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未了、追いかけてきました

「迎児、そろそろ梁山泊から知らせが来てもいい頃よね?」

「はい」

「魯智深様と楊志様、無事だといいけど……」

「そうでございますね」

「それと、柴進様への文も――」


迎児が一歩下がった。


「まだ最後まで言ってない!」

「十分でございます」

「何が!?」

「皆様が椅子を確認なさいました」


振り返ると、本当に確認していた。


「私、まだ何もしてないでしょう!」

「巧雲様」

「何?」

「前回も、皆様そう思っておられました」

「私のことを災害の前兆みたいに言わないで!」


というわけで第38話。

梁山泊から、ようやく戦の知らせが届きます。


……迎児。

椅子の数、数えなくていいからね?

魯智深様と楊志様が梁山泊へ向かってから、十日目の夕方だった。

山門から駆け込んできた使いが差し出した文を、私は広間で開いた。

武松様をはじめ、山に残っていた者たちと迎児が、いつの間にか私の周りへ集まっている。

最初に目に入ったのは、魯智深様と楊志様が無事で、すでに二龍山への帰路についているという一文だった。

「よかった……」

胸の奥に溜まっていたものが、少しだけほどける。

そのまま続きを読もうとしたところで、迎児が私の袖をそっと引いた。

「巧雲様」

「何?」

「まだ先がございます」

「分かってるわよ」

「柴進様について書かれている可能性もございます」

「何でそこで全員、椅子を見るの!?」

張青と曹正が目を逸らし、施恩は最初から椅子の横にいる。

武松様だけは腕を組んだままだったが、座れる場所を確保しているのを私は見逃さなかった。

失礼にもほどがある。

文を読み進める。

梁山泊は呼延灼の攻勢を正面で受け止め、二龍山勢は予定どおり側面から圧力をかけた。

正面の連環馬そのものは崩せなかったが、魯智深様と楊志様が後続の兵と荷駄を乱したため、呼延灼も隊列を保ったまま押し切ることができず、一度軍を引いたという。

梁山泊側も無理な追撃はせず、戦線はいったんそこで切れた。

連環馬を破ったわけではない。

呼延灼を捕らえたわけでもない。

それでも、梁山泊が押し潰されることは防いだ。

そして最後に、追記があった。

魯智深様より――

柴進殿には、潘巧雲殿の文を確かに渡した。

「……渡った」

声に出した瞬間、迎児の目が潤んだ。

「巧雲様ぁ……」

「何であなたが先に泣くの!?」

柴進様が私の文を受け取り、私の書いた字を見て、あの短い文を読んでくださった。

そう考えた途端、胸の奥に熱が広がる。

「全員、座れ!」

武松様が叫んだ。

「何で私まで!?」

「巧雲じゃない!」

言い返した時には、張青、曹正、施恩がすでに座っていた。

武松様も遅れて腰を下ろし、孫二娘だけが腹を抱えて笑っている。

「ほら、また立てなくなる前に座っときなよォ」

「それ、意味が二つありません!?」

「見事に全員、反応が早くなったねェ」

「何の訓練なんですか、これ!」

「生存訓練じゃないかい?」

「私を災害扱いしないで!」

迎児が泣きながら一歩離れた。

納得できない。

その夜遅く、魯智深様と楊志様が兵を連れて戻った。

損害は軽く、負傷者はいるものの、二龍山へ戻れないほどの者はいなかった。

私は一人ずつ人数を確かめ、兵糧の残りを帳面へ記してから、帰還した兵たちの顔を見てようやく肩の力を抜いた。

「お帰りなさいませ」

「おう」

魯智深様が豪快に笑った。

楊志様は戻るなり地図の前へ座り、呼延灼軍が退いた道筋を確かめている。

「追わなかったのですか?」

「追えば罠に入る可能性があった。こちらの役目は梁山泊を助けることで、呼延灼の首を取ることではない」

楊志様の答えに、私は頷いた。

魯智深様も腕を組む。

「逃げた奴は、また出てくれば殴ればよい」

「もう少し警戒してください」

「警戒しておる」

「殴る以外で」

「む……」

そこへ孫二娘が口を挟んだ。

「高廉の時から進歩してないねェ」

「術より馬の方が殴りやすいぞ」

「比較するところがそこなの!?」

笑い声が広間へ広がる。

ただ、楊志様だけは地図から目を離さなかった。

「呼延灼は、まだ終わっていない」

その言葉に、私は帳面を開いた。

呼延灼という名前の横へ、二文字だけ書き足す。

未了――

「何だい、それ」

「終わっていないという意味です」

「敵将を仕事みたいに処理するんじゃないよォ」

「終わっていないものは終わっていません」

「怖いねェ、事務屋ってのは」

一か月後、その未了が山門まで追いかけてきた。

夕刻、見張りの声が上がった。

山道を登ってきた男は、衣を裂き、腕から血を流していた。

広間へ通されるなり膝をつき、荒い息の間から名を告げる。

「白虎山の孔亮にございます。兄の孔明が青州軍に捕らわれました。どうか、二龍山のお力をお貸しください」

魯智深様の顔から笑みが消えた。

「呼延灼か?」

