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副官になりました

「迎児、呼延灼が桃花山へ向かったって」

「はい」

「急いで支度しないとね。兵糧と薬、それから――」


迎児が帳面を抱えた。


「それはこちらでいたします」

「……ずいぶん頼もしくなったわね」

「巧雲様に鍛えていただきましたので」

「嬉しいけど、何か複雑!」


迎児は少し考えてから、私を見た。


「巧雲様は、桃花山へ?」

「え?」

「楊志様が先ほど、巧雲様を探しておられましたので」

「何で?」


迎児が一歩下がる。


「嫌な予感がいたします」

「そこで離れないで!」


というわけで第39話。

呼延灼を追って、二龍山も動きます。


……迎児。

何で私の分の荷物まで用意してるの?

呼延灼は、こちらの返事を待たなかった。

ならば、こちらも待ってはいられない。

「桃花山へ出るぞ!」

魯智深様の声が広間へ響いた。

孔亮様が閻婆惜殿への文を持って梁山泊へ向かってから、まだ一日しか経っていない。

呼延灼軍はすでに白虎山を離れ、次の標的を桃花山へ変えている。

梁山泊からの援軍を待っていては、間に合わない可能性が高かった。

楊志様が地図を広げる。

「二龍山まで空にする必要はない。桃花山へ出す兵を決めるぞ」

魯智深様、楊志様、武松様が救援へ向かい、孫二娘、張青、曹正、施恩は二龍山に残ることになった。

私は当然、残るつもりだった。

「では兵糧を三日分多めに用意します。傷薬は――」

「巧雲、お前も来い」

筆が止まった。

顔を上げる。

楊志様は、こちらを見ていた。

「……私もですか?」

「そうだ」

「戦えませんけど?」

「知っている」

「即答しないでください!」

孫二娘が吹き出した。

楊志様は気にも留めず、地図を指で叩く。

「お前に刀を持たせるつもりはない。俺の副官として来い」

「副官?」

今度こそ聞き返した。

「桃花山の兵とこちらの兵が合わされば、数も増える。梁山泊がいつ来るか分からん以上、兵糧が何日持つか、負傷者が出ればどこへ運ぶか、敵がどちらへ回れば困るかまで考える者が要る」

