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悪魔、弾切れ

「迎児、昨日はずいぶん活躍したわ」

「はい、敵味方をまとめて前かがみにされたとか」

「言い方!」


迎児が帳面を抱えたまま、じっと私を見る。


「では、本日もお使いになるのでございますか?」

「必要ならね」

「まだ残っておられるので?」

「……何が?」

「昨日、あれだけお出しになりましたので」

「その聞き方やめて!」


嫌な予感しかしない。


「巧雲様」

「何?」

「一度、試されてはいかがでしょう?」

「何でそんなに冷静なのよ……」


というわけで第43話。


悪魔、再出撃――


できると思っていました。


「巧雲様」

「何?」

「弾切れでは?」

「まだ撃ってない!」

太鼓が鳴った。

昨日なら、それだけで兵たちの顔が強張ったと思う。

今朝は違った。

強張るより先に、みんな疲れている。

一日中戦い、一晩まともに眠れず、朝から洗濯までしているのだから当然だった。

山の下にいる青州兵も似たような顔をしているが、だからといってこちらの士気が上がるわけではない。

洗濯物の向こうで、呼延灼の旗が揺れていた。

「……本当に来るんですね」

私が呟くと、楊志様がこちらを見た。

目の下に隈がある。

たぶん私のせいだ。

「昨日からずっと来ている」

「一晩くらい嫌になってくれてもよくありません?」

「相手に言え」

もっともである。

兵たちの間からも、勇ましい声は聞こえない。

昨日は止めた。

荷車で止め、獣道で止め、最後には私まで何かを放って止めた。

それでも、呼延灼は帰らなかった。

兵たちの顔に浮かんでいるのは、

――また今日もやるのか。

という疲労だった。

武松様が前を見たまま言う。

「敵も疲れている」

「そう見えますね」

「だから互角になるとは限らん。向こうは官軍だ」

私は黙った。

分かっている。

兵の数も、装備も、指揮の経験も違う。

こちらには山がある。

それと、昨日まではもう一つあった。

私は少し考えてから、口を開いた。

「……もう一度だけ試してもいいですか?」

「駄目だ」

楊志様の返事が速かった。

「まだ何も言ってません」

「昨日のあれだろう」

「効きましたよ?」

「味方にもな!」

そこへ魯智深様まで振り返る。

「巧雲、ワシは今日こそ寝たいぞ」

「もう朝です!」

「だから今夜は寝たいと言っておる!」

切実だった。

でも、使えるなら使いたい。

私は皆から少し離れた。

周通殿が、それを見た瞬間さらに離れる。

「ちょっと、何で逃げるんですか!」

「昨日のこと忘れるわけねえだろ!」

「まだ何も出してません!」

「出してからじゃ遅い!」

学習能力だけは高い。

私は目を閉じた。

柴進様の顔を思い出す。

あの人の声も、無事だと知った時の安堵も、もう一度会いたいと思った気持ちも、昨日と同じように引っ張り出した。

会いたい。

触れたい。

隣にいたい。

胸の奥へ意識を向ける。

昨日なら、もう熱が広がっていた。

私は待った。

何も起きない。

「……あれ?」

もう少し強く思い出してみる。

柴進様の顔や声、触れた時の感覚まで思い出しながら、今すぐ会いたいと強く念じてみる。

それでも、胸の奥は静かなままだった。

さらに頑張る。

プスン……

そんな音がした気がした。

私は目を開ける。

「……終わった」

武松様がこちらを見る。

「出ないのか?」

「出ません」

「なら使えんな」

「切り替え早くありません!?」

楊志様はむしろ安心した顔をしている。

「よし」

「何が『よし』なんですか!」

「味方が巻き込まれん」

正論だから腹が立つ。

私は自分の胸元を見た。

もちろん、見ても何も分からない。

昨日まであれだけ周囲を巻き込んでいたものが、今朝はきれいさっぱり出ない。