孔亮が顔を上げる。

「ご存じなのですか?」

「梁山泊を攻めていた奴だ」

「その呼延灼です。青州へ入り、知府の兵を借りております」

白虎山が襲われ、孔明は生け捕りにされたという。

呼延灼は梁山泊で決着をつけられなかったまま青州へ入り、今度は周辺の山寨へ兵を向け始めたらしい。

未了どころではない。

悪化している。

「まず傷を見せな」

孫二娘が孔亮の前へしゃがみ込む。

「しかし、兄が――」

「兄貴を助けたいなら、アンタがここで倒れないことだよォ。血を流したまま軍議に出たって、判断力が落ちるだけだからねェ」

「……分かりました」

孔亮はまだ言いたそうだったが、孫二娘の目に押されて腕を差し出した。

私は水を用意して、その前へ置く。

「どうぞ。お話の続きは、少し落ち着いてからで構いません」

「かたじけない」

孔亮が杯へ手を伸ばしかけたものの、途中で止まり、私の顔と杯を交互に見たあと、もう一度こちらへ視線を戻した。

「どうかなさいましたか?」

「いや、その……」

「傷が痛みますか?」

「傷ではないのです」

「では?」

「……近いです」

またか……

命懸けで山を越えてきた人にまで、何をしているのだろう?

私は半歩下がった。

孔亮が、ほんの少し安心した顔をした時、冗談で返そうと思ったけれど、口が動かなかった。

「巧雲様」

「何?」

「柴進様のことをお考えになりましたか?」

「今は考えてない!」

「では通常でこれでございますか?」

「迎児、それ以上言わないで!」

孫二娘が手当てをしながら肩を震わせている。

孔亮は何が面白いのか分からない顔をしていた。

知らなくていい。

手当てが済むと、すぐに軍議へ入った。

白虎山だけでは、青州軍を押し返すのは難しい。

二龍山から兵を出すとしても、孔明を救い、呼延灼を退け、さらに周辺の山寨まで守ろうとすれば兵力が足りない。

魯智深様は地図を見つめたまま言った。

「二龍山は出る。白虎山を見捨てる気はない」

孔亮の顔が明るくなる。

その横で楊志様が首を振った。

「だが、二龍山だけでは足りん。呼延灼は青州の官兵を使える。こちらも梁山泊へ助勢を求めるべきだ」

私はすでに文机へ向かっていた。

「書きます」

「早いねェ」

「二娘、こういう時は早い方がいいんです」

孔亮がこちらを見る。

「梁山泊へ?」

「はい、閻婆惜殿宛てに、二龍山から正式に救援をお願いします」

筆を取り、白虎山の孔明殿が青州軍に捕らわれたこと、呼延灼が青州知府の兵を得て周辺の山寨へ攻勢を広げていることを記した。

二龍山は白虎山救援へ動くが、こちらだけでは兵力が不足するおそれがあるため、梁山泊にも青州方面への助勢を求める。

魯智深様に文面を見せる。

「これでよいですか?」

「よい、ワシらは先に支度を始める」

「では、この内容で出します」

末尾に私の名を添え、封をした。

閻婆惜殿なら、これで状況は分かる。

余計な説明を重ねる必要はない。

孔亮へ差し出すと、彼はまた少したじろいだ。

「今度は何ですか?」

「いや……文を受け取るだけなのに、妙に息が詰まる」

「申し訳ございません」

「潘巧雲殿が謝ることでは――」

後ろから楊志様の声がした。

「皆、最初はそう言う」

「楊志様!」

孔亮が目を瞬く。

孫二娘はもう隠す気もなく笑っていた。

文を受け取った孔亮は、深く頭を下げる。

「必ず、閻婆惜殿へ直接お渡しします」

「お願いいたします」

翌朝、孔亮は二龍山の者を一人伴い、梁山泊へ向かった。

私は山門から、その背を見送る。

これで梁山泊へ正式な救援要請が届く。

こちらも、白虎山へ向かう準備を始めなければならない。

広間へ戻り、帳面を開いた。

呼延灼の名の横には、まだ未了の二文字が残っている。

その下へ、青州で起きていることを書き加えようとした。

その時、山の下から早馬が駆け込んできた。

「急報!」

私は筆を止める。

息を切らした男が広間へ飛び込み、地図の上へ手をついた。

「呼延灼軍、白虎山を離れました!」

魯智深様が立ち上がる。

「どこへ向かった!」

男が息を呑んだ。

「桃花山です!」

白虎山の次は、桃花山。

呼延灼は、こちらの返事など待ってくれなかった。

呼延灼という方は、まだ終わっていなかったようです。


「巧雲様」

「何?」

「未了、と書いておられましたね」

「終わってなかったでしょう?」

「本当に追いかけてくるとは思いませんでした」

「私もよ!」


しかも今度は、白虎山の次に桃花山です。


「迎児、帳面持ってきて」

「はい」

「呼延灼のところ、追記するから」

「何と?」

「未了のまま」

「増えないのですか?」

「増やしたくないの!」


というわけで第39話。

こちらが返事を待っている間に、呼延灼はもう次へ動きました。


巧雲様……

今度は椅子ではなく、地図の準備をいたしますね。

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