23話 期待
気が付いた時には、俺は朝日川と二人で二階に着いていた。
物置の名に相応しく、埃っぽい。
大小さまざまな箱や、棚、何に使うかわからない棒なんかが雑多に置かれている狭い空間だ。
手を離せないまま、そこに二人で立ち尽くす。
先に口を開いたのは朝日川だった。
「なんか、まいった」
「な、なにがだ?」
「嬉しくてさ。にやけるの我慢するのに必死だよ」
「にやける? クリスマス会の準備が楽しくてか?」
朝日川がにやける理由が全くわからなくて、俺は首を傾げるしかない。
というか、ちゃんと普通の顔ができているのか、真っ赤になっていやしないかとずっとソワソワしてる。
俺の言葉を聞いた朝日川は、緩く首を振った。
「違うよ。そうじゃなくて……さっきさ」
「さっきって……先輩たちと話してた時か?」
「そう。にやけるの我慢してたら表情失敗したんだ。ぽやっとしてるって言われちゃったな」
下がった眉尻に、言葉通り緩んだ口元。耳を赤くし、はにかんでる表情が俺に向けられた。
なんだその顔。
なんだその顔!
俺は舌がもつれそうになるのをなんとか耐えて、口を動かした。
「お前、ぼーっとしてること多いけどな」
「朔弥の前だけだって、いつも言ってるだろ?」
「そう、だな」
先輩たちの反応を見るに、朝日川の言うことは嘘じゃない。本当に、俺の前でだけ無防備な表情を見せてくれるのかもしれない。
じわじわと全身に熱いものが広がって、頭がくらくらしてくる。
俺の顔をじっと見つめてきた朝日川は、握ってる手に力を込めた。
「朔弥さ。俺が何を嬉しかったか、さては本気でわかってないな?」
「わかるわけねぇだろ。俺はエスパーじゃねぇぞ」
ふざけた返事をした俺に、朝日川の目が柔らかく細まる。
「朔弥が一番に俺を頼ってくれたことだよ」
「恥ずかしいから、忘れろ」
「忘れるわけないだろ」
ダメだ。顔を見ないでほしい。
でも、真っ直ぐな瞳から目が離せない。
朝日川は握っている俺の手に、もう片方の手も重ねた。
「俺、今すごく嬉しいんだから」
両手で包み込まれた手が熱すぎる。燃えそうだ。
なんで?
なんでそんな幸せそうな顔で笑うんだ。
ごちゃごちゃした物置にいるのに、朝日川が輝いて見える。
瞬きをするのも惜しい。
こんなの、期待しちゃうだろ。
(......なにを?)
俺は何を期待してる?
「あの、あのな朔弥。俺……」
瞳を揺らした朝日川が、胸に俺の手を引き寄せた。
否応なしに顔が近づいて、ふわりと爽やかな香りが鼻を通り抜けていく。
「アサー! サクー! あったかー!?」
突然、大きな声が割り込んできた。
俺たちは揃って大きく肩を跳ねさせた。
その拍子に朝日川の手も離れて、俺の手は行き場をなくして宙ぶらりんになる。
朝日川は俺の背中の方にあるドアに向かって、声を張り上げた。
「中井先輩ー! 今探し中ですー!」
「わかったー! 運ぶの二人で無理そうなら呼べよー!」
「ありがとうございまーす!」
二人の声のぶつけあいみたいなのが終わると、朝日川は苦笑いで前髪を掻き上げた。
「あー……早くツリーもっていかないとな」
「そうだな。探すか」
「うんうん……って、探すまでもなく『ツリー』って書いてある箱発見。思ったより長細いんだなー」
ついさっきまでの甘い空気が嘘みたいに、いつもの朝日川に戻った。
いったい何を言おうとしたんだ、って聞きたいのに聞けない。
なんとなく、もうそんな雰囲気じゃないって思った。
俺も気持ちを切り替えて、壁に立てかけてある箱に近づいていく。
長身の朝日川の頭の天辺よりも背が高い。
箱を見上げて、俺は腰に手を当てた。
「確かに思ったよりでかいな。中井先輩、呼んでくるか?」
階段を降りるのも骨が折れそうだな、なんて思いながら箱に触れる。
一年に一回しか必要とされないそれは、触った部分に跡が残るくらい埃を被っていた。
俺が無言のまま指先を払う横で、朝日川は躊躇なく箱に手をかけた。
「ん……、思ったより軽いかも」
「じゃ、いけるか」
朝日川が箱を一人で浮かせることができたから、俺たちは二人でツリーの箱を運び出すことにした。
箱を横向きに倒して、向かい合わせで端っこを持つ。
軽いとはいえずっしりと腕に重みを感じた。
足元に注意しながら、俺たちはゆっくりと歩き始める。
後ろを確認しながら歩く朝日川の横顔が綺麗で、至近距離で感じた香りを思い出した。
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