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お返事が届きました

潘巧雲でございます。


梁山泊へ問い合わせたところ、お返事が届きました。

まさかこの世界で、照会文に返書が来るとは思いませんでした。

戦うより先に、文書で確認。

逃げている女のやることではない気もしますが――


私には、これが一番向いているようです。

梁山泊に届いた文を読んで、私はしばらく黙った。

閻婆惜でございます。

……と、ここで名乗るのも妙だけれど、今の私はそういう立場にいる。

宋江様のそばで、文を受け取り、要点を拾い、誰に回すかを決める。

軍師ではない。

けれど、こういう細かい処理は、どう考えても私の方が向いている。

呉用様には悪いけれど、たぶんあの人は、こういう文書の怖さを少し軽く見る。

私は文の最初から読み直した。

二龍山周辺にて、十字坡にいた女二人、および孫二娘、張青の所在を問う者あり。

問いの中に、梁山泊の楊雄、石秀の名が関わるようにも聞こえる。

これは梁山泊の意向か。

もし私事であれば、二龍山周辺での詮索は控えられたい。

二龍山は、梁山泊と事を構える意はない。

されど、逃げ込んだ者を本人の意思なく渡すこともない。

きれいな文だった。

きれいすぎる――

山賊の脅しでも、泣きつく女の訴えでもない。

これは照会だ。

相手の所属を確認し、組織の意向と私事を切り分け、こちらの責任範囲を明確にさせる文。

いや、待って――

何でこの世界で、こんな照会文が来るの。

差出は二龍山。

関係者は、孫二娘、張青。

それから、十字坡にいた女二人。

片方は帳面をつけていた女。

もう片方は下女。

そして、楊雄と石秀の名。

潘巧雲――

その名が頭の中に浮かんだ瞬間、背筋が凍った。

潘巧雲は、原典ならもう死んでいる。

攻略本にも、そういう扱いだった。

ゲームでは細かいところまで覚えていなくても、楊雄、石秀、潘巧雲の流れは知っている。

知っているからこそ、この文がありえない。

死んでいるはずの女が生きている。

しかも十字坡を経て、二龍山にいるらしい。

その上、梁山泊へ問い合わせを出している。

……先輩?

