32話 ハモった
もう真っ暗だ。
駅までの道を自転車のライトで照らしながら、俺はアサと並んで歩く。
等間隔に並ぶ街灯に近づくと、白い息が舞うのが見えた。
冷たくなった口元を紺のマフラーに沈めて、俺はアサの方を見る。
学校からずっと並んで歩いているものの、会話はなかった。
(クリスマス会では元通りになったと思ったのに)
保健室で手を繋いで寝ていたかと思うと、照れ臭い。
寝てる俺が手を握るわけがないから、アサから繋いでいたんだと思う。
なんで?
どうしてそんなことをしたんだ?
期待すればするほど、嬉しさと不安が積もっていく。
互いの足音だけを聞いているうちに、周りが明るくなってきた。
賑やかな駅が近づいてきた証拠だ。
駅に着いたら、アサとさよならしないといけない。
(また夜にな......って、言ってくれるのか?)
言ってくれなかったらどうしようなんて、弱気な俺が顔を出す。
これまではそれでも仕方ないと思えていたけど、アサは嫌だ。
諦めたくない。
(クリスマス会が終わったら、ちゃんと話すって決めただろ)
決意を新たにした時、ちょうど駅のホームに続く階段の前に着いた。
こっちを見たアサが口を開けるのと、俺が声を出すのはほぼ同時だった。
「な、なぁアサ」
「朔弥、あのさ」
見事に声が被る。
アサは目を見開き、それから噴き出した。
「あはは、ハモった! なに?」
「その、なんていうか......あ」
グゥーっと間抜けな音がした。
音源は、どう説明しようか迷っていた俺の腹だ。
俺は腹を押さえて苦笑いするしかない。
「あー......えー......と......」
「腹減ったよなぁ。この時間はあるあるだ」
アサは月の下でも爽やかだ。
寒さのせいで赤くなった鼻と頬を見ながら、俺は腹をさすった。
「......そういや俺、昨日の夜もほとんど食べてねぇ」
「え? なんで?」
「なんか、なんも喉を通んなくて......」
どんだけキスに引っ張られてんだって感じだよな。自分でもどうかと思う。
優しいアサは呆れた様子もなく頷いた。
「そりゃ倒れるわけだ。何か食べよう」
一緒に買い食いしてくれる気満々なところも、いいやつだなと思う。
「こないだの唐揚げクレープがいい」
「美味しいよねあれ。朔弥、気に入ってくれたんだ」
それもあるけど、駅周辺の店はあそこしか知らないだけだ。
とは言わず、俺とアサは二人で店に向かう。
口の中はもう、前に食べた唐揚げクレープの味を思い出して涎が止まらない。
日にちや時間によっては長い列ができるらしいけど、俺たちは運良く並ばずに買えた。
ホカホカの出来立てクレープを手に持って、前にきた時と同じように店の壁に沿って立つ。
普通に寒いけど、手元が暖かいからホッとした。
行き交う車のライトを眺め、俺は唐揚げめがけて口を開ける。歯を立てた瞬間、肉汁が溢れ出てきた。
「あっつ............うまい」
ハフハフと口の中の熱を逃し、香ばしい肉を噛む。口の中が幸せだ。
隣に立ってるアサも、目尻を下げていた。
「疲れた胃に染みるー」
「染みるなら食わない方がいいぞ」
「言い間違った」
「知ってる」
「意地悪だな朔弥。うますぎて胃に沁み渡りますー」
唇を尖らせて訂正するアサを見て、思わず笑ってしまう。二人分の笑い声が重なった。
ああ、良かった。
普通に横に並んで、クレープまで食べられてる。
ちゃんと話せそうだ。
俺はクレープをあっという間に平らげた。
まだまだ食べられそうだけど、腹は落ち着いた。ふーっと一息ついて、まだ少しクレープが残ってるアサに向き直る。
「あのな、アサ。昨日のことなんだけど」
「俺もその話したかった」
「俺から言うな?」
「うん......」
アサはクレープの最後の一口をポンと口に放り投げた。
それを見届けて、俺は気持ちを正直に声に出す。
「き、キスしたのって、事故、だったけど俺......キス初めてだったからパニックになって......それで」
緊張で乾いた唇を舐め、俺は頭を下げた。
「悪い、すげぇ態度悪かったよな。俺、なんも喋れなくなっちまって」
どんどん早口になっていってしまう。
どうしたらこれ以上アサを困らせず、嫌われずに済むのかとそればっかり考えてしまった。
アサはそんな俺の肩に手を置いた。
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