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恩人のために支度します

潘巧雲でございます。


柴進様を助けるため、二龍山でも支度を始めました。

魯智深と武松が向かい、私は残って支える側です。

行かないことが、逃げになるとは限らない。

そう思えるように、帳面を開きました。

救出にも、準備と経費が必要です。


本当に、世の中はどこまでも事務仕事でございます。

梁山泊へ返書を出した翌朝、私は早くから帳面を開いていた。

柴進様が捕らわれた。

梁山泊は救出に動く。

二龍山は知らぬ顔をしない。

そこまでは決まった。

問題は、そこからである。

気持ちだけで人は助からない。

怒りだけで牢は開かない。

恩だけで高唐州まで歩けるわけでもない。

道の確認、食糧の在庫、金の準備、薬の蓄え、替えの履物もいる。

馬を出すなら飼葉もいる。

人を動かすなら、退路も見ておかなければならない。

救出にも、準備と経費が必要だった。

まったく、世の中はどこまで行っても事務である。

「巧雲様、こちらの紙でよろしいですか」

迎児が、束ねた紙を机に置いた。

「ええ。今日は多めに使います」

「多めに、でございますか」

「はい。恩人を助ける準備です。紙を惜しんでいる場合ではありません」

迎児は小さく頷いた。

昨日、柴進様捕縛の知らせを聞いた時、迎児の顔は青かった。

今も不安は残っている。

けれど、手は動いていた。

それが、ありがたい。

私はまず、帳面の上に見出しを書いた。

高唐州行き支度。

書いてから、少しだけ嫌になった。

遠足のしおりではない。

恩人の救出である。

だが、名前をつけなければ、物事は散らばる。

「巧雲」

孫二娘が入ってきた。

手には握り飯を包んだ布がある。

「朝から顔が仕事だねェ」

「仕事です」

「柴進殿のことかい」

「はい」

孫二娘は机の上を覗き込んだ。

「道、食糧、金、薬、宿……ずいぶん並んだねェ」

「抜けると困ります」

「一つ抜けただけで、人が死ぬこともあるからねェ」

その言い方が軽くない。

十字坡で人の出入りを見てきた孫二娘の言葉だった。

私は筆を止めずに頷いた。

やがて魯智深、楊志、武松が集まった。

曹正も呼ばれ、張青も孫二娘の後ろについてきた。

張青は私の帳面を見るなり、口を曲げた。

「こりゃまた、戦支度ってより店の仕入れみてえだ」

「人を出すなら、仕入れより大事です」

「へい」

孫二娘が張青を肘で小突いた。

「余計なことを言うんじゃないよォ」

「言ってねえです」

「言ったねェ」

二人のやり取りで、少しだけ空気が柔らかくなった。

だが、武松は笑わなかった。

彼は壁際に立ち、腕を組んでいる。

視線は遠い。

柴進様には、武松殿も世話になった。

昨日、初めて知った。

だからこそ、今日の沈黙は重い。

楊志が私の前に座った。

「何を決める」

「まず、二龍山から誰が動くかです」

魯智深が即座に言った。

「ワシが行く」

武松も続けた。

「俺も行く」

予想通りだった。

孫二娘が眉を上げる。

「二人とも行く気かい。山が寂しくなるねェ」

魯智深が笑った。

「柴進殿を助けに行くのだ。寂しいなどと言うておれぬ」

「それは分かってるよォ。ただ、全部出払ったら留守が空くって話さ」

楊志が頷いた。

「その通りだ。高唐州へ向かう者、二龍山に残って支える者を分ける必要がある」

私は帳面に二つの欄を作った。

向かう者。

残って支える者。

こうして分けると、頭の中も少し落ち着く。

「梁山泊が主に兵を動かすなら、二龍山から大勢を出す必要はないと思います」

私は言った。

「こちらが全員で動けば、山も道も空きます。柴進様を助けるために、他を危なくするのは違うかと」

魯智深は腕を組んだ。

