もう一度、問い合わせます
潘巧雲でございます。
王英様の件で、もう一度梁山泊へ問い合わせました。
苦情ではありません。
確認です。
その結果、王英様はさらに立場が悪くなり――
なぜか、二龍山と梁山泊の同盟話が始まりました。
問い合わせとは、時に大きな仕事を連れてくるようです。
王英という名を帳面に書いた翌日、私はもう一度、紙を広げた。
探りは減った。
梁山泊からの返書も届いた。
楊雄と石秀は、梁山泊の中で肩身を狭くしたらしい。
それで終わればよかった。
けれど、終わらなかった。
酒席で王英が楊雄を煽った。
女房を逃がして、二龍山に庇われて、それで黙っているのか。
梁山泊の頭領が、女一人に恥をかかされてよいのか。
言葉だけなら、軽い。
酒の席なら、笑い話で済むのかもしれない。
言った本人は、なおさらそう思っているだろう。
だが、その言葉で誰かが動けば、笑い話では済まない。
私は筆を持ったまま、しばらく紙を見つめた。
二回目の問い合わせである。
現代なら、同じ案件で別部署から違うことを言われた時点で、確認メールを出す。
相手の名前、発言内容、日付、こちらの認識。
できれば角を立てず、しかし逃げ道は減らす。
まさか二龍山で、そんなことをするとは思わなかった。
「巧雲様」
迎児が、そっと声をかけてきた。
「また、梁山泊へお手紙を出されるのですか」
「問い合わせです」
「お手紙ではなく、問い合わせなのですね」
「ええ。気持ちを送るものではありません。事実を確認するものです」
迎児は、少し考えるように頷いた。
私は書き始めた。
梁山泊より、二龍山周辺における詮索は、梁山泊の命にあらず、私事であれば控えさせるとの返書を受領。
しかしその後、梁山泊頭領王英殿が酒席にて、楊雄殿に対し、逃げた妻を取り戻すべき旨の発言をしたとの噂あり。
当該発言は、二龍山周辺での詮索を控えるとの返書の趣旨と矛盾するものか。
また、本人の意思を無視した引き渡しを促すものと受け取られてよいか。
書いていて、自分でも嫌な文だと思った。
丁寧なのに、逃げ場が少ない。
こちらの問いに答えるだけで、相手は王英の発言を肯定するか否定するかを選ばされる。
けれど、それでいい。
曖昧なままにしておけば、また誰かが勝手なことを言う。
「怖い文だねェ」
いつの間にか、孫二娘が入口に立っていた。
張青も後ろにいる。
張青は文を覗こうとして、孫二娘に睨まれ、すぐ顔を逸らした。
「怖がらせるつもりはありません」
「それを本気で言うから怖いんだよォ」
「確認しているだけです」
「そういう刀もあるんだねェ」
刀――
私は紙を見た。
刀ではない。
けれど、近いのかもしれない。
少なくとも、何も持たずに待つよりはいい。
その後、私は魯智深、楊志、武松の前で文を読んだ。
魯智深は途中で眉を寄せた。
「王英という男は、まだ余計な口を利いておるのか」
「そのようです」
「なら、行って殴れば早い」
「早いですが、話が大きくなります」
「面倒だのう」
魯智深は不満そうに言ったが、止めはしなかった。
楊志は文を受け取り、最後まで目を通した。
「よい。問いがはっきりしている」
「強すぎませんか」
「弱ければ、また酒の席の戯れと言われる。強くてよい」
武松も、壁にもたれながら言った。
「出せ」
「よろしいのですか」
「相手が黙らせるなら、それで済む。黙らせられねえなら、次は別の備えをする」
それで決まった。
文は梁山泊へ送られた。
返事が来るまでの数日、私は落ち着かなかった。
自分で出した文なのに、返ってくるまで胃が重い。
送信ボタンを押した後に、相手の返信を待つ時間に似ている。
既読も未読も分からない分、こちらの方がたちが悪い。
返書は、思っていたより早く届いた。
持ってきた者は、梁山泊からの使いだという。
文は丁寧に封じられていた。
前の返書と同じように、字が整っている。
私は広間で封を開いた。
魯智深、楊志、武松、孫二娘、張青、迎児が揃っている。
文の冒頭には、宋江の名があった。
だが、取り次ぎとして閻婆惜の名も添えられていた。
閻婆惜――
知らない名のはずだった。
けれど、その名の添えられた返書は、妙に整っていた。
山の女の文でも、男たちの義理の文でもない。
余計な感情を削り、事実と対応と次の提案だけが並んでいる。
こういう文を、私は知っている気がした。
会社で何度も見た。
いや、何度も直した。
できる人の文である。
