10話 お誘い
「クリスマス会ぃ?」
翌日の昼休み、俺は自分とは無縁すぎる単語を口から出した。
弁当を食っている俺のところにやってきた朝日川は、朗らかにうなずく。
俺と話す時の定位置になっている前の席に座って、購買のパンの袋を開けた。
「そう。実行委員の人数、足りてないんだ。やってみないか?」
「やだよめんどくさい」
「即答か~さすがだな」
嘘偽りない俺の言葉に、朝日川は穏やかに笑っている。
断られてんのに笑うんだから、こいつにとっては世の中のこと全て面白いんじゃないだろうか。
「ちょっとくらい考えてくれてもいいだろー?」
とかなんとか言いながら、朝日川はホットドッグに噛み付いている。
うちの学校では、冬休み前の行事として毎年クリスマス会をしているらしい。
なんかそんなこと、学校のパンフレットに書いてあった気がしなくもないけども。
俺には無縁だと思って何も気にしていなかった。
実行委員会なんて、もってのほかだ。
クリスマス会なんてお祭り行事の実行委員なんて、絶対陽キャの集まりだろ。朝日川ほどじゃなくたって内側から発光してるような奴らばっかに決まってる。
卵焼きを口に入れながら、俺はパタパタと手を振った。
「俺なんか場違いだろ。他にいくらでも適任がいるからそっちに頼めよ」
「いない」
「嘘つけ」
「いないよ、朔弥しかいない」
真っ直ぐで綺麗な瞳に、心臓が射抜かれた。
そうに違いない。
そのくらい形容し難い衝撃が胸を襲って、俺は箸で掴んだ唐揚げを弁当箱に落とす。
しばらく俺と朝日川は睨めっこ状態になった。
「......前村は? 好きそうだろ」
「バイトで無理」
「バイト禁止じゃねぇの」
「うん。内緒な」
「じゃあ肥後」
「部活」
「無理だな」
「だろ? 朔弥しかいないんだよ」
他にも友達はいるだろうがよ!!
と言いたいのを、俺はグッと飲み込んだ。
今の朝日川は久々に「正解の返事をしないと話が進まないNPCモード」だ。
逃げ切れる気がしない。
「お前って優しいのに強引なとこあるよな」
「だって、俺は朔弥と実行委員したいんだよ。やったら楽しいから、やろう」
ほらな。
でも陽キャに混ざってイベントの運営なんて、めんどくさいの極みだ。
俺は断固として首を左右に振る。
「嫌ったら嫌。他を当たってくれ」
「遅刻のせいで下がりに下がった内申点を挽回するチャンスだぞ」
「ぐ......痛いとこつきやがって......でも、無理」
「朔弥ー」
朝日川は作戦を変えたらしい。
さっきまでイケメンのキメ顔だったくせに、次は眉を八の字にして見つめてきた。
くっそ! 顔がいいってずるい!! うるうるの瞳に負けそうだ!!!
「......捨て犬みたいな顔してもダメだ」
「お前がいい」
こいつ! こうやって人生を思い通りに過ごしてきたんだろうな!!!
わかってる。わかってるけど、俺は掠れた甘え声に敗北を喫した。
はーーっとデカいため息が出る。
俺は行儀悪く机に頬杖をつき、低い声を出した。眉間に皺を寄せて、不服で仕方がないという気持ちを隠さない。
「仕方ねぇな」
「やった! ありがとうな朔弥!」
俺とは正反対に、朝日川の声は弾んだ。
ニッと白い歯を見せてくるから、あかんべをしてやる。
「しゃーなしだぞ。内申点のこともあるし」
「うんうん」
朝日川は頷き、箸を持っている俺の手をギュッと握ってきた。
綺麗に弧を描いた唇が、静かに動く。
「これで、朔弥と学校でももっと喋れるな」
「んぁ?」
朝日川が大人っぽく深い声色になって、俺は間抜けな声が出てしまった。
なんだこいつ。
さっきまでわがままな子どもみたいだったくせに。
触れ合っている手がじんわりと熱を持ってきて、落ち着かない。俺は持ったままの箸を手の中で擦り合わせる。
「お前......そういうの誰にでも言うなよ。勘違いされるぞ」
「勘違い? そのままの意味だぞ」
「そうだけど、なんかその言い方だと相手によっては」
「ねぇアサー! ちょっといいー?」
俺たちの会話は女子の声に阻まれた。
相手によっては口説かれてると思うぞって指摘してやろうと思ったのに。これだから人気者は困る。
朝日川はすぐに声の方を振り返る。
前村、肥後を含め男女入り混じった陽キャグループに向かって、いつもの爽やかくんの声と顔になった。
「おー! 今行く!」
食べかけのパンをぎゅむっと口の中に押し込んで、慌てて食べている。
リスの頬袋みたいなほっぺたになったもんだから、陽キャグループから笑い声が上がる。
「ごめんごめん! 食べ終わってからでいいよー!」
「詰め込みすぎだろ!」
「っていうか、僕たちがそっちいったらいいよね普通に」
なんて賢いんだ前村。
でも来なくていい。来なくていいぞ。
そっちで朝日川が食べ終わるのを待っててくれ。
完全にこっちに足を踏み出しかけている前村に向かって、俺は祈ることしかできない。
朝日川はというと、片手で口を押さえ、もう片方の手で前村を制止した。
モゴモゴと口を動かしたかと思うと、驚きの速さで飲み込んだ。
「食べ終わったから大丈夫! 朔弥、また夜にな?」
紙パックのカフェオレを手にした朝日川は、俺の頭にポンっと手を乗せた。
陽キャのグループの方に行く背中を見ながら、俺はぐでんと椅子の背にもたれかかる。
「......勘弁しろよもう......」
眩しい。
何をしてても、朝日川はキラキラしてる。
今見えてる天井の照明より、朝日川の方が光ってる。
「なんで俺をクリスマス会なんてのに巻き込むんだよ......陽キャは陽キャだけで遊んでろめんどくせぇ」
ぼやきながらも、ちょっと嬉しいなんて......思ってる。
思ってるよ、仕方ねぇだろ。
朝日川みたいな人気者に構われて、嬉しくないわけない。
それにこんなに素で接してるのに、ずっと構ってもらえるのなんて初めてだ。
後でちゃんと、実行委員とやらのスケジュールも聞かねぇと。
それから......夜はなんの話をしようかな。
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