私は文をもう一度見た。

本人の意思なく渡すこともない。

この言い方。

この線の引き方。

この、妙に事務的な反撃の仕方。

顔を思い出す。

会社の廊下。

食べ損ねたおにぎり。

「おにぎり、食べられないね」

と言った、あの人。

いや、決めつけるには早い。

早いけれど、普通ではない。

私は文を畳み、宋江様の前へ出した。

「二龍山より照会でございます」

宋江様は文を受け取り、眉を寄せた。

隣にいた呉用様も、覗き込むように目を細める。

「楊雄と石秀か」

宋江様の声は重くなった。

「二龍山周辺を探っている、ということか」

「そのように受け取られております」

私は答えた。

「二龍山は、梁山泊と事を構える意はないと明記しております。ですが、逃げ込んだ者を本人の意思なく渡すこともない、とも」

呉用様が顎に手を当てた。

「女二人のことか」

「はい。十字坡にいた女二人です」

楊雄様と石秀様は、すぐに呼ばれた。

二人が入ってきた時、空気が少し変わった。

楊雄様は固い顔をしている。

石秀様は、一見落ち着いていた。

けれど、目がこちらの文を見た。

気づいたのだろう。

自分たちの動きが、二龍山から梁山泊へ上がったことに……

宋江様が文を置いた。

「楊雄、石秀。二龍山周辺で、十字坡の女二人を探らせたか」

楊雄様の顎が少し動いた。

「宋江殿、私はただ――」

「ただ、では済まぬ」

宋江様の声が低い。

「二龍山には魯智深、楊志、武松がおる。孫二娘、張青もそちらに関わる。そこを刺激して、何を得る」

楊雄様は黙った。

石秀様が頭を下げる。

「梁山泊の名を用いたつもりはございません」

「用いたつもりがなくとも、相手にそう見えれば同じです」

私は口を挟んだ。

石秀様の目が、こちらを見る。

そう――

あなたは人を見る。

でも、こちらも見る。

私は文を指した。

「二龍山は、梁山泊の意向かどうかを問うております。ここで答えを誤れば、私事ではなく梁山泊の問題になります」

石秀様は、少しだけ目を伏せた。

楊雄様の顔は、さらに悪くなった。

「私事と申されるのか」

「妻を探すこと自体は、あなたの私事です」

私は言った。

「ですが、二龍山周辺を探らせ、孫二娘と張青の所在まで探るなら、それは梁山泊と二龍山の関係に触れます」

部屋の中が静かになる。

宋江様はしばらく黙った後、言った。

「以後、勝手な詮索は控えよ」

楊雄様の拳が握られる。

石秀様は、頭を下げたままだった。

「承知しました」

先に答えたのは石秀様だった。

楊雄様は、少し遅れて同じように頭を下げる。

その姿を見ながら、私は思った。

先輩――

本当に先輩なら、何をしているんですか。

死んでいるはずの女になって、二龍山で問い合わせ文を飛ばして、楊雄様と石秀様の立場を悪くしている。

生き残り方が、事務職すぎます。

返書は、私が作ることになった。

宋江様は大筋を認め、呉用様は余計な言い回しを少し足そうとしたが、私はそれを削った。

長い文は、逃げ道を増やす。

短く、誤解のない方がいい。

梁山泊として、二龍山と事を構える意はない。

二龍山周辺における詮索は、梁山泊の命によるものではない。

楊雄、石秀の私事によるものであれば、当方にて控えさせる。

逃げ込んだ者については、本人の意思を無視して引き渡しを求めるものではない。

最後の一文で、少しだけ筆が止まった。

本人の意思。

この言葉なら、届くだろうか。

届く相手が、もし本当にあの人なら……

私は筆を置いた。

まだ確信はない。

でも、返書の先にいる女は、少なくとも私の知る潘巧雲ではない。

そう思った。


二龍山に返書が届いたのは、三日後だった。

私は楊志から文を受け取った。

封を見ただけで、妙に整っていると分かる。

字も文も、山賊のものにしては癖が少ない。

嫌な意味ではない。

むしろ、話が分かる気配がする。

広間には、魯智深、楊志、武松、孫二娘、張青がいた。

迎児も隣に立っている。

前より半歩近い。

私は文を開いた。

梁山泊として、二龍山と事を構える意はない。

二龍山周辺における詮索は、梁山泊の命によるものではない。

楊雄、石秀の私事によるものであれば、当方にて控えさせる。

逃げ込んだ者については、本人の意思を無視して引き渡しを求めるものではない。

読み終えた瞬間、広間の空気が少し緩んだ。

魯智深が大きく頷く。

「返せとは書いておらぬな」

「はい」

楊志が文を受け取り、目を通した。

「楊雄と石秀は動きにくくなる。少なくとも梁山泊の名では動けぬ」

武松も短く言う。

「石秀は止まる。しばらくはな」

「しばらく、ですか」

「諦めたとは限らねえ」

それは分かっている。

分かっているが、今は十分だった。

孫二娘が笑った。

「巧雲、文で男二人を止めたねェ」

「止まったかどうかは、まだ分かりません」

「でも、肩身は狭くなっただろうよォ」

そうだといい。

楊雄にとって、私は逃げた妻だった。

石秀にとって、私は探せば見つかる女だったのかもしれない。

けれど、今は違う。

私を探ることは、二龍山を探ることになった。

二龍山を探ることは、梁山泊の問題になった。

話の置き場所が変わった。

私はもう、家の奥で裁かれるだけの女ではない。

迎児が、そっと文を見ている。

「巧雲様」

「何でしょう」

「私たちの名は、書かれておりませんね」

「ええ」

「それで、よいのですか」

私は少し考えた。

「書かれないことで、守られることもあります」

「書かれないことで」

「ええ。ここにあるのは、本人の意思を無視して引き渡しを求めない、ということだけです。名前がなくても、それで足ります」

迎児はゆっくり頷いた。

「本人の意思……」

その言葉を、迎児は大事そうに繰り返した。

私は返書をもう一度見た。

本人の意思を無視して――

妙な言い方だった。

この時代の文にしては、少しだけ温度が違う。

誰が書いたのだろう。

梁山泊にも、話の分かる人がいるらしい。

そう思った時、胸の奥で何かが小さく引っかかった。

けれど、まだ形にはならない。

私は帳面を開き、新しい項目を書いた。

梁山泊より返書。

二龍山と事を構える意なし。

詮索は梁山泊の命にあらず。

私事なら控えさせる。

本人の意思を無視して引き渡しを求めず。

最後に、少しだけ迷って、もう一行足した。

お返事が届きました。

それは正式な記録ではない。

けれど、消さなかった。

問い合わせた。

返ってきた。

文の上で、私の意思が認められた。

なんとも地味で、なんともありがたい勝利だった。

迎児でございます。


梁山泊から、お返事が届きました。

私たちの名は書かれておりませんでした。

けれど、巧雲様は、それでよいのだと仰いました。

書かれないことで、守られることもあるそうです。


梁山泊にも、話の分かる方がいらっしゃるのかもしれません。

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