31話 寝起き
悶絶している俺の肩を撫で、先生はあくまでもやんわりとした声で話を続けてくれる。
「クリスマス会はその後もつつがなく執り行われて、片付けも終わって、今はもう帰りのホームルームも終わった時間です」
「寝てる間に全部終わった......そっか……」
最後までちゃんと実行委員できなかったのか、と心に影が差す。でもそんな珍しい俺の気持ちを、先生の次の言葉が吹き飛ばした。
「朝日川くんには斉藤くんは多分寝てるだけだよって伝えたんだけどね......心配だからそばにいたいって」
「アサ、そんなに俺を心配してくれたのか」
「そうだよ。血相変えてたよ」
「へー」
布団の下で繋いでいるアサの手を、俺は親指でそっと撫でた。
先生がいなかったら頭も撫でたかった。
こんなに会話してるのに全然起きない寝顔が愛しくて、無遠慮に見つめてしまう。
「斎藤くーん。気持ちはわかるけど、心配かけたんだから嬉しそうにしない」
「いてっ......ごめんなさい」
額にピシッと衝撃が走って目を瞑る。
先生からのデコピンで正気に戻った俺は、自分の頬をもんで表情を誤魔化した。
そんなに嬉しそうな顔だったのか?
先生は「素直でよろしい」と呟いた。
「で、本来は授業に戻りなさいって言うとこなんだけどね。イベント中だから、まぁいっかって朝日川くんにはお留守番お願いしたんだ。僕は君たちの担任の先生と一緒に、他の先生たちへの報告にいってたんだよ」
「迷惑かけてすみません」
「気にしないでといいたいとこだけどー。君、寝坊遅刻常習犯なんだって? 全然寝てないんじゃないだろうね」
ギクッっという効果音はこういう時に使うんだろう。
俺は目を泳がせ、しどろもどろになった。
「えーっと......だいぶマシになってたんですけど。その、昨日はどうしても眠れなくて」
「どうして?」
完全に言い訳を始めた俺を、先生は逃がしてくれない。
だからって、アサとハプニングキスしてドキドキしたとか。
他の人とアサがキスしたことあるかもと思ってたらもやもやしたとか。
寝られなかった理由を正直に言えるわけがない。
短い時間で頭を捻り、俺はぼそぼそと声を出した。
「......ゲームの新作が」
「ダメじゃないか。君たちはまだちゃんと寝ないと。ゲームの徹夜は大人になってからにしなさい」
「はい」
小学生みたいな叱られ方をされてしまった。
子供扱いされたことにちょっとダメージを受ける俺を放って、先生はアサに視線を落とす。
「この感じだと、朝日川くんと二人で徹夜したんでしょ。ほら起きて朝日川くん! 帰る時間!」
容赦のない揺さぶりと大きな声に、さすがのアサも身じろいだ。
寝ぼけまなこで顔を上げ、ゆりかごコールの時のような無防備な声を出す。
「んー......? うん......朔弥......?」
「斉藤くんはもう起きたよ」
「......っ! 朔弥! 大丈夫!?」
「お、おう......」
アサは一瞬で覚醒した。ベッドにつけていた上半身を跳ね上げ、ベッドに手をついて俺の方に身を乗り出してくる。保健室の先生なんていないみたいに顔を近づけてきた。
「よかったー」
急なことに距離をとることもできない俺に、寝起きの締まらない顔でへらりと笑う。
(......かわいい......)
倒れる前に感じたいい香りがして、アサが抱きとめてくれてたことを実感する。
離しそびれた手が脈打って、そこから全身に熱が広がっていく心地がした。
俺の心の盛り上がりとは反対に、アサはふわりと欠伸をする。
「俺まで寝ちゃってたんだな......やっぱ寝不足は良くない......」
寝起きらしい掠れた声が妙に色っぽい。
目元に滲んだ涙を拭うアサに見惚れていると、先生がパンっと手を叩いた。
「はい、朝日川くん。起きたところ悪いけどそこに座りなさい。斎藤君もだよ」
先生は有無を言わせぬ圧を発しながら、ベッドから離れたデスク前の椅子を指差す。
俺とアサは顔を見合わせ、諦めた笑みを同時に浮かべた。
くっついていた手をようやく離し、ベッドから椅子に一緒に移動する。
そして改めて先生に説教された……が。
アサの温もりが離れて冷たく感じる手が気になって、俺は先生の優しい説教なんか聞き流してしまっていた。
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