「では、誰が行く」

「魯智深様と武松様」

私がそう言うと、魯智深が満足そうに笑った。

武松は黙って頷いた。

楊志がこちらを見る。

「俺は?」

「楊志様には、二龍山側の道と物資を見ていただきたいです」

楊志の眉が少し動いた。

「俺は留守か」

「留守というより、後ろを支える役です。魯智深様と武松様が前へ出るなら、後ろで判断できる人が必要です」

楊志は黙った。

私は少しだけ息を整えた。

失礼を言っているつもりはない。

けれど、武人に対して後ろへ回れと言うのは簡単ではない。

「高唐州へ向かう道で、食糧や馬が足りなければ困ります。梁山泊からの連絡も二龍山を通るかもしれません。こちらに楊志様がいれば、私は判断を仰げます」

楊志はしばらく私を見ていた。

やがて、短く言った。

「分かった」

その一言で、私は内心ほっとした。

魯智深が笑う。

「楊志よ、巧雲に使われておるぞ」

「必要な役を分けているだけだ」

楊志は淡々と答えた。

孫二娘がにやりとした。

「それを、使われてるって言うんだよォ」

「違います」

私が言うと、張青が小さく笑い、すぐ孫二娘に睨まれた。

私は帳面へ書き込んだ。

高唐州へ向かう者。

魯智深と武松。

二龍山に残って支える者。

楊志、孫二娘、張青、曹正、潘巧雲、迎児。

書いてから、少し胸が痛んだ。

私は行かない。

柴進様を助けたいと言いながら、高唐州へは向かわない。

それでよいのか。

一瞬、迷いが出た。

武松がこちらを見た。

「来る気だったのか」

「……少しだけ」

正直に答えた。

「私は柴進様に恩があります。だから、自分だけここに残って帳面をつけるのは、逃げているような気がしました」

広間が静かになった。

武松は短い言葉で言った。

「向いている場所で働け」

私は顔を上げた。

「俺は前に出る。お前は後ろを固めろ。どちらかが欠ければ、人は戻れぬ」

低い声だった。

慰めではない。

命令でもない。

事実のように聞こえた。

魯智深も頷いた。

「そうだ。巧雲が高唐州へ来ても、ワシらが守る手間が増える。ここで文と物を整えよ。その方が助かる」

はっきり言われると、少し刺さる。

だが、その通りだった。

私は高唐州の牢を破れない。

術を使う高廉と戦えない。

でも、出る者に足りない物を持たせることはできる。

戻る道を用意することはできる。

梁山泊との文を切らさないことはできる。

救出本部――

そんな言葉が頭をよぎった。

口には出さない。

たぶん説明が面倒だ。

「分かりました」

私は筆を持ち直した。

「では、二龍山側の連絡と物資は私がまとめます。迎児、控えを取ってください」

「はい」

迎児がすぐに隣へ座った。

曹正が腕を組む。

「食い物は干した肉と餅がいるな。握り飯だけじゃ日持ちしねえ」

孫二娘が頷く。

「薬もいるよォ。切り傷、打ち身、腹の薬。それから、眠れない奴に飲ませるもの」

「蒙汗薬ではありませんよね」

私が念のため確認すると、孫二娘が笑った。

「違うよォ。今は味方に飲ませる薬の話さ」

張青がぼそりと言った。

「お嬢が言うと、どっちも怖えんですが」

「張青」

「へい、黙ります」

私は薬の欄へ書き込んだ。

薬――

傷、打ち身、腹、眠りすぎないもの。

書いていて、少し妙な気分になる。

薬にまで注釈が必要な山である。

楊志が道の話をした。

「高唐州へ向かうなら、途中で梁山泊の者と合流する方がよい。二龍山から単独で奥まで行くのは避けるべきだ」

「合流場所は、梁山泊からの返書待ちですね」

「そうだ」

私は欄を作った。

梁山泊へ確認。

合流場所。

人数と必要物資。

高廉の兵数。

高唐州周辺の道。

柴進様の安否。

書くほどに、足りないものが増える。

これも仕事でよくあった。

