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私は鶏を盗んでいません

潘巧雲でございます。


祝家荘では、大変な騒ぎになったそうです。

原因は鶏一羽……


念のため申し上げますが――

私は盗んでおりません。

時遷が鶏を盗んだことなど、私はまだ知らなかった。

最初に届いたのは、独龍岡の辺りで道が騒がしくなっているという話だった。

昼過ぎ、荷を運んできた商人が、酒を飲みながら孫二娘へ愚痴をこぼした。

「祝家荘へ続く道が通れねえ。見張りが増えて、荷まで改められた」

「何かあったのかい?」

「盗人を捕らえたとか。その仲間が梁山泊へ逃げ込んだらしい」

私は帳面へ酒代を書きながら、顔を上げた。

盗人、梁山泊、祝家荘。

少し前なら、どれも私とは関係のない言葉だった。

「捕まったのは、小柄な男だそうだ」

商人は続けた。

「屋敷の鶏を盗んだらしい」

私は筆を止めた。

「鶏、でございますか?」

「そうだ。たかが一羽だが、祝家荘の面目に関わるんだとさ」

孫二娘が鼻で笑った。

「面目は焼いて食えないよォ」

本当にそう思う。

鶏一羽の損害に対して、道を閉じ、兵を集め、旅人の荷を調べる。

費用対効果が完全に壊れていた。

だが、笑っていられたのは、その日までだった。

翌朝には、梁山泊が祝家荘へ軍勢を出したという噂が入った。

先頭に立つのは宋江という男。

その下には林冲、秦明、花栄といった名のある武将がいるらしい。

客は皆、面白そうに話した。

「山賊と豪族の戦だ」

「祝家荘には何千もの兵がいる」

「道には仕掛けがあって、知らずに入れば出られねえそうだ」

どこまで本当なのか分からない。

昨日見てきたように語る男も、よく聞けば隣町の旅人から聞いただけだった。

噂は、酒とよく似ている。

人の口を通るたびに、少しずつ濃くなる。

戦が始まると、十字坡の客足はさらに増えた。

独龍岡を避ける者。

梁山泊の動きを見に来た者。

荷を止められ、行き先を失った商人。

戦が終わるまで安全な場所で待つつもりの旅人。

宿はすぐに埋まった。

酒も足りない。

米も減る。

馬屋まで混み始めた。

「二娘さん、今夜から酒の種類を減らします」

私が言うと、孫二娘が眉を上げた。

「せっかく客が来てるのにかい?」

「種類を揃えるより、切らさない方が大事です。料理も、夜はすぐ出せるものへ絞ります」

張青が横から帳面を覗いた。

「肉はまだあるぞ」

「三日でなくなります」

「そんなに早く?」

「昨日だけで、普段の倍出ています」

張青は指を折り始めた。

途中で諦めたらしく、孫二娘を見る。

「お嬢、巧雲さんの言う通りにした方がよさそうですぜ」

「最初から、そのつもりだよォ」

孫二娘は私へ向き直った。

「好きに組みなァ」

私は厨房へ回す量と、宿泊客へ残す食事を分けた。

夜の品は三つに絞る。

酒は一人で何壺も抱え込ませず、空になってから次を出す。

宿の部屋は相部屋も使うが、荷を置く場所は分ける。

現代なら予約管理も在庫表もある。

ここにあるのは帳面と木札だけだった。

それでも、何も決まっていないよりはいい。

迎児も、客の多さに怯えながら働いた。

前のように男の手ばかり見てはいない。

盆を前へ置き、卓へ近づきすぎず、馴れ馴れしい客には盃を持たせる。

まだ笑顔は硬い。

けれど、足は止まらなくなった。

「迎児、四番の卓へ酒をお願い」

「はい」

返事も、以前より早い。

孫二娘は店の中央に立ち、面倒な客がいないか見ている。

私は帳場と店先を行き来しながら、料理の残りと客の入りを確認した。

夜半を過ぎても、店には戦の話が残った。

梁山泊は最初の攻撃で道に迷った。

祝家荘には、扈三娘という女武者がいる。

その女が何人もの男を馬から叩き落とした。

だが、最後には林冲に捕らえられた。

話す者によって、扈三娘の強さは変わった。

十人倒したという者もいれば、百人を退けたという者もいる。

ただ、女が馬に乗り、男たちと戦ったことだけは本当らしい。

「随分と強い方もいるのですね」

迎児が小さく言った。