嫌な言い方をすれば、仕事ができる。
私は気持ちを抑えて、読み進めた。
王英殿の酒席での発言については、梁山泊として確認済み。
当該発言は、梁山泊の意向ではない。
二龍山へ逃げ込んだ者について、本人の意思を無視した引き渡しを求めるものではない。
王英殿には、今後、二龍山および当事者を刺激する発言を慎むよう申し渡した。
なお王英殿については、以前より閻婆惜殿に対する無礼な振る舞いもあり、宋江殿の側でも警戒されていた由。
今回の件をもって、さらに慎むべき立場とする。
張青が、少し口笛を吹きかけて、孫二娘に足を踏まれた。
「痛っ」
「黙りな」
私は文から目を離せなかった。
王英は、閻婆惜にも色目を使っていたらしい。
そして、警戒されていた。
今回の件で、さらに立場が悪くなった。
女を軽く見る男が、女に文で処理されている。
少しだけ、胸の奥がすっとした。
もちろん、顔には出さない。
出したら負けのような気がする。
文は、まだ続いていた。
梁山泊としては、二龍山と事を構える意はない。
むしろ今後、道中の安全、物資の往来、情報の共有について、互いに利ある形を協議したい。
二龍山の意向を伺いたい。
私はそこで、一度息を止めた。
「協議」
思わず声に出た。
楊志が静かに頷く。
「同盟の話だな」
「同盟、ですか」
迎児が小さく繰り返した。
魯智深は酒壺を置き、大きく笑った。
「梁山泊め、今度は仲良くしたいと言うてきたか」
「二龍山と揉めるより、その方が得だと見たのでしょう」
楊志が言う。
「道中の安全、物資、情報。悪くない話だ」
武松は文を見ていた。
「書いた者は、分かっている」
その言葉に、私はまた閻婆惜の名を見た。
分かっている。
確かに、そう感じる。
こちらの怒りを受け止め、王英を処理し、その上で梁山泊の利益へつなげている。
ただの返事ではない。
処理と提案が一枚に入っている。
梁山泊の中にも、こういう文を書ける女がいる。
魯智深が私を見た。
「巧雲」
「はい」
「そなたが返せ」
私は一瞬、聞き間違えたかと思った。
「私が、でございますか」
「文で来た話だ。そなたが読んだ。そなたが返せばよい」
「ですが、これは二龍山と梁山泊の話です」
「だからだ」
魯智深は当然のように言った。
「ワシが返せば、酒と拳の話になる。楊志が返せば、堅すぎる。武松が返せば、短すぎる。孫二娘が返せば、張青が余計な口を挟む」
「お嬢、それはひでえ」
張青が小さく言い、孫二娘にまた睨まれた。
魯智深は笑った。
「そなたが一番よい」
私は言葉を失った。
逃げてきた女である。
夫から逃げ、家から逃げ、十字坡で働き、二龍山に来た。
最初は木の棒すら落とした。
それなのに今、梁山泊との窓口を任されようとしている。
転職先が二龍山なのは、もう諦めた。
けれど、まさか対外折衝まで業務範囲に入るとは聞いていない。
楊志が文を私へ戻した。
「相手も、おそらくそなたに向けて書いている」
武松も言った。
「受けろ」
孫二娘が楽しそうに笑う。
「巧雲、出世したねェ」
「出世ではありません」
「じゃあ何だい」
私は返書を見た。
王英は黙らされた。
梁山泊は二龍山と組みたいと言ってきた。
その文の向こうには、閻婆惜という女がいる。
ただ、この文を書いた女は、梁山泊の中で確かな役割を持っている。
私は帳面を開いた。
梁山泊より二度目の返書。
王英の発言は梁山泊の意向にあらず。
王英には慎むよう申し渡し。
二龍山との協議希望。
道中の安全、物資、情報共有。
最後に、少しだけ迷って書く。
対応、潘巧雲。
書いてから、しばらくその文字を見た。
逃げるために始めた記録が、交渉の入口になっている。
怖くないと言えば嘘になる。
けれど、嫌ではなかった。
私は筆を持ち直した。
「では、二龍山としての条件を整理いたします」
魯智深が大きく頷いた。
「任せた」
その一言で、私の仕事が決まった。
もう一度問い合わせた結果、王英の口は塞がれた。
そして、梁山泊との同盟話が始まった。
本当に、文書というものは怖い。
そして少しだけ、便利だった。
迎児でございます。
巧雲様が、もう一度問い合わせをなさいました。
すると、王英様のことだけでなく、梁山泊と二龍山のお話になりました。
お手紙ひとつで、山と山の話が動くのですね。
巧雲様は、今度は二龍山のお返事を考えるそうです。
少し、遠いところへ進まれたように見えました。




