9話 対面と通話
秋の夜長、なんて言葉とは正反対だ。
最近の俺は、夜があっという間に過ぎていく。
カーテンを閉め切った部屋で、俺はベッドに転がる。
完全に力を抜いて、スマホ画面とにらめっこしていた。
スマホに繋いだイヤホンからは、朝日川のまったりした声が聞こえている。
「へー、じゃあこのキャラ結構レアなんだ」
「結構どころじゃねぇよ。俺がどれだけそのキャラ引きたくてガチャしたと......それを一発で当てやがって」
「こういうくじ運、いいんだよな」
「腹立つなお前」
「辛辣、辛辣」
耳に直接響く軽快な笑い声は学校で聞くよりも近くて、低くて、柔らかい。
今は十月の末に差し掛かってる。
初めて通話した日から、朝日川は平日の夜に必ずゆりかごコールをしてくるようになった。
基本的には十時五十五分から十一時五分までの十分間。
わざわざ通話する必要がどこにあるんだってくらい、どうでもいい会話しかしない。
でもその「どうでもいい会話」が全く飽きなくて。
寝る前の十分があっという間に過ぎていく。
かれこれ二週間はこうやってるから、朝日川との通話は完全に俺の生活の一部だ。
今日は朝日川がアプリゲームのガチャでレアキャラを当てたから、俺は羨ましくてしょうがない......って話の最中ってわけ。
俺はボフンと枕に顎を乗せて不貞腐れた。
「朝日川って顔もいいし成績もいいし運動神経も性格もよくて、更に運もいいのか? 弱点ねぇな」
「えっ」
「ん?」
朝日川の戸惑った声を聞いて、俺は首を傾げる。
「俺、なんか変なこと言ったか?」
すぐに返事はなかった。
イヤホンを通して、朝日川の唸り声のようなものが伝わってくる。
わけがわからないまま待っていると、朝日川はたっぷりと間を空けてから言った。
「......いっぱい褒められて、嬉しいなって思いました」
甘い声だ。
聞いたことがないほど甘い声が、耳の奥まで浸透した。
(どんな顔で、出してるんだこの声)
俺の想像力では涼やかな笑顔しか想像できなくて、なんだかマッチしない。
喉に何かがつっかえたみたいに返事ができないでいると、朝日川から喋り出した。
「朔弥ってさ、学校ではあんまり話してくれないのに通話だといっぱい話してくれるよな」
急になんだ。
俺ってそんなに学校じゃ喋らないか? 喋らないな。
己を振り返った俺は認めるしかなくて、頷いた。
「ん......まぁ......お前と二人で話すのは楽しいからな」
「学校だと他のみんなもいるから?」
「それもある。朝日川は人気すぎんだよ。ちょっと話してるだけで、人が集まってくるだろ」
俺は朝日川の人気っぷりを思い浮かべる。
前村に肥後、入学してから喋ったことのないクラスメイトたち。女子もやってくるから、俺なんか口を開く隙もないんだよな。
喋ったところで、場を白けさせるようなことしか言えねぇ気がするし。
ま、それよりなにより、朝日川ら爽やかキラキラ一軍のオーラが強すぎる。
本物を目の前にすると緊張するんだ。
「通話の方が、落ち着いて話せる」
「そっか。朔弥は俺と二人なら話してくれるのかぁ」
「嬉しいだろ」
「嬉しいよ」
冗談だったのに肯定されてしまった。
こいつ「そんなわけないだろ」とか言わないのか。
自分の発言が急激に恥ずかしくなってきた。
俺は誰も見てないのに、布団を被って世界から隠れる。
耳元では、朝日川の優しい声が続いていた。
「野良猫が撫でさせてくれるようになったみたいな嬉しさ」
「誰が猫だよ」
「珍獣よりかわいいだろー?」
こいつ、マジで俺のこと人間だと思ってない説あるな。
「......つか、お前もだろ朝日川」
「なに? 猫っぽい?」
「猫ってより犬かなお前は......じゃなくて。お前も通話の時と学校で結構違うよな」
「そうか?」
無自覚だったのか。
それならきっちり言語化してやろうじゃねぇか。
「通話の時はまったりしてる。学校だともう少しテンション高いっていうか......話す速さも声のトーンも違う気がする。通話だから違って感じるだけなのかもだけど......」
「へー。おやすみコールのときは寝る前だから電池切れしてんのかな、俺」
「なるほど」
ちょっと納得した。
キラキラ発光男子をずっとしてると、気づかないうちに体力消耗しててもおかしくない。
陽キャも大変だ。
俺はスマホの時刻を確認する。
「......もう十分経ったな」
「早いな~......寝るか」
「おー、おやすみ」
あくびまじりの声を聞きながら、俺は電気を消すために布団の中から顔を出す。
顔が涼しい。
深く息を吸って、ベッドボードにある電気のリモコンに手を伸ばした。
「......なぁ朔弥」
不意に、イヤホンからとろんと眠そうな声がする。
朝日川が眠くなればなるほど、声の響きが深くなるのはどういう仕組みなんだろう。
「なに」
「なんか俺、お前にだけは力が抜けるみたいだ......おやすみー」
爆弾を落とした朝日川が、プチンと通話を切った。
(なんだそれ)
まるで俺が特別って言われたみたいだ。
「......無駄にイケボなのがいけない......」
誰にでも明るくて爽やかな朝日川の、アンニュイな掠れた声が頭に残る。
ゆりかごコールのあとはスムーズに寝られるようになっていたはずなのに、今日はなかなか寝付けなかった。
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