「それを、私に?」

「最近のお前は、帳面だけ見ていない。人と物がどこへ動けば何が起きるかまで見るようになった」

思ってもいなかった言葉だった。

楊志様はお世辞を言う人ではない。

むしろ、言わなくていいことまで正確に言う。

「俺の横で地図を見ろ。気づいたことがあれば言え」

胸の奥が、少しだけ熱くなった。

柴進様の時とは違う。

これは、嬉しい。

「分かりました」

返事をすると、孫二娘がにやりと笑った。

「出世したねェ」

「まだ副官と言われただけです」

「十分だよォ」

「……仕事だけ増える昇格って、現代でもありましたよね?」

「あるねェ」

「嫌な記憶を共有しないでください!」

問題は、私がいなくなる間の二龍山だった。

自然と迎児を見る。

迎児も、もう分かっていたらしい。

「巧雲様、帳面はこちらでお預かりいたします」

先に言われた。

少し驚く。

「兵糧と薬の出入り、麓の店から上げる品、残っている金銭も確認いたします。大きな支出があれば別に控えて、巧雲様がお戻りになった時にご覧いただけるようにいたします」

そこまで言えるようになったのか。

逃げ出したばかりの頃は、私の後ろについてくるだけだった迎児が、今では私の仕事を引き受けようとしている。

「孫二娘さんたちにも相談してね」

「はい」

「一人で抱え込まなくていいから」

「承知しております」

頼もしくもあり、少し寂しくもあった。

でも、それ以上に嬉しかった。

「じゃあ、お願い」

「お任せくださいませ」

迎児へ帳面を渡したところで、楊志様が咳払いをした。

「潘巧雲」

「はい?」

「副官として、一つ命じておく」

「何でしょう?」

姿勢を正す。

楊志様も真顔だった。

「行軍中、柴進殿のことは考えるな」

「何でですか!?」

広間にいた男たちが一斉にこちらを見た。

「理由を説明する必要があるか?」

「ありますよ!」

「兵を座らせるな」

「好きでやってません!」

張青が無言で椅子を引いた。

曹正も少し距離を取る。

「まだ考えてないでしょう!」

「今、柴進殿の名を聞いただろう」

「言ったのは楊志様です!」

迎児まで一歩下がった。

「迎児!」

「ご武運をお祈りしております」

「逃げながら言わないで!」

出陣前から扱いがひどい。

翌朝、二龍山を発った。

魯智深様を先頭に兵が進み、楊志様と武松様が隊列を見ながら続く。

私は楊志様のすぐそばで、道と兵糧の減り方を確認していた。

副官――

まだ自分のこととは思えない。

途中、斥候から呼延灼軍の動きが何度か入った。

桃花山の周辺まで進んではいるが、まだ山へ本格的に攻めかかってはいないらしい。

「間に合いそうですね」

「油断するな」

楊志様が言う。

「呼延灼は梁山泊を攻めた時とは違う。今は青州の兵を借りている。失敗すれば戻る場所がある分、無理も利く」

「では、正面だけ見ない方がいいのでは?」

「そうだ」

私は地図へ目を落とした。

少しずつ、楊志様が何を見ているのか分かるようになってきた気がする。

桃花山へ着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。

門が開き、二人の男が駆け下りてくる。

先頭の男は魯智深様を見るなり、深く頭を下げた。

「魯智深殿! よくぞ来てくだされた! 李忠、恩に着まする!」

その隣にもう一人、男がいた。

李忠殿がそちらを示す。

「こちらは周通と申す」

周通殿は、大きく頷いた。

「助かったぜ! 呼延灼の野郎、いつ来るか分からねえから――」

言葉が止まった。

私を見ている。

嫌な予感がした。

周通殿の目が輝く。

「女だぁ~!」

走ってきた。

速い。

王英ほどではない。

だが、十分に速い。

私が下がるより先に、三人が動いた。

魯智深様が前へ出る。

楊志様が周通殿の腕を掴む。

武松様は一言も発さず、正面から睨んだ。

周通殿が急停止した。

「……え?」

三人とも黙っている。

その方が怖い。

「いや、その……俺、挨拶をしようとしただけで……」

楊志様の手は離れない。

武松様も目を逸らさない。

魯智深様に至っては腕を組んでいる。

李忠殿の顔色が変わった。

「申し訳ござらぬ!」

勢いよく頭を下げる。

「周通は、女子を見ると少々浮かれるところがございまして! 決して害意があるわけでは――」

少々――

心の中だけで突っ込んだ。

「何もしねえって!」

周通殿が訴える。

「ただ、凄く綺麗な女がいたから――」

三人の視線がさらに厳しくなった。

「……黙ります」

学習はできるらしい。

