兵が下がったところへ武松様が入る。

だが、その横から別の青州兵が上がり、魯智深様が止めても、さらに後ろから兵が続いた。

「まずい……」

声が出た。

前が薄くなっている。

六人はもう回した。

これ以上正面へ送れば、昨日使われた獣道が空く。

でも正面を抜かれたら、そんなことを考えている場合ではない。

私は帳面を見た。

数字は変わらない。

見ても兵は増えない。

フェロモンも出ない。

柴進様もいない。

「……どうする」

自分に聞いても、答えは出ない。

呼延灼の馬が、また一歩上がった。

武松様が下がる。

今までで一番、大きく下がった。

「武松様!」

叫んだ、その時だった。

別の音が聞こえた。

最初は、青州軍の太鼓だと思った。

違う。

もっと遠い。

山の下。

しかも、呼延灼軍のいる場所よりさらに向こうから聞こえてくる。

鬨の声だった。

「……何?」

青州兵も振り向いている。

呼延灼まで馬上で動きを止めた。

楊志様が山の下を見る。

「来たぞ」

「何がです?」

答えるより先に、呼延灼軍の後ろで旗が上がった。

見覚えはない。

でも、あの文字は知っている。

梁山泊。

胸の奥が、別の意味で熱くなった。

「……来た」

孔亮殿に持たせた文。

閻婆惜へ送った救援要請。

あれが届いた。

荷車で稼いだ時間も、獣道で稼いだ時間も、昨日の最低な兵器で稼いだ一晩も、今日ここまで普通に耐えた時間も――全部、無駄ではなかった。

「梁山泊……」

声が震えた。

周通殿が叫ぶ。

「援軍だ!」

兵たちの顔が上がった。

士気が突然最高潮になったわけではない。

疲れているものは疲れている。

怪我人も戻らない。

それでも、「まだ持たせなければならない」から、「間に合った」に変わった。

それだけで空気が違った。

呼延灼が馬を返した。

正面への攻撃が止まる。

「退いた?」

違う。

逃げる動きではない。

呼延灼は兵を下げながら、向きを変えようとしている。

桃花山へ背を向けるのではなく、後ろから来た梁山泊軍へ正面を作り直すつもりだ。

「やっぱり簡単には崩れませんね……」

「呼延灼だからな」

楊志様が答えた。

その間にも梁山泊軍は近づいてくる。

そして、私は先頭にいる二騎に気づいた。

「……え?」

先頭を駆ける二騎は、どちらも女だった。

一人は双刀を持ち、もう一人は槍を構えている。

男だらけの軍勢の先頭を、女二人が並んで駆けてくる。

しかも速い。

「何ですか、あの二人」

「扈三娘と呂玉楼だ」

楊志様が言った。

名前は聞いたことがある。

でも、聞くのと実際に見るのとでは全然違った。

扈三娘が前を見る。

その隣で、呂玉楼が槍を構えた。

二人は呼延灼軍へ真っ直ぐ突っ込む――と思った。

違う。

進路が少しずつ左へ膨らんでいる。

「……正面から行かない?」

私は目を凝らす。

梁山泊本隊が呼延灼軍の後ろ側から圧力をかける中、二騎だけが左へ流れていく。

いや、二騎だけではない。

その後ろから兵がついていく。

左側面へ回るつもりだ。

「楊志様」

「見えている」

呼延灼も気づいた。

双鞭を上げ、兵を動かす。

梁山泊の到着で終わりではない。

今度は戦場そのものの向きが変わった。

さっきまで私たちは呼延灼を見下ろしていた。

今は呼延灼が梁山泊へ向き直り、その左側を二人の女が駆けていく。

私は思わず呟いた。

「……同じ女なのに、方向性が違いすぎません?」

周通殿が何か言いかけた。

「女――」

武松様が振り向く。

魯智深様も振り向く。

楊志様まで見た。

周通殿は口を閉じた。

学習している。

その時、扈三娘が双刀を上げた。

隣で呂玉楼の槍が前を向く。

二人の後ろで、兵が一斉に速度を上げた。

呼延灼軍の左側面へ向かって。

私は帳面を握り直した。

援軍は来た。

でも――

戦は、まだ終わっていない。

梁山泊の皆様が、間に合ったそうでございます。


「迎児、本当に来たわ」

「巧雲様が呼ばれたのでございましょう?」

「そうなんだけど、先頭がおかしいのよ」


双刀を持った扈三娘様と、槍を持った呂玉楼様が、呼延灼様の左側へ回っていったとか。


「お二人とも女性でございますね」

「そこなのよ!」


巧雲様が頭を抱えられました。


「私は男を前かがみにして、あの二人は普通に敵へ突っ込むの」

「同じ女性でも色々ございますね」

「まとめないで!」


ともあれ、援軍は到着しました。


ですが――


「迎児」

「はい」

「まだ終わってないのよね」

「呼延灼様ですから」

「それで全部説明できるの怖いんだけど!」


というわけで次回。

梁山泊も加わって、まだ戦います。

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