「私……ただの女になってる……」

武松様が言った。

「元から女だ」

「そういう意味じゃありません!」

魯智深様が腹を抱えて笑い始めた。

「わはははは! 悪魔も弾切れするのか!」

「笑わないでください!」

弾切れ――

その言葉が妙にしっくりきてしまった。

しかも困ったことに、どうすれば戻るのか、私には分かっている。

いや、正確には身体の方が知っている、と言った方が近い。

柴進様を思い出すだけでは駄目なのだ。

「……たぶん、柴進様に触れないと戻りません」

「は?」

楊志様の顔が引きつった。

「どうしてそうなる」

「私に聞かないでください!」

「寝れば戻るのではないのか?」

「たぶん無理です」

「食えば戻るのか?」

「違います」

「薬は?」

「そういうものじゃありません!」

周通殿が遠くから叫ぶ。

「じゃあ柴進殿がいなきゃ終わりか?」

「今のところは!」

言ってから、自分でもひどいと思った。

敵味方をまとめて前かがみにするほどの威力があるくせに、補充条件が柴進様との接触だけ。

兵器として考えれば、ものすごく扱いづらい。

楊志様が額を押さえた。

「昨日のあれを戦力として数えるのは、今後やめる」

「そんな!」

「必要な時に撃てん兵器をどう数えろと言うんだ!」

「兵器って言いましたね!?」

「お前が昨日、自分で兵器扱いしたんだろうが!」

返す言葉がない。

武松様だけが、最初から興味がなさそうだった。

「今使えないなら、ないのと同じだ」 「武松様、冷たくありません?」

「ないものを当てにして戦う方が危ない」

また正論だった。

今日は正論が痛い。

武松様は山の下へ目を戻した。

「兵は疲れている。敵も疲れている。こちらは昨日より矢も減っている」 「はい」

「なら、できることをやるだけだ」

それだけだった。

大声で兵を励ますでもない。

「俺たちは勝てる」とも言わない。

目の前にあるものだけを見ている。

「……武松様だけ、まともですね」 「昨日からお前たちがおかしいだけだ」

魯智深様が不満そうに振り向いた。

「ワシもまともだぞ」

「昨日、前かがみのまま私を褒めてましたよね」

「それとこれとは別だ!」

別らしい。

山の下で太鼓が続いた。

青州軍が進み始める。

昨日の荷車は、まだ完全には取り除かれていない。

ただし呼延灼も、同じ手を繰り返すつもりはないらしかった。

盾兵を厚くして、その後ろへ弓兵を置いている。

こちらが撤去を邪魔しようと射れば、撃ち返しながら荷車を外すつもりだ。

「正面へ弓を集めすぎるな!」

楊志様が指示を飛ばした。

「獣道側を空にするな。昨日使った道を、向こうも知っている!」

兵が動き始めたが、その足取りは遅い。

疲れている。

それでも、止まりはしなかった。

私は帳面を開いた。

矢の残り、負傷者の数、まだ前へ出せる兵、獣道へ置いた人数。

昨日なら、どうやって敵を止めるかばかり考えていた。

今日は違う。

何を残せば、あとどれだけ持つのかを考える。

「楊志様、正面の弓を少し減らしてください」

「理由は」

「盾が厚すぎます。今撃ち続けても、こちらの矢が減る方が早いです。荷車を外し終える前にまとめて使った方がいい」

楊志様は少し考え、頷いた。

「止めろ!」

矢が減る。

その瞬間、青州兵が荷車へ殺到した。

周通殿が焦った声を上げた。

「おい、どかされるぞ!」

「どかさせます」

「またかよ!」

「もう十分働いてもらいました!」

一台目が外れる。

二台目も動く。

こちらの兵がざわついた。

目の前を塞いでくれていたものがなくなるのだから当然だ。

「来るぞ!」

青州兵が前へ出た。

一人が下がる。

その隣も下がろうとした。

そこへ武松様が入った。

「走るな!」

声が通った。

「下がるなとは言わん! だが一人で走るな! 隣と一緒に下がれ!」

兵たちの足が止まる。

