21話 独占欲
「......ずるいのは朔弥だろ」
照れているのか、朝日川にしては素っ気ない返事が返ってくる。
俺は思わず「はぁ?」って言ってしまった。
「なんで俺がずるいんだよ。俺には欠点しかねぇんだぞ」
「そんなことない。思ったことはっきり言うから面白いし」
「ノンデリってことだろ。人に合わせねぇしすぐ面倒って言うし。普通、一緒にいるのダルくて俺なんかからは離れてく」
考えれば考えるほど、俺は朝日川とは正反対の人間だ。珍獣が面白いと思ったとはいえ、朝日川はよく俺に構ってられるものだ。
完全に自嘲モードになってしまった俺の腕を、朝日川はグッと掴んだ。
「それ、誰かに言われたのか?」
ああ、気を使わせてしまった。
心配するようなことは何もないのに。
俺は即座に首を振る。
「ただの経験則。最初仲良くしてても結局、何回か合わせられないでいるうちにみんな離れていった」
これは俺だけの問題だ。
嫌なことをされたわけでも言われたわけでもなく、ただ自然に距離が開いてしまうんだ。
「合わせてみようと思ったこともあるんだよ。やりたくもねぇことに参加して、みんなに合わせて笑って......続かなかった」
周りとズレたことを言ったらしい時に、朝日川みたいに楽しそうに笑って流してくれるヤツもいなかった。
なんか、気まずい空気になって......
「俺はぼっちのが楽なんだよ」
「それでいっつも一人で寝てたのか」
「あれは不可抗力。寝不足のせい」
「そっか」
ちょっと喋りすぎたと思ったけど、俺がぼっちなのは大したことじゃないって伝わっただろうか。
気を遣ってるようだった朝日川の表情が、僅かに和らいだ。
「俺はさ、結構色んな人の色んなことに合わせて、付き合うタイプなんだけどさ」
「そうだな。見てたらわかる」
「全部合わせる必要はないと思うから、俺も合わせてもらうよ」
こいつは合わせる合わせてもらう、の塩梅がうまいんだろう。
この俺が、ほとんどストレスを感じてないんだから。
朝日川は掴んでいた俺の腕を離し、代わりにそっと撫でてきた。
「朔弥は俺とゆりかごコールもしてくれるし、ちゃんとクリスマス実行委員もしてくれてるだろ」
「それは、お前が強引だから......」
「はは、そっかぁ......そうだよな」
微笑みを浮かべたまま、明らかに朝日川の声のトーンが落ちた。
(あ……まずい)
俺は咄嗟に足を止めた。
キュキュッと自転車のブレーキの音がして、朝日川も進みかけた足を戻す。
なにも言わないけれど「どうしたんだ?」と目が問いかけてきていた。
間違えちゃいけないところだ。俺のなけなしのコミュ力が告げてくる。
言葉がまとまらないまま、俺はとにかく口を動かした。
「違う。ぼっちが楽だけど、お前に誘われるのが嫌なわけじゃなくて......あー......悪い……俺、お前に甘えすぎてるよな」
ダメだ。やっぱりうまく言えない。
朝日川がめげないで寄ってくるから、関係が続いてるだけなんだ。
話しかけてくれるのは、助かってるんだ。
そう伝えたいんだけど、言ってしまうと朝日川の重荷になる気がする。
グダグダの俺の言葉をじっと待つ朝日川は、頬を緩めた。
「朔弥、甘えてくれてるのか? なんか嬉しいな」
なんてあったかい声なんだろう。
もう秋も終わるってのに、こいつのまわりだけ春みたいだ。
そのうち空気に花を咲かせるんじゃないだろうか。
「お前、なんでそんなに俺に構うんだ」
「朔弥のこと好きだから」
ハンドルを握る俺の手の甲に、指の長い手が乗った。
空気に晒されて冷たい手から朝日川の優しさが伝わってきて、俺の全身を駆け巡る。
また、鼓動が速くなった。
(ダメだ、勘違いするな)
触れ合う手からなんとか目を逸らし、俺は努めて平坦な声を出した。
「......そりゃ、光栄」
「反応薄すぎたろ。つれないなぁ」
良かった。動揺を悟られてはなさそうだ。
肩をすくめる朝日川に安心して、俺は唇の片端を上げる。
「他になんて言やぁいいんだよ」
「そりゃ、俺も好き! とか」
「どんな会話だよ」
「冷たいって朔弥~」
「くすぐってぇ!」
手の甲を擽られて、俺は声がデカくなった。逃げたくても、自転車のハンドルからは手を離せない。
逃げるために歩き出した俺を、楽しそうに朝日川は追いかけてくる。
ほら、いつも通りの朝日川だ。
こいつは誰にでもこうなんだ。
俺が特別なわけじゃない。
(……でも……そうか。だから楽なのか)
誰にでも同じように優しいって安心感があるから、きっと一緒にいて楽なんだ。
楽だけど、「みんなと同じ」はちょっと悔しいんだ俺。
「なんか、わかった」
ずっと胸や腹にもやもやと渦巻いていたものの正体がわかって、視界が開けた気分だ。
「何が?」
「なんでもねぇ。ひとりごと」
「二人でいるのにひとりごと言うことあるのか」
「俺はお前にとっては珍獣だからな。理解できねぇこともあるだろうよ」
「朔弥って喋ってて飽きないなぁ。やっぱ好きだ」
惜しみなく大きな口を開けて朗らかな表情の朝日川に、言えるわけない。
『お前を独占したいかも』なんて、絶対に。
友だちに向けるには、重すぎる感情だ。
並んで歩く俺と朝日川は、駅に近づくにつれてスピードが遅くなっていった。
離れがたいというか、もっと話していたいなっていつも思う。
そうだ、いつも思うのに今気づいた。
朝日川は俺に合わせてくれてるだけなんだろうな。
そう思うと申し訳なくて、俺は一緒に居たい気持ちを抑えて自転車に跨った。
「もう駅だから行けよ」
「えー」
なんなんだよその反応は。
不服そうな朝日川に対し、俺は駅の改札に向かう階段を指差してやる。
「もう階段のとこに着いちまったから」
すると朝日川は、わざとらしく肩を落とした。
「しょうがないなー我慢するよ......」
こいつ、いったい何人を「自分は朝日川の特別だ」って勘違いさせて泣かせてるんだろう。
あまりにも罪深い。
理性をしっかり持たないと、俺も泣くことになりそうだ。
「じゃあな。気をつけろよ」
「朔弥もな。また夜にゆりかごコールで~」
一緒に帰ったとき、朝日川はいつもこう言う。
少なくともこの挨拶される友だちは俺だけだ。なんて優越感に浸りつつ、口から出るのは可愛げのかけらもない言葉だった。
「テスト期間中も寝かしつける気かお前は」
「そういえばそうだな。ちゃんと勉強してるかコールにするか」
「なんか……通話する意味があるのかも謎だな」
「朔弥の声を聞くことに意義があるんだ」
どこまでも爽やかに背中を叩かれたものだから。
「俺が一番こいつと仲いいんじゃないか」なんて馬鹿な考えが頭に浮かんでしまう。
それを吹き飛ばすために、朝日川と別れてからは一心不乱に自転車を漕いだ。
お読みいただきありがとうございます!