李忠殿が何度も頭を下げ、どうにかその場は収まった。

ただし楊志様が腕を離した直後、周通殿は懲りずに私をちらりと見た。

今度は走ってこない。

そこは進歩である。

桃花山の広間へ入ると、すぐに軍議になった。

李忠殿が地図を広げる。

呼延灼軍は山麓に兵を置き、桃花山へ通じる道を探らせているという。

梁山泊からの返事はまだない。

孔亮様が文を届けていても、援軍が到着するまでには時間が要る。

「こちらから打って出るか」

魯智深様が禅杖へ手をやった。

私は、地図ではなく広間の外を見た。

二龍山から運んできた兵糧を、荷車から下ろしている。

空いた車が何台も並んでいた。

そこで、行きの山道を思い出した。

「楊志様」

「何だ?」

「私たちが桃花山へ入ってきた道、途中からかなり狭かったですよね?」

「ああ、騎馬が横へ広がれる道ではない」

私は空になった荷車を見る。

「でしたら、あれを使えませんか?」

皆の視線が外へ向いた。

「荷車を山道へ横向きに置くんです。一台だけではなく、少し間隔を空けて何台も。騎兵なら、そのまま通れません」

李忠殿が地図へ身を乗り出した。

「どかされれば終わりでは?」

「どかそうとしたところを邪魔します」

道の両側を指す。

「弓を扱える方を伏せてください。荷車に近づいて動かそうとした者を射るんです。敵が弓兵を追おうとすれば、山の斜面へ入らなければならない。そこでまた時間がかかります」

楊志様の目が細くなった。

「一台目を抜いても、次があるようにするわけか」

「はい、荷車を守り切る必要はありません。呼延灼をここで倒す必要もありません」

私が欲しいのは勝利ではない。

「梁山泊が来るまで、時間を稼げればいいんです」

しばらく誰も話さなかった。

不安になる。

「……駄目ですか?」

「いや」

楊志様が地図へ指を置いた。

「使える」

胸の奥が跳ねた。

「ただし、全部の車を使うな。こちらが出る道まで塞げば自分たちの首を絞める。最初の車を敵がどかした後、兵が詰まる位置に次を置け」

「はい」

「弓兵も同じ場所から射ち続けるな。何か所かに分け、位置を悟らせるな」

私が考えたものを、楊志様が戦場で使える形へ直していく。

なるほど、こういうことなのか。

周通殿が、少し離れた場所からこちらを見ていた。

「この女、何者なんだ?」

聞こえている。

楊志様が地図を見たまま答えた。

「俺の副官だ」

思わず横を向いた。

改めて言われると、やはり落ち着かない。

「……副官?」

周通殿の背筋が伸びた。

「何か?」

「いや、何でもねえ」

今さら遅い。

作業はすぐに始まった。

兵糧を下ろした荷車を山道へ運び、向きを変えて道を塞ぐ。

動かしにくいよう車輪へ石を噛ませ、その先にも間を空けて次の車を置いていく。

斜面には李忠殿の弓兵が伏せた。

私は楊志様と一緒に配置を確認し、退路に使う場所だけは塞がないよう印をつける。

周通殿も兵を連れて荷車を動かしていた。

一度だけこちらへ近づきかけたが、魯智深様、楊志様、武松様の三人を見て進路を変えた。

本当に学習は早い。

日が傾く前には、守りはひとまず形になった。

その時、見張り台の鐘が鳴った。

斥候が駆け込んでくる。

「青州軍が動きました!」

楊志様が地図へ手を置いた。

「どの道だ?」

「正面ではございません!」

斥候が息を整える。

「呼延灼、自ら騎兵を率い、二龍山勢が桃花山へ入った山道へ回っております!」

私は顔を上げた。

そこは、つい先ほど荷車を並べた場所だ。

魯智深様が禅杖を掴み、武松様も立ち上がる。

楊志様だけが、一瞬こちらを見た。

「潘巧雲」

「はい」

「お前の策に、客が来たぞ」

山の下から、連なった蹄の音が近づいてきた。

巧雲様が桃花山へ向かわれてから、私は帳面を預かることになりました。


「迎児」

「はい」

「ちゃんと回せそう?」

「巧雲様が戻られるまでには」

「その言い方、不安になる!」


ですが、心配なのはこちらより桃花山です。


「楊志様の副官になったんですよね?」

「そうみたい」

「おめでとうございます」

「ありがとう」

「柴進様のことを考えなければ、きっと大丈夫でございます」

「そこまで条件に入れる!?」


しかも、巧雲様が考えた荷車の策へ、呼延灼が自分から向かっているそうです。


「……初仕事よ?」

「はい」

「いきなり本人が来るの?」

「人気者でございますね」

「嬉しくない!」


というわけで第40話。

巧雲様の初策略、いきなり本番でございます。

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