25話 暗い声
俺はベッドで丸くなっていた。
羽毛布団の中で、スマホの時計を睨みつける。
クリスマスツリー下敷き事件でキスしてしまった俺とアサは、あの後から全く会話ができなかった。
準備中はもちろん、下校中もだ。
駅までずーっと無言だなんて初めてだった。
せっかくいつも通り一緒に帰ったのに、何やってんだか。
それでも隣に存在を感じられるからマシだ。
でも、通話は違う。
喋らなきゃなんの意味もない。
だから今日のゆりかごコールは無理かもしれない。
もしかしたらかかってこないかもな、そう思いながら俺は待っている。
布団を被っているのは、なんとなく掛かってこなかった時のダメージが軽減される気がするからだ。
そして午後十時五十五分。
俺のスマホは布団の中で歌い始めた。
胸が高鳴る。熱がこもっているせいで、頬が熱い。
通話ボタンを押した俺は、恐る恐る耳を当てた。
「ゆりかごコールの時間だぞー」
少しおどけた爽やかな声が聞こえてくる。
俺はホッとして、布団から顔を出した。
布団の中よりも冷えた空気が鼻を通る。
早く返事をしないと、と俺は口を開いた。......それなのに。
「ああ、うん」
焦るあまり、俺の口から出たのはこれだけだった。
それに対して、アサの返事はない。
気まずい沈黙が落ちる。
どんな会話をしたらいいのかわからない。
これまでなんの話をしてたんだっけ。
停止しようとする頭を働かせて考えるけど、結局何も言えないまま時間がすぎる。
永遠にも感じた沈黙を破ったのは、アサだった。
「あの、さ」
「ああ」
遠慮がちな声に無愛想な返事しかできない自分を殴ってほしい。
当然アサは俺の返事を叱ることはなく、言葉を続けた。
「ツリー、倒れてびっくりしたな」
「ああ」
「痛いとこ、なかったか?」
「ああ」
ダメだ。
全然だめだ。
壊れた機械みたいに、同じ言葉しか喋れない。
喋れないどころか相槌しか打ててない。
ちゃんと「庇ってくれてありがとう。お前は大丈夫だったか? 怪我しなかったか?」って聞きたいのに、何も言葉にならなかった。
「朔弥......その、俺の気のせいかもしれないんだけど......キス、したよな?」
「......っ」
「キスっていうか、唇がぶつかったっていうか......でも、キスだよな」
俺は返事すらできなくなった。
はっきりと言葉にされて、また心臓が暴れだす。血液が高速で体を巡って、眩暈がする。
(キス、にカウントしていいんだ)
わざわざアサが「キスしたよな」っていうことはそうなんだろう。
俺たちの唇が触れ合ったのはキスなんだ。
頭の中で謎の納得をしていると、スマホの向こうで唾を飲み込む音がした。
アサも緊張しているのが伝わってくる。
「朔弥、キス......初めてだった?」
当たり前だろ!
スマホを握りしめて、俺は何度も何度も頷く。
だけど、やっぱり声は出ない。
俺は恋人どころか友だちだってまともに長続きしたことがないんだぞ。キスなんて夢のまた夢だったに決まってる。
何も言えなくても、俺の気持ちがアサに伝わったんだろう。
「あーまぁ......そんなもんだよな」
と、高めだった声のトーンが明らかに下がる。
同情でもされてるんだろうか。
悔しいような、悲しいような、ほっとけよって投げやりな気持ちなような。
アサはイケメンで優しくて明るくて、男女問わず大人気だ。
きっとこれまでに恋人くらいいただろう。
キスの経験だって、何度もあるんだろうな。
(......嫌だな)
ズンと腹が重くなり、モヤモヤと気持ち悪くなってくる。
俺ははっきりと「嫌」な気持ちになった。
そしてこの気持ちに違和感を覚える。
友だちが誰かとキスしたことがあるのって、嫌な気持ちになるものだろうか。
もっと詳しく聞きたいと思ったり、からかったりしたくなるものじゃないんだろうか。
俺の頭は理解不能な感情でぐちゃぐちゃになっていた。
アサも何も言わなくなってしまって、お互いがだんまりになる時間の再来だ。
会話のきっかけをもらっても、まともな返事ひとつできないやつだと思われてしまった。
このまま終わりたくなくて、俺はとにかく口を開いた。
「あ、アサ。あの、オレ......」
「アサって、ようやく呼んでくれたな」
名前を呼ぶと、硬くなっていたアサの声は少し柔らかく変わった。微笑むアサの顔を想像して、俺の心はふわりと浮上する。
「ん、その......アサと、ちゃんと友だちになりたいと思ったんだ。今までは、俺なんかが愛称で呼ぶのはおこがましいって思ってたんだけど......」
「......友だち......」
何故だろう。
アサの声がまた暗くなった。
俺の頭に浮かんでいるアサの笑顔が消えてしまう。
「ともだち、は......やっぱり図々しいか?」
「そんなわけないだろ? ......もう時間だな。今日は準備で疲れてるだろうし、ゆっくり休んでくれよ」
「ん......そうするか」
アサらしい、優しい言葉のはずだ。
それなのに、スマホから聞こえてくる声からはいつもみたいな緩さや温かさを感じない。
早口で寝ることを促された俺は、頷くしかなかった。
「おやすみ、アサ」
「おやすみ」
最後の一言がとても素っ気なく感じて、腹の底が冷えていく。
通話を切った後の無音に胸が痛む。
俺はスマホを投げ出し、布団を頭から被った。
枕に頭を乗せて、横向きになって、目を閉じる。
ゆりかごコールをするようになってから、こうすれば眠れるようになったんだ。
だけど、一向に眠気が来ない。
なんの音もしない空間で、俺はただ一人きりで寝転がる。
(キスしたの、嫌だったのか? それともあいつにとって俺は友だちじゃなかったのか? 返事がなかなかできなかったからイラついたとか? ......わかんねぇ! なんにもわかんねぇ)
悶々と不安が頭を覆いつくす。
俺は何度も寝返りを打ち、布団を被り直し、目を開けたり閉じたりを繰り返し......夜が明けるのを待った。
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