33話 自覚した
アサは慌てた様子で、俺に頭を上げさせようとする。
「そんなことない。ごめんな、俺の方が......」
覗き込んできていたアサの目線が、話しているうちに明後日の方を向いた。
「俺も......初めてで。それで」
「初めて?」
信じられない言葉が耳に飛び込んできて、俺はアサの言葉を遮ってしまった。
アサは不思議そうに瞬いた後、小さく頷く。
「え? うん......初めてキスした......」
「キスが? 初めて? アサが?」
「そ、そんな何回も確認しなくても......」
冷たい空気のせいで元々赤かったアサの頬が、じわじわと色味を増していく。照れてるのが丸わかりで、それも俺にとっては信じられなかった。
「元カノ、百人くらい居るだろお前」
「朔弥の中の俺のイメージどうなってんの!?」
「すげぇモテる」
「も、て......な......」
「モテるだろ」
完全に動揺しているアサを見ていると、楽しくなってきてしまった。本当に初めてだったんだろうなって思って安心したのかもしれない。
ニヤケそうなのを耐えて、俺は敢えて淡々とアサを詰めてみる。
「もてな、くは、ないけど......たぶん」
「ほらみろ」
だって、モテないわけないだろ。
こんなにかっこよくていいやつなんだ。
アサは手の中でクレープの包み紙をくしゃくしゃと弄び、低い声で答えてくれる。
「告白されたことはある。でも俺、付き合ったことないんだ」
「そんなことあるのか。恋人とか、興味ねぇの?」
「あるよ! ありすぎるよ! クリスマスに恋人にプレゼントしてみたい!」
「そ、そういえばそう言ってたな」
必死になって声量が上がったアサに、俺は一歩後ずさった。
アサは前のめりのまま、グッと拳を握りしめる。包み紙は、もはや見る影もない。
「でも適当な気持ちで付き合ったら申し訳ないだろ。俺も好きだってならないと」
「わかるけど......好きな人に告白されるの難しそうだな」
「そうなんだ。だから、俺から告白したくて。そうしたらなんか......なかなか付き合う機会がなかった」
次第に声が小さくなっていったアサは、ガックリと肩を落とす。
逆に俺は、自然と目が細まった。
「誠実でアサらしい」
どんな時でも、アサは眩しいやつだ。
でも、俺の言葉をどう受け取ってしまったのか。アサは前髪をぐちゃぐちゃとかき混ぜている。
「......みんな、『アサらしいけどとりあえず付き合えば? 好きになるかも』って言うけど......朔弥もそう思う?」
「んー? そりゃそうかもしんねぇけど、ならないかもしれないだろ。ならアサの納得するようにした方がいいと思う。俺......」
お前のそういうとこ好きだ。
自然とそう言いかけて、俺の口が止まる。
あれ、好き? 俺、アサのこと好きって思ったのか?
(これって......人として好き、の「好き」か......?)
間違いないけど、なんかちょっと違う。
だって俺、アサが初めてキスしたって知って間違いなく嬉しかった。
そんなこと、やっぱり友だちなら思わないだろ。
(あー......そっか、それで......)
ずっとモヤモヤしていた気持ちの、靄が晴れた。
(俺、もしかしてアサのこと好きだな......?)
これまでアサに告白してきた人たちみたいな、「好き」だ。
アサがクリスマスに一緒に過ごしたい「恋人」に向けるような、「好き」だ。
こんな気持ちになったことなかったけど、今のこの気持ちはそうじゃないと説明がつかない。
心の中で一人で納得してる俺に、アサは気づいていない。のんきに目尻を下げて、俺の肩に肩をコンッとぶつけてきた。
「朔弥の、そうやって言ってくれるマイペースなとこが好きだなぁ」
「............あっそ............」
お前のはどっちだ。
どういう好きだ。
友だちか?
それとも......
聞きたいけど、俺は意気地なしだから聞けない。
アサは肩同士をくっつけたまま、視線を足下に向けた。
「俺もすごく嫌な感じだっただろ? ごめん」
「別にそんなに」
俺は首を左右に振る。すると、アサの頬に髪が擦れる感じがして、改めて近さを実感した。
ドキドキして言葉を切った俺に、アサは声のトーンを落とす。
「自分でもどうすればいいのかわかんなかったんだ。アサに『キス初めて?』って聞いたとき無言だったから、『したことあるに決まってんだろ』って言われてる気がして」
「どうしてそうなった。当たり前にしたことねぇよ」
どうやら陽キャの中の「当たり前」はキスしたことがある方らしい。常識が違いすぎる。
仏頂面になった俺の横で、アサはクックックっと肩を震わせる。
それから、駅の灯りで見えにくくなってる星を見上げた。
「俺が初めてなのかー......事故でも、なんか嬉しいな」
「へ......」
柔らかな声で告げられたのは、俺と同じ気持ちだった。
じゃあもしかして......自分に都合がいい想像をして、胸がソワソワする。こんなの、期待するなって方が無理だ。
俺はアサの方を向くと、アサもこっちを向いていた。
白い息が重なる距離で、俺たちは向かい合ってる。
「あのさ、朔弥」
「あ、ああ」
アサらしくない緊張した声のせいで、俺も固くなってしまった。すぐ近くにいるから、アサの深呼吸の音まではっきり聞こえる。
「二十四日、クリスマス会しないか?」
「二十四......」
「うん、クリスマスイブ」
「......っ」
全身が大喜びしそうになった。
けど、俺はふと現実を見る。
クリスマス会というからには、何人かいるはずだ。
肥後や前村の顔が頭に浮かぶ。
(............大勢も楽しいよなきっと............)
勝手にガッカリしているのを悟られないように、表情筋に力を入れる。
「そのクリスマス会、誰がいるんだ?」
「俺と、朔弥だけ」
駅の灯りに照らされているアサの頬が赤い。
なぁ、それって......もしかしたら......もしかするか?
「二人でクリスマス会、したい」
「ありがとう朔弥!」
月よりも星よりも駅の灯りよりも、何よりも輝くアサの笑顔。
とても直視できなくて、俺はマフラーを鼻の上まで引き上げた。
(二人でクリスマス会って......つまり......)
デートってやつなんじゃないか?
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