「会ってみたい?」

「遠くからなら」

私も同感だった。

戦場の女武者へ、気軽に会いたいとは思わない。

私が扱えるのは筆と帳面と、せいぜい酔客の手くらいである。

数日後、梁山泊がまた攻めたと聞いた。

その次は、李家荘や扈家荘まで巻き込まれた。

誰が裏切り、誰が捕まり、誰が逃げたのか、話はますます分からなくなっていく。

そして、三度目の戦で祝家荘は落ちた。

その知らせを持ってきた旅人は、十字坡へ入るなり酒を求めた。

「ひでえ有様だったぞ。屋敷も村も、何もかも梁山泊に持っていかれた」

店の客が一斉に集まる。

「時遷は?」

誰かが尋ねた。

「助け出された。最初から、あの盗人を取り戻すための戦だったんだろう」

鶏を盗んだ男一人を助けるために、荘が一つ滅びた。

私は帳面へ視線を落とした。

本人にそこまでの価値があるのかは分からない。

仲間を見捨てないという話なら立派にも聞こえる。

けれど、巻き込まれた側からすれば、たまったものではない。

「それで、楊雄と石秀は?」

その名が出た瞬間、迎児の手が止まった。

私は旅人を見る。

「そのお二人をご存じなのですか?」

「祝家荘へ梁山泊を連れてきた奴らだろう。捕まった仲間を助けるために頭を下げたそうだ」

血の気が引いた。

噂だけではない。

本当に、あの二人は南へ来ていた。

「今は、どちらに?」

「梁山泊へ入ったんじゃないか。あれだけの戦を起こしておいて、元の役目には戻れねえだろう」

客は何でもない話のように言った。

楊雄が梁山泊へ入ったらしい。

石秀も一緒に……

私を連れ戻すために南へ向かった男たちが、途中で山賊になってしまったようだ。

どうしてそうなるのか。

説明だけを並べれば、筋は通っている。

時遷と出会った。

鶏を盗んだ。

捕まった。

梁山泊へ助けを求めた。

祝家荘が滅びた。

そのまま梁山泊へ入った。

一つずつは理解できる。

全部つなげると、まったく分からない。

迎児が、私の顔を見ていた。

「奥様……」

「大丈夫よ」

大丈夫かどうかは、まだ分からない。

梁山泊に入ったからといって、楊雄が私を諦めたとは限らない。

むしろ兵と仲間を得たとも考えられる。

けれど、今すぐ十字坡へ来ることはないだろう。

戦の後始末。

新しく入った者の扱い。

奪った物資や捕虜の処理。

山賊にも山賊の都合があるはずだ。

孫二娘が盃を拭きながら言った。

「亭主が山賊になっちまったかァ」

「笑い事ではございません」

「泣いたって戻りゃしないよォ」

それはそうだった。

孫二娘は私を見た。

「ここへ来たら、どうする?」

「客として来るなら、酒を出します」

「連れ戻しに来たら?」

私は少し考えた。

「その時は、話を聞きます」

孫二娘の目が細くなる。

「帰るのかい?」

「帰るとは申しておりません」

孫二娘は、満足そうに笑った。

「なら、いい」

それだけだった。

私を引き渡すとも、守ってやるとも言わない。

自分で決めろということなのだろう。

夜が更け、客が減り始めた。

迎児は卓を拭き、張青は酒壺を片づけている。

私は帳面を開き、その日の売上を数えた。

戦の間に、十字坡の客は増えた。

食事の出し方も変わった。

宿の割り振りも、以前より迷わなくなった。

誰かの家から逃げてきただけの女が、今では店の帳場を任されている。

楊雄と石秀は、私を確かめるために南へ来た。

けれど、その途中で別の道へ入った。

私も同じだった。

夫の家を出た時は、逃げることしか考えていなかった。

滄州へ行き、柴進殿の屋敷を離れ、十字坡へ流れ着いた。

ここへ来るつもりなどなかった。

それでも、今はここにいる。

道が逸れたのは、あの二人だけではない。

違うのは、私は鶏を盗んでいないことくらいだった。

迎児でございます。


旦那様方は、奥様を追っておられたはずなのに、鶏一羽で梁山泊へ入られたそうです。

世の中、どこで道が変わるか分かりません。


奥様が鶏に手を出していないことだけは、私が存じております。

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