荷車で止めました
「迎児、私、副官になったのよ」
「はい」
「もう少し驚いてくれてもよくない?」
「楊志様でしたら、いつか巧雲様を連れていかれると思っておりました」
「何その予測!?」
迎児は帳面を抱えたまま、平然としている。
「それで、桃花山では何をなさるのでしょう」
「まずは敵を止める方法を考えることになりそう」
「巧雲様が?」
「その確認やめて!」
少し間を置いて、迎児が尋ねた。
「柴進様のことは?」
「考えないように命令されました」
「それが一番難しそうでございますね」
「作戦より難しいみたいに言わないで!」
というわけで第40話。
副官・潘巧雲、初めての策を実戦で試します。
……迎児。
何で椅子まで用意してるの?
山の下から、連なった蹄の音が近づいてきた。
呼延灼が率いる騎兵は、私たちが二龍山から桃花山へ入った山道へ向かっている。
あの道なら、荷車が二台並んで通るのは難しい。
だから塞げる。
問題は、どう塞ぐかだった。
「楊志様、荷車を置く場所をもう一度確認させてください」
私は地図ではなく、実際の山道へ目を向けた。
「一番狭いところだけを塞ぐんじゃなくて、その手前から何台か使いたいです」
楊志様が眉を動かす。
「理由は?」
「最初の一台を見つけたところで、騎兵は速度を落としますよね。そのすぐ後ろに二台目を置いたら、敵はまとめて片づけようとします」
私は指で道をたどった。
「だから、一台目と二台目は少し離します。一台目をどかして進んだところで、また止まってもらいます。その間に後ろの馬が詰まれば、下がるのも難しくなります」
「なるほど」
李忠殿が道の先を見る。
「どれほど離す?」
「馬が一度走り出せるほど離したら駄目です。かといって、近すぎれば一度に処理されます」
こういう時、距離を数字だけで決めると危ない。
私は荷車を運んできた小者を呼んだ。
「ここへ来る時、一台ずつしか通れなくなった場所がありましたよね?」
「はい」
「荷車を止めて、後ろの車が追いつくまで、どれくらい歩きました?」
「そうですな……二十歩ほどかと」
それなら使える。
「一台目から二十歩ほど先に二台目を置きましょう。三台目は少し短くします」
周通殿が首を傾げる。
「何で同じ間隔じゃねえんだ?」
「同じだと、敵も次の位置を読めるからです」
「……そこまで考えるのか」
もちろん考える。
帳面でも、毎月同じ数字が同じ場所に出れば、不自然さに気づく。
戦もたぶん似ていて、同じことを繰り返せば相手は慣れる。
「荷車は全部横向きにしません。一台目だけ斜めに置きます」
今度は武松様がこちらを見る。
「斜め?」
「完全に道を塞いだように見せない方がいいと思います。通れそうに見えれば、無理に抜けようとする人が出ます」
楊志様の目が細くなった。
「騎馬を一列に絞らせるか」
「はい。その先で二台目を完全に横へ置きます」
一台目は、罠だと気づかせないための入口。
二台目からが本当の壁になる。
「車輪には石を噛ませてください。それだけだと蹴り出されるので、車軸の下にも丸太を通して、道の両側へ当てます」
曹正さんたちが運搬用に使っていた太い棒が何本かある。
荷車を持ち上げるためのものだ。
「それを横から抜かないと、車ごと動かせないようにします」
李忠殿が感心したように息を吐く。
「荷車を砦にするのか」
「砦というほど立派ではありません。壊される前提です」
だからこそ使える。
持ち帰る必要がないなら、遠慮もいらない。
「それから、車の上に空の俵と藁を積み直します」
「兵糧は?」
「全部下ろします。燃やすのは中身じゃなくて、車だけです」
周通殿が目を丸くした。
「最初から燃やすつもりだったのか?」
「最初からではありません」
私は山道を見る。
「敵が荷車をどかし始めて、人が集まったところで火をつけます」
一瞬、広間が静かになった。
私も言ってから、少し怖くなった。
でも、ここで引っ込めるわけにはいかない。
「最初から燃えていたら、敵は近づきません。火が消えるまで待つか、別の道を探します。でも、どかせると思って人を寄せた後なら、すぐには離れられません」
楊志様が私を見た。
「弓兵は?」
「荷車を狙う方と、撤去する兵を狙う方に分けます。最初は普通の矢で、人を荷車の周りへ集めるのを邪魔してください。敵が盾を持ち出したら、今度は火矢で車を燃やします」
「弓兵の位置は一か所にするな」
「はい、左右に分けて同じところから続けて射たない方がいいと思います」
楊志様が頷いた。
「使える」
短い一言だった。
それだけで十分だった。
「よし、すぐにやれ!」
魯智深様の号令で、兵たちが動き始めた。
荷車から兵糧を下ろし、空いた車を山道へ運ぶ。
一台目は斜めに置き、馬一頭なら抜けられそうな幅を残す。
その先では二台目が道を塞ぎ、三台目はさらに奥へ置いた。
どの車も簡単には動かされないよう、車輪には石を噛ませ、下へ丸太を通して固定していく。
私は一台ずつ確認した。
「こっちは藁をもう少し増やしてください。油は全部かけないで、火がつきやすい場所だけでいいです」
「全部燃やした方が早くねえか?」
周通殿が聞く。
「燃えすぎたら、こっちまで近づけなくなります」
「……なるほど」
