30話 げー!
消毒液の臭いがする。
「......ベッド......?」
カーテンレールに四角く切り取られた天井。
見覚えのある斑点みたいな模様のそれは、学校の天井に間違いない。
学校でベッドって言ったら保健室か?
寝たことなかったけど、保健室のベッドってふかふかで気持ちいいんだなぁ。
ぼんやりした頭のまま、俺は顔を動かす。
右見て、左見て......
「うぉ......っ⁉︎」
誰かが椅子に座ったまま俺が寝ているベッドに突っ伏している。
さらにびっくりなことに、そいつは俺の手をしっかりと握りしめていた。
じっとりと汗が滲む手のひらは、接着剤でくっつけたみたいに離れない。
「あ、アサ......?」
顔は見えないけど、一番に頭に浮かんだ名前が口からこぼれ落ちた。
手を握っているのがアサかもしれないと思うと、じわじわと顔に熱が上ってくる。
でも、そいつは微動だにしない。
「おい、大丈夫か?」
俺は心配になって起き上がった。
ギシッとベッドが揺れても、やっぱり動かない。でも背中に触れると温かくて、呼吸をしてるのが伝わってくる。
「なぁ、返事しろって」
「......ん、......」
強めに揺さぶるとそいつは頭を動かした。目は閉じたままだけど、はっきりと顔が見えた。
長いまつ毛に形のいい鼻と唇、血色のいい肌。
それらが小さな顔にバランスよく配置されている。アサに間違いない。
自分の期待通りの顔がそこにあって、俺は口元を緩めた。
(イケメンは寝顔も綺麗なんだな)
絡んだままの指をぎゅっと握り直す。
「アサ......なんで俺と手を繋いで寝てるんだ......」
だんだん頭がはっきりしてきた俺は唸った。
確かクリスマス会の最中で……その途中で俺は......えっと、どうしたんだっけ。
雪を撒いて大盛り上がりだったところから記憶がない。
「えーっと......」
「あ、起きた?」
「わっ!」
ジャッと無遠慮にカーテンが開けられた。ベッドを囲むカーテンの向こうから姿を表したのは、保健室の先生だ。
俺は即座に掛け布団でアサと繋いだ手を隠した。
冷や汗を流す俺とベッドに突っ伏して爆睡しているアサを見下ろして、先生は目を丸くする。
「あれー、朝日川くんも寝ちゃってる。それなら隣のベッド空いてるから、そっちで寝ればいいのにー」
のんびりと穏やかな様子で、先生は大人の男らしい大きな手でアサの頭を撫でた。
表情からも仕草からも癒しの空気が漂ってきて、先生目当てで保健室に入りびたる生徒がいるのも納得だ。
俺も例にもれず力が抜けて、素直に先生に質問ができた。
「あの、先生......俺、なんで保健室にいるんですか?」
「斉藤くん、覚えてないのか?」
「覚えてません」
「じゃあ完全に気を失ってたんだね。君、クリスマス会の最中に倒れたんだよ。全校生徒の前でバッターンって。大事件大事件」
げー!
先生は軽い口調で言ってるけど、本当に大事件の奴だ!
恥ずかしすぎるんだが!
言葉もなく頭を抱えている俺に、先生はゆったりと微笑んだ。
「で、そんな君を朝日川くんが連れてきてくれたってわけ。倒れた君を受け止めて、お姫様抱っこでここまできたんだよ。まるで王子様みたいだね」
「おれはきえたい」
それはそれは目立ったことだろう。
頼むからみんな、抱かれてたモブのことは忘れて王子様のことだけ覚えておいてくれ。
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