24話 ハプニング
飾り付けが進む体育館のステージ下にツリーを置く。
箱にぎゅうぎゅうに詰めるために閉じていた枝を開けば、空間全体のクリスマス感が一気に増した。
俺と朝日川は、ツリーを飾りつけ始める。
こんなことするのはいつぶりだろう。
ツリーの飾り付けが久々なのは朝日川も同じだったようで、子供の頃のクリスマストークが盛り上がる。
隣で喋る朝日川は、傘の柄みたいな形のオーナメントを軽く振った。赤と白の縞々が目の端でチラチラする。
「でさ、この飾りが飴の形だって知って。本物だと勘違いした幼稚園児の俺は、どーしても食べたくてさ。ハサミで切っちゃったんだ」
「叱られただろ」
「ううん、母さん爆笑」
「お前の母さんって感じだな」
にこにこして穏やかそうな女の人を想像して、口元が緩んだ。
そんな他愛もない話をしてるうちに、ツリーは賑やかになっていく。
俺はオーナメントの箱の中で一番大きい、金色の星を手にとった。
「一番上に飾るやつだよな」
「そうだな。届くかなー......っ」
何も持たずに背伸びをした朝日川は、腕を目いっぱい伸ばす。足がプルプルするまで頑張っている。
けど、ツリーのてっぺんには届かなかった。
朝日川はハーッと息を吐いて大袈裟に肩を落とす。
「ギリ無理だー」
「お前が無理なら俺は論外だな」
俺は自分よりも目線が高い朝日川を見て、それからもっと高いツリーのてっぺんを見上げる。
腕を組んで唸った朝日川は、すぐにピンと人差し指を立てる。
「肩車しようか」
「なんでだよ。踏み台持ってきたらいいだろ」
肩車なんてしたら安定しなくてツリーごと転けるのがオチだ。
だいたい、朝日川に肩車されるなんて絶対落ち着かないしな。
俺たちがごちゃごちゃ話していると、実行委員長が声をかけてくれた。
「ほら、これを使ってくれ。肩車は危ないからやめるんだぞ」
いつから聞いていたのか、実行委員長は踏み台をツリーの前に置いてくれる。
なんてできる人なんだ。
朝日川が明るく礼を言ってる横で、俺はポカンとしてしまった。
「朔弥、星つけるからちょうだい」
自然に台の上に乗った朝日川が手を差し出してくる。俺はずっと持っていた星を見下ろした。
見ているだけでワクワクするような金の星と、朝日川を見比べる。
「あのさ......一番上の星、俺やっていいか?」
「もちろん! 意外だな、朔弥ってこういうのやりたい方なんだ」
「今までならどうでもいいって思ってた。クリスマスそのものも、もう興味ないっていうか……でも」
俺は体育館を見回した。
ダンボールで作ったプレゼントオブジェやケーキ、雪に見立てた綿、色紙をラミネート加工した雪の結晶、赤と緑のリボン......とにかく手作り感満載のクリスマス会会場。
みんなでどうしたらクリスマスっぽくなるか話し合ったり、会議のはずがどんどん話が脱線したりしたのを思い出す。
あんまり意見は出せなかったけど。
ずっと朝日川の横にいる俺に、みんなが当たり前に声をかけてくれた。
台から降りた朝日川と入れ替わりで台に登って、俺はクリスマスツリーのてっぺんに手を伸ばす。
「意外と楽しかった。クリスマス会の準備」
手にカサカサとツリーの葉っぱの感触を覚えつつ、星を飾った。
星は照明を反射して煌めいて、少し眩しい。
「お前のおかげだよ。……誘ってくれてありがとな、アサ」
「朔弥……」
台から降りようとツリーに背を向けると、星より光り輝く瞳と目が合った。
眩しいどころじゃない。
こんな宝物みたいなやつと、みんなみたいに対等になれたら。
俺ももう少し、自分から人と関われるようになる気がする。
ああ、でも......
(ちょっと、物足りないような)
高揚感の中にあるちょっとの隙間。
でもそれには気がつかないふりをした。
初めて呼んだ愛称が、口の中で飴玉みたいにコロコロ残っている。
黙っていた朝日川が一歩近づいてきた。
一点の曇りもない晴れやかな笑顔が、俺を呼ぶ。
「朔弥。良かったー」
このくらい、迷いのない笑顔を浮かべられるようになりたいな。
羨ましく思いながら、俺は足を床に下ろそうとした。
「うわっ! ごめん、当たった!」
誰かの謝罪の言葉が体育館に響くのとほぼ同時に、目の前のアサの顔に影ができた。
俺も影に覆われる。
背後のツリーが倒れてきたのだ。
「……!?」
ゾワっと背中に悪寒が走る。
「朔弥!」
脚立から降りかけていた俺は、上手くバランスが取れなかった。
アサが俺の体を支えようと手を伸ばす。
でもツリーに押されるまま、俺はアサの方へ傾いた。
膝に衝撃が走る。
俺を支えきれなかったアサと一緒に、ツリーの下敷きになってしまった。
一瞬、体育館のざわめきが遠のいた。
「ったた……朔弥、大丈夫?」
俺の下から、アサの声がする。
膝以外は痛みはない。
ツリーがぶつかったはずの後頭部も、アサが手を添えて守ってくれていたからだ。
体もアサの上に落ちたおかげで無事だった。
ツリーの下で、俺は顔を動かす。
「あ、ああ。でも、お前の方が……っ」
アサの様子を確認しようとした、その瞬間。
唇に柔らかいものが触れた。
「……!?」
世界が止まる。
「え……」
目に映るのは、至近距離にあるアサの驚いた顔だけ。
真っ白な思考の中でも、俺はすぐに理解した。
さっきの柔らかいものはアサの唇だ。
俺たちはツリーの下で見つめ合った。
ほとんど全身が触れ合っているから、朝日川の体温がはっきり伝わってくる。
呼吸も触れてる。鼓動も感じる。
数秒間が、永遠に感じた。
「アサ! サク! 大丈夫か!!」
「ぶつかってごめん!!」
二人して動けないでいる内に、誰かがツリーを退けてくれた。
視界が晴れ、世界がまた動き出した。
俺と朝日川は慌てて立ち上がる。
早くみんなに大丈夫だって言わないといけない。
それなのに、ツリーから助けてくれたのが誰かすら確認する余裕がない。
(キスしたのか? アサと? キス?)
頭の中が「アサとキス」でいっぱいで、心臓が口から飛び出そうだ。
みんなを安心させないといけないとわかっていても口が開けない。
(アサ、は……)
隣を見ると、アサが唇を抑えて立ち尽くしていた。
「口、ぶつけちゃった? 血とか出てない?」
副委員長が心配そうに覗き込んでも、ゆるゆると首を振るだけで何も答えない。
表情は見えないけど、動揺してるみたいだ。
不意にアサの視線が動いた。
ばっちりと目が合ってしまって、俺は固まることしかできない。
アサは手を口から離し、それから。
困っているような笑っているような、なんとも言えない表情になって――俺から顔を背けてしまった。
あれ?
俺は一体、どんな顔をしているんだろう。
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