整理すると、問題が減るのではない。

見えていなかった問題が出てくる。

あまり嬉しくはない。

けれど、見えないままよりはずっといい。

「高廉が術を使うなら、その対処は梁山泊側に任せるしかありません」

私は言った。

「二龍山では分かりません」

魯智深が豪快に笑った。

「ワシは殴れるものなら殴るぞ」

「殴れない場合の話です」

「む……」

魯智深が少しだけ黙った。

武松も目を細める。

楊志が言った。

「術なら、公孫勝の名が出るかもしれぬ」

知らない名が増えた。

私は帳面に書いた。

公孫勝は術の人。

あとで聞く。

今は、書くだけ書いて流す。

知らない名に一つずつ驚いていたら、仕事が止まる。

使いに持たせる返書も必要だった。

私は、閻婆惜殿宛ての文をもう一枚用意した。

二龍山より高唐州行きに関し、魯智深、武松を出す用意あり。

二龍山側は食糧、薬、連絡を担う。

合流場所、人数、必要物資、高唐州周辺の情報を至急知らせられたし。

そこまで書いて、一度筆を止めた。

少し考え、最後に加える。

柴進殿救出に関し、二龍山は継続して協力いたします。

これでよい。

熱くなりすぎず、冷たくもない。

文を楊志に見せると、彼は頷いた。

「よい」

魯智深は太い指で文を叩いた。

「見捨てぬと入っておるか」

「今回は継続して協力、と書きました」

「同じか」

「だいたい同じです」

「ならよい」

武松は文を見て、短く言った。

「急がせろ」

「はい」

使いが走る準備を始めた。

張青が水と食糧の指示を出し、曹正が道中の包みを整える。

孫二娘が薬を選び、楊志が道を指示する。

迎児は私の横で、控えを写していた。

皆が動いている。

柴進様を助けるために……

私はその光景を見て、少しだけ目の奥が熱くなった。

恩人を助けたい。

それは私の勝手な願いだと思っていた。

でも、違った。

柴進様に恩がある者は、私だけではない。

柴進様が助けた者は、一人ではない。

だから今、二龍山も動いている。

使いが出ていった後、私は帳面を閉じなかった。

まだ書くことがある。

魯智深と武松に持たせる物。

二龍山に残す物。

梁山泊から返ってくるはずの文。

高唐州までの道。

戻る道。

怪我人が出た時の受け入れ。

迎児に任せる控え。

項目は尽きない。

「巧雲様、少しお休みになっては」

迎児が言った。

「休みます。あと一枚だけ」

「それ、先ほども仰いました」

「そうでしたか」

「はい」

現代でも言った覚えがある。

あと一枚。

あと一件。

あと一通。

そう言いながら、結局帰りが遅くなる。

悪い癖まで持ってきてしまった。

私は筆を置いた。

「では、少し休みます」

迎児がほっとした顔をした。

外では、魯智深と武松が出立の支度をしている。

高唐州は遠い。

柴進様は牢にいる。

高廉という者は、きっと簡単な相手ではない。

怖くないわけがない。

だが、何もしない方がもっと怖い。

私は帳面の最後に、小さく書いた。

柴進様救出支度。

担当、潘巧雲。

補佐、迎児。

その文字を見て、息を吐く。

逃げるために始めた帳面が、守るための帳面になった。

そして今度は、助けるための帳面になっている。

書類仕事の範囲は、やはり広すぎる。

けれど、広くてもやるしかない。

恩人を助けるための支度は、まだ始まったばかりだった。

迎児でございます。


魯智深様と武松様が、高唐州へ向かわれることになりました。

巧雲様は、二龍山に残って支えるそうです。

行かないことも、逃げではないのですね。

私も、控えを取り、荷を数え、できることをいたします。


柴進様を助けるための支度は、まだ始まったばかりです。

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