さっきまで「女だぁ~!」と走ってきた人と同じとは思えないほど素直だった。
いや、学習したのだろう。
魯智深様、楊志様、武松様の三人が近くにいる。
非常に学習しやすい環境である。
斜面には李忠殿の弓兵が伏せた。
正面から見ても、どこにいるのか分かりにくい。
準備が終わった頃、蹄の音が一段と大きくなった。
「来たぞ!」
周通殿が叫ぶ。
青州の騎兵が山道へ姿を見せた。
今回、呼延灼が連れてきたのは慕容彦達から借りた青州の騎兵で、梁山泊を苦しめた連環馬ではない。
それでも、馬に乗った兵が列になって迫ってくるだけで、地面が震える。
先頭の騎兵が一台目の荷車に気づいた。
一瞬、速度が落ちる。
だが、道は完全には塞がれていない。
「抜けろ!」
一騎が隙間へ入った。
二騎目が続く。
その先で、二台目の荷車が待っていた。
「止まれ!」
前が詰まった。
後ろの馬が追いつき、さらにその後ろも速度を落とす。
思った通りだった。
いや、思った以上だった。
「まだです」
弓兵が構える。
楊志様も待っている。
青州兵が馬から降り、二台目へ近づいた。
車輪の石を蹴る。
動かない。
今度は何人かで車体を持ち上げようとする。
丸太が引っかかる。
「何だこれは!」
敵の声が聞こえた。
周通殿が笑いそうになり、李忠殿に睨まれて口を押さえた。
人が増えた。
五人、六人と荷車へ集まる。
「今です」
私が言うより早く、楊志様の手が下りた。
斜面から矢が飛ぶ。
青州兵が散った。
盾を持つ者が前へ出て、荷車の陰へ入る。
矢が止む。
敵は動けると思ったらしい。
再び人が集まり始めた。
「火矢を」
今度は、私が言った。
矢先の布へ火がつく。
一本目が空の俵へ刺さり、二本目が藁へ落ちた。
火が走る。
敵兵が驚いて離れた。
馬が嘶く。
前へ出ていた騎兵が手綱を引くが、後ろには次の馬がいる。
下がれない。
荷車の炎が大きくなる。
さらに別の火矢が一台目へ刺さり、通れそうに見えていた隙間にも火が上がった。
「下がれ! 下がれ!」
青州兵が叫ぶ。
しかし、狭い山道で何十騎も一度に向きを変えられるはずがない。
人が馬から降り、馬だけを後ろへ回そうとする。
そこへまた矢が飛ぶ。
私は息を呑んだ。
自分で考えた。
自分で置かせた。
それでも、目の前で兵が倒れるのを見るのは別だった。
「潘巧雲」
楊志様の声がした。
「はい」
「見るんだ」
厳しい。
でも、その通りだった。
敵を止めたかった。
こちらの人間を死なせたくなかった。
そのために、向こうの人間を止める策を考えた。
都合のいいところだけを見るわけにはいかない。
私は山道から目を逸らさなかった。
やがて青州騎兵は、無理に突破するのを諦めた。
前の馬から順に少しずつ下げていく。
桃花山側から歓声が上がった。
周通殿がこちらを振り返る。
「すげえじゃねえか、潘副官!」
走り寄ろうとして、途中で止まった。
三人を確認したらしい。
ちゃんと距離を取っている。
「ありがとうございます!」
こちらも声を張る。
魯智深様が腹の底から笑った。
「見事だ! 柴進殿にも見せてやりたいものだな!」
空気が止まった。
楊志様がものすごい顔で魯智深様を見る。
「言うなと申し上げただろう!」
「ワシが悪いのか!?」
「今のは完全に魯智深様です!」
胸の奥が熱くなる。
やめて。
今は本当にやめてほしい。
「巧雲、考えるな!」
「もう遅いです!」
熱が一気に広がった。
武松様が迷わず座る。
楊志様も膝を折った。
魯智深様は耐えようとしたが、数歩後ろへ下がってから結局座った。
李忠殿まで固まる。
周通殿だけが状況を理解していない。
「何だ? 何でみんな急に――」
途中で黙った。
自分の身体を見下ろし、顔を引きつらせる。
「……俺もか!?」
「だから近づかない方がいいと言っただろう」
楊志様が座ったまま答えた。
「そういう意味だったのかよ!」
「私だって好きでやってません!」
敵を荷車で止めた直後に、味方まで座らせる。
副官としてどうなのだろう。
非常に不安である。
その時、見張り台から声が飛んだ。
「青州軍、再び動きます!」
笑いが消えた。
斥候が駆け込んでくる。
「騎兵を下げ、歩兵を前へ出しております! 盾を持たせ、荷車のない斜面から登らせるつもりです!」
私は地図を見る。
呼延灼は、もうこちらの策を読んだ。
山道が塞がれているなら、道を使わなければいい。
当然の答えだった。
楊志様が立ち上がり、私の横へ地図を寄せる。
「潘巧雲」
「はい」
「次だ」
初めての策は通った。
だからこそ、もう同じ手は通じない。
巧雲様の初めての策は、無事に通ったようです。
「迎児」
「はい」
「荷車で騎兵を止めたのよ」
「お見事でございます」
「もう少し驚いて」
「皆様を座らせたことの方に驚いております」
「そっちは事故だから!」
しかも原因は、また柴進様でした。
「考えるなと命令されていたのでは?」
「魯智深様が名前を出したの!」
「では不可抗力でございますね」
「その言い方、絶対納得してないでしょう!」
というわけで第41話。
呼延灼も、同じ手には付き合ってくれません。
巧雲様……
次の策を考える前に、まず皆様を立たせてくださいませ。
あっ、別の意味ではございませんよ!