「前へ出すぎるな! 敵を追うな! 守る場所だけ守れ!」

勇ましい言葉ではなく、勝てとも怖がるなとも言わない。

疲れている人間に、疲れていないふりをさせず、ただ崩れない方法だけを伝えている。

兵たちは少しずつ後ろへ下がった。

だが、走らなかった。

列も切れない。

青州兵が押してくる。

武松様は前へ出て一人を倒すと、追わずに戻った。

次に来た兵も止める。

また戻る。

派手さはない。

それでも前線が持っている。

「……これでいいんですね」

私が言うと、楊志様が答えた。

「戦は毎回、奇策でやるものではない」

「昨日、変な成功体験を得た気がします」

「捨てろ」

「名前まで付けたのに」

「捨てろ!」

ひどい……

超弩級なのに……

魯智深様も別の場所へ入った。

こちらは武松様ほど静かではない。

「そこを空けるな! 来た奴だけ殴れ! 追いかけるな!」

最後だけ少し怪しい。

「魯智深様、殴るんですね」

「殴れるなら殴る!」

そこだけはいつも通りだった。

少し安心する。

青州軍も、やはり疲れている。

押してくる力は強いが、長く続かない。

こちらが下がれば向こうも止まり、しばらくしてまた押されれば、こちらもまた少し下がる。

昨日のような派手な逆転はない。

兵の士気も上がっていない。

誰も英雄になっていない。

ただ、まだ崩れていない。

昼近くになった頃、武松様が戻ってきた。

額から汗が流れている。

「潘巧雲」

「はい」

「怪我人が増えた。後ろへ運ぶ場所を決めろ」

「分かりました」

私はすぐに地図を見る。

少し上に、道が広くなる場所がある。水も運びやすく、前線からも離れすぎていない。

「李忠殿、ここを負傷者の場所に使えますか?」

「使える。だが、人を回せるか?」

「歩ける人には自分で下がってもらいます。運ぶ人を使うのは歩けない人だけにしましょう」

今あるものを減らさない。

使える人間を、必要な場所へ置く。

昨日の私には、広い範囲の男をまとめて前かがみにする力があった。

今日はない。

それでも帳面は読める。

兵の疲れも見える。

どこへ人を回せば、少し長く持つかも考えられる。

「……ただの女でも、やることありますね」

武松様が聞いていた。

「だから元からただの女だ」

「そこ、まだ言います!?」

武松様が、ほんの少し笑った。

その時だった。

山の下で太鼓の打ち方が変わった。

楊志様が顔を上げる。

呼延灼の旗が、前へ出た。

これまで後ろから兵を動かしていた男が、自分で騎馬を進めてくる。

武松様の笑みが消えた。

魯智深様が禅杖を握る。

青州兵の列が開いた。

双鞭を持った呼延灼が、その中央へ出る。

「……本人が来ます」

私は呟いた。

昨日なら、まだ切り札があった。

今日はない。

胸の奥へ意識を向けても、何も出ない。

プスンとも言わない。

完全に空だった。

呼延灼が鞭を上げる。

青州軍が動いた。

武松様が一歩前へ出る。

「潘巧雲」

「はい」

「今度こそ後ろにいろ」

呼延灼の騎馬が、山道を駆け上がってきた。

巧雲様は、本当に弾切れだったそうです。


「迎児、笑わないで」

「笑っておりません。昨夜、一晩中お出しになったのでございますから」

「その言い方やめて!」

「使い切れば空になるのは当然かと」

「私を水甕みたいに言わないで!」


しかも自然には戻らず、柴進様に触れなければ補充されないそうでございます。


「何でそこだけそんな仕様なのよ!」

「巧雲様のお身体にお尋ねくださいませ」

「私だって聞きたいわよ!」


というわけで次回。

悪魔は弾切れのまま。


そこへ、呼延灼様ご本人が来ます。

「……迎児」

「はい」

「最悪のタイミングじゃない?」

「絶妙でございますね」

「褒めないで!」

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